2019/5/23

ツグム  
コメント欄が賑やかである。新しい参加者もいて、かつまたその人たちの主張がひじょうに説得力を有するためなのだろう、何となく新たな展開が始まったようにも感じられるところである。

ここでのお返事は省略するが、わたくしは彼らの主張を顕正会破折を専門とする法華講員に読ませたい気分である。

ようするに顕正会から宗門に移籍した人は相当数に上るものの、そうした人たちの中には今もなお顕正会の御遺命守護は正しかったと考えている人が少なくない、というふうに読み取れるのである。わたくしがいつも言っているごとく、早い話が宗門の戒壇論はデタラメであり、顕正会でそれなりに教学を学んだことのある人ならば、それが手に取るようにわかる。今回ご登場の人たちは、おおむねそのような方向性の人たちなのである。

こうした事実を、顕正会破折の専門家はよく考えるべきである。何でもかんでも正当化しようとすればするほど、彼らの心は離れていくだろう。本来は宗門の首脳が考えないといけないのだが・・・

さて、顕正新聞の続きを見ていこう。

 「貫首だって、人だから間違えることもある。間違いに気づいたから、正本堂を壊わしたではないか、学会を破門にしたではないか」

女子部第百十区長の登壇に出てくる法華講幹部のセリフである。わたくしの思うに、法華講幹部の言っていることはわりとマトモである。これに納得しない顕正会がおかしいのだ。実際、正本堂崩壊の時には不思議の還御と言って大はしゃぎしていたはずの顕正会が、まるで話を蒸し返すように過去のことにイチャモンをつけている。どうかしていると思う。

高知県末寺「円妙寺」「開教寺」の住職と対論
 御遺命も広宣流布も眼中にない無道心


婦人部愛南支区総班長の記事だ。正宗の御僧侶も苦労が絶えない。ご覧のように婦人部の総班長クラスが正宗寺院に押し掛けて行って、ああだこうだとやるわけである。女子部も男子部も同様だろう。さらにバックには教学委員が控えている。

前後を省いて恐縮だが、当該記事では次のくだりが重要である。

「それは読んだが全部ウソだ。私はその葬儀に参列した。内藤君も同級生だ」

これを開教寺の住職が発言したという。ここでの葬儀とは日達上人の葬儀のことである。顕正会では日達上人の悪臨終ということを繰り返し言っている。ゆえに住職はご覧のように言うわけである。つまり、住職は日達上人の葬儀に参列して上人の御遺体を目の当りにしているのだ。ゆえにぜんぶウソだと断言しているわけである。

それはさておき、内藤君も同級生、に注目してほしい。これは大変な証言かもしれないのだ。

まず、顕正会では日達上人の縁戚という人物を登場させ、その息子に悪臨終の目撃証言を発表させたわけである。対する宗門側は、日達上人の縁戚に内藤などという姓は存在しない、ゆえにウソの作り話である、というような反論をしたわけである。
もちろんわたくしにはどちらの言い分が正しいのか、それを判断することはできない。ゆえに常識的な範囲で、今頃になってそんな昔の話をしてどうするのか、しかも又聞きの話に過ぎないではないか、と書くのが精一杯だった。
ところがここに来て、正宗の僧侶が上掲のごとく言っているわけである。これは注目せざるを得ないだろう。

今の段階では何もわかっていないのに等しい。ただ、総班長殿は気がついていないのかもしれないが、住職に内藤君のことをもっと詳しく聞けば何かがわかるかもしれないのだ。もちろん住職側も都合が悪いと思えば口をつぐむことになるだろう。

さて、次は男子部第七十九隊支隊長の記事で、父親の臨終ついて語っている。

 「これは支払いしなくてもよろしい。信心をしっかりすれば大丈夫。何も心配することはない」

唐突な引用で恐縮だが、当然、前半は父親の半生について書かれている。両親は妙信講時代、ちょうど御遺命守護の時代に入信している。それ以前に両親は多額の借金を抱えて東京に夜逃げしてきたという経緯がある。しかし、結局は逃げ切れず、転居先にも借金の請求書が届いたらしい。それを浅井先生に相談する機会を得た。その答えが上掲である。

わたくしがとっさに思ったのは、なぜに払わなくていいと言えるのか、いったい何の資格があってそのような指示を出せるのか、ということである。ようするに、専門外の領域にクビを突っ込んで偉そうなことを言うな、とわたくしは言いたい。

まあ、しかし、当時の妙信講はアットホームな組織だった。小さな組織なので浅井先生もわりと身近な存在だったのだろう。初代講頭先生は事業家として成功しており、そうした意味からも適切なアドバイスができたのかもしれない。

今の浅井先生はひじょうに遠い存在であり、生活上のアドバイスを受けることは不可能に近い。たぶん、そうした場合は直属の先輩幹部などが何かしらのアドバイスをすることになるのだろうけれども、それがトンチンカンなものだったりすることもあり得るだろう。失礼ながら上掲のカギカッコはそうした片鱗を窺がわせる内容である。極論すると、信心すれば借金を踏み倒しても大丈夫、というふうにも読めてしまうからである。

疲れたので、今日はここまでにしておこう。

2019/5/19

シロクロ  
顕正新聞第1472号は三月度の班長会を中心とした紙面になっている。まずは総男子部長の記事から見ていこう。

 平成一六年の講習会で阿部日顕が改めて示した「国立戒壇」への怨嫉に対し、先生は平成一七年三月、阿部日顕の三大謗法を挙げて、百万顕正会の命運を賭して「公開対決申し入れ」をされましたが・・・

この問題は未だによくわからないところがある。

わたくしの見立てでは、百万達成を背景とした一国諫暁が不発に終わったことを糊塗するために、いきなり宗門攻撃に転じたのだろうと睨んでいるわけだが、ようするに宗門側でも顕正会について云々するような動きを見せていたわけであるから、浅井先生はただ単にその動きに反発しただけなのかもしれないのだ。
すると今回の二百万達成ないし明年の決戦場云々についても、わたくしは会員の意識を逸らすために宗門攻撃に転じたと見ているわけだが、何しろ今回も宗門側が顕正会ないし国立戒壇を云々する書籍を発行したという動きがある以上、同じことなのかもしれないのだ。
もしそうだとすると、むしろ宗門は顕正会を助けていることになりかねない。なぜならば御遺命守護よりも御遺命成就のほうが遥かにハードルが高くて越えられないからである。そこで顕正会は自滅することになる。理想は高いものの現実はそう甘くない。活動会員たちもそれを肌身に感じることになるのだ。
ところが宗門のほうからチョッカイを出してきた。そうなると宗門の動きは顕正会を助けていることになる。
いや、そうではなく、宗門も本気で顕正会問題に終止符を打とうとしているのかもしれない。いよいよその時がやってきたのかもしれない。

さて、どちらが本当だろうか?

宗規を改定してまでして手に入れた「終身法主」の座から逃げ出し、退座したのであります。

これも本当だろうか?

総男子部長いわく、諸天が動いた云々と。しかし、これにしても別の見方ができるはずだ。例えば、仏法は体であり世間は影であるからして、日顕上人の御振る舞いを見て皇室もそれに倣ったという解釈も成り立つのである。どうやら近現代においては天皇の生前退位ということをまったく想定していなかったようで、今回の退位も特例法で行なわれたごとくである。平成天皇上皇陛下はなぜそこまでして退位をなさ望まれたのかという視点で考えれば、世間一般の認識がどうであれ大石寺門流では猊下の退座との関係性において深く思索するべきだろう。

また、イヤミながらも顕正会においては終身会長がいつまでも後進に道を譲らず、それがややもすれば閉塞感を生んでいるようなフシもあるのだ。

さりとて、浅井先生がいなくなれば顕正会は崩壊するとの見方もあるわけで、どちらに転んでも見通しが暗いのが現実である。

総男子部長こそ、そうした厳しい現実に直面せざるを得ない立場にいることを、よく自覚すべきだろう。

宗門の悪書を粉砕、胸のすく大感動
 「本徳寺」住職がウソ認め、頭を下げる


さて、これは副総男子部長の記事に付された見出しであるが、特に下段が気になるところである。本文中には次のごとく書かれている。

 しかるに先般、宗門の謀略紙に、あたかも浅井先生が阿部日顕直属の謀略組織「妙観講」の大草との法論から逃げたように見せかける、悪質な記事が掲載されたので、去る三月十七日、その記事の情報を提供した、富山県「本徳寺」住職・久保田雄啓を糾弾してまいりました。

住職はウソを認めたそうである。しかも訂正記事の掲載まで約束したという。

まさか顕正新聞が真っ赤なウソを掲載するとは思えないので、細かい点はさておき大筋で事実なのだろう。すると問題は訂正記事である。おそらくは妙観講の機関紙に訂正記事が掲載されることになるはずだが、もしそうなれば顕正新聞にその旨の記事が出るだろう。それを期待したいものである。

宗門末寺「妙栄寺」住職も師子身中の虫
 国立戒壇を怨嫉する天魔の呪縛 痛感


副総男子部長・第四総部長の肩書きを持つ人物の登壇である。大阪にご覧の末寺があって、そこでも顕正会について云々するリーフレットを作成して配布しているそうである。記事を読むと、それは妙観講が作成したものだと住職が答えたらしい。先般の裁判で宗門末寺が敗訴した一件を登壇者が伝えたところ、それに動揺した住職が妙観講云々と答えたという流れである。

この辺は登壇者の一方的な言い分なのでそこを割り引いて読まないといけないが、次のカギカッコについてはどのように理解すべきだろうか?

 「『時』は世界広布の時、『手続き』は不明、『場所』は大石寺境内である。これが宗門の公式見解」

宗門のデタラメぶりが象徴的にあらわれているのかもしれない。住職がこのテイタラクとすると、在家信徒はまったくお話にならないレベルだろう。もちろん顕正会問題に精通している一部の人間を除いての話だ。

さて、次である。副総合婦人部長は相変わらず過激だ。

大聖人様が浅井先生に留め置かれたのが「三大秘法抄」ではないか・・・

何を言っておるものかと思う。御書は基本的に全人類が共通して拝することのできるものであって、特定の個人がどうこうという話ではあるまい。そんなことを言ったら、もともとは太田金吾殿への私信であり、誰も拝してはいけないことになるだろう。

大師子吼・・・

まだ懲りずに言っている。とんでもないことである。

十五年も前の講義録を今さら発刊すること自体・・・

前後するが、このくだりはわりとマトモなことを言っていると思う。

ただし、ある意味ではブーメラン的に顕正会にも同じことが言えてしまうのかもしれない。いわゆる正本堂問題はもうかれこれ半世紀前の出来事なのである。そう考えれば十五年前などカワイイものだろう。今さら正本堂問題を云々してどうするのかである。もしくはいつまでも正本堂問題に拘泥していてどうするのかである。

もちろん大事な問題なのでウヤムヤは許されない。そういう意味ではとことん拘泥すべきなのだろう。

であるならば、必ず白黒の決着をつけないといけないわけで、今はその機運が高まりつつあると考えるべきなのかもしれない。


五月二十三日追記:本文中の表記を一部訂正した。

2019/5/15

アルトキ  
前回の拙稿で紹介した副教学部長の登壇は、宗門僧侶の邪義を破折して、とのタイトルのもと、発表されている。紙面のレイアウトから判断するに、その隣の記事にも同一のタイトルが冠されるごとくである。

宗門末寺「寿海寺」住職・菅野蔵道が敵前逃亡!
 「教学委員」と聞くや一目散に逃げ出す


この記事の登壇者には教学委員の肩書きが付けられている。そしてすでにご覧の見出しが示すように、邪義を破折する以前の問題として、住職が寺の奥に引っ込んでしまって話にもならなかったようである。

それはそうだろう。この時には副教学部長と副総合婦人部長も同道していたのだ。メンバー的に考えると、最強の布陣と言えるかもしれない。

ちなみに副総合婦人部長は一級教学部員である。

確か教学部長も一級だったはずだが、副教学部長とくだんの教学委員は一級ではないと思う。さて、この場合はどちらが上位概念となるのだろうか?

今も教学試験があって、三級だとか四級が存在する。当然、その上には一級二級がある。ようはそれと教学委員の上下関係が不明なのである。

話は変わる。

第四十四隊長が通夜を執り行うために葬儀場に赴いたところ・・・

男子部第十二総部長の登壇に出てくる話である。わたくしは思った、いよいよ創価学会の友人葬に近づいてきたな、と。

以前は儀礼室委員がやっていた。もちろん今もそうなのだが、遠方の場合はスケジュールの都合がつかない時があるのだろう。するとご覧のように隊長クラスが通夜を執り行なったりもするのだ。一度この流れができると、なかなか後戻りができなくなる。何しろ地元の幹部だけで間に合ってしまうのだから、これほど楽な話はないのである。

竹入元公明党委員長のボディガードが入信

婦人部大宮支区総班長の登壇に出てくる話である。これはそれなりに価値のある話とは思うが、最終的には本人が登壇するようにならないとダメだろう。現状、顕正会ではその一歩手前で終わっている場合が多い。

もしくは本人が登壇してもすぐに離脱してしまう。籠池氏のご子息がそうである。今はどうしていることだろうか?

 あるとき、学会幹部から「御本尊様を取り替える」と言われ、「それはおかしい」と疑問をぶつけると、幹部が言葉を濁して逃げる姿に、不信感は頂点に達し、平成元年に学会を脱会いたしました。

これはおかしいだろう。

男子部第七十三隊組長は女子部の配布をキッカケに昨年五月に入会した。肩書きが示すように早くも男子部に移籍している点は評価できるだろう。しかし、上掲が不審である。

説明するまでもないだろう。平成元年に脱会と書いてあることからわかるように、当時は日蓮正宗の寺院で御本尊を受けていたのである。ゆえに取り替える理由が不明であるものの、そこには何の問題もないはずなのだ。
そして平成二年ないし三年に宗門と袂を分かつことになり、平成五年からだったろうか、創価学会独自で御本尊を印刷するようになった。
ゆえにその時点で御本尊の取り替え云々の話が出たのであればわからなくもない。けれども平成元年にはすでに脱会しているのである。まるで話のツジツマが合わない。

男子部第八十一隊班長の記事も疑問だ。

秋谷栄之助が
 浅井先生に言及


この登壇者は創価学会歴五十五年だが、いつだったろうか顕正会に入会してきて、すでに何度も顕正新聞に記事が掲載されている人物である。今回の登壇では、秋谷栄之助氏が副会長時代に発したとされるセリフを、カギカッコで紹介している。

 「どんなに優秀な学会の幹部が、束になって法論しても到底敵わない、凄い人物」

浅井先生のことだそうである。いかにもウソ臭い。

もちろんウソかマコトか断定するだけの材料はないのだが、わたくしの思うに次のくだりがいかにも弱々しく、説得力に欠けるのはこのためである。

 その際、秋谷が浅井先生のことに言及したことを、私の先輩幹部が聞き、それを私に伝えてきたのでした。

なんだよ、又聞きかよ、というのが結論である。以前、別の登壇者において、日達上人の御臨終に関してまったく同じ手口で語られていたことが思い出される。

ちなみにこの記事にはもう一つ看過できない問題がある。

 私は、「第六天の魔王」の力により、学会があっという間に三百万から八百万までになったのを、目の当りにしてきましたが・・・

現状、法華講の論客たちは、顕正会員が功徳の体験を云々しようものならばそれは魔の通力だと言ってはばからない。これは会員数についても言えそうである。つまり、顕正会が三百万になろうが五百万になろうがそれは第六天の魔王の力であって、しょせんは仏敵に過ぎないのであると。

上掲の三百万ないし八百万は池田氏の功績であるにしても、創価学会の急成長は戸田会長時代に始まったものである。そうした淵源を無視して、途中からの事象のみを取り上げて第六天の魔王のシワザのごとくに言ってしまうのはどうかと思う。

だったら次のようにも言えるだろう。

妙信講が潰れもせずに今日まで来れたのは、第六天の魔王の執念に他ならないと。

都合よく言おうと思えば、どうとでも言えてしまうのである。

2019/5/13

ヒトリヨガリ  
三月度総幹部会の各種登壇を見ていこう。まずは副教学部長名での登壇記事から取り上げる。

宗門末寺「専妙寺」住職を徹底糾弾
 バカげた反論の末、全く回答不能に


ご覧のような見出しがついている。バカげた反論云々はまったくその通りで、宗門側ももう少し真面目に取り組まないと、本当にダメになってしまうだろう。すでに手遅れなのかもしれないが・・・

とは言え、副教学部長の言っていることも相当におかしい。

「還俗回避は御遺命破壊に加担した証拠」と断定して法論を開始・・・

意味不明である。そもそも法論の開始前に断定してどうするのかである。こういうのを頭ごなしと呼ぶのである。

もちろん斟酌するならば、ようするに勝敗が決した後の責任の取り方を言いたいわけなのだろう。負けたら還俗するかと迫っているわけである。対して御僧侶の側はそれに答えなかった。そこで副教学部長の発した言葉が上掲という流れである。ゆえに上掲を意訳するならば、アンタたちは負けることがわかっているから答えられないんでしょ、というようなニュアンスになるのだと思う。

まあ、しあし、今は映像を通して世間に周知することが可能なのだから、顕正新聞にこうして載せることも悪くはないが、それと同時に動画サイトなどに配信すべきだろう。それこそ生のやり取りを配信すれば上掲のような意味不明の部分も明瞭になるはずなのだ。ようするに顕正会側が都合よく言っているだけの話なのか、それとも住職側の態度がまさに逃げ腰だったのか、それがハッキリするのだ。

 「細井日達が池田大作を諫めた文証がある」

顕正会のダメさ加減がよくわかる記事である。副教学部長が悪いのか、顕正新聞編集部が悪いのか、そこは定かではないが、これはおかしいだろう。

ようするに上掲は住職側の発言なのである。ならば少なくとも次のように表記されるべきだろう。

 「日達上人が池田大作を諫めた文証がある」

日蓮正宗の御僧侶が細井日達などと呼び捨てにするはずがないのである。

いずれにしてもである。続きの文章が問題である。これは大変なミスかもしれないのだ。

・・・昭和四十九年の
 「此の御本尊は、正本堂が正しく三大秘法抄に御遺命の事の戒壇に準じて建立されたことを証明する本尊也」
 との、「賞与本尊の裏書」を出してきたのです。
 私が「これのどこが池田の誑惑を砕いているのか。『準じて』とは『なぞらえる・同等』の意であり、むしろこれは御遺命破壊に加担したことの証明であろう」
 と責めると、二人は答えられず、そのバカさかげんには開いた口が塞がりませんでした。


副教学部長の名義で、しかも顕正新聞紙上で、こんなバカげたことを発表したら、もはや取り返しがつかないだろう。

二人は答えられず云々と。

これは対峙していた正宗側の御僧侶二名のことだが、むしろこの二人のほうが副教学部長のデタラメなロジックに対して、開いた口が塞がらなかったのではないかと思う。というよりも、これは常識外の詭弁であり、言っている意味を理解することも困難なゆえに、答えようがなかったのかもしれない。

これに関しては法華講員のセロリ氏が顕正会側のデタラメな論理を破折している。

https://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/16053561.html

言葉の意味には幅がある。ゆえに顕正会側の言っていることも強ち間違いとは言い切れないのだが、最終的には広く一般人を含めてどちらの説明を支持するかということになるだろう。すると結局は顕正会側の独り善がりの論理としか言えないわけであり、いわゆるゴリ押しでしかないことに気がつくのである。

ここで少し私見を交えて書かせていただくと、もし仮にこの場面でわたくしが顕正会側の論者だったとすれば、細井管長が池田会長を諫めた文証だと言いたい気持ちはわかるが相当に甘いよね、日興上人の御遺誡に基づくならば貫首としてもっと厳しく対応すべきだった、宗門側はその点の反省を含めて謙虚にならないといけないでしょう、とてもじゃないが諫めたなんて言えるレベルではないですよ、というくらいが精一杯のところだと思う。まさかこれを御遺命破壊に加担した証拠とは、さすがにそこまでは言えないはずなのだ。

また、顕正会員であっても御遺命守護の歴史をそれなりに勉強し、その上で相手の言い分を斟酌することのできる人物であれば、さすがに副教学部長の言っていることは牽強付会が過ぎるだろうと思っているはずである。

なぜならば正本堂建立以降、宗門と創価学会の関係は悪化するのである。凄まじい攻防が繰り返され、ご存知のごとく、日達上人はその心労が祟って御遷化あそばすことになる。あるいは創価学会側も無傷ではいられず、何と池田会長が辞任に追い込まれもしたのである。その辺の詳細な時系列はさておき、くだんの賞与本尊問題もこの流れの中で大きな意味を持っている。早い話、池田氏にしてみれば「準じて」が不満だった。ゆえにこれがいわゆる五十二年路線へとつながっていくのだ。

この辺は顕正会員も承知している話であり、こうした大きな流れを踏まえることができれば、いかに副教学部長の言っていることがゴリ押しであるかが、わかるはずなのだ。

クドイようだが、もう少し書いておこう。たぶん日蓮正宗の御僧侶ないし法華講員の立場では書きづらいはずなので、生意気ながらもわたくしの立場から書いておく。

日達上人は創価学会の強大な権力に翻弄されていたのである。

ゆえに正本堂問題においては妙信講の言わんとしていることを理解しつつも、結果的には創価学会側の言い分に寄り添うような御発言をたくさん残されてしまった。そうした中でほぼ唯一、せめてもの抵抗が賞与本尊の「準じて」だったのだ。驕れる創価学会ではあったが、さすがに本尊書写の権能を有するのは猊下一人であるということに関しては、まったく手も足も出せない状況だった。ゆえに池田氏は賞与本尊を要求した。そこで日達上人は正本堂問題に決着をつけたのである。上人なりのやり方で。それが「準じて」の意味である。

本当は日蓮正宗の御僧侶ないし法華講員がここまでぶっちゃけたことを言うべきなのだ。一から十まで正当化しようとするから顕正会員も反発するのである。

まあ、しかし、面倒臭い議論である。結局、今日は一本の記事だけで終わってしまった。

2019/5/11

トクニン  
許す許さずの議論はけっこう感情論の要素が大きい。とりわけ顕正会の場合はそうだろう。ゆえに教義上の精密な議論はさておいて、ここで一つの真実を言っておきたいと思う。

宗門の立場から見れば、もはや顕正会は許されざる存在なのである。

これでわたくしの言わんとしていることが、おおよそはわかったのではないかと思う。浅井先生が宗門のことを許さないのであれば、宗門側も顕正会を許さないだろう。つまり、和解はあり得ないということだ。しかし、この状態のままで広宣流布はあり得ない。

 正系門家が、いつまでも無智・無道心の禿人ばかりであるわけがない。(中略)

 広宣流布の時には日目上人が御出現になる。その広宣流布はもう近い。ならばどうして、日目上人御出現の露払いとして、正直にして少欲知足、道念ある僧侶が次々と出現しないわけがありましょうか。

昨日はウッカリと省略してしまったが、ここがけっこう重要なところである。そして上掲の中略部分には、これから顕正会を支持する僧侶が次々と出てくる旨が書かれている。

さて、どうなることやら、である。

ちなみにわたくしは今の顕正会の動きを見て、例の二十年代の決戦場云々を韜晦するために宗門批判に転じたのだろう、と思っていた。もちろん今もそれは変わらないのだが、少しだけ見方が変わったので、そこを説明しておきたい。

既述のごとく、今のままでは広宣流布はあり得ないのだ。ようするに宗門との関係をどうにかしないといけない。その意味で浅井先生のやっていることは正しいかもしれないのだ。ともかく白黒をはっきりとつけないといけない。ところが現状では宗門中枢に直接的に働きかける術がない。となれば末寺に対してアプローチしていくしかないのだろう。そこで末寺の住職が次々と顕正会に賛同するようになれば、狙いとしては成功である。

ただし、冒頭の話に戻れば、許す許さないの感情論を続ける限り、進捗はないだろう。イヤラシイようだが、どこかで妥協点を見つけないといけない。それがオトナの対応というものである。

さて、新聞の続きを見ていこう。

 去る三月二十一日、・・・宗門末寺「日成寺」へ赴き、彼岸会に合わせて顕正新聞特集号の一斉配布を敢行しました。

第十八男子部長の記事である。この人はすでに教学部長を拝命している。それにもかかわらず肩書きが以前のままなのは何か意味があるのだろうか?

それはともかく、顕正会の男子部有志がくだんの寺院の前で配布活動をしていると、住職と法華講幹部が出てきて帰れコールを連呼したという。
わたくしは克衛を思い出した。かつて妙観講員が顕正会本部の前で顕正会批判の文書を配布したことがあって、その時には克衛が鬼の形相で帰れを連呼していた。実はこの話、わたくしは長いこと知らなかった。インターネットが普及するようになって、そこで動画サイトに出ていたものを視聴したわけである。
そして今もどこかの動画サイトにそれは残っているはずで、見る気があれば顕正会員たちも見ることができるだろう。そこで気になるのが最近の顕正会員の反応である。何しろここ十年くらいの間に入信してきた人たちは、克衛の存在そのものを知らないのである。
しかもである。その動画には克衛の横に城衛も映っているのである。若き日の城衛である。ゆえに今の顕正会員たちに説明するとすれば、これが若き日の城衛でその隣にいる鬼の形相の人物は城衛の兄貴であると、このように説明することになるだろう。

さて、どのような感想を持つか、そこが気になるところである。上述の話はいろいろな意味で疑心暗鬼を生む。ごく単純に、お兄さんは今どうしているのだろうと思うはずなのだ。当時の城衛はヒヨッコと言っていいだろう。一方の兄貴は当時すでに男子部長として八面六臂の活躍をしていたし、映像からも主役であることが感じ取れるはずなのだ。ゆえにその人物が今現在、消息不明であることが不思議に思われるのである。

そして帰れコールである。今と逆ではないかと。

これはたぶん多くの元顕正会員から証言が得られるはずなのだが、以前は本部から通達があって、宗門末寺や創価学会会館をターゲットに配布活動することは禁止だったのである。

ここもひじょうに興味深いところである。どの段階で方針転換が図られたのか、徐々になのか、それとも明確なターニングポイントがあるのか、ご存知の人がいればぜひとも教えていただきたいものである。

2019/5/10

ケロン  
顕正新聞第1471号はいわゆる特集号である。

「御遺命守護」特集号

この手の特集号は久々かもしれない。ちなみに当該号は三月度総幹部会の記事がベースとなっており、当然ながらその中心は会長講演である。二面から五面にかけてが会長講演であり、紙数からして普段の講演より長いことが窺える。

まず一面で目を惹くのは提訴の話題である。右下に宗門末寺・本種寺を提訴した旨の囲み記事がある。顕正会も法務部ができてから変わった。ケチな詮索をすると、今まで外の弁護士を雇っていた時は一件ごとに費用が掛かるので、裁判をやればやるほど経費がかさむ。しかし、今は弁護士兼本部職員が二名もいる。彼らが顕正会とどのような雇用関係を結んでいるのか知らないが、まったくの外注よりは遥かに安く済むのだろう。

左下には人事が載っている。これまた毎度のことながら、法戦の途中での人事交代は前任者がどうなったか気になるところである。

さて、会長講演に移ろう。

始めて×6

いつも言っていることだが、顕正会では「初めて」ではなく「始めて」と表記する。わたくしはこれをおかしいと思う。とりわけ特集号ともなれば大量に配布するつもりなのだろう。すると一般人も目にする機会が多くなるかもしれない。細かく見れば一般人には馴染みのないような言い回しもたくさんあるはずである。ここに気がつかないといけない。もし気がつかないとすれば顕正会もオシマイだろう。

教義上の根幹にかかわる問題であれば、あくまで筋を通すべきである。しかし、「始めて」がそういう性質のものとはとうてい思えない。そんなところにこだわってどうするのか、というのがわたくしの意見である。

近現代における戒壇問題の経緯と真義

二月十六日に宗門が出した本のタイトルである。情報に疎いわたくしは、顕正新聞のこの記事を読むまでまったく知らなかった。

従来、御遺命守護の話題は創価学会の教義歪曲にスポットが当てられることが多かったし、宗門のことはついでに取り上げられるようなケースが多かった。しかし、当該講演には創価学会のことがほとんど出てこない。ようは宗門のことばかりが書かれている。いわば宗門批判に特化しているような感じなのだ。

 なぜ一五年前の講義録を今になって発刊したのか・・・

ここが興味深い。鶏が先か卵が先かみたいな話である。

ようするに今回の会長講演は上掲の発刊を受けてのことである。宗門側の動きに反応してのことなのだ。
ところが先生の言い分は違っていて、まず順序としては顕正会の折伏が凄まじくそれで多くの法華講員が正義にめざめて顕正会に入会してくる、宗門首脳としてはそこに歯止めを掛ける必要があってその一環としてくだんの本を出版したということなのだ。
確かに昨年あたりから顕正会側の宗門に対する姿勢が変わってきたような感じがする。それ以前は思いっきり逃げ腰のような印象だった。

いずれにしてもである。繰り返し言うが、わたくしは当該講演を読むまで宗門がくだんの本を出したことを知らなかった。ネット上には無数の法華講員がいるけれども、彼らがそれに言及することもなかったため、少なくともわたくし自身は知り得ない状況だった。

ここで少しヘンなことを書いておこう。

法華講には顕正会批判の専門家がいる。しかし、彼らもくだんの本については何も言っていないようである。わたくしの思うに、顕正会批判のエキスパートにしてみれば、今頃こんな本を出しているようではダメなのだ、というのが本音のところなのかもしれない。

可能ならば御当代上人が書くべきなのだ。

上人は正本堂問題の当事者ではなかった。ただよく知られているように、御父君が当時の宗門中枢にいて浅井父子とも何度も会談している。ゆえに、我かく聞けり、というような感じで証言することは可能のはずなのだ。ある意味、これが現猊下のなすべき最大の仕事だろうと思う。

 もしこれが許されるならば、法華経を誹謗した、念仏宗の法然の「捨・閉・閣・抛」も、真言宗の弘法の「第三の劣・戯論」も、天台宗の慈覚の「理同事勝」も、みな許されることになる。

さて、話が飛んで恐縮だが、ここは日顕上人の御発言であるところの、「言い過ぎ」「はみ出し」について、浅井先生がイチャモンをつけているくだりである。何を言っておるものかと思う。

結論を言えば、許されるのである。

今の時代だってまったく同じだろう。別に高尚な議論に限った話ではなく、普段の会話のレベルでも同じことである。もちろんタイプはさまざまなので一概には言えないのだが、ようは己の間違いを認めない、何かしらのミスをしても正当化しようとする、ハタから見れば見苦しい言い訳に過ぎないようなことを言い張る、というようなタイプの人間が少なくないのである。そこで自分が間違っていたと言えば話は終わるものを、どこまで行っても自分は間違っていないと言い張る人間がいるのだ。

ゆえに日顕上人の御発言は画期的であり、さすがは御高徳の猊下だけのことはある。対する浅井先生はいつまでイチャモンをつければ気が済むのだろうか、そこが問題である。

ただし、宗門自体が今もなおデタラメなことを言っており、その点において反省が足りないような印象があるのも事実である。そしてこれは現猊下はもちろんのこと、御隠尊猊下にも責任の一端はあるのだ。ようするに「言い過ぎ」「はみ出し」と反省の言葉は述べられたものの、戒壇論における諸問題についての整理が行き届いていないのである。

今となってはどっちもどっちである。ゆえに会長講演についても正しい部分もあれば間違っている部分もある。

 この矛盾、頭がどうかしているのではないか。

浅井先生が日顕上人のことを言っているくだりである。逆もまた真なりである。

ようするに、国立戒壇が間違いだと言ったことだけは正しかった、という御隠尊の発言を思いっきり罵倒しているわけなのだが、わたくしに言わせれば、国立戒壇の名称に固執する浅井先生こそ頭がどうかしているのではないか、ということになるだろう。

日顕上人は日達上人から御相承を受けているのである。ゆえに日達上人が国立戒壇の名称を使わないとの方針を打ち出された以上、それを踏襲するのが筋である。もちろん後の猊下が方針を変更することも可能ではあるだろう。ただ、誰もがわかっているように国立戒壇という名称そのものは不朽ではなく、あくまで時代に即した名称に過ぎないのである。そうであれば先代の猊下が名称を使用しないとされたことを次の猊下がそのまま踏襲するのが自然である。

よってわたくしは、国立戒壇が間違い云々は、国立戒壇に固執することが間違いなのだと、このように変換することで完璧になるのではなかと思う次第である。

 これを見て私は、昭和四〇年以来の長きにわたった、正系門家における御遺命破壊のたばかりも、いよいよ最終章に至ったと思っております。

最終章が目を惹く表現である。最終段階と書けばどこかのブログで取り上げられることが確実である。とは言え、最終章も同じである。いくら表現を工夫しても、実態そのものが変わるわけではない。

 私は早く三百万を成し遂げ、大聖人の御馬前に馳せ参じたい。

ここ数ヶ月間、似たり寄ったりのことを書いているが、懲りずに書くことにしよう。結局、二百万は通過点に過ぎなかった。そして今は次なる目標として三百万が繰り返し掲げられている。しかし、どうだろう、三百万が達成されるのはいつのことか知らないが、その時にはまた似たようなことが繰り返されるのではないだろうか?

2019/5/8

ツウハン  
顕正新聞第1470号の一面から三面にかけては部長クラスの記事が並んでいる。もはや面倒なので個別には取り上げない。大雑把に言って、二十年代の決戦場がどうのこうのとか、三百万がどうのこうの、あるいは最終段階などという言葉が目立つ。

広布最終局面

一人だけご覧のような表現を使っていた。これはめずらしいので残しておきたい。

 私はこれまで、顕正会の教学試験と大学受験の日程が重なって三級試験を受験できず、切ない思いをしておりましたので・・・

女子部第五十五区班長はわりとマトモである。顕正会の中でもトチ狂った人は教学試験のほうを優先するからである。

次の婦人部板橋支区班長の記事は看過できない。

 実は、私が入信した当時、私の祖母は学会員で、細井管長の御本尊を頂いておりましたが、お給仕もせず粗末な扱いをしていることを知り、私は御本尊様をお守りせんとの思いから、御本尊様を我が家にお移しし、その御本尊様に向かい勤行しておりました。

この部分はまったく問題ない。続きが大問題である。

 ところが、なぜか苦しくて、苦しくて感激もなくなってしまったのです。

そこで先輩に相談したという。

 「細井日達の御本尊だからよ」

とんでもない先輩である。いや、そうではなく、顕正会がとんでもないのだ。何しろこうして顕正新聞に掲載しているからである。

 私は、昭和五十三年に高校の同級生から折伏を受けて、旧本部会館において入信・・・

ここが大事なところである。当時は日達上人の御本尊も、あるいは数年後に御登座される日顕上人の御本尊も、可とされていたのだ。ようするに変節したのである。ゆえに上掲の先輩のセリフはとんでもないウソである。もしくは時系列を誤魔化して最近の話を書いているのだろう。本人にその自覚があるかどうか、そこも問題ということだ。

隣家まで全焼、風向き変わり類焼免る

男子部第二十六隊総支隊長補の体験発表である。自宅が類焼を免れたことを書いているわけだが、わたくしは浅井先生の体験を思い出した。すると案の定というべきか、当該記事の中でもそのことに触れているのだった。

 かつて浅井先生は、御自身が東京大空襲の際に体験された不思議な出来事をお教え下さいましたが・・・

わたくしも何度か聞いている。一つは王舎城事の御書講義の折だった。講義の内容とひじょうによくマッチした話だったので、今でもわりと強く印象に残っているのだ。

次は男子部第百五十四隊組長の記事である。

気がつくと基礎教学書をネット通販で購入して、毎日、無我夢中で読み進めていました。

どうやら一般人も購入可能のようである。ならば今現在の発行部数が気になるところである。いわゆるミリオンセラーにでもなっていればそれだけで反響も変わってくるだろう。ようは相乗効果的にさらに売れるし、それをキッカケにして入信希望者が殺到するかもしれない。以前、幹部たちが言っていた入信勤行待ちの行列が事相となるのだ。

当該号には他にも注目すべき記事があるけれども、キリがないのでやめておく。

ここ一週間くらいで溜まりに溜まった顕正新聞もかなり消化できた。本部首脳としては巌虎独白もそろそろ終わるだろうと期待していたかもしれないが、先月あたりはたまたま別件で忙しかっただけであり、いちおう今も顕正新聞の記事はぜんぶ読んでいるのである。これは惰性でやっているだけの活動会員たちよりも、遥かに凄いことだと自画自賛したいものである。

とは言え、わたくしも惰性でやっているようなものなのだが・・・

2019/5/7

フクソウブチョウ  
顕正新聞第1469号の残りを片付けてしまおう。

 臨終の日はモニター、管などをすべて外してもらい、臨終の一時間前より父親の呼吸に合わせながら、母と唱題を始めました。

女子部第二百七十四区総班長が父親の臨終についてご覧のように書いている。わたくしはこれをひじょうに悩ましく思った。ようするに延命治療はしないという話なのだが、この場合は道義的に問題がありそうである。つまり、モニターはともかくとして管を外せば死期が早まるだろうことは確実であり、極論すれば殺人にもなりかねないからである。
もともと何もしていないのであればわかる。ようは今まで治療の一環として諸々の管を通していたわけだろう。それでも治療の甲斐なく亡くなるとすればそれまでの話である。ところがそうではなく、意図的に管を外してしまったのだ。さすがにいかがなものかと思う。
看護師が殺人に問われるニュースを耳にすることがある。ようは勝手に管を外して死なせてしまったというような話である。家族が了承すれば許されるのだろうか?

あと、アゲアシ取りを承知で書くと、臨終の一時間前云々がおかしい。まさか一時間後に亡くなることを承知していたわけではあるまい。

ときわ台の喫茶店
 「レモン」のマスター


女子部第十六区総班副長のご主人が亡くなった。その記事には結婚以前の話が紹介されており、ご主人はときわ台で喫茶店をやっていたそうである。わたくし自身、ときわ台にはずいぶん通ったものであるが、くだんの喫茶店のことはまったく知らなかった。

それはさておき、この記事には次のようなくだりがある。

 その後、腎機能や呼吸機能も低下したことで、強力酸素マスクが装着され、会話も給水も思うようにできず・・・

しかし、この後には主治医が軽い酸素マスクに替えてくれたのだという。結果、彼女は最後の最後にご主人と会話ができたと感謝の言葉を綴っている。

先ほどの話と比べると、こちらのほうがまだ理解できる。極端な話、もし仮に酸素マスクそのものを完全に取り外してしまったとしたら、それこそ殺人みたいなものだろう。この辺の医療上の線引き、あるいは倫理上の線引きについて、顕正会は具体的な方向性を打ち出すべきである。近年、臨終に関する記事がたくさん掲載されるけれども、その辺の見解がアイマイになっているように思う。

さて、次は第1470号である。

当該号は完全なる登壇特集であり、各地の集会での登壇記事が二十八本もある。これはウンザリだろう。活動会員たちもぜんぶ読んでいるかどうかアヤシイところだと思う。

ちょっとした異変というか、他にやりようがなかったからなのか、第一面が今までと違っている。
なんとトップの記事が男子部第八総部長の登壇なのである。中段には婦人部第九総部長、下段には女子部第四副総部長・第十六女子部長の記事が載っている。
役職名が仰々しいけれども、失礼ながらこの人たちは番付的にはかなり下のほうである。もちろん大幹部ではあるのだが、大幹部の中では下のほうだろう。
それにしても副総部長には驚いた。どこまで役職を細分化すれば気が済むのだろう。もはやわけがわからない状態である。

第一面でもう一つ書いておくことがある。

佐渡でけなげな信心に励む、千日尼御前・国府尼御前の二人に賜った御書

先ほども紹介したようにトップ記事は男子部第八総部長が飾っている。それだけでは味気ないと考えたのか、左上には御書の御真蹟写真が掲載されている。国府尼御前御書の末文であり、ご丁寧にも解読文が付されている。この解読文、カンニングなしで御真蹟を忠実に書き写したとすれば大したものである。今の顕正会にそこまでの能力を持つ人がいるのかどうか、というよりも今までもそういう人物がいたのかどうか、気になるところではある。

さどの国のこうの尼御前

いずれにしてもである。文末の宛名はご覧のようになっている。千日尼の名は見当たらない。先日、会長講演の話題で取り上げたごとくである。

2019/5/6

カコイコミ  
沖浦氏が興味深いことを書いている。

 『其の上日本秋津嶋は四州の輪王の所従にも及ばず但嶋の長なるべし、』
 (法門申さるべき様の事)

 似て、指摘された嶋の長とは時の鎌倉幕府を示します。
 無論、日行は貴族に呼び出された可能性もありますが、それでも最高権力者は幕府です。

 天皇に対して嶋の長等と書かれたわけではありません。


昨日紹介した顕正新聞の記事を信用するならば、邪義破折班の一人は天皇を島の長だと言っているわけだが、沖浦氏はそれを真っ向から否定していることになる。これを顕正会の立場から見ると、宗門の見解はまだマシなほうであり、沖浦氏の見解こそがとんでもない大暴言ということになるだろう。ようするに天皇は島の長ですらないと言っていることになるからだ。

それにしても沖浦氏の所論は不完全のように思える。

 無論、日行は貴族に呼び出された可能性もありますが、それでも最高権力者は幕府です。

再掲である。この部分の論拠がハッキリしない。日行とは三位房のことだと思われるが、貴族に呼び出された可能性があると沖浦氏は書いている。だったら文脈上は天皇を示していると考えるのが普通だろう。それを覆すだけの論拠がどこにあるのだろうか?

さて、顕正新聞の続きである。

国柱会の講師と法論、邪義目の当り
 「田中智学が国立戒壇を盗んだ」認める


これは男子部第四十一隊総支隊長の記事に付けられた見出しである。今も国柱会が存在していること自体、ちょっと新鮮な驚きを覚えるところだが、ともかく話を進めよう。総支隊長の職場の近くに国柱会の本部があるらしく、訪問したという。

 応対した八〇代の講師は、親の代からの国柱会信者で自らも書籍を発刊し、金沢大学の名誉教授にも就いている人物・・・

以下、二時間にわたって法論したそうであるが、当然、その記述は総支隊長側の一方的なものであるから、話半分に聞くべきだろう。

 「勉強不足だった。顕正会のことをまた教えてほしい」

これが記事の中では老学者の最後のセリフである。わたくしはむしろ好印象を受けた。実に謙虚ではないかと。顕正会員こそ、爪の垢を煎じて飲むべきだろう。

 三百万への大行進開始にあたり・・・

五百万を成し一国を動かさんとされる無二の師匠・・・


第八女子部幹事の記事から、冒頭のくだりと最後の一節を引用させてもらった。完全に後退しているとわたくしは思うのだが、たぶん彼女の中では新たな目標設定として整理がついているのだろう。

看取りの医療現場は離職率が高いのが現状です。

唐突の引用で恐縮だが、この点において彼女は立派な人物である。看護師として死の現実と真剣に向き合っている。今や顕正会女子部にはたくさんの看護師がいる。彼女たちが医療現場においてどれだけ信頼を勝ち得ているか、興味深いところではある。

 このたび、第八婦人部におきましても、細井日達の悪臨終の証拠と、平成二年の諫暁書を深く学んだ大利剣を手に、宗門末寺三十五箇寺を呵責するなか・・・

これには驚いた。婦人部の一組織だけで三十五もの末寺に出向いている。となると顕正会全体で考えれば正宗寺院すべてを回ることも可能だろうし、事実、昨年あたりからそのような動きが活発化してきたようである。その行きつく先はどこなのだろうか?

一人を飛行機で、もう一人をバスで十五時間かけ・・・

女子部第九十八区長が言っているのはアメリカでの折伏の様子である。自宅拠点まで連れてくるのに、ご覧のような苦労をしているわけである。日本に当てはめれば、さしずめ三四十年前の地方組織がイメージ的に近いかもしれない。ところが今は日本全国津々浦々に自宅拠点があって、おそらくは大半が一時間以内にどこかしらの拠点に行けてしまうのではないかと想像する。その拠点の総数が気になるところではある。

 これまで班員の壮年を男子部に引き継ぐことに躊躇していた自身ですが・・・

婦人部静岡支区班長の発言である。これは少し前に取り上げた登用試験の合格者の話題と重なるものである。もう十年ほど経つのだろうか、壮年部が廃止されてからである。その一因は婦人部ないし女子部による壮年の囲い込みにある。これも顕正会の実態を示して余りある事例だろう。

2019/5/5

シマノオサ  
顕正新聞第1469号を取り上げよう。二月度の各部班長会の記事が中心だ。

 この日、佐野総合女子部長は風邪でノドを痛めたので一言の指導で終わったが、その気迫に、かえって全員が奮い立った。

めずらしい記述である。

その下には新仙台会館の記事がある。完成予想図からして立派な会館だ。

・・・芙蓉茶寮も設置される。

逆に言うと、現在の仙台会館には茶寮がないことになる。これが顕正会の実態だ。まあ、しかし、今秋には新会館がオープンし、そこには茶寮が設置されるわけだから、顕正会も成長していることにはなるのだろう。

一面下段には総男子部長の登壇が載っている。

三百万、二〇年代の広布の決戦場

このフレーズが複数回、登場する。いつも言っているように、この二つの関係がよくわからない。

さて、ここまでは第一面の記事についてである。以下は二面から四面にかけて掲載されている部長クラスの記事十二本について、気になるキーワードを拾ったものである。

最終段階、大師子吼、駆除

いわゆる広宣流布の最終段階はすでに言い古されてきたキーワードである。それを大幹部たちは飽きもせずに使っている。ところが前々回の拙稿で指摘したごとく、浅井先生はこの期に及んで前段階などという新語(?)を登場させたのである。彼らはこれに疑問を感じないのだろうか?

大師子吼が悩ましい。すでにこれも繰り返し指摘してきたことだ。今回の新聞では二通りの意味で使われている。一つには大聖人の御発言を大師子吼とするもので、これはまったく問題ないだろう。ところがもう一つの用法があって、ようは浅井先生の発言を大師子吼と言っちゃっているのである。どうしようもない連中である。

駆除はいわずもがなであろう。

それにしてもである。表現はともかくとして、具体的には何をどうするのか、そこが問題である。例えば過去には正信会問題があった。宗門の立場から言えば、猊下に盾突く連中を駆除したことになるだろう。創価学会もしかり。かく言う顕正会もその昔、駆除されてしまったわけである。

結局、現状では宗門末寺に押し掛けて行って法論を吹っ掛ける、それで勝った勝ったと宣伝する、ただそれだけの話である。

そうそう、四面下段には女子部区長と婦人部支区部長の人事が掲載されている。いつも言っているように、折伏法戦の途中で人事交代が行なわれるのはよほどのことであり、前任者が退転してしまったような場合が想定されるところである。もちろん個々の事情はわたくしの関知するところではない。

五面の記事はけっこう重要かもしれない。

国主については「天皇は島の長」とか、・・・暴言を吐き、

ついにはなんと
 「大聖人様は天皇という存在を絶対視していない」
 とまで言い放ったのでした。


これは副総男子部長・第二総部長の肩書きを持つと同時に顕正新聞の発行人でもある、まさに大幹部の一翼を担う人物の登壇記事である。どうやら宗門の僧侶三人と法論をしたらしく、上掲のカギカッコは邪義破折班に属する人物の発言のようである。

わたくしの思うに、これこそ教学部がちゃんと筋道立てて論ずるべき事案だろう。宗門側の論客だって、それなりの根拠があって発言しているわけなのだ。おそらくは法門申さるべき様の事や種々御振舞御書の御文を根拠としているのだろう。そうした具体的な御文を示した上で反論すべきである。それをしないから、顕正会は都合の悪い御書を隠している、というふうに言われてしまうのだ。

男子部第五総部長の記事にも注目したい。

 さらに一方、一月二十二日には、法華講員と二対二の法論を行いました。

たぶんこれだけでは何のことだかわからないだろう。わたくしもわからない。ところが続きの文章にはご丁寧にも、相手の名前が出てくるのだ。

 相手の一人は、デマを撒き散らし顕正会を中傷する「妙相寺」所属の、「樋田昌志」という悪質な輩でありました。

ああ、あれか、例の話だ。

ここに顕正会側の恣意的な描写を書いても意味がないので省略しよう。すでに関心のある人は動画サイトなどで視聴しているだろうし、今も視聴できるはずなのでそれを確認するのが賢明である。百戦錬磨の樋田氏がそう簡単に負けるわけがない。ゆえに恣意的な記事ではなく、生の音声を聴いたほうがいい。真相は単純明快で、顕正会側の論者は樋田氏にしゃべらせたら劣勢になると思ったのか、ともかく相手にしゃべる隙を与えないようにひたすら捲し立てている、そんな様子が伝わってくる動画だった。

第五総部長は越谷の能持寺にも出向いている。

 昨年十二月にも寺を訪問しましたが、二上は突然、顕正会本部に電話を入れ「浅野さんを寺から退去させてほしい」と助けを求め、本部職員にそれを一蹴されるや、今度はすぐさま警察を呼ぶ始末で、全く法論になりませんでした。

顕正会のダメさ加減がよくわかる事例である。本人は武勇伝のつもりなのかもしれないが、ますますイメージダウンに拍車が掛かるだけである。

本部職員が一蹴・・・

これがダメなのだ。職員の無能ぶりを示して余りある。わたくしの考える理想的な応対は、まず第五総部長を電話に出させる、今日のところは退去するように指示する、再び二上住職と電話で交渉する、では本部として正式に法論を申し入れますが受けますか云々と、こんな感じでいいはずである。

ともかく両者いずれもこのままエスカレートすれば引くに引けない状況になる。最終的には頂上対決にならざるを得ないのかもしれない。それともウヤムヤで終わるのだろうか?

しょせんわたくしはヤジウマに過ぎないけれども、どうせならば頂上対決を見てみたいものだと思う。


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