2015/3/27

顕正新聞第1335号精読  
沖浦氏いわく、顕正会に未来はない、と。これは一連の怨嫉謗法云々の延長線上に位置する話なのだろうが、それよりも先日の後継者がいない云々の話のほうが深刻だろうと思う。顕正会は浅井先生に代わる人物がいない。一から十まで浅井先生にオンブダッコなのである。ゆえに先生がいなくなったらオシマイなのだ。

顕正新聞の特集号も基本的にはオンブダッコである。すなわち浅井先生の講演をベースに構成されるのが特集号だからである。

近年、顕正会の折伏の形態も変わってきている。いわゆる特集号を武器に折伏するのだ。

若い世代の顕正会員は学生時代の名簿を頼りに折伏をする。現役の学生はもちろんのこと、三十代くらいまではそれが可能だろうか? しかし、それがいつまでも通用するわけがない。何しろ片っ端から折伏していくので、いずれは対象者が尽きてしまうのだ。
また、近年は後期高齢の入信者も目立つ。この人たちの名簿は手つかずでキレイではあるが、しかし、もう何十年も前の名簿が有効かどうかは疑問である。連絡の取れない人のほうが多いかもしれない。
そこで登場するのが訪問折伏である。一軒一軒、いわゆる戸別訪問をするのだ。友人だの知人だのは関係ない。知らない家を片っ端から訪問していくのである。その時の武器が特集号なのである。

そりゃそうだ。見ず知らずのお宅を訪問して、いきなり折伏したところで、わかりました、入信します、とはならないだろう。そこで特集号が大いに活躍するわけである。つまり、訪問折伏においては特集号が頼みの綱なのである。

ようは特集号の出来・不出来によって、結果が変わってくるということだ。

つまりは、浅井先生の講演のクオリティにすべてが懸かっているわけであり、また、それがために顕正新聞の発行が遅れがちでもあるわけだ。読者にツマラナイと思われたら、そこで終わりだからである。

そして今回の特集号は創価学会員をターゲットにしたものであり、ある意味では浅井先生にとって得意中の得意の分野なので、相当の力作となっている。これを今、顕正会の活動会員たちが精力的に配布しているわけである。

そんなわけで、何重もの意味でオンブダッコの状態になっている。とりわけ今回の場合は、御遺命守護の歴史として浅井武勇伝が語られている。記事のベースとなっているのは昨年末の総幹部会講演であり、言うまでもなく講演者は浅井先生である。そして今述べたごとく、過去の経緯として己の武勇伝が語られるのだ。文字通り、浅井先生に始まって浅井先生に終わるといったテイタラクである。

ゆえに、顕正会は浅井先生がいなくなったらオシマイ・・・というのは、それほど誇張された話ではなく、かなりの蓋然性で言えることなのだと思う。

さて、昨日は見出しばかりを列挙して、中身にはほとんど触れなかったので、今日は本文中から注目すべき文言を拾い出してみようかと思う。

正本堂が崩壊したように、いよいよ池田創価学会が消滅する時が来たこと、命の底から大確信したものであります。

第二十四女子部長の登壇である。凄いことを言うものだが、はたしてどこまで本気なのか、そこが疑問である。現実問題として、大聖人がいわゆる四箇の格言をもって破折した念仏等の諸宗は、今も存在している。この意味からすると、かなり難しそうに思えるのだが、いかがなものだろうか?

次は男子部第二十九隊総支隊長補の記事である。

 そこに今、この年を前もって「国難元年」と銘打たれた浅井先生の深きご見識と洞察力に、畏敬の念が込み上げるものであります。

昨年十一月に創価学会が教義改変を行ない、あろうことか戒壇の大御本尊を否定するに至った。彼が言っているのはこのことである。十一月に起こるであろうことを年初に予言していた。いや、そうは言っていないのだけれども、何となくそんなニュアンスの感じられる文章である。

一方、男子部第四十八隊支隊長は、創価学会婦人部の発言を次のようにあげつらっている。

学会婦人部の者は、・・・池田大作が書いたとされる大量の本の写真を見せながら
 「これだけの本の数は、ゲーテより凄いんだよ。あの仏に近いゲーテだよ」と誇らしげに話す始末で、このような姿に哀れさを感じました。


浅井先生と池田氏とで著作の数を競わせたら大差である。まったく話にならない。しかし、上掲のような意味不明のセリフを紹介することで、創価学会のイメージダウンを図っているのだろう。

あの仏に近いゲーテだよ・・・

確かに意味不明である。閲覧者諸氏の中で、この意味を説明できる人がおられれば、ぜひともお願いしたい。

さて、今度は婦人部片瀬支区総班長の記事であるが、彼女の目撃談には驚いた。創価学会員宅の仏壇の中の様子を次のように説明している。

なんと御本尊の両脇に、池田大作とドレス姿の香峯子夫人の写真が飾ってある・・・

これはどうなんだろうか、創価学会員の釈明を聞きたいところだが、わたくしの思うに御厨子の内側か外側かがポイントとなるだろう。内側なら大問題だが、外側ならそれほどでもないと思う。

それからどうでもいいことを書いておくと、

我が家に出入りしていた植木職人・・・

ほう、この婦人部総班長はけっこうなお金持ちらしい。わたくしも植木職人を頼むような身分になってみたいものである。

次に紹介する男子部第三十一隊支隊副長は、わたくしの記憶が正しければ顕正新聞論説委員のはずである。

昨年八月二日、大聖人様より国家存亡の危機を見せて頂いた以上・・・

たぶん多くの読者が意味不明に思うだろう。これは当時の新聞が中国の核戦力について報じたことを言っているわけだが、わたくしには一つだけ拭えない疑問がある。当時、これを報道したのは二紙だったと思う。つまり、全紙が一斉に報道したわけではないのだ。それでいてご覧のごとく大仰な言い方をするのはどうかと思うのだが、いかがだろうか?

婦人部銀座支区組長は見るからに高齢であるが、このたび折伏理論書を学んで次のように語っている。

 先生は、細井管長が態度を二転三転する中、猊下の立場を守られつつ、池田大作の御遺命破壊を大聖人様の御金言を以て破折し続けられましたが・・・

猊下の立場を守られつつ云々と、ああ、なるほど、ちゃんと読めているようだ。だったら、ずっと猊下の立場を守り続ければよかったのにね、と思う。

婦人部浜松支区 ○○ ○○○

最後に、上掲は「成人式に参列して」と題する登壇である。オイオイ、なんで婦人部なんだよ。

2015/3/28  7:11

投稿者:んっ?
河童君,おはよう!

「末法無戒」とは,
戒を守る事は直接「成仏の因」とならないとの意味であって
「破っても良い」との意味ではない!

ましてや無反省に言い訳の理由にするなんぞは
「人間革命」出来てない証拠にしかならぬ!

2015/3/28  6:31

投稿者:沖浦克治
 松本さん、私は功徳を書きますよ。
 貴方も負けずに書いて、功徳合戦やりましょう。
 その方が、他人のあら捜しより、一億倍は素敵です。
 
 曇り空の白馬です。
 予報ではこれから快晴!!
 
 土曜日でサンライズスキーに行きます。
 昨日お近づき頂いた静岡の方と、7時にゲレンデで待ち合わせています。
 
 昨早朝、リフトでご一緒してワックスをお塗りし、少しエッジ調整を致しました。
 名刺をお渡しして、私はGSに行きましたが、午後にお立ち寄られ、ワックスを色々お買い求めいただきました。
 
 今朝はそのお礼も兼ね、エッジを少々調整させていただきます。
 初対面で、ゲレンデでお塗りして、お買い求めに来られる。
 
 ワックスメーカー冥利に尽きます。
 朝から嬉しいです。

 功徳だ!!

2015/3/28  5:56

投稿者:沖浦克治
 続きです。

>「病的なまでの虚言症」は「ほぼ全人類」ではなく「少数の部類」ですよww

 私はごく普通人です。 
 病的なまでの虚言症ではないですね。

 私が沢山功徳を書く。
 決意も書く。
 夢も書く。

 それらが、貴方には虚言症に見える。
 貴方の境涯が。嘘に彩られているからです。

 『たとへば餓鬼は恒河を火と見る人は水と見天人は甘露と見る、水は一なれども果報にしたがつて見るところ各別なり、』
 (法蓮抄)

 御書にあります。 
 今後はご自分の境涯革命の戦をなさいませ。

 私が病的なまでの虚言症で、トップアスリートが生徒で来るものですか。

 そういう事実の道理を弁える判断力を養いなさい。

 貴方は、怨嫉謗法の罰で頭破七分になっています。
 正常な判断力を失っている現証が証拠です。

 祈って抜け出すのですよ。

2015/3/28  5:49

投稿者:沖浦克治
 松本さん、おはようございます。

 貴方は私の過去に執着していますね。
 誰にでも過ちはあります。
 そこから立ち上がるのが信心なんですよ。

 私はアルペンレーサーで、トレーニングジムを経営しています。

 おかげさまで現在は、名前を聞くとその競技種目の方なら、誰れも知っているトップアスリートが集合するようになりました。

 私自身も、2011年のパワーリフティングの階級変更から負けなしで、国際大会2連勝、全日本4連覇中です。
 生徒はそう言う私を信頼して来られます。

 何故良質なトレーニングが必要なのか?
 いくつか理由はありますが、あらゆる競技で最もパワーを要求されるときは、失敗からの立ち直りの瞬間です。
 リカバー動作と言います。
 アルペンレースでは、リカバーチャンスは100分の何秒と言う単位からはじまって、長くても10分の1秒程度です。

 そのわずかな瞬間に、どこまで自身のパワーを出すことが出来るか?
 
 一流と二流を別けます。
 この能力を獲得で来るトレーニングが、優れたトレーニングです。

 『此れをば天台の御釈に云く「人の地に倒れて還つて地より起つが如し」等云云、地にたうれたる人はかへりて地よりをく、』
 (法華証明抄)

 私は2004年、自らの不徳故大きな罰を出しました。
 ですが、この御書を身で読み、創価の御本尊に創価の題目を唱え、創価の戦いをし、見事に立ち上がり、その時と比較して桁違いの境涯となりました。

 創価の信心の正かる故です。

 それとですね、私はあの件で、創価学会からどういう処分も受けておりません。
 そういう人間が支部の御書講義は担当しませんね。

 デマに惑い、他人のあらを責める。
 その行為が怨嫉謗法なんです。

 貴方も御書を読むなら、こういう御文を身でお読みなさい。

 『はかなきを畜』

 これは身で読まない方が良いですよ。

 頑張りましょうね。

2015/3/28  0:55

投稿者:んっ?
巌虎さん,こんばんは!

なかなか,自虐的記事,面白いですね?ww

しかし,顕正会も「守り」に入ったという事でしょう。
何故ならば,そんな記事が本当か否かは,実際に学会員宅に
折伏に行けば,簡単に判る事ですから。

と云う事は,書いてる記者もまさか読者が確認に行く事を
全く前提にしていないという事です。

「こんなに酷い団体だから移籍しないでね」という事でしょうね?
若しくは「此れに比べればうちはマシでしょう?」とでも云いたいのかな?

其処に何故か「次はお前だ教」の信者まで加わって
「私も見ました」なんてコメントww

若し,私が法華講員の樋田が応神天皇陵に向かって勤行しているから
「次はお前だ教」の教義は狂ってると云えば如何思うだろうか?

しかも,信者の話ではない。坊主が導師だったのだから。
其の所為かどうか,亡くなったけれども・・・。

2015/3/27  21:23

投稿者:松本零時
>>末法には戒律はないのですよ。
>>不妄語戒などと言う束縛はありません。

他人を騙して金銭財産を掠め取る行為は「詐欺罪」の犯罪行為ですし、
公務員が病気だと嘘をついて有給の病気休暇を取得して雪遊びすれば
「信用失墜行為」で処分を受けますよねww

常軌を逸した妄語を吐き続ければ、自分で自分を「束縛」する結末になりますww


>>貴方も沢山嘘ついて生きているでしょう。

自慢じゃないが、誰かさんみたいにマスコミ沙汰になって世間の物笑いになり、
勤め先や教団から懲戒処分を受けるような大ウソはついたことがありませんww


>>嘘ついたら地獄なら、ほぼ全人類が地獄です。

「病的なまでの虚言症」は「ほぼ全人類」ではなく「少数の部類」ですよww


>>今後はそう言う事実を弁えましょうね。

世間の健全なるルールの中に「不妄語戒」が生きている現実を弁えるべきは
貴方ですよww

2015/3/27  20:24

投稿者:沖浦克治
 大沢さん、

 本当に池田先生の写真に向かって唱題する創価学会員がいるなら、天然記念物ほど希少ですね。

 死ぬまでに一度お目にかかりたいです。
 そして、その人にお聞きしたいですね。

 どんな功徳ありましたか?

2015/3/27  19:49

投稿者:大沢克日子
> 池田先生の写真拝んでどうしますかね〜〜??

本当にそう思いますが、実際に拝んでいる学会員は真剣に拝んでいます。
だから何が問題なのかと言ったのでしょう。
私が池田先生の写真の件、それ以上言わなかったのは写真云々という問題以上に大問題があるから、写真の件にはそれ以上触れなかったということです。

まあ、沖浦さんのコメントの通り同じ学会員でも人それぞれということですね。

2015/3/27  18:05

投稿者:沖浦克治
 皆様方に。

 顕正会と言い、日蓮正宗と言い、創価学会を非難中傷なさいますね。

 ですが、私が創価の御本尊に創価の題目を唱え、創価の戦いをし、毎日毎日功徳が溢れるほど出ている事実は覆せません。

 顕師は創価の御本尊を魔札と誹謗しました。
 ですが、私が現実に拝み、大きな功徳を出していることは、ネットで10年以上実況中継しております。

 住所も、連絡方法も、所属組織、職業、顔写真まで出しております。

 ごまかし出来ませんね。
 
 ですので、日蓮正宗は顕師以下、私一人の功徳の現証に敗北しております。

 私に勝つには、、自宗の功徳の現状を書く以外にありません。

 大聖人が仰せです。

 『日蓮仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、又道理証文よりも現証にはすぎず、』
 (三三蔵祈雨事)

 顕師以下、私と功徳合戦やりましょうね!!

2015/3/27  17:57

投稿者:沖浦克治
 大沢さん、今晩は

>池田先生の写真でやっているように、猊下様の御写真を御本尊様と並べて拝んでも何ともないということになろうかと思います。

 そういう人見たことないですね。 
 おられるなら、見てみたいですよ。
 私が18歳の時(少々記憶が曖昧ですが)池田先生が神戸市の育英高校に来られました。

 私は先生と直接お会いしたのではありませんが、警備で先生に背を向けて立っていました。

 その時私の側でお婆さんが先生を拝んだのです。
 先生は即時、

 『お婆さん私を拝んではいけませんよ。
 拝むのは御本尊だけです。』(趣意)

 と諭されました。
 創価学会はそう言う教団です。
 池田先生の写真拝んでどうしますかね〜〜??

 貴方がそういうガセネタに振り回されているのは、愚かに見えますよ。

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