2011/12/29

新語大賞?  
年末合併号の話題に入る前に、沖浦氏からのコメントに応じておこう。

 私共は創価学会員ですから、他人の功徳妬んで書くより、自分たちの今年一年の功徳の十大ニュースを書きましょうよ。

これは素晴らしいことだ。自分が書くとなると、はたして十個もあるか疑問である。どちらかと言うと、功徳ではなく罰のニュース(?)ばかり書くことになりそうだ。パソコンが壊れたとか、お金を落としたとか、そんな話ばかりである。

沖浦氏のことで注目したいのは、いつまで現役を続けられるか、である。
いわゆるシニアであるから、本人がその気であれば生涯現役ということもあるわけだが、しかし、日本記録を打ち立てるような人は、いずれ己の限界を感じる時がやってきて、その時には自ずと引退せざるを得ないのではないかと思う。
ある意味、沖浦氏は今日の高齢社会における生き方の一つの見本ではないか、かなり理想的な晩年(?)を過ごしているのではないか、とわたくしには感じられるのだ。
ゆえに今後も沖浦氏らしく野心的(?)に、記録を伸ばしていくのはもちろんのこと、現役選手としての最長記録にも挑戦していただきたいと思う。

さて、長岡会館での会長講演であるが、前回は取り立ててツッコミを入れたくなるようなところはなかったと書いた。しかし、一箇所だけ取り上げておこうと思う。

人のためではない、自分のためだから勤行が楽しくなるのです。

この部分はじゃっかんの違和感がある。

たぶん先生としては勤行を自行の意味で捉えているのだろう。いわゆる自行化他の自行である。
確かに、自行を自分のため、化他を他人のため、という整理はそれほど悪くはないだろうが、顕正会の場合は化他すなわち折伏すら自分のためという意識で行なっている人がいるのが事実なのである。勤行だけではダメだ、折伏してこそ車の両輪のごとく、前に進むことができる、というアンバイである。
さらに言えば、浅井先生はしばしば地涌の菩薩のことを強調するわけで、たとえば「一五〇万の地涌の菩薩の大集団」などと言っているわけだ。本物の地涌の菩薩だったら、自分のために勤行する、などというケチな考えは持たないはずである。

ゆえに、勤行は人のためではない、自分のためである、という考え方には違和感を懐かざるを得ないのだ。

そもそも顕正会版の経本においても御観念文では御報恩を謳っているわけであるから、その意味からしても勤行とはいわゆる下種三宝に対する感謝をあらわす重要な儀式というか日々のお勤めなのであって、決して自分のためではないはずなのだ。もし自分のためにやりたいのであれば、朝夕の勤行とは別に唱題の時間を作るべきだろう。

さて、長岡会館の話題をもう一つ紹介しよう。

女子部第二十六区の班長が体験発表をしている。これがけっこう素晴らしいものだった。
祖母の臨終について語っているわけだが、くだんの班長は幼い頃に母を病気で亡くしており、祖母が母親代わりになって育ててくれたのだそうである。ゆえに祖母の臨終とは言え、普通の祖母と孫の関係とは異なるので、この点を踏まえて読むとひじょうに感動的である。
班長本人は平成十七年、そして祖母は班長の折伏によるのだろう、二十一年四月の入信である。
八十九歳の祖母云々の記述がある。それが亡くなったことに係るのか、それとも入信当初に係るのか、それがやや不明であるが、いずれにしても八十九歳ないし九十一歳であるから立派な臨終である。
この発表で気になった点は、顕正会儀礼室での葬儀だったのかどうか、それが不明であることだ。勝手な推測で恐縮だが、たぶん儀礼室での葬儀は叶わなかったのだろう。父親が未入信であることが唯一の手掛かりだ。

十一月度各部班長会の記事の中では、総合婦人部長の登壇が目を惹いた。

事実は歴然と清濁を証し・・・

新聞をお持ちでない人には何がなんだかわからないだろう。これは広布御供養の話題の中に出てくる文章なのだが、たぶん言いたいことはこうだろう。邪宗はお金に汚いが、顕正会はキレイである、と。わたくしが気になったのはそのことが本当かどうかではなく、上掲の表現そのものである。清濁を証する、などという表現があるものかと疑問に思ったのだ。

前々から思っていたことだが、この人の表現方法は独特であり、ある意味では魅力的である。それにしても清濁を証するには驚いたものだった。

まあ、しかし、単に表現だけをあげつらっても仕方がない。問題は次のくだりである。

・・・ここから「大地を的」とする広宣流布のゴールをめざし、一筋の直線コースを驀進するスタートが切られることに(以下省略)

アゲアシ取りのようではあるが、けっこうな大問題である。ようするに、ここからスタートが切られる、と言っているわけだ。「ここから」というのは百五十万である。なんだ、まだスタートを切っていなかったのか、そのわりには過去に何度も出陣式を行なっているのだから、おかしな話である。

鮮明なるゴールをめざし・・・

終わりのほうに出てくる文章だが、鮮明なるゴールという表現も凄い。それこそイジワルを言えば、ゴールを目指すのではなく、ゴールが鮮明に見える場所を目指す、それが今の顕正会なのかもしれない。そこまで到達したら、そこでいよいよゴールを目指して最後のスタートを切る。このように考えれば、多少はツジツマが合うかもしれない。

茶寮通信

これは新コーナーである。厳密には数号前からスタートしていたけれども、タイトルが付されたのはこれが最初だろう。

2012/1/1  5:59

投稿者:沖浦克治
 皆様方、明けましておめでとういございます。・

 今年も宜しくお願い申し上げます。

 ともに、大聖人のお題目を自行化他し、飛躍してまいりましょう。

2012/1/1  0:09

投稿者:出張マグマグ

巌虎様

明けましておめでとうございます。

ご健筆の数々をいつも拝読し、
多くのことを学ばせて頂いております。

巌虎様の新しい一年が、
益々ご健康で、幸多い年となりますよう、
こころからお祈りを申し上げます。出張マグマグ拝

2011/12/31  17:42

投稿者:沖浦克治
 厳虎さん、今晩は

 生涯戦い続ける人生なんですよ。
 末席ながら、池田先生の弟子ですから。

 今日、日本パワーリフティング協会から、日本記録の認定書が届きました。
 全部で、6個でしたが、本当はもう一つあって、現時点で7個の日本記録を持っています。
 今年は、ジャパンオープンで勝ちましたし、アジアマスターズもとりました。
 いい年でしたが既に過去の事です。
 来年は更なるパワーアップを致します。

 厳虎様にも、いいお年をお迎えくださいませ。
 今年一年本当にありがとうございした。

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