2012/7/13

第1245号まとめ  
けしかけるつもりはないけれども、メールではなく、郵便を使ったらどうかと思う。内容証明だとか配達証明を利用すればいいのだ。これで相手が無反応であれば、まさに腰抜けと言えるだろう。メールの場合、イタズラだと思われてしまう可能性があるので、それだけでは相手が逃げたとは断定し難いのだ。内容証明郵便であれば、もはや言い逃れは出来まい。

国主ないし国王の概念については、今のところ議論の深まりを感じない。

創価学会の公式サイトの文章はそれなりによくまとまっているけれども、御書の引用もなく、いわば創価学会流の解釈をそのまま述べているに過ぎない。

ポリ銀氏のおっしゃることは、現代感覚からすると極論に思える。本当かよ、という感じだ。しかし、前回わたくしが引用した御書などに基づくならば、まさにそのとおりなのだろう。ただ、こちらも結論だけをコンパクトにまとめたような文章であり、一つひとつの裏付けとなる御書が示されていない。そこが物足りないところだ。

進化論は大聖人の仏法を考える上でも重要だと思う。

上述のごとく、大聖人の国主・国王観は現代感覚に合わない。創価学会ではその補整というか、現代にも通用するよう、いわば新解釈を試みているようにも思える。わたくしはその努力に敬意を表するものであるが、しかし、ややもすると迎合的な解釈に陥り易いという危惧があって、そこがひじょうに悩ましいのだ。つまり、長い目で見た時には、言っていることがコロコロ変わってしまっている可能性があるわけで、すでに創価学会百年弱の歴史においても、その変遷が見て取れるのだ。これを進化と呼べば聞こえはいいけれども、批判者からすれば、変節以外のナニモノでもない。だったらずっと同じことを言っていたほうがマシなのではないか、というのが一つの有力な選択肢である。

以上、わたくし自身は教条主義的なところもあれば、同時にリベラルというか柔軟な解釈を許容する方向性も併せ持っている。よく言えばそうだが、悪く言えばどっちつかずのアイマイな状態、早い話が迷っている。今はそんなところだ。

さて、顕正新聞が溜まってきたので、ここらで片付けておこう。

新宇都宮会館

第1245号のメイン記事がこれである。一面下段に六つの写真があって、まず中央下の写真が気になった。これは明らかに合掌礼拝のポーズだ。皆が皆、浅井先生に向かって手を合わせ、頭を下げているのだ。こういう写真はやめろと言っているのに、編集部の連中は聞く耳を持たないようだ。

右下の写真は壮観だ。会館の前の道路はかなり幅がある。文字通りの大通りだ。なんと反対側の歩道にまで会員が溢れかえっている。これは付近の住民も驚くことだろう。

ところで、この二つの写真は先生が帰るのを見送る人たちの様子を写しているわけだが、会館前には車が三台並んでいる。先生が乗るのは真ん中の黒塗りの車であり、その前後が白塗りの車である。いずれも高級車と思われる。わたくしはこれを見て、先生もずいぶん偉くなったあ、と思った。たぶん前後の車は護衛なんだろう。ちなみに、顕正会では護衛とは言わず、衛護と言う。世間一般の用語よりも御書が優先されるのだ。

 私は、野田は史上最低の総理大臣、国賊とも言うべき首相であると思っているが、みなさん、どうか。

会長講演で注目したのはこのくだりである。先生が政治家を褒めることはほとんどない。貶す一方だ。しかし、それにしても、ここまでキツイことを言うのはめずらしいことだ。

腹背に敵を

この表現はあまり馴染みがなかった。先生は沖縄と新潟が危ないと言っている。両県が中国に狙われている。これを腹背云々と言っているのだ。

六千万人の地涌の菩薩が唯願説之

当該講演の結論部分である。先日、ポリ銀氏の考えは極右だと書いた。それに比べると今の顕正会は遥かに民主的である。ご覧のごとく、戒壇建立のプロセスとして民主的な手続きを踏むべきことを主張しているのだ。

さて、今度は代表幹部たちの登壇であるが、わたくしは第四男子部長の記事に問題を感じた。

まさに大聖人の御守護と浅井先生のご一念により日本は守られたのだと思わずにいられなかったものであります。

何を言っているかというと、一年前の福島原発事故は最悪の事態を免れた、最悪の場合、日本が潰滅してもおかしくなかった、それを免れたのは大聖人と浅井先生のお蔭であると言っているのだ。

わかっていないようなので、書いておこう。

大聖人の御守護は大いに結構である。しかし、浅井先生のご一念はマズイのだ。なぜ、わからんのか、不思議である。

ようするに佐前佐後ならぬ、三・一一以前以後、ということなのだ。原発事故以前以後と言い換えてもいい。浅井先生が原発反対を表明したのは事故以後のことなのだ。事故以前は何も言っていない。むしろ原発容認の発言が残っているくらいなのである。

あと出しジャンケンにもほどがあるだろう。完全な反則だ。

つまり、事故以前から反原発を叫んでいたのであればまだしも、事故が起こってから反原発を言うようになった。そうして今頃になって、先生のご一念により日本は守られた、などと言うのは盗人猛々しいにもほどがある。

こんなインチキが通用するとでも思っているのだろうか?

妊婦の胎児死亡や奇形児が相次ぐ

これは女子部第七区集会における総班長の活動報告であるが、なかなか技巧的な文章だと思った。原発事故以降、この手の記事が多くなった。そこでわたくしは注意して読んでいるわけだが、当該記事はツッコミを入れるのが難しい。ともかく備忘録として書いておこう。この人は埼玉県北部の産婦人科医院で助産師をしているとのことだ。

札幌青年部集会

青年部集会はめずらしい。ようするに男女合同の集会だ。参加人数は三百五十七名だという。これが婦人部を除いた北海道の活動会員の実数となりそうだ。少ないなあ、というのが偽らざる感想だ。

芙蓉茶寮のパン

これはいい記事だった。自画自賛の記事ではあるが、悪くはない。パンの写真が壮観だ。見るからにうまそうだ。

2012/7/16  11:39

投稿者:のび太
おまけ

達師から顕師ということは、

相承の疑義 → 御本尊書写の権能

条件面でいうと、場所は収容人数が一番多いさいたまスーパーアリーナで双方とも結集OK!顕○会には地の利もあり。
双方とも代表は3名とする。顕○会は、そこに城衛氏を入れる。武勇伝のない氏を入れることは一気に後継問題もクリアーできるのだ。
ギャラリーも多ければ多いほどその後の教勢拡大には売ってつけだ。

しかし、今の顕○会に策士はいないだろう。

もったいない話だ。

2012/7/16  10:25

投稿者:のび太

おはようございます。

今日は、立正安国論が北条時頼に出された日である。
朝から地震で目が覚めた。
これはヤバイかなと思いながら仏壇の扉を開けた。
次にデカイのが来たら御本尊を出そうと思ったが、これで終わった。よかった、よかった。

おっと、そうだ!
今日は、顕○会の浅井会長への公開討論の締切日ではなかったかな。
厳虎氏も予想していたが、だんまりかな。もったいないと思う。
浅井さんが出る必要などない。弁に長けた人を顕○会の代表として立てれば良いのだ。
充分に勝算はある。
樋田氏からの提案である以上、顕○会側は臨むための条件を提示する権利がある。この条件を精査すれば最悪でもドローに持ち込めるはずである。
例えば、終了時間を決める。先に達師から顕師に対する相承を討論する。などいくらでもある。(笑)

http://toyoda.tv/asai.koukaikitsumonjo.htm



2012/7/16  7:59

投稿者:沖浦克治
おはようございます、皆様方

 今日の人間革命に、戒壇のことが書かれてありました。

 昭和52年10月2日にオープンされた、創価学会初の墓苑である、厚田村の戸田記念墓苑、、の開園式で北海道総合長が、

 『霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か』
 (三大秘法禀承事)

 の御金言が、この戸田記念墓苑だと宣言され、池田先生もお喜びになられたと書かれています。

 『広布の城の建設を、自分の外にある出来事とするのではなく、それと呼応し、全同志が信心の目標を立て、果敢に前進していく』

 とあります。
 たまたま法華講員さんの板に、今日の早朝戒壇の事で書きました。

 戒壇は我が身の外ではなくて内にある。

 そう言う意味を書いたのですが、人間革命に同じ事が載って会って、嬉しいです。

 創価学会の現在の思想と、自分の生き様が合致する。

 最高の功徳です!!

  三大秘法の中の本門の戒壇を、厚田墓苑に代表される創価学会の施設であって、しかもその実態は信心に励む会員一人一人の信心の前進だ、とする思想が、人間革命に掲載される時代になりました。

 嬉しいです。

 本門戒壇を語る時、戒壇本尊の事を全く考慮する必要が無い時代になったのです。

 創価思想の夜明けが今。

 立ち会う私共は創価仏法の歴史の証人です。

 身に余る福運です。


2012/7/16  0:56

投稿者:アキラ
こんなコメント、遅いですが聞き流してください。
原発の問題は、日本全体の問題で、野田さんだけ責めるのは、どうかと思います。日本国の総意として、原発が多数、建設された。反対する人も、結果、止められなかった。国民一人一人に責任があると思います。顕正会の一部幹部の独自見解と信じたいですが、「福島の瓦礫は、福島県外に出してはいけない。」と聞きました。あまりの偏狭さに、愕然としました。本部の方に否定してもらいたいです。

2012/7/15  18:58

投稿者:のび太

関東は、今日も蒸す一日でした。
九州は集中豪雨の影響で佐賀、大分、熊本は災害対策本部が設置された。福岡の八女、柳川も対策本部が設置されたようだ。(15日聖教)

ポリ銀さんが紹介していた中村天風さん、飯田史彦さんの著書はおろか名前すら存知なかったのでウィキで見た。私の守備範囲からは該当しない方達かな?
影響を受けた著名人に故松下幸之助氏の名前があったので少しだけ興味が湧いた。

本題に入ろうと思ったが、用事が発生したのでまた後でコメントします。

2012/7/15  10:33

投稿者:ユタ
 おはようございます。

>信仰とはね、そう言う理屈抜きの側面を、多分に持っています。

 宗教団体も、運営しているのは拝んでいる神仏ではなく、人間です。従って、色々と細々した内部規定が存在するのは当然です。ポリ銀さんは、たまたまその宗門の「理屈抜きの側面」に疑問と不信を持ってしまったのですね。
 いつになるか分かりませんが、もし私の仏縁が更に強いものとなり、仮にまた信心を再開するようなことがあれば、特に気をつけたいと思います。

2012/7/15  9:23

投稿者:沖浦克治
厳虎さん、おはようございます

>創価学会の公式サイトの文章はそれなりによくまとまっているけれども、御書の引用もなく、いわば創価学会流の解釈をそのまま述べているに過ぎない。

 これはその通りですね。
 当然、御書引用してそれなりに説明は出来ますが、あくまでも創価学会の内部規定です。
 他宗の方から見れば、
 
 読み方の一例。
 
 です。
 でも、それでいいのですよ。
 大聖人ご本仏論も、他宗から見て、

 受け取りかたの一例。

 なのです。
 そして、宗門の戒壇本尊本懐論は、御書に全くありません。
 ですので、

 読み方の一例ですらない。

 でも、宗門は内部規定にしているでしょう。
 信仰とはね、そう言う理屈抜きの側面を、多分に持っています。

2012/7/15  7:02

投稿者:沖浦克治
ポリ銀さん、おはようございます

 宗派の違いなんて、小さい事です。
 その些事にこだわって、喧嘩するのは愚かですね。

 信心は自分と大聖人です。

 間に色々挟まるとややこしいだけ。

2012/7/15  0:44

投稿者:ポリ銀
ユタ様・沖浦様コメントありがとうございました。

とりあえずは好きな読書でもして暮らしていきます。厳虎様のブログは、僕の知っているなかで唯一中立的なスタンスが許されるようで、長居してすみません。

元顕正の人が宗門大絶賛しているブログは、正直疲れてしまって…。なんかなあ、組織に向いてないかも?って思っています。親の墓もあるので寺信心でいいかな。

最近は心のよりどころに、「生きがいの創造」や「天風語録」などを読んでいます。両方とも厳密には宗教じゃないので、元気もわいてきそうでいい感じです。

2012/7/14  23:29

投稿者:ユタ
 ポリ銀さん、広宣流布って今ムリにしなきゃいけないものですかね。そもそも、平成27年と平成33年の誓願って何がどう湧いたものなのでしょうか。
 私も人間ですからね。是非とも顕正会の毒牙に掛けてやりたい奴だとか、是非ともこいつには地獄界に落ちて頂こうとかいう奴はいますよ。正論を言うなら、そこをグッと堪えて折伏していかなければなりません。しかし、ですよ。顕正会にしろ、宗門にしろ、世話したら面倒を見なければならない義務が発生するわけですよ。「地獄に落ちれ、バカヤロウ」と思ってる奴と上手くやれる自信、ありますか?私はありません。「法に依って人に依らざれ」はただの綺麗事であり、運営側の都合のいい責任逃れの言葉であるとも思うのです。法も大事でしょうが、人が大事なんです。
 顕正会の自滅・崩壊を待ち望んでいる人は少なからずいるようですが、その前に自分の足元を確認する必要があるかと思いますね。
 ああ、そうそう。多分ね、ポリ銀さんの所属した所が悪かったんだと思うんです。だから、人なんですよ。人によって違う。私が所属した所は、少なくともポリ銀さんくらいの質問でしたら、ある程度はご期待に沿えたかもしれません。
 なのでね、移籍を悪しと考えてる人もいるようですが、私は愚の骨頂だと思うんですよ。自分に会う寺と講中を探して、歩き回って何が悪いと思うんですね。私は転職を3回ほどしていますが、おかげでブラック企業からはおさらばできたし、それまでと比べて労働条件のいい所に就職できましたよ。そういうことです。私も除籍じゃなくて、移籍を選択するという手もあって、本当はそれが最良だったのかもしれませんが、まあ、今更どうでもいいです。

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