2005/9/26

週刊新潮掲載の島田論文  
大型書店にてようやく購入できた。

末端会員のわたくしが言うのもなんであるが、島田氏の記事はよく書けていると思う。
掲示板上では期待はずれとの書き込みが目立つ。それは週刊誌の性質を無視した身勝手な感想というべきものだろう。ようするに、顕正会の認知度は今もなお低く、一般人にはなじみのないものであるから、いきなり専門的なことを書いても読者には甚だ不親切というものだろう。今後、注目度が増すにつれて、記事の内容もより深化していくものと思われる。
もっとも、注目されるかどうかといえば、あるいは顕正会はこの程度が限界なのかもしれない、というのが島田氏の結論なのかもしれないが・・・

日本では、宗教的原理主義が問題になることは少ないが、顕正会は例外的なのかもしれないのである。

とのすぐ後で、

彼らを宗教的原理主義の集団としてとらえるのは、かえって事態を正確にとらえたことにならないのではなかと思えてくる。

というのは、いまだ顕正会というものをはかりかねているというか、研究不足というか、顕正会を認識するためには、もう少し時間が必要なのだろうと思う。

顕正会の信仰が、会員たちの心の深い部分には届いていないということを意味している。

顕正会の信仰は、どうもそこまでの深さをもってはいないようなのである。

この辺は、ある意味では的を射ていると思うが、「どうも〜ようなのである」という表現からしてもわかるように、いまだに顕正会をつかみきれていないことは明らかであろう。

いずれにしても、ようやく世間に注目されるようになったのが顕正会であり、顕正会サイドとしては、いよいよこれから、という気持ちなのであろうけれども、はたして本当にこれから飛躍できるのかといえば、依然として障壁のほうが大きいように思えてならない。
これが正法たるゆえんといえば体裁は繕えるのであるが、ともかく未来のことはわからない。

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