2011/2/19

リセットボタンを押す勇気  
コメントの内容が多岐にわたるため、対応が行き届かない点をご了承願いたい。

ありの金吾氏とヨシ氏のやりとりを一部始終拝見させてもらった。案の定、ヨシ氏の登場は教学試験効果とも言うべきもので、今後も法華講員に論戦を挑む勇敢な顕正会員が次から次へと出てくるかもしれない。いや、むしろ出てこないとおかしいのだ。今回の教学試験には三万人が参加した。まさか全員が出てくることはないだろうけれども、仮に一パーセントの人がネットに参戦するとしたら三百人である。これだけの顕正会員が出てくれば壮観だろう。

わたくしはヨシ氏に問うた。顕正会における役職を教えてほしいと。

これには理由があって、ネットに登場する顕正会員は多くが非活動会員ではないかと思ったからである。
わたくしもいちおうは顕正会員だが、活動はしていない。活動していないからこそ、駄文を綴っているヒマがあるのだ。
同様の意味で、ネットに登場する顕正会員はヒマなのではないか、それは折伏の成果を上げる必要のない立場の人だからではないのか、すなわち役職を持っていない人なのではないか、ということなのだ。

ちなみに、法華講員にはネットで活躍している人が多い。これはヒマだからというわけではないだろう。おそらくは顕正会と法華講の体質の違いであり、この点では法華講のほうが格段に優れていると思う。

ようは折伏成果に追いまくられているか否かの問題なのだ。

顕正会の活動会員は成果に追いまくられている。今月は一万二千人の折伏成果を上げないといけない。締め切りがあるから大変だ。
こうなると、ネットで法華講員と論戦しているようなヒマはない。なぜならば、成果に結びつかないからだ。
成果を上げるためには相手に直接会って折伏しないといけない。何がなんでも会館ないし拠点に連れて行って入信勤行をしなければ成果にはならないのだ。

その真剣さは決して悪いことではないが、しかし、実態としては雑な折伏になってしまっている。ここが問題なのだ。

ネットで活躍している法華講員にはそうした余裕のなさというかアセリがない。だからどんな分からず屋の相手であっても匙を投げず、懇切丁寧に説明するのである。たとえ二月中に決着がつかなくても構わないのだ。極論すれば、半年でも一年でもいい。あるいは五年十年でもいいのだ。

上で述べたように、それはヒマだからではない。すぐに結果が出なくても、確実な前進につながるからであり、また、相手に対する慈悲の行為でもあるからだ。

顕正会の幹部だって、このくらいの理屈はわかるだろう。しかし、理屈はわかっていても実践できない。成果に追いまくられている以上は、どうすることもできないのだ。

最後に、ありの金吾氏とヨシ氏の議論の感想を書いておこう。ありの金吾氏の冷静沈着さが光っていた。ヨシ氏は途中で相手を子供扱いするような挑発的な言辞を弄していたが、効果がなかったようである。

さて、今度は水無月氏のコメントである。

平成7年当時、顕正会は水面下で法人格取得の準備を進めておりました

これはうっかりしていた。わたくしの思考から完全に抜け落ちていた。

顕正会の分派独立路線は平成十一年からだろう、というのがわたくしの意見であるが、水無月氏は法人格取得をどう見るかを問うているのだ。すでに平成七年当時から分派独立を目指していたのではないか、ということである。

そうかと思えば、睦月氏のような意見もある。

浅井会長は今でも宗門への復帰をあきらめてないのではないかという気がしてならない

ここまで来ると、人間の心理の複雑怪奇さ、とでも言いたいところである。

確かに水無月氏の言うように、平成七年の時点で独立を目指していたとするのも有力である。すでに解散処分から相当の年月を経ているので、もう宗門への復帰は無理と思っていたかもしれない。
ところが平成十年には御遷座があり、正本堂の解体という大事件が起こった。ここで、ひょっとしたら戻れるかもしれない、という気持ちを懐いたとしてもおかしくないだろう。水面下でどのような動きがあったか知らないが、結果的には戻れなかった。これ以降、浅井先生は宗門批判を強めていくわけである。
しかし、甚だ矛盾するようであるが、睦月氏の言うように今でも復帰をあきらめていないということも一面の真理であろうと思う。冨士大石寺顕正会という看板を掲げているのがその証拠である。

浅井会長は想像を絶するほど不本意な人物として歴史に名を遺すことになる

いずれにしても、現状ではこれが結論なのだろう。

最後は大沢氏からの質問である。

「原点回帰」とされていますが、巌虎様お考えの「原点」とは何でしょうか?

前回はそれほど難しいことを論じているつもりはなかった。百五十万は幻想であって、実質五万程度であろう。もし百五十万が本当ならば、隙間だらけの石垣であって、たちまちに崩壊するに違いない。崩壊しないのは実質五万程度であり、その五万個の石垣も途中で崩落して穴ぼこだらけになっているので常に補修しないといけない。その穴埋めが間に合わなくなったら一気に崩壊する・・・という話だった。

そこで原点に戻るべきと書いたのは、今の浅井先生は幻想に過ぎない百四十数万にしがみついているが、そんなマヤカシの数字など捨ててしまえ、ということなのだ。

ようはカウンターをリセットするのだ。もし今後の折伏成果をゼロから数え直すとどうなるか、それを考えるとよくわかるだろう。つまり、最終段階とか直線コースの言葉の虚しさ・欺瞞が見えてくるわけである。

また、「回帰」の方法は?

ゆえに、大沢氏の期待していた答えとは大幅に異なるだろうけれども、ともかく顕正会実勢五万として、そこからカウントしてもいいだろう。すると本年中に百五十万達成などは絶対に無理であり、せいぜい十五万達成がいいところである。

本来的な意味での原点回帰というのは、まさに教義上の問題から論じていくべきことであり、簡単ではない。そこで今の議論では教義上の問題を度外視して、単に成果主義だとか数字上のマジックに限定して論じたわけである。

もし浅井先生に正直さがあれば、カウンターのリセットボタンを押すことができるだろう。そして、この正直さが宗門との関係修復のカギを握っているのだ。

2011/2/20  17:36

投稿者:山門入り口
睦月さん。

死期を悟ったとき、心境の変化があるかも知れませんが、御遺命を守護して、国立戒壇を目指してる自分だから、大聖人様が必ず迎えにきてくれる。成仏確定。て、違う世界の住人になっていたりするかも知れません。
ま、こればかりはその時がこないと判りませんが、浅井会長が一度倒れてから何の変化も無いですし、改心するか?て感じます。
逆に、跡目相続を急いでするように、改革をしてるようにしか感じません。

のび太さん。

>誰か菅総理の宗旨を知っている方、教えてくださいな。

特定の宗教に入ってるて事はないみたいですね。
ちまたで言う無宗教で、何でもOKて事だと思います。

http://plaza.rakuten.co.jp/sanmon77

2011/2/20  8:00

投稿者:のび太

おはようございます。

菅政権末期、一体この国はどこへ向かうのだろう?
四国お遍路めぐり…バッドな政治家。

誰か菅総理の宗旨を知っている方、教えてくださいな。
大聖人の教えを検証する生の教材です。

2011/2/19  23:14

投稿者:睦月
私が言った最後の最後というのは、浅井会長が自らの死期を悟った時の事です。もう明日死ぬかもしれないという状態に陥った時に、もはや宗門での立場など関係ないと思うのですね。浅井会長も最後の時ぐらいは、一人の人間として、素直に心境も変わるのではないかと思ったしだいです。それが人というものではないかと思うのですね。もっとも、これも希望的観測ですがね。

2011/2/19  21:05

投稿者:山門入り口
睦月さん。

顕正会としての日蓮正宗信徒団体としての存続は可能でしたが、諸事情により、駄目になった。
(詳細は、ご勘弁ください。)

>浅井会長が我々のように一人の信徒として日蓮正宗に帰伏することは可能な訳ですから、最後の最後ぐらいは本心を見せてもらいたいものですね。

戻りたい気持ちがあっても、本人のプライドが許さないでしょう。
宗門が頭を下げて、浅井会長の発言を全面に受け入れて、尚かつ、それなりの役職を要求してくると思います。
140万会員の長の私が一信徒の立場に甘んじるか?て考えたら、あり得ないでしょう。

けど、本当に大聖人様の法を求めて、大御本尊様を思うのなら、プライドを棄てて、一人でも戻ってくるでしょう。
しかし、一度振り上げた拳の矛先が無いんですね。
血脈否定してますし、会員を説得するにも、国立戒壇の名称を宗門が認めない限りは、無理でしょう。
だから浅井会長自身が復帰の道を狭めてしまったと言うことになります。



http://plaza.rakuten.co.jp/sanmon77

2011/2/19  16:07

投稿者:大沢克日子
巌虎様、ありがとうございます。

浅井会長はリセットボタンを押す勇気をもつ
べき…浅井会長が顕正会の正義を信じ、また
本当に顕正会の広宣流布を目指すのであれば
、私もリセットして然るべきと考えます。

教義上の正邪論議は置いて、日蓮正宗の現在
の姿と比較してみます。
御法主日如上人猊下は、御登座以降、プレ大
会、立正安国論正義顕揚七百五十年・七万五
千大結集を執り行われ、その折、「平成二十
七年日興上人御生誕七百七十年にあたり、全
法華講支部が現講員数を名実ともに50パー
セント増とすること」、「平成三十三年大聖
人御聖誕八百年までに国内法華講員八十万人
体制を構築すること」を御命題としてお示し
になりました。

種々の御説法において、御法主上人は、50
パーセント増とは数字上の倍増を意味するの
ではなく、死亡等の自然減を考慮した上で、
名実ともに50パーセント増することを御命
じになっております。
また、折伏して入信した人が自ら折伏するま
で育成しなければならぬと御指南あそばされ
ております。

きちんと折伏して入信せしめるのも大変なこ
とですが、きちんと育成するのも大変な努力
が必要です。
平成二十七年、三十三年の御命題を名実とも
に果たしていくことによって、創価学会破門
により大きく勢力を失った日蓮正宗が、具体
的に広宣流布に前進していくことができるも
のと考えます。

破門前の創価学会は、日蓮正宗に大きな貢献
をして、一時は本宗信徒が一千万に及びまし
た。
ですが一方で、実の伴わない会員増加事例も
多くみられたのも事実です。

浅井会長は、そういう学会の姿を手本にした
のかもしれませんが、名目上の会員数増加は
捨てて、本当に御宗門への復帰を目指すなら
、余生をかけて実現のために尽力すべきと思
います。

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