2009/7/5

迷走状態  
櫻川忠氏には『本門戒壇の本義』という著書がある。およそ四年前の出版であるが、当時、拙ブログにおいても話題にした。そして今回、『迷走する顕正会を斬る』が出来した。この二書は同じ作者が書いたものとは思えない大きな相違がある。それは文体が違うということである。前著はいわゆる「ですます調」だった。ところが今回はそうした丁寧語をまったく使わず、ひじょうに硬派な文体になっている。

その理由は不明だが、前著を読んでいる人からすると、少し意外な感じがする。しかし、前著をまったく知らず、今回の本が初めてという人は違和感がないだろう。つまり、今回の文体は内容にフィットしているのだ。

 それから顕正会員歴三十九年六ヶ月の後、平成十七年十月にわたしは顕正会から除名処分を受けた。顕正会では処分は口頭でなされるが、異例なことに、除名の本部通達が機関紙「顕正新聞」に掲載された。除名処分の本当の理由は、拙著「本門戒壇の本義」(パレード、平成十六年十一月)の出版が、浅井会長の逆鱗に触れたことによる。会長の専制支配で維持されている顕正会にあって、一会員による本の出版は会長の権威を侵す反逆とみなされたのである。

ひじょうに緊密な文体であり、内容との整合性がよく取れていると思う。まさかこれを「ですます調」で書く人はおるまい。

それはともかく、上掲によれば本の出版が平成十六年十一月であり、除名は十七年十月となっている。これはおそらく作者の錯簡であろう。櫻川書林というサイトが平成十六年に立ち上げられた、いわばこれが出版への前段取りであり、実際に本が出来したのは翌年なのだと思う。顕正会側は出版の情報をキャッチして、まさに出版直前になって除名に付したと考えれば自然である。

しかし、ほんの数年前の出来事であっても、こうした錯誤が生じてしまうとは驚きである。してみると、歴史などというものは、けっこういい加減なものなのかもしれない。

さて、数字の間違いなどは大した問題ではない。問題は櫻川氏の見解が正しいのかどうかである。ようするに、前著の出版が浅井先生の逆鱗に触れたというのは本当なのか、というのが問題の核心である。
顕正新聞に掲載された除名処分の記事を読んでも、櫻川という名前は出てこない。氏の本名が記載されているだけである。また、出版に関することもまったく書かれていない。
つまり、表向きはまったく別の理由によって除名になった。しかし、それを櫻川氏は、本当の理由はかくかくしかじかと、上掲のごとく書いている。

どちらが本当だろうか?

当然、顕正会側はあくまで表向きの理由を言い張ることだろう。具体的には、櫻川は大謗法者に与同している、ということである。ともかく言い張ることは間違いない。一点張りである。

そしてこれを覆すのはけっこう難しいことである。
いや、もちろん、櫻川氏本人にはいろいろな手段があることだろう。おそらくは水面下において、顕正会本部とやりとりがあっただろうから、そこに決定打となるような証拠が隠されているのではないかと思われる。
しかし、ハタから見て、どちらが本当のことを言っているのかを見極めるのは、けっこう難しいことである。

ところがちょっと面白い材料がある。実はこれ、水無月氏の指摘するところであるが、なるほど、間接的ながらも核心に迫っているのではないかと思われる事象があるのだ。

顕正新聞第1141号の一面下段に新水戸会館についての記事がある。その本文中に、次のようなくだりがある。

 自然環境にも恵まれており、近くには美事な桜並木で有名な「さくら川」が流れており、(以下省略)

これは実際に現地で確認しないといけないことではあるが、地図上では「桜川」となっているのだ。つまり、桜川=櫻川という連想が働くわけで、ひじょうに忌まわしいという思いが本部関係者にはあるのではないかと想像されるわけである。
シツコイようであるが、くだんの除名処分の記事中には、櫻川とはどこにも書かれていない。本名が書かれているだけである。
つまり、裏を返せば、櫻川という名前に過剰に反応しているとも受け取れるし、これは氏の最新著書であるところの『迷走する顕正会を斬る』を会員に読ませたくないという意味に他ならないのではないか、ということなのである。

同様の意味で、四年前にも『本門戒壇の本義』を会員には読ませたくなかったのではないか、と想像されるわけである。

しかし、不思議な話である。今回の本はともかくとして、前著においてはさして顕正会に不利になるような記述は見当たらないのだ。委細に見れば、批判的な部分もなくはないが、全体的にはさして目立たないと思う。
してみると、やはり櫻川氏の言うように、先生の逆鱗に触れたという理由がひじょうに有力である。俗な言い方で恐縮だが、先生もケツの穴の小さい野郎だ、とわたくしは言いたい。

思うに、もし『本門戒壇の本義』の出版で櫻川氏が除名にならず、むしろ顕正会が氏を積極的にバックアップしていたならば、今回の『迷走する顕正会を斬る』はあり得なかったのではあるまいか?

何とも皮肉な話であるが、顕正会の取った選択肢こそが、まさに迷走を物語っているとも言い得るだろう。

2009/7/7  0:04

投稿者:元顕正
>自意識過剰で修羅というのは顕正会員の誰もが会長から受け継ぐこと
だから、この人の間隔(感覚)も大げさなんでしょう。

厳虎さんこの人を褒めてやってください。

他の元顕正なんて物の数ほどでもありませんと。

nabeさんあなた一番ですと・・

浅井と渡邊が、ダブるのは俺だけ?

2009/7/6  10:18

投稿者:nabe
間隔じゃなくて感覚でしたね。
失礼。

2009/7/6  10:17

投稿者:nabe
昔ね、現在の東京会館の正面の家が日曜日の午前中に玄関先でお樒を
売りはじめたんです。
東京会館が立つ前ですよ。
学会を退転して顕正会に入った人を目当てだと思うんです。
そうしたら会員から通報があって、小峰が会長に内線で報告したら「
すぐやめさせろ」っていうことになって、小峰がすっ飛んでってやめ
させちゃったんです。
この人は自分の敷地内でやってたんですよ。
レジャーに行くと、農家はみんな軒先で土産物売ってるじゃないです
か。
それが体質なんですよ。

別に会長がこの筆者を妬んだということではないと思いますよ。
「あんたみたいに自費出版でみんなが勝手にやったらどうなるんだ」
という恐怖ですよ。
ただでさえ収集つかない組織なんですから。
自意識過剰で修羅というのは顕正会員の誰もが会長から受け継ぐこと
だから、この人の間隔も大げさなんでしょう。
それに加えて犀角独歩とつるんだと知って切れたんだと思いますけど
ね。

で、今回の出版はそれを根にもって在庫引き取りプログラムを組んで
の出版なのでしょう。
この会社は下山本の在庫で顕正会本部と散々揉めたんだから、それを
踏まえていることでしょうね。
ここは藤原氏の『創価学会を斬る』って本を出してますから、『顕正
会を斬る』では二番煎じだと思って「迷走する」って加えたのでしょ
う。

いま、出版業界は大変ですよ。マスコミの人と話をしますけど。
どこの出版社でもスポンサー広告は減るし、「これだ」っていう良い
企画が立てられるわけでもないし。
持ち込み企画があっても芸能暴露、エロ、ヤクザ、学会くらいじゃな
いと売れないと判断しますからね。
そういったものでも殆どが在庫引き取り契約ですよ。
ぶら下がってる印刷屋なんて下請法違反も平気だし、労務管理もずさ
んになっちゃってどうにもならないんですから。それでもぶら下がっ
てる印刷屋に商売を出さないといけない。
そうなると、パレードみたいな自費出版の支援だとか、在庫引き取り
契約での出版はまだ美味しいんです。
銀行が企業に貸すのを渋って、個人住宅に融資する方向を向いている
のと同じです。
個人に融資する時は、最初から土地価格を低く評価しているから夜逃
げされても元が取れるでしょう。

2009/7/5  22:23

投稿者:水無月
>一会員による本の出版は会長の権威を侵す反逆とみなされたのである。

櫻川氏の文より引用しましたが、平成10年の下山正恕著「冨士大石寺顕正会」(日新報道)も「一会員」の出版でしたが、この下山氏が処分されたという話は後にも先にも聞きませんね。
ありゃ「ヨイショ本」でしたが。

>先生もケツの穴の小さい野郎だ、とわたくしは言いたい。

このご指摘、100拍手差し上げましょう(笑)。

2009/7/5  15:21

投稿者:山門手前
>顕正会の取った選択肢こそが、まさに迷走を物語っているとも言い得るだろう。

その辺は、『迷走する顕正会を斬る』で示されている様に、病理的問題だと思います。

http://maglog.jp/renmen/

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