2010/9/25

会長講演の欺瞞を破す  
nabe氏の念頭にあったのは冨士第二百五十号の次のくだりであろう。

 これは禁治産者が保証人になることを申し出たようなものである。

わたくしの手元にある当該書籍を開くと、上掲の一行には頭注よろしく、はてなマークが付いている。若い頃に自分で付けたものである。ようは当時、意味不明だったのだ。
しかし、今になってみると、これはひじょうにマズイ文章であることがわかる。この書は解散処分の十年後に書かれたものであるが、だから許されるというものではないだろう。ようするに早瀬総監を思いっきり侮辱した表現なのである。
後年書かれた文章とは言え、昭和四十五年当時の心境を綴っている部分が少なくない。つまり、浅井先生という人はハナっから僧侶を馬鹿にしていた、図らずもその本音が露出している部分が上掲なのである。

繰り返しになるが、書いておこう。処分が下されて、その腹癒せで悪口を書く。これはこれで見苦しいことだが、まだマシなほうだろう。実は処分が下る遥か以前に馬脚をあらわしている、その一例が上掲なのだ。坊さん連中は道念がない・・・というのも先生の口癖であるが、おそらくはハナっからそのように思っていたのだろう。すでに法道院離脱の時点で、そうだったのだ。

さて、今日の話題であるが、八月度総幹部会の会長講演を破す、である。

十日ほどまえには、会長講演の最大の謎、と題して書いたわけだが、今日の話はその延長線上にある。
昭和四十五年の四月二十七日に日蓮正宗では責任役員会が開かれ、重大な決議が行なわれた。国立戒壇の名称を使用しない旨の決定がそれである。浅井先生はこの事実をおよそ三十年前から知っていた。ところが今までずっと黙っていて、どういうわけか先般の総幹部会の席でこれを公表した。
案の定というべきか、直後の班長会では多くの幹部たちがこの話題を取り上げた。まずはその一例をご覧に入れたい。

 そして何より、このたびの先生は、宗門が執拗なまでに国立戒壇を怨嫉する根拠について、昭和四五年四月二七日、池田大作に求められるまま、宗教法人・日蓮正宗の責任役員会において
 「本宗教義の本質に鑑み、国立戒壇の名称は不適当につき、今後一切使用しないこととする」
 と議決した議事録の存在を明かされましたが、宗門の公式決定として御本仏の御遺命に背いたことはあまりに重大であり、ただ唖然といたしました。


男子部長である。ここに、池田大作に求められるまま、とあるが、副総合婦人部長の記事にも類文がある。必要な部分だけ示せば、以下のとおりだ。

 池田大作の要求に従い・・・

ようするに、日達上人は池田大作氏の要求に従って責任役員会を開き決議を行なった、というのが顕正会の主張のごとくである。

わたくしの結論を書いておこう。日達上人は御自分の意志で役員会を開き、国立戒壇の名称使用の是非について、決議されたのだ。池田氏の要求を云々するのであれば、その証拠を示さなければならない。顕正会にそれが出来るのか、とわたくしは言いたい。

先回、なぜに浅井先生は今まで黙っていたのか、なぜに今頃になって公表するのか、という疑問を書いておいた。
わたくしの想像では、本来ならば使えないネタだからではないか、先生はもともと使えないネタだと判断していたのではないか、と思う。
しかし、水無月氏も指摘しているごとく、マンネリ武勇伝にスパイスを効かせる、という意味から、よし、使ってみよう、ということになったのではないかと思うのだ。明年は、御遺命守護にスポットを当てた形で教学試験を行なう。しかし、そこには新鮮さがない。また、それかよ、それしかないのかよ、と言われてしまえばオシマイである。
そこで何かしらの新事実を提示する必要があった。新鮮味を出すためには工夫が必要である。しかし、現実にはもうネタ切れである。では、どうするか・・・

その答えが、過去にボツにしたネタを使ってみよう、ということなのだと思う。

ずいぶん穿った見方をしているように感じられるかもしれないが、ともかく三十年もの長きにわたって封印してきた理由が明確でない以上、わたくしは使えないネタだからというのが本当の理由だったのでは、と考えざるを得ないのである。

日達上人が池田氏の要求に従って役員会を開いて決議をしたというのは証拠のないことだ。

このように書くと、あるいは阿部メモを出してくるかもしれない。熱心な活動会員ならば当然の反応だろう。
阿部メモというのは、創価学会の池田氏と宗門の早瀬総監・阿部教学部長らの会談記録であり、池田氏が国立戒壇の放棄を宗門に迫っている意味で、ひじょうに重要な記録である。昭和四十五年四月十四日のことだ。
しかし、これが四月二十七日の責任役員会での決議に池田氏が関与したことを、直接的に証明するものではないことに留意すべきである。

阿部メモの重要なポイントを折伏理論書改訂版の記述から拾ってみよう。

「非常にいそぐので早く願いたい。……また何等かの方法で、この件につき宗門内の統一を願いたい。」

これは池田氏の発言であるが、ご存知のごとく、四月二十二日には臨時時局懇談会が開かれる。まさに池田氏の意を受けて、全宗門合意を形成しようとのネライがあったことがわかる。

やや煩瑣になるが、ここで冨士第二百五十号を見ておこう。

 いかにも宗門の動きがあわただしい。いったい何があったのであろうか。……
 後年法廷闘争のさい学会側より提出された資料でわかったのであるが、実はこの時学会は、共産党の質問主意書に関連して、文部省に国立戒壇についての見解を提出することを求められていたのである。その期日は四月二十三日であった。


わたくしはここが最大のポイントだと思う。ご存知のごとく、くだんの臨時時局懇談会は浅井先生の圧倒的教学力(?)によって流会となり、全宗門合意は不成立に終わった。しかし、文部省への回答期日は目前である。
この日は早瀬総監も佐藤重役も本山に登られていたことだろう。つまり、もし日達上人が池田氏から強い要請を受けていたのであれば、この日のうちに責任役員会を開いて決議を行なうべきだった。しかるに役員会が開かれたのは二十七日なのである。
ゆえに、阿部メモは直接的な証拠とはならない。

むしろ顕正会側は、宗門の責任役員会決議と創価学会総会との関連性をどのように捉えるか、そこが問われることになると思う。

日達上人が五月三日の総会に御臨席あそばすことは、かなり早い時期に決定していたことのようである。当然、池田氏の要請を受けてのことであり、その内容も国立戒壇放棄の方向性である。
では、いわばその直前の四月二十七日に、日達上人はなぜに責任役員会を開き、国立戒壇名称放棄の旨を決議したか、この意味が重要になってくる。いったい顕正会側はこれをどのように考えているのか、聞いてみたいものである。
これについて、浅井先生は次のごとく言っている。

 総会の席での発言だけでは、将来、管長の個人的見解におわってしまう恐れがある。そこで彼は「日蓮正宗として、公式に国立戒壇放棄の議決をしてほしい」と宗門に強要したのです。

取って付けたような解釈である。そもそもカギカッコになっている部分であるが、そのような証拠があるのだろうか、ましてや強要したというのも証拠がほしいところである。

わたくしが先生の立場ならば、もうちょっとヒネリを入れたいところだ。総会の直前に決議したという意味は、この時点で先生の諫暁はすでに始まっていたわけであり、日達上人は先生の意見にも耳を傾けるだけの器量を御持ちであられた。つまり、池田氏としては日達上人が総会の席でとんでもないことを言い出すのではないかと恐れて、事前に担保として責任役員会での決議を強要した、というアンバイである。

しかし、最初に申し上げたように、御高徳の日達上人が唯々諾々と池田氏の要請を受け入れるわけがないのである。よって、御自身の意志で役員会を開かれ、決議が行なわれたものと拝する次第である。

証拠と言えるかどうか、微妙なところであるが、いちおう根拠を示しておきたい。冨士第二百五十号だ。

 私は五月三日の学会総会での猊下の発言が大いに心配になった。(中略)私は早瀬総監を通し、森田一哉副会長に法道院まで出て来るよう申し入れた。四月二十四日、三人の会談は実現した。(中略)私は「猊下に正本堂を事の戒壇などと云わせ奉っては絶対にいけない」と云った。

これはけっこう重要なポイントだと思う。この会談の内容は当然のこと、猊下に報告されたことだろう。もちろん池田会長にもだ。
先ほど書いた仮説・・・すなわち池田氏が担保として責任役員会での決議を求めたという話も、浅井先生の上掲の発言から生れてくるわけだが、わたくしは正反対のことも言い得ると思う。
わかり易く書いてしまえば、先生の言っていることは猊下を侮辱しているわけである。しょせん猊下は池田の傀儡に過ぎない、池田の要請に唯々諾々と従ってしまう不甲斐ないヤツである、だらしのない人間なのだ、と。もちろん、そのような文言があるわけではない。だが、しかし、浅井先生の発言は言外にそのような意味を含んでいるとも受け取られかねないものなのである。

日達上人の立場になって考えるべきだ。なに? 浅井はワシを侮辱するのか? 浅井の言い様ではあたかもワシが池田の傀儡みたいではないか?

日達上人が二十四日の三者会談の報告を受けて、このような感想を懐いたとして不思議はない。であれば、この後の責任役員会の意味は、まさに己れの意志を明確にするための手段だったと考えるのが自然であろう。総監と重役を呼んで、ワシはこのように思うのだが、二人はどうだ、というのが責任役員会の真相である。

微妙なところであるが、池田氏の要請を受けて総会に臨んだのは事実であるし、国立戒壇放棄の宣言にしても創価学会側の要請によるところが大きかった。しかし、浅井先生の「猊下に云わせ奉っては絶対にいけない」という発言には、かえって不遜な意味合いがあって、猊下に有形無形の影響を与えたと思われるのだ。猊下の心証を損ねたと言ってもいいかもしれない。いずれにしても、ここで猊下は己れの意志で事を決しなければいけないとの御考えに立たれた。それが四月二十七日の決議となってあらわれたのだ。

以上、四月二十七日の責任役員会は日達上人の意志で行なわれたものであって、池田氏の関与は認められない、というのがわたくしの見解である。

2010/9/25  23:06

投稿者:通りすがり
>総会の席での発言だけでは、将来、管長の個人的見解におわってしまう恐れがある。そこで彼は「日蓮正宗として、公式に国立戒壇放棄の議決をしてほしい」と宗門に強要したのです。

日蓮正宗内部では、猊下様がトップの指導者でありそのような事を「強要」する必要はありません。特に日達猊下様の頃、創価学会を牽制しておられている事は多々見受けられましたが、宗門内部において猊下様のご指導・御指南は猊下様自身が決定され通達されればよいだけの事です。それ以上でも、それ以下でもありません。この文では、猊下様と言えども総会に意見が出来ないと捉えられますが、それらは本来の宗門のあり方から逸脱してしまいますので、単なる浅井会長の「妄想」に過ぎないと思われます。

2010/9/25  18:16

投稿者:莫迦鍋
nabeちゃん 情操?

「ビッグバンドでの演奏が続きます。」
いつ? どこ? 嘘じゃあないなら告知してみ 男だろ 「情操を豊かにする方」

「仕事も忙しいですが、音楽にも熱が上がってきました。
とりあえず年内はコンサートが5本くらいありますので、それに集中かな。 」
莫莫
嘘じゃないなら告知したら渡辺雄二? できないよな嘘だから、莫莫莫莫

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