2011/7/27

顕正新聞第1212号を読んで  
大沢氏には貴重な資料の提示をたまわった。

第三十四世日真上人

顕正会員は歴代上人のほんの一部しか知らない。それはわたくしを含めてだ。日真上人のことはまったく存じ上げなかった。ご紹介の文献はわたくしの能力では相当に難読であるが、しかし、こうして折に触れ学ぶことによって、多少は進歩していくことができるだろう。ありがたいことだ。

さて、今日は顕正新聞第1212号の話題である。

 すでに広宣流布は最終段階の直線コースに入っている。

改めて紹介するまでもないが、一面に出て来る文章なので注目しておきたいと思う。六月十二日の日曜勤行における浅井先生の指導である。

http://white.ap.teacup.com/ganko/1469.html

ところで、それとは別に気になっていることがあって調べてみた。リンク先には何が書かれているかと言えば、日曜勤行の記事に使われている浅井先生の写真は同じ写真の使い回し、ということだ。すでに一年以上も同じ写真を使い続けていることになる。

マンネリズムもいいところだ。

ある意味、先生の広宣流布の青写真もマンネリであり、直線コースこそ今年になって言い出したフレーズであるものの、最終段階はもうずいぶん前から言い続けていることである。これでもし組織そのものがまったく伸張せず、逆に停滞ないし後退しているとすれば、もはや終わっているとしか言い様がないだろう。

ゆえに本部首脳としては、なんとしても組織が発展していることをアピールしたい。そこで同じ一面に、六月度の班長会の参加人数を載せている。

 参加者の三者合計(全国会場)は過去最高の一万六千九四三名。

わたくしはカッコの全国会場が気になった。たぶん初めての表記だろうと思う。

現在、班長会は青年会館で行なわれている。会場のキャパシティもあるだろうし、遠隔地の人がまさか毎月参加するわけにも行かないだろう。ゆえに、かなり以前から記事になっていたと思うが、大所帯であるところの女子部などは地方会館でも同時中継の形で班長会を開催していた。たぶん男子部・婦人部も同様と思われるので、全国会場は今に始まったことではないはずである。よって、今さら全国会場を標榜したところで何の意味があるのか、それがよくわからないところだ。

それはともかくも、今後は班長会の参加人数が顕正会のバロメーターになるだろう。

最終段階の直線コースであれば、月々に水かさを増していかねばおかしい。それが一年経っても二年経ってもあまり変わらないとすれば、文字通りの停滞であり、後退とも言い得るだろう。
少なくとも地方会館は今もコンスタントに新規の建設が進んでいる。すると青年会館だけの集計では限界があるにしても地方会館の集計を含めれば、自ずと参加人数の増加が見込まれるはずなのだ。
つまり、広宣流布は最終段階であること、そして地方会館建設というインフラ整備が整いつつあること、この二点から考えて班長会の参加人数が増加しないはずはないのだ。

わたくしが皮算用をしても無意味であるが、理想は倍増であろう。一年後に三万人の班長会を実現できれば大したものだ。まあ、そこまで欲張らなくても、毎年一万人ずつ水かさを増していけば満足である。はたして現実はどうか・・・

九電「やらせメール」で民意捏造
 学会の「K対策」と手口が酷似


新コラム「時流」の見出しである。九州電力のやらせメール事件は有名な話であるから説明するまでもないが、今回のコラムの面白いところは創価学会の顕正会対策を例に取って九電を糾弾していることである。つまり、今回は九電が主役であり、創価学会はあくまで脇役なのだ。
それはともかく、この一事をもってしても日本における原発の未来はないと考えざるを得ないだろう。ヤラセのメールにどれだけの力があるかわからないが、そもそもこれは原発推進派だけの専売特許ではなく、反対派にも利用可能なことである。このように書くと違和感があるかもしれないが、早い話がインターネットというツールは万人に開かれたものなのである。
今のテレビ・新聞はまだ真実を充分に伝えているとは言い難い。しかし、インターネットを開けば、テレビ・新聞で報じていないような情報がたくさんあって、それが容易に得られるのだ。ネット上では反原発が圧倒的な勢力を誇っている。
つまり、九電のヤラセなどは焼け石に水であり、それが発覚したとなればなおさら墓穴を掘るだけの話であって、原発はますます疎まれるだけの存在にならざるを得ないのだ。

また、前回の話題で触れた対面法論に関連して言えば、原発問題で推進派と反対派の討論が行なわれたことがあった。なんと動画サイトには、東大の大橋氏と京大の小出氏の一騎打ちとも言える討論が記録されているのだ。震災が起きる遥か以前の話である。

東大の大橋教授は権威を笠に着てのことか、自信満々に事故は絶対に起こらない旨、主張していた。しかし、現実に事故は起きた。その後の大橋氏の消息はどうなったろうか、わたくしは知る由もないが、一説には雲隠れしてしまったとも囁かれている。

これにしてもインターネット普及以前であれば時間とともに忘れ去られていく出来事であったろうが、今は違う。永遠に残るのだ。

原子力安全・保安員

最後に「時流」の記事から誤字を指摘しておこう。上掲は保安院が正しい。わたくしのパソコンも保安員としか出てこないので、おそらく編集部の(小)氏も同様なのだろう。

巷ではホアンインゼンインアホという回文が流行っているらしい。

2011/7/30  13:35

投稿者:大沢克日子
(*1)釈=釈尊の弟子であることを示す言葉
。もちろんここでは日蓮大聖人の弟子の意味
で使われていると思います。
余談ですが女優の釈由美子さん(でしたっけ
?)の先祖は僧侶と言っていたと思いますが
、そういう由来があるのかもしれません。

(*2)細草檀林=日興門流僧侶の学問所。総
本山二十世日典上人等により千葉に開設。明
治時代まで存続し、日達上人により遠霑寺と
して再興された。

(*3)蓮蔵坊=総本山内の坊で学頭坊とされ
る。御当代日如上人御写真集を拝見すると、
御当代上人は着山後蓮蔵坊に入られた後、平
成十七年十二月十七日早暁、日顕上人猊下よ
り血脈相承遊ばされた。

(*4)下之坊=富士宮市下条にある日興上人
開創の寺院。日目上人様の御正墓がある。

2011/7/30  13:18

投稿者:大沢克日子
(総本山第三十九世日純上人御正当会にあた
り)

日純伝
(日蓮正宗聖典788-789頁より、引用者の注釈
には*印を付した)

釈(*1)日純、字は活了(初め日明と云う)
、遠妙阿闍梨専光院と号す、元文元丙辰(*1
736)年武州青梅に生まる、俗姓詳らかならず
、父を了遠と云い母を妙了と云う、初め江戸
常泉寺日喜に従い剃度し、後穏師(*日穏上
人)に随侍して教えを受く、細草檀林(*2)
に出で覚浄師に依学す、切磋累年第六十三世
の化主となる、退檀の後四十一歳、安永五丙
申年十一月二十三日江戸常泉寺に住す、第十
四代なり、在住八箇年、四十八歳天明三年五
月学頭寮に移転し祖判を講ず、同五乙巳年の
春蓮蔵坊(*3)第二十世に補任せらるるなり

五十歳同年六月朔日本坊に入院し、奉師(*
王+奉、総本山三十七世)に従つて金口嫡嫡
の一大事を相承す、第三十九世の嗣法なり、
同六丙午年秋浚明院殿家治公(*10代将軍)
御他界に就いて上野に下向し納経拝礼す、宿
院常泉寺なり、病身にして当職勤め難きに就
いて本山に再三退院の事を請う、衆檀評議し
て之れを許諾し、奉師御再住有るなり、翌七
丁未年二月、帰山し寿命坊に寄宿し下之坊(
*4)を修覆す、翌八戊申年春下条邑に移徒る
、閑居すること十五年、享和元辛酉年七月晦
日疾を感じて正念に円寂す、享寿六十六歳な
り。
(以下略)

2011/7/30  12:05

投稿者:大沢克日子
創価学会名誉会長の池田先生が昨年五月の本
部幹部会以降公の場に姿を顕さなくなり、昨
年10月17日付聖教新聞の久々の写真を見て、
変わりように驚きの声があがりましたが、(
その時点で)半年の不在で内外の関心が寄せ
られたことを考えると、創価学会が社会に及
ぼす影響は大きいのでしょう。

比較するのも何ですが、浅井先生は一年写真
を使い回していても誰も何もいわず、巌虎さ
んがはじめて指摘なさったのだと思いますが
、創価学会と顕正会の影響力の違いなのでし
ょうね。

昨夜もずっと唱題していて、今朝も勤行に引
き続き唱題していたのでテレビを観ていなか
ったのですが、先ほどテレビをつけたら新潟
、福島等で記録的な集中豪雨というニュース
が報じられていました。

現地の皆様の安全をお祈り申し上げます。

2011/7/29  12:44

投稿者:信行
顕正会に詳しいわけではないが、九電以上におかしな組織が顕正会であるときいておる。
上から下への命令が絶対服従であるとか、門外の情報を遮断操作するなど。
違うのであろうか。

2011/7/28  23:42

投稿者:大沢克日子
追記:少し追記させていただきます。
結論を端的に申し上げると、その人が信仰の
功徳により、悩み・行き詰まり、欠点を改善
できるかどうかは、やはりその方がキチンと
実践行動し続けるかどうかにかかっています

ですが、到底一人で信仰を貫くことはできま
せんから、それぞれのお寺の法華講員が、お
互い励ましあいながら信仰に励むのがあるべ
き姿だと思います。

ですが、ネット上においては、法華講員とは
いえお互いに知らない者同士ですし、信仰の
状態、背景等わかりませんから、一歩引いた
一般的な話しかできないと思います。

かつて起きた事件ですが、ネット上の限られ
た情報でお互いに誤解が生じ、事実はそうで
はないのにお互いに無用な不信感を抱くよう
になった事例があります。
早い段階で誤解が解けたから良かったのです
が、その誤解が原因で信仰を辞める事態に発
展することもあります。

ネット上でも何でも、責任を持てない立場の
人間が限られた情報で無責任な発言をしない
、こういう事だと思います。

日常接している仲間に対しても、軽々しく発
言するものではないと思います。
私にも何人かお話しすべき仲間がいますが、
その方々には「唱題・折伏」という事を申し
上げています。

ですが、同時にやはり自分自身でも実践しな
いと言うべきではないと思っていますので、
日々色々と試行錯誤しながら実践に繋げよう
と思っています。
それでもなお、信仰上他人に何か申し上げる
のは非常に重いことです。

思ったことをペラペラと好き勝手に言い合う
のは法華講員はあまりしないことだと思いま
す。

その真意は、先ほどのコメント、前回のコメ
ントをご参照いただけると幸いです。

2011/7/28  22:08

投稿者:大沢克日子
おおひがしさん

確か前回、仏法上の観点も踏まえた私の見解
を述べていたと思いますので、詳しくはそち
らをご参照いただければと思います。

もし世間的に問題があれば、然るべき手段で
世間的制裁等を受けるべきでしょう。
それは日蓮正宗信徒でも同様です。
(この姿勢は当初から私は変えていませんし
、当然そうあるべきであると思います)

その上で、信仰上どうあるべきか。
これが日蓮正宗の考えるべき問題であると思
います。
仏法の道理の上から、前非を悔い将来を戒め
る姿勢を取る人に対しては、たとえ過去に信
仰上・世間上悪事を働いた者であっても、現
在反省懺悔して正法修行に邁進しつつあるそ
の姿(因)から将来の果を信じて、強ちに過
去の過ちや、現在の欠点を一々責め立てない
のです。

世間的な問題は世間的に然るべく解決する、
信仰上の問題は信仰上然るべく解決する、そ
れはそれでいいのではないでしょうか?

もしおおひがしさんが日蓮正宗信徒と世間的
な問題を抱えているのであれば、世間的に然
るべき方法で解決なさればいいと思います。

2011/7/28  20:59

投稿者:おおひがし
大沢さんに質問があるのですが・・・
法華講員もしくは講中の人付き合いのルールなのですが。
殺人を犯して刑に服してその後に出所した人は社会的にも罪を償った事ですし、そのような人が講中に居ても過去の事をなじったりする事は無いと思います。
世間一般的にも陰口を叩く人は居るかもしれませんが概ね一般社会でも大差ない扱いだと思います。

ストレートな質問なのですが、ネットで暴れて不特定多数に迷惑かけたり、実社会でも他人に迷惑をかけた事実を突きつけられて非難されている人が居たと仮定しますw
事実関係がはっきりしていれば実社会では非難されたりなじられたり怒られたり罵倒されたり無視されたりと色々な反応があると思うのですが、法華講員・講中内部にでそのような人が存在したとして、それを講員どうして非難したり修正しなさいと言うような事は禁止されているのでしょうか?
前にも自浄作用が無い団体では?と言った覚えがあるのですが、そういった事は講員ではなく住職さんのお仕事なのでしょうか?
それとも本人のお祈り度合で放置プレイなのでしょうか?
先日そういったブログに突撃して感じた事です。
皆が良い関係を保っているようでどこか他人事のような空気です。
自分たちの意思が無いと言うか不思議な感覚です。
大沢さんだけでなく何人かの方とお話しする機会も何度かあったのですが、人としての心理・本音・核心になるとみんな口を閉ざします。
ちょっと昔に流行った「禁則事項」なのでしょうか?

2011/7/28  12:28

投稿者:大沢克日子
おおひがしさん

別に日蓮正宗では「こう布教しなさい」とい
う決まりはないので、知人・友人等の縁ある
人を折伏する方、樋田さんのようにネットを
うまく活用する方、駅前で資料を配布する方
、近所を回る方…様々だと思います。

私は最近は、近所を一軒一軒回っています。
ピンポンと呼び鈴を押して、
「いつもお世話になっております。◎◎の大
沢ですが…」
とやっていますし、外出先で時間があるとき
に、公明党のポスターが貼ってあるお宅を訪
問したり、会社の仲間や上司に声をかけたり
、家に来たエホバの信徒さんと話しをしたり
…様々です。

同志の中には街で宗教関連の人(僧形をして
いる人など)を見掛けると時間の許す限り声
を掛けて折伏する方もいます。

日蓮大聖人の御書に
「予が法門は、四悉檀を心に懸けて申すなれ
ば、強ちに成仏の理に違はざれば、且く世間
普通の義を用ゆべきか。」
とありますので、(折伏の精神が抜けてしま
って、単なるおしゃべりや友好活動になって
しまっては駄目ですが、折伏の心を根本とし
ていれば)色々な布教方法があって然るべき
だと思います。

2011/7/27  22:06

投稿者:おおひがし
小生の会社でも同じように地域住民に小冊子を配布して社会貢献しているのだと啓蒙活動をしようという提案がありました。
まるで宗教で却って迷惑逆効果という事でお流れになりましたが今回のやらせと同じ事のようです。
さらに「宗教で迷惑」という考えが一般企業に浸透していたのだなと思い返した次第です。
皆さんが布教活動はどのようにしているのですか?
NHKや読売新聞ばりに玄関叩いて回る訳にもいかないでしょうし・・・・
その点キリスト系、特にエホバ等は判りやすかったですね、子供を連れて小冊子を配り歩くとか。
あと、早起き会みたいな怪しげなのもありましたが仏教系だったと記憶しています。
手かざしの真光?はコンビニ周りで3人くらいの小集団で囲んでお祈りされている人も居ましたw
良く見かけたのですが小生は何故か囲んで貰えませんでした。

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