2020/11/23

ゲンイ  
沖浦氏の今朝のコメントには少しインチキ臭いところがある。これを御書講義で発表するらしいのだが、恥をかく前に一つ進言しておきたい。

 これを因果具時と言います。
 具時ですから、因と果は同時なので、前世の宿命に左右されないのです。


上掲の直前には九識とか八識とか、わたくしにはあまり馴染みのない語彙が並んでいる。問題はこの続きである。沖浦氏は佐渡御書を引用した上で次のように書いている。

 日蓮は此の因果にはあらず!!!!!!!!!!!

雰囲気的には、大聖人の仏法は常の因果とは異なって、過去の罪障を忽ちのうちに消滅させることができる、と言いたいようである。いや、前世の宿命に左右されないと言っている意味からすると、最初から罪障なんかないに等しいと言っているようにも思える。

しかし、もしそのような意味を言っているのだとしたら、それは飛躍だろう。

平成新編の表記は以下の通りである。

・・・是は常の因果の定まれる法なり。
 日蓮は此の因果にはあらず。法華経の行者を・・・


御書全集は以下の通りである。

・・・是は常の因果の定れる法なり、日蓮は此因果にはあらず法華経の行者を・・・

全集がいかに読み難い表記になっているか一目瞭然であるが、それはまた別の話である。むしろ逆に、「あらず」で終わる文章ではないことを知る意味では、全集のほうがわかりやすい。しかるに沖浦氏はそこで引用を打ち切っている。意図的にやっているのかどうかはわからないが、ここが問題なのである。

 疑って云はく、いかにとして、汝が流罪・死罪等を、過去の宿習としらむ。

開目抄からの引用である。沖浦氏引用の佐渡御書はいわば開目抄のダイジェスト版のような意味がある。特に上掲の一段は氏の引用部分と対応するので、よく読んでみるべきだろう。

又法華経の行者の首を刎ねること其の数をしらず。

誰が? 大聖人がである。

いわゆる因果応報は誰もが知るところであって、特に仏法の世界では常識である。佐渡御書に戻って、いちばんわかりやすい例を示せば、次の一節あたりだと思う。

我人を軽しめば還って我が身人に軽易せられん。

これは常の因果の定まれる法である。では大聖人の場合はどうか、そこが問題である。状況としては、竜の口の大法難を経て、今は極寒の佐渡に住せられているのだ。

引用は省略するが、世間の失は一分もない、とまで仰せられている。

つまり、今度の流罪・死罪は常識の範疇を大きく超えている。ゆえに大聖人は、これは常の因果ではない、そんな半端なもんじゃない、もっと凄まじい因果なのだ、と仰せられているのである。

以上、かなり端折った説明ではあるものの、全体的な文脈は掴めたはずである。

沖浦氏はすでに独自の仏法観ないし大聖人観を持っている。もしくは創価学会で教えている仏法観・大聖人観があって、その影響を受けている。別のコメントでは演繹とか帰納とかを云々していたが、結局のところは自分の結論に基づいて御書を解釈してしまっているのが実情だと思う。それを演繹と呼ぶのか帰納と呼ぶのか、不勉強のわたくしにはわからないのだが、平たく言えば、結論ありき、ということだろう。

いや、もちろん、それでいいのかもしれない。

沖浦氏がしばしば言っている内部規定というヤツである。日蓮正宗はもちろんのこと、顕正会もそうであるし、しょせんは創価学会も同じである。その組織独自の内部規定を基準に御書を読んでいるに過ぎないのである。

ただし、原意と異なった解釈をするにしても、原意を知った上で応用的にやっているのと原意を知らずに勘違いしているのとでは、かなり違ってくるはずである。

いちおう、前者のほうがマシであり、後者は恥ずかしいとするのが一般である。

だが、しかし、逆もまた真なり、である。

いわゆる前者は邪智、後者は無智とされる。大聖人によれば後者のほうがマシの場合もあるのだ。

ゴチャゴチャとややこしい書き方をしてしまったようである。

話を戻して、各教団ごとの教義信条に基づいて御書が読まれている現状は、致し方のないことだと思う。ただし、原意から大きく逸脱してしまうと、後々、困る事態が発生する。教団運営者はそこに留意する必要があるだろう。わたくしに指摘されてタジタジになってしまうような事態だけは避けなければいけないからだ。

2020/11/22

アクジ  
ウッカリしていたことがある。九月度総幹部会の新聞をすっ飛ばしてしまったのだ。

「米中対決と日本」特集号

顕正新聞第1523号である。なぜにミスを犯したのか、自分でもよくわからない。

安倍首相の四つの悪事

気を取り直して話を進めて行こう。余計なことを言えば、浅井先生はまたしても予言し損なってしまった。八月度総幹部会では安倍首相のことを言えなかったのだ。一ヶ月後の当該講演でようやく安倍辞任に言及するアリサマである。ようするに電撃辞任であり、浅井先生もまったく予想できていなかったらしい。

「モリ・カケ・桜・河井夫妻問題」

まあ、しかし、この辺のまとめ方はひじょうに上手い。これらは首相を辞めても免罪されるものではなく、どこまでも追及すべき問題である。

亡国の政権・菅内閣

当然、前首相への追及もさることながら、現首相への批判も忘れていない。懸案はいろいろあるが、やはり差し当たってはコロナ問題だろう。第三波への対応を見るに、現政権も後手後手感が否めない。このまま感染拡大が続けば、それこそ亡国の危機である。

米・中対決の狭間で
 日本は存立できるか


この一つ前の大段では、日本の前途に三つの国難があるとして、財政破綻と巨大地震を説明している。財政破綻については省略するが、巨大地震については少し書いておこう。立命館大学特任教授の高橋学氏いわく、あと数年以内に相模トラフと南海トラフで超巨大地震が発生する、と。これは誰も否定しないだろう。言えることは、具体的な日時は誰にもわからないし、数年以内かどうかもわからないが、いずれは必ず起こる、ということである。

そして三つ目の国難として他国侵逼を云々するわけだ。

その具体的なシナリオとして、まず米中で深刻な対立が起こり、日本は米国に付くか中国に付くかの選択を迫られる、と浅井先生は言っている。もし米国に付けば、中国は日本を核攻撃で潰滅させるのだそうである。

すでに先日のブログでも書いたように、これは杞憂というか、現状ではひじょうに考え難いことである。少なくとも日本国内に中国人がたくさん居住している以上、そんな無謀なことはできないはずなのだ。つまり、国内の中国人の動向を観察していれば今のところは大丈夫だとわかるわけで、もし彼らの動きに変化があればそこでいよいよヤバイということになるのだと思う。

「現当二世にのがれ難し」

日蓮大聖人の御頸を刎ね奉る罪は、大罪の中の大罪であり、これより大きな罪はない。これが浅井先生の主張である。とりあえず、ここはそれほど問題ないと思う。

 「現当二世」とは、今生と後生の意と共に、ここでは、御在世と未来日本国にわたるとの御意であります。

ここが問題である。わたくしには大聖人がそんなつもりでおっしゃったとは思えないのだが、いかがだろうか?

おそらく一般人の感覚からすれば、ハタメイワクな話に感じるはずである。そんな昔のことを言われても困るわけで、たとえご先祖様が大聖人に危害を加えたとしても、それを子孫が償わなければいけないという話にはならないはずなのだ。こうした世間の常識から乖離したものを主張する場合、それが絶対の真理だからというのが理由づけとして考えられるわけだが、ではそれを顕正会は証明できるのだろうか?

この点、改めて聞いてみたいものである。

2020/11/20

フクカイチョウ  
顕正新聞の続きである。

今生のうちに何としても一生成仏を遂げ、その尊い御姿を拝したい・・・

第十八女子部長(群馬・首都圏)の発言が悩ましい。直前には鏡の御影のことが書かれている。常時、拝観が可能なのかどうか知らないが、成仏しようがしまいが法華講員になれば拝観の機会はあるはずなのだ。しかし、彼女の言っている意味は、大聖人に直接お目に掛かりたいということなのだろう。

都市が消滅し始め・・・

副総男子部長の発言である。まるで日本沈没みたいな話だ。

・・・些かもへつらわぬ先生のお言葉は
 「聖人は言をかざらず」
との仰せそのものと大感動であります。


第十八婦人部長(四国)がご覧のように言っている。会長本仏論的でよろしくない。

日本会議国会議員懇談会の副会長

これは複数の幹部が言っていることで、当然ながら会長講演を踏まえてのことだろう。菅首相のことを言っているのだ。しかし、だからどうしたと思う。むしろ会長じゃないところが逆に気になる。

唐突ながら、顕正会も副会長を設ければいいのだ。

昨年には七十九歳にして再就職が叶い・・・

女子部二百二十一区所属の男性会員である。具体的な職種が気になるところだ。

 そのような中、会社の社長から「タクシー内で勧誘してはいけない」と言われ、魔障が出来しましたが・・・

婦人部岡山支区総班長(広島)はご覧のごとくタクシー運転手をしている。拙ブログで取り上げたことがあるかどうか今は思い出せないが、ともかくこの人物はこのところしばしば顕正新聞でお目に掛かっているような気がする。

それにしても魔障とは驚きである。

社長の言っていることは当たり前のことであり、魔障でも何でもない。業務中に業務以外のことをやれば注意されて当然であるし、そもそもがそうした情報が社長の耳に入った時点で自分自身に非があることを悟るべきなのである。総班長の役職からしてノルマに追われていることが想像できる。つまり、彼女は無意識のうちにも乗客に不快な思いをさせるような半ば強引な勧誘を行なってしまっていたわけであり、結果として会社のほうに苦情が寄せられたわけなのだろう。

仕事の休憩時間を使って入信勤行が叶いました・・・

ほらほら、ここに馬脚があらわれている。仕事の休憩時間なら問題ないという認識なのだろう。それを逆に言えば、乗務中に折伏するのは問題である。

タクシーのことをよくは知らないが、そもそも休憩時間の概念が通常のそれとは異なるのではないかと思う。ようは自由裁量である。その意味ではわざわざ上掲のような書き方をする必要もないのだ。ともかくお客さんを乗せている時が仕事なのであって、そこで業務以外のことをするのが問題なのである。もちろん会話をすることは問題ないし、その流れの中で仏法の話になることもあり得るだろう。しかし、そこでノルマ達成のためにシツコイ勧誘をすれば、会社に苦情を入れられても文句は言えないだろう。わかり切った話である。

また一フリーライターが昭恵夫人に夫の体調を尋ねた際、高笑いしながら「主人は演技がうまいから」と言っていたとも話しておりましたが・・・

女子部第百三十一区支区長補(山口)の記事がイヤラシイ。顕正会のインチキ体質を露呈しているような気がしてならないのだ。

上掲は下関の市会議員から得た情報らしいのだが、それがいわゆる又聞きなのである。何しろフリーライターと登壇者はまったくの無関係なのだ。どこの誰とも知れないフリーライターの話を下関の議員が登壇者に語ったという体裁である。

こんな記事を載せるようではオシマイである。編集部はちゃんとチェックして掲載を見送るか、せめて当該部分を削除してから載せるべきだろう。

それとも確信犯的に載せているのだろうか?

一議員から聞く昭恵夫人の言辞に憤激

見出しである。そもそも登壇者は昭恵夫人から話を聞いたわけではないので、この時点ですでに又聞きとも言い得るわけである。さらに一議員にしても昭恵夫人から直接的に話を聞いたわけではないのだ。又聞きの又聞きである。こんな不確かな情報を垂れ流してどうするのかと思う。

総班長会

婦人部上北支区総班長(青森)の記事にはご覧の表記が出てくる。わたくしの認識が正しければ、これは本部行事ではなく、各組織ごとに任意で行なっていることなのだろう。

いつしか洗脳されたかのように「池田先生は神様」とまで思うようになっておりました。

これは七十五歳になる男性女子部員であるが、創価学会員時代のことを回想しているわけなのだろう。それにしても神様はどうかと思う。さすがに創価学会でもそうは教えていないだろう。世間一般の表現としてはあり得る話だが、創価学会もかつては日蓮正宗の信徒団体だったわけだし、今だって仏教系の宗教団体であることには変わりはないので、実に不可解な話である。

 浜松会館の大御本尊様にお値いする・・・

これもどうかと思う。

ちなみに「お値いする」は典型的な顕正会用語であり、普通の文字変換では候補にまったく出てこない表記である。ただし、上掲に関しては大御本尊様という表現をどうかと思うのであって、「お値いする」についてはむしろ適切かもしれないと思う。通常の「会う・遭う・逢う・遇う」はどれも相応しくない。この点だけは顕正会と意見が一致するようである。

三百万を急がんと三度目の一国諫暁に立たれる浅井先生に、

これは意味不明の文章である。おそらく「急がんと」の後に「、」を入れると多少は読める文章になると思う。これも編集部の仕事だろう。

次の七十七歳になる男性婦人部員の記事も不審である。

 初めて奉安殿に参詣し、目の前で太陽が昇るかのように輝いている戒壇の大御本尊様にお値いしたとき・・・

ようするに創価学会員だった。

昭和四十三年には約二ヶ月間、食費も滞在費も自腹で正本堂の工事に奉仕として入りました。

ここが不審なのだ。当時の彼は電気工事の職人だった。ならばもう少し後じゃないと仕事にならないだろう。昭和四十三年は正本堂の工事が始まったばかりである。電気工事が本格化するのは躯体工事が終わってからである。

 正本堂の完工式に参列した際、最前列にキリスト教神父が座っているのを見て・・・

これもウソクサイ。

また池田大作の周辺にいる人物から女癖の悪さを聞いて・・・

具体的に誰から聞いたのか書かれていない。週刊誌の受け売りではと勘繰ってしまうところだ。

本年九月、学会版本尊を返納し・・・

昭和三十四年の入信なのになぜに学会版なのか、そこが疑問である。

次の男性女子部員も似たり寄ったりだが、紹介しておこう。

中には三百万円が入った封筒もありました。

彼も創価学会員だった。上掲は創価学会がカネ集めに狂奔していることを言っているわけであるが、文章を読む限りでは彼が集金の係をやっていたわけではなさそうである。しかるに封筒の中身がわかるのはなぜだろうか?

後日、学会版本尊を返納し、入会させて頂いたのでした。

前後するが、次のくだりが重要である。

 私は信心とは全く関係のない活動に次第に嫌気がさし、昭和六十年ごろ、正式に学会を脱会いたしました。

先ほどの男性婦人部員の場合は、あるいは創価学会に疑問を懐きつつもダラダラと在籍していて途中で学会版の本尊に取り替えてしまったのかもしれない。ところがこちらの男性女子部員は正式に脱会したと言っているのだ。それにもかかわらずなぜに学会版本尊が存在するのだろうか?

顕正新聞がいかにデタラメであるかがよくわかる事例である。

考えられるのは創価学会時代に寺院から下付された御本尊を勘違いしているだけの話なのかもしれない。もしそうであっても現状では宗門の正式な御本尊ですら返納してしまうのが顕正会である。極論すれば、学会版がダメなのはもちろんのこと宗門版もダメである、というのが顕正会の立場なのかもしれない。もはや救いようのない連中である。

2020/11/15

カイメツ  
沖浦氏の今朝のコメントには基本的な間違いが存する。さして問題となるような話ではないが、いちおう指摘しておこう。

 最初に釈迦が経を説いて、釈として広げた人がいて、最後に更に理解しやすい、論が出来た。

沖浦説では経・釈・論となっている。しかし、通常は経・論・釈である。諸御書に竜樹・天親・天台・伝教とあるが、竜樹・天親が論、天台・伝教が釈、という認識が正しいのだ。論師・人師の括りも同様である。生意気を言うようだが、わたくしはこれを解説書から導いたわけではなく、御書を拝読していて自ずと会得したのである。

とは言え、御書のすべてが頭に入っているわけではないので、確認のために検索を利用している。取り急ぎ引用すれば次のような御書がわかりやすいかもしれない。

天竺の論師並びに訳者より唐土の人師に至るまで・・・

天竺の論師・震旦の人師・・・


経論釈については推して知るべしである。

さて、顕正新聞1525号を見て行こう。

 「久遠元初の自受用身」とは何か。これを平たく一言でいえば「遠い昔の、最初・根源の仏様」ということであります。

毎年、御大会式の会長講演は浅井先生による日蓮本仏論が展開される。本年のそれは例年に比べてかなり平易な印象だった。上掲がその象徴的な例である。

・・・垂迹の仏を化仏というのです。化仏とは化粧をした仏です。化粧とは化け装うということでしょう。

この説明が適切なのかどうかわからないが、平易な説明を心掛けているのだろうことはよくわかる。

八斗・八斗で一石六斗だと(大笑)。

不勉強のわたくしはこの落語を知らなかった。さらに言えば、昔の単位なので数量的な意味でも実感が持てなかった。

 信ずるに足る御影様、その一つが大石寺秘蔵の「鏡の御影」ですが・・・

いったい何を根拠に信ずるに足ると言っているのかが問題である。たまたま検索でヒットしたツイッターの記事によれば、次のごとくである。

日亨上人の『富士日興上人詳伝』に、
一、鏡の御影・大石寺
一、夢の御影・讃岐本門寺
一、要法寺御影
これらが、正しく相貌・お姿を示しているのではないだろうか(趣意)
と書かれています。


https://twitter.com/yazako_888/status/1321452620184125443

便利な時代になった。かつては浅井先生だけがご存知のことだとありがたがっていたのだ。

 当時の日本は寒冷期であったから、佐渡では恐らく零下二〇度くらいまで下がったと思われる。

少し前にも取り上げた話題である。以前は零下二十度三十度と言っていたので、少し後退した感じが否めない。

・・・そのような悲惨が「闘諍堅固」の最終段階として来るのであります。

会長講演は約四ページの大作である。しかし、今回の講演は平易ゆえか取り上げるべきところが少ない。上掲は後半のほぼ結末に近いところから引用した。

わたくしが問いたいのは悲惨の意味である。

文章を素直に読むと、米中の間で核兵器を用いた戦争が起こり、人類が絶滅する、と読める。しかし、続きの文章を読めば、その悲惨からお救い下さるのが日蓮大聖人であるとの文脈になっていることがわかる。つまり、絶滅寸前で助かるという、ドラマが待っているわけなのだろう。

そこで問題になるのが核兵器である。はたして核兵器の使用はあるのか、それともギリギリで使われずに済むのか、どちらだろうか?

 もし日本がアメリカに付いてその尖兵的な役割を果たすならば、中国は直ちに核ミサイルで日本を壊滅させるに違いない。

かなり非現実的なシナリオに思える。

尖兵的な役割とは何かが問題で、日本では先年のいわゆる戦争法案で大揉めに揉めたくらいであるから、さらに踏み込んだことをしようにも世論が許さないはずなのだ。しかも日本には中国人がたくさんいる。まさか中国政府がそこにミサイルをぶち込むとは思えない。

このように考えると、本当にヤバい状況は、日本在住の中国人が全員引き揚げてしまうような事態が現実に起きた時で、その時にはミサイルが飛んでくることを覚悟しなければならないだろう。

もはや浅井先生はほとんど出歩かないから知らないのかもしれないが、コロナが蔓延している今のご時世であっても日本には相当数の中国人がいる。ゆえに彼らが一人残らず帰国すれば、それだけで街の様子が激変するだろう。

以上、平和ボケの批判を覚悟の上で、今のところはぜんぜん大丈夫だとわたくしは断言しておきたい。

2020/11/14

ジタク  
顕正新聞第1522号である。

 響くは凛々たる大聖人の御声のみ。見えるは月光に照らされて輝く大聖人の御尊容のみ。

竜の口の光景を説明するくだりであるが、ここでの月光とは月の光なのだろうか?

 私は毎朝、男子・女子・婦人部の各部長から集会の報告を聞いておりますが・・・

毎朝は凄い。わたくしの勝手な想像ではせいぜい週に二回くらいだと思っていた。

以上が九月十二日の会長講演である。

 また世界八十ヶ国が食糧等の輸出制限措置を取ったことで、自給率の低い日本の食糧危機も間近となり・・・

関西方面統括の副総男子部長がご覧のように発言している。八月度総幹部会の会長講演を踏まえての発言であるが、具体的にはいつ頃、危機が訪れるのだろうか?

 寄生虫 破折論文
またも逃避を図る大草一党の退路を断つ
「慧妙」での反論を断念した大草一党
 大草よ、逃げずに問いに回答せよ


法務部次長・教学委員の菅原克仁氏が丸々一ページを使って書いている。しかしながら面倒臭くて読んでいられない。これがわたくしの感想である。

たぶん前にも同様のことを書いたと思うが、やはり今の時代は紙上法論ではなくビデオ法論を行なうべきだろう。そのほうが話が早い。逆に言うと、お互いに怖くてやりたくないのだ。もし万一にも負ければ、その決定的な瞬間が映像として残ってしまうからである。この点、今の段階ではどっちもどっちだろう。

 私自身、亡き義父から、当時、義父もこの僧侶の姿に違和感を懐いていたこと・・・

登壇者の姓名を見て、すぐに思い出した。この婦人部板橋支区総班長(首都圏)の義父こそが、昨日の拙稿に出てくる常住御本尊を返納した人物である。しかし、具体的には寺院ないし本山に返納したのか、顕正会本部に納めたのか、そこがわからない。もし後者だとすると、本部ではそれをどのように扱っているのだろうか?

婦人部杉並支区総班副長(首都圏)の記事は個人情報に類する話題ながらも少し書いておきたい。

当該記事は長女ないし次女が五女の臨終について語っている。亡くなったのは六人姉弟の末っ子らしい。班長だった。ちなみに三女は第一婦人部幹事であり、姉弟の中ではいちばんの出世頭かもしれない。四女は未活動とのことだ。

・・・三人の妹で本当に幸せです

ここが疑問である。六人の内訳は一人が男子なのだろう。残りは女子である。ならば四人の妹、もしくは男子を含めて五人の妹と書かれるはずである。そこで考えられるのは、姉弟の中ですでに二名が亡くなっているか、疎遠になっていることである。

だからどうした、というわけではない。

今や顕正新聞編集部は惰性的に記事を掲載しているだけなのだろうが、読者の中にはけっこう深くまで読み込んでいる人もいるという話である。それはアゲアシを取るためではない。文章を読む姿勢として、わたくしにとっては普通のことなのである。

 私は昭和六十年、浅井先生のご自宅において入信させて頂きました。

女子部第五十六区総班副長(岩手)の発言はけっこうな驚きである。わたくし自身は最初の本部会館に何度も足を運んでいるものの、隣接する浅井宅には一度も上がったことがない。その機会はごく一部の大幹部に限られたはずである。ところが入信勤行を浅井宅で行なった人がいる。いったいどのような事情があったのだろうか?

2020/11/13

キョウキ  
昨日の続きである。

「身延離山」の大精神と妙信講発足重なる

婦人部鳥取支区総班長(鳥取)の記事の見出しである。本文は以下の通りだ。

・・・謗法汚濁の身延の離山をご決断された大精神と重なりました。

さすがに言い過ぎだろう。今となっては独立教団路線を歩んでいるので、おそらくは違和感が薄いのだと思う。つまり、ややもすれば大石寺そのものを謗法だと言っているのに等しいことになる。日蓮正宗は謗法。だから離れたのだと。これでは創価学会と五十歩百歩だろう。

さて、次は男子部第百五十二隊支隊長(首都圏)である。

浅井先生は「試練と忍従期」の当時、数名で行われる座談会において、いつも大歓喜をみなぎらせて語っておられた・・・

母方の祖父が八十九歳で亡くなった。昭和三十年ごろの入信だそうで、ようは妙信講発足時のメンバーだった。ゆえに浅井先生ないし初代講頭先生と接触する機会も多かった。この人の弟さんも同様なのだろう。上掲は葬儀の席で弟さんが話してくれたことで、以下は浅井先生が語ったとされる内容である。

 「今は三百人の結集で精いっぱいだが、これが必ず一万人規模の結集ができるようになる。その時までみんな必ず付いて来なさい」

たぶん細かい言い回しは違うのだろう。もしこのままだとしたら驚きである。

必ず付いて来なさい

こんな言い方をしていたら誰も付いて来ない。少なくともわたくしは付いて行かないだろう。

ただし、場面だとかキャラクターだとかでそれが通用することもあり得る。

例えばスポーツの世界であれば、とりわけそれが格闘技などであれば、バカ丁寧な言い方をされても逆に戸惑ってしまう。むしろ乱暴な言い方のほうが自然である。今のはもちろん極端な例であるが、そこから類推して浅井先生が上掲のような言い方をしても、誰も違和感を覚えないこともあり得るのかもしれない。

男子部第九十三隊班長(首都圏)は、九十三歳で亡くなった母親のことを発表している。ただし、わたくしが注目したのは別の部分である。

 五十四歳で定年を迎えて退官し・・・

海上自衛隊だそうである。いやはや、こんな早くに定年とは驚きである。恩給がどのくらい貰えるのか知らないが、第二の人生をどのように過ごすのか、そこが悩ましい。

婦人部延岡支区(宮崎)の平会員が凄いことを言っている。

「細井日達書写の本尊に祈っていたらたいへんだ」と思い、すぐに本尊をお巻きいたしました。

冒頭で取り上げた記事は、ややもすれば大石寺を謗法と見なしているような印象を受けるものだったが、上掲もまったく同じである。顕正会としては顕正会なりの正義を主張しているのだろう。わたくしもそれがわからないわけではない。ただし、公平な第三者の目線からすれば、どっちもどっちだろう。逆の立場においても正義の主張はあるのだ。つまり、日蓮正宗側から見れば、顕正会はとんでもない大謗法団体なのである。

登壇者は顕正会へ入会後、熱心に折伏を実践しているらしく、五十年以上も法華講に在籍していたという九十四歳のご婦人を入会させている。

「それなら自宅の御本尊は本山に返さんといかんね」と、顕正会の正しさと浅井先生の崇高さを命で感じています。

ちなみに登壇者は地元の妙善院に日達上人の御本尊を返納している。すると上掲の意味するところがひじょうに気になってくる。なぜに本山なのかと。もしかしたら常住御本尊なのかもしれないのだ。

かなり前の話だが、拙ブログで古参会員の本尊返納について取り上げたことがある。その人物は宗門から下付された御本尊を返納して、顕正会版の本尊を安置したのだった。この時、法華講員から驚愕すべきコメントを頂戴した。いわく、それは常住の板本尊だった、それを返納して顕正会版の紙幅本尊に替えたのだとすれば狂気の沙汰である、と。

大謗法団体は決して誇張表現ではない。

どうせならば顕正会が所蔵する日蓮正宗の御本尊をぜんぶ返しちゃえばいい。初代講頭先生の名前が刻まれているであろう板御本尊も返しちゃえばいい。本部会館の御本尊もだ。

七二歳という年齢でありながらスムーズに転職できたり・・・

最後は女子部第一区班長(千葉)の記事から引用した。他にも興味深いことが書かれているのだが、割愛させていただく。やはり先ほどの五十四歳で定年は早過ぎる。何しろ七十過ぎても転職を云々する時代だからである。

2020/11/12

ニリン  
顕正新聞第1521号をざっくばらんに見て行きたい。

「忠誠の唱題」

副総男子部長の記事に出てくる新語(?)である。この可否は何とも言い難いところだが、例えば「怨嗟の唱題」よりはマシなのかもしれない。わたくしの感覚では、唱題は唱題であって、そこに余分なものは付けないほうがいいと思う。

次は総合婦人部長である。

中国・北朝鮮という修羅の大国・・・

中国は大国であるが、北朝鮮は小国である。もっとも日本だって大日本という表現が昔から使われていて、大聖人も御使用になっているくらいである。ゆえに単なる国土面積ではないと考えれば、上掲もあながち間違いではないのかもしれない。

先生お一人だけが叫ぶ資格を有される大師子吼に・・・

しかし、相変わらずである。

次は副総合婦人部長であるが、彼女はめずらしく大師子吼を使っていない。

裂帛の師子吼

それにしてもめずらしい表現である。

次は女子部第十六総部長(近畿・中国地方)の発言である。

ついに今、最終段階に至ったことを伏して拝しては・・・

口が酸っぱくなるくらい言い続けてきた。いったい最終段階へ突入したのはいつのことなのか、そこが問題である。彼女の認識では今なのだろう。ところが十年前にも言っていたし、二十年前にも言っていた。インチキにも程がある。いい加減にせよと言いたい。

ちなみに中国地方が少し気になるところで、別に地方を省略したところでさしたる問題は生じないだろう。何をこだわっておるのかと言いたい。

葬儀社の壮年 腰痛の原因は「重い遺体」

男子部第五十隊支隊長(首都圏)の記事にはご覧の見出しが付いている。これを一般人が読んでも何の違和感もない。似た話では介護職の人が腰痛になるケースだろう。これも違和感はない。

ところがである。顕正会の場合は別の意図があるわけで、そこがひじょうに悩ましいのだ。

ごく単純に相撲取りだとかプロレスラーが亡くなれば重くて当然である。逆に一般人で長い闘病の末に亡くなった場合などは身体が痩せこけてしまって軽いことが多い。しかし、さらに込み入った話をすると、最初から巨漢とわかっている場合にはそれなりの人数で遺体を運ぶことになるが、逆に小さな身体であれば少人数で遺体を運ぶことになる。ところが実際には見た目以上に重い遺体があって、そこで腰を痛めてしまうわけである。これを顕正会的には、不成仏ゆえに生前よりも遺体が重くなっているのだ、と言いたいわけなのだろう。

ただし、この辺の科学的な検証がどうなっているのかは不明であり、しょせんは漠然とした印象に過ぎないのではないかとわたくしは思う。

さて、次の女子部第二百五十六区総班長(福岡)は、八十五歳の医師の入信を伝えている。現役の医師かどうかは不明だが、ともかく発言が興味深い。

顕正会の活動は凄いな!まずは一千万人をめざさないと・・・

彼が過去の浅井発言を知ればどう思うのか、そこが気になるところである。なんだインチキだったのか、ガッカリした、と思うのが普通の感覚だろう。

92歳「私もお応えしたい」入信相次ぐ
 班長職を拝命「動ける限り、命ある限り…」


婦人部足利支区班長(群馬)が凄まじい。

 私は平成十五年、七十五歳のときに入信し・・・

彼女は九十二歳になるのだ。今までは組長だったそうで、自分でも高齢だから班長になるつもりはなかったらしい。ところがである。活動そのものが目覚ましく、次々と入信させていることもあってのことだろう、なんと九十二歳にして班長に昇格したのである。

 私は、群馬県吾妻郡高山村の五軒ほどの集落に住んでおります。

いわゆる限界集落なのだろう。

 遥拝勤行に励み、電動バイクに乗り、山の急な坂道を走っては、隣の集落へと広告文の配布に回わっております。

なるほど、電動バイクがあるから生活が成り立っているのだ。この年齢で運転できること自体、凄すぎる。

 平成二十六年には夫が、昨年には長男が亡くなりましたが・・・

旦那さんが亡くなったのは年齢相応で仕方がないとは思うものの、息子に先立たれるのはツラいことだろう。とは言え、息子さんだってすでに高齢者の仲間入りをするくらいの年齢になっていただろうから、長寿の人にはありがちな話なのかもしれない。

余計なお世話だが、この人には他に家族がいるのかどうか、少し気になるところではある。もっともこれだけ真面目に顕正会で活動していれば、同志の方々が気に掛けてもくれるだろうから、後顧の憂いはないのかもしれない。

電動バイクに話を戻して、それがどのようなものなのか具体的には不明だが、少なくとも二輪車なのだろうと思われる。そこが凄いのだ。二輪車はそれ相応の身体能力がないと乗れないはずである。四輪車よりも難しいかもしれない。それを今も乗りこなしているわけだから、凄いの一語に尽きる。

わたくしの場合は四輪だが、その年齢まで運転ができればいいなあと思う。

2020/11/7

キハダ  
顕正新聞の続きを見て行こう。

八月 画期の人事

相変わらず兼任が多い。

次は第十八男子部長(首都圏)である。

 先生は今から一一年前の二〇〇九年に発刊された佐渡御書講義録の中で・・・

 まさに先生のご指摘は寸分も違わず・・・


わたくしは当該書籍を読んでいないので確認のしようもないが、おそらくは平成十六年の諫暁書だとかさらに遡って平成九年の諫暁書と読み比べれば齟齬が見つかるだろう。

 いま世間に、嘘・変節・改ざん・隠ぺいが溢れかえる中・・・

浅井先生だって同じじゃないか、それを自分だって知っているはずじゃないか、とわたくしは言いたい。わりといつでも提示できるのは折伏理論書に見られるヘンセツである。

さて、今度は関西方面を統括する副総男子部長である。

・・・と大師子吼されました。

相変わらず好きだなあ。

第三回目の先生の最後の諫暁・・・

言い回しがややこしい。

「浄蓮寺」住職、完全に回答不能に陥る

男子部第五総部長(首都圏)は法論が得意のようで、これまでにも同様の活動報告を何度も行なっている。しかし、話を盛っている可能性もあるし、いつも似たり寄ったりの内容なので、教義のことは省略しよう。わたくしが注目したのは次のくだりである。

 寺を後にする際、「聞けば、宗門は来年八十万人にしようとしているそうだが、果たしてできるのか?」と問うと、西山は「現時点でもう八十万は超えている」と驚くべき発言をしてきました。

どっちもどっちだろう。もはや名目の人数など、当てにはならない。顕正会の二百万が好例である。

 私の折伏で入信している学生時代の同級生に、海上保安庁に勤務している者がおりますが、

上掲は第八男子部長(沖縄)の記事である。続きを少し飛ばしてご覧に入れたい。

通常は本土で勤務しているこの者も・・・

この者は・・・


尖閣諸島周辺がきな臭くなってきたという話である。ゆえに本土勤務の人も応援に駆り出されているという。

しかし、わたくしが注目したのはそこではない。

すでに賢明なる読者にはおわかりのことと思うが、「この者」という言い回しに違和感がある。顕正会員は感覚がマヒしており、このことに気がつかないのだ。

この場合、「彼」と表現するのが妥当なところではないかと思う。

さらにツッコミを入れると、彼はすでに入信しているわけである。すると同志ないし後輩ということになる。「この者」はしばしば法論などの活動報告で、相手のことをやや見下した感じで表現する時に使われている印象がある。そのように考えると、上掲はいかにも相応しくない表現である。もっとも入信とは名ばかりで実質的には退転者だからこそ、そのように呼称しているのだろう。前述の二百万がデタラメたるゆえんである。

女子部第十一総部長(南東北)はコンスタントに活躍している印象がある。

昨年四月に胃の全摘出手術となりましたが・・・

凄まじい。

先ほど、兼任が多いと書いた。その理由は中堅幹部が組織を離脱してしまい適当な後任がいないので部長クラスが兼任するパターンが想像されるわけだが、離脱の意味にも大きくは二つあるのかもしれない。わたくしが想定しているのは、早い話が退転である。しかし、病気療養のために一時的に離脱する場合もあるのだろう。その辺の比率が気になるところではある。

ともかく彼女の場合は組織に迷惑が掛からないようにと、二週間の入院予定のところを八日で退院するなど、実に立派な振る舞いである。責任感ないし使命感が半端ないのだろう。

宮城の草分けの母 美事な臨終

婦人部千葉支区班長(首都圏)の記事である。以前にも同様の記事があったが、それは彼女の息子さんが発表していたのだと思う。

御供養した土地に
 旧「仙台会館」建立


今さらであるが、御供養ないし建立が気になる。

その下段にも母親の臨終を報告する記事がある。ずいぶん若くして亡くなったようであるが、年齢は見当たらない。さらに次のページにも母親の臨終を伝える記事があって、そこには四十六歳で亡くなったことが書かれている。ちなみに上掲は八十六歳である。

本部会館を望む百日紅(サルスベリ)

この写真はよくない。サルスベリはツルツルの木肌に特徴がある。そこを写すべきだった。

2020/11/6

トコウソウ  
沖浦氏の連載そのものについて、わたくしの立場から中止を求めることはない。むしろ個人的には氏が講義を完遂するかどうかに注目しており、ここまで継続してきただけでも立派なことだと感心しているところである。

 創価の未来は盤石です。

ところでこの発言については少し疑問に思うところで、先般の大阪都構想における住民投票の裏話を聞くにつけ、いよいよ創価学会も衰退期に入ったかと感じている次第である。

具体的には、なぜに公明党が賛成に回ったかについて、橋下徹氏が暴露した話がある。

ようするに維新の会が次の衆院選で公明党と同じ選挙区に対立候補を立てると脅したらしいのである。その脅しに屈して大阪都構想に賛成した。つまり、維新側から取り引きを持ち掛けられた。大阪都構想に協力してくれたら衆院選では対立候補を立てないと。

基本、公明党は全員当選を目指している。磐石なる組織票があるので、票読みが可能なのだ。

ところがその組織票も磐石ではなくなってきた。維新のような勢いのある新興勢力に対抗馬を立てられると、負ける公算が高くなる。ましてや長年の自公政権に対する国民の不信感も少なからずあるし、かつては独自候補の擁立にこだわっていた共産党も野党統一候補の擁立に協力する姿勢を強めている。その意味でも負ける可能性が高まっているのだ。

沖浦氏は創価学会と公明党を切り離して考えているのだろうけれども、現実的にはイコールと考えるべきだし、世間の見方もそうなっている。これまで何度も指摘してきたように、創価学会も高齢化が著しいわけで、それに比して若い世代が育っていないのも事実だろう。いわゆる少子高齢化を見事に反映している。褒めて言えば、大組織ゆえに日本全体の傾向を反映しているわけなのだが、貶して言えば、おそらくは日本全体の傾向以上に少子高齢化が著しいのだろう。

おっといけない。

「日本の柱」特集号

顕正新聞第1520号を読んでいこう。まずは会長講演であるが、次の表記に注目されたい。

20年代のテンポはまことに早い。

一面の表記である。そして二面では次のごとく書かれている。

 二〇年代に入ってからのテンポはまことに速いですね。

一面は要約であり、二面が本文である。ゆえにまったく同じである必要はないのだが、それにしても早いと速いの違いが気になるところである。

 そこで、これをオンラインあるいはDVDにして大勢が視聴できるようにしたら、ソニックシティでやっていた時の何倍もの人々が視聴できるようになったとのこと・・・

ヘンなことを言っている。今までもビデオ放映という形で行なっていたのである。上掲ではあたかもソニックシティに全員を集めていたかのごとく思えてしまう。事実は次のごとくだろう。従来はビデオ放映のためにどこかしらの会場まで出掛ける必要があったが、今は自宅でも視聴することが可能になったので大幅に視聴者が増えたと。

 もし他国からの輸入がストップしたら、日本は直ちに食糧危機になるのであります。

浅井先生が前々から言っていることなので、逆に会員たちは感覚がマヒしているかもしれない。ただ、これはいよいよ現実になる可能性が高まってきたことであり、今のうちに何らかの準備をしておく必要があるかもしれない。

(旧称・聖人御難事)
(旧称・種々御振舞御書)


以前、別称と表記していたことがある。蔑称にも通じるところで、イヤな感じがした。旧称もどうかと思うところで、わたくしは日蓮正宗で用いている呼称でいいじゃないかと言いたい。

「佐渡で必ず」

根拠があるのだろうか?

氷点下二十度ぐらいまで下がったと思われる。

これはじゃっかん後退した印象がある。かつては氷点下二十度三十度と言っていたからだ。

練達強剛

この表現は初めてだろうか?

日蓮大聖人こそ「日本の柱」

国立戒壇こそ「日本の柱」


詳述はしないが、これも今までとは少し違った印象を受ける。

 そして日興上人の跡を継ぎ給うた歴代先師上人はまた、ただ御一人の「本門弘通の大導師」であられ・・・

これまた新見解だろうか?

 このような師敵対をして、どうして御本尊を書写する資格があるのか。

言い回しは異なるが、ここ十年ほどは一貫した考え方と言える。ところがである。かつては違うことを言っていたのだ。つまりは自語相違である。

 三百万こそ、広宣流布の重大な節目であります。

顕正新聞の表記そのものが太字になっている。問題は三度目の一国諫暁の時期である。上掲の少し前には次のような文言がある。

三百万の仏弟子が一結して・・・大諫暁するとき、・・・日本は動く。

余分なところを省略したが、他意はない。

ともかく浅井先生がズルいのは明言を避けていることだろう。文脈的には明らかに三百万達成の後に一国諫暁を行なうと読める。しかし、そうは言わないのである。

2020/10/31

ダイシン  
沖浦氏の連載を欠かさずに読んでいる。挫折せずに続けていることは立派であるが、やや単調な感じがして、読むのがシンドイ、というのが正直な感想である。

 この謗法の最もいけないのが、怨嫉謗法です。
 これさえ慎めるなら、私も貴方も大成功で、生きてるだけで丸儲けになります。
 でもね、阿部日顕さんのご冥福祈れますか?
 ここが大事な所です。

 『一日行房死去の事不便に候、是にて法華経の文読み進らせて南無妙法蓮華経と唱へ進らせ願くは日行を釈迦多宝十方の諸仏霊山へ迎へ取らせ給へと申し上げ候いぬ、身の所労いまだきらきらしからず候間省略せしめ候、又又申す可く候、恐恐謹言。』
 (四菩薩造立抄)

 裏切者の代表とされる日行さんが亡くなった。
 不便だと仰せです。
 お身体がお悪い中で、裏切った弟子の冥福を祈る・・・
 仏の慈悲です。
 この万分の一でも私共が見習うなら、凄い功徳が来ます。


さて、この部分であるが、まさに沖浦氏の年来の持論であり、言わんとしていることは悪くない。ようするに氏は創価学会員に対しても窘めているのだ。何しろ彼らは日顕上人を極悪人のごとくに思わされている。ゆえに上人の冥福を祈ることなど、考えもしないだろう。沖浦氏は、それではダメだ、と言っているわけである。

しかしながら上掲には不正確な部分がある。

裏切者の代表とされる日行さん・・・

わたくしはこの根拠を知らない。おそらくは次の一節が根拠になるのだろうけれども、それはそれで問題である。

なごへの尼・せう房・のと房・三位房なんどのやうに候をくびゃう、物をぼへず、よくふかく、うたがい多き者どもは・・・

それこそ退転者は無数にいた。ゆえに御書にこのような形で名前が残っている時点で、代表と言っても間違いではないのかもしれない。ところがである。詳細はまったく不明なのだ。むしろ三位房は鎌倉で人気を博していた竜象房を破折するなど、相当の活躍をしていた。その意味で大聖人が三位房の死を不憫に思い、沖浦氏引用の御文のごとく仰せられたのは、ごく自然のことである。

逆に言えば、上掲御文こそが不審きわまりないのである。ぶっちゃけ言えば、大聖人は後になって悪口を言っている、大聖人こそが怨嫉謗法を犯している、ということになりかねないのだ。沖浦氏はこの矛盾に気がついていないフシがある。

ところで、大進房と三位房はセットで語られることが多い。しかし、大進房についても不明の点があって簡単ではない。

大進房が落馬等は法華経の罰のあらわるゝか。

わたくしも顕正会の中で、熱原法難の時に落馬して死んだ、というふうに習った記憶がある。たった今、大急ぎで古い冨士を読み返したら、やはりそのように書いてあった。

ところがである。

大進房は少なくとも法難の一ヶ月以上前に亡くなっていることが確実である。いや、一年以上前かもしれない。

又大進阿闍梨の死去の事・・・

これは平成新編では弘安二年九月十五日の御書とされており、さらに八月十一日の御書には次のごとく認められている。

故大進阿闍梨の事なげかくし候へども・・・

ちなみに前掲を御書全集では弘安元年としている。法難の一年以上前と書いたのはこのためである。

今回、改めて調べてみて、わかったことがある。

案外にわかっていないことが多い。しかもである。わかっていないのに、わかったつもりになっている。そのことを創価学会の講義録を例に、説明したいと思う。

大進阿闍梨

 大進房のこと。曾谷教信の縁戚にあたる。下総(千葉県)の出身。早くから大聖人の弟子となりの門下の長老格であった。だが原因は定かではないが大聖人に敵対し、長崎次郎兵衛尉時綱等とともに暴徒を指導し大聖人門下に危害を加えたが誤って落馬し、それが原因で死んだ。


http://blog.livedoor.jp/inae_sokagakkai/archives/cat_51790.html

これはけっこう明晰な人の執筆と思われる。なぜならば熱原法難とは書いていないからだ。

次が問題である。

 なお、同じ門下だった大進阿闍梨と大進房とを同一人物とする説が古来からあるが、大進阿闍梨は弘安2年(1279)8月以前に死去していることが、弘安2年8月17日御述作の曾谷殿御返事にみえており、両人は別人であろう。

http://blog.livedoor.jp/inae_sokagakkai/archives/cat_51532.html

煩瑣になるので省略したが、こちらの講義では熱原法難のことが出てくる。しかし、今までの説明で明らかなごとく、もし大進房が法難の時に落馬して死んだとするとツジツマが合わなくなる。そこでツジツマ合わせのために、大進阿闍梨と大進房は別人であるとの説を立てているわけである。

つまり、二つの講義は執筆者が違うのだ。

はたして何百万人が真面目に講義録を読んでいるのか知らないが、ごく平均的な思考力があれば容易に気がつくはずである。あるいはこれらは過去の講義録であって、最新のものは整合性が取れているのかもしれない。その場合、どちらの説を採用しているのか、気になるところである。

わたくしの見解はすでに明らかなごとく、二つのうちでは前者を支持したいと思う。

落馬等・・・

さらに言うと、落馬ではないかもしれない。「等」があるからだ。

我々は作られたイメージに過ぎないものをあたかも真実だと思い込んでしまっている。失礼ながら沖浦氏もその一人なのだろう。いや、もちろん、わたくしも偉そうなことを言える立場ではない。逆に今回は沖浦氏のお陰で、今まで気がつかなかった点に気がつくことができたわけである。


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