2014/4/16

古文読解と趣味の仏法  
今朝、きわめて意味深な川柳を頂戴した。

燕雀の 鴻鵠ほむる 滑稽さ

たぶん燕雀とはわたくしのことで、鴻鵠とは岩切先生のことを意味するのだろう。前回の拙稿は確かにわたくしの不遜な物言いが鼻につく。ゆえにこうした批判が出ても致し方のないところである。

ただし、これが今の時代なのだ。

ネット上で無数の燕雀たちが思い思いの意見を言う。よほどのことがない限り、言論の自由は奪われない。そこで問われるのは身分ではなく、発言の内容そのものなのだ。早い話が言っていることが正しいか間違っているか、ただそれだけなのである。

ところで沖浦氏からは次のような見解を頂戴した。

 『あまりにありがたく候へば宝塔をかきあらはしまいらせ候ぞ、子にあらずんばゆづる事なかれ信心強盛の者に非ずんば見する事なかれ、出世の本懐とはこれなり。』
 (阿仏房御書)

 この出世の本懐は、大聖人が御本尊ご図顕を持って本懐だと言われると、これまで詠まれています。
 私は異なる意見を持っております。

 阿仏房や、貴方がこの世に生まれてきたのは、この御本尊を受持するためだよ。

 これが正解でしょう。


これは面白い意見だ。はたしてこれが是か非か、今すぐに結論を出すのは控えるが、こういう従来の定説を引っくり返すような意見は魅力的である。単に異を好むとか奇を衒うということではなく、真面目に考えた上での意見であれば大いに結構なことだろう。この件はわたくしも少し考えてみたいと思う。

さて、そこで今日の本題だが、三月九日の日曜勤行指導の続きである。

続き?・・・

おそらく多くの読者は、話題があちこちに飛んでしまって、何がなんだかわからなくなっているに違いない。ようは四条金吾殿の所領の話をしていたのだが、それは日曜勤行の指導の一部分に過ぎないのだ。当該指導の要旨は、福運が大事なのだ、福運が尽きてしまえば努力が空しくなる、何をやっても裏目に出てしまう、これは個人だけでなく国家も同じことだ、というのが話の大きな流れである。

浅井先生は話の後半で、国家にも当てはまることの具体的な事例として、日本海海戦とミッドウェー海戦、それから戦艦大和の悲劇について、わりと詳しく説明している。

これはなかなか面白いというか、おそらく若い顕正会員であればこうした話そのものが初耳のことでもあろうから、とりわけ興味深く聴いていたのではないかと思う。もちろん年配者であっても、ある一定以上の年齢を除けば今の大半の人たちが戦争を知らない世代なので、その意味では若い人たちと大差ないわけだ。わたくしもその一人である。

ゆえに偉そうなことを言える立場ではないのだが、しかし、浅井先生の言っていることに少し問題を感じたのでそれを書いておきたい。

 さて、「運きはまりぬれば兵法もいらず」との仰せは、国家においても当てはまるのです。

ここは問題ない。

 たとえば明治以降の日本は、大聖人様に背き続けて来た罰により、外国との戦争に引きずり込まれた。

ここは異論もあるところだが、まあ、わたくし的にはよしとしよう。いわゆる仏法史観を述べているわけだ。問題は次だ。

 しかしその中にも、明治の時にはまだ福運が残っていたが、昭和の時には福運が尽きてしまったのです。

明治期、日本はロシアと戦って勝った。日本海海戦において無敵のバルチック艦隊を撃滅することができた。浅井先生はこれを、まだ福運が残っていたから、と言う。

だが、太平洋戦争の時には福運が尽きてしまい、敗戦を迎えるに至った。

ようするに、明治期の戦争は福運が残っていたから勝てたが、昭和期には福運が尽きてしまったので負けた、というのが浅井先生の主張である。

しかし、わたくしの認識は少し異なる。

世界最大最強の「戦艦大和」も、あえなく海の藻屑に……

顕正新聞第1304号の二面には大和の写真が載っていて、そこには上掲のような説明が付されている。わたくしは世界最大最強という表現に疑問があるのだが、実は浅井先生もそれを薄々は承知しているごとくである。次は戦艦大和について説明しているくだりである。

 世界最大最強の戦艦といわれた。排水量は約七万トン、全長は二六三メートル、主砲の威力は四三センチの装甲板をも貫き、艦隊同士の戦闘であったら天下無敵だった。

艦隊同士の戦闘だったら・・・

これが答えだ。結論を言えば、日本は過去の栄光にしがみついて、旧態依然の発想から脱却できなかった、ということになる。日本海海戦の時はまさに艦隊同士の戦闘であり、戦艦と戦艦が向き合って大砲を打ち合う、単純化すればそういう戦いだったのだ。ところがその後、航空機の飛躍的な発達があった。潜水艦もしかりである。つまり、戦術的に大きな変化があった。

その意味で大和は脆かった。どれほど図体がデカくても、船底に穴が開けば沈むのだ。むしろ図体が大きい分、的になりやすい、命中しやすい、大地を的とするようなものだ。

残念ながら日本は戦術的に未熟というか、日本海海戦での勝利に引きずられて、大和のような巨大戦艦があれば勝てるという一種の幻影を見ていたのだろう。いや、もちろん、それだけでは勝てないことはすでにわかっていたわけで、ゆえに悲壮な覚悟で出撃したわけなのだろう。そしてあえなく海の藻屑と消えたのだった。

よって、福運の有無で勝利が決まるみたいな、そういう単純な発想だけで物事を考えてしまうのはよろしくないと思う。

たぶん浅井先生もそれは承知しているはずなのであるが、どうも受け取る側の顕正会員たちがそうした単純思考に陥ってしまう傾向がなきにしもあらずなのである。スポーツであれば練習第一だろう。勉強もしかり。その他もろもろの稽古事も同じことだ。もし練習もしない人が世界記録を連発するようなことがあれば話は違ってくるけれども、そんなことはまずあり得ない話だ。勝負は時の運とは言うものの、その下地になるものは地道な練習のはずだ。

以上、日本の敗戦を考えるに、そこには福運の有無だけでなく、純粋にテクニカルな意味での敗因がいくつもあったことは間違いないだろう。福運を全否定するつもりはないけれども、そちらに比重を置き過ぎるのはどうかと思う。これは仏法と申すは道理なりとの御指南からも言えることである。

2014/4/18  7:01

投稿者:沖浦克治
 「一、日興が身に宛て給わるところの弘安二年の大御本尊は日目に之これを相伝す、本門寺に懸け奉るべし」
 (日興跡条条事)
 
 これを衣文とする正宗系の方もおられますが、この日興跡条条事が興師が間違いなく書かれたと言う証拠と共に、弘安2年は360日ほどありますので、これが事実としても、戒壇本尊を示す可能性は極めて低いのです。
 更に、達師は以前、戒壇本尊が後世の作だと言う事に触れ、

 「戒壇本尊の裏側はチョウナで削った跡があります。
 チョウナは鎌倉時代の道具で当時はカンナがありません。
 これを持ってすると、戒壇本尊は間違いなく鎌倉時代の作で、後世の作ではありません。」

 概ねこう言う発言をしておりますが、チョウナは現在も販売され使用される道具の一つです。
 法主と言うならご本尊の専門家です。
 その専門家でさえ、この程度の薄弱な証拠、それも状況証拠しか提示が出来ません。
 世間の道理から判断するなら、戒壇本尊は大聖人の作ではなく、後世の誰かの書写でしょう。
 本尊に本門戒壇と彫ってあっても、どう言う意味も持ちません。

 日蓮正宗は正しいと言う字が入っている。
 だから正しいのだ。

 同じですね。
 三大秘法抄のご提示の部分には、どのご本尊を戒壇に安置するかは全く書かれていません。
 ですので、どのご本尊でも可能だと読むべきです。
 
 広宣流布の社会で、当然シンボルとしての大伽藍は必要ですし、何らかのご本尊をご安置することは当然です。
 ですが、別に身延のご真筆でも良いですし、創価学会が図顕してもどう言う問題もありません。
 当然、学会で書写しても同じです。

 拝む人の信心でご本尊は力も出ますし、出も致しません。
 漫荼羅にこだわる方がおかしいのです。

 更に、日蓮正宗の法主達は、戒壇本尊を書写しておりません。
 讃文が異なりますし、滅後に十年の隔たりがあります。

 これは書写とは言いません。
 オリジナルですね。

2014/4/18  6:59

投稿者:沖浦克治
 熱原法難はそれまでの、佐渡流罪、伊豆流罪、松葉ケ谷法難、小松原法難、熱原法難などと異なり、弟子の布教による在家の受けた法難です。
 大聖人は表面におられません。
 身延へ隠遁されておられます。
 更に、熱原農民たちは大聖人とお会いしたことも無く、ご本尊も頂いておりません。

 そう言う無力な農民たちが、弟子の布教で国家権力の弾圧に負けなかった。

 これならば自分の仏法は後世に伝わるであろう。

 これがご本懐でしょう。
 戒壇本尊は先ず大聖人御直筆である証明が必要ですね。
 直筆との証明がないなら、現時点では出世の本懐の対象になり得ません。
 世間の道理の上でそうなります。 
 仏法は世間法そのものですから、世間の法に逸脱したものを信じることは仏法者の取るべき態度ではありません。

 戒壇本尊本懐か否かはさておいて、戒壇本尊が大聖人の直筆で、弘安二年十月十二日御図顕である、確固とした証明が必要です。
 現時点ではそう言うものは全く存在致しません。

 

2014/4/18  0:56

投稿者:mr.x
何を書くのも誰になにを言われようが巌虎さんの勝手で
かまわないと思いますが、せっかくですから大聖人様の
ありがたさや尊さも書いてはどうかと思います

2014/4/17  22:34

投稿者:のび太

のび太です。こんばんは!

>「ツバメやスズメのような小さい鳥に、何ゆえオオトリやクグイのような大きな鳥の考えが分かろうか」

図体ばかり大きくて志のないオオトリやクグイもいるかも…?

ユタさんの解説を拝借しました。 (笑)

ではまた、

2014/4/17  7:41

投稿者:沖浦克治
 燕雀でも、鷲でも鷹でもなんでもいいので、功徳出したら勝!!

 今朝の聖教新聞、名字の言に、仕事の道楽化と言う言葉があります。

 日比谷公園を整備され、公園の父と呼ばれた、本田静六博士の言葉です。

 「仕事に全力で打ち込み、日々の勤めが愉快で、面白くてたまらないというところまでくればよい。
 その道楽のカスとして、金にも名誉にも恵まれてくる。」

 私も近年そう言う人生になりつつあります。
 池田先生に若いころ教わりました。

 『戸田先生が言われた。
 五十歳までキチンと信心していると、人生が勝手に天職とも言える方向へ向かいます。
 今は寿命が延びているから60歳。
 諸君たちはそれまで創価学会の信心を疑わず、愚直に頑張りなさい。
 すると、勝手にそう言う人生に入ります。
 なろうと思わなくても、勝手にそうなってしまう。
 無作なんです。』(趣意)

 戸田先生が言われました。

 『現世利益とは、如来寿量品の功徳の残りカスなんだよ。』(趣意)

 今、これらの金言を身で読み始めました。 

 来年いよいよ70歳!!

 功徳、功徳の人生だ〜〜〜!!

2014/4/16  15:27

投稿者:ユタ
こんにちは。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」ですか。
 これはまた難しい諺が出てきましたね。
「ツバメやスズメのような小さい鳥に、何ゆえオオトリやクグイのような大きな鳥の考えが分かろうか」
 転じて、
「小物に大物の思考は理解できない」
 という意味でしたね。
 あ、なるほど。
 それで、
「燕雀の 鴻鵠ほむる 滑稽さ」
 つまり、
「小物のくせに、大物の思考を(意味も理解できずに)褒めてバッカじゃねぇの」
 ということですか。なかなか厳しい御指摘ですな。
 御書は理解できませんが、一応、冒頭の古事だけは分かりました。

 本当に、当時の中国人はアレですな。
 燕と雀(小人物)は、どんなに努力しても鴻や鵠(大人物)にはなれないという意味も入っているのですから。

http://blog.goo.ne.jp/localfor

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ