2005/10/30

実名と匿名の狭間にて  
巌虎はいわゆるハンドルネームである。こんな本名の人がそうそういるわけもない。
インターネットの世界では本名を名乗る人はまれであって、こうしたハンドルネームを使うことがいわば慣例となっている。
この匿名性を利用して悪さをする人もいるが、一事が万事というわけではない。
本名を匿しハンドルネームを使うことがイコール悪なのではない。すでに書いたごとく、いわばインターネット文化における慣例なのであるから、これをただちに悪とはいえないはずである。

顕正会ではこれを無責任きわまりないものとし、相手にする必要はない、いや、相手にしてはいけない、時間の無駄、信心の障害にしかならない、百害あって一利なし、という風に見ているようである。

「2ちゃんねる」という巨大掲示板がある。
自分は時たま顕正会関連の掲示板を閲覧することがあるが、最初はよくわからなかった。というのは、「おなかいっぱい」とか「三周年」とかいうハンドルネームの人がほとんど独占的に書き込んでいるので、ずいぶんヒマだなあ、と思っていたのである。はたして同一人物がこれほど大量の投稿をできるものなのだろうか? いまでもよくはわからないのであるが、どうやらこれは不特定多数の人が投稿しているらしいのである。
コテハンという言葉がある。自分はネット用語がよくわからないのであるが、どうやらこれは固定ハンドルネームくらいの意味らしい。
ようするに、インターネット上で活躍(暗躍?)している人には数種類いて、まさに正々堂々と本名を名乗っている人もいれば匿名の人もいる。匿名といっても、わたくしのようにハンドルネームを固定して使っている人もいれば、名前をコロコロと変えていく人もいる。また、「通りすがり」というのも実に多い。2ちゃんねるの投稿者の多くは、この「通りすがり」と実質的に同じだと思う。

そういうわけで、わたくしにはそれほどヤマシイ気持ちはない。自分でいうのもなんであるが、けっこう節度のある文章を書いているつもりである。

巌虎は実名ではない。
時たま思うことがある、実名でやるべきではあるまいか? と。
そこまでやってこそ、まったくヤマシイ気持ちはない、と言い切れるのだろう。しかし、今のところはそこまで思いつめていない。

当分はこのままのスタンスで書き続けていこうと思っている。

2006/1/20  16:43

投稿者:下野正信
仏法について、御書について、浅い知識でガタガタ言ってるあなたは浅識謗法ですよ。そのまえに邪教の会員なんだからすでに謗法といえばそれまでだが。

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