2013/5/2

第1272号拾い読み  
沖浦氏よりご丁寧な返信を頂戴しているが、これについては省略させていただく。また、諸般の事情通氏のコメントはやや真意を測りかねるものである。

そこで今日もまた顕正新聞第1272号から話題を拾うことにする。

あと七年の重大さが迫り、身が震えました。

これは三月度婦人部班長会における総合婦人部長の発言である。

実に思い切った発言だ。

ご存知のごとく、顕正会はあと○○年が好きである。過去の会長発言を調べれば枚挙に暇がないくらい、同じようなフレーズが出てくる。しかし、十年を切ることはなかった。さすがに十年を切ってしまうと後戻りができなくなる。ゆえに一頃は「あと十有余年」を言い続けて、一向に数字が減らなかった。

ところがここに来て、総合婦人部長が大胆な発言をした。上掲がそれである。

では、あと七年とは何か?

ここでは第三婦人部長に語ってもらうことにしよう。あらかじめ、やや切り文ぎみの引用であることをお断りしておくが、ともかく重大発言であることに変わりはないだろう。

先生が定められた広宣流布の決戦場まで、あと七年
 「六千万地涌出現は必ず間に合う」
 との確信を胸に、テンポを上げて走り抜けんと、決意を固めるものであります。


実に大胆な発言だ。

ようするに、あと七年で六千万を達成する、と言っているに等しいわけだ。これはある意味、浅井先生に対する反逆みたいなものだろう。先生の発言を拡大解釈して、先生にプレッシャーを掛けているのだ。

もう少し丁寧に説明しよう。

浅井先生は他国侵逼が現実となる時期を二千二十年代と想定している。その時までに六千万を達成すると言っているわけだ。それが何年後のことであるか、正確にはわからない。ゆえに、予言の好きな(?)浅井先生も、さすがにそこまでは言わないのだ。単に数字の上で言うのであれば、最短で七年である。しかし、浅井先生はただの一度も七年とは言っていない。ところが婦人部の最高幹部たちが言ってしまったのだ。これは大変なことである。あと七年で六千万など、できっこないのだ。それにもかかわらず彼女たちは、浅井先生の仰せであるとして、上掲のように発言しているわけである。これはもう先生に対する反逆ないしプレッシャーとしか思えないのだが、それとも違うのだろうか?

幹部たちも浅井先生の大言壮語には辟易しているのだ。あと○○年が延び延びになって、いつまで経っても広宣流布にならないことに、ほとほとウンザリしているのだ。ゆえに、もういい加減にして下さいね、あと七年で達成できなかったら終わりですよ、いつまでも付き合いきれません、という意味なのだろう。わたくしにはそうとしか読めないのだ。

ところがである。今度は副総合婦人部長と第六婦人部長がおかしなことを言っているのだ。

二〇二〇年代の決戦場から逆算すれば、もういつ起きてもおかしくないほど近い・・・

副総合の発言だ。何がいつ起きてもおかしくないのか、新聞をお持ちでない人のために説明すると、首都圏直下地震と南海トラフ地震のことである。副総合はこの二つの地震をいつ起きてもおかしくないといっているわけだが、しかし、これは顕正会の身勝手なシナリオ以外の何物でもないだろう。いや、もちろん、地震はいつ起きるかわからないので、その意味で彼女の言っていることはそれほど間違っているわけではない。だが、以前にも書いたごとく、今日かもしれないし明日かもしれない、あるいは一年後かもしれないし二年後かもしれない、さらには十年後かもしれないし二十年後かもしれない、ようはわからないのだ。それが自然の気紛れさなのである。

これで副総合の言っている逆算の意味がよくわかるはずだ。六千万を達成するためには何か衝撃的な出来事が必要である。このままのペースでは誰が考えたって六千万は不可能である。ゆえにエポックメーキングが必要なのだ。それを彼女は、というよりも顕正会は、巨大地震に求めているわけである。

ここで第六婦人部長の発言を紹介しておこう。

首都圏直下地震まであとわずか・・・

繰り返し言っておくが、わたくしは二つの地震が起きないと思っているわけではない。それはいつ起きてもおかしくないだろう。しかし、彼女たちとは異なる。失礼ながら彼女たちの発想は明らかに常軌を逸しているのだ。

話をまとめよう。

総合部長と第三部長は先生に反逆していると書いたが、それはわたくしの誤解なのだろう。二人は本気で七年後の六千万を考えているのだ。しかし、それは今のままでは無理である。では、どうするかであるが、その答えを副総合と第六が述べているわけである。巨大地震が起きて、それがキッカケとなって爆発的に弘通が伸びると。それが彼女たちのシナリオである。

自然は気紛れである。いつ起きるかわからない地震に頼っているようではダメである。それに以前も書いたが、たとえ地震が起きたとしてもそれで入信勤行の行列ができることはない、多少は伸びるだろうが爆発的とまでは行かないはずだ。つまりは身勝手なシナリオということである。

 本年一月、自分ごとき者が先生より鷹巣支区部長の大任を拝命し、緊張感で一杯でありましたが、(中略)今度こそ浅井先生にお頷き頂ける人材となって最後まで忠誠を貫く覚悟を固めたものであります。

おや、まあ、久しぶり、という感じである。

今度こそ・・・

この一語に明らかなごとく、この人はしばらく鳴りを潜めていた。もちろん、理由はわからないし、完全に組織から離れていたのか、それとも活動に消極的だったのか、あるいは単に降格の憂き目にあっていただけなのか、その辺はまったく不明である。ともかく観察していると、こうした幹部クラスの復活劇もしばしば見られるところである。

さて、ユタ氏からは潰瘍性大腸炎の体験発表について何か書けとの催促(?)が少し前にあったけれども、特に書きたいことが見当たらなかった。強いて挙げるならば、次のくだりだろうか?

一日に十回ほど排便のためにトイレに行き・・・

当然、これは小用ではなく、大のほうなのだろう。十回はいかにも多過ぎる。これでは生活に支障を来たすだろう。想像するだに深刻である。

さて、わたくし個人としては、これよりも隣のページの二つの体験発表のほうがツッコミ甲斐(?)があると思った。まずは女子部班長のほうから紹介しよう。

 入信以前の私は郷里の茨城から二十五歳で上京し、住み込みで昼は喫茶店、夜はスナックの雇われママとして働いておりましたが、わずかな給料で社長にいいように使われ、辞めたくても辞めさせてもらえず、まさに地獄界の生活を送っておりました。

この後、彼女は入信し、勤行を実践するようになる。

すると・・・

客が行列をなすほどスナックが大繁盛するという初心の功徳を頂きました。

行列のできるスナック? これは想像が難しい。

それはともかく、彼女は功徳をいただいて、その感激のまま同僚を折伏したという。

すると・・・

私の信心を大怨嫉した社長が暴言を吐いて怒り狂い、私は部屋を追い出され解雇となりました(以下省略)

わたくしがおかしいと思ったのは、彼女は辞めたくても辞めさせてもらえなかったのだろう、であれば、ここで解雇になることは願ったり叶ったりなのだ、ところが続きの文章にはその意味のことがまったく書かれていないのである。善意に解釈すれば、行列ができるようになって給料も上がり辞めたい気持ちも失せていた、ということなのだろう。ともかく文脈的には解雇になったことこそ大功徳であると、感激を述べてもよさそうなところなのである。

さて、次は婦人部組長である。

 入信以前の私は中学卒業後、進学もせず、まともに働くこともなく、ずっと親からお小遣いをもらっては好き放題の生活でした。結婚後もおカネが足りなくなると、百万円単位で父からおカネをもらい、家具や洋服等を買いあさり、ぜいたくをしてきました。

羨ましい話だが、まあ、しかし、このくだりを読んだだけで、すでにマトモじゃないことがわかるだろう。

この後、頼りの父親が亡くなり、生活が逼迫するようになる。そして、やがて家賃も払えないような状況になるわけだが、次のくだりがまさに圧巻である。

 実は入居以来四年間、一度も払っていない家賃の催促が来ないことを、勝手に「御守護」と思い込み、やり過ごしてきた・・・

なんだ、これは?

いや、もちろん、この文章には続きがある。ようは総班長から叱られるわけだが、それはそうである。まさかこんな話が是認されるわけがない。さすがに顕正会もそこまでは狂っていないのだ。

それにしても苦笑を禁じえない話だ。

2013/5/2  12:48

投稿者:ユタ
 こんにちは。いやいや、催促だなんて誤解ですよ。ただ、私にできる考察といえばこれぐらいでして。ま、顕正新聞を考察されている方々で、登壇者と同じ立場の者というと、なかなかいないでしょうから。ちょっと、余計なお節介をさせて頂いたまでのことです。
 

http://blog.goo.ne.jp/localfor

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