2010/1/27

花野師の顕正会批判を読んで  
顕正会の重鎮の誰々が表舞台から消えたとの情報があるらしいが、皆さんがよくご存知のごとく、わたくしには特別な情報網があるわけではないので、この手の話ではいつも後手を踏むことになる。別にそれで構わないのだ。
顕正新聞に総幹部会の記事が出る。重鎮であれば、壇上の目立つところに座っていることだろう。おおむね最前列の中央寄りが上座の扱いになる。ゆえに、その辺りに座っている人が急に姿を消せば、誰もが気がつくはずである。
よって、この件については顕正新聞の出来を待つことにしたいと思う。

さて、今日の本題であるが、なぜ浅井先生はキレてしまったのか、である。

これだけでは何の話だかわからないはずである。ともかく時間の経つのは早いもので、平成十六年は遠い昔のようにも感じられるところである。それだけ世の中は目まぐるしいのだ。
この年は、いわゆる一国諌暁の年である。しかし、それは前半であり、後半に至ると様相が一変する。八月に幹部大会を開き、そこで浅井先生は日顕上人を呼び捨てるという暴挙に出た。いつの間にか一国諌暁から宗門攻撃へと顕正会の方向性が大きく変化した。
単なる行き当たりばったりというのがいちばん真相に近いわけだが、それにしても一国諌暁から宗門攻撃へのスライドというのは不自然である。そこには何かしらの理由があるはずなのだ。

わたくしはこれまで、顕正会から宗門への移籍者が激増したからと考えていた。おそらくはこれも間違いではないのだろうが、しかし、直接的な引き金は別にあるはずである。移籍者というのは一挙に大量の移籍もあるにはあるが、普通は一人抜け二人抜けという感じのはずだと思う。ゆえに先生がこの一事だけでキレてしまったとは考え難い。

実は今回、たまたま法太郎のサイトを閲覧していて、思わぬ発見をすることができたのだ。わたくしの思うに、浅井先生は花野充道師の著述に逆上したのだろう。道心第二十九号は宗門で波紋を呼んだことで知られる。しかし、わたくしはそうした情報をネット上で散見するのみであって、当該書籍を購読しているわけでもないし、いったい何がどのように問題だったのか、まったく知らなかった。ところが今回、法太郎のサイトにその三分の一ほどが掲載された。そこで一通り読んで驚いた。

道心第二十九号の花野論文は、宗門のとりわけ執行部批判ということで波紋を呼んだ。結局、二十九号は全面回収を命じられ、道心は廃刊を余儀なくされた。
しかし、わたくしの読む限りではそれほど違和感がないというか、むしろ真面目な是正提言のように読めるのである。これで回収ないし廃刊はまったくヒドイ話であり、逆に一般人の感覚からすれば宗門執行部のほうがどうかしているとも感じられるのではないかという気がするくらいである。
さて、わたくしが驚いた理由であるが、それは花野師による激烈なる顕正会批判である。つまり、当該論文は宗門批判というよりは顕正会批判の書ではないかと思えるほど、花野師の顕正会に関する記述は激烈を極めるのだ。

北朝鮮のように、世界の国々から嫌われ、孤立しながらも、ただ自国だけが正しいと言い張る独善性は、原理主義の顕正会に共通するものである。

おそらくはこれが遠回しながらも宗門執行部を批判していることになるのかもしれないが、顕正会員にとってはそんなことはどうでもいいことだ。これはまさに顕正会批判そのものであり、遠回しも何もありゃしないのである。

「引かれ者の小唄」という言葉がある。負けおしみで強がりを言っている人のことである。原理主義者の顕正会会長は、まさにそれであると思う。

前後するが、この項目に付された小見出しが次である。

[引かれ者の小唄をうたう原理主義者]

これには浅井先生も激昂せざるを得ないだろう。道心の当該号が発刊された正確な日時を知らないが、先生はこれを読んでキレたのだ。そして八月の幹部大会において、宗門攻撃を開始する。
とりわけ、その矛先が日顕上人に向けられたのには意味がある。引かれ者の小唄というのは平成二年の諫暁書で先生が日顕上人に向けて発した言葉なのである。今度はその意趣返しとして、宗門側から先生に向けて発せられた。引かれ者の小唄をうたう原理主義者と。これは強烈である。ゆえに、おそらく先生は花野の背後に阿部がいると邪推したのだろう。
しかし、花野師は日顕上人の指示を受けて書いたわけではない。それどころか師は猊下の不興を買って左遷されたとも言われているくらいなのである。ゆえに、もし顕正会の宗門攻撃キャンペーンの発端がここにあるのだとしたならば、何とも皮肉な話だと思う。

ともかく花野論文には顕正会に関する記述が頻出する。

顕正会の内部では、この会長センセーの品性のないスピーチに異を唱える者はいない。

いかに顕正会の中で浅井氏が偉かろうが、世間的に見れば、日本にあまたある弱小教団の一介の教祖にすぎない。

顕正会を挙げるまでもなく、自分の信仰を唯一絶対と信ずる宗教は「独善」「慢心」の落とし穴に陥りやすい。私は、顕正会のように「引かれ者の小唄」をうたうより、世間の人を納得させることができないのは、自身の非力の放であると反省し、世間の人々のレベルにあわせて法を説いていくべきであると思う。

原理主義にこり固まった顕正会に、弁護士や医者、ジャーナリストや大学教授のような知識人がはとんどいないのはそのためである。顕正会には偉大な会長先生に随従する信者しかいない。

理性的な学問を認めずに、ただ随従を強要する、顕正会のような原理主義では、知識人が全く相手にしないのは当然である。善男善女が盲信盲従しているだけで、知識人の日には狂信とうつるような宗教を、世間の人は「カルト宗教」と言うのである。

顕正会を挙げるまでもなく、原理主義者は「我れのみ尊し」という独善が根底にあるから、世間の人々から嫌われ、世間の人々から遊離してしまうのである。


浅井先生にとって、けっこう堪える文章である。ことに一国諌暁の年である。一国諫暁とは一般社会に対する戦いを意味する。しかし、上掲はどれもが顕正会を全否定するに等しい記述ばかりなのだから、たまったものではない。本当ならば真摯に受け止めるべきではあるが、しかし、やはり人間の素直な感情としてはキレても不思議はないだろう。

最後に因縁めいたことを書くと、平成元年の冨士には次のような記述がある。

花野充道という本宗僧侶でありながら親鸞を讃嘆した脱線坊主・・・

花野師が顕正会をボロクソに書くのも理由があってのことなのだ。

なお、法太郎のサイトから引用した文章には所々に誤植がある。これはおそらく道心の原文が間違っているのではなく、法太郎の入力に問題があるのだろう。彼はその辺が物凄くイイカゲンなのだ。

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