2005/5/23

御遺命守護に始まり御遺命守護に終わる  
浅井先生はまだ健在であり、先生および顕正会が今後どのように動いていくか、それは未知数であるが、しかし、おおよそ見えてきたような気がしないでもない。
表題のとおりである。
かつては、何のために御遺命を守護したのか、それは御遺命を達成するためである・・・というシナリオを描いていたはずなのに、そして百万以降の戦いがまさにそれであったはずなのに、いま現在の顕正会はまるでそれとは逆行しているように見える。
結局、元に戻ってしまったのである。

いちおう、「一凶」を禁ぜんことには日本は救えない、という論理を用いているので内部的には納得させられるのだろうけど、しかし、先生ご自身がいちばんわかっているだろう・・・すなわち、今後の三百万を目指す戦いと一凶追放の戦いは両立しないことを。
つまり、御遺命守護の戦いは過去の、いわば古い話であって、これから新しく入信してくる人々には容易に理解しがたい。よって、御遺命守護にこだわり続けるうちはメジャーたり得ない。「現代人に仏法をわかりやすく」というなら、今こそ新しい理論構築が必要なのである。

2006/1/18  13:34

投稿者:下野正信
完結してないの?その一語につきる。
嘘を並べるから手間がかかるのだろう。

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