2008/12/15

顕正新聞第1121号を中心に  
ひと頃は顕正新聞の話題をほとんど毎号のように取り上げていたけれども、ここ最近はとんとご無沙汰である。その直接的な理由はご存知のごとく、教義上の論争に時間を取られていたからである。もし、これがなかったら、おそらくは顕正新聞のことを書いていただろう。

だが、しかし、卒業というわけではないけれども、今はもう、顕正新聞に対する興味が薄れてきて、積極的に書きたいという衝動には駆られなくなってしまったのである。

たとえば、顕正新聞第1121号の五面右側の記事は、入信から一年半ほどの婦人部組長による体験発表であるが、文中「初めて」と「始めて」が出てくる。いったい、この書き分けは何なのか、どのような違いがあるのか、わたくしにはさっぱりわからない。これを校正ミスだとか誤植と言ってしまえばそれまでだが、何しろ浅井先生が好んで「始めて」を使用するので会員もマネをするわけである。しかし、ハタから見れば、混乱しているだけのように思えて仕方がないのだ。

これを些細なことだと思ったら大間違いだろう。ようするに、どうでもいいことであれば、わざわざ浅井先生のマネをしなくてもいいのである。それを会員はマネする。つまり、一事が万事ということなのだ。こうした些細なことすらマネをするわけだがら、すべてにおいて右に倣えということになる。怖いではないか。

先月、是正協議会がコラムを発表した。そこには浅井先生が首相を「シュソウ」と発音することが書かれている。それをどうやら最近は幹部もマネしているらしいのである。これはアホだと思う。郷に入っては郷に従え、とは言うものの、さすがに限度があるだろう。これだから、洗脳だとかマインドコントロールだとか言われてしまうのである。

同じ新聞の四面左側には正義にめざめての記事がある。昭和三十六年に創価学会に入信したことが書かれているが、その次の文章に疑問を感じた。

初めはビデオ放映や会合にときどき参加するていどの活動・・・

創価学会ではそんな大昔からビデオ放映を行なっていたのだろうか?

そもそもビデオが普及しだしたのは昭和の終わり頃ではなかったかと思う。だからビデオ放映というのは間違いだろう。もしそれに類似する催しがあったとしたら、おそらくは映写機だったはずである。であれば、単なる表現の間違いであって、内容的には事実ということになるわけだが・・・

それにしても思う。なるほど創価学会というのは先進性がある。そんな時代から映像を武器にしていたとすれば、それが創価学会の飛躍の一因だったかもしれない。

そうすると顕正会のビデオ放映は、彼らのマネをしているようなものなのだろうか?

悪いことばっかり書くと不公平なので、少しいいところも探してみよう。同じ新聞のいちばん最後にはコラムがあって、納豆の写真が載っている。う〜ん、ウマそうだ。

一面も取り上げておこう。広島会館の記事である。わたくしは下段の四枚の写真のうち、左上の一枚がなかなかいいと思った。キャプションには次のごとくある。

式後、別室で婦人部幹部を激励される先生。室内には嗚咽が満ちた

嗚咽というのが気に入らないけれども、写真はいいと思う。ようする、集会室と呼ばれる部屋なのだろう、そこで先生と婦人部員たちが向き合っているわけであるが、それがいわゆる膝詰めの語り合いの図になっているのである。これは顕正会の中ではわりと当たり前の構図であって、全国各地の会館・事務所において先輩が後輩に指導している姿がこれなのである。しかし、浅井先生の場合は別格で、いつも一段高いところにいて、先生が会員たちと膝を交えることなど、常にはあり得ないことなのである。

顕正新聞を持っていない人には恐縮であるが、ともかくいい写真だと思った。

2008/12/16  11:31

投稿者:ななし
小峰氏は「婿」だから、いなくなっても浅井会長には娘と孫が残ります。
むしろ、会長がいま狙っているのは、壮年部長の追い落としでしょう。
そうすれば四者の重要ポストは一族で占めれます。
男子は次男、婦人は娘、壮年は婿、残る女子は新しい○人で固められます。

2008/12/16  10:54

投稿者:山門入り口
浅井会長の首相を「シュソウ」と言うのは、東京育ちの高齢者だからだと思われます。
江戸弁とか東京弁に見られる、さ行と「しゅ」「しょ」の発音が苦手な環境で育ったせいでしょう。(他にも苦手な発音があったような気がしますが、忘れてしまいました。)

子供の頃からの癖を治すのは難しい。
「シュソウ」発言は容認できる範囲ですが、それを幹部、会員が浅井会長が〜と真似するのは、問題がある部分ですね。
首相を「シュショウ」と発音すると知らなかった場合、これも会員として困った問題でしょう。


http://plaza.rakuten.co.jp/sanmon77

2008/12/16  7:46

投稿者:サイトウ
『大法』の読み方について少し調べてみた。「タイホウ」と読むか、「ダイホウ」と読むかで意味が違うようだ。

「タイホウ」→大事な法律。大きなさだめ。

「ダイホウ」→仏のすぐれた教え。

なるほど、御観念文のルビは当たっていたんだな。少しホッとした(笑)。

2008/12/16  1:46

投稿者:譲二
加藤さんまで居なくなったから糾すことの出来る人は小峰さんだけになりましたね。小峰さん、何とかして!小峰さんが切られたら組織が回らなくなるから、面白いと思うよ。

2008/12/16  1:40

投稿者:サイトウ
そうか!師が間違っていても、糺す者がいないと弟子まで間違ってしまうんだね。
「首相」の読み間違いも奥が深いな。

2008/12/16  1:03

投稿者:譲二
いや、先生に誤りを指摘すると激怒されるからじゃない?誤りを指摘した者は誰人であれ全て消されて居なくなりますからね。これが一番の問題。

2008/12/15  19:17

投稿者:サイトウ
え?!「シュソウ」じゃない?

あぁ〜、「シュショウ」だね(笑)。耳が「シュソウ」に慣れてしまい、一瞬、何の事だか分かりませんでした(笑)。幹部も実はマネじゃなく、正しい読み方を知らないだけだったりして。

あと、前から気になっているのが「大法」なんだよね。「ダイホウ」じゃなくて「タイホウ」じゃないかな?「ダイホウ」は辞書にもないし、変換もできないしね。

どっちでもいいのか、それとも御観念文のルビが間違っているのか…。

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