文学よもやま

1000年前も、そして今も人は喜び、悲しみに生きている。そんな思いがいつしか文学と言われるようになりました。ご意見よろしくどうぞ。

 

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現在、東北大学「日本思想史学会」、「東海大学文明学会」所属。文学修士
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投稿者:cheap dior
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投稿者:sofia
こんにちわ^^。
私もこの意見に 大賛成です。

だいたい あの北京オリンピックの時に あれほど騒いだ
チベット問題はどうなったのでしょう?
新疆ウイグル地区問題は?

中国は昔から侵略・殺戮の歴史を繰り返してきています。
他の国だってそう、どれだけ他国を食い物にしてきたか。
なのに最後の大きな戦争だったかもしれないけど
なぜ 日本だけがいつまでも言われなきゃいけないんでしょう。
中国だけじゃない、いつまでアメリカにも気兼ねし
属国扱いされなきゃいけないんでしょうね。
いい加減に独立したいですね。(*^_^*)


是非 多くの方にWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)
について知っていただきたい。(たっくんはご存知でしょうが)
戦後処理についても あまりにきちんと知らない方が多すぎる。

それが日教組の罪かも知れませんね。


http://shoko3848.blog33.fc2.com/blog-entry-255.html
投稿者:たっくん
(* ^ - ^ *)さん、ありがとうございます。
 世界が弱肉強食によって動く中でも国益のみが行動基準ではありません。昭和の初頭にポーランドが孤児だけでもシベリアから助けてほしいと日本に申し出があり即座に政府は、シベリア出兵中の陸軍を動員して孤児を日本に送り出しています。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog142.html 「20世紀初頭、765名の孤児をシベリアから救出した日本の恩をポーランド人は今も忘れない」

独立間もないポーランドが、西洋諸国に救援をことごとく断られ、彼らからしても東洋の端の日本に救いを求め応じた例です。儒教倫理からか、武士道精神によるのか、日本人の本質がわかるでしょう。今でもポーランドから日本は感謝されています。第二次大戦中でも実は中国人を大事にした事実もあります。いずれ書きたいと思うのですが、日本軍が中国人を虐殺したという視点は、あまりに一方的な偏見で公正な歴史ではないですし、戦勝国の論理だけでなく見ていくべきでしょう。

 はるか未来に、ひとつの平和な世界が来ると確信しています。

http://white.ap.teacup.com/etakkun/
投稿者:(* ^ - ^ *)
 たっくん(失礼ですが)のコメントを見る度に、自分の中の今までの認識(戦争について)が覆されるような気がして、正直言ってちょっとショックを受けていました。
 でも、最後の一言でとても嬉しい気分になりました。こんな無知な私とお付き合い頂き、ありがとうございました。今後もブログを拝見させて頂きたいと思います。宜しくお願い致します!
投稿者:たっくん
日本がめざしていたのは西欧列強のアジア侵略への対抗であり、そのためにアジア各国との連携をはかろうとしたのです。富の収奪という植民地支配でないことは朝鮮での学校整備、道路建設等のために莫大な資金を日本国内より拠出していることからもわかります。

 戦時下ゆえに占領という形式でもインドネシアでは西洋支配からの解放者として迎え入れています。わずかに占領統治は3年5ヶ月ですが、影響は大きなものでした。「オランダ領東インド」という国名を待望の「インドネシア」に、「バタヴィア」は「ジャカルタ」に改称し、また、オランダ人の代わりにインドネシア人を役所や企業でかなり高い地位につけ、彼らの社会進出が飛躍的に進みました。公用語をオランダ語からインドネシア語に改めたことは、インドネシアに誇りと自信を取り戻させました。その一方、「隣組」「警防団」など様々な団体が作られ、統制の訓練により、オランダの分割統治によって消えていた組織原理を習得したのです。重要なのは、オランダが決して行わなかった軍事教練も開始したことです。最初は日本軍内の補助兵力「兵補」が養成され、のちにこれは日本敗戦後のオランダとの独立戦争の時の大きな力となったのです。このように、日本軍政下のインドネシアでは、後の独立に繋がる大きな力が養われました。 
 以上のインドネシアの例からも日本が戦勝国となっていたならという仮定では、“中国がなくなる”はありえません。そもそもが中国、朝鮮と連携して西洋へ対抗しようというのが日本の立場であり、そのためにアジア各国の近代化に助力したのです。タイとは120年以上の友好関係ながら戦中には抗日運動もあってアメリカからの手引きにより連合国側に寝返っていますが敗戦国としての扱いではなく寛大に遇されました。ただしイギリスは一部占領という卑怯な行動をとりましたが。その後、戦後の現在まで親日国家です。

 中国や韓国とは共存共益の関係を築いていくことが今後の課題で、経済、文化などで利害が一致する面が多い以上、いずれは日中韓の連合体ができるかもしれません。日中韓の未来は明るいと思います。


http://white.ap.teacup.com/etakkun/
投稿者:日中関係に悲しむ人
 まず、タイは中国の立場だったら、そういうことを言えるタイ人は現れないと思います。
 そして、確かに、結果から見れば、経済、教育など様々な面で日本のお陰だと言えることは中国にもたくさんありますが、それは日本が負けたからこそ言える話ではないでしょうか?枢軸国がかっていたら、今は中国という国は存在しないのでは?枢軸国から連合国に入ったタイの結末は?
 
  
投稿者:たっくん
 靖国問題での批判は日本に戦争犯罪があるとの前提からです。歴史は立場やとらえ方により全く異なった解釈になります。

 第二次大戦では、アジア解放の盟主としてのとらえ方(大東亜共栄圏)、また、西洋に対抗するための単に南方の資源獲得が目的の西洋型植民地主義でしかないという見方もあり、いずれとも正解はないのです。戦後のアジア各国が独立しえた功績と、南方で現地人を酷使した、どちらも事実です。ひとつ紹介申し上げます。
「日本のおかげでアジア諸国は全て独立した。日本というお母さんは難産してその母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。こんにち東南アジア諸国民が、米・英と対等に話しができるのはいったい誰のお陰であるか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあった為である。12月8日は我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して、重大決心をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。」(ククリット・プラモード元タイ首相)
 日本批判は中韓がいくらでもしているので特に延べるまでもないでしょう。歴史を直視していないとのことですが、“事実”は解釈によっていくつもあり、結局は当事者どうしの誠意によってのみ相互理解と発展が為されるのではないでしょうか。教科書の記述にしても中国や韓国との解釈の違いは埋められません。双方の好意があれば前進するのではないですか。アメリカでも原爆投下の意義は戦争終結のためには必要なかったとの教科書の記述も出始めています。そして国益は世界の発展という視点があれば、解決するのだと思います。

http://white.ap.teacup.com/etakkun/
投稿者:再び
 殴った当初謝ってくれたのですが、あとでそんなことないと言い出したら、どう思いますか?
 政府間の難しいことはよく分かりませんが、靖国参拝は、歴史(過去の事実)を直視していないことをも裏付けているのではないでしょうか?
 教科書の問題もそうですが、どうして、今更かえるのでしょうか、今までは間違っていたということでしょうか?

 
投稿者:たっくん
はじめましてさんのご意見については戦後、10数回にわたり首相の謝罪がありますが、いつまで謝罪を続ければいいのでしょうか。中国側では心からの謝罪でないからだめだとの表明があるのですが、これだと決着がつきません。賠償の意味もあって中国には多額のODAもあります。謝罪要求をしつつ南京虐殺30万人という数字を偽造してまで求めるものは何かということです(当時、南京には諸説ありますが25万人程度の人口です)。
 靖国参拝の是非は賛否両論ありますが、他国が批判するのは国家主権への介入であるのは事実です。お涼さんのおっしゃる天皇の参拝は国家の象徴である天皇という位置づけのため国民の判断に委ねられることで、昭和48年でしたか、それまで天皇の参拝がなされていた以上、特に問題になることもありません。ただ、天皇は人格以上に国家の“象徴”としてのありかたが求められますので、お涼さんの言われる“一個人の人格としての意志”は象徴の範囲内のものです。

http://white.ap.teacup.com/etakkun/
投稿者:はじめまして
もしあなたが誰かに殴られたらどうしますか?私だったら、まず謝ってもらいますが・・・
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