2011/2/11

壮年部廃止についての感想  
旦氏のおっしゃる「顕正会の教義に忠実」は、なるほど、そのとおりなのだろう。たとえば、創価学会からの入会者が洒落っ気(?)で創価学会員だった時に教わったことを書けば、まず間違いなく不合格だろう。とりわけ戒壇に関することでは見解が百八十度異なるわけだから、合格するわけがないのだ。それどころか除名になる可能性もあるだろう。入会者の中にはそうした彼我の違いをじゅうぶんに承知した上で顕正会に順応していく人もいれば、自然と順応してしまう人もいる。もちろん順応できない人もいる。ともかく幹部になるためには順応しなければいけないが、その順応度を知る一つのヨスガが教学試験なのだろう。

睦月氏のコメントは客観性にすぐれている。個人の問題というのはまさにそのとおりだ。顕正会にはわたくしよりも遥かに教学のできる人がたくさんいる。また、法華講員のすべてが教学に長けているわけではないし、失礼を承知で言えば、僧侶にしても不勉強のソシリを免れない人がマレにはいるに違いない。しかし、睦月氏がおっしゃるように、本人の自覚もさることながら環境も重要である。悲しいかな、顕正会には学ぶべき書籍があまりない。逆に宗門にはたくさんある。まさにここが決定的な違いなのだろう。

さて、成人式について書いておこう。

今回の登壇者は男女二人ずつであり、四人とも支隊長・総班長である。しかも両親ないし片親が顕正会員であり、彼らは全員が高校入学と同時に顕正会員になっている。一人は小学校三年の頃から、もう一人は幼い頃から勤行を実践している。おそらくは他の二人も大同小異であろう。

わたくしの感想は、二世会員の増加、ということだ。

これを吉と見るか凶と見るか、悩ましいところである。創価学会では二世三世は当たり前、今では四世五世も増えつつあるのだと思う。そこで気がつくことは、信仰心の希薄さ・脆弱さである。もちろん全員がそうだとは言わないが、何となく骨がないというか、親の言いなりで信心しているような印象が拭えないのである。もしかしたら顕正会員にも同様のことが当てはまるかもしれないのだ。

唯一、異なる点を挙げれば、顕正会員の場合は高校生も大人扱いであり、折伏の戦いに参加することである。この違いはデカイだろう。薄っぺらな信心では折伏などできっこないのだ。ゆえに、創価学会の子女と顕正会の子女を同じと思うのは大間違いかもしれない。

しかし、二世会員の増加は別の視点からも捉える必要がある。

登壇者全員が二世会員ということは、一世会員が育っていないことの裏づけかもしれないのだ。
今回の成人式で登壇した彼ら彼女らは、当然ながら同級生を片っ端から折伏していることだろう。ご存知のごとく、顕正会の入信はひじょうに簡易であり、それがために入信はしたものの、実質的には即日退転というケースがたくさんある。
ゆえに、数字の上では成果が上がっていても、人材が育っていない。近年の成人式で二世会員ばかりの登壇が目立つのは、おそらくはこのためだろう。

吉と見るか凶と見るか・・・などと書いて大袈裟なようだが、これはけっこう重要な問題を孕んでいると思う。

成人式はいよいよ親の庇護を離れる段階を意味するのだ。
今まで親に従順だった二世会員たちが反旗を翻すこともあり得ることである。さすがに反旗はオーバーにしても、自分の力で生きていけるとなれば、思い切って顕正会を離れることだってできるのだ。実際、そうした例もたくさんあるに違いない。
すると、やはり自分の意志で信心を始めた一世会員のほうが有望であるし、信頼できるのではないかと思う。

実話を紹介しよう。

何を隠そう、わたくしを折伏してくれた人物こそが二世会員だったのだ。結局、数年で退転してしまった。しかし、そのわずか数年間にたくさん折伏し、たくさんの入信を数えた。その時に入信した人たちが、何と今も現役の活動会員だったりするのだ。

以上、二世会員ばかりが目立つ成人式に、今後の顕正会のゆくえが象徴されているのではないかと思った次第である。

さて、次は壮年部廃止についてである。

壮年部の男子部編入

壮年部、男子部へ合流


上掲は顕正新聞第1196号の記事をわたくしなりに要約したものである。巷では壮年部廃止という言葉が踊っているが、顕正新聞には廃止の文字は見当たらない。合流ないし編入ということだ。
実際、壮年部の地区がそのまま男子部の隊に移行したような形なので、編入や合流で間違いないのだろう。逆に廃止は批判者ならではの過激な表現と言えるかもしれない。

わたくしが感じたことは、浅井先生はなぜ断行したか、ということである。

批判者から突っ込まれるのはわかりきったことであり、いい評価など、一つもあり得ないからだ。

たとえば『迷走する顕正会を斬る』には壮年部のことがたくさん書かれているが、一例を挙げれば次のごとくである。

顕正会ではほとんど戦力になっていない壮年部・・・

負け嫌いの浅井先生のことだ。このような指摘がある以上、意地でも壮年部を存続させそうなところである。でなければ、櫻川氏の指摘を認めたことになってしまうからだ。

ゆえに、一つの可能性としては、そんな外部の批判など構っていられないほどに、ニッチもサッチも行かない状況に追い込まれていることが考えられるだろう。しかし、それが具体的にどういうことなのかは、よくわからないことである。

実はまったく別の視点からも捉えることができる。

総男子部長

第一男子部長


今回の組織改革では名称の変更も行われた。従来の男子部長に「総」が冠せられ、今までの男子第一部長などが上掲のごとく変更されたのだ。

なぜに総合男子部長にしないのか、この辺がよくわからないところである。

それはともかく、批判者たちの喧伝する壮年部廃止は、ある意味では浅井マジック(?)に眩惑されていると思う。実は逆のことを考えないといけないのだ。すなわち男子部廃止である。

城衛もそろそろ四十になるのではないか? あるいは四十を越えただろうか?

以前にコメント欄で指摘があったことだが、今の男子部は高齢化が著しいのだそうである。城衛からしてすでに四十路である。いつまでも男子部でもあるまい。

つまり、今の総男子部長以下、主要な隊長たちは、本来ならばそろそろ壮年部に移籍しないといけないのだ。しかし、本稿の最初に取り上げた成人式のこととも関連するが、案外に若い世代が育っていないと思われるのだ。

おおむね答えが見えてきただろう。

壮年部を廃止することによって男子部の存続を図った。今の体制ならば、城衛が五十になっても六十になっても不自然さはない。しかし、もし壮年部があれば、オイオイ、いつまで男子部長をやっているんだ、という城衛に対する批判が外部のみならず内部から出ても不思議はない。もちろん城衛に対する批判は浅井先生に対する批判でもある。

今回の組織改革は確かに大改革であろう。しかし、これまた吉と出るか凶と出るか、わからないことである。

意地悪く言えば、見掛けは大改革でもしょせんは小手先の小細工に過ぎない。根本的には何も変わっちゃいない。それが結論だかもしれない。

2011/2/15  22:37

投稿者:水無月
おやまぁ、威勢のいい現役?さん、いらっしゃ〜い(笑)!
いきなり集中砲火ですなぁ。

浅井センセーがころころ「請願」を下方修正するのも顕正会員の常用句の「凡夫の思慮の及ばぬところ」なのでしょうかね(笑)。

あ、ネチケットとして指摘しますが、池田名誉会長を「池田」と呼び捨てで書くのはどうですかね?
他の参加者のみなサンは「浅井会長」と書いてますよね。

そういう方にはこんなサイトがおすすめかもね。
なんでも浅井センセーの過去の「請願」の履歴が置いてあるんですってね。
↓↓↓

http://www.geocities.jp/kt_committee/

2011/2/15  21:11

投稿者:たくチャンのパパ
>今、顕正会に御書が無いとはいえ、日曜勤行の後の先生の御指導、総幹部会における先生のご指導等は、常に“御書”を引用されて御指導くださいます。


確かに顕正会の皆さんは、御書を持っておられません。
しかし、ヨシさんご自身も仰っておられるように、日曜勤行や総幹部会に於いて、浅井会長は御書を引用されております。
その日曜勤行の後には、浅井会長指導がありますね。
その時、浅井会長が引用する為に、手にしているのは御書ではありませんか?
その浅井会長が所持している御書を会員向けに発刊すればよいだけのことでしょう。
編纂が云々、忙しい云々というのは、詭弁にしか他ならない。
それとも、浅井会長が所持している御書は不完全とでも仰るのでしょうか。

大聖人様は【諸法実相抄】に『行学の二道をはげみ候べし。行学た(絶)へなば仏法はあるべからず。我もいたし人をも教化候へ。行学は信心よりをこるべく候』と仰せられております。
御書の研鑽を怠る顕正会員は懈怠であり、大聖人様の仰せから外れていることを自覚するべきでしょう。

2011/2/15  14:51

投稿者:山門入り口
顕正新聞(平成7年6月5日 15日合併号 第670号)より。

【「御書全集」の編纂いよいよ始まる 編集委員に三氏任命さる】
本年一月の新春座談会において「日蓮大聖人御書全集」発刊の大構想が浅井先生より発表されたがこのほど三名の編集委員が正式に任命され、先生の編纂作業をお手伝いすることになった。
すでに作業は現在急ピッチで進められつつある。
 新任の編集委員は小泉修、斎藤千鶴、浅井城衛の三氏で、それぞれ男子部・女子部において要職を務め、教学部においては二級部員であり、強盛な信心と明晰な頭脳を持つ若き俊秀である。
 この御書全集の発刊は浅井先生の長年の御念願であり、全顕正会員にとっても待望のもので、いよいよ時至って、ここに本格的編纂作業が開始されたものである。
 顕正会版の御書は、大聖人一代御化導を順次に拝せるようにと編年体となっており、全三巻、第一巻の発刊は来年の予定。サイズはA五判、文字は十八級とのこと。
 先生は御書全集発刊について 「正確で、大きな活字で、ふりがなも多く付け、全顕正会員がこの御書を御本仏の梵音声と拝し、太陽を仰ぎ見るような思いで拝読しつつ、広宣流布を進めたい」 と述べられているが、思うほどにワクワクするような歓喜が込み上げてくる。


顕正会員の中には、謀略だ!改ざんだと言う方もいるので、顕正新聞の該当号を確かめてください。

さて、遅くとも平成8年には、第一巻が発刊されている訳ですよ。
こういう発表を顕正新聞でしといて、発刊もしないし、延期理由も述べないのは、無責任とか、嘘つきと世間では言うのですよ。
 きつい言い方をしますが、26年も顕正会に居るのなら、社会経験も豊富な年齢ですよね。
もう少し冷静に見つめて、浅井会長が信用できる言動をしてるか考えてみてください。
なんの説明もないまま放置してる行為など、中学生でも無責任な発言と理解できるような事柄だと言えますよ。


http://plaza.rakuten.co.jp/sanmon77

2011/2/15  14:32

投稿者:ありの金吾
ヨシさんへ
 
>大聖人様の御遺命は学会・宗門による“正本堂の誑惑”によって破壊されました。
 
宗門は正本堂を御遺命の戒壇だとは認めていませんよ。
 
宗門が正本堂を御遺命の戒壇だと認めたと言うのなら、なぜ顕正会(妙信講)はその「御遺命違背」の正本堂で御開扉を受けようとしたのですか?
 
「御遷座の翌年五月、妙信講は久々の御登山を総本山に願い出た。」
(『日蓮大聖人の仏法 改訂版』255ページ)
 
この記述は、戒壇の大御本尊が正本堂に御遷座された翌年の昭和48年に、妙信講が正本堂での御開扉を願い出たことを証明するものです。
この事実から、その当時の妙信講(顕正会)は、
宗門が正本堂を御遺命の戒壇だと認めていないのを受けて、正本堂は「御宝蔵の延長」であることを認識していたことがよくわかりますね。

http://plaza.rakuten.co.jp/arinokingo/

2011/2/15  14:18

投稿者:ありの金吾
巌虎さんを始めリスナーの皆さん、ご迷惑をおかけしてすみません。
ヨシさんのせいで荒れてしまったようです。
 
ヨシさんは最近私のブログにコメントを書いて下さる顕正会員です。
顕正会員の書いている楽天ブログのアドレスを教えて欲しいと言われたので、巌虎さんのブログも一緒に教えました。
ヨシさんの視野が広まればよいと思いましたが、ヨシさんがここまで頑迷だとは…。
 
ヨシさんへ
 
>批判を書きたいなら顕正会やめちゃいなさい!
内部に居ながら批判するなら、それは破和合僧です。
 
ヨシさんに、「批判を書きたいなら顕正会やめちゃいなさい!」と巌虎さんに暴言を吐く資格はありません!
リアルで言ったのなら、顕正会内で大問題になりますよ。
 
顕正会に対する批判ですが、前向きな批判ならしても問題ないのでは?
誹謗はダメですが、顕正会をよりよく改善するための批判はするべきでしょう。
顕正会が一切の批判を受け付けないのなら、もはやカルト教団です。
巌虎さんは単なる内部アンチではありません。
批判すべきところは批判するというだけです。
 
そもそも、顕正会に完全に絶望した強硬な内部アンチはたくさんいますよ。
下記のブログには、顕正会の内情を暴露する顕正会員(内部アンチ)は大勢いますよ。
内容的にも顕正会の酷い内情が書かれています。
濃い内容のコメントがたくさんありますが、ブログの記事本文を読む場合は、1番古い記事からさかのぼって読むとよいでしょう。
 
・あっつぁの顕正会体験記
http://kensyokameido9.blog50.fc2.com/
 
こちらのブログでは、「荒らし行為」は止めて下さいね。

http://plaza.rakuten.co.jp/arinokingo/

2011/2/15  14:02

投稿者:山門入り口
>今、顕正会に御書が無いとはいえ、日曜勤行の後の先生の御指導、創幹部会における先生のご指導等は、常に“御書”を引用されて御指導くださいます。私はそれで十分だと考えます。

同じ御書の使い回しで満足ですか。
顕正会員とは、大聖人様の御金言も求めようとしない、志が低い団体ですね。(笑)

>いつまで待っても顕正会版の御書が発刊されないからといっていちいち顕正会を疑うのではなく、そこには我々の凡慮では理解できない深い理由があるのだと考えるべきでしょう。

深い理由?ただ、何も考えてない口先だけの思いつき発言でしょう。
深い理由があるのなら、発刊が遅れてる謝罪なりを会員に示すべきが道理。
神奈川大会開催もしない理由も説明無し。
10万人デモでもそうでしょう。
何一つ、説明してないんですよ。
深い理由があると思ってるのは、顕正会員だけで、何も理由などない。ただの思いつき発言だから、説明が出来ないだけです。

>ここの管理人、並びに集まってくる人は、慢心とマイナス思考の強い方ばかりですね(笑)

唯一正しい団体と慢心してるのは、顕正会員のあなた方ですよ。
三宝を破壊しといて、何が大聖人様の仏法ですか。
ただの仏法ゴッコをしてる、無智、妄信の集まりでしかありませんね。
そのような集まりを、世間ではカルト教団と言うのです。
では、残りの質問の回答をお待ちしております。
確りと破折・反論していただき、顕正会が正しいと証明してくださいね。


http://plaza.rakuten.co.jp/sanmon77

2011/2/15  13:59

投稿者:山門入り口
>大聖人様の御遺命は学会・宗門による“正本堂の誑惑”によって破壊されました。そして正本堂の崩壊によって守護が完結したのです。

正本堂は崩壊ではなく、解体ですので。
御遺命が破壊されたのなら、いまだに、破壊されたままてことでしょう。
守護してないですよね。
なにが、守護完結ですか。
子供だましもいいところですよ。
正本堂解体で、完結などただの屁理屈と言うのですよ。
それに、御遺命守護の暁には宗門に復帰とか述べていますが、諸天の加護なき顕正会だから復帰もいまだに出来ないのが、現証が好きな顕正会員には、わかりやすいですよね。

>それがわかるのは浅井先生と一部の本部職員だけでしょう。
私にわかることは、まず浅井先生は忙しいということ。

本部電話でもして聴いてください。
本部職員なら、誰かに聴いて回答出来るでしょう。

>昨年、「四条金吾殿御返事」の講義録を4月に発刊なさると浅井先生は仰せでしたが「長文の文書の作成に忙殺され発刊が遅れます」とのことで、結局発刊は6月に延期されました。浅井先生は表に見える活動意外にも、水面下でも忙しく活動していらっしゃるのだと、私は改めて分からせて頂きました。

元の原稿があって、それに加筆しただけではないですか。
水面下で活動とは、週刊誌や学会の機関誌とかを読んで、日蓮正宗攻撃ネタを集める活動が忙しいのですか。

>御書の発刊となればさらに大変な作業です。ただでさえお忙しい浅井先生や本部職員の方々が、大聖人様のお心のまま、四百余編の御書を一文字の誤りもなく編纂するという作業は想像を絶するものがあります。

顕正新聞(平成7年6月5日 15日合併号 第670号)二回目の御書発刊を発表をしてますが、7年後に発刊のことを言って、それから16年も経って、何も発刊してませんよ。
それも、上中下の三巻に分けて発刊すると言ってるんですから、上巻ぐらい発刊できるでしょう。
結局、口先だけの口舌の徒があなた方の嘘つき会長の正体でしょう。


http://plaza.rakuten.co.jp/sanmon77

2011/2/15  11:53

投稿者:ヨシ
山門入り口さん

>顕正会では、御遺命守護完結式を行ってますが、御遺命を守護できたのなら、御遺命は破壊されてないと言うことですよね?・・・
それとも、破壊されたと言うのなら、御遺命は守られていないとなりますが、守られたのか?守られてないのか?明確な回答をお願いします。

↑そういうのを世間では屁理屈といいます(笑)
大聖人様の御遺命は学会・宗門による“正本堂の誑惑”によって破壊されました。そして正本堂の崩壊によって守護が完結したのです。
池田が正本堂を御遺命の戒壇と偽ったところから御遺命の破壊が始まったわけで、凶元である正本堂が無くなれば御遺命は完結です。


>最後に、顕正会版の御書発刊はいつになるんでしょうか?・・・回答をお待ちしております。

↑それがわかるのは浅井先生と一部の本部職員だけでしょう。
私にわかることは、まず浅井先生は忙しいということ。昨年、「四条金吾殿御返事」の講義録を4月に発刊なさると浅井先生は仰せでしたが「長文の文書の作成に忙殺され発刊が遅れます」とのことで、結局発刊は6月に延期されました。浅井先生は表に見える活動意外にも、水面下でも忙しく活動していらっしゃるのだと、私は改めて分からせて頂きました。
御書の発刊となればさらに大変な作業です。ただでさえお忙しい浅井先生や本部職員の方々が、大聖人様のお心のまま、四百余編の御書を一文字の誤りもなく編纂するという作業は想像を絶するものがあります。
今、顕正会に御書が無いとはいえ、日曜勤行の後の先生の御指導、創幹部会における先生のご指導等は、常に“御書”を引用されて御指導くださいます。私はそれで十分だと考えます。
いつまで待っても顕正会版の御書が発刊されないからといっていちいち顕正会を疑うのではなく、そこには我々の凡慮では理解できない深い理由があるのだと考えるべきでしょう。

ここの管理人、並びに集まってくる人は、慢心とマイナス思考の強い方ばかりですね(笑)


2011/2/15  9:03

投稿者:山門入り口
たくチャンのパハさん。

>顕正会に"僧"があったとは知りませんでした。。。

浅井会長が兼任しているんですよ。^^
なんせ、仏のごとく、預言するような偉大なる師匠ですからね。^^

http://plaza.rakuten.co.jp/sanmon77

2011/2/15  9:01

投稿者:山門入り口
顕正会では、御遺命守護完結式を行ってますが、御遺命を守護できたのなら、御遺命は破壊されてないと言うことですよね?・・・
それとも、破壊されたと言うのなら、御遺命は守られていないとなりますが、守られたのか?守られてないのか?明確な回答をお願いします。

最後に、顕正会版の御書発刊はいつになるんでしょうか?・・・

「御書全集は広宣流布の為に絶対必要」(顕正新聞 昭和60年2月25日号)
「御書全集編纂(へんさん)始まる」 (顕正新聞 昭和60年4月25日号)
「御書全集、数年以内完結」     (顕正新聞 昭和60年5月15日25日合併号)

昭和60年には数年以内に完結と言っていますが、一巻も出てません。
もう25年も経っているのですから、数年は過ぎてるのですが、いつ発刊なのか教えてください。

この様に、嘘・偽りの会長発言を26年も見聞きして、何とも思わないのでしょうか?二枚舌の嘘つき会長ではないですか!
この様な発言を知っていながら、会長を諫めないのは、与同罪を免れないでしょう。
大聖人様の法を貶め、弓引く行為に荷担してるのですよ。
 ま、幹部や本部にお伺いをたてないと回答も出来ないと思うので、一週間ほど回答をお待ちしております。
回答なき場合は、回答できない顕正会が間違っていると、言うことになりますので、予めご了承ください。
誠意ある、回答をお待ちしております。

http://plaza.rakuten.co.jp/sanmon77

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ