2010/5/16

浅井式循環論法  
前回のコメント欄には、めずらしい人が登場した。茶寮氏である。はたして何年ぶりのことであるか、おそらくは丸三年くらいの空白期間があったのではないかと思われる。

さて、コメントの中身であるが、そこにはリンクが貼られてあるので、紹介しておこう。

http://sakuragawa.qee.jp/b/m/b9nent.html

 山門入り口さんのブログに「新年企画!」として、「元旦号で見る顕正新聞!」が掲載されました。事態の推移を把握するために「定点観測」は重要であり、とてもよい着眼点であると思います。「年頭の辞」は、浅井昭衛会長の発言の変遷が時系列に把握できる、絶好の定点観測ポイントでしょう。

なんと櫻川氏のサイトだった。その中で茶寮氏が注目したのは平成十四年の年頭の辞である。

 この三毒渦まく日本に、いま刻々と二大氷山が近づきつつある。そして国家財政の破綻も巨大地震の発生も時期を同じくし"早ければ二〇〇二年、遅くとも二〇〇五年"ということは、容易なことではない。この二大氷山の到来こそ、恐るべき他国侵逼の予兆に他ならない。

nabe氏に言わせれば、今さら浅井発言の不整合をあげつらっても意味がない、それこそ枚挙に暇がないくらいであるから、過去の事例だけでもじゅうぶんである、ということになりそうだ。

確かに、古くから顕正会を見つめてきた人にしてみれば、もはやウンザリするくらい自語相違を知っている。しかし、昨今の人たちにとっては、知らないことも多い。あと二十五年の話にしても、その発言そのものをリアルタイムで聞いたわけではないし、今はその二十五年のタイムリミットすら過ぎてしまっているわけだから、何となく実感しづらいのだ。
もし、ここに平成十年から十三年頃にかけて入信した人がいるとして、平成十四年前後はまさにノリノリの状態だったとしよう。そこで上掲の年頭の辞を読めばどう感じるか、なのだ。さらに、その同じ人物が今もなお現役バリバリの顕正会員だとしたら、本年の三月度ないし四月度総幹部会の会長講演をどのように受け取るか、そこが問題である。茶寮氏の指摘はまさにこれであろう。
ゆえに、nabe氏のようなベテランにしてみれば今さらのことであっても、新しい人たちにとってはけっこう新鮮な出来事とも言えることなのだ。
よって、先生が自語相違を繰り返すたびにその一々を批判していく、これも一つの有力なあり方のはずである。

そういうわけで、今日は茶寮氏の視点を踏まえて、わたくしなりに書いたみたいと思う。

日本の行く手に二つの大氷山

これが直近の四月度総幹部会の見出しの一つである。二つの大氷山と二大氷山は同じ意味と考えるのが普通であろう。すると平成十四年の年頭の辞との自語相違は明瞭である。

 二大氷山   =国家破産と巨大地震

 二つの大氷山=国家破産と他国侵逼


ただし、前掲に明らかなごとく、国家破産と巨大地震は他国侵逼の予兆であると言っているので、大きな意味では矛盾がない。問題は巨大地震がどうなってしまったのか、そうした都合の悪い部分に頬かむりしている点であろう。これまた毎度のことではあるのだが・・・

さて、先々月すなわち三月度総幹部会の会長講演を再掲しよう。以前の拙ブログで取り上げた部分である。

 今や、多くの学者そしてマスコミが、一斉に「国家破産の到来必至」を叫ぶようになって来たが、私はその到来を、遅くても五年以内、早ければ二・三年後と思っております。

今一度、平成十四年の年頭の辞をご覧に入れたい。

そして国家財政の破綻も巨大地震の発生も時期を同じくし"早ければ二〇〇二年、遅くとも二〇〇五年"ということは、容易なことではない。

もはや説明の要もないが、あえてピックアップしよう。

遅くても・・・、早ければ・・・

早ければ・・・、遅くとも・・・


これはいかがなものだろう。浅井先生には会員を騙しているという自覚がないのか、それとも自覚してやっていることなのか、そこが気になるところである。

おそらく当時から在籍している顕正会員であれば、気がつく人もいることだろう。ただし、多くの人は気がつかないと思う。なぜならば、わたくしのような傍観者ですら、茶寮氏のコメントを読むまでうっかり忘れていたのである。いわんや、熱心に活動している会員には過去を振り返る余裕がないので、そのまま気がつかないでいる人が多いと思われるのだ。

結論として、今さら浅井発言の矛盾をあげつらうのはウンザリだというのも事実であるが、一方では常に発言をチェックしてそこに矛盾がないかどうか監視を続けることも必要である。

なお、のび太氏のコメントについては、明日、書く予定だ。

2010/5/16  14:07

投稿者:大沢克日子
巌虎様

こんにちは。元男子部員、現法華講員の大沢です。

私もちょうど平成14年から平成15年にかけて「百万法戦」の時期を過ごしました。

私の頃は二大氷山はのび犬様ご指摘の通り、「国家破産」と「巨大地震」でした。

平成15年の浅井会長の指導はもっと凄まじくて、ある学者の説を曲解して「マグニチュード7.3+/-0.2の地震が9月〇日前後一週間以内に起きる可能性が高い」と日曜勤行で指導したものですから、私たち会員は目の色を変えて活動していました。

仕事そっちのけで活動していた人もいました。
「巨大地震が来るのだから貯金など意味はない」
と口座を解約して防災グッズを買いまくった人もいました。

結局巨大地震は起きませんでした。
(その後力尽きて姿を消した会員が何人かいました)

>よって、先生が自語相違を繰り返すたびにその一々を批判していく、これも一つの有力なあり方のはずである。
>結論として、今さら浅井発言の矛盾をあげつらうのはウンザリだというのも事実であるが、一方では常に発言をチェックしてそこに矛盾がないかどうか監視を続けることも必要である。

巌虎様はこのようにおっしゃっていますが、巌虎様は顕正会の問題点、浅井会長の矛盾を知っておられるにもかかわらず、「監視」「批判」のみに止まっておられてよろしいのでしょうか?

顕正会と縁が深かった精神科医師の医院が、かつてさいたま市内にあったとのことです。
その縁から、日頃躊躇っていた顕正会員が救いを求めるように数多く受診しにきたそうです。
一人二人という事ではなく、数百人単位の患者がいたとのこと。

中には隠れて何人もの上級幹部が受診し、また「功徳で治った」と体験発表した会員が裏では相変わらずという実情であったとのことで、職員が

「顕正会が正しいのなら、なぜこんな状態になるのでしょう?」

と聞いてきたのだそうです。

私の縁のある会員だけでも、夜逃げしてしまった方、僧宝誹謗を繰り返した揚句急死してしまった方、日常生活を送れなくなってしまった方、業病に苛まれている方…等がいます。

顕正会により様々な実害を受けている会員が出ている現状を見る時、問題点に気付きながら、第三者的に「監視」「批判」に止まってしまっていいのでしょうか?
この「巌虎独白」は魅力ある内容と思いますが、一方で大変無慈悲だと思います。

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