2012/4/17

切れ味の悪いブログ?  
今朝の沖浦氏のコメントは有意義である。しかし、だからと言って、信行氏のコメントが無意味になるわけではない。五綱判はきわめて重要な御法門であって、もちろん今現在も有効である。ただし、それを定型的に用いても相手には通用しない、時代に即した使い方があるのだと思う。

信行氏のコメントをわたくしなりに意訳するならば、、巌虎は法門未熟だから外道ごときにテコズッている、ということになるだろう。

確かに我々の世界では一刀両断という言葉が持て囃されている。大聖人の御事蹟を拝しても、まさに法論においては利剣で瓜を切るごとくだ。わたくしの場合、斬れない刀でギコギコやっている、もしくは刀を振り回してはいるものの相手に命中しない、そんな感じなのだろう。信行氏はそのハガユサを吐露しているわけだ。

沖浦氏は撰時抄の御文を引いている。たぶん世の終わりの聖戦の根拠となる部分を紹介下さったのだろう。これはタコ氏のコメントを待ってから書きたい。

さて、本題だ。

トマスは抗議したのか? しなかったのか?

この答えがどこにも書かれていないようだ。わたくしの思うに、わからない、これも一つの答えである。相も変わらず本の丸写しをするだけで、肝心なところが欠けている。

あるいは読者の中には、ずいぶん瑣末なことを問うているなあ、と思う人もいるかもしれない。しかし、そうではない。実はここがいちばん重要なのだ。

さて、答えやすい質問から。
》わたくしは今のままの信仰を続けていればよいのか、
》それともキリスト教の改宗すべきなのか、
》そこを単刀直入に回答願いたい。

今のままでよろしいと思います。


なぜ今のままでよいのか、それがわからない。

》つまり、
》これは間接的に大聖人を偏屈で独善的だと言っているわけなのだ。
》キリスト教の寛容の精神から見れば、》いかに大聖人が偏屈で独善的であるか、
》こう言いたいわけなのだろう。

いやいや、ご指摘の通り、日蓮聖人の事は詳しく知りませんので、大聖人が偏屈で独善的であるかないかは、タコにはわかりません。


これはおかしい。

タコ氏が大聖人のことを知らないのは当然だ。ゆえにわたくしは大聖人の文章を紹介しつつ説明しているのだ。

真言宗はドロボウだ

前々回の拙稿である。この延長線上にトマスが抗議をしたか否かの問題がある。タコ氏が偏屈で独善的と書いたのはこれらを踏まえてのことなのだ。

ゆえに、もし大聖人を偏屈で独善的ではないとする場合、残された道は一つしかないとわたくしには思える。

つまり、トマスが抗議をしたとすれば、それは偏屈で独善的であるということなのだ。

話がややこしくて理解不能の人もいるかもしれないが、もう少し続けよう。大聖人が真言宗をドロボウだと言っても、それは偏屈で独善的とはならない。なぜならば大聖人はキリスト教ではないからだ。しかし、トマスはキリスト教である。ゆえにキリスト教の精神に鑑みるならば、他宗に対して抗議することはあり得ない。もし抗議したのならば、キリスト教の精神に反することだ。すなわち偏屈で独善的となる。

わかり易い例を出そう。

毒舌を売りにしているタレントがいる。一方、真面目なタレントがいる。前者はバカだのアホだの、平気で言いまくっている。なぜならば、それが売りだからだ。ある意味、コンセンサスが取れているわけで、彼が言う分には許されるのだろう。もしもである。それを後者がマネをしたらどうなるか、そこが問題である。たぶん総バッシングを受けることになるだろう。

ひじょうに面倒な話になっているが、タコ氏のコメントを解釈すると上述のごとくなるのではないかと思う。わたくしに対し、改宗の必要はない、今のままでよい、と言われるのもキリスト教の精神なのだろう。

ここで話が元に戻るのだ。

トマスが抗議したか否か、これが重要な意味を持つ理由は、まさにキリスト教の精神に由来するからである。ところがいかがだろうか、わたくしはここで繰り返しキリスト教の精神という言葉を使っているわけだが、いったいそれが何なのか、タコ氏は何も説明していないのだ。つまり、今の段階でわかっていることは、キリスト教は偏屈ではない、独善的ではない、ということだけなのだ。しかし、それはこの場でわたくしが論理的整合性の上から出した結論に過ぎないのであって、実際のところはわからない。本当かどうかは別問題なのだ。

キリスト教の精神とは何か、こういう大仰な問いには答えづらいだろうから、わたくしもあえて問おうとは思わない。ただ、タコ氏の一連の投稿を読むと、どうもキリスト教と仏教の共通性ばかりを追い求めているごとくで、しかもその上でキリスト教のほうが先であると言いたいごとくに感じられるので、だったらマネをした・パクッた仏教側に対し、抗議してしかるべき、とわたくしは言いたいわけなのだ。

しかし、どうやら堂々巡りのようなことを書いてしまっているようだ。

そこで少し具体論に入ろう。

1700年頃に記されたとされる中国の文献『神仙綱鑑』の中で、著者の道教の僧の徐道が1世紀の頃の中国の記録を紹介しています。

これはいかがなものかと思う。

一世紀は遥か大昔のことだ。千七百年頃とは十八世紀のことである。そして今は二十一世紀なのだ。この時間的な距離を考えれば、史料としてどこまで信用してよいものか、甚だ疑問であろう。

(また)紀元後すぐに中国に原始キリスト教が伝えられていた事は、2002年8月2日の『人民日報』でも報じられています。

さすがにこれは使えないだろう。人民日報に書かれていれば何でもかんでも真実になるのだろうか? そんなバカな話はあるまい。問題はいったい何を根拠に記事が書かれたかなのだ。何かしらの古文書・古記録を元に書いているのならば、それを紹介すべきだろう。しかし、前掲のごとく、十八世紀の史料を自慢げ(?)に出すくらいだから、あまり期待はできない。

最後に素朴な疑問を書いておく。

原始キリスト教なるものがそれほど早い時期に伝播していたのならば、仏教ではなくキリスト教こそが広く流布してしかるべきだった。ところが日本においてはまったく広まっていない。わたくしの思うに、今さら神道=キリスト教だの、仏教=キリスト教だの、そんな面倒臭いことを言っても仕方がないだろう、ということだ。

いわゆる五綱判の上から言えば、大聖人が出現した後においては他の宗教は広まらない、原理的にそのようになっているわけだ。

この法則は今のところ、辛うじて守られていると思われる。

さて、未来はいかに・・・

2012/4/18  6:54

投稿者:信行
>巌虎は法門未熟だから
 巌虎殿より数多いコメントに感じるのは余裕綽綽の関取がワンパク相撲に足元を救われている様である。
 折伏でも相手の土俵に上がって失敗する者が少なくない。強い勝負師は決して人の土俵に上がらない鉄則がある。平地に強いものは平地で敵を叩きのめすものだ。海山に敵が逃げたら平地に引きずり出すのであって、自信過剰で追いかけるのは愚の骨頂と言える。
>五綱判の上から言えば、大聖人が出現した後においては他の宗教は広まらない、原理的にそのようになっているわけだ。
 そのような解釈は我が宗派には無い

2012/4/17  21:00

投稿者:んっ?
あらあら,剣山まで行くと殆ど「ムー」の読み過ぎかと思われww

2012/4/17  16:47

投稿者:タコ
まだ、残ってましたね。

》沖浦氏は撰時抄の御文を引いている。》たぶん世の終わりの聖戦の根拠となる部分を紹介下さったのだろう。
》これはタコ氏のコメントを待ってから書きたい。

いや、
》タコ氏のコメントを待ってから書きたい。

この件についてタコからコメントする事は無いです。

法華経は少しはかじっていますが、日蓮聖人の事(御書)は知らない。
( ̄▽ ̄)/
と何度も書いています。よね(^_^;)

タコに誤解があったら指摘して頂けますか?。
石原莞爾や北一輝の絡みで、御書になんか書いてあるはずだと期待して、質問したわけです。

宜しくお願いします。
出来れば、読み下し文つきで (^_^;)

2012/4/17  16:23

投稿者:タコ
以下は英国の中国侵略
http://www.okawashumei.net/pdf/txtview.cgi?dir=beiei_toa_shinryaku_shi&ext=ut8&suf=&open=left&editok=1&tateok=1&bouten=1&ruby=2&imode=0&usr=1&page=25

まさに黙示録の預言通りの展開が繰り広げられます。

ちなみに、世界中の戦争で最も死者が多かった戦争は、当初、キリスト教徒が指揮していた大平天国の乱です。

何故キリスト教は広がらないか?

フランシスコ・ザビエルは「日本人はもうすでにキリスト教の教えを聞いているようだ」と手紙に書いています。
そして、大日如来こそ私の説くイエスである。
と説いて沢山の信者を獲得しました。
(ところが、キリシタン大名は火薬と引き替えに女性を海外に売り飛ばし、イエズス会は武士を中国侵略の手兵にしようと企みます。)
つまり、偽キリスト教が世界中を、そして日本を無茶苦茶にする事を予見していたのです。

これら、後の世を見越し、且つ、唐・新羅連合軍に白村江の戦いで大敗した為に実施された天智・天武による(四国山中?に隠したアークを守るための)「大秘密政策」の延長ですね。

2012/4/17  15:26

投稿者:タコ
う〜んさんへ

ご忠告ありがとうございます。
まぁ、そのうちに。
とお答えさせて下さい。

さて、コメントの続きです。

先に紹介した大川周明著『米英東亜侵略史』。
奇特な方がネットで読めるようにしてくれています。
そのうちのまず、こちらはいかがでしょう。
http://www.okawashumei.net/pdf/txtview.cgi?dir=beiei_toa_shinryaku_shi&ext=ut8&suf=&open=left&editok=1&tateok=1&bouten=1&ruby=2&imode=0&usr=1&page=24

当時印度人が非常に尊敬して居た名高きバラモン僧ナンダクマールの処刑の様子。
バラモン僧とは名ばかりで、真のイエスの弟子と見紛う彼の処刑される時の有り様。

また、
「此の事に就てマコーレーは下の如く書いて居りますー
『ロヒラ戦争の目的は、他国人に対して毛頭侮辱を加へた事のない善艮な人灯から、其の善き政治を奪ひ、其の意志に背いて厭ふぺき虐政を押付けるといふことであつた。
……ロヒラ人は平和を望んで哀訴嘆願し、巨額の金を積んで只管戦争を避けようとしたが、総ては無効であつた。
彼等には徹底的抗戦の外に如何なる方法もなかつた。
血隆い戦争がかくして起つた。」
という、大英帝国の獣のごとき、竜=悪魔の所業。

(続き)

2012/4/17  15:00

投稿者:う〜ん
タコさんへ

大事な本論の横槍を入れたくないので、あれやこれやは省略させていただきますが、どうです?。そういう先入観を一度捨てて、きちんと日蓮大聖人の仏法を学ばれてみては?。

2012/4/17  14:42

投稿者:タコ
「この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経た蛇は、地に投げ落され、その使たちも、もろともに投げ落された。」(ヨハネの黙示録12:9)
「龍は、自分が地上に投げ落されたと知ると、男子を産んだ女を追いかけた。
しかし、女は自分の場所である荒野に飛んで行くために、大きな鷲の二つの翼を与えられた。
そしてそこで蛇からのがれて、一年、二年、また、半年の間、養われることになっていた。
へびは女の後に水を川のように、口から吐き出して、女を押し流そうとした。
しかし、地は女を助けた。すなわち、地はその口を開いて、龍が口から吐き出した川を飲みほした。
龍は、女に対して怒りを発し、女の残りの子ら、すなわち、神の戒めを守り、イエスのあかしを持っている者たちに対して、戦いを挑むために、出て行った。
そして、海の砂の上に立った。
(ヨハネの黙示録12:13〜18)

この仮説を証明出来るものとして、こちらの本が参考になります。
http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/409389731X/ref=redir_mdp_mobile

この本の後半は、日蓮宗国柱会の北一輝、石原莞爾などと並び、日本の思想界に大きな影響を与えた大川周明の本の復刻版でもあります。
(続く)

2012/4/17  14:33

投稿者:タコ
まだ、質問が残ってましたね。

何故、キリスト教の教えを取り入れた大乗仏教僧たちは、キリストの名を隠し、あくまでも仏教徒の仮面を被り続けたのでしょう?
あくまでもタコの仮説ですが、仏教キリスト派の彼らは以下のヨハネの黙示録の解読に成功していたからだと考えられます。

「また、大いなるしるしが天に現れた。
一人の女が太陽を着て、足の下に月を踏み、その頭に十二の星の冠をかぶっていた。
この女は子を宿しており、産みの苦しみと悩みとのために、泣き叫んでいた。
また、もう一つのしるしが天に現れた。
見よ、大きな、赤い龍がいた。
それに七つの頭と十の角とがあり、その頭に七つの冠をかぶっていた。
その尾は天の星の三分の一を掃き寄せ、それらを地に投げ落した。
龍は子を産もうとしている女の前に立ち、生れたなら、その子を食い尽そうとかまえていた。
女は男の子を産んだが、彼は鉄のつえをもってすべての国民を治めるべき者である。
この子は、神のみもとに、その御座のところに、引き上げられた。
女は荒野へ逃げて行った。
そこには、彼女が千二百六十日のあいだ養われるように、神の用意された場所があった。」(ヨハネの黙示録12:1〜6)
(続く)

2012/4/17  14:24

投稿者:タコ
(続き)
「私たちはキリストのゆえに愚かな者となり、あなたがたはキリストにあって賢い者となっている。
私たちは弱いが、あなたがたは強い。
あなたがたは尊ばれ、私たちは卑しめられている。
今の今まで、私たちは飢え、乾き、裸にされ、打たれ、宿なしであり、苦労して自分の手で働いている。
はずかしめられては祝福し、迫害されては耐え忍び、罵しられては優しい言葉をかけている。
私たちは今に至るまで、この世の塵のように、人間の屑のようにされている。」(コリントT10:13)
と2回手紙を出しています。
日蓮聖人がこのパウロの手紙を参考にしてば、楽しいですね。
( ̄▽ ̄)/

》2002年8月2日の『人民日報』……。

これは教会の遺跡が発掘されたのです。
ネット上にソースは無いですが、お疑いなら日本でも新聞各紙の縮刷版を探したらあると思われます。
あの頃は中国に媚びへつらった報道をしていましたからね。
タコは聖教新聞だったかな〜(ただでもらってました。)

》1700年頃に記されたとされる中国の文献『神仙綱鑑』の中で、
》著者の道教の僧の徐道が1世紀の頃の中国の記録を紹介しています。

1700年には、その1世紀の資料は現存していたが、今は度重なる戦乱で消失した場合、このような表現になります。

巌虎様にお願いですが、もしご質問があれば、回りくどい表現でなく、単刀直入、簡単明瞭でお願い致します。

それと、迷惑でしたら消えますが (^_^;)

2012/4/17  14:03

投稿者:タコ
(続き)
又言います、『国王、大臣、宗教家、武士に向つて、私を非難し、罪を上げつらって邪悪の人であると訴えるでしょう』、
又言います、『数々の流罪に会うでしょう』、
又言います、『木刀やむちで打たれ、石を投げつけられるでしょう』。」
(以上−日蓮 『開目抄』より。ネットから拾ってきました。)

これに対し、パウロはコリントの信者に
「苦労したことはもっと多く、投獄されたことももっと多く、むち打たれたことは、はるかにおびただしく、死に面したこともしばしばあった。
ユダヤ人から四十に一つ足りないむちを受けたことが五度、ローマ人にむちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度、そして、一昼夜、海の上を漂ったこともある。
幾たびも旅をし、川の難、盗賊の難、同国民の難、異邦人の難、都会の難、荒野の難、海上の難、にせ兄弟の難に会い、労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢えかわき、しばしば食物がなく、寒さに凍え、裸でいたこともあった。
(コリントU24〜27)
(続く)

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