2012/10/8

重要度の比較問題  
沖浦氏より連続投稿をたまわった。その中から一つだけ取り上げよう。ジャパンクラシックパワーリフティング選手権大会の話だ。

 地元に200泊ほどの宿泊があって、色々出場者や関係者が買い物したりして、少しだけ貢献ができました。

少しだけ貢献できた・・・

この謙虚な表現が光っている。

 優れたラックが欲しくて数年間祈って来ました。

 先日、もう自分で作るしか無い・・・

 そう決意して200ボルト引いて、溶接の機械買って溶接覚えて、切断機やボール盤も買おう。
 そう決めた所です。


よく知らないが、パワーリフティングのための道具なのだろう。それを自分で作ろうと決意した。

溶接機・切断機・ボール盤・・・

極端に言えば、まるでピアニストがピアノを作るみたいな話だ。釣り師が釣竿を作るというのはよく聞く話だが、しかし、さすがに船を造ることはないだろう。沖浦氏がやろうとしていたことは、これに近いと思う。幸いにもメーカーが動いてくれたという。いわゆる沖浦モデルのマシンが開発されるということだ。

さて、次はのび太氏のコメントを取り上げる。

真面目に議論をする勇気がないことがよく判った。

いわば捨てゼリフのようなものだ。

真面目に議論をしたいのであれば、まずは論点をしっかりと整理するべきだろう。わたくしの主張に耳を貸さず、一方的な物言いに終始していることに気付かず、いったい何を言っておるものかと思う。

水掛け論をやっても仕方がないので・・・

この言葉が目に入らぬか、と申し上げたい。わたくしとしては、この時点で終わっているつもりなのだ。しかるに、のび太氏の態度は次のごとくである。

何度でもいう!インチキにだまされるな!!

何度でも構わないが、しっかりと整理整頓した上で、発言してほしいものである。

さて、今日はうっかり忘れていたことを書く。

九月度総幹部会を報ずる顕正新聞が届き、とりあえず三面まで読んだ。そこで気が付いたのだ。八月度総幹部会の会長講演のことだ。

ご存知のごとく、浅井先生は言っていることがコロコロ変わる。いや、もちろん、変わってもいいのだが、その重要度によっては、まさにのび太氏の指摘するように、過去の発言や行動に対する総括がないことが問題となる。その意味で、八月度の会長講演には看過できない発言があった。

 日本の柱を立てるとは、国立戒壇の建立であります。
 一国の総意を以て戒壇の大御本尊を守護し奉ると、この総意が国家意志となって現われれば、事実上の国立戒壇となる。このとき、日本は始めて侵略に打ち勝ち、救われるのであります。
 この一国の総意を決するのが、六千万の地涌出現であります。


少々長いが、重要な一段なので、丸々引用した。

日本の柱を立てるとは国立戒壇の建立・・・

この主張はまさに一貫不変であって、顕正会的には問題ない。

しかし、次の一節が問題なのだ。やや煩瑣なので、わたくしなりに要約しよう。

戒壇の大御本尊を守護し奉る・・・との国家意志が表明されれば、それが事実上の国立戒壇となる。

この時点で、日本は侵略に打ち勝ち、救われる。

そして改行の後、次のごとく結論している。

国家意志の表明はひとえに六千万人の地涌出現に懸かっている。

これはわたくしなりの意訳である。既出の原文と読み比べていただければと思う。

さて、読者には何が問題であるか、おわかりいただけるだろうか?

事実上の国立戒壇・・・

まさにここが問題なのだ。

わたくしの記憶では、こうした表現は今までなかった。おそらくは今回が初めてだと思う。

何が問題か端的に説明しよう。ようするに、戒壇を建立せずとも戒壇を建立したに等しい、このように言っていると解されるのだ。これは従来の主張に比して、明らかな後退である。

浅井先生の主張は、このまま行けば日本は亡ぶ、ということだ。日本を救うには国立戒壇を建立する以外にない。つまり、建立が日本を救うと言っていたのだ。それが今は建立せずとも救われると言っている。これは自語相違だ。

アゲアシ取りと思うかもしれない。

ようするに、先生は建立しなくていいと言っているわけではない、それにもかかわらず巌虎はそのように勝手に解釈している、けしからん、という反論である。

いや、もちろん、先刻承知のことだ。わたくしが言いたいのは、ともかく従来の主張とは明らかに異なることである。今一度、整理し直そう。建立によって仏国土が現出する。これが従来の主張だったはずだ。それが今は建立前にすでに仏国土が現出するかのように言っているわけだ。この違いは決して看過できないものである。

わたくしの想像では、浅井先生はコロコロと変わる己の発言に整合性を持たせるために、今回の発言を意図したのではないか、という気がする。

あと十二年

これは先年の三万人の男子部大会での発言である。

二〇二〇年代

ご存知のごとく、最近はこの発言が目立つ。

二千二十年代は二千二十九年の末までを言う。すると、あと十二年はウソになる。ゆえに、二千二十年代初頭だとか前半みたいなニュアンスなのだろう。いちおう、善意に解釈すれば、そうなる。

急拵え・安普請

これまた最近の発言だ。浅井先生は先般の建白書で、奉安堂について上掲のごとく発言した。

偽戒壇

これでほぼ材料は出揃った。

最近の顕正会では正本堂を偽戒壇などと表現しているわけだが、正本堂は計画発表から完成まで七年ほどの時間を要している。偽戒壇ですら七年、いわんや国立戒壇をや、ということだ。まさか国家的に建てる本門の戒壇が急拵え・安普請であるわけがない。ゆえに、本当に建てるとなると、完成までには相当の年月が掛かるはずだ。

あと十二年で戒壇が建つわけがない。甘く見積もったとしても二千二十年代は無理だ。

実は浅井先生自身がこれを自覚しているのだ。

ゆえに今の顕正会の目標を客観的にまとめると、二千二十年代に六千万を実現し、戒壇建立の目途を立てる、ということになるだろう。

いかがだろう。

これとても実現不能に思えるところだが、熱心な活動会員たちの中には、もっと手前にゴールがあるかのように思い込んでいる人もいる。不幸なことだ。浅井先生は己の自語相違をうまく糊塗して、現時点での社会情勢などを織り交ぜて、もっともらしい発言を繰り返している。しかし、現実には延び延びになっているわけだ。

この点の総括はまったく見られない。その重要度からして、大問題である。

2012/10/16  5:56

投稿者:沖浦克治
 ネットで、他者非難に明け暮れるよりもですね、

 こうして、現実生活の功徳を書いたほうが楽しいですよ。

 修羅の命で他人を責めても、喜びは一瞬です。

 利他の祈りで境涯革命するなら、人生そのものが喜び。

 菩薩の楽しさと、修羅の喜び。

 どっちがいいか考えるまでも無いですね。

2012/10/16  5:55

投稿者:沖浦克治
 続きです

 プレワークショップ
 10月20日(土)  第一回(15時 〜 19時);藤野野外スポーツ交流施設(フッズスノーエリア)
            札幌市南区藤野473−1  TEL:011-591-8111

 11月24日(土)  第二回(18時 〜 21時);小樽市トレーニングスタジオ
           小樽市稲穂2丁目15−10 荒川ビル2階

 内容;@ レストレーショントレーニング (ミニレクチャーと実技体験)
    A キネシオテーピング,BMZインソール等,デバイスについて紹介

 会費;各回 2,000円 ※会場使用料,資料・テーピング用テープ代含む
 ※二回とも参加の場合は3,000円


 研修会 (本部会長による研修会)
 11月30日(金) 第一回(18時 〜 21時);北海道文教大学
          恵庭市黄金中央5丁目196−1

 12月 1日(土) 第二回(13時 〜 16時); 千歳スポーツセンター
           千歳市真町176番地2
        第三回(13時 〜 16時);藤野野外スポーツ交流施設(フッズスノーエリア)

 12月 2日(日) 第四回(13時 〜 16時);藤野野外スポーツ交流施設(フッズスノーエリア)
         第五回(18時 〜 21時);小樽市トレーニングスタジオ

 内容;@ レストレーショントレーニング(講演と実技体験,個別メニュー作成)
    A キネシオテーピングイントロパーティー
    B BMZインソール等,デバイスについて紹介
 会費;各回 3,000円 ※会場使用料,資料・テーピング用テープ代含む
 ※すべて参加の場合5,000円

 *連続参加割引の場合、初回に料金を頂きます。その後参加されなかった場合、いずれも返金は致しかねますのでご了承ください。


 主催;レストレーショントレーニング普及協会北海道支部

 共催;Fu’s(藤野野外スポーツ交流施設 フッズスノーエリア)
    キネシオテーピング普及協会北海道支部
    古内スポーツ

2012/10/16  5:54

投稿者:沖浦克治
 功徳を書きます

 私の開発し提唱するトレーニングメソッドが、広まっています。
 以下、他板から引用いたします。

 レストレーショントレーニング プレワークショップ・平成24年度研修会のご案内

 レストレーショントレーニングは,マスターズパワーリフティング世界選手権優勝選手が提唱した筋力トレーニングの一方法です.
 メインプログラムはスクワット,デッドリフト,ベンチプレスというごく一般的な運動課題ですが,運動フォームやプログラムメニューの作成方法等,いくつかの点で既存のトレーニングとは異なります.
 休むことをトレーニング内容に明確に位置づけていることも特徴のひとつです.
 リハビリテーション専門職らによる効果研究が始まっています.
 医療・福祉専門職,スポーツ指導者,アスリート等,多くの方々にこのトレーニング方法を知っていただき,一緒に検証していただく仲間を増やすことを目的として,プレワークショップ・平成24年度研修会を開催いたします.

 いずれの回も途中からの参加が可能です.
 トレーニング時間はひとりにつき実質15分程度です.
 靴,ベルトはこちらで用意いたします.
 Tシャツ・短パン等,動きやすい服装をお勧めします.
 研修会毎回ごとの基本的な内容は変わりませんが,個別メニューに応じたアドバイスが受けられます.
 プレワークショップも含め,研修に6時間以上参加されると,二級指導員研修の受講資格を得ることができます.

2012/10/14  19:58

投稿者:ポリ銀
お久しぶりです。

顕正会の6000万戒壇論にはビックリです。もう、顕正会には居丈高に御宗門を批判する資格はなくなってしまっちょうに思います。

僕は戒壇義に執着して悶々としていた時期を脱出して、末寺で十界論を再三学ぶ意義を考えていました。この仏法の根幹は十界互具の法門です。これが開合を重ねて一念三千の法門になるのですが、ここが仏法理解の根幹であることにようやく気が付きました。

自分でも情けないくらい、自分が愚か者であることに気づかされました。

私たちは色法においては人界の身を受けて生まれています。これですら相当の善根による果報なのです。人界は三善道の中位ですから。でも、心法の基底部は人それぞれ異なる十界に属しています。

浅井さんのような人は、心法の基底部が修羅界なので、その本性として下品の道徳を説いているだけの事なのです。修羅界についてよくよく知らべれば得心されると思いますよ。

まさに、まことしやかに正論を述べ、人心を誑かし尊敬を得ようという命。。。私のような愚人は、修羅の謀りに乗せられていただけであることに気付きました。40歳になってやっとですが。

http://porigin.at.webry.info/

2012/10/13  17:57

投稿者:ユタ
こんばんは。高速太郎さんの仰る通り、私が本格的に仏教に触れたのは顕正会が初めてです。とはいえ、実際は顕正会の概要を説明されただけ、浅井会長の武勇伝を聞かされただけで、すぐ折伏要員に駆り出されてしまいました。法華講に移籍しても、顕正会で基本は学んでいるであろうとの予断のせいなのか、本格的に仏教の歴史を学んだ記憶は無いですね。
手塚治虫の“ブッダ”で学べということでしょうか(笑)

2012/10/13  17:19

投稿者:高速太郎
厳虎さん、こんばんは!
今日は、こちらも良い天気で秋らしい青空でした。

 まず、勘違いされては困りますが、私は、ご本尊を否定したり、大切ではない等と
考えていません。
 仕事や私用で出かける時は、お守り御本尊をワイシャツの胸ポケットに入れて
出掛けます。携帯電話を忘れる時はあってもお守り御本尊を忘れる時はありません。
 今は、IDカードや携帯電話をストラップで首に掛けている方達が多いので、それは
何ですかと聞かれる事は無く、残念ながら仏法対話のキッカケにはなりません。
 いわば、24時間ご本尊様と一緒の生活です。

 中国では、キリスト教徒が1億人を越していると言われています。
 中国で、なぜ仏教が広まらないのか。釈迦が誕生したインドで、なぜ仏教がすたれて
しまったのか。なぜ大乗仏教の中に密教が生まれたのか。なぜ法華経の中に法華経
そのものが説かれていないのか。もう一度、考える必要があると思います。
 日蓮大聖人は、「身読」して、正しさを証明してくださいました。

 それらを考えるとき、唯一無二の全能的なご本尊が在ることは矛盾です。

 学会員もそうですが、恐らく顕正会や法華講の方々の多くは、入信(入会)して
初めて仏教を学び、御書の文を釈迦時代からの時系列で考えず、日蓮正宗の言って
いることが全て正しいと思い込んでいるのではないでしょうか。

2012/10/10  9:19

投稿者:高速太郎
厳虎さん、おはよう御座います!

 仙台もだいぶ秋らしくなって来ました。田んぼの稲刈りも進んでいます。

 私のコメントに丁寧におこたえ下さりありがとう御座います。
 そこで、自然と自然科学の定義は違うことを言っておきたいと思います。
 例えば、有名な話でリンゴが木から落ちるのは、自然現象です。これを見て、
引力を発見する事が、自然科学と云うのは、チョット無理があり、万有引力の法則が
宇宙のどこでも当てはまると考えて、万有引力定数「F=G*M1*M2/(d^2)」を
導き出すことが、自然科学だと思います。
 また、自然科学の定義は国によって若干の違いがあるようで、対象とする
カテゴリーでも違いが有るようです。赤道上の地球の長さは、国によって違いが
あります。物理的には、どこの国が測っても同じですが・・・。
 これでは、船舶や飛行機のように国を超えて移動するものは、問題が生じます。
 解決するための、世界座標系が取り入れられたのも、そんなに古い話ではありません。

 ようするに、自然科学は普遍的な法則性が要求されるものだと思います。

 記事の中の「ゆえに、必ずしもそれが正しいことにはならない。もし正しいと
言わんとするのであれば、もっと詳細な説明が必要だろう。」については、
沖浦克治さんが、同じようなテーマで投稿されていますので、錯綜するといけないので
一通り終わってから書きたいと思いますので、宜しくお願いいたします。

2012/10/10  5:49

投稿者:沖浦克治
 厳虎さん、おはようございます
 少し話題を変えます。

 宗門の教学では、自分は依報なのですね。
 ご本尊が正報だそうですから、自分自身に主体性がない、煙のような人生。

 魅力無いですね〜〜!

 私共創価では自分は正報で、人生の生き様は自分が決めますし、主役は自分。

 ここが根源的な異なりです。

 『夫十方は依報なり衆生は正報なり譬へば依報は影のごとし正報は体のごとし身なくば影なし正報なくば依報なし又正報をば依報をもつて此れをつくる、』
 (瑞相御書)

 十方とは、自分を囲む環境全てです。
 四方八方と上下で十方。
 それが全て依報です。

 衆生は正報ですから、私も貴方も衆生で正報。
 そして、本体で本、周りの環境は迹。

 私共衆生がないなら、環境である宇宙もない。
 御書に書いてあるのですから、信受いたします。
 但し、日蓮正宗ではこの御書を否定しますね。

>明確じゃないですか。依報=自分及び一切の環境は影であり、正報なくば依報なし=御本尊なくば自分なし」ですね。(黒川さん談)

 明らかに御書に違背しています。

 ご本尊は環境の中にあるので迹。
 貴方や私がご本尊に祈る時、本体は私共でご本尊は影で迹。

 特筆すべきは、環境である依報が、正報である私共を作っていると言う思想です。
 凄いですね。

 成仏の定義が日蓮正宗では明確化されていません。
 ですので、無意味な言葉でしかないのです、日蓮正宗での成仏は。
 創価では明快です。

 『此の文は始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり。』
 (御義口伝巻下)

 これが成仏の境涯です。
 その中には、お金儲けも勲章も含まれています。

 『其の後御をとづれきかまほしく候いつるところにわざと人ををくり給候、又何よりも重宝たるあし山海を尋ぬるとも日蓮が身には時に当りて大切に候。』




 

2012/10/8  22:59

投稿者:沖浦克治
 厳虎さん、今晩は

 数年後に世界大会をやりたいと思っています。

 それなら、今回の10倍は世界中から選手と役員が集まります。

 その時は、少しだけですが自慢したいですね。

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