2005/9/23

御書学習の手引き  
顕正会員は御書を持っていないでしょ・・・ということをよく言われる。あの樋田ビデオでも法華講側のギャラリーからそのような発言があった。

顕正会版の御書全集は存在しない。ただし、巷間流布されているところの御書を代用・・・といったら語弊があるが、ともかく学ぶ気があれば学会版でも何でもいいから入手して、学ぶことは可能である。
ましてや今はインターネット上に、すべての御書が存在するのである。

わたくしが利用させていただいているサイトを紹介しておこう。

nb資料室

49人目

テキストデータ化されていることのメリットは、検索機能が使えることである。

例えば、「戒壇」という語句を検索に掛けると、瞬時に答えが返ってくる。昔であれば、御書を最初から最後まで入念に読み込んで、ひとつずつ拾っていくしかなかった。今はコンピュータが勝手にさがしてくれるのである。

ただし、デメリットもある。
例えば、顕正会員のよく知る「本未有善」という語句を検索しても、上記の二つの御書ファイルからは拾うことができない。そうすると、御書にこの語句は存在しないことになるが、そうではないのである。本未有善と本已有善は唱法華題目抄や曾谷入道許御書などに存する。なぜ検索できないかは、原文を確かめられたい。

また、データの入力ミスということがある。
例えば、聖愚問答抄に「富士山」という語句がある。ところが、nb氏の御書ファイルでは「富士山」で検索しても聖愚問答抄にはたどり着かない。

須弥山は上下十六万八千由旬の山なり。何れの山か肩を並ぶべき。 法華経を大日経に劣ると云ふ人は富土山は須弥山より大なりと云はん人なり。 第三は星月の譬なり。諸経を星に譬へ、法華経を月に譬ふ。月と星とは何れ勝りたりと思へるや。

nb氏のファイルでは、「土」になっている。これでは検索しても出てこないわけである。
もしかしたら「富土山」に何か重大な意味があるのかもしれないが、普通は「富士山」であろうから、これは入力ミスだと思われる。

検索機能の最たるデメリットは、横着になるということだろう。うっかりすると、御書の拝読を怠るようになりかねないのである。これは危ない。
しょせん検索できるのはごく表面的な字面だけなのである。「文の底」までは検索できない。いや、これは飛躍かもしれないが、文の底とは言わないまでも、文章の意味するところ、大聖人が言わんとするところは、全体の文脈から拝していかなければわからない。検索機能は全体の文意までは教えてくれない。ゆえに、御書の拝読を基本として、検索はあくまでその補助手段として活用すべきであろう。

偉そうなことを書いているが、これはわたくし自身がつねに心掛けていることである。

2006/1/19  15:15

投稿者:下野正信
文脈や文字面ではわkらないことが御書にはたくさんある。正しく学ばれた指導教師御住職を師匠と仰がない限り、貴殿が臆面もなく披瀝した開目抄の「珍」解釈同様に陥るだろう。

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