2015/5/30

遅まきながら顕正新聞第1342号の話題  
キボンヌ氏は最初こそ無礼な印象を拭えなかったものの、最後はわりと紳士的な好印象を残して去っていった。いや、もちろん、今後もコメントを拒むつもりはないので、また気の向いた時にでもご登場願いたいと思う。

性別等の問い合わせがあったが、これについてはご想像にお任せすることにしたい。拙ブログはそうした個人情報に類することを一切明かさず、ひたすら言論活動に専念してきた。ようは言っていることが正しいか間違っているか、さしあたって必要なのはそれだけなのである。確かに年齢や性別が気になるのは事実であって、やはり論者の人物像がどういうものか、文章だけでなくその他の副次情報によって判断することは、誰もが普通に行なっていることである。ゆえに、わたくしの中にはそれを洗いざらい公開しても構わないという思いもあるわけだが、まあ、今のところはやめておこうと思う。

さて、今さらながら四月度総幹部会を取り上げてみよう。顕正新聞第1342号だ。

二・三・四月の弘通 二万五千三五六名

所期の目標が二万だったので、予想以上の大成果だったことになる。しかし、目標設定が低過ぎるという見方も出来るだろう。仮に最初から二万五千を目標に掲げていたら、目標をわずかに突破したに過ぎないことになる。しかも仮に二万四千しか出来なかったとしたら、負けたことになる。ゆえに目標を低く設定し、負けない戦いを演じているのだ。その上で五千有余の大突破が実現したわけだから、願ったり叶ったりと言ったところだろうか?

ややイジワルな見方をしているとは思うものの、過去の法戦と比較すればわたくしの言っていることも相当であることがわかるだろう。とは言え、これ以上は煩瑣になるので省略したい。

人事が気になった。

いつも言っていることだが、顕正会の人事は組織の拡大発展に伴なうポストの増設だけならば問題ないのだが、現実にはポストに空きが出来てしまったことへの補填の意味がある。ようするに、そのポストに就いていた幹部が退転してしまって空席が出来たことによる、穴埋め的な人事が少なくないように思えるのである。

女子部総務・第二十一女子部長

この人がそうだ。これは前号掲載の記事に出ている肩書きをそのまま写したものである。そして彼女は今回の人事で、さらに二つの女子部長を兼任することになった。もしかしたら次に登壇記事が出る時は、以下のように表記されるのかもしれない。

女子部総務・第十九・二十一・二十八女子部長

物凄い肩書きである。

問題は前任者がどうなったかである。もちろん、わたくしには調べる術がないのだけれども、退転してしまった可能性は否定できない。普通に考えて、地元に適任者がいるのであれば、わざわざ他県から部長を招聘する必要はない。今回、もともと神奈川を地盤に戦っていたであろう人物を新潟の組織に投入したわけであるから、もしかしたら部長を筆頭にしての大量脱会があったのかもしれない。つまり、新潟女子部はガタガタの状態であり、もはや地元だけでは立て直しが難しいと判断し、テコ入れのために他県から人材を引っ張ってきたと考えられるのだ。

これらは当然ながら、すべてわたくしの推測に過ぎないので、その点はくれぐれもご注意願いたいと思う。

会長講演に移ろう。前半に新会館の話題と第一回目の地方大会の会場日時のことが出てくる。

 そこでこんどの会館の名称、いっそのこと「後期高齢会館」と(爆笑)。

本部会館の裏手に第二青年会館を建てることになった。平成二十八年度の建設計画の一環で、垂井会館と筑波会館、そしてもう一つ大規模な会館を建てるが、決まり次第後日発表する旨、昨年の十一月度総幹部会で話があった。それがいよいよ本決まりとなったわけである。

上掲はその話の中で冗談のつもりで言ったのだろう。ようするに最近の顕正会は高齢者が目立つ。先日は九十三歳の女性が登壇していた。ゆえに後期高齢会館と。

しかし、冗談ではない。現実に顕正会も高齢化の波が押し寄せている。たとえば婦人部と女子部の比較である。今やどちらが婦人部でどちらが女子部か、見分けがつかなくなって来ているのだ。そして男子のほうに目を向ければ、ご存知のごとく壮年部が廃止されて男子部一本に絞られた。もし仮に今も壮年部が存在するとしたら、やはり女子同様、見分けがつかないだろう。年齢で区分すればいいのだが、たぶんそれをやると男子部と女子部が圧倒的に不利である。すでに男子部と女子部を卒業して、壮年部と婦人部に移行しなければいけない年齢に達している人たちが、たくさんいるのだ。

南東北大会が本年十一月三日に行なわれる。場所はセキスイハイム・スーパーアリーナだそうである。

特に申し上げることはないが、東北の顕正会組織はわりとしっかりしているし、南東北ということは関東圏にも近いので、応援部隊も期待できる。つまり、結集の戦いは比較的に楽であり、心配ないということだ。問題は大会の意義だろう。そしてそこでの会長講演の中身だろう。浅井先生への期待は常に高い。よって先生には常にクオリティの高い講演が要求されるのだ。

学会、日寛上人の御指南をも否定

この一段、さすがは浅井先生だと思った。特に文言は掲げないけれども、まさしく正宗教学の王道を行くものである。

この後、日寛上人の崇高なる御臨終について縷々述べられ、その話の流れの中で池田大作氏のことにも言及している。

 一方、池田大作はいま「生ける屍」のごとくなっているではないか。死ぬに死ねない。正念を失ったままその醜態をさらすことすでに数年。

まず、醜態をさらすとはどういう意味か、それが問題である。むしろ醜態を隠すというか、醜態をさらさないために、表舞台を降りたのではなかったか、と思う。

そして最も重要なことは、明日は我が身ということだ。

浅井先生だって相当の高齢である。いつどうなるか、わかったものではない。その時、どうするのか、である。今の顕正会のテイタラクを考えると、浅井先生なしではやっていけないだろう。本人もそう思っているはずだ。すると、いつまで経っても引退できないことになる。九十を越えても、百を越えても、である。

いかがだろうか、たとえ健康であっても寿命には限りがある。阿仏房を鑑に、最期の最期まで御奉公するというのは立派なことではあるが、さりとて、それがイコールで会長職を全うすることではないだろう。年齢相応の御奉公ということもあるはずだ。

ぶっちゃけ言えば、いつまでその老醜をさらすつもりなのか、ということになる。

これで話は終わりであるが、もう少しだけ付言しておこう。老醜と書いた。これは近い将来(?)の話である。すでに先生も相当の高齢であるが、顕正新聞掲載の写真を見る限りではまだ元気そうである。ジイサンであることは間違いないが、しかし、老醜という感じはしない。わたくしは活動会員のように先生を持ち上げ過ぎることはしないけれども、まあ、ビジュアル的にそんなにヒドイとは思わない。もちろん、今は、である。

さて、これが五年後十年後、どうかということだ。

結論は、池田大作氏のことをあげつらっている場合ではないだろう、遅かれ早かれ自分も同じ道をたどることを覚悟しなければならない、ということである。

2015/6/2  6:26

投稿者:沖浦克治
 後3時間で出発です。

 やれることはやりました。
 この後仏間で諸天の加護を祈ります。

 大聖人仏法を奉じる人間として、恥ずかしくない戦いを致します。
 応援を頂きました方に、心から感謝申し上げます。

2015/6/1  18:22

投稿者:んっ?
巌虎さん,こんばんは!

例の寺社仏閣に油を撒いていた奴が判明しましたね?

「偶像崇拝?」を否定するキリスト系新興宗教の創立者との事ww

名前から,どうも韓国と関係があるのでは?との噂です。

http://www.immjapan.net/index.html

2015/5/30  16:54

投稿者:大沢克日子
>そして最も重要なことは、明日は我が身ということだ。

一応創価学会では「後継者が充分育ったので池田先生は後進に託して」云々みたいな事を言っていると思います。
その中でその後継者らが池田先生をないがしろにして云々というのが先日の元教学部長氏の事件だったようですが、顕正会では当初の後継者であった克衛主任理事が突然失脚(?)させられ、城衛氏が後継者であるが、事実上は浅井会長でもっているのが顕正会。
創価学会よりはるかに深刻です。
巌虎さん指摘の通り、老醜をさらさざるを得ない浅井会長こそそんな事を言っている場合ではないでしょう。
ワンマン経営者が後継者難に苦しめられるようなものですね。

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