2015/5/24

悩み多き日々  
十日ばかり静観していた。しばらく不毛な議論が続いていたけれども、ここ数日、ようやくにして沈静化したごとくである。

「広宣流布」の単語を「名詞」として使用したのか
「動詞」として使用したのかが問題ですね?


これはまた難しい概念を持ち出してきたものである。名詞か動詞かは単に文法的な話ではなく、もっと難解な概念を言っているわけなのだろう。しかし、これはいわば後付け理論のようなもので、従来の解釈が通用しなくなったので新しい解釈を作ったみたいな感じが否めないと思う。かつての創価学会は日本国中を震撼とさせる大折伏をやってのけた。これはまさに本気で広宣流布を達成しようとしていたわけである。その同一線上に国立戒壇建立の主張も存在したのだ。ところが昭和四十五年にそれが頓挫することになる。いわば顕正会はそこを突っついているのである。

ゆえにわたくしは顕正会も同じではないかという点に注目し、浅井先生以下大幹部たちの発言を常にチェックしているわけである。ようは創価学会同様に顕正会も限界を迎えており、広宣流布を達成するという気概は立派であるものの、実際にはまだまだ遠い道のりであり、まあ、客観的にはムリであると考えるのが妥当なところである。それにもかかわらず、いまだに夢を見続けている。夢と言えば聞こえはいいが、実際には幻想に過ぎないと、こんな視点から批判を続けているわけである。

そこに動詞だの名詞だのという概念を持って来られてもあまり意味を感じないというのが正直なところで、もしそれが画期的なものなのであればもっと詳しく説明するべきであるし、いちおう伺いたいとは思う。もしかしたらそれが顕正会への啓蒙になるかもしれないからだ。

ともかく顕正会は今も国立戒壇建立を目標に掲げている。国立戒壇を捨てた創価学会ないし宗門に広宣流布の資格はない。こんな意味のことを顕正会では言い続けている。

しかし、繰り返しになるが、その顕正会も限界を迎えている。言っていることは立派であるが、中身が伴なわない。このまま行けば破綻は免れない。ようするに有言不実行に終わる公算が高いわけで、ぶっちゃけ言えば浅井先生はオオボラ吹きだったという結果に終わることになりそうなのである。もしそれが動詞・名詞の新概念によって覆すことが可能なのであれば、これほどありがたい話もないだろう。まあ、しかし、わたくしはムリだと思う。

ところで戦時中の大石寺の火災について議論が続いていた。

わたくしはその時代の人間ではないので何とも言えないところだが、一つだけ言えるとすれば戦時下という特殊な時代背景だろう。戦場で多くの人が亡くなった。あるいは空襲で多くの人が亡くなった。ゆえに、大石寺で火災が発生し、多くの堂宇が消失し、時の管長猊下が焼死されたということは、日蓮正宗の内部においては大事件であるものの、日本全体としては小さな出来事に過ぎなかったのではないかと思う。それを七十年後の今日、わざわざ蒸し返す意図はおおよそ明白で、ようは敵対勢力が攻撃材料の一つとして使っていると、こう見るのが一般的かと思う。

過去のことは水に流せとは言わないけれども、しかし、七十年も前の話でもあり、なおかつ戦時中の特殊性を考えると、個人的にはあんまり触れたくない話である。

ゆえに、むしろ現代においてこのような事件が起これば相当にインパクトがあるわけで、その時こそ敵対勢力の奮闘が期待されるところである。建築技術が格段に進歩し、防災に対する考え方も厳格になっている。そうした中で火災が発生し死亡者が出れば、それだけで全国ニュースになるだろう。顕正会の会館で、あるいは創価学会の会館で、そしてまた正宗寺院で、そんなことが起これば大変だ。

そういうわけで、過去の事件・事故をあげつらうのではなく、今現在、起こりつつあることを話題にするほうがいいのではないかと思う。

御書根本だろうが大聖人様、御歴代上人の御指南と云っても、頸を刎ねよと殺人肯定の御書が存在します。
都合の悪いものには、目をつぶるのでは、どっちもどっち。


これがまた厄介である。

一つ言えそうなのは、時代の特殊性だろうか?

またしても特殊性である。すると、特殊性の一語ですべての議論を封じ込めようとしているみたいに思われそうだが、そのつもりはない。けれども鎌倉時代と現代では明らかに違うわけで、そこを踏まえずに表面的な文言をあげつらっても仕方がないのではないかと思う。実際、御書の中には摂受・折伏について論ずる段があって、これを世間の文武二道になぞらえるくだりがある。これは現代にも通ずる話であって、平たく言えば、時と場合による、ということだろう。殺人はいけない。当たり前だ。しかし、正当防衛という概念が存在する。これがまた国家的なレベルになると、まさに近年議論がかまびすしいところの集団的自衛権に通ずるわけだ。もともと集団的自衛権は自然権として存在すると言われていた。ただし、日本はそれを行使しない、というのが従来の政府見解だった。これが今、変わりつつある。

たぶん簡単ではないだろう。今は民主主義の時代であるから、何でもかんでも政府のゴリ押しが通るわけではない。明らかにおかしなことであれば、そう簡単には通らないはずだ。

いずれにしても鎌倉時代は武家政権の時代であって現代とは異なる。ゆえに自然権という概念の上からは本質的に共通する部分がないわけではないにしても、基本的には異なるものだと考えるべきだろう。つまり、大聖人の御指南の中においてもそうした時代的制約に縛られざるを得ない部分と、そうではない部分とがあることは理の当然であって、そこを混同してしまうとおかしなことになるわけだ。

これはもちろん、批判する側の責任もさることながら、おそらくはそれ以上に信仰する側の責任が大きいのだろう。ようするに、大聖人を信仰する人が非常識な言動をすることによって、非信仰者に対して無用の誤解を生じさせるということがそれである。

殺人肯定の御書がある。だから殺人をする。さすがにそんな人が現代にいるとは思えないが、しかし、正宗信仰の人が過激な行為なり発言なりをすれば、日蓮系は過激だなあ、そもそも日蓮さんが過激な人だったから、まあ、仕方がないのかもしれないなあ、というイメージを助長することになる。この点を気をつけなければいけないのだ。

いずれにしても悩みの多い日々である。

2015/5/26  12:50

投稿者:4年後流布との指導
部外者接触禁止。インターネット禁止。教学も知的にも弱者が多く外部情報皆無。
故にフリガナ付きビラ配布などがない限り、顕正会員はネット上の議論の存在すら知らないです。

2015/5/25  20:04

投稿者:傍観者v
戦う法華講でない○観講。
まともな論証もできない沖浦殿以下だPPP


http://9328.teacup.com/taisekizi/bbs?

2015/5/25  15:49

投稿者:大沢克日子
通りすがり様

ご忠告ありがとうございます。

ROM専の方がわざわざお出ましになってコメントくださるのですから、余程腹に据えかねたということかと思います。
大変失礼しました。

2015/5/25  12:40

投稿者:はんね
顕正会分析、ありがとうございます。

2015/5/25  12:39

投稿者:はんね
顕正会分析、ありがとうございます。

2015/5/25  11:02

投稿者:通りすがり
大沢さんよ、返信ここでやるのを辞めたら・・・。
ロムしている人からしたら、意味不明だし。
それといちいち反応しないで、無視するか
しばらく書き込みやめたらおさまるよ。

意地もわかるけど、んっ?氏の時もそうだけど、逃げ腰で書き込みって見苦しいよ。
頼みますよ、どこかでやって。

2015/5/25  8:44

投稿者:大沢克日子
傍観者v殿

半可通ですね。

「文証、文証」と言っていますが、「文証」の意味自体思いっきり勘違いしていませんか?
議論、議論と言っていますが、前提からして問題外です。

経文にしても御書にしても、そこに書かれていることを単に並べたてたからと言って「文証」じゃないんですよ?

だから思考回路がISIL並みだと言われるんです。

しかし、いわゆる日蓮宗系は山ほど宗教団体がありますし、そこから派生した団体や教義の一部を切り取って流用する新興宗教も数多ありますから、中には傍観者vさん一派みたいに、
「御書にクビをきれ、焼き払え」
と書いてあるから日蓮大聖人は殺人肯定で、仏法は殺人思想だなどと解釈する馬鹿な団体が一つや二つあるかもしれませんね。
そういう連中を探しだして、思う存分無駄な空論をなさればいいんじゃないですか?

幸福の科学の教祖も、何やら大聖人様や日興上人の守護霊が乗り移って、御書や御指南にまるっきりないことを霊言だ何だと言って本にして金儲けしているみたいですよ?

幸福の科学の教祖にでも聞きにいけば、「楽しい」議論ができるのでは?

狂人走って不狂人走るの愚を犯すつもりはありませんから、傍観者vさんの議論に追従するつもりはありませんよ。

2015/5/25  1:43

投稿者:傍観者v
大沢殿。
法華講員特有の逃げです。
文証を揚げてるのですから、文証ぐらい出しましょう。
文証を出さないでいるのですから、貴方の負け惜しみは確定ですよ。

殺人をしてないから殺人思想がないとは云えません。
御書に書かれているでしょう。
否定するのなら、御書から否定文を出してくださいよ。

>仏法の上からも事実の上からも、事実誤認甚だしい。

アサイと同じだよ。
なにが仏法なのか?
それなら、経文を根拠に云ってください。
御書は日蓮本仏論者にしか通用しない内容です。
あなた方の土俵で話をしてるんですよ。
都合が悪くなると、血脈、仏法とか出してくるんだよね。

ここでは、迷惑が掛かるから移動しましょうよ。
しょせん、ヘタレな妙観講員だから無理かなw

http://9328.teacup.com/taisekizi/bbs

2015/5/24  21:53

投稿者:大沢克日子
傍観者v殿

「種種御振舞御書」を挙げながら、「日蓮御房は殺人肯定、殺人推奨」などと言っている時点でアウトですよ。

種種御振舞御書って、どんな出来事があったと記されているんです?そして日蓮大聖人は何をおっしゃっているんですか?

わざわざ御書を挙げながらそれさえもわからず「殺人、殺人」と騒ぐから、闇者と言われるんです。

浅井会長流にいえば、
「何を言っておるんですかねえ。いいですか〜」
(人差し指をピッと立てる)
というところでしょう。

日蓮大聖人、日興上人をはじめ、当宗においては謗法の者、教えに従わない者を殺害したこと、殺害せんとしたことはありません。

歴史上の事実として、国内外問わず教えに従わない者を殺害しようとしたのは、むしろ他宗ではありませんか。
キリスト教やイスラム教然り、国内の他宗然り。
中には現在でも、「従わぬ者は殺害」「宗教を捨てた者は死刑」などとやっているではありませんか。

「殺人肯定、殺人推奨」を問題視するならば、実際に殺人を犯した・犯しているそれらの宗教を問題にすべきではありませんか。

それを「御書に書かれているから殺人肯定」などとは愚か極まりなく、仏法の上からも事実の上からも、事実誤認甚だしい。

全く「為にする議論」であり、ナンセンスである。

2015/5/24  21:07

投稿者:傍観者v
70年前ですが、戦争に賛成していたのが大石寺。
殺人否定どころか、日蓮系は日蓮主義で盛り上がっていた。
田舎寺の大石寺は権力に諂っていただけ。

http://9328.teacup.com/taisekizi/bbs?

日蓮正宗の法難は、自分たちが招いたことを法難と云ってるだけ。
ちなみに、日蓮大聖人が殺人を否定してる文書も出さないで違うと云うのはフェアーじゃないですね。

ここでは、管理人殿の迷惑になるから、大石寺系掲示板で議論しましょう。

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