2020/7/14

ヨイヨイ  
このところダイアリー氏の活躍が目覚ましい。そもそもダイアリー氏がどのような経緯で拙ブログに常駐(?)するようになったのか、わたくしはまったく記憶していないわけだが、それはともかく改めて基本的なことを書いておこう。

わたくしはかつて顕正会員だった。今も正式な脱会には至っていないが、すでに離脱してから相当の年月が経過している。具体的には平成十六年の秋以降、一度たりとも会館には行っていない。この年、顕正会は百万を達成し、一国諫暁を開始した。ところがである。これがあまりにも手応えのないことに、おそらくは浅井先生自身が落胆したのだろう。また同時に、今まで頑張ってきた活動会員たちも疑問を感じ始めたのだと思う。あれ? 今まで思い描いていたものとは違うのではあるまいか? 百万を契機に一気に加速度がついてくると、そのように信じていた人たちには、それが拍子抜けするくらいの反響のなさだった。これが浅井先生にとっては脅威だった。活動会員たちがやる気をなくしてしまえば顕正会は一気に崩壊する。そこで目先を変えたのだ。一国諫暁は文字通り、一国が相手である。それがこの年の八月に、突如として方針転換となる。なんと一国諫暁から宗門諫暁へ逆戻りしたのだ。

浅井先生の心中についてはわたくしの勝手な推測に過ぎないが、一国諫暁から宗門諫暁への逆戻りという客観的な事実は誰も否定できない。この必然性ないし必要性については何の説明もなかった。ゆえにわたくしは一国諫暁が失敗に終わったことを誤魔化すための手段だったのではないかと、そのように思わざるを得なかったのである。しかも日顕上人に対して阿部日顕という呼び捨てが始まったのもこの時からである。それ以前は阿部管長という節度のある表現で統一されていた。失礼ながら創価学会よりも遥かにマシだった。

ダイアリー氏の質問に答える意味では、わたくしは平成十一年四月まで時間を巻き戻すべきだと思っている。この時、いわゆる御相承の断絶が発表された。これが取り返しのつかない大失言で、おそらくは顕正会が迷走し出したのも、この時からなのだろう。

つまり、わたくし自身は平成十一年四月の段階で相当にヤバイと感じていて、それから数年の間にも疑問に感ずることがいくつかあり、最終的には平成十六年八月の幹部大会での会長講演をキッカケに離脱したということになる。

拙ブログの開始時期もおおむねその頃である。

そういうわけで主には顕正新聞の情報を拾っては、浅井先生の言っていることやっていることを批判したり、活動会員たちの非常識をあげつらったりと、気がつけば十五年ほど同じことを続けているわけである。

「立正安国」特集号

そこで今日も顕正新聞から話題を拾って行こう。第1511号は五月度総幹部会の記事で構成されているわけだが、ご覧のような名称が付されている。今回、浅井先生は六月と七月の二ヶ月で二万人の折伏をやろうと号令を掛けた。特に七月は立正安国論の月ということで、会長講演では安国論に相当に紙数を割き、結果として上掲のごとく謳ったわけなのだろう。

会長講演の前に一面に載る人事について書こう。相変わらず兼任が多い。

一例を挙げれば、男子部第七総部長は今回の人事で第四十男子部長兼第二隊長に任命されたそうである。もはやわけがわからない。

 このときの大疫病は、恐らく今の新型コロナウィルスのようなものと思われる・・・

さて、会長講演である。ヤブカラボウの引用で恐縮であるが、なぜそのように言えるのかが問題である。

 二〇年代に突入するや、突如、新型コロナウィルスが発生したのも、まさに諸天の働きですね。諸天の中でも「大日天子」すなわち太陽の働きによるものと、私は思っております。

根拠は何だろうか?

 まもなく新型コロナの第二波・第三波が引き金となって、世界大恐慌がこれから始まる。

当該講演は五月二十二日に行なわれたものである。ちょうど緊急事態宣言が解除になる直前であり、その意味では第二波・第三波の記述は先見の明があることになるだろう。この後、感染者数は減少傾向を続け、このまま終息に向かうと思われたが、ご存知のごとく、今月に入ってからは再び増加傾向に転じているのだ。

 この感染力の強大なることただ驚異です。

確かに通常のカゼやインフルエンザは冬場にピークを迎え、逆に夏場は減少するものである。これは誰もが経験的に知っていることであるが、コロナの場合はそれがまったく当てはまらない。ともかく現状の拡大傾向が第二波だとすると、これがいつまで続くか、そしてどれくらい拡大するか、予断を許さない状況と言えるだろう。

ただ、細かいことを言うと、世界大恐慌の引き金を云々する意味では、第二波・第三波はじゃっかん事実誤認の気味が感じられなくもないところである。

定義がいろいろあって、日本の場合は今が第二波かもしれないという話なのであって、世界的にはぜんぜん違うのである。ようするに世界全体で見ればまさに今が第一波の途上なのであって、その終息すらまったく見えていない状況なのだ。つまり、この状態が続けば間違いなく大恐慌に突入すると見るべきであり、すでに今現在だけでも相当のダメージであり、もはや第二波を待つ必要すらないとも言えるだろう。

失礼ながら浅井先生も凡夫である。

先ほども書いたように当該講演は五月二十二日である。国内においては自粛が功を奏したものか、当時はかなり落ち着いた状況だったので、浅井先生はその雰囲気のまま発言してしまったわけなのだろう。

 もし五年・六年と流罪が長引いたら、大聖人様の御化導に差し障りが生ずる。

これは何を根拠に言っているのだろうか?

わたくしが知りたいのは、これが浅井先生独自の見解なのか、それとも他に同様のことを言っている人がいるのか、である。

 いよいよ二〇年代こそ、広宣流布の決戦場であります。

これはもう、浅井先生独自の見解であり、他に誰も言っていないことである。

しかし、今すぐにダメというわけではないにしても、かなりアヤシイ発言になりつつあるのは事実だろう。

ご存知のごとく、今年はまさに二十年代の第一年目に相当する。浅井先生は上掲の発言を数年前から続けてきた。昨年まではまったく問題なかった。文章としては、である。ところが今年は二十年代に突入してしまったわけである。ごく単純に、昨年までと同じことを言っていたらおかしいだろう。

ただ先ほども書いたように、今すぐにダメというわけではない。

いよいよ二十年代こそ・・・

言語感覚として、これがいつまで通用するかである。例えば、いよいよ本年こそ、というフレーズがいつまで使えるかが問題である。わたくしの感覚では三月末くらいだろうか、あるいは年度初めの四月いっぱいをギリギリセーフとするべきか、という感じになる。それが九月だとか十月あたりになっても同じことを言っていたら相当におかしいだろう。

すでに過去の発言との整合性からすると、浅井先生の言っていることはおかしなことばかりなのだが、ここで問題にしているのは別の話である。つまり、単独で読んでもおかしな感じのする文章だとすると、もはやオシマイだとわたくしは言いたいのである。日本語能力が著しく欠如していることになるからだ。それではごく普通の常識人には通用しない。誰も入信しない。

いわゆる浅井先生のご見識を持ち上げたいのであれば、こうした文章の基本的なところから見直さないとダメだろう。

2020/7/11

シュイ  
類は友を呼ぶ、とはよく言ったものだと思う。まさに拙ブログに集っている面々がそれなのだ。わたくしは面倒臭い時は受け流すようにしているわけだが、今朝のコメントを拝見していると、なかなかそれでは気が済まない人もいるようである。しかもわたくしのそうした態度にも問題があるかのごとく書いているので、仕方がないから今日はこの話題をとことん書くことにする。

まず、面白いものをご覧に入れたい。

https://blog.goo.ne.jp/localfor/e/2a85101d68caeca34063548b26a824bc

たぶん拙ブログの愛読者ならばご存知だろう。問題はリンク先のコメント欄である。普通は本文に対する感想などを述べるものだと思う。ところが先方のコメント欄は本文とはまったく別の話題で盛り上がっている。事情を知らない人が読むと意味不明であるが、実は拙ブログのことを云々しているのである。

しかもである。

https://9207.teacup.com/wakataka/bbs/9307

これが驚きだった。今現在、リンク先の掲示板は閑古鳥が鳴いている。そんなところでコソコソと書いていても誰も読まないだろう。

わたくしは独白を看板にしていることもあって、他のブログや掲示板などはほとんどチェックしていない。しかし、ごく少数ながらもチェックしているところがある。ここで一つだけ紹介しておくと、旧名ユタ氏のブログである。実は失礼ながら彼の小説はほとんど読んでいない。主に読んでいるのはコメント欄である。つい先日書いたように、拙ブログのコメント欄はごく限られた少数の人しかコメントしない。実はユタ氏のブログも似たり寄ったりであり、投稿者はほとんど決まった人たちである。しかもコメントの内容は本文とは関係がない場合がほとんどで、そのうちの何割かは拙ブログの話題なのだ。変わった人たちである。

以上、拙ブログには変わった人たちが集まっているわけだが、拙ブログの周辺にも変わった人たちが集まっているようである。

さて、話を進めよう。

類は友を呼ぶの言葉通り、変わり者が集まっている。これは誰も否定できない事実だろう。では、その中心者は誰なのか、そこが問題である。当然、拙ブログに集まっているわけだから、拙者すなわちわたくしが中心なのだと考えられる。いや、そうではなく、沖浦氏が中心である。これも有力な説だと思う。

しかし、わたくしはどちらも違うと思っている。

例えば浅井先生のところには数千人ないし数万人の人たちが集まっている。しかし、類は友を呼ぶとは言わないだろう。カリスマ的な存在のところに集まってくる場合、そのカリスマは文字通り別格であり、類ではないのだ。もちろん友でもない。

話を戻して、拙ブログに集まっている人たちの中心は誰かと問われれば、わたくしは誰でもないと思っている。中心者など存在しないのだ。逆に言うと、全員が中心者なのである。

友だち関係を想像すればいい。

もちろん友だち関係であってもそこにリーダー的な存在がいる場合もある。ただ多くは全員がフィフティーフィフティーの関係にあって、あまり窮屈な思いをしない、緩い結びつきなのではないかと思う。

ここからは実生活の一端をさらけ出すことになるわけだが、わたくしにはそうしたコミュニティがない。言葉を換えれば友人がほとんどいない。これはウソイツワリのない事実なのである。そしてご存知のごとく、顕正会というコミュニティからも離脱してしまった。普通の人の場合、顕正会があまりにも特殊なコミュニティゆえに馴染めなかったというケースが多いのだろうけれども、わたくしの場合はまったく異なる。何しろ顕正会を離脱してからどこにも所属していないからである。無所属を標榜しているのもそのためである。

いわば社会不適応者なのだ。

大沢氏はこれを早くから見抜いていたわけなのだろう。氏は沖浦氏に対しても社会的不適応を指摘しているわけだが、実はわたくしの見立てでは沖浦氏は遥かにマシなのである。その比較対象はわたくしである。つまり、わたくしのほうが遥かに重症なのだ。これがわたくし自身の自己診断である。

話が脱線したかもしれない。

実生活では友だちがいない。どこにも所属するコミュニティがない。コメント投稿者の皆さんがそうだとは思わないが、少なくとも現時点でそこそこ居心地の良いウェブ上のコミュニティ、それが巌虎独白のコメント欄なのだろう。だから一日に数本、場合によっては十本以上もコメントを投稿するのだと考えられる。こういうことを書くと、だったらもう投稿しねえよ、というふうに離れていく人もいるかもしれない。わたくしはそれを承知しつつも、そうなったらそれで構わないと思っているし、事実としてそのような意味のことを何度も書いてきたわけである。つまり、今も投稿し続けている人は、すべてそれらのことを納得した上で投稿しているわけなのだ。

さて、そこで具体的な議論に入ると、沖浦氏のシュイ問題は氏の限界を示しているのだと思う。

簡単な話だ。御書はキッチリと引用するクセに、なぜに歴代会長の言葉はシュイなのか、ということを考えればいいのである。負け嫌いの沖浦氏はそれなりに御書を勉強してきたのだろう。ゆえに御書の引用頻度が高い。ただし、本人も認めているように、それはネット御書からのコピペなのだ。もちろんそれをダメだとは言わない。しかし、じゃっかんは手抜きの気味がある。
なぜならばわたくし自身はほぼすべて自分で打ち込んでいるからである。これはかなり前に下野正信氏が言っていたことを踏襲したのである。氏はなるべくコピペを使わず自分で打ち込むようにしていると語っていたのだ。ゆえに沖浦氏のそれは手抜きに思えるのである。
さて問題は歴代会長の言葉である。おそらくはデータ化されたものが存在しないのだろう。なぜ存在しないのか、一つには膨大過ぎてデータ化できないからであり、しょせん会長の言葉などは価値がないと創価学会首脳は思っているのが二つ目の理由であり、それに付随して宗門から矛盾を突かれるのがイヤだから、というようなことだと思われる。
確か池田会長全集というものがあって、通巻で百巻以上あった。今調べたら百五十巻あるらしい。もし沖浦氏が本気を出せば全巻通読することも可能なのだろうが、たぶんやらないだろう。あるいはやれないのかもしれない。

つまり、これが沖浦氏の限界なのだ。

理由は上述の中にある。御書で手抜きが身に付いてしまっているので、やりたくても無理なのだ。また、首脳部の本音と同様であって、しょせんは大して価値のあるものではないと沖浦氏も思っているのかもしれない。なおさらモチベーションが上がらないわけだ。

ともかく沖浦氏に対してはツッコミどころが満載なので、キリがないのである。ゆえにわたくしはある程度のところで終わりにして、次の話題に取り組むようにしているわけである。

以上、これで今現在のコメント投稿者たちが一斉にいなくなれば、それはそれでキレイサッパリして気持ちいいのだが、なかなか現実にはそうはならないようである。

2020/7/9

ケツジョウ  
ダイアリー氏に申し上げます。沖浦氏の件は決して容認ないし放置してきたわけではなく、再三再四にわたって注意勧告をしてきたという事実があります。

https://white.ap.teacup.com/ganko/2747.html

これが一例でして、ようするに言っても聞かないのです。早い話が沖浦氏はどうしようもないクソジジイなのですね。

ただ前回の拙稿で指摘した純円と順縁の例を見ればわかるように、沖浦氏は多少なりとも己の間違いを自覚しているわけですから、まったく理解力がないわけではないのです。その意味ではこちらが粘り強く説き伏せていくしかないのだと思います。もしそれが面倒臭いと思われるのであれば、議論に加わらなければいいだけの話です。実際、拙ブログのコメント欄はほぼ特定の決まった人たちしかおりませんので、ヘンなことを言うようですが、現時点で投稿している人たちはよほどの変わり者なのですね。

かく言うわたくし自身がいちばんの変人でして、だからこそ十年以上にわたってこのようなブログを継続することができたのだと思っております。個人ブログは続かない人が多いですからね。まあ、こんなところでご納得いただければ幸いです。

さて、顕正新聞の続きである。

 今や全世界を的とする総罰により・・・

婦人部第一総部長(東北)はご覧のごとく言うわけだが、ずいぶん迷惑な話である。大聖人に背き続けた結果としての総罰ならば、まずは日本がその中心とならなければおかしいだろう。この点を顕正会員たちはわかっているのだろうか?

女子部第十一区長(首都圏)は偉い。簡単に言うと、大聖人は大師子吼、浅井先生は師子吼、と区別している。最近は女子部がいちばんマトモである。

一天四海の広宣流布

男子部第百五十四隊長(近畿)の記事に驚いた。なぜならば一天四海は日蓮系全般で昔から使われてきた用語と思われるが、わたくしの記憶が正しければ顕正会の中ではまったく聞いたことがなかったからである。意味的には一閻浮提とほぼ同義なのだろうか? いずれにしても一般人には馴染みのない言葉であり、創価学会が好む世界広布みたいな表現のほうがわかりやすいのかもしれない。

「これこそウィルスによる中国の侵略ではないか!」

婦人部第十総部長(首都圏)の発言である。詳細に調べたわけではないが、ネット上には武漢風邪だとか武漢肺炎みたいな表現があって、わたくしの漠然とした印象では右翼系の人たちが好んで使っているような気がしてならない。しかし、前にも書いたはずだが、世界的に見るとアジア圏は感染者ないし死亡者が極端に少ないのである。ゆえにもし仮に発生源が中国武漢だとしても、日本はさほど侵略されなかったことになるわけで、むしろ欧米諸国のほうがベラボウにダメージが大きいのである。この点、顕正会員たちは認識が甘いようであるが、いかがだろうか?

ゴルフ場勤務で池田大作の傲慢見た!

婦人部高崎支区組長(群馬)の記事である。実はこれ、三月十六日の拙稿に出てくる話なのだ。あの時は支区部長の登壇記事だった。今回は本人が登壇している。

 私は東京のゴルフ場でキャディをしていたときに池田大作に付いたことがありましたが、何をしている人か知りませんでした。

ようするにずっと後になって顕正会に入って、そこで池田大作氏のことを知ったわけである。あの時のあの人物だと。しかし、ゴルフ場ではそれこそたくさんのお客さんを相手にしているわけだから、そんな昔の客のことを記憶しているのはおかしな話である。いや、逆に記憶に残るくらい物凄くイヤな客だったということなのだろうか?

それはともかく、わたくしは次のくだりがわからなかった。

 また、一人でプレーするお客さんはおカネになりません。

意味不明である。この部分はむしろ消してしまったほうがよかったのではないかと思う。

それからこれは誰に求めるわけでもないが、池田氏がそのゴルフ場に通っていた頻度がどれくらいか、ご存知の人がいれば教えていただきたいと思う。なぜならば浅井先生は人嫌いなのかどうか知らないが、ほとんど外部との交流がない。ところが池田氏は世界中の有名人と交流がある。実際に世界中を旅して、世界の識者たちと会っているし、当然ながら世界中の創価学会員と会ったりもしている。国内はいわずもがなである。つまり、池田氏がそう頻繁にゴルフ場に通っていたとは思えないのである。

 すると班員から突然電話があり、対象者がすでに決定しているとのことで、すぐさま入信勤行の運びとなりました。

最後は婦人部君津支区班長(千葉)の記事である。メインは夫の臨終についてなのだが、それは省略させていただく。たぶん上掲は顕正会関係者しか意味のわからない文章だと思う。

対象者がすでに決定・・・

対象者はタイショウシャだろう。決定はケツジョウと読むのだと思う。

ようするに班員が誰かを折伏したわけである。その相手を対象者と呼ぶのだ。そして決定だが、ようは折伏を受けた対象者が入信の意思を固めることをケツジョウと表現するのである。

顕正会特有の表現をどのように考えるべきなのか、ひじょうに難しいところである。もはや内部の人たちは感覚がマヒしてしまってわからないわけだが、わたくしはわりと敏感である。つまり、これら顕正会用語は、一般の人たちには単に意味不明なだけではなく、顕正会という宗教団体が物凄く異常に思えてしまう可能性を秘めているのだ。この点の自覚も必要だろう。

2020/7/8

アクウン  
今日は顕正新聞第1510号を読んでいくが、その前に沖浦氏のコメントで気になった点があるので触れておこう。

 少し御書を引用します。

 『在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり。』
 (如来滅後五五百歳始観心本尊抄)

 末法の始めとは現代の事です。
 純縁(順縁)なのです。


純円と順縁を混同しているのではあるまいか?

ましてや純縁などという世間でも使わない言葉を間に挟んで、いったい何を考えているのだろうかと思う。言いたいことは他にもあるが、ともかく純円=順縁の根拠を明示すべきだろう。それができなければ沖浦氏の所論はデタラメであることが確定する。

顕正会本部 東側道路沿いに正門開設
 第三青年会館も本部棟の東に建つ


さて、これが顕正新聞当該号のトップ記事である。完成予想図がデカデカと掲げられているが、実に壮観である。

 今回、産業道路側に東正門が新設されるが、その広々としたスペースには「富士大石寺顕正会本部」と大書された大標識タワーが聳え立ち・・・

とは言え、ご覧の文章を読むと思い半ばに過ぎるものがある。

たぶん過去の拙稿にもいろいろと書かれているはずであるが、今は記憶のままに書くことにする。もともと顕正会の本部は都内にあった。最初は文京区の音羽である。残念ながらわたくしはその時代を知らない。次に板橋区のときわ台に移った。たぶん音羽時代は単に本部と呼んでいたはずで、ようは浅井先生の自宅が拠点になっていた。ときわ台に移転した時、初めて本部会館が建った。しかし、その建物はもう存在しない。
最初の本部会館は今となっては驚くほど小さな建物だった。もしかしたら全国に建っている地方会館よりも小規模だったかもしれない。当然、顕正会が大きくなるにつれて新たな本部会館が求められた。そこで建てられたのが現在の東京会館である。
問題はここからである。今でこそ東京会館と呼称しているが、そこが顕正会の本部だったわけであり、もちろん組織が大きくなるにつれて手狭になってきたのは事実ではあるものの、そこからなぜに現在地に移転したのかがナゾなのである。これについては諸説があるようだが、わたくし自身はまったくわからない。
ともかくである。現在の本部会館は幹線道路から引っ込んだところにあって、決して好立地とは思えなかった。そして当時、幹線道路沿いには空きの物件があった。それを顕正会が借り受けた。いわゆる最初の青年会館である。しばらくして顕正会は大標識タワーを建てた。
ところがオーナーと何らかのトラブルがあったのだろう。賃貸契約が途中で破棄されることになった。賃貸の場合、契約終了の時には原状回復が必要となる。必然的に大標識タワーも撤去することとなった。

じゃっかん補足したい。

青年会館開設と同時に大標識タワーが建てられたわけではない。数年後、顕正会は百万を達成した。その記念として建てられたわけである。それが先ほども書いたように契約終了と同時に撤去を余儀なくされたわけである。

この間、足掛け二十年の歳月が流れている。

当然、例の空き物件は老朽化が著しかったのだろう。他に借り手もいなかったものか、上物は取り壊された。そして土地が売りに出されたのだと思われる。
わたくしはもう何年も現地に行っていないので様子はわからないが、おそらく周辺は顕正会村の様相を呈しているものと想像される。すると買い手はなかなか見つからないだろう。そんな土地を買う物好きはなかなかいない。必然的に顕正会が買い取ることになった。
いや、もちろん最初のオーナーと顕正会の関係は険悪だったはずなので、直接の取り引きではないのかもしれない。ようは別の誰かが買って顕正会へ転売するという形だったのかもしれない。すべて推測である。

いかにも黒歴史の雰囲気が濃厚な話ではある。

黒川検事長失脚と検察庁法改正断念に見る政権の末期症状

一面下段には法務部長が細かい字でびっしりと記事を書いている。具体的なフォントサイズはわからないが、顕正新聞掲載の通常の記事よりも小さいのは間違いない。この狙いは何だろうか?

ただでさえ活字が多い。それが顕正新聞である。読書好きの人には苦ではないにしても、それ以外の人たちには苦痛である。わたくしの実感では活動会員たちにしてもぜんぶの記事を隈なく読んでいる人は少ないと思う。ましてや似たり寄ったりの文章が並んでいるものだから、普通の感覚であれば読んでいてウンザリするはずなのである。

 予想を超えた世論の反発と支持率急落に怯えた結果であろう・・・

それはともかく本題に入ると、なぜに法案の成立を断念したのかについて、法務部長はご覧のように書いている。たぶん彼も承知しているはずであるが、断念にはもう一つの理由があるのだ。

賭けマージャン問題発覚
      突然の失脚


厳密には、断念が五月十八日、問題発覚が五月二十日、ということで時系列的にはツジツマが合わない。弁護士ゆえにそこを気にしたのか、あるいは文脈的に煩瑣になるので省略したのか、その辺は本人に聞いてみないとわからないが、週刊誌の発売日以前に記事の内容をつかむことくらい、政権中枢の人たちならば容易だろうと想像されるのだ。現政権は世論の反発などどこ吹く風であって、今までどれだけゴリ押しを行なってきたかを考えれば、今回だって例外ではないはずである。ゆえになぜに断念したかを考えれば、単なる世論の反発や支持率低下だけでなく、そこに文春砲が加わることによるトリプルパンチが強烈であると悟って、先手を打ったのだろうと思われるのだ。

いざという時に難を逃れる悪運の強さがあった・・・

法務部長は安倍政権がなかなか倒れない理由について、ご覧のように書いている。なるほど、そうなのかもしれない。ある意味、前述はその片鱗をあらわしているのだろうとも思われるわけだ。

 何より、ここに来て、これまで数々の難を逃れてきた安倍政権の悪運が尽きてきた感がある。

問題はここである。常識的には来年の秋には総裁の任期が終わって、そこで禅譲なり何なりして役目を終わるのだろう。いろいろあったものの、超長期政権として歴史に刻まれるのは間違いない。

ところがである。このところ今秋の解散総選挙がささやかれていて、もしそうなると話が複雑になる。

安倍政権がかなり弱体化しているのも事実であるが、同時に野党勢力も相当にアヤシゲな状態なのである。それが今回の都知事選に如実にあらわれている。何しろ野党が一致結束できず、現職が圧倒的な票数で再選してしまったからである。はたしてこれがそのまま国政に反映されるのかどうかはわからないが、ともかく今の状態で総選挙をやったらまたも自公政権が勝ってしまう可能性が少なくないのである。すると安倍首相の不敗神話がよりいっそう強固なものとなり、ヘタすると今後もずっと安倍政権が続くかもしれないのだ。もはや独裁である。

さらに言うと、小池都知事も実は国政復帰を画策している、なぜならば女性初の総理大臣を狙っているからだ、という話がある。わたくし自身は懐疑的だが、そういう話も現実に取り沙汰されているのである。

政界はまさに一寸先は闇の世界である。

今日は筆が滑ったかもしれない。

2020/7/6

リリク  
このところ教義の話題ばかりを書いてきたので、そろそろ顕正新聞の話題に戻りたいと思う。沖浦氏には不満かもしれないが、いずれまた書く機会もあるだろうから、それまでお待ちいただきたい。

ところで地区部長さんの話であるが、これはダイアリー氏の指摘がきわめて常識的であり、むしろ沖浦氏は己の軽卒を反省すべきである。

沖浦氏は実名で正々堂々と論陣を張って来た。この点は立派である。何しろ他の多くの創価学会員は匿名でしか書き込みをしない。そうした匿名の創価学会員たちが沖浦氏を攻撃してきたのも事実であり、たとえその原因が沖浦氏側にあったとしても、匿名と実名の戦いであれば実名の沖浦氏に幾分かは肩入れしたいという気持ちがわたくしにはあった。しかし、また同時に、言論の世界は言っていることが正しいか間違っているかが重要なのであって、沖浦氏がデタラメなことを言ってきたのも事実であり、この点はわたくしも厳しく追及してきたつもりである。

話が脱線してしまったようである。

ようするに地区部長さんは拙ブログにおいては匿名側の人間であって、いわば他の多くの創価学会員と同じ立場なのである。ここに沖浦氏の失策がある。沖浦氏はもともと実名であり何の差し障りもなく言いたいことが言える。しかし、地区部長さんは違うだろう。その立場を慮るならば、書いてはいけなかったのである。

おそらくはああ言えばこう言うで、何かしらの反論を言ってくるかもしれない。それはそれで結構である。なぜならば拙ブログは投稿制限を設けていないからである。しかし、その意味を拡大すれば、地区部長さん自らが拙ブログに投稿することも可能なのである。

いずれにしても、沖浦氏が自分自身のことを書くのは勝手であり、誰も文句は言えない。しかし、他人のことを書く場合にはそれがどのような作用を生むか、よく考えてから書くべきだろう。

さて、顕正新聞第1509号の続きである。

「新型コロナ」で医療崩壊、病院内は殺伐
  看護師が防護服の代わりに割烹着


第三十八女子部長(首都圏)の記事にはご覧の見出しがある。彼女自身は損保代理店に勤務しているそうであるが、どうやら組織の中に看護師がいるらしい。本文を確認すると、第二百八区長が都内の総合病院に勤めていると書かれている。そして見出しが示すごとく、防護服が足りずに割烹着を着ている。女子部長はそれを医療崩壊と書いている。

少し大袈裟な印象がある。

医療崩壊の定義を知っているわけではないが、わたくしのイメージでは感染者が加速度的に増えてしまって病床が足りなくなる状態を意味するのだと思う。離島であるとか過疎地においては急病人への対応が大変である。それこそヘリコプターを使って搬送することもある。ところが都内であれば救急車でわりとすぐに病院に運んでもらえる。実際にはコロナの問題が大きくなってからは受け入れ拒否=たらい回しのようなことが頻発していたらしいのだが、全体の病床数自体は余裕があったという。ようは院内感染の恐怖から、受け入れを渋る病院が少なくなかったのだろう。実際、院内感染が深刻な病院もあった。

先週あたりは都内で百人単位の新規感染者が続いた。いよいよ第二波が襲ってきたとの見方もあるわけだが、病床数には余裕がある感じである。現状、重症化する人が少ないことが幸いしているのだろう。

 先生は曽て
 「時が来れば、入信を願い出る人が会館に列をなしてやって来る」
 と仰せになりましたが・・・


婦人部千葉支区班長(千葉)はかつての浅井発言を紹介している。しかし、これが何年何月のどのような集会での発言なのか、そこは不明である。ゆえにわたくしの記憶をそのまま書いておこう。

浅井先生が言っていたのかどうか定かではないが、かつては幹部たちが口を揃えて上掲のようなことを言っていたのだ。時期的には百万以前だったろう。当時、よく使われていた譬えは、飛行機の離陸である。離陸の時にいちばんエネルギーを使うのだと。ゆえに百万までが大変なのであって、百万以後はラクチンであると。勝手にどんどん入信してくると。そして巨大地震だとか経済崩壊が起きれば、顕正会の言っていた通りになって来たことに皆が気づいて、会館には入信勤行の行列ができるようになるのだと、幹部たちは言っていたのだ。

しかし、現時点ではまったくその通りにはなっていない。

ちなみに今の顕正会では三百万が一つの合言葉になっている。わたくしから見れば騙されているに等しいだろう。なぜならば百万達成に向かう当時の顕正会と同じだからである。そして実際に起こったことは、百万達成を経験した当時の顕正会員の一定数が離脱してしまったという事実である。

あれ? おかしいぞ? 今まで言っていたことと違うのではないか?

ようはいつまで経っても楽にならなかった、活動会員たちはノルマに追われる日々から解放されず、その後もずっと使役し続けられているのである。

 その日は雪が降っていましたが、臨終からしばらく時間が経っていたにもかかわらず、救急隊員が「体温が三八度ある。電気毛布をかけていましたか?」と驚いて聞いてくるほど温かく、さらに検死の時には四〇度まで上がっており、検死医も驚いておりました。

あれ? わりと最近の記事で似たようなのがあったぞ?

男子部第百六十六隊班長(首都圏)の記事ではご覧のように父親の臨終を伝えている。気になって調べてみたら、なんと前号にもまったく同じ内容の記事が載っていたのである。それは女子部の総班長が発表しているもので、ようは夫婦なのだろう。班長の実父、総班長にとっては義父ということで、いちおうツジツマが合っているようだ。

ただ細かいことを言うと、前号の記事を読んだ時には、なかなか起きてこないので見に行ったら亡くなっていた、ということでてっきり朝の話だと思い込んでいた。しかし、今回の記事は違うのだ。朝は元気だった。ようは登壇者の実母がそれを確認しているわけである。その後、実母はどこかへ出掛けたわけなのだろう。そして帰宅したら夫が亡くなっていたという話なのだ。まあ、大した違いではないのかもしれないが、気になったのであえて書いた次第である。

女子部第百三十八区総班副長(神奈川)の記事には次のくだりがある。

 儀礼室委員が葬儀社が用意した煌びやかな椅子を丁重に断わり、「参列者と同じ椅子で」と言われた謙虚な姿勢と・・・

わたくしが思ったのは、いわゆる導師用のイスはいかにも謗法チックなので避けたのではないか、ということだ。実際、あらゆる宗派の僧侶がそのイスに座って葬儀を行なっているはずなので、顕正会的にはケガラワシイということになるのだと思う。だとすれば、いずれは顕正会専門の葬儀社みたいなものが作られるのかもしれない。いや、どうだろう、いわゆる創価学会専門の葬儀社が存在するのはそれだけ需要がある。つまり、創価学会が大きいから商売が成り立つわけである。しかし、顕正会の規模ではたぶん無理なのだろう。

2020/7/4

ダイショウソン  
前回、わたくしは沖浦氏に対して三つの問い掛けをした。本人は完璧に答えたつもりなのかもしれないが、おそらくは誰が見ても落第点だろう。

それはさておき、今度は大沢氏から間接的な宿題のようなものを出されてしまった。

沖浦さんから巌虎さん宛のコメントで、おそらく巌虎さんも言及されると思いますが、強いて一言申しあげます。

面倒臭いので言及は控えるつもりだった。

「2020/7/2 17:48
投稿者:沖浦克治

>この御書は文永8年11月です。
観心本尊抄は文永10年4月25日。
ご本尊ご図顕以前に。一大事の秘法(一大秘法)を
始めて日本で弘めたと仰せです。
ですから、曼荼羅本尊が一大秘法の当体にはなり得
ません。」

事実誤認ということだけ、申しあげておきます。
思い込みで色々言われても困りますが、御本人に自覚はないと思います。

基礎中の基礎を学んでいないことにより、数多あるネット情報の価値(正誤)も判断できず、肝心要の部分を間違えるのでは?


不勉強のわたくしには大沢氏の想定する正解がどのようなものか、さっぱりわからない。ともかく沖浦氏の書いている内容は事実誤認であり、基礎中の基礎が学べていないから正しい判断ができず、肝心要のところで間違えてしまうということらしい。

もしかしたら楊枝御本尊のことを言っているのかもしれない。

沖浦氏は得意になって時系列を云々している。しかし、それは楊枝御本尊の存在を忘失していることで破綻をきたしていることになるのだ。何しろ当該御本尊は文永八年十月九日にあらわされたものだからである。

天台・伝教は粗釈し給へども、之を弘め残せる一大事の秘法を、此の国に初めて之を弘む。日蓮豈其の人に非ずや。前相已に顕はれぬ。去ぬる正嘉の大地震は前代未聞の大瑞なり。

単純に言って、沖浦氏は「弘めた」と読んでいるが、これがすでにして間違いなのではないかと思う。むしろ、これから弘めるのだ、と読むか、今まさに弘めようとしている、と読むのが自然である。いつも言っているように、わたくしは文法がどうこうではなく、文脈的にそのように読めるのである。

さらに言っておくと、正嘉の大地震を前相であるとされている点に注目すべきだろう。

はたして沖浦氏に理解できるかどうかそこが問題だが、いちおう質問を投げ掛けておこうと思う。いわゆる時系列からすると、立宗宣言の後に正嘉の大地震が起きている。大聖人はこれを前相であると仰せられるのだ。ならば、本門の題目は一大秘法とはなり得ない。時系列的にはそのように理解する以外にないと思うのだが、いかがだろうか?

せっかくなので質問を続けよう。

 大覚世尊、仏眼を以て末法を鑑知し、此の逆・謗の二罪を対治せしめんが為に一大秘法を留め置きたまふ。

曾谷入道殿許御書に一大秘法の語が出てくる。沖浦氏の引用はこの段の後半ないし次の一段に相当するが、まずは前回の摂受折伏の議論に関連して質問しよう。上掲には逆・謗の二罪との仰せを拝することができる。しかもそれは釈尊が仏眼で鑑知したものだとされているのだ。現在は大聖人の時代から相当に下っているものの、今もなお時代区分は末法のはずである。それにもかかわらず、なぜに折伏ではなく摂受を主張するのだろうか?

但此の一大秘法を持して本処に隠居するの後・・・

沖浦氏引用の一節であるが、この直前には次のようなくだりがある。

其の所属の法は何物ぞや・・・
所謂妙法蓮華経の五字・・・


おそらく沖浦氏はこれをもって一大秘法は本門の題目であると言いたいわけなのだろう。

実は以前にも同様の議論があった。お忘れかもしれないが、その時の沖浦氏はかなり譲歩的な発言をしているのである。すなわち、一大秘法は本門の題目であると同時に本門の本尊でもある、と。

ともかく難しい議論であるから、わたくしも安易なことは書けない。

そこで次はわたくし自身も明快な答えを持ち合わせているわけではないことをお断わりした上で、沖浦氏にお聞きしたいと思う。

慧日大聖尊、仏眼を以て兼ねて之を鑑みたまふ。故に諸の大聖を捨棄し、此の四聖を召し出だして要法を伝へ、末法の弘通と定めたまふなり。

ここは既掲の一大秘法云々をやや切り口を変えて御指南あそばしているくだりである。ようは一大秘法を誰に譲るのかという問題において、四大菩薩への付嘱を格調高く表現あそばしているのだ。問題は次である。

 問うて曰く、要法の経文如何。答へて曰く、口伝を以て之を伝へん。

わたくしはこれがわからないのである。もし妙法蓮華経の五字であれば、そのように書けば済む話である。なぜそのように書かれなかったのか、そこが問題である。この点、沖浦氏の見解を伺いたいと思う。

なお、念のために言っておくが、わたくしはこれを直ちに法主直伝の口伝相承だと言いたいわけではない。むしろ雰囲気的には煩瑣になるので省略しているだけのように思える。いずれにしても簡単には書けないのだろう。つまり、単に妙法蓮華経の五字で片付く話ではないのだ。

2020/7/1

アマノジャク  
前回、大沢氏から質問が寄せられたわけだが、わたくしからの回答を期待しているとも思えないし、かつまた何を書いたところで納得してもらえるとも思えないので、この件は割愛させていただく。無難なことを言えば、これまでの拙稿、そしてこれからの拙稿をよくお読みいただくことで、何かしらの答えが見えてくるかもしれない、ということになるだろう。

さて、沖浦氏に引き続き申し上げたいことがある。

沖浦氏が各所の掲示板を出入り禁止になったことについて、あまりにもトンチンカンなことばかり言っているからだ、とわたくしは書いた。けれども本人はそう思っておらず、今意訳的にまとめれば、創価学会の公式見解よりも先行していた、それに他の創価学会員は付いてこれなかった、それで排除された、というようなことだった。しかし、それは創価学会系の掲示板についての話である。法華講員の運営する掲示板には当てはまらない。その辺の答えがまだ出ていないように思うのだが、どうだろうか?

ここでわたくしなりの推論を書いておこう。

沖浦氏は相手の言っていることを理解できない。だからトンチンカンな応答しかできない。もしくは相手の言っていることにストレートに応じると都合が悪くなるとわかっているので、わざとアマノジャクな応答をしている。常にそういう態度であるから、どこに行っても排除されてしまう。

いかがだろうか?

次は前述とほぼ同じことの繰り返しになるが、あえて書いておきたい。

沖浦氏は間違いを犯す。沖浦氏に限らず、人間誰しも間違いはある。問題はここからである。誰が見てもそれは間違いだろうという場面において、沖浦氏は自分の間違いにまったく気がつかない。だからトンチンカンな応答しかできない。もしくは間違いに気がついているけれども、それを認めてしまうと負けになるので気がつかないフリをしている。あるいはわざとアマノジャクな応答をして相手を煙に巻こうとしている。常にそういう態度なので、どこに行ってもアク禁を食らう。

いかがだろうか?

ここからは具体的な事案である。

 末代幼稚って、日興さんだけだ〜〜〜〜〜〜!!!

これについてわたくしは文証を求めた。その回答は実にトンチンカンなものだった。

しかし、もしかしたらわたくしの質問の仕方が悪かったのかもしれないので、ここで再質問したいと思う。

上掲は日蓮正宗の誰かの発言と思われる。ならばその出典を教えてほしい。ネット上であればリンクをご紹介願いたい。書籍であればその本の名前とページ数。

もし示せないとすれば、それは口頭での発言なのだろう。何かの折に法華講員が沖浦氏に向かって発言したのかもしれない。しかし、その場合はほぼ証拠能力ゼロである。よって拙ブログのコメント欄に書き込むこと自体が間違いである。なぜならばその人の個人的な見解に過ぎない可能性が高いからである。

この点について、沖浦氏の真摯な回答を期待したい。

 偽書説[編集]
身延相承は日付が9月13日になっているが、元祖化導記には9月8日に身延沢を出発したとあり13日にはすでに身延山に日蓮は居ないことになる。この日付のずれから二箇相承は偽書であるとの指摘がされている。


さて、次の事案であるが、上掲は沖浦氏がどこかから拾ってきた文章である。これについては大沢氏が一刀両断に処している。

>身延相承は日付が9月13日になっているが

なっていません。


この後、わずか数日の間にもかかわらず膨大なコメントの応酬が続くわけだが、この件に関する沖浦氏の返信はきわめてトンチンカンである。相手の言っていることを理解していないか、もしくは自分の間違いを認めたくないのでわざとアマノジャクな返答をしていることになるだろう。それ以外の可能性はまったく考えられない。

この点、沖浦氏に真摯な回答を求めたい。

 今摂受の時代と話しましたが、摂受は社会で尊敬される自分の姿を以て布教します。

これは新たな事案である。摂受か折伏かの議論は以前から繰り返されてきたわけだが、今回は上掲に続いて次の御書が引用されている点に注目したい。

 『一代の肝心は法華経法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしはいかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ。』
 (崇峻天皇御書)


つまり、沖浦氏はこれを摂受の文証として引用していることになる。ならば、わたくしからは反証として次の御書を引用しておく。

邪智・謗法の者の多き時は折伏を前とす、常不軽品のごとし。

開目抄の御指南を単純化すれば、安楽行品=摂受、常不軽品=折伏、となることは異論のないところである。ならば崇峻天皇御書における人の振舞を摂受の文証とするのは、大聖人の御認識とは違うことになるだろう。

以上、具体的には三項目の質問となるが、沖浦氏からの真摯な回答を待ちたい。

なお、拙ブログは誰も排除しないことを伝統としてきた。ゆえに沖浦氏がこの先もトンチンカンないしアマノジャクなコメントばかりを書くとしても排除されることはないわけだが、しかし、このことは逆に考えないといけない。ようするにデタラメを書けば、それが永遠に残ってしまうのである。拙ブログには並の顕正会員は誰もコメントを寄こさない。法華講員もしかりであり、創価学会員も同じである。ぜんぶ残ってしまうからだ。

ゆえにここ数日のコメント欄での応酬についても思うのである。

なぜにもっと熟考してから投稿しないのかと。

拙稿は言うほどに熟考しているわけではないが、それでも一定以上のクオリティを維持できるように努力しているのは事実である。この点、すべてのコメント投稿者に期待するのは無理にしても、せめて投稿頻度の高い人は少し頻度を落として逆に内容を濃いものにするよう努力すべきである。

2020/6/28

コウキシン  
沖浦氏にいくつか申し上げたい。

 末代幼稚って、日興さんだけだ〜〜〜〜〜〜!!!

まず、これは昨日のコメントであるが、ようするに日蓮正宗では上掲のように主張しているということなのだろう。その具体的な文証を教えていただきたい。

 『、但し人の心は時に随つて移り物の性は境に依つて改まる、譬えば猶水中の月の波に動き陳前の軍の剣に靡くがごとし』
 (立正安国論)


これも昨日のコメント群の中から抽出したわけだが、わたくしは違和感をおぼえた。このことは後述しよう。

 御書で偽書と言えるものはかなりあるとおもっていますが、現在創価学会で研究が進んでいますので、その結果を待ちます。

 二箇相承は貴方方が真筆だと証明しない限り、他宗への対破には使用できません。


これは今朝のコメントである。前にも言ったはずだが、順番が逆だと思う。創価学会では今も御書全集に二箇相承を載せている。沖浦氏の主張はそれを削除してからでないと成立しない。その意味からすると、氏のやるべきことは本部への働き掛けである。早く削除しろと。

ところがである。

実は創価学会の首脳部はもはや腐っていてやる気がないのである。具体的に言えば、信心の情熱がないのだ。いわゆる職業坊主と同じで職業幹部になってしまっている。そうなると会の運営だけが目的化してしまい、純粋な意味での信仰心を失ってしまうのだ。若い人が育たないという話もそれが一つの原因なのだろう。

陳前の軍・・・

そこで話を戻す。わたくしはこれを誤植だと思った。沖浦氏のことだから打ち間違いをしたのだろう。いや、氏は御書を自分で打ち込まずにどこかのサイトから丸々コピペしていると言っていたはずなので、ならばもともとのデータが間違っているのだろうと思い直した。

当然、確認のために御書を開いた。

わたくしが愛用している平成新編では、陣前の軍、となっていた。御書全集はどうかと思って確認してみたら、陳前の軍、だった。創価学会の公式サイトに御書のデータがあるが、それも同様だった。

御真蹟を確認したわけではないが、おそらくは陣前が正しいのだろう。

立正安国論のような最重要の御書において、このテイタラクなのである。何百万人もが拝読しているであろう御書に、誤植があっても誰も気がつかない。いや、おそらく末端の勉強熱心な創価学会員の中には気がついている人もいることだろう。しかし、本部首脳は知ってか知らずか、そのまま直さずに放置してきたわけである。つまり、先ほども指摘したように、彼らはマネージメントだけしか眼中になく、教義のことにはさして関心がないのである。現状、日蓮正宗と敵対関係にあるがゆえに、会の運営上、必要があって教義的なことには触れるものの、それは信心から起こるものではないのだろう。

現在創価学会で研究が進んでいますので・・・

以上、わたくしの感触だと、ぜんぜん研究していないし、組織的に研究機関を設けても目覚ましい研究成果は期待できないのではないか、というふうに思う次第である。

さて、いつもならば顕正新聞の話題を拾って行くわけだが、今日はせっかくなので上述の話をさらに続けようと思う。

わたくしがインターネットを利用するようになったのは今世紀に入ってからである。時期的には沖浦氏の一年遅れくらいだった。当時は掲示板の全盛時代で、あらゆる分野の話題が掲示板上で盛り上がっていた。もちろんわたくしにだって趣味がある。ゆえにそうした個人的な趣味のためにネットを利用していたし、今もそれは継続的にやっている。しかし、ネットの凄いところは直前に書いたように、まさにあらゆる分野が網羅されていることである。そこでわたくしも程なく日蓮正宗系の種々の掲示板にたどり着くことになる。

ご存知のごとく、顕正会には情報統制的な体質があって、今もなおネットは便所の落書きだから見るに値しないみたいなことが言われていたりするのである。ゆえにわたくし自身も当初はこっそり覗くような感覚だった。覗き趣味があるわけではないが、それが何となく快感でもあった。当然、覗いているだけでは満足できなくなる。自分でも書き込みをしたいという欲求が出てくる。誰もが同じだろう。

そういうわけで、実はわたくしも以前は掲示板に投稿していたのである。

たぶんその痕跡は今もどこかに残っているだろう。掲示板全盛の時代が終わって、かつては繁盛していた掲示板も閉じてしまったところが少なくないし、マレには今も残っているところがあるかもしれないが、それはネットの情報洪水に流されてしまって確認するのが難しい状況になっている。

拙ブログは独白を看板にしている。ゆえにほとんど外部との関係を断っている。実際には今も法華講員が運営しているブログのいくつかにコメントを寄せたりもしているわけだが、その頻度はきわめて低い。なぜならば法華講員たちも、その多くはそれほど投稿頻度が高くないのだ。必然的にコメントを書く機会も少なくなる道理である。

今思うことは、掲示板全盛時代に活躍していた多くの論客はその後どうしたのだろうか、ということである。

謙遜でも何でもなく、正直な感想として、当時の論客たちはレベルが高かった。わたくしよりも遥かに高い境地に到達している人たちだった。

沖浦氏には失礼と承知しつつも書くと、氏はあちこちの掲示板で出入り禁止になっていた。理由はさまざまだろうが、わたくしの知っているいくつかの掲示板では、氏の論述があまりにもトンチンカンであったために掲示板の管理人がもはや議論にならないと判断したのだろう、結果としていわゆるアク禁に処していたのだと思われる。

また、創価学会系の論客たちもレベルが高かった。

ここでも沖浦氏には失礼と承知しつつも書くわけだが、なぜか氏は創価学会系の掲示板でもアク禁になることが多かった。ちょっとした裏事情があったのだろう。創価学会員で沖浦氏を毛嫌いしている人物がいた。彼は行くところ行くところで沖浦氏をアク禁動議に掛けていた。沖浦氏は彼をアク禁大魔王と名付けた。

彼は今、何をしているのだろうか?

もちろん、顕正会系の論客もいた。その人はわたくしよりも遥かにレベルが高かった。

つまり、法華講員にしても創価学会員にしても顕正会員にしても、掲示板で活躍していた論客たちは、そのほぼ全員が消えてしまったのである。

その理由について、わたくしなりの考えを書いておこう。

彼らは知的好奇心の旺盛な人たちだった。当然、そのような人たちはいつまでも同じところに留まっていない。この場合の同じところは、場所の意味もあるけれどもレベルという意味で考えるとわかりやすいだろう。知的レベルの高い人たちは、さらに高い境地を目指してどこかへ旅立ったのだ。

もしかしたら大聖人の仏法を卒業してしまったのかもしれない。

当然、異論のあるところだと思う。今もなお熱心に信仰している立場からすれば、卒業などはあり得ない話であり、ようは退転したのだということになるはずである。わたくしとしては彼らに与するわけではなく客観的な視点から言わせてもらうわけだが、少なくとも知的好奇心旺盛な彼らは、おそらく今は別の分野で知的好奇心を燃やしているのだろう。興味関心の対象が変わったと言えば、わかりやすいのかもしれない。

幸か不幸か、わたくしは今も同じ地点にいる。よく言えばブレていない。しかし、彼らから見れば、進歩のないヤツだと思われていることだろう。

よくも悪くもここがわたくしと沖浦氏の共通項なのかもしれない。

2020/6/23

ゴハイリョ  
顕正新聞の続きを読んでいこう。

 「貴辺はすでに法華経の行者に似させ給へる」

第十八婦人部長(四国)の記事に出てくるこの引用は、間違っているのではないかと思った。ごく単純に、「給へる」ではなく「給へり」が常識的である。ところが御書を確認してみると、いちおうは上掲で合っているのだ。

・・・似させ給へる事、

これが平成新編の表記である。わたくしは常々、文法に疎いことを公言しているわけだが、説明能力はゼロであるものの、かなり古文法がわかってきたような感じである。つまり、引用範囲が不適切なのである。

さて、次は男子部第百七十四隊長(首都圏)の記事である。

 このような大聖人様の万々の御配慮の中に・・・

 そこにいま新型コロナから守らんと、浅井先生は私たち顕正会員に万々のご配慮を下さいますが・・・


ここはわたくしが過剰に反応しているだけなのかもしれない。ようするにバンバンのゴハイリョが共通している。この点が会長本仏論を想起させるのである。

ただし、次のくだりは会長本仏論を打ち消していることになりそうである。

 この上野殿の大忠誠は、広布前夜の今、浅井先生の御身にすべてが移されている・・・

ところで次の男子部第九十五隊支隊長(首都圏)の記事は顕正会本部のダメさ加減を物語っていると思う。

・・・住職の「二上」はすぐに、顕正会本部にクレームを入れたのでした。
 しかし電話口の本部職員に一蹴されるや、悔しそうな顔つきで、こんどは妻に「警察を呼べ」と指示し・・・


細かい経緯は省略しよう。ともかく顕正会の男子部幹部が越谷の能持寺に乗り込んできた。迷惑だから帰ってくれと言っても帰らない。そこで差し当たっては本部へ苦情を入れたわけである。ところが本部職員は何もしてくれなかった。ゆえに最終手段として警察を呼ぼうとしたわけである。

わたくしの思うに、本部職員の大半は自分で物事を決められないのだろう。ならば本部にいる最高責任者に電話を代わればいいはずである。あるいはその最高責任者が一蹴したのだろうか?

だとすれば、ますますダメな組織である。

どうやら近年は優秀な弁護士が二名もいるためか、理不尽な逮捕事件が起きなくなった。それはそれで結構なことだが、以前はそうした事件の時、テレビ新聞などから意見を求められても何も答えられない状況だった。どうせならば城衛あたりがテレビに出て堂々と受け答えをすればいいのにと思う。

そこで話を戻そう。

正宗僧侶が顕正会本部に電話を掛けてくるのは、飛んで火に入る夏の虫のはずなのである。まずしっかりと録音すべきだろう。そして言うのだ。うちの若いもんがご迷惑をお掛けしました。今日のところは帰らせます。つきましてはいい機会ですから、ここで顕正会本部として正式に法論を申し込みます。当然、お受けになられますよね?

いつの間にか、カエリタマエ問題が立ち消えになってしまったが、同様のことを顕正会側が仕掛けるべきなのである。もちろん捏造ではなく、堂々と行なうべきだろう。電話口での住職の右往左往ぶりが録音できれば大成功である。

以前、法華講の樋田昌志氏と顕正会男子部で法論をする話があった。

これについては実現したのかどうか、それすらわたくしは承知していないのだが、いちばん最初の面談で顕正会側の論者があまりにも非常識な態度・振る舞いだったために樋田氏が早々に退席したという話は知っている。なぜならば樋田氏がその音声を公開しているからである。それを聴けば、顕正会側の論者がいかにも常軌を逸していると、誰もが思うだろう。今回の記事に出てくる男子部幹部の一人は、実はその時の一人なのである。

ゆえに冷静沈着な人物が声を荒げることもなく相手を追い詰めていくという映像ないし音声が今は求められているのだと思う。残念ながら顕正会側からそのような発信がなされたためしはない。

医師として「新型コロナ」の脅威 眼前
 実際には公表以上の感染者がいる


男子部第七十隊組長(首都圏)は大幹部の御子息である。父親はかつて壮年部長をしていた。母親は今も婦人部の幹部である。その意味からすると組長なのがやや不審である。しかし、顕正会の大幹部は自分の本業を犠牲にして活動している人が少なくない。逆に社会的にそれなりの立場を築いている人は顕正会での地位が低い傾向にあるので、ツジツマは合っているのだろう。

さて、ここでは詳細な引用を控えるが、当該記事は四月下旬時点での医師の発言として貴重である。すでに見出しが物語っているように、この先の感染拡大を予測し、かつ憂えている。

ところが何度も指摘しているように、諸外国に比べて日本は極度に感染者が少ない。いわゆる超過死亡のデータを見れば明らかなごとく、コロナによる死亡者が過少に申告されていることは否めないものの、それは他の国も似たり寄ったりのはずである。どこの国だって都合の悪いデータは見せたくないし、誤魔化したいのが人情なのだ。つまり、どのように見積もっても日本ないしその周辺国は、欧米諸国に比べて感染者数も死亡者数も桁違いに少ないのである。

この点について、ぜひとも医師の立場としての見解をお聞きしたいものである。

2020/6/22

ビボウロク  
今朝はコメント欄が賑わっている。たまたま時間に余裕があるのか、複数名の投稿者が応酬を繰り返している。これが単独であれば、さすがに続かない。相手がいるからエキサイトするのだ。

さて、顕正新聞の続きである。

実に国民の半数が死に至った・・・

筆頭副総男子部長の発言である。大聖人御在世のことを言っているわけだが、この半数はどれほどの正確さなのか、そこが気になるところである。わたくしの感覚では、かなりアバウトな印象がある。

日本国の三分の二が病み、その半分が死に至った・・・

男子部第十一総部長(中部)の発言が興味深い。コロナの問題が始まってから御書に出てくる疫病の死者数のことが顕正会の中でも取り沙汰されているわけだが、おそらく上掲は新見解ではないかと思う。

日本国の一切衆生すでに三分が二はやみぬ。又半分は死しぬ。

弘安元年の日女御前御返事である。大雑把に表現すると日本人の六割から七割が罹患した。前半の意味は誰も間違えないだろう。問題は後半で、総部長はそのうちの半分が死んだと解釈している。おそらくこれは新見解だと思う。

では、従来はどのように解釈していたか?

わたくしの知る限りでは、ボカシていた、アイマイだった、ということになる。三分の二のさらに半分なのか、日本人全体の半分なのか、この点について浅井先生は明言していないのだ。

ようするに二通りの解釈があるわけで、全人口の半分が死んだ、全人口の三分の一が死んだ、このどちらが正しいのかがよくわからないのである。わたくし自身も現時点ではどちらとも断定できないでいる。顕正会も公式にはそうなのだろう。では、宗門やその他の見解はどうなのだろうか?

 いま想像もしなかった大恐慌の危機に、なす術をなくして当事者能力を失った安倍首相の、その暗く生気のない如是相を見るにつけ、「アベノミクスは最大のペテン」と当初から指弾され、幾度も特集号を一国に示してこられた先生の諫暁が、決戦場の時を迎えて、ペテン政権の実態を全国民の前にさらけ出した不思議を思い、先生の大見識にひれ伏すばかりであります。

第十八男子部長(首都圏)の言っていることもペテンである。拙ブログは備忘録としてなかなか優れた機能を発揮している。例えば、ロケット落とし、というキーワードで調べればよくわかるだろう。ようするに浅井先生は安倍政権がすぐにも崩壊するかのごとく言っていたのだ。それが気がつけば政権として歴代最長記録を更新してしまったわけである。逆に昨年あたりは宗門諫暁のほうに注力していて政権批判はあまりしなかった。その結果として今がある。先生がやることは裏目に出る。不思議なことだが、それが現実である。

大師子吼

またしても言っている。総合婦人部長と副総合婦人部長のコンビである。

一方、女子部の大幹部たちはこのところ大師子吼を控えている。彼女たちが救いである。当然、総合女子部長がその先頭に立っているのだろう。そもそも顕正会の折伏は女子部の存在がベラボウに大きいのだ。もしかしたらここから顕正会が正しい方向へと戻っていくことが実現するのかもしれない。

新型コロナウィルスも一度止んだように見えて再び盛んになり・・・

女子部第十四総部長(沖縄)が先生の発言を紹介しているくだりである。まさに現状がその通りなのだろう。緊急事態宣言が解除された後、爆発的感染には至らないものの、連日のように新規の感染者が出ている。また、地球規模で見れば、感染の拡大傾向が止めどもなく続いている。深刻であることは間違いないだろう。


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