2010/4/17

唯授一人の信頼性  
まず、昨日は入れ違いで、水無月氏からコメントをたまわっていた。自らイヤミであることを断られているが、事実に即しているだけに痛烈この上ない。以前、浅井先生が一千万を目標に掲げていたのは、おそらくは創価学会を意識してのことだろう。本気で広宣流布をやろうと思っているのならば、最低でも創価学会と肩を並べる実力を備えなければ話にならない。だれが考えたって、それ以下ではまったくお話にならないのだ。しかし、それが今は夢のまた夢になってしまった。事実上、広宣流布を断念したと見られても仕方がないだろう。それでいて熱心な活動会員は十二年後に広宣流布が実現すると思い込んでいる、いや、思い込まされているのだから、なんともヒドイ話である。

さて、今度は法華講の諸氏との対論であるが、nabe氏のコメントをわたくしなりに理解すると次のごとくなる。

浅井先生は天母山と天生原を同義であると主張していた。ところが今はもっぱら天生原であって、天母山とは言わなくなってしまった。これは都合が悪いことがあるからだ。

ありの金吾氏からもコメントを頂戴したが、こちらはかつての冨士の記述を引用し、その後の自語相違を責めるという、いわば破折の王道である。

すなわち昭和三十九年の段階では大石ヶ原を本門戒壇建立の地であると主張していたにもかかわらず、その後、天母山を主張するようになった。これ自語相違にあらずや、というアンバイである。

この両者のコメントを合体させると面白いことが見えてくる。なぜ天母山を言わなくなったのか、もしかしたら宗門の天生原=大石原を逆手に取っているのかもしれない。いわゆる大本門寺構想の上から判ずれば、その広大な寺域は天母山を中心として大石寺も含まれることになる。重須もそうだ。日興上人が重須に御移りになったことをとやかく言う人たちがいるけれども、実は重須も天生原に含まれることになる。つまり、何の矛盾もなく丸く収まるのだ。この発想で行くと、くだんの昭和三十九年の冨士の記述も矛盾がなくなることに気がつくべきだろう。

しかし、わたくしはこの会通をあまり芳しいとは思わない。もっと単純に考えていいと思う。

nabe氏によれば、昭和三十九年のセンセーは迹だという会通が存在するらしい。わたくしはそんな気取った表現ではなく、ようは未熟だったということでいいと思うのだ。教学未練だった、勉強不足ということだ。
その後、正本堂の構想が持ち上がった。それがどういうわけかエスカレートして、あたかも御遺命の戒壇が成就するかのごとき発言が次々に飛び出すようになった。
これに浅井は不審を感じた。そこで真剣に御書ならびに先師上人の御指南を学んだわけである。その結論が天母山戒壇説ということなのだ。

やや横道にそれるが、昭和三十九年の冨士に最初に着目したのは誰であろうか? わたくしの知るところでは深道険山氏だと思うのだが、いかがだろうか?

何が言いたいかというと、証文の出し遅れではないか、昭和四十年代当時に宗門ないし創価学会が妙信講にこれを突きつけていれば、だいぶ事情が変わっていたのではないか、ということなのだ。

そこで話を元に戻すが、わたくしの思うに、この件に関する浅井の自語相違はぜんぜん問題ではないということである。だからこそ当時は指摘されることがなかった。先ほど書いたごとく、浅井は未熟だった、そこで御法門を学び直して天母山戒壇説にたどり着いた。つまり、ここで問題となるのはどちらが真実かという点なのだ。

まあ、しかし、またしても横道にそれるが、ありの金吾氏のおっしゃる、

顕正会は本門戒壇建立の地を、大石ヶ原から天母山に変更した理由についてはきちんと説明しているのですか?

という問題は、別件としてひじょうに重要である。まさに顕正会の隠蔽体質というか、浅井の頬かむり体質を象徴しているとも言える。おそらく、己れの未熟さを告白するようなことはしたくないし、性格的にも出来ないことなのだろう。

nabe氏のコメントに戻ろう。

都合が悪いから、天母山から天生原に変更した。しかし、こればかりは本人に聞いてみないとわからないことだ。もちろん都合の悪いことであれば、答えは期待できない。わたくしの思うに、これは案外に単純な話なのではないか。例文を挙げよう。

 本宗において貫首(法主・管長)の権威は絶対である。ただしその貫主であっても、もし大聖人の仰せに違う己義を構えたら、その貫首の云うことを用いてはいけない、と仰せられる。

折伏理論書初版の文章である。改訂版をお持ちの人は確認されるとよい。一箇所だけ修正されているのだ。改訂版を持っていなくても察しのいい人であれば、わかるだろう。ようは貫首・貫主・貫首という表記になっている。うっかりミスなのか、それとも考えてこのようにしたのか不明であるが、ともかく改訂版ではこれを貫首に統一したわけである。
nabe氏に言わせれば浅井は駄文家なのかもしれないが、本人はけっこう文章にこだわりを持っているし、誤字などにもかなり気を使っている。上述の件はまさにその一例だろうと思う。
同様の意味で、天母山と天生原は同義ではあるものの統一したほうがいいと考えたのだろう。文章家であれば、富士山天生原と富士山天母山とどちらが美的であるか、一目瞭然だろう。後者は山と山が重なってしまってうまくないのだ。
ちなみに、地元の感覚としては天母山にそれほど違和感を持たないはずだ。たとえば北山だとか西山がある。あるいは宝永山もある。ただし、富士山宝永山みたいな表記はしないはずだ。

以上の理由から、顕正会が富士山天生原という表記に統一したことに、それほどの不自然さはない。

なお、活字として残っているかどうか不明だが、浅井先生の日常の指導・・・ようは日曜勤行などでの口述においては、天母山と言ったりすることもあるのだ。もちろん最近は知らないが・・・

最後に、日亨上人の先行研究があって、その上で日達上人が天母山戒壇説を誤りであると断定した、という点について、わたくしの所感を書いておきたい。
昨日、書いたごとく、日穏上人は大石寺の貫首上人でありながら、大石寺は未だ本国土ではない天母山こそが本国土である、と仰せになられた。これはわたくしにとって衝撃的な御指南である。しかし、これは日穏上人だけではなく、日寛上人や日応上人など、多くの上人が仰せになられるところなのだ。
いわば顕正会の主張はここに尽きるわけで、何も自分勝手なことを言っているわけではないのだ。
ところがである。日達上人はこれを間違いであると仰せられた。つまり、先師上人たちの言っていることが間違いだということである。
確かにnabe氏のおっしゃるごとく、先師上人の御徳を汚さぬよう重々の御配慮をあそばしているのは事実だろう。それをとやかく言うつもりはない。

わたくしが言いたいのは一つだけである。戒壇建立という重大事において血脈付法の上人が何代にも亘って間違いを犯すだろうか、このことは唯授一人の血脈相承の信頼性を著しく損なう事例にもなりかねないのではないか、ということである。宗門には優秀な人材がたくさんいると聞くが、であれば、こうした問題をどのように整理したらよいか今一度考えるべきだろう。生意気を言うようであるが、わたくしの目から見てうまく整理整頓が出来ているとはとうてい思えないのである。

2010/4/18  8:30

投稿者:nabe
>昭和四十年代当時に宗門ないし創価学会が
 そんなこと研究してませんよ。そもそも御宗門だって学会の発行物をチェックしきれてなかったんですよ。
 浅井の自画自賛本に「学会はこんなこと言ってます」「それは知らなかった」という下りがあるでしょう。
 如何にいわんやゴマメの本など、誰がチェックしましょうかね。

>浅井の自語相違はぜんぜん問題
>だからこそ当時は指摘されることがなかった。
 違うでしょう、相手にされてなかったからチェックしてなかっただけですよ。
 その『冨士』の発行部数は何百部だったのでしょうか(笑)。
 他の講中の人は買うはずもありませんからね。

>顕正会が富士山天生原という表記に統一したことに
 問題あるでしょう。
 天母山=天生原だとするなら、正本堂建立前が日蓮正宗の墓所であったことを「不浄」と言い切ったんですよ。天母山には一般の霊園、清掃工場、公衆浴場、しかも国柱会の道場がある。
 これは「不浄」ではないのか。
 しかも、これらを無理やり避けようとしたら山を切り崩さなければならない。
 天母山を下りた目の前の畑を「天生原」と定義するのはまるで無理がある。
 現地調査くらいしたらどうですか、目が覚めますよ。

>戒壇建立という重大事において
>このことは唯授一人の血脈相承
 戒壇建立地が「唯授一人の血脈相承」だとはどなたもおっしゃっていません。
 私は「金口の御相承にある、ない」は断言できません。
 金口の御相称を知る立場ではないからです。
 「ある」と言い切ったら浅井と同じになっちゃいますからね。
 でも、敢えて断言しましょう。
 「絶対に金口の御相承には地名は存在しません」と。
 なぜなら、日興上人の時代には「天母山」も「天生原」も地名としては存在してなかったんですよ。
 これについてはまだまだ証拠があるんです。
 私が単純に文献だけをもとに論証していると思わないほうが良いですよ。
 現地調査を行ってきたんですからね。
 なめたらあかんですよ。

http://heartland.geocities.jp/kamijo2057/index.html

2010/4/18  6:27

投稿者:沖浦克治
 厳虎さん、おはようございます

 唯授一人なんて嘘っぱちですよ。
 大体ね、仏法が唯授一人で伝わるなら、釈迦から天台の1500年、説明つきません。
 唯授一人なんて、ダライラマの転生の世界の御伽噺です。

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