2021/4/11

アセビ  
引き続き顕正新聞第1537号である。

少ない勉強時間でも司法試験に合格

男子部第百三十七隊支隊副長(首都圏)は父親の縁で入信したという。それはともかく顕正会も優秀な人材が増えてきたようである。

弁護士をめざす同志が次々と御守護を頂く登壇発表を聞くにつけ・・・

弁護士だけでなく、あらゆる分野で優秀な人材が出てこないといけないのだが、はたして実態はどうなのだろうか?

腫瘍の大きさは十センチにもなり、重さも一キロを超えておりました。

男子部第二十八隊支隊副長(首都圏)は、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫と診断された。それにしても重さはどのように計ったのか、それが気になるところである。素人考えでは、さすがに一キロは重過ぎるだろう。仮に水分だとすると一リットルにも相当する量である。この点、医療の専門家に聞いてみたいものである。

婦人部松阪支区(三重)の平会員は邪教遍歴の激しい人である。

 その後、昭和六二年に顕正会に入会したものの未活動になり、・・・エホバの証人・キリスト教・真光・立正佼成会・天理教等と次々に邪教を試してしまいました。

もともと創価学会員だった。ご覧のように昭和六十二年に顕正会に入会した。いわゆる正義に目覚めたわけである。そのような人物がなぜに邪教を遍歴するものなのか、わたくしにはまったく理解できない。今現在は顕正会に復帰して登壇発表をしているからこそ、顕正会目線で邪教云々と言っているものの、ハタから見れば創価学会と顕正会を含めてたくさんの新興宗教を遍歴してきた人物となるだろう。

前後して恐縮だが、次は創価学会時代の話である。

 ところが突然、「細井日達と池田大作の仲が悪くなったから、登山や寺に行ってはいけない」と言われ、このとき学会に対する不信感が湧き、夫とともに脱会いたしました。

今となってはピンと来ない人も多いかもしれない。しかし、ひじょうに重要な視点である。やはり当時の真面目な創価学会員たちは、おかしいなあと思っていたのである。ゆえにこの機に乗じて正信会が旗揚げした。結果として池田大作氏は会長辞任にまで追い込まれてしまった。ただこれは今になって思えば、池田氏の辞任は創価学会ないし創価学会員を守るための立派な振る舞いだったのかもしれない。

ところが、それからおよそ十年後、再び宗門と創価学会は仲が悪くなってしまい、それが今日まで続いている。もはや関係修復は不可能のように見える。もちろん顕正会も似たり寄ったりの状況である。

さて、続いて第1538号である。

北条時宗より招かしめ・・・

婦人部第一総部長(東北)の記事にはご覧のような言い回しがある。わたくしには何を言っているのかさっぱりわからない。翻訳できる人がいれば、ぜひともお願いしたい。

もし先生がおられなければ、下種三宝尊の御威徳は未来永遠に水泡に帰し、全人類一人として成仏が叶わなかった・・・

女子部第二総部長(栃木・四国)も誇張が過ぎる人である。もし先生がこれを読んで何とも思わないとしたら問題だろう。わたくしがその立場だったらこのような記事は書かせない。

婦人部市川支区組長(首都圏)も似たようなことを書いている。

先生の御遺命守護の戦いがなければ、全人類の成仏はないのだ・・・

ちなみに彼女は創価学会員だったようで、その時代の不幸自慢みたいなことがたくさん書かれている。父親が脳溢血で一週間後に亡くなった話はありふれている。母親が入浴中に急死したのはやや特殊ではあるものの、わりと耳にする話ではある。極めつけは次の一段だろう。

 さらに不幸は続きました。姪は勤務先で経理を担当していましたが、ある日の給料日、いつものように現金で社員に手渡す予定の姪が行方不明になったのです。警察に通報し捜索したところ、会社の一室の押し入れから姪の絞殺死体が発見され、殺人事件としてニュースにもなり、未だ未解決のままで犯人は捕まっておりません。

何とも言えない話である。

男子部第百七隊組長(栃木)は昭和四十三年から五十三年間も創価学会員だったという。しかし、次のくだりが不審である。

 さらに学会がいつの間にか「国立戒壇」を叫ばなくなったことや、邪宗での葬儀を否定しなくなったこと等、次第に違和感をおぼえるようになり・・・

前回も書いたように創価学会が国立戒壇を盛んに言っていたのは昭和三十年代前半である。その意味で彼の言っていることは時間的にツジツマが合わない。

班長が
 訪ねてくれた!


ここは感動的である。班長は会津若松市に住んでいて、登壇者の住まいは栃木県日光市のしかも県境にある山奥の集落なのだそうである。登壇者は仕事仲間でもある班長に、明日は休むと電話で告げた。少し具合が悪かったからだ。その後、容体が急変した。登壇者は一人暮らしだった。ゆえにこのまま死ぬかもしれないと思ったそうである。

どうだろう。自分が班長の立場だったら、電話の様子がおかしかったとは言え、大丈夫だろうと勝手に判断して訪ねなかったかもしれない。結果、死なせてしまったかもしれない。だとすれば、後悔千万である。

御影石のように輝いていた・・・

婦人部早川支区組長(宮城)の記事である。母親のことを書いているわけだが、御影石には恐れ入った。わたくしにはまったく思い浮かばない譬喩である。また、この記事では外用の成仏を云々しているのだが、前号だったか、内証成仏を云々するものがあった。この辺は個人の主観に過ぎないとは言え、そのように思えるところが凄い。

馬酔木の花

アセビは聞いたことのある名前だが、表記はまったく知らなかった。また、掲載写真を見てもよくわからないので、現物を見てもわからないだろう。

2021/4/10

ベンドノ  
大沢氏の引用は日寛上人の御書文段と思われる。ところが引用意図が不明である。

さて、そこでいつものごとく顕正新聞の続きを読んでいきたいところだが、せっかくなので御書についての疑問を書いておこう。大沢氏が何かヒントを下さるかもしれない。

・・・少輔殿へ御借用有るべし。

文永十二年の弁殿御消息は全集未収録である。そのため俎上に上がり難いらしく、ここでの少輔殿がどのような人物なのか調べてもなかなかわからない。他の御書には少輔房の表記がある。しかし、これはかなり早い時期に退転しているので、別人だろう。滝泉寺申状に出てくる少輔房日禅は、逆に登場する時期が遅いので、やはり別人と考えざるを得ないと思う。

さて、顕正新聞の続きである。

「実際、有難いと思ってます。浅井さんがいたから、日達上人がここまで詳しく初めて言われたのですから」

男子部第十六総部長(中国地方・四国)は宗門僧侶の醜態と妙観講幹部の狂態を報告している。もちろん醜態・狂態は発表者の主観である。上掲は妙観講の部長の発言らしい。

平たく言うと、正本堂問題が起こるまで事の戒壇はもっぱら広布事相の戒壇を意味していた。すると広宣流布していないのになぜに正本堂が事の戒壇なのかという疑問が生じてくるわけで、これに対する新見解を日達上人があそばしたわけである。

厳密には、「詳しく初めて」がミソであって、実は以前からそのような考え方は存在していた、少ないながらも歴代上人の御指南にそれが見て取れる、ということのようである。

わたくしはその議論がひじょうに面倒なので、だったら大聖人の御指南にはあるのか、という意味の問題提起をずっと繰り返してきた。すると数多いるであろう法華講の論客たちも、逆に面倒臭いと思ってか、この議論に乗ってくる人は皆無である。

話は変わる。婦人部行田支区班長(首都圏)の記事には次のようなくだりがある。

 「脱会のため」と返納理由が選択できるようになっていたその書類から、多くの学会員が脱会しているのだと驚き、学会は崩壊していることを確信しました。

顕正会には脱会のための書式が存在しない。強引な折伏と共に問題視される点でもある。その意味からすると、創価学会のほうが遥かにマシである。ちなみに上掲の一段に限ってツッコミを入れれば、本尊の返納理由として脱会の項目が設けられているから多くの創価学会員が脱会していると思うのは勝手な想像であって、さらに創価学会が崩壊していると確信するのも勝手な妄信に過ぎない。

次は男子部第百七十五隊班長(愛知)の記事である。

「選挙は国立戒壇の関所」との言葉を信じ・・・

ようするに創価学会から移籍してきた人物なのだが、そもそも入信が昭和四十年なのだそうである。ここがひじょうに悩ましい。わたくしが顕正会の書籍で知り得た範囲では、創価学会が国立戒壇を盛んに言っていたのは昭和三十年代の前半なのである。おそらく昭和四十年代にはまったく言っていないだろう。つまり、登壇者の記憶が正しいとすると、末端の創価学会員の間ではわりと遅い時期まで国立戒壇の用語が使われていたことになる。この点、純粋な創価学会員の証言が待たれるところである。

「法華講に入信したら三千円あげる」

これも同様だろう。顕正会員が言っていても信用できない。純粋な法華講員の証言が必要である。

次は男子部第百六十五隊組長(青森)である。

熱原の方々が二〇代であったことを伺ってはとても驚き、農民であれば年配であろうと想像していただけに・・・

そもそも熱原の方々が二十代だったことは、確かな事実なのだろうか?

それにしても後半部分が印象的である。今現在の農業従事者が高齢者ばかりで日本の将来が危ぶまれていることは、わたくしのような不勉強の者でも知っている。これがまた食料自給率の問題にもつながっており、抜本的な施策が求められるところである。

婦人部愛南支区班長(愛媛)の発言が新鮮である。

 「大聖人様の御身体は凡夫と同じなのだ。一切衆生を成仏させんとの御心だけで、佐渡の冬を耐え忍ばれたのだ」

『迷走する顕正会を斬る』という本があって、「浅井会長の特異思想」という章が設けられている。そこには刺激的な言葉がたくさん並べられているが、とりわけ次が強烈である。

超越的本仏観

著者の櫻川氏は浅井先生の本仏観に否定的なのであるが、くだんの婦人部班長もわりと櫻川氏の感覚に近いようである。

広宣流布の時は、大忠誠の浅井先生が率いられる顕正会が国立戒壇の「願主」になる・・・

これはどうなのだろうか?

顕正会の公式見解として是なのか非なのか、ご存知の人がいれば教えていただきたい。わたくしが今まで学んできた感触からすると、天皇が願主になるのではあるまいかと思うのだが、この点はよくわかっていないのが正直なところである。少なくとも顕正会が願主となるのは違うのではないかと思うのだが、どうなのだろうか?

2021/4/8

ノチグヘ  
沖浦氏の指摘するように、顕正会が過去に囚われているのは事実である。宗門にもその傾向がある。しかし、過去を切り離すことができないのも事実である。直近のコメントには青年訓のことが書かれている。実はあれには今の創価学会にとって都合の悪い文言がたくさん含まれているのだ。新世代の創価学会員がそれを読んだらどのように感ずるかである。この問題は永遠に振りほどけないと思う。

さて、顕正新聞の続きである。

もし先生の命をかけた戦いがなければ、全人類の成仏はなかった・・・

高齢の男性婦人部員の発言である。顕正会の首脳部にクギを刺しておくが、こういうことを言わせているようではオシマイである。むしろ逆のことを言わせるべきだろう。先生がいようがいまいが関係ないと。かつての浅井先生は池田大作氏の大慢心を誡めていた。今は自分が同じ轍を踏んでいることに気がつかないといけない。

次は八十一歳で亡くなった支隊副長のことを男子部第八隊支隊長(佐賀)が報告する記事である。

その実態は組織で酒を飲みつつ新幹線で向かい、ドンちゃん騒ぎをした旅行気分の状態で御開扉を受けたそうで・・・

昭和四十九年に創価学会、五十八年に法華講、その後、正確な時期は不明ながらも顕正会へと移籍してきたようである。そして上掲は法華講時代のことらしい。

しかし、わたくしの思うに、上掲は程度の問題だろう。飲酒が絶対的にダメだという話ではなく、旅行気分も悪いことではないはずである。昔からお参りと旅行はセットになっていた。では敬虔な信者は飲酒しなかったのか、わたくしはそんなはずはないと思う。むしろそのような考え方は小乗経の戒律っぽい雰囲気が濃厚であり、なかなか支持を得られるものではない。顕正会が敬遠されるのは、あるいは会員が離れていくのは、こうした堅苦しさにあるのではあるまいか?

「中国の侵略」特集号

さて、二月度総幹部会を報ずる第1537号であるが、一面下段には新「新潟会館」の完成予想図が掲載されている。なるほど、地方会館の中では随一の大きさであることが伝わってくる。

さなくしては後悔(のちぐえ)あるべし

会長講演については、上掲が気になった。全集と平成新編を確認したが、ご覧のようなルビは存在しない。しかもわたくしの記憶が確かならば、従来はコウカイと読んでいたはずである。

ちなみに、わりと近い時期には次のような御書がある。

今より後は又のちぐへ(後悔)なり。

この点をどのように考えるべきか、わたくしにはわからない。

・・・間もなく三百万になる。さらに一千万、六千万になり・・・

ツッコミどころではある。今は三百万がトレンドであるが、かつては一千万を盛んに言っていたし、六千万もしかりである。それらを細かく調べて行けば言っていることがコロコロ変わっていることがわかるだろう。

私は前々から「20年代こそ広宣流布の決戦場である」と思い定めておりましたが・・・

前々からがイヤラシイのだ。ここでは思い定めていたと書いてあるので、あるいはそれが逃げ道なのかもしれない。前々から言い続けてきたと書けばツッコミが入る。ゆえに言っていたのではなく思っていたと表現することで、ツッコミを回避しているのだ。

 この中でアメリカの死者数は50万人を超えた。バイデン大統領は「この数は、第一次世界大戦と第二次世界大戦とベトナム戦争を合わせたよりも多い」といって悲しんでいた。

新型コロナの猛威を説明するくだりである。これは凄まじい数字であり、日本も他人事ではない。何しろ二回目の緊急事態宣言が解除されたと思ったら徐々に感染者が増えだし、いわゆる第四波の懸念が出てきた。特に大阪が深刻でこのところ東京よりも感染者数が多く、昨日は八百人台を記録してしまった。今の勢いでは千人を超えてもおかしくないだろう。もちろんアメリカなどと比べたら桁違いに少ないわけだが、感染症の怖さは油断していれば爆発的な増加を見せることである。顕正会の弘通は遅々として進まないが、感染症の爆発は一気である。

ところでトランプ前大統領はどうなったのだろうか?

ここもツッコミどころではある。浅井先生はトランプの動きにも目が離せない旨、つい先日まで言っていたのだ。黙って引き下がるようなタマではないということなのだろう。この点、頬かむりを決め込むつもりと見える。いや、もしかしたらまったく意識していないのかもしれない。結局、浅井先生のやっていることは、その都度、目の前の事象を自分なりに解釈するだけであり、大きな矛盾さえ生じなければそれでいいということなのかもしれない。

いまの米国および日本の株価高騰は、この大恐慌直前に咲いた徒花に過ぎないのであります。

経済問題は難しい。先生の指摘どおり、今の株価高騰は異常であり、これがいつまでも続くはずがないと考えるのはきわめて常識的と言える。ところがいつどのタイミングで暴落するかは誰にもわからない。わかれば苦労しない。

米国は大恐慌の震源地 中国は大闘諍の震源地

ここは記事をそのまま引用したのではなく、わたくしなりにまとめたものである。前半は前掲の話題であり、後半はまさに先生の持論である。

チベット僧侶は中国の暴虐に抗議して焼身自殺した

この写真が凄まじい。もし動画があればもっと凄まじい。

わたくしの素朴な疑問は周囲に数十人の僧侶がいて見守っていることである。この意味がわからない。火炎に包まれている僧侶は自ら志願したのか、それとも誰かに命じられたのか、である。もちろん後者であれば大問題だろう。少なくとも今の日本であれば自殺を見守るのではなく阻止すべきとの意見が普通だし、極論すれば止めなかった周囲の人々は殺人幇助と見なされても文句は言えないだろう。

それほどに中国の暴虐が凄まじいのかもしれない。この点、今の日本人には理解できないのかもしれない。

池に落ちた犬を叩くような・・・

不勉強のわたくしはこの言葉をまったく知らなかった。それはともかく、森喜朗氏の女性蔑視発言について、浅井先生は弁護していることになるだろう。実はその昔、この人が総理大臣だった時も先生は擁護的な発言をしていた。たぶん、それとこれとは関係ないのだろうけれども、わたくしの思うに、この人は昔から失言が多かった。ところがいつまで経っても失言癖が直らない。ゆえにマスコミとしてもチャンスを窺っていて、今回はここぞとばかりに叩いたわけなのだろう。

海警法

中国の法律である。この説明は省くが、問題は尖閣諸島の実効支配、具体的には中国人が島に上陸することが決定的な意味を持つわけで、それがいつ行なわれるかである。この点、浅井先生の見通しは外れている。

 そして、大聖人様が広宣流布をあそばすその最終段階に御奉公が叶うとは、顕正会はなんと有難い宿縁か。

前にも聞いたようなセリフである。

わたくしの印象としては、浅井先生の言っていることはずっと同じであり、よく言えば一貫不変、悪く言えばマンネリである。特に近年の総幹部会での会長講演はほとんど同じ内容であり、そこに最新の時事問題を織り交ぜて新鮮味を持たせているだけなのだ。それがわかってしまうとガッカリする。離脱する人が出るのも当然だろう。

2021/4/5

ゼセイ  
顕正新聞の続きである。

 四級試験の問題には、何度も「国立戒壇」と答えを記入する箇所があり、浅井先生の国立戒壇建立を急がれるお気持ちが胸に迫りました。

婦人部新発田支区班長(新潟)の記事である。四級だけではなかろう。顕正会の教学試験はすべてがそうなのだ。

次は男子部第百十五・第百五十五隊長(東海・北陸)の記事である。

 「だったら、妙観講員は勝手に録音してその音声を捏造した事実がある。この者たちも『人間以下』だな?」

彼は東海北陸方面の正宗寺院を積極的に回っているようである。上掲はその中でのやり取りだが、そもそも例のカエリタマエ問題はどうなったのだろうか?

 「今は広宣流布している。広宣流布は流れ自体だからいつでもそう言える」

これは三重県の普見寺住職の発言だそうである。これに対して隊長殿は次のように続けている。

 などと、これまた細井日達のたばかりを平然と答えてきたので・・・

単なる勘違いなのだろう。それにしても編集部は何をやっているのかと言いたい。いつも言っているようにやる気がないのだ。

さて、大幅に端折って、次は第1536号に移りたい。

・・・熱海では真言僧の金剛院行満を折伏し帰依せしめ、大聖人様に謁せしめておられる。

これはどのような文献に載っている話なのだろうか?

三百万×5

これは副総男子部長の記事からカウントした。先ほどの国立戒壇もそうだが、最近の顕正会では三百万がトレンドとなっている。

宇宙規模

婦人部第八総部長(首都圏・東海・近畿・山陰)も表現がオーバーである。地球規模くらいでよかったのにと思う。それにしても彼女の担当範囲は広い。そのうち担当が宇宙規模になるのかもしれない。

宇宙的スケール

婦人部第十総部長(首都圏)は担当範囲こそ狭いもののスケールの大きな人物である。

曽ては「言論出版妨害事件」まで起こし、学会批判の書籍の出版を徹底して妨害してきた学会が、今やその力も意思もないことに・・・

力の有無はともかくとして、意思のないことは評価すべきだろう。

諸天が感応した・・・

第十八婦人部長(愛媛)の発言である。アゲアシ取りながらも今のコロナ禍は浅井先生に原因があると言っているように聞こえる話である。

法律は表面的な秩序の安寧を図るのみ

男子部第五十九隊組長(宮城)もいずれは弁護士になるのかもしれない。

さて、問題は次の婦人部杉並支区班長(首都圏)である。

 本年の登用試験の設問には、ほとんど「池田大作」の名前がないのです。私は何年も試験を受けてきたので驚きました。

今回は冒頭に国立戒壇云々の話を紹介した。途中で三百万の頻出を指摘した。そして上掲である。ようは例年であればウンザリするくらい池田氏の名前が頻出するわけなのだろう。もちろん彼女はウンザリとは言っていないのだが、実は多くの会員たちがウンザリしているフシがある。上掲は間接的ながらもそのことを証明しているのだと思う。

婦人部延岡支区組長(宮崎)の記事も紹介しておこう。

 また先生が三上人と共に「御生骨」を拝観されたことを伺っては、正系門家における浅井先生の重きお立場に、ただひれ伏す思いになりました。

女子部第十四区班長(首都圏)の記事も凄まじい。

かかる師匠がおられなければ私たちの成仏の道はなかった・・・

登用試験合格者一覧を見ておく。

第三十二女子部

たった一名の合格者しか輩出できなかった組織である。

第五婦人部、第三十二婦人部、第三十三婦人部

合格者ゼロである。

五級と四級の事情を考え合わせると、第三十二・三十三婦人部は組織そのものが存在しないのかもしれない。

また、いずれの組織も男女混成チームとなっている。以前、浅井先生から是正すべき旨の発言があったにもかかわらず、弟子たちは誰も言うことを聞かないようである。

2021/3/31

キノセイ  
一週間近く間が空いた。どうやら投稿者はそんなに多いわけではないようだ。同じ人たちで延々とやり合っている。しかし、話が散漫になるので、今回は触れないことにしよう。

 平成二四年ごろからは、姉に勧められるまま、毎年大石寺で「不敬の御開扉」を受けておりました。

男子部第百四十六隊班長(首都圏)が一月度総幹部会で発表している一節である。文章表現は難しい。カギカッコに書かれていることは、今になってみれば、という意味なのだろう。まさか当時から不敬だと思っていたわけではあるまい。ゆえに平凡に書くならば、単に御開扉だけで話は通じるはずなのである。わたくしはこの辺の顕正会的表現に少し違和感を持っている。いつも言っているように顕正会員がどう感じるかではなく、一般の大多数の人たちがどのような印象を持つか考えるべきだろう。

次も一月度総幹部会での登壇である。八十二歳になる男性婦人部員は、昨年の十一月に創価学会から入会してきたという。

 正本堂が建設されたとき、御遺命の戒壇がなぜ「民衆立」で建つのか、広宣流布した後に建つはずなのに早いのではないかと疑問に思いましたが・・・

今までも同様の指摘を繰り返してきた。はたしてこれは本当の記憶なのか、それとも顕正会に入ってから作られたウソの記憶なのか、である。

創価学会に入ったのは昭和三十七年と書かれている。ゆえに国立戒壇のことは教わっていたかもしれない。ただし、ついこの間まで創価学会に在籍していて、顕正会の婦人部員が熱心に折伏しても、最初の頃は反発していたのだ。次のくだりが象徴的である。

 その後、何度も話を聞いたものの入会する気は起きず、反対に「四菩薩は大聖人様と牧口、戸田、池田の歴代会長のこと」と言い放つほど、どっぷり学会に入れ込んでいました。

興味深い話である。カギカッコは創価学会の公式見解なのだろうか?

ともかく前掲の話が眉唾なのは、創価学会にどっぷり浸かっていれば記憶が上書きされていくからである。正本堂の意義付けにしても異議を唱えていたのは妙信講だけであって、当時は宗門全体が正本堂を讃嘆していたのである。その中で疑問が湧いてくるような人が、まさか五十八年間も真面目に活動を続けられるとは思えない。

 また当時は正本堂が完成するまでに広宣流布が達成するかもしれないとの期待があった≠ニいうのも詭弁である。

前回、紹介させていただいたものであるが、客観的には広宣流布達成が困難だったとしてもそのような期待を懐いていたのは事実なのだろうと思う。言葉を換えればポジティブだった。妙信講だけがネガティブだった。

現状はこれが逆転している。顕正会ばかりがポジティブで、宗門にしても創価学会にしてもネガティブとは言わないまでもかなり冷静である。

話が流動的になってしまったが、三十年後くらいに俯瞰すれば同じ轍を踏んでいる可能性は否定できない。上掲を少し書き換えて、当時は広宣流布が達成するかもしれないとの期待があった、と。顕正会が三十年後に言っていそうなセリフである。

顕正新聞第1535号は一月度班長会の記事を中心に組まれている。

すべてを逆算しておられるのだ・・・

総男子部長の発言である。前後の文章を読んだだけでは見えてこないのだが、これはきわめてノルマチックな響きを感じる言葉である。早い話が広宣流布のゴールは決まっているので、そこから逆算していつまでにこれだけのノルマを達成しないといけないという、プレッシャーが掛けられているのだ。

男子部は誓願を敢えて低く抑えて下さった先生に、全組織の誓願大勝利を以てお応えしてまいります。

アゲアシ取りとは承知するものの、誓願を低く抑えるとは何事かと言いたい。ようは誓願の名を借りた、実質的にはノルマに他ならないのである。

それよりすでに二十余年、弟子の死身弘法が遅れては大へん申しわけなく・・・

婦人部第八総部幹事(神奈川・近畿・山陰)の発言も、イジワルな見方ながらも課せられたノルマが達成できずにいる己の不甲斐なさを吐露しているように読めてしまう。

五級試験の合格者について見ておこう。

第二十男子部、第三十八男子部、第六十二女子部、第五婦人部

これらは合格者がたったの一名だった組織である。しかも第二十男子部は明らかに女性とわかる名前が記されている。これが組織の実態である。

第十六男子部、第三十三女子部、第三十二婦人部、第三十三婦人部

これらはさらに深刻で、なんと合格者がゼロなのだ。

先々週の拙稿では四級試験のことを取り上げた。さらに後日には登用試験の合格者について確認するつもりである。もともと欠番になっている組織であれば合格者がゼロで当たり前だが、そもそもなぜに欠番なのかを考えればやはりそこにも何らかの問題があるわけなのだろう。いずれにしても合格者ゼロは深刻である。

男子部の組織単位で説明しよう。

かつては隊が最高単位だった。隊で合格者がゼロとなれば恥だった。とりわけ登用試験であれば、新しい人材がまったく育っていないことを意味するからである。一年間、いったい何をやっていたのか、ということになる。
今は組織の単位が大幅に変わっている。表向きは発展・拡充を意味するのだろう。隊の上位概念として地方男子部がある。さらに地方男子部の上位が総部である。その上に総男子部長が君臨する。
話を戻して、複数の隊を取りまとめたものが地方男子部である。今現在の合格者発表は地方男子部別になっている。そこでの合格者がゼロなのだから、所属の隊の受験者はすべてが不合格だったことになる。何箇隊なのか不明だが、全滅である。

これが顕正会の実態である。

今日はこんなところで終わりにするが、どうも最近は顕正会批判の個人ブログが少ないように感じる。気のせいだろうか?

2021/3/25

ダンマツマ  
大沢氏はこのところ日顕上人の御指南を紹介下さっている。その中に日寛上人の御指南が引用されていて、わたくしにとってもひじょうに有益だったのだが、なんと沖浦氏が同じところに触れているのである。

大沢さんが日寛の文をアップされましたので、少々書かせて頂きます。

★「文に『本地』とは、即ち是れ本門の戒壇なり。謂わく、本尊所住の地なり、故に本地と云う。本尊所住の地、豈戒壇に非ずや。文に『甚深』とは、即ち是れ本門の本尊なり

 この文は正しいのですが、肝心の本門の本尊について、日寛は習い損なっています。


習い損ないは自分だろうが、と言いたい。

本尊所住の地、豈戒壇に非ずや。

これについては数年前から何度となく根拠を求めてきた。ところが沖浦氏は一度も根拠を示せていないのである。

ちなみに日蓮正宗信徒ないし日寛上人を尊崇する人には根拠を求めない。上人がおっしゃっているのだからそれをそのまま信受すればいい。ところが沖浦氏は上人を習い損ないだと言って憚らない。だったら本尊所住が戒壇であることについて、独自の根拠を述べるべきである。

過去以来の誇法罪障の因縁

ところで誇法とは何か? あるいは謗法の誤植だろうか?

さて、久しぶりに顕正新聞の話題である。

謀略紙「慧妙」ついに断末魔!!

藤村雄大氏が副教学部長名義で書いている。これまでは菅原克仁氏が担当していた分野のように思うのだが、なぜ交代したのだろうか?

 妙観講(講頭・大草一男)が編集しているといわれる宗門の謀略紙・・・

それにしても冒頭からいきなりツッコミを入れたくなる文章である。まず、慧妙が妙観講の機関紙であることは周知の事実であって、「編集しているといわれる」などと回りくどい言い方をする必要はないだろう。むしろ以前は、大草講頭が自ら編集している、というニュアンスのことを繰り返し書いていたのだ。その意味を込めて修正案を示せば次のごとくなるだろう。

大草一男(妙観講・講頭)が編集しているといわれる宗門の謀略紙・・・

顕正新聞であれば編集人と発行人が明記されている。慧妙がどうなっているか確認していないが、少なくとも上掲の文章であれば慧妙の編集を大草氏がやっていると読める。ところが前掲であれば大草氏はあくまで講の代表としてカッコ書きされているだけであって、具体的には誰が編集しているか不明と解するのが普通だろう。いずれにしても個人名は不明であっても妙観講が編集していることは周知の事実である。ゆえに前掲の回りくどい言い方がいかにも不審に思えるのだ。

それはともかく、内容に移ろう。

 では、はたして正本堂は「御遺命の戒壇」になり得たのか。

煩瑣になるので最小限の引用に止めるが、わたくしには次のくだりが気になる。

仮に昭和47年までに広宣流布が達成されたとしても、国家意志の表明もなく宗門だけで建てた正本堂は、およそ御遺命の戒壇にはなり得ない。

仮に、という話であれば、国家意志の表明も可能となるので宗門だけで建てたことにはならない。何を言っておるものかと思う。

しかもである。浅井先生は以前、次のようなケッタイなことを言っていた。

事実上の国立戒壇

生意気を言うようであるが、これについてはわたくしが拙ブログの中で破折した結果、浅井先生としても引っ込めざるを得なくなったらしく、すぐに言わなくなってしまった。

つまり、事実上の国立戒壇を言い出した時点で、宗門の批判はできなくなってしまったのである。自分だって同じじゃないか、ということである。

 また当時は正本堂が完成するまでに広宣流布が達成するかもしれないとの期待があった≠ニいうのも詭弁である。

これもどうかと思う。今の顕正会だって同じじゃないか、と言われたらどうするのだろうか?

藤村氏は相当に若いので当時の状況を実際には経験していない。おそらく今から三十年後くらいに顕正会も同じ批判を受けることになるだろう。その時、氏は健在だろう。少し冷静になれば想像できる話である。

 最後に、「浅井先生も正本堂を御遺命の戒壇としていた」との痴論を破しておく。

この一段は鋭いと思った。

 何より、浅井先生が正本堂を「御遺命の戒壇」と認めておられなかったことは、阿部日顕のメモが立証している。

この切り口は初めてかもしれない。

「今の正本堂は事の戒壇ではない。奉安殿が狭くなったので、広い処へ移すためだけのものである、と妙信講では指導している」

これは法華講連合会の平沢益吉委員長が妙信講に突きつけた詰問状なのだそうである。

この詰問を記した阿部日顕直筆のメモは、いま浅井先生の御手許にある。

もはや、どっちもどっち、なのだろう。純粋に当時のことを検証していけば、宗門側に後ろめたいことがたくさんある。しかし、顕正会も後年、道を誤った。理想はお互いに間違いを認めて和解することなのだが、言うは易し行なうは難しである。

2021/3/22

ドクゼン  
まず、大沢氏には数々の史資料のご紹介をたまわった。感謝申し上げたい。

次に、創価学会なんて無くなっても良い、とのヅラ系。氏の発言はその通りである。沖浦氏の主張する目的と手段の関係からして、目的が達せられた後には解散してしかるべきと思う。なお、これは顕正会でも言っていることである。

さて、そこで沖浦氏であるが、相変わらず目的と手段について確たる文証を示せていない。それでいて宗門を誹謗するとは言語道断である。

沖浦氏は日興上人の正統性について考察めいたことを書き綴っている。正確には正統性に疑義があるという方向性で大量の書き込みをしているわけであるが、基本的なところで躓いているように見える。

此誇耀に非ず法相の然らしむるのみ

これは章安という人の言葉である。

 先ず天台の弟子で天台の教えを正しく理解したのは、章安だけだという嘘をでっち上げ、その後、

こちらは沖浦氏の言葉である。

不勉強のわたくしはそれがウソなのかどうか知らない。また、天竺の大論も読んだことがないし、天台の著述も大聖人が御引用あそばす範囲でしか知らない。しかし、結論は明瞭である。

大聖人は天竺の大論よりも天台の三大部のほうが優れていると認識されていた。

先ず大聖人の弟子で大聖人の教えを正しく理解したのは日興上人だけ・・・

これは前掲の沖浦氏の文章を模倣したものである。相似形をなしていることがわかるはずである。当然、沖浦氏はこれをウソだと言いたいわけなのだろう。

しかし、違うのである。これは誇耀ではなく法相のしからしむるところなのである。

彼の天台・伝教所弘の法華は迹門なり、今日蓮聖人の弘宣し給ふ法華は本門なり、

沖浦氏の躓きが明瞭になったと思う。わたくしが再三、目的と手段について文証を求めたのはここに理由がある。日興上人と五人の相違は目的とか手段の話ではないのだ。本門と迹門の相違なのである。いわゆる本迹相対に迷っていたのが五人である。早い話が大聖人の仏法を理解できていなかった。日興上人だけが正しく理解していたのである。

なお、目的と手段について一例を示せば、次の御書が相当するのかもしれない。

譬へば塔をくむに足代をゆふが如し。念仏は足代なり、法華は宝塔なり。

現代国語では普通に使われている目的と手段であるが、大聖人の御使用語彙としては存在しない。では、そうした概念がまったく存在しなかったのか? もちろん、そうではない。

沖浦氏の目的と手段についての主張はぜんぶがぜんぶ間違っているわけではない。単純化すれば、上掲は権実相対がそのまま手段と目的に相当するので、その上位概念として本迹相対が目的と手段に相当すると考えるのは、あながち間違いではないのだ。

しかし、実際にはそれほど単純な話ではない。

本迹殊なりと雖も不思議一なり。

これをどのように捉えるかである。

昔の師は今の弟子なり。今の弟子はむかしの師なり。

沖浦氏は意図してか意図せずしてか、こうした法華の深意を無視して、自分の都合に合わせて目的だとか手段の話に持ち込もうとしているのだ。

例えば職業がある。もしかしたら大多数の人が収入を得るための手段として働いているのかもしれない。この場合、お金が本で仕事は迹となるのかもしれないが、そんな考え方の人ばかりではないだろう。職業は社会貢献なのである。つまり、世の中の役に立っている意味においては仕事そのものが目的であり、収入は副次的なものに過ぎないという考え方もあり得るのである。また、芸術家肌の人ならば、それがお金になろうがなるまいが創作活動そのものが目的なのだと考えていても不思議はない。

つまり、一つの事柄であっても、まるで正反対の捉え方もできるのである。法華最勝が独善と批判されるのは、法華最勝という結論だけを見てそのような勝手なイメージを懐いているだけの話なのだと思う。実際には物凄く柔軟性に富んでいるのだ。

では、日蓮正宗のあり方はどうなのか、と問われると答えに窮するところがあるのは事実である。

しかし、今回の話はそこではなく、日蓮正宗を批判しているはずの沖浦氏もけっこう独善的であり、実はわざわざ拙ブログのコメント欄にその証拠をたくさん残しているという話なのである。

だったらオマエはどうなのだ?

答えるまでもなかろう。独白は独善とほぼ同義と考えて差し支えない。強いて違いを言えば、他人に押し付けないのが独白だろう。独善は本人に自覚がなくても周りが迷惑している。だから困るのだ。

しまった。またしても顕正新聞を片付けられなかった。

2021/3/17

ブネン  
コメント欄が沖浦氏の独壇場と化している。氏が一人で大量に書き込んでいる。細かい内容については一々指摘しないが、いくつか大まかに書いておきたい。

 本迹は凄く大切な概念です。
 何方が大切か?
 端的に言うならこういう事です。
 別の言い方をするなら、目的と手段です。
 目的が本、手段が迹。
 これだけ理解していれば良いのです。


これは違うだろう。少なくともそれを言いたいのであれば、具体的な文証を提示すべきである。

不日に豊歳ならむと申せしかば、聞く人毎に舌を振い耳を塞ぐ。

またしてもやりおった、と思ったが、全集を確認したらおおむね合っていた。

不日に豊年ならむ・・・

立正安国論での御指南を繰り返されているわけである。年を歳と表現することはよくあることだけれども、この場合はどのように考えるべきなのか悩ましい。

わたくしはブネンと読んでいた。おそらく御会式などで奉読されるはずなので、御僧侶がどのように読んでいるか法華講員ならばご存知だろう。普通に読めばホウネンかもしれないが、いずれにしても豊歳の場合は読みようがない。ゆえになぜそのような表記になっているのかが疑問である。ちなみに平成新編では上掲のごとくだが、細かいことを指摘すると、安国論では次のようになっている。

不日に豊年ならん・・・

気がつくと、ゴチャゴチャと書いている。話が長くなっていけない。

 以下本因妙抄の偽書の部分です。

しかし、大事なところなので書いておくと、上掲は今朝の沖浦氏である。ところが一日前には次のように書いているのだ。

 本因妙抄も百六箇抄も、おそらく後世の作だと思っております。

言っていることがコロコロ変わる人である。前日にはあたかも全文が偽書であるかのように言っていたものを、今度は部分的に偽書だと言っているごとくである。どっちなんだよ、と言いたい。もっとも善意に読めば、おそらく全文が偽書であるが、少なく見積もってもすでに現時点で偽書と確定している部分がある、と言いたいのだと思われる。

いつも言っているようにわたくしは真偽論には立ち入らない。ただヘソマガリなことを言えば、大聖人だからこそ豊年を豊歳と書けるのだ。偽作者ならばそっくりそのまま書くだろう。ことに大聖人は重複を嫌って表現を変えるタイプなので、豊歳も決しておかしなことではないのである。

さて、顕正新聞である。

教学部四級試験問題を眺めていて思うのは、受験生がウンザリしそうだ、ということである。結局、登用試験から始まって、五級試験も四級試験もそれほど違わないからである。これは完全にダメだと思う。かつて四級は立正安国論が教材だった。教材は不適切な表現かもしれないが、さらに三級は開目抄だとか撰時抄など、二級は本尊抄といった具合に、いわばメニューが違ったのである。このほうがモチベーションの維持にもなるだろうし、大聖人の仏法がどれだけ奥深いものかを実感できるはずである。

ちなみに今回の出題であえてアゲアシを取るならば、次のくだりが最適である。

 いま顕正会を怨嫉する法華講員の者たちが・・・

怖ろしいもので、このようなヘンな言い回しがまかり通ってしまっている。わたくしも偉そうなことは言えないのだが、上掲はいかにもヘンである。

修正案としては次の二通りくらいが妥当だろうか?

法華講の者たちが・・・

法華講員らが・・・


さらに問題なのが合格者一覧である。

第三十五男子部、第十四女子部、第十五女子部、第二十九婦人部

これらの組織は合格者がたったの一名なのだ。他の組織はパッと見た感じで五人から十人ほどの合格者がいる。

ところがである。さらに驚くことがあるのだ。

第三十二婦人部、第三十三婦人部

合格者ゼロである。もしかしたら組織そのものが存在しないのかもしれないが、その辺はいずれ登用試験や五級試験の時にでも確認したいと思う。

2021/3/11

イモク  
まず、沖浦氏のわたくしに対する指摘は正しい。具体的には次のくだりであるが、わたくし的にはさして痛痒を感じない。

 お気の毒ですが法華経への理解がありません。

正直に言うと、法華経を通読したことがない。ゆえに勤行で読む範囲しか知らないし、それとても訓読ではないので意味がわからないで読んでいるに過ぎない。

 命の本質を解き明かした法が法華経です。

なるほど、そうなのだろうと思う。わたくしがそのように思うのは大聖人の御書を通してであって、法華経を直接的に読んでのことではない。しかし、自分では気の毒だとは思っていない。

さて、晃氏である。

いわゆる本迹について、かなり難しい議論をしているように感じる。わたくしはもっとシンプルに考えていいのではないかと思うし、実際、シンプルなのだと思う。

仏法は体のごとし、世間は影のごとし、体曲がれば影なゝめなり。

〜のごとし、は譬えを借りて説明している意味に他ならない。

白米は白米にはあらず。すなはち命なり。

一方の、〜あらず、すなはち〜なり、は譬喩即真実である。

前者は仏法と世間の関係を譬えを借りて、いわば体と影の関係なのだと仰せなのである

やがて世間の法が仏法の全体と釈せられて候。

後者の直前にはご覧の一節がある。ゆえにちょっと見には混同してしまうのかもしれないが、これはシンプルに世間=仏法と読めばいいだろう。ちなみに、仏法は体、世間は影、の直前には次のごとくある。

仏法やうやく顛倒しければ世間も又濁乱せり。

譬えを借りて説明するならば体と影の関係になるという至極簡単な道理である。これを本迹に当てはめる必要性はどこにも見出せない。

あらゆるものごとは法華経であるが
そのものごとに本迹勝劣がある
ということでしょう
でなければ百六箇抄は存在しない


これは厄介な議論である。たぶん教科書通りの勉強ではついて行けないレベルの話だと思う。ヘンなことを言うようだが、顕正会でも創価学会でも、あるいは法華講員ないし僧侶であっても、もはや議論に参加できない人がたくさんいるに違いない。

確かに百六箇抄はあらゆる角度から本迹を論じている。何度も拝読しているが、未だにわからないところだらけである。今も大急ぎでページをめくってみたが、わたくしの能力では理解不能である。ゆえに晃氏がこれを理解した上で意見を言っているのであれば、凄いことだと思う。

しかし、これについてもわたくしはもっとシンプルに考えている。以下、少し説明したい。

 今要を以て之を言はゞ、迹・本・観心同名異義なり。始終本末共に、修行も覚道も時機も感応も皆勝劣なり。

こちらは本因妙抄のほうであるが、百六箇抄と共に重要な御相伝書としてセットで扱われることが多いので、注目すべきである。さらに引用したい。

 若し末法に於て本迹一致と修行し、所化等に教ふる者ならば、我が身も五逆罪を造らずして無間に堕ち、其れに随従せん輩も阿鼻に沈まん事疑ひ無き者なり。

いわゆる台当違目を御指南あそばしているのが本因妙抄である。前掲の迹・本・観心同名異義は、台家と当家では使っている用語が同じであってもぜんぜん違うのだ、という意味に他ならない。ゆえにここでの本迹一致の意味は、単に法華経の本門と迹門の意味ではなく、台家と当家との混同を指して一致とされているのである。ゆえに後年、日興上人は五人を厳しく責められた。当然、大聖人からの直々の御相伝を踏まえてのことと考えられる。

 五人一同に云はく、日蓮聖人の法門は天台宗なり。

 日興が云はく、彼の天台・伝教所弘の法華は迹門なり、今日蓮聖人の弘宣し給ふ法華は本門なり・・・

御法門としてはおおむねこんな感じで考えておけば間違いないだろう。

その上で余分なことを言っておくと、沖浦氏の主張は世間に迎合しているような印象がある。まるで五老僧のごとく、あたかも本迹一致の修行を奨励しているかのようだ。

晃氏の言っていることは上述のごとくではあるまいかと思う。つまり、沖浦氏に対する批判として、譬えるならば五老僧のようだと言っているわけなのだろう。単純化すれば、ただそれだけの話ではあるまいかと思うのだが、違うのだろうか?

今日も顕正新聞が片付かなかった。

2021/3/9

ツブサ  
まず、沖浦氏が二重性を云々しているので、そのことについて簡単に触れておこう。

 ここでは、仏法が本、世間は迹となります。

 この二重性を理解出来ないと、御書は分かりません。


これまでの所論をつぶさに見れば、いわば修正案を示していることになるだろう。つまり、今までは真逆のことを言っていたわけだが、さすがにそれは言い過ぎだと気がついた。そこで二重性を持ち出したわけである。何しろ仏法は体であり世間は影であると大聖人が仰せなのだから、それを真っ向から否定することはできない。いつもわたくしや晃氏に対し、文句があるなら大聖人にどうぞ、などとイヤミなことを言っているのが沖浦氏である。今回はその自己矛盾に気がついたわけなのだろう。

いずれにしてもである。わたくしの思うに、何も本迹と体影を関係づけて考える必要はなく、本迹はいわゆる法華経の本門と迹門のことであり、体と影はあくまで譬喩としての御説明と捉えるべきである。この点、議論のスタート地点から考え直さないといけない。

なお、今朝のコメントはどうかと思う。

 大聖人門下では無いですね、この志の小ささ低さは。
 創価学会は最初から世界をめざしています。


沖浦氏の言っていることは単なるアゲアシ取りである。わたくしは両者を兄弟関係と書いた。当然、創価学会を兄とし、顕正会を弟と見立ててのことである。差し当たって兄を目標にして何がいけないのだろうか?

しかもである。創価学会は最初から世界を目指している云々が本当ならば、その世界を目指している兄を目標にしているわけだから相当に志が高いことになる。

世間でありがちな話をすれば、兄は優秀、弟はぜんぜんダメ、というようなケースがあって、もはや兄に追い着こうとすら思わない人もいるのである。

ちなみに、わたくしの漠然とした印象を書けば、初期の創価学会は東洋広布を盛んに言っていた。世界広布を言うようになったのは池田大作氏が会長になってからである。

2021/3/8 21:22
投稿者:元顕正会員
200万達成の時に何かしましたっけ?
おそらく300万達成しても何もしないと私は思います。


元会員とのことだが、在籍期間が気になるところである。わたくしは二十万達成の前から百万達成の直後まで在籍しており、その後は送られてくる顕正新聞の情報を頼りにこうして情報発信を続けている。

そこでご意見についてわたくしなりの見解を書くと、三百万の時に何もしないのは詐欺に等しいので、何かしらやらないといけないのではないかと思う。ただし、前回の拙稿でも書いたように、思うような成果を上げられずにガッカリすることになる。おそらくは熱心な活動会員たちも落胆して、一国諫暁後には多くの離脱者が出る。つまり、やらなきゃ詐欺、やっても失敗、どちらを選んでもマイナスにしかならないのだ。

ちなみに二百万の時に一国諫暁をやらなかったのは、それなりの理由がある。簡単に言うと、百万の時に一国諫暁をしたが不発に終わった。この時の落胆はハンパないものだった。そこで離脱した活動会員も相当にいた。つまり、百万以降の顕正会は上昇カーブを描くどころか逆に低迷したのである。折しも『迷走する顕正会を斬る』という本が出た。熱心な活動会員たちは日々のノルマに追われて客観視することができない。しかし、わたくしは顕正会の迷走ぶりを俯瞰的に見ることができた。顕正会は流出する会員を補うために折伏のノルマをこなしているような、いわば自転車操業状態だった。それでダラダラと時間を費やして達成したのが二百万だった。ゆえに一国諫暁の準備も整っていなかったし、かつまた不発に終わった百万の時の悪夢が再現されると思えば、とてもじゃないが一国諫暁などできる状態ではなかったのだ。

矛盾したことを言えば、一国諫暁はいつでもできるのである。

かつては諫暁書を出版して書店に置いてもらうことが一つの有力な手段だった。ところが今は出版業界そのものが疲弊している意味もあって、以前と同じことをやっても効果が期待できない。いや、正確に言えば、以前だって不発だったのである、いわんや今はなおさらだろう、ということになる。

ご存知のごとく、出版業界が斜陽化しているのはインターネットの普及に原因がある。特に若者たちは紙媒体ではなく電子媒体で情報を得ている。かつまた情報発信も容易にできるのが電子媒体である。失礼ながら浅井先生の世代にはこの点がわからない。もちろん説明を受ければある程度は理解するのだろうけれども、自分自身が自由自在に使いこなせるようにならないと実感を持って理解することはできない。

紙媒体の場合、原稿を書いて、それが出版されるまでにはたくさんの工程を要する。ところがである。電子媒体は原稿を書いて終わりなのである。正確には原稿をタイプして終わりとなる。紙の原稿だとそれを機械に読み取らせないといけないが、タイピングであれば一発で終わるのだ。かく言う拙ブログも一発である。

つまり、一国諫暁もやる気になれば今すぐにでもやれるのである。

顕正会の公式ホームページに一国諫暁の文言を掲げた瞬間に、いちおうは全世界に発信されたことになる。それがインターネットというものなのだ。媒体は一つではない。ツイッターだとかフェイスブック、あるいは動画サイトもある。ネットの世界で人気のある人は、これらを複合的に上手く使いこなしている。基本、媒体そのものは無料でもある。

ただし、こうした媒体を利用することに顕正会が及び腰になることも頷けるところである。

なぜならば数字が出ちゃうからである。拙ブログだって数字にさらされている。現状、百人前後の人が閲覧している。これが多いか少ないかであるが、悲しいかな個人ブログだとほとんどゼロに近いアクセス数の人も少なくないので、その意味では百人もいれば御の字かもしれない。だが、顕正会がそんな数字だったらオシマイだろう。いちおう二百万人を謳っているのだから、そのくらいのアクセス数を集めないと話にならない。ようは電子媒体を利用すると、そうした数字上の欺瞞がバレちゃうのである。

今日は顕正新聞の話題を拾えなかった。


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