2010/4/11

懺悔清算を求む  
今日は簡単に済ませよう。三月度総幹部会の会長講演からいくつか引用して、それについての所感を書く。途中からの引用で恐縮だが、次のくだりが注目される。

 だから日本は絶対に亡びないのです。大聖人様のこの大誓願があるから、いかなることがあろうとも日本は絶対に亡びないのであります。

あれ? おかしいなあ?

「日蓮大聖人に帰依しなければ日本は必ず亡ぶ」

「日蓮大聖人に背く日本は必ず亡ぶ」


これは同じ講演の中に出てくるわけだが、何となく矛盾しているような気がしないでもない。そう言えば、同講演では国家破産について詳しく論じているわけだが、それは「他国侵逼という国亡ぶ大難の前触れ・先難に過ぎない」として、最後に少しだけ他国侵逼のことを書いている。あえて一文だけ引用すれば、次のごとくだ。

 このとき、日本は亡ぶ。

おいおい、どっちなんだよ、亡ぶのか・亡ばないのか、どっちかにしてくれたまえ。

まあ、しかし、こういうのをアゲアシ取りと呼ぶのだろう。いくら何でも先生だって、そこまで馬鹿じゃないはずだ。一つの講演の中で、正反対のことを言っていることに気がつかないようでは、もはや「白痴」である。ゆえに、そうではなくて、この場合は読者側が相手の言わんとしていることを斟酌すべきなのだ。

おそらくは簡単な話なのだろう。大聖人に帰依すれば亡びない。だが、帰依しなければ亡ぶのだ。そして広宣流布は大地を的とするわけだから、結論的には亡びないことになる。

すると、あと二十五年で亡ぶ、などと言っていたことはどうなるのだろうか?

この辺の解釈が難しい。今は、あと十二年と言っているわけで、上掲の文章はまさにその文脈上にあるわけだ。しかし、あと二十五年が外れたのと同様、またしても外れることになるかもしれない。

おそらく第三者の客観的な視点からすれば、会員の尻を叩くための手段にしか映らないのではないか、いくら学者の説を持ち出そうが、かつての「あと二十五年」発言の清算をしないまま、新たに「あと十二年」などと言ったところで、誰も信用しないのではないかと思う。

以上、亡ぶ・亡びないの自語相違だけをあげつらうのは単なるアゲアシ取りに過ぎないけれども、その背景を考えればいろいろ見えてくるものがある。浅井先生は会員を惹き付けるための手段として常にセンセーショナルな話題を用意し、会員をその気にさせるのがうまい。しかし、それは催眠術であって、永続性がない。だから今の段階で熱狂的に活動している人が十年後にいるとは限らない。むしろ大半の人がいなくなっているかもしれない。もし浅井先生がそこまで考えて「あと十二年」などと言っているとしたら、とんだ悪党である。自分の無責任な発言に頬かむりができる。しかし、わたくしとしては先生をそんな悪党だとは思いたくない。先生は本気で言っているのだ。だから自分たちも本気で戦わなければいけない。これは熱心な活動会員たちの常のセリフである。

だったら過去の発言について、それなりの清算を行なうべきだろう。それが筋というものだ。

2010/4/11  22:35

投稿者:nabe
 なぜ北朝鮮について顕正新聞に書いたのか。
 しばらく考えました。
 ソ連崩壊の時は最後まで無言を貫き通してしまい、「予言が外れた」と言われています。
 今回は北朝鮮が体制崩壊した際に「ちゃんと北朝について書いておいたよ」というためであり、ターニングポイントを暗示しているのではないかと思います。
 さて、昨年のセンセーは旧正月明けの暴動を示唆して失敗をしていますね。
 私は、それよりも上海万博と元切り上げに大変な興味を持っています。
 上海万博が成功するかどうか、とても大きな問題ですが、それは対外的なスタンスや経済効果よりも、華南と華北のバランス問題が大きな視点です。
 次に、元切り上げをするかどうか。
 中国経済にとって本当に大きなターニングポイントです。
 いつかはやるのでしょうが、今年であるかどうかが問題です。
 切り上げについては、国内景気の上昇に後押しされることが望ましいとされますので、条件的には今年でも問題はありません。
 それが中国にとって吉凶いずれになるかということも大きなポイントですが、世界経済にも大きな変動をもたらすことになるでしょう。
 あ、これらはすべて受け売りですよ。
 マスやらなにやら、あちらこちらの皆さんの意見を聞いた上での判断です。
 私は預言者ではないですから。

http://heartland.geocities.jp/kamijo2057/index.html

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