2020/5/22

ハップウ  
沖浦氏に八風のことで言っておきたいことがある。

 別に自慢ではなく、私にとっては普通の事です。

これがダメなのだ。自分にとって普通かどうかではなく、世間一般にとって普通かどうかが問われているのである。つまり、これを言ったら世間から顰蹙を買うだろうと思って、言葉を慎むことがまさに賢人の振る舞いなのである。もちろんあえて顰蹙を覚悟で発言する場合もあるだろう。しかし、多くの場合は知らず知らずのうちに顰蹙を買っているものなのだ。それが凡夫の常である。

「大聖人の御眼を恐れよ」特集号

三月度総幹部会を報ずる四月五日号には、ご覧のような名称が付されている。近年は特集号に名称を付けるのが通例になっているわけだが、何となくマンネリ化しているような印象が拭えない。

それはさておき本題に入ろう。

第一面の様子を見ると、あれ? これが総幹部会? と思うことになる。なぜならば本部会館で行なわれているからだ。従来は大会場を借りて行なうのが常だった。しかし、おそらくは貸してもらえなかったのだろう。あるいは最初から本部会館でやるつもりだったのだろうか?

当然ながらコロナ問題で日本中が自粛ムードに覆われていた。総幹部会が行なわれた三月二十六日時点ではまだ緊急事態宣言が出されてはいなかったものの、かなり緊迫した状況になっていた。

掲載写真を見ると、かなり間隔を空けて座っている。ただし、マスクを着用している人はかなり少ない。この点、まだ認識が甘かったのかもしれない。

・・・ひたすら「国立戒壇」への糾弾を恐れて逃げた住職の醜態を報告した。

一面で気になったのはこれである。少し言い回しが不自然に思える。

コロナが去るまで
 本部会館で総幹部会


さて、会長講演である。ご覧のようにコロナ問題が解決するまで総幹部会を本部で行なうと言っているわけだが、具体的にはどのタイミングで切り替えるのか、そこが問題である。上述したように今は会場を貸してもらえない。しかし、今月中には緊急事態宣言が全面的に解除になる見通しである。すると六月末の総幹部会は再び大宮ソニックシティを借りて行えることになるのかもしれない。問題はそうした行政の指針に則るのか、あるいは顕正会独自の判断を下すのかである。

本部会館の大御本尊様の御前で・・・

法華講員からツッコミが入れられていた。大御本尊は戒壇の大御本尊にのみ用いるべき云々と。わたくしはその辺の事情に詳しくないが、ともかく顕正会は大が好きなのである。大確信だとか大感動だとか、きわめつけは大師子吼である。

だから安全なのは南極大陸のシロクマだけ(爆笑)。

ようするに新型コロナが地球上に蔓延してしまって、安全なのは南極だけだと言いたいわけである。もちろん冗談を言っているわけなのだろうが、そもそもシロクマは北極の生き物ではなかったかと思う。確か学名がホッキョクグマだったはずなのだ。

 「都市閉鎖もあり得る」

いわゆるロックダウンについてである。これも既述のごとく、すでにこの時点でかなり緊迫した状況になっていたことを示すものであり、ご存知のごとく四月に入って間もなく緊急事態宣言が発令された。これは諸外国のロックダウンとは少し性質の異なるもののようだが、広い意味ではほぼ同じと考えていいだろう。

世界大恐慌以来の株価大暴落

経済オンチのわたくしには実感が薄い話ではあるのだが、少し不思議に思っていたことがある。日経平均を見ていると、一度はガクッと下がった株価が少し持ち直して、一万九千円台で踏ん張っている状況が続いていたのだ。しかもこのところは二万円台まで回復している。

 黒田東彦・日銀総裁の国会における証言によれば、日経平均1万9千500円が損益分岐点だそうです。

なるほど、いわゆるアベノミクスの手法が今も継続的に行なわれているわけなのだ。日銀が株価の暴落を抑え込んでいる。

 まもなく財政破綻・国家破産が必ず起こる。

浅井先生の持論である。この点、近年は異なる経済理論を唱える人が増えているようだが、先生はそれに対して具体的な反論をしていない。ただひたすら持論を言い続けているだけである。かなり難解な議論になるだろうことは予想されるものの、一度は経済問題についての特集号を出すべきではないかと提案しておきたい。

四人ともに落馬して・・・

これは熱原法難についてである。かつて浅井先生は三位房の死を落馬ではないと言っていたはずであるが、見解が変わったのだろうか?

さらに「数日後に御虫払法要があるから、そのときの説法で必ず言います」
 とまで約束してくれた。


これは昨年あたりにも取り上げた事案である。わたくしの記憶が確かならば、かつての御遺命守護の著作にはまったく出てこない話なのである。ゆえに浅井先生の作り話ではないかと思うのだが、いかがだろうか?

 「責任役員会」の議決で
   国立戒壇を否定せしむ


これがまた問題である。ここに「せしむ」とある。ようするに池田大作氏がせしめたと、浅井先生は言っているわけである。その証拠はどこにあるのだろうか?

 「国立戒壇否定」を機関決定で取り消せ

これは浅井先生の立場としては至極当然の要求なのかもしれない。ようするに昭和四十五年の決定を覆すためには今現在の責任役員会のメンバーが同じ手続きを踏むべきであると。

それはそれとして周知徹底の意味では宗門機関紙であるとかホームページなどを使って内外に宣言する必要がある。

まあ、しかし、今現在の状況を考えると実現は難しいだろう。

顕正新聞には日蓮正宗責任役員会議事録の写真が載っていて、そこにはかなり長い説明が綴られている。ここでは一部分を抜粋しよう。

「第一号案」には「本宗教義の本質より鑑み」とあって、放棄したのは、単に名称だけではなく「国立戒壇」そのものであることを示している。

わたくしはここにじゃっかんのゴリ押しを感じるのだ。

宗門は国立戒壇を放棄したのであって本門戒壇は捨てていない。結局、上掲の国立戒壇そのものという表現がすでにして国立戒壇の名称に拘泥していることを示すものであって、本門戒壇そのものとは書けなかった点が浅井先生の限界を物語っているのだと思う。

正直なところ、日達上人の御指南にもブレがあって、細かく言えばツッコミどころがたくさんあるのは事実だと思う。それが今現在の宗門に影響を残しているのも、これまた事実だろう。ただし、細かいことを言ったらキリがないのだ。大枠で捉える必要がある。すると宗門が捨てたのは国立戒壇の名称だけであって、それ以外には何も捨てていないのである。

以上、浅井先生の要求が通らない理由はかくのごとしである。

繰り返しになるが書いておこう。浅井先生の要求は早い話が宗門に国立戒壇を言わせようとしているのである。国立戒壇を言わさないと気が済まない。それが浅井先生なのだ。もしそれが事実だとすると、あまりにも子供じみているのではないかと思う。

この点、顕正会の首脳部はよく考えるべきだろう。

2020/5/21

メンシキ  
ハラダ氏より引き続きご質問を頂戴しているが、前回も書いたようにわたくしは内部事情に詳しいわけではない。ゆえに大したことは書けないのである。

顕正寺は消滅した。わかっていることは、建て替えが行なわれたのだが、その時に発展的解消と表現すれば聞こえはいいものの、早い話がドサクサに紛れて消滅させてしまった、ということである。
松本師は早くに亡くなったのでまったく存じ上げない。八木師もいつの間にか宗門に戻っており、存じ上げない。村松師はいちおう面識がある。
ところが上述のごとく、顕正寺を取り壊して典礼院なるものを建てた。実質、僧侶不要の方向性を打ち出したわけである。村松師は居場所を失った。

 結局のところ御遺命守護完結≠ニした後、昭衛氏は顕正寺を取り壊し、平成十五年五月に住職不在の「冨士大石寺顕正会典礼院」に建て替えた。村松師は、顕正会の本部職員(儀礼室執行員)として雇用されていたが、いたたまれずして退職を余儀なくされた。

これは名著『迷走する顕正会を斬る』の記述であるが、わたくし自身はこれ以上の情報を持ち得ていない。上掲にしても、具体的にはどのタイミングで退職したのか不明であり、この点は著者もしくは村松師本人に聞かない限り、わからないことである。まさか顕正会側が好んで情報を発信することはあり得ないからだ。

いずれにしても葬儀法要は教団幹部職員が執り行なっている。

墓地墓石についてはもともとお墓のある人はそれを利用する場合もあると思う。それ以外の人たちは典礼院への納骨を希望する場合がほとんどだろう。塔婆供養はまったくやっていない。いちおう春秋の彼岸会は行なっている。

以上、わたくしの知っている範囲で書かせていただいた。本来ならば現役の活動会員の証言が待たれるところだし、もしくはわりと最近まで顕正会の中にいた人たちが証言すれば信憑性が高いだろう。

さて、沖浦氏である。

八風について御書を引用しているが、それがあまりにも唐突過ぎて何を言いたいのかわからない。むしろその一つ前のコメントを読むと、沖浦氏自身が八風に冒されているのではないかと思えてくる。

 降りてからそのスタッフが確かめたら、上村愛子さんでした。

誰が読んでも自慢話に聞こえるからである。

 あまり知られていませんが、釈迦は僧侶が葬儀を行う事を禁止していました。

ところでこれは何を根拠に言っているのだろうか?

 現在の日本でも南都六宗は葬儀を行いません。
 それらの宗派の信徒の方々は葬儀が必要な時は他宗の僧侶を呼んでいます。


これはいつだったかリンクを貼っていたところの情報である。

不勉強を承知で言わせていただくと、奈良の古くからある寺は観光寺院として存続しているだけであって葬儀をするだけの余力がない、それが答えのような気がするのだ。実際、わたくしの居住地域には律宗の寺院が存在しない。グーグルマップで調べても出てこないのだ。当然ながら日蓮正宗はたくさん出てくる。天台宗や真言宗も出てくる。

こうして見ると、上掲はかなりアヤシゲな話であり、インチキなロジックのように思える。

例えばわたくしが日蓮正宗の総本山に葬儀をお願いしたとしよう。どのような対応をするか興味深いところだが、とりあえずは最寄りの日蓮正宗寺院を紹介してくれるのではないかと思う。もしくは信者以外の葬儀はやらないと断わられるかもしれない。
信者以外はやらない云々は日蓮正宗ならではという感じがする。他宗他門であればお布施がもらえるならばと喜んで引き受けるだろう。今は葬儀が簡略化されつつある時代なので、お坊さんたちにしてみれば檀家だろうと飛び込みだろうと関係なく引き受けるはずなのだ。
話を戻して、では観光寺院はどうかである。観光で潤っていることもあって、葬儀での収入を当てにする必要がない。また、現状では末寺のネットワークが存在しない。こうなれば必然的に葬儀の依頼は受けられないだろう。

もし上述のことが事実であれば、沖浦氏の言っていることは完全なるデタラメということになるだろう。

 700年に72歳で没した際、遺命により日本で初めて火葬に付された。その記録も現存している(『続日本紀』)。

法相宗の道昭についてである。

 火葬はこの方が最初で証拠があるようです。
 葬儀の形は大聖人の時代と現在は全く別でしょう。
 ですから、今後も変化があって当然です。
 宗門の如く僧侶を呼ばないからとか、戒名がとか、塔婆にこだわる必要はありません。


今後も変化があって当然、という意見にはおおむね賛成するが、自分たちを正当化するために言うのはどうかと思う。わたくしの思うに、時代の変化には抗えないわけで、例えばゆくゆくはガラケーが全面廃止になるかもしれない。つまり、もしそうなってしまったら、いくらガラケーにコダワリを持っていようと、どうしようもないのである。今こうして書いていてさすがに適切な例とは思えないものの、ともかく変化を余儀なくされることはあり得るだろう。とは言え、わざわざ変える必要がないのであれば、そのまま続けるのが普通である。

さて、いよいよ顕正新聞第1505号の話題であるが、今日はもうやめておこう。

2020/5/18

ブルマイ  
沖浦氏によると、ネット上に流布されている池田大作氏の音声は、もともと沖浦氏が持っていた音源なのだそうである。もちろん池田氏ほどの大人物になると無数の音声データが存在するわけで、それらすべてが沖浦氏経由で伝播したわけではないのだろうけれども、その中のごく一部にしても凄いことである。しかもそれを聴いて自分の録音だとわかるところがまた凄いのだ。昔の録音機は精度が低く個体差が大きかったから音源に固有のクセのようなものが出るらしいのだ。それを沖浦氏はしっかりと記憶していて、配信者に確認したところ、案の定、自分の録音したものだったことが判明したそうである。

2020/5/13 10:39
投稿者: ハラダ        

現在、顕正会の葬儀の実態はどうなっていますか?

「宗教」において、「葬儀」は「大事」と思いますが。

お伝え頂けるとありがたいです。


実態については現役の活動会員に問い合わせたほうがいい。わたくしはすでに組織を離れて久しいので、現在の内部事情には疎いのである。

もちろん顕正新聞に出ている範囲のことはお伝えすることが可能である。

現今は顕正会儀礼室が葬儀を執り行なうことになっていて、儀礼室委員に任命されているであろう数名の幹部が全国を飛び回っている。数名と書いたのは、かなり以前に儀礼室の人事が発表されたものの、その中には組織を離脱してしまった人物もいるし、その後に人員が補充されたのかどうかも定かではないので、わからないのである。
また、彼らは儀礼室専従ではなく、本部職員としてその他の職務も遂行していると思われる。教学委員であったり、副総男子部長だとか、ともかく複数の役職を兼任している人がほとんどのはずである。
その結果であろう、葬儀のために全国を飛び回っているとは書いたものの、現実には手が回らないらしく、地元の幹部が葬儀を行なうケースもあるのだ。過去の拙稿を調べれば出てくるはずだが、女子部の地方部長クラスが通夜・告別式を執り行なったという記事もある。

ちなみに今日の話題としては、顕正新聞第1504号の六面から八面を取り上げるつもりだった。ここには九本の記事があって、そのうちの五本が近親者の葬儀に関する話題である。

 昨年十二月二十六日の朝、同居する義母が亡くなっているのを妻が発見いたしました。

男子部第八十三隊長(神奈川)の記事である。大幅に端折って恐縮であるが、以下のごとく葬儀社の人が顕正会儀礼室を絶賛していたという。

 「顕正会の葬儀は故人への祈りを大事としてみな参列している。式後の宴会はなく、速やかに帰る会員が多いことも稀有であり、職業柄、とても現代に合った形だと思っている」

この部分、わたくしは少し疑問である。ようするに隊長殿の義理の母君であるからして、男子部関係の弔問がたくさんあったと考えられる。しかし、故人との直接的なつながりはないので、焼香を済ませてさっさと帰るのが礼儀というか普通だろう。
また、式後の宴会という表現が気になるところで、葬儀社の人がそのような言い方をするのかどうか、まずはそこが甚だ疑問である。普通は通夜振る舞いないし精進落としと表現するのではあるまいか?
わたくしにしてもその専門家ではないし経験が豊富なわけではないので逆に教えてほしいものだが、遠路はるばる駆けつけて下さった会葬者に対する労いの意味もあるし、故人を偲んで思い出を語る時間という意味もある。ゆえに最初に書いた直接的なつながりの薄い人たちは別にしても、それ以外の人たちのためにそれなりの用意をするのが常識ではないかと思う。

 このたび母の〇〇班長が、一月五日の日曜勤行の直後、沖縄会館で倒れ、そのまま臨終を迎えました。

女子部第二百六区総班長(沖縄)の記事はご覧のごとくである。

先ほど五本の記事があると書いたが、残りは、九十一歳の女性、小細胞肺癌の男性、夫に先立たれた女性、である。最初の人は年齢が示すごとくであり、次の男性はガンを患っての死であり、最後はありがちな話ではある。配偶者の死をキッカケに見る見る衰えていくケースは、わたくしの周囲でもよく見る光景である。

ここでは二本の記事を紹介したが、突然死という点において法華講あたりの口の悪い連中は罰だの何だのと言うのかもしれない。ただこれはお互いさまであって、法華講でも創価学会でも似たような話はいくらでもあるはずなのだ。

ゆえにわたくしは突然死そのものを云々するのではなく、前掲の例では葬儀のあり方において世間普通の義という視点から書かせていただいたのである。失礼ながら顕正会はかなり特異な組織であり、それゆえに世間の常識がまったくわからなくなってしまっている人も少なくないという問題がある。顕正会流の独特の表現・言い回しなども同じ性質の問題を孕んでいる。これも拙ブログでは長年にわたって取り上げてきた問題であり、今後も引き続き取り上げていくつもりである。

2020/5/12

ダラクソウ  
沖浦氏の今朝のコメントについて簡単に触れておこう。

堕落僧の仕業

バカの習慣


刺激的な表現がたくさん出てくるが、こういう話は法華講員のブログにでもコメントすべきだろう。わたくしに言っても詮無いことである。

前回も書いたように、宗門のやっていることは伝統であり、細かい点では大聖人の時代に遡源できないにしても、基本的には大聖人の時代から続いていると考えるべきだと思う。ただし、以前の拙ブログでは葬儀が簡略化されつつある現代事情を鑑みて、もしかしたら宗教そのものがオワコンになりつつあるのではないかと問題提起したことがある。つまり、以前であれば葬儀に僧侶を呼ぶのが普通であって、この点は正宗であっても他宗他門であっても同じだった。ところが近年は僧侶を呼ばない人も増えてきた。こうした時代の流れの中で、正宗だけが頑なに僧侶の必要性を云々しても、いずれは誰も耳を貸さなくなるかもしれないのだ。この点においてわたくしと沖浦氏との差異をあえて挙げるとすれば、氏は頭ごなしに正宗を否定している雰囲気が濃厚であるが、わたくしは違うということである。むしろわたくしは、時代は確実に変わりつつありますよ、どうするのですか正宗さん、という問い掛けをしているわけである。

もっともオワコンという意味では創価学会も例外ではないのかもしれない。

現状、創価学会は公明党の支持団体として存在価値を有するのであって、宗教としての価値には疑問符を付けざるを得ないと思う。実際、後継者が育っていない。たとえ両親が熱心な創価学会員だったとしても、その子女が熱心とは限らない。では新規の会員がどのくらい増加しているのかということになるが、あまり捗々しい話は聞かない。

また、公明党の存在価値にも疑問符が付く。

以前は自民党の暴走を牽制する立場と言われていたし、創価学会員もそれをいわばウリにして支持拡大の運動を展開していた。ところが現実にはそうではないことがハッキリしている。問題はこれからで、自民党がいつまでも天下を取っているとは限らない。自民党そのものがオワコンになるかもしれないのだ。さて、それが事実となったら公明党はどうするのだろうか? いや、逆かもしれない。今は潤沢なる創価学会票が期待できるものの、それが当てにならなくなれば捨てられるかもしれないのだ。

今のコロナ問題は人類にとって得難い教訓となっている。まさに凡夫には未来が見えないのだ。もちろん偉そうなことを書いているわたくしも例外ではない。

顕正新聞の続きを見て行こう。

 振り返れば、平成十年二月、浅井先生は「小田原地震切迫」との報に小田原の地に命がけで赴いて下さり・・・

五面の左側に婦人部小田原支区班長(神奈川)の記事がある。まさに浅井先生が凡夫であることを示す内容となっている。

ちょうど対比するのに好都合なのが右側の女子部第百五十七区総班長(熊本)の記事である。

 熊本地震から間もなく四年を迎えますが・・・

結局、小田原地震は来なかった。未だに来ないのである。地震予知の難しさを象徴する出来事かもしれない。当然、熊本地震も予知できなかった。

五面下段には見覚えのある話が載っている。

 実は顕正新聞を読んでから、「細井日達書写の本尊に祈っていたら大へんだ」と思い、すでに本尊をお巻きしていたのです。

五月五日の拙ブログを参照されたい。そこには婦人部宮崎支区総班長の記事が載っている。今回は本人の登壇記事である。ご本人は八十四歳だそうで、役職はない。

実は五面にはもう一つ取り上げるべき事案がある。

桜咲く本部会館・正門

ミツバツツジ


昨日のブログでも本部会館の四季を取り上げた。例の雪景色である。実はそれが同号の二面に載っていて、同号の五面には上掲が載っているのだ。チグハグ感が否めない。四季と謳っているものの、まさか同じ号に春夏秋冬が載ることはあるまい。それでは新聞の意味がない。強いて言えば、季節外れの雪化粧みたいな説明を付加すればまだしもだったろう。これらの写真は記事の文字量によっては空きスペースが生じてしまうので、その穴埋め的な役割を担っているのだと考えられる。それはそれで結構であるが、載せるからにはちゃんと考えて載せるべきだろう。

2020/5/11

アタマゴシ  
沖浦氏の主張は一定の説得力がある。ただし、注意を要する点があると思う。葬儀のこと、塔婆のこと、戒名のこと、これらは宗門が勝手にやっていることではなく、伝統的にやってきたことなのである。いくら調べてもなかなか大聖人の時代には遡れないこともあるのだろうけれども、さりとて誰かが途中で創作したわけでもないのだ。ようは原形になるものがあった。それを後の人が体系化した。この点を忘れてはいけないだろう。

お樒に関しては拙ブログでもかつて書いたことがある。これも上述と同様であって、何かしら原形となるべきものが存在したのだろう。それはそうだろう。今までやっていなかったことをいきなりやり出したとしたら、必ずツッコミが入る。しかし、おそらくはお樒に関して異議が唱えられたことはないのではないか?

歴史的には、曼荼羅本尊か仏像本尊か、神社参詣の可否、方便品の読不読、これらが争点としては有名であるが、葬儀関連が争点となったのはわりと近年のことではないかと思う。もしそうだとすると、客観的には在家教団である創価学会や顕正会が自分たちを正当化するために持ち出してきた事案ということになるだろう。

さて、顕正新聞である。

(男子部第1総部より)

いわゆる登壇記事について、従来とは違った表記を見つけた。たぶん今までなら、〇〇集会より、というような表記になっていたはずである。上掲はなぜかそこがアイマイになっている。別にウチワの新聞だから自分たちがわかればそれでいいのだろうけれども、特集号として大量配布することもあるわけだから、もう少しわかりやすい表記を考えるべきだろう。

また元凶たる池田大作も亡びんとしている姿こそ・・・

男子部第十五総部長(九州)の記事である。ようするに池田氏はまだ亡くなっていないとの認識のようである。しかし、どうかしていると思う。もはや年齢的には亡くなってもおかしくないわけであり、ボヤボヤしていれば自分のところの師匠だっていつどうなるかわからないのである。まさにここが凡夫の悲しさなのだろう。いつまでも生きていられると錯覚してしまっているのである。

本部会館 雪景色

本部庭園の四季という連載がある。連載というよりは挿絵的に毎号必ず紙面のどこかに掲載されているものだ。しかし、この雪景色が何月何日の雪なのか、そこが気になるところである。わたくしの記憶が確かならば三月末に降雪があった。ところが当該号は三月二十五日号なのである。拙宅に到着したのは四月に入ってからなので、くだんの降雪の可能性も考えられる。どうでもいいような話だが、少し詐術的なところが気になるのだ。

新型コロナウイルス

第三面の記事で興味深かったのは上掲の表記である。これもどうでもいいような話ではあるのだが、顕正会では浅井先生がいちばん最初にコロナウィルスと表記したのでそれを踏襲して、その後の各種登壇記事はすべてウィルスと書かれているのである。ところがなぜか本号の三面四面はウイルスになっている。

 同時に、必ずや先生のご一念に諸天が感応し、早瀬日如管長の頭越しに大聖人様の御裁断が下り、御遺命の正義が正系門家に一時に蘇る・・・

それにしても副総合女子部長のこの発言はどうかと思う。頭越しとは具体的にどういう意味なのかが問題であり、その解釈によっては浅井先生の言っていることとも違ってくることに、はたして彼女は気がついているのだろうか?

この件は後の号との関連で取り上げることになると思う。

さて、次は四面であるが、まずは男子部第七十三隊長(神奈川)の記事に出てくる妙観講とのやり取りを紹介しよう。

一人の女が顕正会の御本尊について悪口を言い始め、組長を誑かそうとしてきました。

これは悪口ではなく、疑惑を追及しているのだ。結局、顕正会員はこれに答えられない。ゆえに会員の中においても疑心暗鬼に陥っている人が無数にいる。よって常に一定数が宗門へと引き抜かれていく。この繰り返しなのである。

結局、「大草が顕正会に内容証明で法論を申し入れたが、浅井先生が逃げた」という馬鹿げた主張をしてきたので・・・

カギカッコはセリフを意味する。これは妙観講側のセリフのはずなので、もしこの通りに発言したとすると相当のキレモノである。自らの師匠を遜らせて相手の師匠を持ち上げている。なかなか立派なものである。顕正会員にはマネできまい。

法道院・常在寺の「勧誘」は折伏ではない
 金品で釣る「人集め」の実態に唖然!


男子部第十五隊支隊長(首都圏)の記事に付いている見出しである。

ああ、思い出した!

熱原の法難では身を捨てて法華講衆を外護

昨日のブログで取り上げた話題である。この外護が問題だろう。使い方が間違っているのだ。

ただし、顕正会の教義信条からすると熱原の法華講衆はタダモノではないわけであって、実は仏法上の重大使命を担った存在となる。だから外護でいいのかもしれない。いずれにしても一般的には不適切ということを認識しておく必要があるわけで、顕正会員はそうした認識をまったく持っていないから非常識だと言われてしまうのだ。

話を戻そう。支隊長の記事には次のごとくある。

私が配布で知り合った婦人は「ビール一ダースとおカネをもらったので法道院に行った」と言い、別の壮年は「信心の話は全くなく、『弁当とカネをあげる』と言われたので常在寺に行った」と暴露しておりました。

もしこれが事実ならば法華講もノルマが厳しくて大変なのだろう。

 彼らは男女混合の四・五人のグループを組み、駅前広場などで気の弱そうな人や外国人を取り囲んで・・・

このくだりも法華講員たちの様子を活写しており、確かにノルマに追われている雰囲気が濃厚である。しかし、皮肉にもこれはそっくりそのまま顕正会員たちにも当てはまりそうな話である。一種の自爆発言だ。

 当然、そのような状態で臨終の良し悪しなどわかるはずもなく、妙観講の「五千名の僧俗が証人だ」との宣伝が、顕正会から糾弾されるのを恐れるゆえの作り話であるように思えてなりません。

困った人である。

まず、法道院所属の壮年が「阿部日顕の葬儀に行った」と発言したそうである。これは明らかにおかしいだろう。法華講員が阿部日顕などと呼び捨てにするはずがないのである。支隊長ともあろうものが、そのくらいの常識がわからないのだろうか?

「行列で立ち止まれず、はっきり言って、良い相なのかどうなのか、よくわからなかった」

法華講員は支隊長の問いに答えたわけである。順番が逆になってしまったが、この話の流れの中で前掲の作り話云々が出てくるわけである。

五千人が日顕上人の御姿を拝見した。その中にはさまざまのタイプがいるはずで、滅多に見られないからとマジマジと見つめる人もいるし、逆のパターンもある。くだんの法華講員は後者だった。ただそれだけの話である。

ここでも顕正会員の非常識さが際立っている。日顕上人が悪臨終じゃないと困る。そういう前提条件で物事を考えてしまうからおかしくなるのだ。

勤務先の総合病院にコロナ感染者
「総罰」の中、恋慕渇仰の勤行で歓喜の前進


女子部第四区長(神奈川)の記事である。顕正会に医師がどれだけいるのか定かではないが、看護師はかなりの人数が存在する。ゆえにここしばらくはコロナ関連の登壇記事が続くかもしれない。

難病の間質性肺炎に冒されながらも自己誓願三名を立てるまでに変わり、連日折伏に体をぶつけております。

当該記事にはコロナのことも書かれているが、それほど目を惹くような内容ではない。むしろわたくしは一組長の話が気になった。ようするに今まで活動に消極的だった組長が積極的に活動するようになったわけである。それは結構な話であるが、間質性肺炎が問題だろう。難病だからでもあるが、今はコロナ問題が深刻な時期なのである。つまり、彼女はもともとも肺に持病を抱えているわけであるから、もしもコロナに感染すれば重篤化するリスクが高くなるのだ。また逆に彼女が感染を撒き散らす側にもなりかねない。看護師だったらそのくらいわかりそうなものである。この登壇者にも非常識の烙印を押さざるを得ないようだ。

2020/5/10

オンリョウ  
顕正新聞第1504号のトップ記事は御書要文拝読である。これまで何度も指摘してきたように、御書講義がなくなってしまい、さらには日曜勤行の指導もなくなった、ゆえに紙面作りに苦労するようになった。いわばその代替として今回のような記事が掲載されたのだろう。

メインの拝読御書は建治四年二月二十五日の上野殿御返事である。

不退の「水の信心」を貫き通された上野殿
身延に在す大聖人様に献身の御供養
熱原の法難では身を捨てて法華講衆を外護


ご覧の見出しが示すように、当該御書では火の信心と水の信心を対比した上で、上野殿が水の信心を貫かれていることをお褒めになっている。本文は省略するが、次の通釈が問題である。

 いま上野殿は、いかなる時も常に退せず護法の赤誠に立たせ給えば、これ水のごとく信じさせ給えるか。尊し尊し。

おいおい、何だよこれは・・・

浅井先生もどうかしている。しかも編集部はこれを修正せずに載せている。浅井先生は絶対だからか?

 父上は温厚淳良な性格・・・

これは何を根拠に言っているのだろうか?

 母上も温良な性格・・・

何を根拠に言っているのだろうか?

 「鎌倉にてかりそめの御事」との仰せに、上野殿が大聖人にお目にかかったのは、まだ幼少の折の一度か二度だけであったことがわかる。

先ほど、メインの拝読御書と書いた。その理由はメインの御書とは別に、いくつか関連の御書を引用しているからである。ここでは文永十一年七月の御書を引用して、上野殿は幼少の頃に鎌倉で一二度、大聖人にまみえているとしている。

はたしてそうだろうか?

わたくしはその可能性があることは否定しないものの、断定はできないと思っている。浅井先生は既存の解説書を参考にしつつ自分の見解を述べているのだろうと推測されるが、とりわけ近年は思い込みが激しいような印象がある。

上野殿御返事→南条後家尼御前御返事

御書全集では上野殿御返事となっているが、平成新編ではこれをご覧のごとく改題しているのだ。わたくしはこの件に関して宗門側がどのような見解を出しているのかまったく知らない。ただ表題が変更されたという事実だけを知っているだけである。

当然、理由があってのことだろう。

たぶん浅井先生も同一見解のはずだが、ここでは上野殿が直接御供養の品々を携えて身延に参詣しているのである。ならば御書の宛先は上野殿ではなく上野殿の母君であると考えるのが自然である。平たく言うと、お母さんにお礼の手紙を書いたので渡して下さい、と大聖人が上野殿に手紙を託された。このように考えると宗門が御書の題名を変更したのはきわめて適切なことだとわかるはずである。

 かまくらにてかりそめの御事とこそをもひまいらせ候ひしに、をもひわすれさせ給はざりける事申すばかりなし。

これが平成新編の表記である。解釈は何通りもあるだろう。ようするに母君に仰せられているわけであるから、少なくとも母君は大聖人と鎌倉で面会しているだろうことが読み取れるわけだ。この場合、幼少の上野殿が一緒だったかどうかはわからない。もちろん一緒の可能性もあるし、そうじゃない可能性も否定できない。また、大枠で捉えると、南条家との関係そのものがきわめて希薄であり、もしかしたら大聖人は母君ではなく父君との関係をカリソメと仰せられているとも読めるのだ。何しろ早くに亡くなってしまった。その後、身延入山までの十年近くの間、南条家との関係が途絶えていた。このように考えると、思い忘れさせ給ざりける事、申すばかりなし、との仰せが鮮明になってくるはずである。

この点において、浅井先生の次の見解は正しいだろう。

上野殿はこの母上のもとで、大聖人様への一筋の信心をはぐくまれていったのである。

つまり、この場合においても上野殿本人が大聖人と邂逅していなかった可能性は排除できないわけであり、むしろそのほうが内薫力の説明には幸便かもしれないのだ。

ことに幕府に狙われていた日秀・日弁等は富木殿のもとに送って匿わせ、また現地で指揮を執られる日興上人の隠れ家まで用意した。

それにしてもここが問題である。まず日興上人の隠れ家とは何を根拠に言っているのだろうか?

そもそも現地とは熱原のことか鎌倉のことか、それすら不明である。熱原であれば上野殿のテリトリーと言えるのかもしれないが、鎌倉だとしたらさすがにどうかと思うところである。何しろ鎌倉には四条金吾殿などの有力な在家信徒がいたわけであり、彼らのほうが勝手がわかっている分、迅速な対応ができるはずである。

富木殿のもとに送って匿わせ・・・

再掲であるが、アゲアシ取りの気味がなくはないものの、どうかと思うところである。ようするに富木殿のほうが大先輩であるからして、匿わせ、という表現はあまり好ましくないように感じるのだ。また、この件は大聖人の御指示・御裁断と考えるのが普通だろう。上野殿から、あるいは日興上人から、逐一報告を受けていた大聖人が一時的に富木殿のところに避難させるのが賢明であると、このように判断して指示を出したと考えるべきなのだ。

 「大聖人御一代に、唯一度だけしか用いられていない、稀な御文字」

これは弘安二年十一月六日の御書で、宛名には上野賢人殿御返事と認められている件である。このことについて、堀日亨上人は上掲のごとく言っているそうである。

大昔の御書講義だったかどうか、今はほとんど記憶がないのだが、かつてこの上野賢人のくだりについて、実は上野聖人と書かれた上から上野賢人と書き直してある、という話を聞いたような記憶がある。ようは聖を後から賢に修正したわけであるが、これを大聖人が自ら行なったという。上野殿がまだ若いので、あまり褒め過ぎてもよくないと考えられたのだろうというような話だったと思うが、今回の記事にはそのことがまったく触れられていない。

ちなみに御真蹟を拝見しても、わたくしの目には書き直したかどうかまったくわからない。最新の研究がどうなっているか、そこも気になるところではある。

2020/5/5

ケタチガイ  
今日はさっそく顕正新聞の話題を取り上げるわけだが、その前に一言言っておこう。

わたくしは沖浦氏の主張を百点満点だとは思っていない。とは言え、傾聴に値するところがあるのも事実である。とりわけ顕正会員にはぜひとも読んでもらいたいと思っている。

なぜならば顕正新聞には次のような記事がある。

 「やるからにはちゃんとケリをつけないと嫌い。実はあんな悪臨終だった細井日達の御本尊に手を合わせていたら大変だと思って、御本尊をお巻きして返しに行くつもりだけど、あと一歩勇気が出ない」

婦人部宮崎支区総班長(宮崎)の記事に出てくる法華講員のセリフである。ようするにこの人は顕正会の婦人部に誑かされて、いよいよ日達上人の御本尊を返納しようとしているわけである。日蓮正宗の僧俗が憤慨するのはもちろんであるが、おそらく沖浦氏もこの記事には異論があることだろう。何しろ誰が書写しても構わない。これが沖浦氏の持論だからである。

顕正会員はこの問題をもっと深刻に受け止めないといけない。

 先日、中国・武漢市から帰国した百九十余人が、突然私の住む千葉県勝浦市の三日月ホテルに収容されました。

これは婦人部南房支区部長(千葉)の記事である。ちょうど緊急事態宣言が延長されたこともあるので、いい機会だろう。これは二月末の班長会での登壇であるからして、今となっては隔世の感がある。武漢市からの帰国者がその後どうなったのか、わたくしはまったく知らないが、昨日の首相会見によればすでに武漢発の第一波は終息したとのことである。今現在、日本国中で報告されている感染は第二波で、欧米からもたらされたものなのだそうである。それこそ武漢型と欧米型がどのように異なるのか、わたくしにはさっぱりわからない。しかし、少なくとも第二波のほうが強力であり、それによって感染者数も死者数もかなり深刻な数字になっているのは事実のようである。

今現在、もっとも急増している地域はロシアかもしれない。わずか一日で一万人以上の感染者が確認されたそうである。

それに比べれば日本はケタチガイに少ない。一つには検査数の少なさが問題視されており、実際にはもっとたくさんの感染者が存在するとの見方もある。また、ロシアの例が示すように、油断していれば一気に感染が拡大するという意味もある。よって当初の予定では明日いっぱいで緊急事態宣言が解除されるはずだったのだが、残念ながら延長されることになってしまったわけである。

この問題はまた折を見て書きたい。

父の金谷兼明支隊副長が素晴らしい臨終

男子部第百六隊長(福島)の記事である。基本的に末端会員の個人名は伏せるのが拙ブログの自主ルールである。しかし、この人については憚る必要はないだろう。立派な人物である。とりわけ印象深いエピソードがあって、今回の記事でもそのことが書かれている。

 途上、二百数十件の逆縁を積み重ねましたが・・・

活動会員の多くがデタラメな折伏をしている。その理由は成果に追いまくられているからである。本当ならばこの人のような折伏が理想なのだが、現実には無理なのだろう。

今日はもう一つ紹介して終わろう。

 「窯から出した直後、骨が光っていました。長年多くのお骨を見てきましたが、こんなことは初めてです」と。

男子部第七十隊総支隊長補(首都圏)の記事である。平成五年に入信したという副長さんが本年一月に胆管癌で亡くなった。上掲は火葬場での出来事である。火葬場の職員がこんなことは初めてと言っているのだから、それはウソではないのだろう。しかし、直後の話であって、ずっと光り続けていたわけではない。もし光り続けていたら収骨の時に多くの人が目撃することになる。基本、あのような場所は撮影禁止とされているが、ぜひとも記録に残したいものである。

翻って御生骨はどうなのかである。一瞬だけの話だとすると少しガッカリするが、逆にずっと光り続けているのも驚異的であり、それこそ科学者たちの研究対象となる話である。

いずれにしても顕正会員たちは気がつくべきである。日達上人の御遷化をアシザマに言うのとは逆に自分たちの臨終については美化している。これがどれだけテマエミソの論理なのかをである。何しろ客観的な尺度は一つも存在しないからだ。

2020/5/4

タタキダイ  
沖浦氏の楽譜を譬えに借りての説明は秀逸である。とは言え、それが真実を正確に伝えているかどうかは別の話である。これはいわば議論の叩き台に位置するものなのだろう。

音楽は譜面という形で一種のデータ化ができる。それもかなり早い段階から確立されていた。ゆえに作曲者が亡くなった後も音楽を再現できるのだ。

ではその他の芸術はどうかである。

絵画や彫刻がわかりやすい。これらには譜面のようなものは存在しない。あえて言えばデッサンというような感じかもしれないが、それこそデッサンはデッサンであり、完成品とは異なるのだ。

経文の話に戻って、禅宗はどうかである。彼らもいちおうは経文を読むらしいのだが、もともとは不立文字が建て前である。やや変化球的に言わせてもらえば、沖浦氏の主張はこれに近いのかもしれない。

さらに以前の議論を蒸し返すと、われわれ一般人にとっては音楽であれ絵画であれ本物じゃなくてもそれほど困らないのである。今はネット上で音源が得られる。公式サイトが発信している以外にも海賊版的なものがたくさんある。わたくしはその音楽を聴いて満足している。著作権の問題がクリアできていないだけであって、実質的には本物と変わらないほどの高音質のものがたくさん出回っているのだ。
つまり、曼荼羅御本尊にしてもネット上に出回っている画像から勝手にコピーして自宅で拝むことだってできるし、実際にそのような人もいるらしいのである。たぶん著作権は存在しないだろう。仮に著作権があったとしても自宅で自分だけが拝んでいる分には何の問題もない。
ところがこの話になると、今度は開眼の問題が生じてくる。日蓮正宗の人たちであれば、コピー本尊など言語道断であると言うだろう。今のは個人で勝手に拝む話だったが、この延長線上には創価学会や顕正会で勝手に複製している本尊の問題にも通ずるわけである。

この件についての沖浦氏の見解はわりと単純明快である。ようするに楽譜は音楽を記号化したものであって音楽そのものではない。この考え方を本尊に当てはめればいいのだ。

ゆえに沖浦氏はその曼荼羅が御真筆であろうとコピーであろうと構わないという考え方なのだろう。

さて、今日も顕正新聞の続きである。

総合婦人部長が新境地を見せている。たぶん初出となるのだろうか、大師子吼について今までとは違った使い方をしているのである。

 先生は
(中略)
 と獅子吼されましたが・・・

まず浅井発言については上掲のごとく師子吼としている。

佐渡雪中の
 「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」
 の大師子吼を・・・


正しいと思う。

ところがである。隣の副総合婦人部長は次のごとく言うのだ。

 大聖人様の御憤り御悲しみそのままの先生の大師子吼は・・・

大師子吼はやめろと言っているのに、言うことを聞かない人たちである。

第八婦人部長(首都圏)の記事も拾っておく。

寸分も違わず的中した・・・

こんなこと言っちゃっていいのかなあ。彼女は現今の社会情勢を指して、先生の言っていることが寸分も違わずに的中したと言いたいらしいのである。だったら過去の発言の数々はどうなるのかである。いわゆる予言としてはかなり外しているほうだと思う。

総合女子部長も困った人である。

大聖人様の御悲憤そのままの師子吼に・・・

ここは問題ないだろう。もう一ヶ所が問題である。

 との大師子吼に・・・

総合婦人部長は大聖人の仰せを引いて、それに対して大師子吼と表現していた。ところが総合女子部長は浅井先生の発言を引いて、それに対してご覧のように言っているのである。

隣の副総合女子部長も大師子吼と言っている。さらに女子部第十一総部長(南東北)も大師子吼と言っている。いずれも浅井先生の発言を指してである。

ついに一国・世界に「総罰」が現われた今・・・

これは女子部第二総部長の発言である。素朴な疑問であるが、一国はよいとしても世界はどうなのかと思った。確かに日本人で大聖人を知らない人はいない。その意味で日本人が大聖人を信じないのは謗法行為に相当する。よって一国に罰があらわれる。しかし、世界は違うだろう。大聖人の存在そのものを知らないのだから、それでいて罰が当たるとすればこれほどの八つ当たりもないのであって、ようは迷惑この上ない話なのである。

今日はこんなところで終わりにしたい。

2020/5/2

ソシツ  
沖浦氏らしからぬデタラメな解釈である。

 此の経とは題目であってそのお題目を唱える行者の事だとあります。

御義口伝の引用は煩瑣になるので省略するが、ともかく全体の文脈を無視したデタラメな解釈であることは確実である。自説を主張したいのであれば、もっと適切な引用文を探すべきだろう。

やや切り文的な引用になるが、次の十二因縁御書はけっこう沖浦氏が好きそうな御指南である。

我が身より外に別に仏無く、法華経無きなり。

もちろん、わたくしにとっても何ら不都合はない。前回の拙稿に明らかなごとく、人と法は密接不可分、これがわたくしの主張だからである。

さて、顕正新聞の話題である。

第1502号の八面には三つの記事がある。まずは男子部百四十八隊長(首都圏)の体験発表から引用したい。

国税専門官試験に合格し・・・

記事の本題は母親の臨終についてであるが、わたくしが注目したのはこの部分である。ずいぶん昔、当時の男子部長が自慢げに、うちの男子部には国税局の超エリートがいる、みたいなことを言っていたか、もしくはどこかに書いていた。なるほど、この人がそれなのだろう。

隣の女子部第七十九区総班長(宮崎)は、祖母の臨終について発表している。

久永第二十七女子部長の唱導で通夜・告別式を執り行うことになりました。

なぜに儀礼室委員を派遣しないのかである。このままでは創価学会の葬儀と同じになってしまう。すでに宗門的にはどっちにしろダメなのだろうけれども、少なくとも儀礼室という制度を設けている以上は、それを最大限に活用しなければいけないだろう。

そして問題は下段に載る婦人部富士支区組長(静岡)の記事である。

 私は未活動だったので、葬儀は二人とも邪宗で挙げてしまいましたが、入信とは名ばかりの母も、臨終の相は少女のようにとても綺麗で、集会やビデオ放映に参加していた父は、色が白く穏やかでした。

もはや葬儀そのものを否定しているような書きっぷりである。

ようするに葬儀は成仏とは関係ないと言っているに等しいわけで、だったら何もしないで火葬場直葬にしてしまえばシンプルでいい。儀礼室も必要ないわけだ。

このような記事が顕正新聞に載る以上、これが顕正会の公式見解と見なされても文句は言えまい。この点、責任ある立場の人の明確な見解を聞いてみたいものである。

さて、続いては第1503号である。

早瀬管長に対し
  大音声の直諫


一面下段には総男子部長の記事があって、途中には上掲のような小見出しが付いている。しかし、どうなんだろうかと思う。ようするに顕正会の集会において日如上人に向けてメッセージを発信している。これを直諫と表現していることがどうかと思うのである。
もちろん、その声は届いているのだろう。上人宛てに顕正新聞を送っているかもしれないし、仮に送らなかったとしても宗門側で顕正会の動向をチェックしているはずなので、自ずと上人のところにも情報が入ってくるに違いない。
とは言え、本当ならば面と向かって発言してこそ直諫に相応しい。もしその実現を求めても相手が面会を拒否するだろうことが想像されるが、だったら大石寺の近くまで行き、拡声器でも使って叫んだらどうかと思う。

この辺がどうも納得し兼ねるところで、今となってはかなり内弁慶のような印象すら受けるのだ。つまり、浅井先生のやっていることは勇ましいように思えて実際にはぜんぜん勇ましくない、単なるポーズに過ぎない、会員向けのパフォーマンスに過ぎない、というふうに思えてしまうのである。

さて、二面に移ろう。

 「新型コロナウィルス」に対する浅井先生の万々のご配慮の中に開催された二月度総幹部会・・・

筆頭の副総男子部長もずいぶんと大仰である。いったいどこが万々のご配慮なのかと思う。

しかし、問題は次のくだりだろう。

 先生の大師子吼が深く命に響いては・・・

大師子吼はやめろと言っているのに、まったく言うことを聞かない連中である。

凡夫の想定や経験則など一瞬で覆す諸天の力用には驚嘆を禁じ得ず・・・

男子部第五総部長(首都圏)のこの発言はまったくその通りである。諸天云々は一般人の理解を得られないにしても、今の状況を予想できた人はどこにもいないはずである。また、いわゆるアフターコロナについても、識者がいろいろな発言をしているものの、正確に言い当てられる人は存在しないだろう。

男子部第百五十四隊長(近畿)の記事も拾っておこう。

このご指導こそ、まさに後世永遠に残るものであれば・・・

浅井教の雰囲気が濃厚である。細かい説明は省くが、ようは浅井先生の指導は消えてなくなるべきなのである。大聖人の仏法が後世永遠に残ればそれでいいとしなければいけないし、かつての浅井先生もそのような意味を言っていたはずなのだ。

 学会の専横が将来、宗門を傾けるであろうことを日淳上人が憂えておられた当時、御生骨を拝観しておられた若き先生を見守られた、国立戒壇堅持の三上人の御心は、いかばかりであられたのか。

これもどうかと思う。いわばドラマの一シーンとして映像化すれば感動的なのかもしれないが、現実的にはかなり事情が異なるのではあるまいか?

拝観者が何人いたのか、三上人は浅井青年をご存知であられたのか、というような問題がある。青年の父親は当時の檀家の中ではそれなりに存在感があったのかもしれないが、その息子が注目されるゆえんはどこにあるのか、そこが問題なのである。

つまり、上掲もまた浅井武勇伝の延長線上にあるわけで、いわば話に尾ひれがつくパターンの一例ということになるだろう。

先生こそ、大聖人様が留め置かれた、「総ての素質を具えた一粒の種」であられたのだ・・・

大幹部になるためには折伏の実績を積み重ねていくのと同時に、こうした美辞麗句を積み重ねていく必要があるのだろう。

2020/4/28

メノカタキ  
まず、沖浦氏のコロナ問題に対する認識についてである。

 今回のコロナ禍は、相違する事あり、です。

御書を二文ほど引用して、ご覧のように結論づけている。具体的な御文については省略させていただくが、その適否はともかくとして常に御書を念頭に置いて物事を考える姿勢は評価できる。

現状、緊急事態宣言が出てから人々の行動が変化したためだろうか、このところ感染者数の伸びが鈍化している。つまり、自粛が効果的だったことになるのかもしれない。

ただし、一つだけ懸念があって、コロナ情報を細かくチェックしている人ならば先刻承知のように、土日の新規感染者数が少なく週の中頃から後半が多くなる傾向がある。ようは土日は検査機関が休みで検査数そのものが少ないから感染者数も少ないと考えられるのだ。すると今週は例年であればいわゆるゴールデンウイークに相当するわけで、その意味からしても病院ないし検査機関が不活発で、全体の検査数が少なくなっているだろうことが想像されるのだ。以上のような理由から、感染者数の伸びが鈍化しているのは見せかけだけのことかもしれないという危惧がある。

先般の報道では、変死・不審死を調べたらコロナだったという驚愕すべきものがあった。また、救急搬送の患者がたらい回しにされたという報道もあった。

アベノマスクで話題の安倍政権は、もともとアベノミクスを引っ提げて政権運営をしていた。しかし、いわゆる数字のマジックでアベノミクスが成功しているかのように演出しているに過ぎない、というような指摘をする専門家も少なくない。さらにはモリカケ問題や桜を見る会の問題など、次から次へと疑惑が持ち上がっているものの、それらを誤魔化し続けてきたのが安倍政権である、との指摘も多い。

それがいよいよ正念場を迎えたわけである。コロナ問題は誤魔化しが利かない。数字のマジックを使えば最悪の結末を迎えることになる。現実に人々がバタバタと倒れていくような破局的な場面になって、それでもなお誤魔化し切れるとしたらそれはそれで怖ろしいことである。

そういうわけで、五月六日がいちおう期限とされているものの、緊急事態宣言がそこで完全に解除されることはないだろうとするのが大方の見方であり、さすがの安倍首相もそれに従わざるを得ないだろう。

その後については何とも言えないところだ。

以上、沖浦氏のコメントを踏まえてわたくしなりの所感を述べさせていただいたわけだが、次は弁護士云々の話題である。

 それで、ある程度報酬を決めて引き受けたのです。
 これは違法なのですがもう時効です。


沖浦氏は違法に報酬を得ていたと告白している。わたくしの思うに、氏は弁護士の資格を持たないものの弁護士の資質を備えている、ということなのだろう。その目線から今の弁護士のレベルの低さを云々しているわけである。ただし、いわゆる悪徳弁護士という言葉が示すように、基本的に弁護士は善徳のはずなのである。そこにマレに悪徳が存在する。もっとも、御書に堪能な沖浦氏ならば先刻承知のように、弁護士に限らずあらゆる存在が善と悪を内包しているのである。その意味からして弁護士ばかりをメノカタキにするのはどうかと思うところで、どうせならば沖浦氏が弁護士資格を取ってお手本を示せばいいのである。おそらく年齢制限はないのではあるまいか?

 痛い発言ですね。
 怨嫉とは法に対するものではなく、人に対するものです。
 ですから国立戒壇を怨嫉は日蓮仏法上あり得ません。


いわゆるアゲアシ取りのレベルである。わたくしが顕正会を弁護する必要はないのだが、さすがに上掲は沖浦氏の単なるイチャモンに過ぎないということになりそうである。

それにしても三行目が問題である。

常の沖浦氏ならば真正面から論じるはずなのである。例えば、戒壇本尊本懐論はあり得ない、日蓮本仏論はあり得ない、みたいな感じである。ゆえに国立戒壇についても、大聖人の仏法に国立戒壇はあり得ない、いや、築壇そのものがあり得ない、戒壇とは自分の身体そのものだからだ、というような主張を展開するのが常の沖浦氏だからである。

国立戒壇を怨嫉云々を全体的な文脈で斟酌する場合、早い話が国立戒壇を主張する顕正会を怨嫉する宗門僧俗は無間地獄に堕ちるという意味になるわけで、それを怨嫉は法に対するものではなく人に対するものだなどと言ってもアゲアシ取りにしかならないわけである。

また、仏法の考え方として、いわゆる人と法は密接不可分ということがある。この大原則からしても、アゲアシ取りに過ぎないことがよくわかるだろう。

法華経の行者を軽賎する王臣・万民、始めは事なきやうにて・・・

怨嫉という表現にはなっていないが、これが人に対する怨嫉であることは反論の余地がない。では次はどうかである。

 法華経に云はく「而も此の経は如来の現在にすら猶怨嫉多し。況んや滅度の後をや」云云。

ここでは経に対して怨嫉と書かれている。まさか経と法は異なるなどと見え透いた言い訳はしないだろう。

ちなみに聖人御難事では次のように続く。

釈迦如来の大難はかずをしらず・・・

つまり、大聖人は猶多怨嫉の経文を引用しつつ、その続きにおいては釈尊が受けた大難について御説明あそばしている。これがまさに人と法の密接不可分を意味するのだ。

以上、痛いのはどちらであろうか、という話である。

いずれにしてもである。この問題は宗門と顕正会における論争であるが、まさか宗門側が怨嫉は人に対するものだから国立戒壇を怨嫉はおかしいなどとアゲアシ取りをするはずもないので、いよいよ本門戒壇の議論において本気で真正面から取り組まなければいけないという段階に突入したと考えるべきなのかもしれない。

この場合に求められるのは、やはり原点は大聖人の御指南をどのように拝するかであり、途中で誰々がああ言っていたこう言っていたという些末な議論はいったん取り除く必要があるだろう。

この際、顕正会側にも苦言を呈しておくと、やはり日達上人の御遷化のことだとかを云々するのはやめるべきだし、さらに言えば国立戒壇の名称に固執することもやめるべきなのだ。もしこれで顕正会の主張が空虚なものになるとすれば、それが答えである。ようは国立戒壇の名称にこだわっているだけのクダラナイ団体に過ぎないということになるのだ。

つまり、今後は国立戒壇を言わずに国立戒壇を主張するという難事をやってのける必要がある。これができなければ未来はないだろう。


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