2020/9/17

ケイモウ  
今日は顕正新聞第1516号を取り上げていく。

コロナ急拡大の中、大洪水列島を襲う

一面の大見出しである。続いて写真が七枚掲載されている。すべて新聞社ないし通信社から提供を受けた写真である。甚だ不謹慎なことを言うが、当該号の目玉はこれらの写真であり、二面以降は退屈な登壇記事の羅列に過ぎない。

大師子吼

まず、二面をざっと眺めると、副総男子部長が二人登壇していて、いずれも大師子吼と書いている。続いて三面では、婦人部第四総部長(首都圏)が大師子吼と言っている。

ところが四面では、女子部幹部四人が登壇しているものの、そのうちの一人も大師子吼とは書いていない。このところ繰り返し言っているように、女子部がいちばんマトモである。

さて、五面である。

宮城の草分けの祖母が美事な臨終

男子部第百六十七隊長(首都圏)の名前を見て、この人は顕正会の会館を設計している人の子息なのだろうと思った。彼の祖母は昭和三十八年からの妙信講員らしく、このたび八十六歳で亡くなったという。この後、母親が別の号で同趣旨の登壇をしているので、またその時にでも取り上げたいと思う。

「国家破産はあり得ない」と慢心の壮年

男子部第七十八隊支隊長(首都圏)は法務部次長でもある。こうして支隊長の立場で活動報告をしている点が悩ましい。

経済オンチのわたくしには何とも言えない話であるが、素朴な疑問は株価である。コロナの問題が始まってから株価が大きく下がった。ところがしばらくして元に戻ってしまったのだ。今現在はコロナ前とほぼ同じ水準を保っている。この点の説明がほしいところである。

 私の祖母は戸田会長時代からの創価学会員で、・・・座談会、選挙活動、新聞啓蒙に人生をかけ切っておりました。

婦人部吹田支区班長(大阪)の登壇である。面倒臭くなったので、六面七面をすっ飛ばして、これが八面の最後の記事である。

座談会は一般的にも通用する言葉である。選挙活動も同様だ。ところが新聞啓蒙はどうだろうか?

顕正会ではこれを購読推進と言っている。極めてストレートだ。世間一般の言い方だと、新聞勧誘が普通と思われる。それを創価学会では新聞啓蒙と呼ぶ。完全なる創価学会用語である。

今は個人経営の飲食店が少なくなった。つまりはチェーン店ばかりである。ゆえに目にする機会も少ないわけだが、かつては個人の飲食店によく聖教新聞が置かれていたものである。店主に創価学会員なのかと問うと、いや、違うと言う。付き合いで取っているだけだと。そうした飲食店はサービスの一環として、主な新聞雑誌を一通り揃えていたりする。今とは違って携帯端末のない時代には、それが集客の必要アイテムだったのだ。聖教新聞にどれだけのゴリヤクが期待できるのか定かではないが、少なくとも創価学会員は聖教新聞を置いていない店より置いている店を選ぶだろう。

本来、新聞啓蒙の意味は、新聞を通して創価学会への理解を広げよう、というような感じだったはずである。ところが今はどうなのだろうか、啓蒙の意味を忘失してしまって、単なる新聞勧誘のノルマと化しているのではあるまいか?

これは失礼。余計なお世話だった。

2020/9/16

カイチュウ  
晃氏の問題意識は貴重である。しかしながら前回分のコメント欄はすでに投稿数が膨大を極め、議論も流動的になってしまって最初の頃の重要な視点論点が埋没してしまっている。そこでわたくしなりの見解を書いておこうと思う。

いわゆる種脱相対は秘奥の法門であり、生半可な教学では立ち入れない領域である。

たぶん日蓮正宗でも顕正会でも過程をすっ飛ばして結論だけを学んでいる人が多くいると思う。そういう人が日蓮宗系の論客と法論すれば苦戦を強いられることになる。

そこでズルいようだがわたくしの結論は、ことさらに大聖人と釈尊の勝劣を云々しない、あくまで大曼荼羅信仰に収斂させる、ということになる。

一尊四士の人たちはこれで退けることができる。一塔両尊四士の人たちには、そんなものを造立するよりも大聖人のあらわされた御曼荼羅を拝んじゃったほうが早いでしょうに、と申し上げる。すると数多の御真筆御本尊の中でどれを選ぶべきかの問題になるが、わたくしの個人的な意見としてはどれでもいいと思う。

ここで顕正会からは除名が確実であるし、日蓮正宗からも敬遠されることになるのかもしれない。

しかし、よく考えてみれば釈尊像だとかその他のわけのわからない仏像を拝むのではなく、大聖人の御真筆御本尊を拝んでいる時点で、その人の信仰心は相当のものなのだ。

唯一、問題となるのが戒壇の大御本尊に対抗するために他の御真筆御本尊を持ち出すヤカラだちであり、それこそまさしく邪智謗法のヤカラと言わざるを得ないだろう。

話を戻そう。

大聖人と釈尊の勝劣には触れないと書いたのは、すでに大聖人の御真筆御本尊を拝んでいる時点で一定の結論が出ているからでもある。法華の深意として、古今能所不二という法門がある。つまり、釈尊と上行は師弟関係にあるわけだが、それが真逆になっても少しもおかしくないのだ。御本尊の相貌を相撲の番付になぞらえると、釈迦多宝が二横綱であり、四菩薩はさながら四大関となる。横綱と大関の序列は言わずもがなである。ところが一方で、主題の直下に日蓮在御判とあって、これが人法体一を意味するものとされている。

つまり、見る角度によって見え方が異なる。ゆえに、さまざまの意見が出てくる。そこでゴチャゴチャと難しい話をするのではなく、ズバッと大曼荼羅信仰に収斂させる。これで話は決着がつく。

晃氏の久遠実成と久遠元初についての視点は、なかなかの鋭さである。また無始無終もしかりである。

ただし、これは運用上の問題ではなく、概念上の議論に過ぎない。ゆえに大曼荼羅信仰という結論が確定している人にとってはどうでもいい話である。

つまり、マニアックな議論である。もちろん、この手の議論が好きな人にとっては、知的好奇心をくすぐる絶好のテーマと言えるだろう。

わたくしの知るところでは、釈尊と大聖人との関係性ではなく、法華経と大日経の関係性すなわち勝劣が、重要な論点なのだと思う。

随他の本門、随自の本門

今此三界合文に引用されている懐中という謎の文献には、上掲のような分類がある。通常、権実相対の上から言えば、法華経を随自意とし、爾前経を随他意とする。本迹相対でそのような言い方をするかどうか知らないが、あえて当てはめれば本門が随自意で迹門は随他意となる。ここまではいちおう異論のないところである。

ところが懐中では、まるで種脱相対のような立て分けが行なわれているのだ。

とは言え、当該御書には大聖人と釈尊の関係性を云々するところはどこにも存在しないし、それを匂わすような記述も存在しない。むしろ雰囲気的には釈尊と大日如来の勝劣を云々していると読めるのだ。

ご存知のごとく、大聖人の真言批判は御化導の初期にはあまり見られず、後期になるほど顕著となる。ところが後期における真言批判には懐中の引用が見られない。この点をどのように考えるべきかが悩ましい。

現時点でのわたくしの結論は、概念上の批判ではなく具体的な事例を示しての真言批判、これが大聖人の採られた戦略なのだろうと思う。

慣れないことを書いて疲れた。

2020/9/14

オジ  
相変わらず熱心な投稿が続いているが、ここでは晃氏の広宣流布観について軽く触れておこう。氏は法華経を根拠にして、すでに広宣流布は達成されているかのごとく言っている。

婦人部第六総部長(首都圏)の記事を紹介しよう。

近き広宣流布を見つめ・・・

つまり、晃氏の主張は宗門とも相容れないし、顕正会とも違っている。いったいそこに何の意味があるのか、もしくは何の目的があるのか、それが問題である。単に逆張りが好きなだけならば、それで話は終わる。変わった人なのだと、そういうレッテルを貼られて片付けられてしまうからだ。

さて、ここからはいつもの顕正新聞紹介である。

わたくしの認識は現実世界を踏まえてのことなので、法華経にどのようなことが書かれていても現実に当てはめてどうかを考えるし、同様の意味で上掲のような発言に対しても現実的にどうかを考える。個人の主観として近いと思うのは勝手だが、客観的にはぜんぜん近くないと言わざるを得ないだろう。まして顕正会の場合、過去の大言壮語を反古にして、上掲のようなことを言っているから問題なのである。

次は女子部第七十一区総班長(首都圏)である。

私の叔父である静岡県富士市の龍泉寺・本間道亨住職・・・

名古屋市の末寺住職の叔父・・・

埼玉県上尾市の法華講員の叔父・・・

末寺住職だった祖父の弟・・・


凄い環境である。記述の範囲で言えることは、登壇者の父親は四人兄弟の長男となるのかもしれない。また、祖父が末寺住職だったのか、祖父の弟が末寺住職だったのか、少し判然としないところがあるものの、一族が悉く日蓮正宗の僧侶ないし信徒であることが読み取れる記事である。その中で顕正会員として活動している点が凄まじい。

男子部第百七十六隊長(山梨)は、宗門の塔婆供養を批判している。

塔婆の本数については、盂蘭盆御書の「上七代、下七代」との御金言を切り文し・・・

これは山梨県の宗門末寺・正光寺の法華講員が言っていた話らしい。しかし、切り文云々は隊長殿の発言であるからして、具体的にはどこがどのように問題なのか、しっかりとした見解を示すべきだろう。

 そこに、浅井先生の「塔婆・戒名は不要」との曽ての指導が思い起こされ・・・

このくだりも短絡的である。ようするに宗門は塔婆や戒名で金儲けをしているが、顕正会ではそんなことはしないと言っているわけなのだろう。問題はそこではないのだ。かつて浅井先生がそれらを不要と言ったことの是非である。わたくしの記憶では教学的な説明がほとんどなされなかった。むしろ上述のような金儲けの話を持ち出して誤魔化している印象が拭えなかった。よって今後も独立教団路線を続けるつもりならば、それなりの教学的な説明が必要だろうと思う。

昭恵夫人は下関市の公明党のトップに現金を渡して・・・

女子部第百三十一区総班長(山口)の爆弾発言である。

どこかの週刊誌から拾ってきたネタであれば大して興味も湧かないが、どうやら地元の市会議員からの直接的な証言のようである。さて、どうなることか、もし出るところに出たら大変なことになるはずである。くだんの市会議員にしても政治生命が危うくなるかもしれないのだ。顕正新聞の編集部はそこまでの事態を承知した上で掲載しているのだろうか?

私が導師を勤め、葬儀を執り行うことになったのでした。

男子部第四十四隊支隊長(岩手)は、母の葬儀をご覧のように執り行なったそうである。近年はこうしたケースが目立つ。しかも役職がどんどん下がっている。

当該号の後半、六本の記事のうち五本が臨終についてだった。残りの一本はかつて婦人部の重鎮だった人の登壇記事であり、顕正会始まって以来だろうか、マスクをしたままの写真が掲載されている。ようはマスクのまま登壇したのだろう。特に個人的な面識はないものの、ああ、今も頑張っているのかと、しばし感慨に耽った。

2020/9/12

ハカダンカ  
沖浦氏が講義らしきものを掲載している。あれは自分で考えて書いているのだろうか? もしそうだとしたら大したものである。もちろん教学的には異論のあるところだが、ともかく独力で講義ができれば相当の水準に達していると言えるだろう。何しろわたくし自身はまだそのレベルに達していないからである。

さて、顕正新聞の続きである。

女子部の組織系統がよくわからなくなっている。このところの顕正新聞には副総合女子部長の肩書きが出てこない。その代わりに女子部副部長が出てくる。副総合は廃止されたのだろうか?

必ずや御在世のごとく第二波・第三波が起こり・・・

女子部第十五総部長(中部)の発言である。六月二十七日時点でこれが言えたのは凄い。ご存知のごとく、七月に入ってから感染が拡大したからである。いちおう国内ではそれが第二波に相当するわけだが、問題はこれからである。今はまた少し落ち着きを取り戻しつつあるものの、この先はわからない。秋から冬に向かって今までとは比較にならない大波がやってくるかもしれないのだ。

次は婦人部である。

正系門家から大事の御遺命は完全に消滅したとき・・・

総合婦人部長もいよいよ衰えてきたようだ。上掲、「御遺命は」ではなく、「御遺命が」ではないかと思うのだが、いかがだろうか?

大師子吼ばっかり言っているから、こうなるのだ。

次は副総合婦人部長である。

決戦場到達と同時に「禁をとかれた」大聖人様のお申し付けに諸天が忽ちに動くさまを直接体感しつつ・・・

一般人が読んでもわけのわからない文章だが、顕正会でそれなりに教学を学んだ人ならばよくわかる話ではある。ただし、問題がある。前にも書いたはずだが、ではなぜに日本は比較的に感染者数ないし死亡者数が少ないのか、である。厳密にはアジア圏でいちばん悪い数字を出しているのが日本なのだが、それでも世界全体で見ればもっとヒドイところがたくさんある。現状、アメリカが最悪の状況であり、インドやブラジルも相当に深刻である。この点、どのように説明するのか、ぜひとも聞いてみたいものである。

婦人部第八総部長(首都圏・中部・近畿)の記事も拾っておこう。

いよいよ浅井先生が最終段階の諫暁を開始される序章・・・

毎回、同じツッコミを繰り返しているが、ご容赦願いたい。最終段階の初出は未確認であるものの、少なくとも平成十六年の頃には言っていただろう。いや、平成九年の頃にも言っていたかもしれない。つまり、平成九年ないし十六年の一国諫暁は最終段階ではなかった、けれども盛んに最終段階を云々していた、早い話がウソを言っていたのだ。

先生のご存在こそ「大善来たる」の瑞相・・・

同じ人物の発言である。まったく何を言っておるものかと思う。

総幹部会のネット配信に歓喜爆発

第五婦人部長(青森)の記事に付された見出しである。本文もご覧に入れたい。

今は動画配信によって時間や場所の制限なく足を運び・・・

気づけば五月度総幹部会の動画配信において、過去最高の五五二名の同志と拝聴が叶っており・・・

上段の意味は、おそらくタブレットのようなものを携行して、訪問先で視聴するわけなのだろう。下段はその成果として過去最高の視聴数を記録したと言っているわけである。

難しいところである。

いわゆるビデオ放映で同数が参加するのと動画配信によるそれとでは意味合いが異なる。わざわざ会館に足を運ぶという行為が尊いわけで、その意味からすると数字の価値がぜんぜん異なるのだ。ただ時代に即応している意味ではこれもアリなのだろう。よって、くだんの組織においては五百五十二名を起点にして、今後どれだけ数字を伸ばせるかが問われることになる。

ところでこの動画配信は一般人も視聴できるのだろうか?

例えばYouTubeであれば視聴回数だとか高評価・低評価の数、あるいはコメントなども自由に投稿できるはずなので、今現在の顕正会の概況がわかるようになる。ある意味、実態がバレバレということにもなるだろう。二百万を標榜していても視聴数が十万にも満たなければ、それが実数を物語ることになるのだ。しかもそれが一般人をも含めた数字だとすれば、ますます実働会員の少なさを露呈することになる。

 また、上行寺・本源寺および妙教寺周辺の住民は、ただの墓檀家であり・・・

婦人部登米支区部長(東北)の記事である。話が脱線して恐縮であるが、しばしばダイアリー氏が紹介しているリンク記事には、創価学会の主力だった世代が高齢化して次々に亡くなり、活動力が低下している意味のことが書かれている。唐突ながらも墓檀家の話と通ずるところがあるように思った次第である。

創価学会の三世四世みたいな人たちは、まさに墓檀家化しつつあるわけなのだろう。まさに顕正会もしかりである。ここ数年、繰り返し書いていることだが、以前に比べると顕正新聞に登場する人たちの年齢層が上がっている。若い人たちが育っていないのだ。今後、顕正会も墓檀家化が急速に進むかもしれない。

ただし、厳密には違う。

ようするに伝統宗教と新興宗教ではまるで事情が異なるのだ。伝統宗教の場合は何のコダワリもなくご先祖様の宗教として受け継いでいく。信仰心はなくてもである。ところが新興宗教の場合は受け継がれないのだ。つまりは自然消滅である。今の段階ではなかなか想像がつかないものの、創価学会と顕正会は似たような末路を辿るのかもしれない。

それにしてもなかなか片付かない。顕正新聞一号一投稿にしないとダメかもしれない。

2020/9/11

グコウ  
各氏の旺盛なる執筆力には恐れ入るばかりである。もはやこうなると面倒臭くなって話を端折ってしまうのがわたくしのやり方であるが、今回もそうさせていただく。

晃氏のクローンを例にしての説明はけっこう説得力を感じる。ただし、それが顕正会を擁護することにはならないし、問題はそれよりもずっと手前に存在するのだ。

ようするに未だ顕正会は本尊複製を認めていない。

つまり、晃氏の主張は時期尚早であり、今の段階では意味がないのである。顕正会が公式に本尊複製を認めた段階で、ようやく議論の俎上に載ってくる話なのである。

これを逆に言うと、すでに顕正会の本尊複製は周知の事実であり、公式には認めていないものの、すでに既成事実化していることになるのかもしれない。だからこそ、当然のように議論が進められているのかもしれない。

とは言え、この段階でわたくしが言えることは、もし顕正会の本尊複製が事実ならば浅井先生はずっとウソをつき続けていることになる、こんなウソつきの言うことが信じられるのか、広布最終段階だの決戦場だの御馬前だの、そんなものはぜんぶウソなのではあるまいか、ということである。クローン云々は重要な議論だけれども、問題はその遥か手前にあるのだ。

さて、その他のコメントについては割愛させていただいて、顕正新聞の話題を取り上げて行こう。

広布の基盤たる二百万を一年も前倒しで成し遂げられ・・・

精密を極める先生の逆算の戦い・・・


総男子部長のこの発言もウソつきの典型である。過去の浅井発言を知らぬはずがない。もし精密が事実ならばすでに広宣流布は達成されているはずだし、逆に達成されない時には人類が滅亡していなければおかしいのだ。ゆえに精密ではない。かなりアバウトである。

新型コロナを前に学会・宗門がすべての活動を中止している愚行を見るにつけ・・・

副総男子部長の発言である。それにしても愚行は言い過ぎだろう。例えば風邪をひいた時、休むのは愚行だろうか? いわば今は日本ないし世界全体が風邪をひいている状態であり、無理をして重症化させるのではなく完全に治すという方針を多くの国が示しているわけである。もちろんコロナは大した病気ではないという意見もあって、無用な自粛が経済を疲弊させることのほうが恐ろしいと主張する人たちがいるのも事実である。人類の歴史の中でこうした感染症との戦いは何度も経験してきたことではあるものの、今回のような地球規模のそれは滅多にあることではない。ゆえに何が正解であるか、よくわかっていないのも事実なのである。よって創価学会や宗門の方針を愚行などと決め付けるのは相変わらず顕正会らしいとは思うものの、もし逆に顕正会の中で集団感染でも起きてしまったらどうするのかと心配になるくらいである。

大事な御相承がなされず阿部日顕が偽貫首になったこと・・・

顕正会の本尊はニセ本尊だ。法華講員の中でも武闘派と思しき人たちが言っていることである。顕正会側としてはヤブヘビを恐れてこの問題にはあまり触れたくないのだろう。とは言え、言われっ放しはツラいので、意趣返しをしたい。それが上掲にあらわれているのだと思う。

男子部第十総部長(首都圏)が面白いことを言っている。

いよいよ本当の最終段階の時が近づいている・・・

拙ブログでは何度も指摘してきたことである。最終段階をいつから使い始めたのか、その初出を明確には知らないが、もう二十年も前から言い続けているのは間違いあるまい。つまり、彼は今までの最終段階は本当の最終段階ではなかったと言っているわけであり、これから本当の最終段階が到来すると言っているのである。イジワルなようだが、重要なツッコミどころである。極論すれば、今まで顕正会で言ってきた最終段階はウソの最終段階だった、浅井先生はウソを言い続けてきた、となるだろう。

男子部第百五十四隊長(近畿)の発言も拾っておく。

 同時に、平成十六年、百万法城を背景とした一国諫暁の際の先生の大師子吼が胸に蘇ってまいりました。

もはや話の内容はどうでもいいのである。大師子吼が問題なのである。

ちなみに次のページには女子部の大幹部四人が記事を載せているが、そこには大師子吼の表記が一つもない。その次のページは婦人部の大幹部四人である。ここは驚くべきことに四人中三人が大師子吼と書いている。

彼らは浅井教を目指しているのだろうか?

たぶん元凶は浅井先生本人なのだろう。ようするに先生が黙認してしまっているからいけないのである。ハッキリと大師子吼は使うなと言えばいいのである。まさか先生の言い付けを守らずに使い続ける人はおるまい。実に簡単な話である。これを逆に言えば、先生がそれを好んでいる、言われて気持ちよくなっている、ということなのかもしれない。教祖たるゆえんである。

相変わらず顕正新聞が溜まって困る。ツッコミどころ満載だからである。

2020/9/7

キョウジュン  
沖浦氏の学無学を例にしての説明はなるほどそうなのかもしれないが、大聖人の仏法を信仰するという大前提からすれば説得力に欠けると思う。なぜならば常に原点は大聖人に存するからである。つまり、もし仮に折伏の意味内容が時代によって変遷することがあったとしても、必ず原点回帰が行なわれるのである。創価学会だって御書根本を掲げているわけである。だったら大聖人の仰せを捻じ曲げることはできない。

大沢氏から一度に大量のコメントを頂戴した。わたくしとしてはすべてに応じたいところだが、現実的には難しい。そこで一つだけに絞って申し上げたい。

浅井会長没後の顕正会は、二つの方向性しかないと思います。
脱大石寺か、逆に御宗門との和解に振れるか。


通常、他人様の亡くなった後のことを云々するのは不謹慎とされるわけだが、浅井先生は当てはまらないだろう。ようは一般人の範疇を超越しているからである。そこでわたくしも先生亡き後について書いてみたい。

わたくしの思うに、二つの方向性以前の問題として総男子部長に顕正会を統率するだけの力量があるのか、実はそこが大問題なのである。これはたぶん本人も自覚しているだろうし、周囲の幹部たちも心配していることではないかと思う。

顕正会に限らずあらゆる組織に言えることだが、通常、幹部たちは実力があるから幹部なのである。多くは自分の実力でその地位を獲得してきたわけである。ところが総男子部長の場合はかなり事情が異なる。いわゆる親の七光りで幹部になったと思われている。周りからそのように思われているフシがあるのだ。

ゆえにこれが先生亡き後、どのように作用するかが問題なのである。

もちろん総男子部長が会長を継いでもいいと思っている人たちもいるだろう。そういう人たちが心配しているわけである。彼で大丈夫だろうかと。

逆に実力でのし上がってきた人たちの中には、オレがオレが、と思っている人も少なくないはずなのだ。今は恭順を装っていても、先生亡き後はわからない。豹変する可能性は否定できないだろう。

このように考えると、二つの方向性を選択する以前に、大混乱に陥って崩壊することも考えられる。

また、それとは少し違う角度から書くと、先生が亡くなったと同時に大量脱会が起きる。

なぜならば、顕正会員は浅井先生と共に四キロの道のりを歩くことを夢見ているのであって、それはかなり無理な話であるとは承知しつつもその夢にしがみ付いている、という現実があるからである。つまり、広宣流布が達成されることなく先生が亡くなれば、その時点でゲームセットとなる。

以上、わたくしの視点がどこまで的を射ているかはわからないが、ある意味では大沢氏の指摘する、教祖のカリスマ性に依存、という部分に通ずる話であろうと思う。

拙ブログでは宗門と顕正会の和解を繰り返し提唱してきた。今のうちにやっておくべき最重要課題であり、おそらく今やらないと永遠にできないだろう。これが浅井先生に残された最大の責務である。

さて、いつものごとく顕正新聞の話題を・・・と思ったが、やめておこう。

上述の話を続けたくなった。

脱大石寺

前々回、独立教団路線と書いた。意味的にはほぼイコールと考えられるが、委細には異なる。もし仮に和解が実現すると、顕正会は日蓮正宗の傘下に入ることになる。かつての妙信講とまったく同じではないにしても、日蓮正宗の信徒団体という位置付けになるわけで、まさか対等合併のようなことにはならないはずである。今は教義上の対立があるので話は簡単ではないが、もしそれが解消されたとしても傘下には入りたくない。何しろ浅井先生はややもすれば大聖人よりも偉い存在だからである。いわんや猊下よりも下のわけがないのだ。ゆえに和解はしたくない。

ところがご存知のごとく、顕正会は冨士大石寺を冠している。全国のすべての会館に冨士大石寺を冠した看板を掲げている。富士と冨士の違いが法的にどのように解釈されるのか知らないが、ともかく看板に大石寺を掲げている以上、脱大石寺は困難を極める。ましてや顕正会の歴史は大石寺との関係性の上に成り立っている。

つまり、脱大石寺は自分たちの歴史をも否定する行為なのである。

ゆえに原理的には和解の選択肢しかないのだが、そこで顕正会側として譲れないのが戒壇論なのだろう。ぶっちゃけ言えば、宗門側に頭を下げさせたい、間違っていましたと言わせたい、その上での和解じゃないと呑めない、ということなのだ。

しかし、純粋に戒壇論だけ唱えていればよかったものを、この間にはいろいろなことをやらかしてしまった。本尊複製の問題もしかり、塔婆戒名の不要論もしかり、当然、日蓮正宗としても今の顕正会をそのまま受け入れるわけには行かないのだ。

疲れた。堂々巡りの議論である。

2020/9/5

モトツマ  
種々のコメントを頂戴しているが、恐縮ながら半分ほどに絞らせていただく。

まず、久々に登場した沖浦氏からリンクの紹介を受けた。創価学会の本部幹部会である。そこで婦人部長が折伏と言っていたのが印象的だった。今も折伏という言葉が生きているのが意外だった。会長の発言ではわりと御書の引用が多かったし、御本仏・日蓮大聖人という表現も見られた。動画用に圧縮したのか、わりと短時間だったことも印象的である。顕正会の総幹部会はやたらと長いのだ。

全ての人が踏むわけではなくて大半の人は
懺悔滅罪のために戒法を持つまでは読めても
戒壇に立ち入ることは出来ないと思います


晃氏のこれが問題である。

三国並に一閻浮提の人・懺悔滅罪の戒法のみならず
大梵天王・帝釈等も来下して蹋給うべき戒壇なり


これも晃氏のコメントからの引用である。

あまりにも説明が短いものだから、その真意のほどはわからないのだが、言わんとしていることは戒壇と戒法は別である、ということになりそうである。しかし、なぜにそのような読み方をするのかが不明である。確かに現実的な問題としては、全人類が本門寺の戒壇に詣でることは物理的に不可能である。その意味では、戒法を受持するという考え方はかなり合理的ではある。ただし、そこで問題となるのが、では、いったいどこでどのようにして戒を受けるのか、ようするに御授戒はどうするのか、である。現状、正宗寺院で行なうわけだろう。実はそれが義の戒壇に相当するわけであって、物理的に本門寺の戒壇に詣でることが不可能であっても、実質的には何の問題も生じないのだ。

そもそもである。

大梵天王や帝釈等が来下するとはどういう意味なのかが問題である。これはきわめて難解な概念であり、一閻浮提の人々が本門寺の戒壇に詣でること以上に難しい話なのである。その意味では差し迫って心配するようなことではなく、未来の大理想として信受すればいいだけの話なのである。

さて、顕正新聞である。

元妻の幼馴染から山崎の悪臨終を聞く

女子部第七十一区長の活動報告が問題である。上掲だけではわけがわからないだろうから少し説明すると、元妻とは山崎正友氏の奥さんだった人であり、その幼馴染だった人物が正友氏の悪臨終を証言しているわけである。

なんだ、また又聞きかよ、と言いたいところだ。

いや、違う。又聞きではない。目撃した本人が証言しているのだから、又聞きとは違う。それはそうなのだが、関係性がいかにも又聞きっぽい印象であり、それゆえに証言の信憑性が疑われるのである。元妻の幼馴染? 何それ?

あえてイチャモンをつけると、編集部の見出しがダメなのだろう。元妻の幼馴染を強調するところがよくないのだ。ただ単に、正友氏の葬儀に参列した人物、と説明したほうがよかった。

いずれにしても十年以上前の話である。それゆえに記憶がアイマイになっている意味もあって、説得力に欠けるのである。

 葬儀の会場に向かうと、そこには大草一男を含め五人ほどしかおらず、祭壇もなく、柩だけが置かれていたとのことでした。

これについては妙観講のほうから反論が出されている。慧妙に葬儀の写真が掲載されているのだ。もちろんその信憑性についても検証する必要があるだろうし、もし本気で事実関係を究明しようと思えば、それは大変な作業となる。ただ言えることは、なぜに顕正会は世間一般では考えられないような非常識な報道をするのか、である。その時点でダメなのではないかと思うのだが、彼らにはまったくその自覚がないようである。恐るべき異常心理だ。

又聞き云々についてもう少しだけ書くと、ようは元妻が証言していれば話が違ったのである。繰り返しになるが、元妻の幼馴染という関係性がきわめて間接的であり、それゆえに又聞きのような錯覚を起こしたわけである。

 現在、新型コロナの感染が一時的に落ち着いたように見えたことで・・・

男子部第百四十五隊長(福島)の記事である。六月二十四日時点での発言であり、結果論ながらも正鵠を射ていると言えるだろう。

次は婦人部坂戸支区班長(首都圏)の記事である。

 私はレンタカーを借りて出向きましたが、あくまでも私との接触は避けたいとのことで・・・

大幅に端折って恐縮だが、ようは沖縄での折伏についてである。本人は首都圏の人間であり、折伏の対象者が感染の危険があるから会いたくないと言っているわけなのだ。

これも結果論ながら、この後の感染状況を見れば、思い半ばに過ぎるものがある。沖縄も感染者が激増したのだ。この点、顕正会員は何も感じないのだろうか?

ちなみに、これは政府の打ち出したGoToトラベルキャンペーンが原因との説がもっぱらであり、コロナ対応に関して失敗の連続だった安倍政権もついに幕を閉じることとなった。

個人の宗教団体に入会・・・

婦人部富士支区(静岡)の人が上掲のようなことを言っている。語義的にはどうかと思うところだが、いかがだろうか?

 ある日の晩、同い年くらいの女性二人組に話しかけられ、田舎者の二十歳で右も左もわからなかった私は・・・

この発表者は所属が書いておらず、名前の下には次のような表記がある。

(婦人部富岡支区の紹介で入信・群馬)

いわゆる男性婦人部員である。それはともかく、女性二人組に話し掛けられ真光に入会した、というのが前掲である。ハタから見れば、顕正会もまったく同じだろう。

もう一人、(女子部第三十一区の紹介で入会・首都圏)という男性女子部員がいて、その名前が大海原を意味する立派な名前であり、西城秀樹とも共演したことがあると書かれていて興味深いのだが、細かい話は省略しよう。

泰山木

これも端折って恐縮だが、タイサンボクなのかタイザンボクなのか、どちらでもいいのか、よくわからないのだが、いずれにしてもわたくしは名前と実物がほとんど一致しないタイプの人間である。この花も名前はおおよそ知っていたものの、クイズで出されたら当たらなかっただろう。

2020/9/4

キョウリョウ  
大沢氏から引き続きコメントを頂戴しているが、今日のところは簡単に片付けさせていただく。

圧力団体云々は批判が出るだろうことを承知で書いた。大沢氏からではなく、むしろ創価学会系の人物が何かしら苦情を言ってくるのではないかと予想していたわけだが、現状、拙ブログにコメントする物好きはそう多くないようである。

ともかくである。第一回目の宗門諫暁書には創価学会批判が書かれていて、結果を見ればそれらは的を射ていたことになる。また、表立って発言はしなかったものの、旧来の法華講員たちから見ても創価学会の傍若無人ぶりは明らかだった。これらの事情をすべてひっくるめて圧力団体と書いたわけだが、それと同時に、実は浅井先生にしても創価学会の功績を認める発言を残しているのである。

つまり、話は簡単ではないのだ。教義上の問題にしても、いわば論者ごとの視点でいくらでも結論が違ってくるわけである。

さて、晃氏からは総括的なコメントを頂戴した。

戒壇とは、戒法を保つ僧侶社会のことですね
これは以前、巌虎さんと話した通りです

俳壇は俳句を読む人の社会
文壇は文豪の社会…

そしてこう読むときに、本尊 題目 戒壇で
仏 法 僧 が対応してることに気がつくと思います


これは音声入力なのだろうか? だとすれば、便利な世の中になったものである。

社会は世界と言い換えてもよさそうである。上掲は特定の場所だとか建物を意味するのではなく、構成人員が作り出す空間を示唆しているのだと思う。そこには物理的な境界線があるわけではないが、関係者以外には入っては行けない雰囲気がある。敷居が高いという表現もわりと近いかもしれない。

言わずもがなのことだが、晃氏が例示したものはすべて理壇を意味している。冒頭の僧侶社会もしかりである。

ところが大聖人は三国並びに一閻浮提の人ないし天上界の衆生が踏むべき戒壇と仰せあそばしている。これが事壇であることは論を俟たない。

なお、三大秘法と三宝との関係性については、わたくし自身も上掲のような思索をたびたび繰り返してきたものの、結論には至っていないのが現状である。

では通常運転に戻って、顕正新聞第1514号の続きを見て行こう。

池上本門寺に立ち寄り僧侶を破折・・・

第八婦人部長(首都圏)の活動報告である。婦人部独自で僧侶を破折するとは勇ましい。と言うのは、近年の傾向として正宗の僧侶が婦人部員や女子部員に絡んでくるのを振り払うために、しばしば教学委員が派遣されているからである。教学委員はほぼ全員が男子部所属のツワモノであり、カヨワイ女性会員を守るために全国各地で活躍している様子が、顕正新聞にもかなりの頻度で掲載されている。してみると、既成仏教が形骸化しているのは事実なのだろう。池上本門寺に僧侶が何人いるのか知らないが、その大半は教学をあまり学んでいない。ゆえに顕正会の活動会員が来ると対応し切れないのだろう。

 八丈島の広告文折込みの際、毎回、新聞を取っていない二百軒までも配達してくれる配達所の社長・・・

第八婦人部には八丈島在住の班長がいて、すでに十一回も新聞に折り込み広告を入れているそうである。現状、この費用は組織の有志で都合しているらしい。もちろん自分たちで勝手にやっていることだから、文句を言う筋合いではないのかもしれない。ただこれも本部のほうで何かしらのガイドラインを設けるべきだろう。何しろ顕正会はお金が掛からないのをウリにしている団体だからである。

さらに余計なことを書くと、今の顕正会の若者たちは新聞を取っているのだろうか?

例えば男子部女子部の四十歳未満を対象に聞きたい。一般紙を定期購読しているのかどうかである。わたくしの狭い見聞では今の若い人たちは新聞を取らない人のほうが多いらしいのである。この意味からすると、もはや新聞の折り込み広告は古い手法であって、あまり効果を期待できないと思われるのである。この点も含めて、本部として何らかの方針を示す必要があるはずなのだ。

 このたび婦人部からの要請を受け・・・

ちょうど真下の記事がこれだった。男子部第十五総部長(九州)は教学委員にも任命されている。そこで婦人部の要請を受けて鹿児島県霧島市の宗門末寺住職と法論をしたそうである。

 私が「正本堂訓諭より後に御遺命破壊の言辞があったらどうするか」と釘を刺したうえで・・・

以前も書いたように、これはあまりよろしくないと思う。このようなヤクザっぽい手法を使っているうちは、ダメなのだ。

ただ同時に、宗門側にも問題がある。

ようは自分たちの過ちを小さく小さく見せようとしている点がいけないのである。極論すれば、妙信講が正しかった、と言ってしまえば話はすぐに終わるのである。ただし、今の顕正会はおかしい、と付け加えることも必要である。

ここからが重要である。

これに対して顕正会側がどのように反応するかが問題である。おそらくは激昂するだろうし、自分たちの間違いを認めないはずなのだ。つまり、ここまで議論すれば顕正会の負けになる。宗門は正直に自分たちの間違いを認めた。対する顕正会は絶対に認めない。いや、もちろん、顕正会が完璧であって、何一つ間違っていないとすれば話は違ってくるわけだが、そうではないだろう。今や間違いだらけである。

 ついにはこの追及から逃れようと、顕正会の御本尊を誹謗してきたので・・・

顕正会の本尊複製疑惑である。

ここが間違いの最たる部分だろう。現状、この件でもヤクザっぽい対応をしている。ようは証拠があるなら持ってこい的な啖呵の切り方で誤魔化しているのである。

本筋的には時の御法主上人からたまわるべき、それが在家教団のあるべき姿だろう。ゆえに今からでも宗門に対して本尊下付願いを提出すればいいのである。そこで信徒以外には下付しないと言われたら、顕正会員全員で末寺に押し掛けて入信を願い出ればいいのである。そこで拒否されたら、日蓮正宗はなんと狭量な宗派なのか、ということになる。

かなり荒唐無稽なことを書いているとは思うものの、半分くらいは本気である。

つまり、ここから見えてくるものは顕正会の独立教団路線である。何しろ浅井先生の大師子吼というフレーズがまかり通るくらいなのである。大聖人より偉くなっちゃっているのだから、もはや御法主上人など眼中にないのだろう。

今日はここまでにしたい。

2020/8/31

ギリ  
今回の議論はこれで一区切りとする。ヨコヤリが入らず、その点はひじょうに有意義だった。

大沢氏から日霑上人と日開上人の御説法をご紹介たまわった。

言わんとしていることは、日達上人の御指南は上述の二人の上人の系譜に連なるものであって決して己義ではない、という趣きなのだろう。

極論すると上述二上人も間違っている、とわたくしは言いたいところなのだが、それを言ってしまうと話がややこしくなるので、別の角度から言わせてもらうことにする。ズバリ、背景が異なるのだ。かつての上人たちは篤信の人たちに向かってのみ御説法をされていた。ところが日達上人の場合は創価学会という圧力団体を相手に説法されていた。ゆえにそこに歪みが生じてしまっているのである。

いや、もちろん、当時の創価学会は正しかったという見方もあるだろう。その点は十分に承知しているつもりだが、結果的には大謗法団体に堕してしまった。

あの時点では正しかったのだから何の問題もない。

当然、そのような意見もあるわけだが、早い話がすでに当時から創価学会には慢心があった。少なくともその萌芽があった。それを見抜いていたのが浅井先生だった。残念ながら今の宗門はこの点にはまったく触れず、創価学会を大謗法団体だとして斬り捨て、同時に顕正会をも斬り捨てているのである。

これらの経緯を踏まえると見えてくることがある。

つまり、日達上人の御指南はくだんの二上人の純粋なる御説法とは相当に趣きが異なるものであり、いわば創価学会を庇うための詭弁だったのだ。この点の反省が足りず、なし崩し的に根源の事の戒壇などという、もっともらしい教義体系にまとめ上げている点が問題なのである。

ここまでの話はいわば歴史認識の問題であるからして、実際には議論百出でキリがないのかもしれない。では純粋に教義の問題として捉えるとどうなるか、ここからはそのような角度から書きたい。

仏法の邪正は経文の明鏡に依る。

今朝、拝読していた北条時宗への御状に出てくる一節である。大沢氏のコメントは膨大を極めるものの、御書の引用がほとんどない。上掲の御文が示すごとく、最終的には御書の明鏡によるべきが筋にもかかわらず、今の宗門では歴代上人の御指南を並べてそれで満足してしまっている。さらには公開されない秘伝があると言って満足してしまっている。

ここでの問題は秘伝の真偽ではなく、すでに公開されている大聖人の種々の御指南との整合性である。もし秘伝の内容が御書と真逆のことを言っていたらどうするのだろうか?

この点を踏まえて制定されたものが日興上人の御遺誡のあの一条なのだろう。あえて引用するまでもない。

二上人すら間違っていると書いたのはこのためである。

そしてわたくしの根拠とする御書は言わずもがな三大秘法抄である。ここでは思い切って省略形でご紹介しよう。

戒壇とは・・・戒壇を建立すべき者か。・・・事の戒法と申すは是なり。・・・戒法のみならず・・・戒壇なり。

事の戒法とは何か、このことで思索を巡らせた人がどれだけいるのだろうか?

実はそんなに難しく考える必要はないのだ。戒壇も戒法も同じである。つまり、事の戒法と申すは是なり=事の戒壇と申すは是なり、なのである。その理由も単純明快である。大聖人は重複表現を好まない。同じ言葉が続く時にはあえて表現を変えるのだ。類例はいくらでもある。

此の戒法立ちて後、延暦寺の戒壇は迹門の理戒なれば益あるまじき処に・・・

この一節に迷っている人が多いのかもしれない。先ほど書いたように戒法=戒壇である。すると、戒壇が建っていないのになぜに戒法立ちて後と仰せられるのか、その意味がさっぱりわからない人がいて当然ではある。

そこで登場するのが義理の戒壇である。

大聖人の直接の御指南に義理の戒壇は存在しない。三大秘法抄・一期弘法抄はいずれも事の戒壇を御指南あそばしている。しかし、義理の戒壇という概念がないと御法門としては整合しない。日寛上人が偉大なのはこの点を踏まえて教義体系を構築したことである。

御書に戻ると、三大秘法抄の前半に注目すべき一節がある。

・・・実相証得の当初修行し給ふ処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり。

まさか久遠元初のその昔に戒壇が建っていたと考える人はいないだろう。むしろその意味からすると、当該御文は戒壇ではなく戒法としたほうが理解しやすい。これがまた先ほどの戒壇=戒法の傍証にもなるわけである。

おそらくはまだ説明が足りていないところもあるとは思うが、こんなところで終わりにしたい。

2020/8/29

チンチャク  
昨日、安倍首相の辞任会見が行なわれた。これについてはこの先いくらでも書く機会があるだろうから、今日のところは何も書かないことにする。

さて、大沢氏からのコメントである。

氏は常に冷静沈着であり、その態度・振る舞いには敬意を表するものであるが、内容的にはとうてい肯ずることのできないデタラメさである。いや、もちろん、宗門側の論客としては第一級であり、きわめて模範的なことを書いているのだと思われる。その意味では氏がデタラメなのではなく、やはり宗門がデタラメなのだろう。

なお、ここでハッキリしておきたいのは、わたくしは必ずしも顕正会側の論者ではないことである。昭和四十年代の種々の浅井発言について、たぶん会員たちには言えないことをここに明言しておこう。先生も未熟だった。ゆえに当時のことは武勇伝として語られるものの、今現在、当時の書籍はほとんど非公開になっている。第一回の記念すべき宗門諫暁書にしても池田会長あてのそれにしても、今は容易に入手することができない。わざわざ書籍として再刊する必要はないにしても、テキストデータとして誰もが読めるようにすることは可能なはずなので、ぜひそうするべきである。

完全主義者の先生としては恥ずかしくて見せられないのだろう。もちろん、それとは別の理由として、当時の事情に精通していない人が読むと誤読する可能性があるので、それを心配している意味もあるのだろう。

諸々の法相は所対によって異なると、さればいま猊下の仰せ給う「事の戒壇」とは、この広布の時の「事相」に約し給うものではなく、所住の法体の「事」に約し給うたものである。即ち、戒壇の大御本尊おわします所は何処・何方にても直ちに「事の戒壇」と定義せられたのである。

まさに典型的な事例である。

所住の法体の「事」に約す? まったくの意味不明である。これは先生が未熟なのではなく、宗門の主張がデタラメなだけなのかもしれない。それに先生は付き合っているのだ。

顕正会的には、猊下の御徳に傷をつけないように留意しつつ池田会長を破折している、ゆえに当時としてはこれがギリギリの線だった、というような説明になるのかもしれない。

 「あんた、二座の観念文には何とある。『事の一念三千』とあるでしょう。戒壇の御本尊は事の御本尊です。だから、その御本尊まします所は事の戒壇なのです」

基礎教学書からの引用である。この日達上人の発言に対し、浅井先生は次元が異なると一蹴した。いや、もちろん、一蹴は言い過ぎであるが、今日的にはそう言っても差し支えないだろう。つまり、浅井先生的には所住の法体の事に約す云々をデタラメとわかっていたものの、当時の状況からすれば日達上人に恥をかかすことなく池田会長を責めるためには、あのように書くしかなかったのかもしれない。

後年(昭和50年)、総本山第四十三世日相上人が残された日寛上人の御指南に関する古文書や、総本山第五十二世日霑上人、第六十世日開上人の「所住の法体の事に約し給う」御指南が明らかになるにつれて、「法体に約す事の戒壇」が、日達上人がにわかに仰せになったものではないことが明らかになります。

後年と書いているところが悩ましい。なぜに最初から出さなかったのかである。もっとも日開上人の御指南は最初から出していたわけだが、当初は出典をボカシた状態だった。

歴代上人の具体的な御指南については言及を控えるが、ここでわたくしが言いたいのは後年の別の意味である。つまり、大聖人がまったく仰せられていないことを後年、それもかなり後になって云々しているのが問題なのである。

寿量品の事の三大事

大沢氏の長文のコメントから見い出せるのは、ほぼ唯一これのみであろう。これを根拠に戒壇本尊所住を事の戒壇とするのは牽強付会も甚だしいところで、もし大聖人が御覧になっていたらバカかオマエはとおっしゃるに違いないのである。この直前には、理を案じて義をつまびらかにせよ、と仰せられている。先日来、わたくしの言っている何となくを連想させる云々を流用すれば、まさに義理の戒壇を彷彿とさせるくだりである。とは言え、それも厳密には間違いである。ここでの仰せは、道理に立脚して思索しなさい、というくらいの意味であり、その思索材料として次に重大な仰せをあそばすのである。

此の三大秘法は二千余年の当初、地涌千界の上首として、日蓮慥かに教主大覚世尊より口決せし相承なり。

これはかなり踏み込んだ仰せであり、御相伝書を除いた時にはほぼほぼあり得ない御指南である。ご存知のごとく、大聖人は上行菩薩の再誕であることを匂わすものの、なかなかズバリとは仰せられなかった。ゆえにかつてどこぞの大学教授は、この御書を偽書と主張していたくらいである。

上掲に続く御文の中に例の寿量品の事の三大事が出てくる。これは文脈上、三大秘法を言い換えたものと拝するべきで、ここで大聖人が仰せられていることは御自分の仏法の正統性に他ならない。

煎じ詰めれば、それは戒壇の大御本尊に他ならない。宗門的にはそのように言いたいわけなのだろう。

わたくしはそれを否定しない。

ただし、それが直ちに戒壇本尊所住を事の戒壇とする根拠にはならない。完全なる論理の飛躍であり、単なる連想・思い込みに過ぎない。

対他の破折として、「本門寺の戒壇を建立すべきは富士山」という、事相の事の戒壇が表に出るのは当たり前で、曼荼羅御本尊正意・御戒壇様が根源というのは当宗僧俗としては常識・前提の類なのかもしれません。

ここでかなりイジワルなことを言わせてもらうと、なるほど、当宗僧俗としては常識・前提の類とおっしゃる、つまりは内部規定ということですね、となるだろう。

念のため、繰り返し書いておこう。

わたくしも戒壇本尊本懐の立場である。法華講員から見ればイヤなヤツにしか映らないかもしれないが、立場的には同じである。しかし、戒壇本尊の所住が事の戒壇であることの根拠はどこにもない。これを何度でも強調しておきたいのである。


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