2013/8/18

久々に顕正新聞を題材に  
気がつけば、顕正新聞の話題から遠ざかって、すでに一ヶ月が経つ。最後に取り上げたのは第1279号であり、最新号は第1284号であるからして、ずいぶんと溜め込んでしまったものである。さて、どうしたものか・・・

第1279号から二つほど紹介しておこう。

日目上人の御心を受け継いでおられるのは先生お一人。宗門は恥じ入るべし。

女子部総務・第二女子部長の発言であるが、これは原文を圧縮したものなので、そこは誤解なきように願いたい。ようするに、顕正会は国家諫暁をやっているが、宗門は何もやっていないじゃないか、恥ずべきである、と言いたいらしいのだ。おそらくは宗門も他の一般仏教同様に、いわゆる職業僧侶と化している面が否めないのだろう。しかし、これは長い年月を掛けて醸成されてきたものなので、そう簡単には改まるものではない。顕正会の体質だって同じなのだ。いろいろ問題があるけど、そう簡単には改善されない。お互いさまである。

第十四婦人部長は次のごとく言っている。

広宣流布の暁には、大聖人様が「立正安国」と叫ばれ「王仏冥合」「国立戒壇建立」とお教え下された、その根本の大事が生かされる憲法が制定されること、そのとき浅井先生のご存在がなくてはならぬことを伏して拝察したものであります。

先の女子部幹部は、国家に積極的に関わらんとしている浅井先生の姿勢に比し、宗門が何もやっていないことをあげつらうわけだが、しかし、現実的には実力不相応と言わざるを得ないだろう。

つまり、宗門としては将来的に何かアクションを起こすつもりでいるのかもしれないが、今は時期尚早ということなのだろう。一方の顕正会は、日本に残された時間は少ない、今やらずしていつやるのか、と考えている。しかし、上述のごとく現実的には実力不相応であり、さらにもう一つ現実的な問題がある。再掲しよう。

そのとき浅井先生のご存在がなくてはならぬ・・・

くだんの婦人部幹部がこのような思考に至る理由を考えるに、やはり顕正会の内部では広宣流布が眼前であるかのように言われているのだろう。もし広宣流布がずっと先のことであれば、さすがに浅井先生も存命ではいられないだろう。また、そうしたこととは別に、顕正会は浅井先生がいなくなればオシマイという意味もあるのだと思う。つまり、いつまで経っても浅井先生の存在がなくてはならぬ、言い換えれば永遠の存在である、さらに飛躍すれば常住此説法、これが顕正会における浅井先生の位置付けなのだ。

さて、次は第1280号である。

「立正安国」特集号

当該号は六月度総幹部会の特集号であるが、なんと別の名前がついていた。上掲のごとくである。

会長講演が一面から三面にわたって掲載されているが、そこにはさして目新しいことが書かれているわけではない。後半、アベノミクスを云々するくだりでは最新の情報が盛り込まれているものの、全体の構成そのものは過去の焼き直しである。どうやらこれは会員向けというよりは、外部の一般向けに書かれたものらしい。ようは先生の年来の主張をダイジェスト的にまとめたものであって、広く一般人に読ませることを目的としているのだ。つまりは諫暁書の一環である。事実、これは国会議員や首長などに対し、およそ三万部を発送したとのことだ。

なるほど、先の女子部幹部ないし婦人部幹部の話と併せて考えれば、浅井先生が社会に向かって積極的にアプローチしていることがいちおうは理解できる。

しかし、実際にはどれほどの効果があるのか、そこが疑問である。

公明党 都議選で10万票も減少!
 「全員当選」の裏で学会は衰退


特集号の最後の記事がこれである。わたくしは思う、他人のことをあげつらっている場合ではないだろう、と。

何しろ公明党は現実に勝っているのだ。都議選もそうだが、参院選も勝った。これはさまざまな分析の仕方があるのだろうけれども、勝ちは勝ちである。

では、顕正会はどうか?

残念ながら明確な指標がないので、勝ったとも負けたとも言えない。誓願に勝った、空前の大勝利、過去最高、などと威張ったところで、他と比較する客観的な指標がない。ゆえに自己満足に過ぎないのだ。

創価学会の場合は違う。公明党の議員を当選させるということは、選挙という土俵の上で戦っているわけだ。同じ土俵の上には自民党もいれば民主党もいる。共産党もいれば社民党もいる。その他諸々の政党もいる。そこで勝利を収めることは並大抵のことではない。

顕正会は直近の折伏法戦で百六十万を達成した。しかし、これは他と比較する何の指標にもなり得ない。しょせん、この百六十万は名目上の数字であって、実数ではない。ゆえに、もし本当の実力を知りたいのであれば、顕正会も選挙に打って出ればいいのだ。そうすれば惨憺たる姿が如実に示されるだろう。

他人の得票減をあげつらっている場合ではないのだ。

2013/8/19  6:01

投稿者:沖浦克治
 おはようございます。

 創価学会が興隆しようが、衰退しようが、顕正会にとっては自分達が興隆するか衰退するかが第一義でしょうね。

 私が宗門を相手にしないで良いと書くのは、他宗の興亡より創価学会の興隆を考えるべきだと思うからです。

 又、自身の事を言わず他宗の衰退を話題にするなら、自身は衰退している証拠です。

 この記事は愚かですね。

2013/8/18  19:34

投稿者:へな
浅井会長亡き後、こういう発言をする幹部が出てきそうですね。

「もし浅井先生ここにましませば、何を命じ給うか」

これは浅井会長の名台詞の一つを一部修正したものですが、浅井会長亡き後は顕正会内におけるその存在が今以上に絶対的なものになっていくと思います。

そうしないと現在の活動会員をつなぎ止めれないと思います。

とは言っても、良くて現在の自転車操業のような状態を維持だとは思いますが・・・


それにしても第十四婦人部長の発言はそれ以前の文章を読んでいないからかもしれませんが、何を言ってるのか理解できません。

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