2015/6/20

沖縄独立問題を中心に  
コメント欄の勢力図(?)は相変わらずである。

……日本は、今日も平和ですね。

このようなイミシンのコメントが冒頭に寄せられたかと思うと、その後はいつものごとく創価学会員同士の言い争いが始まり、まったく収拾がつかない状態である。そんなに楽しいのだろうか?

そういうわけで、拙稿に対応するコメントは少ない。もっとも、少ないほうがわたくしとしても楽なのだが・・・

顕正会員たちは大御本尊が意に染まぬ御開扉(さらに言えば拝んだ人間がかえって罪障を積んでしまう御開扉)をそんなに何十年も放置するほど力のない御本尊とでも思っているのでしょうか?

これはなかなか鋭い。逆に何十年も破門が解かれない顕正会のほうにこそ、何かしらの問題が存すると考えるべきなのだろう。その自分たちの立場を正当化する意味で、不敬の御開扉などと言っているだけなのだと、こう見られても仕方がないところである。なぜならば解散処分以前には何度も御登山の申請をしていたという事実があるからであって、この矛盾がある以上は何を言っても空しいだけである。

顕正会が建てようとしている国立戒壇・・・

拙稿であるが、不適切との指摘があった。ようするに顕正会が建てたのでは国立ではなくなってしまうということだ。まったくそのとおりである。わたくし自身、年がら年中、顕正新聞にツッコミを入れているので、こうした些細な文章表現には敏感である。ゆえに書いている段階で、これはやや不適切かもしれないなと思いつつも筆を進めていたのだった。

よって、ご指摘はまったくそのとおりなのであるが、あえてわたくし流の解釈を付加するならば、これはイヤミを込めた表現だということなのである。

ご存知のごとく、顕正会はある時期から正本堂を偽戒壇と呼ぶようになった。当初はそのような表現を使っていなかった。なぜならば、宗門ないし創価学会の首脳陣との話し合いによって正本堂の意義が改められればそれでよかったからであり、何も正本堂を全否定する必要はなかったからである。ゆえに先ほども書いたように、正本堂完成後においてすら登山の申請をしているのである。つまり、偽戒壇と呼ぶようになったのは相当に後のことなのだ。
では、当初はどのように言っていたのかであるが、ようするに宗門ないし創価学会が私的に建てたに過ぎない正本堂がどうして御遺命の戒壇と言えるのか、というのが顕正会側の主張だったわけである。つまり、御遺命の戒壇は公的に建てられなければならない、すなわち国立戒壇でなければいけない、と言っていたわけなのだ。
ところがである。かくも立派なことを言っている顕正会のテイタラクはご存知のごとくであって、とてもじゃないが国立戒壇はムリである。すると、あるいは近い将来(?)、顕正会は自分たちで私的に国立戒壇を建てるのかもしれない。当然、その施設はタタミ敷きであって、入り口に下駄箱があって、そこで靴を脱いで御宝前に詣でるのだろう。すなわち今現在、全国各地に建っている顕正会の会館そのものである。彼らはそういう貧弱な発想しか持っていないのだ。

以上、やや言い訳がましいことを承知しつつも、これでくだんの拙稿がイヤミを込めたものだったことが伝わったのではないかと思う。

「新しい冷戦」始まる、世界は無秩序へ

 世界の動きは「前代未聞の大闘諍」へ
「沖縄独立」こそ最大の自界叛逆の難


顕正新聞第1345号の一面ないし二面の見出しから抜き出したものである。

当該号は五月度総幹部会の特集号であり、会長講演の目玉はまさに上掲に尽きていると思う。沖縄独立問題については先般の尾道講演でも触れられているが、今回の講演に詳しいので拙ブログでは取り上げなかった。

さて、新しい冷戦であるが、これはたぶん既存のメディアなどで言っていることなのだろう。まさか浅井先生が世界で初めて(始めて?)というわけではないと思う。

しかし、どうだろう。新しい冷戦から前代未聞の大闘諍の流れはある意味、浅井先生独自の見解かもしれない。そもそも冷戦というのは大国同士が戦力を保持しつつも行使せず睨み合いを続けている状態を言うのだと思う。かつてのソ連邦と米国の関係がそうだった。ところがソ連の崩壊によって米ソ冷戦の時代は終わった。折りしも、平成二年の横浜アリーナ大総会において、浅井先生は言った。世界は新たな戦国時代に突入すると。

この先生の見通しは正しかった。しかし、ここに来て、新たな冷戦の時代に突入したとすると、これは歴史の逆行のようにも思える。逆行が不適切であれば、循環だろうか?

つまり、この意味で言うと、先生の見通しは間違っていたことになるのだ。ようするに、今後は再び大国同士の睨み合いが始まり、いわばその睨めっこに負けた国がかつてのソ連のようになる。そこで再び新たな戦国時代が始まるわけだ。

おわかりだろう。この一つ前の戦国時代はどうだったのかということだ。浅井先生はそれを前代未聞の大闘諍と言っていたはずなのである。そこで一気に広宣流布が達成されるというシナリオだった。ところがここに来て再び新しい冷戦が始まったという。そしてこの後に前代未聞の大闘諍が訪れるという。

ようするに、顕正会がモタモタしている間に、歴史は再循環を繰り返しているのだ。つまり、顕正会と関係なく歴史は動いている。

先ほど、浅井先生独自の見解と書いた。

しかし、現実は先生の思っているようにはならない。その理由は何だろうか?

いつも言っているように凡夫には未来がわからない。これが最大の理由だが、もうちょっと別の角度から言おう。

浅井先生は、日本ないし世界の歴史の中において、顕正会を主役に位置づけようとしている。もう一つには、すでに創価学会などが指摘しているごとく、御書の記述をそっくりそのまま現実の世界に当てはめようとしている。これが原因なのだ。

いや、もちろん、上述における後半はそれでいいのかもしれない。御本仏の御指南を絶対と信ずることは強ち悪いことではない。しかし、前半が問題なのだ。顕正会が主役だというのが最大の思い上がりである。むしろ思いどおりにならなくて当然なのだ。アンタたちナニサマのつもりなの? ということなのである。

あるいは大聖人が、この顕正会の慢心ぶりを戒めるために、常に浅井発言とは逆の方向に向かわしめているのかもしれない・・・と思いたくなるくらい、先生の発言は当たらない。

そうそう、正直に書いておくが、今回の会長講演も力作であって、ひじょうに面白い。不勉強のわたくしにとっては貴重な情報源である。

しかし、だからと言って矛を収めるつもりはない。

 もし沖縄が独立したら、これほどの自界叛逆の大難はない。

大反対である。理由は二点、まず御書の記述に合致しないこと、そしてもう一点は独立の何が悪いのか、ということである。

一点目は先生も自覚があるのだろう。続きの文章にはこのように書かれている。

国内における日本人同士の争いだけでなく、国土が分裂してしまうのです。

自界叛逆とは同士討ちのことである。沖縄独立のいったいどこが同士討ちなのだろうか?

今、世界中で紛争が起きている。他国との紛争のみならず、自国での紛争もたくさんある。いわゆる内戦だ。つまりは現実問題として、世界中で罪のない人たちの命が奪われている。ことに内戦は自国民同士で殺し合うのだから悲惨である。

これでおわかりだろう。沖縄独立は自界叛逆ではない。少なくとも最大の自界叛逆ではない。世界各地の紛争ないし内戦と比較すれば、一目瞭然である。もし平和裏に独立がなされるのであれば、これほどメデタイこともあるまいと思う。

教条主義のはずの顕正会が御書の記述と合わないことを主張している。もちろん解釈には幅があるので沖縄独立を自界叛逆と言えなくもないが、すでに述べたごとく、これを最大の自界叛逆であると言うのは間違いだろう。

そして二点目である。

あるいは読者諸氏は、わたくしが沖縄独立に賛成であるかのように錯覚するかもしれない。そう、それはまさに錯覚であって、必ずしも賛成ではない。では、反対なのか? 実はそれも違うのである。

わたくしは沖縄と無縁である。親戚はもとより友人知人もいない。旅行にも行ったことがない。ゆえに利害関係はない。

ゆえに多少は他人事のような感じがなくもないが、結論は簡単である。沖縄県民の民意を尊重すべし、ということである。つまり、彼らが独立を希望するならば、それでいいし、独立を希望しないならば、それでいい、ということなのである。

上からの目線・・・

安倍政権の慢心という小見出しのついた一段に上掲のような記述がある。今の人たちは「上から目線」と表現するけれども、先生はなぜかご覧のように言っている。もちろん同じ意味だろう。

それにしても思うのだ。浅井先生だってずいぶんと上から目線ではないかと。

ようするに沖縄独立を悪いことのように言っている時点で上から目線なのだ。わたくしはこうして偉そうな文章を書いているが、言っていることはあくまで民意の尊重である。もし合法的に、平和裏に、独立するのであれば、それでいいと思う。

先般、大阪で住民投票が行なわれた。結果は周知のとおりである。わたくしは大阪とは無縁である。ゆえにどちらに転んでもよかった。つまり、これも民意が尊重されるべきことなのだ。

ひるがえって沖縄独立を考える時、当然ながら大阪都構想の比ではない難解な問題が山積であることは、愚鈍のわたくしにだってわかることだ。細かいことを言えば、離島の帰属の問題がある。沖縄本島は独立賛成であったとしても、離島のいずれかは反対かもしれない。また、それに伴なって領海の問題もややこしくなる。安全保障の問題も深刻で、独立国を目指すのならば独自の軍隊が必要となるかもしれない。今の段階ではユートピア的に独立願望を懐いている人たちも、いざ現実に目を向けた時には相当に頭を悩ますことになるだろう。

さて、前後するが、会長講演には次のようなくだりがある。

 大聖人様は、他国侵逼の前に自界叛逆の難があることを、成道御書を始め多くの御書にお示し下されている。

出た。またしても予言である。

え? これのどこが予言なの? と思う人がいるかもしれないので、説明しよう。

今、顕正会は四年後の二百万を見つめて戦っている。その先に待っているのが二千二十年代に起こるであろう他国侵逼の大難である。具体的には中国による日本侵略ということだ。

つまり、この前段階として自界叛逆が起こると言っているわけなのである。それを沖縄独立であると、具体的に言ってしまっているのだ。ならば当たるも八卦当たらぬも八卦(?)、いずれ先生の言っていたことの答えが出ることになるのだ。

しかし、先ほども言ったように、沖縄独立は簡単なようで簡単ではない。もし合法的・平和裏に実現するのであれば、それ相応の時間を要することになる。また、そうした方法によるのであれば、それはもはや自界叛逆ではない。つまりはクーデター的にでも事が行なわれない限りは、またしても先生の予言は外れたことになるのだ。

やれやれ、である。

最後に、甚だ手順前後ではあるが、会長講演の最初のほうに出てくる一節を紹介して終わろう。

 このとき、顕正会は二百万・五百万・一千万さらに大きな力となって・・・

二百万は見えた。しかし、五百万はどうだろう。ちょっと見えない。一千万はまるで見えない。何を言ったところで、これが顕正会の現実なのである。

2015/6/21  11:57

投稿者:ユタ
マイケルさん、こんにちは。
東京第一布教区ですか?
だとしたら、可能性は高いですね。
でもこの区、宗内でも大所帯ですからね。

http://blog.goo.ne.jp/localfor

2015/6/21  11:17

投稿者:マイケル
ユタさん、こんにちは。
埼玉にお住まいなんですね。
もしかしたら・・同じ講中だったりして(笑)

ホント、大沢さんをはじめんっ?さんも、
教学に長けてらっしゃいますから、思わず
舌を巻いてしまいます。

2015/6/21  6:14

投稿者:沖浦克治
おはようございます。

 以下、浅井さんの言です。

 日蓮大聖人は御入滅に際し、あまたの御弟子の中から日興上人を選び、滅後の「大導師」として仏法のすべてを付嘱されると共に、日本と世界の真の安泰・平和のため、将来、日本国一同が帰依するとき、一国の総意を以て「本門戒壇」を建立すべき旨を、御遺命された。
 〜引用終わり〜

 大きな間違いが二か所ございます。

 興師が大聖人仏法の全てを付属された。
 本門戒壇建立を御遺命された。

 これらは御書にございません。
 先ず興師の付属についてですが、大聖人仏法は一切衆生へ対するもので、特定の弟子を対象としていません。
 御書に明明白白です。

 『御義口伝に云く念仏とは唯我一人の導師なり、念法とは滅後は題目の五字なり念僧とは末法にては凡夫僧なり、念戒とは是名持戒なり、念施とは一切衆生に題目を授与するなり、念天とは諸天昼夜常為法故而衛護之の意なり、末法当今の行者の上なり之を思う可きなり云云。』
 (御義口伝巻下)

 一切衆生に題目を授与すると書いてあります。
 何故素直に読めませんかね?

 戒壇は御書にあります。

 『戒壇とは王法仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて有徳王覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か時を待つ可きのみ事の戒法と申すは是なり、三国並に一閻浮提の人懺悔滅罪の戒法のみならず大梵天王帝釈等も来下して・給うべき戒壇なり、』
 (三大秘法禀承事)

 日本に建てる必要はこの御文から読み取れません。
 更に、戒壇建立は広宣流布の社会で、自然の中で実現します。
 殊更、伽藍としての戒壇建立にこだわる必要はございません。

2015/6/20  22:49

投稿者:ユタ
 マイケルさん、こんばんは。

 拙い小説ばっかり書いていますが、よろしければ是非
お越しください。

 ……さて、小難しい話が飛び交う前に、私は避難させ
てもらいますよ。

http://blog.goo.ne.jp/localfor

2015/6/20  22:47

投稿者:提案
冨士大石寺顕正会研究所 ブログ見てきましたよ

2015/6/20  21:59

投稿者:沖浦克治
御書にあります。

 『問う妙法蓮華経とは其の体何物ぞや、答う十界の依正即ち妙法蓮華経の当体なり、問う若爾れば我等が如き一切衆生も妙法の全体なりと云わる可きか、答う勿論なり経に云く「所謂諸法乃至本末究竟等」云云、』
 (当体義抄)

 私共一切衆生こそが妙法(南無妙法蓮華経)の全体だと仰せです。

 戒壇本尊が妙法だとは書いてありません。

2015/6/20  21:48

投稿者:傍観者v
>除名者を罷免して、有志と僧侶で妙信講を再建して、
宗門に帰ればいいんじゃないかな

妙信講を再建する意味がありません。
仮に有志で妙信講を再建するのなら、一ヶ寺ぐらい寄進してそこの妙信講を作ってもらうしかないでしょう。


大石寺系掲示板で法華講が苦戦してますよ。
法華経非仏説側有利。
応援に行ってあげないのかな?



>キリスト教にとって、仏教も回教も異流儀。
 
異教徒。異なる教義の徒ですよ。
異流儀とは同じ系統の信仰で解釈内容が違うから異流儀です。

大石寺系はぜんぶ異流儀です。
そしてカルト集団です。


>成仏により金剛不壊の境界に至らぬ限りは、種々の縁に引っ張られて(遺族が邪宗で信仰したり、遺族や友人が邪宗で我々を供養するなど)で、やがて地獄界に至ることになると思います。


金剛不壊戒でしょ。
そして一生成仏できるの筈ですよね。
また、一度正法に縁しながら悪縁に引っ張られる程度しか日蓮仏法には力がないてことですね。

2015/6/20  21:26

投稿者:マイケル
ユタさん、今晩は。

ブログ、拝見させて頂きました。
同世代ですねぇ。

機会があればぜひ、ユタさんのブログにもコメント
させて下さい。

2015/6/20  21:24

投稿者:沖浦克治
 おかしなお話ですね。

>未だ広布に至らぬ故に不幸の根源となる邪宗が残ってしまっている

 先ず、他宗から見ると日蓮正宗は邪宗になります。
 ですが、他宗は大人ですので世間の道理を弁えていて、日蓮正宗を邪宗として攻撃なさいません。

 更には、本気で他宗を邪宗として一切の不幸の原因と断ずるなら、何故そのままにしておくのでしょう?

 サッサと滅ぼして立正安国の実現を図るべきです。
 所が実際にはその点、日蓮正宗は無力です。

 それなら、解散して役割を終えなさい。
 不幸の原因だと言いながら何もできない。

 ここが一番ダメですよ。

2015/6/20  21:19

投稿者:マイケル
大沢さん、今晩は。
レス、有難うございます。


>未だ広布に至らぬ故に不幸の根源となる邪宗が残ってしまっている

何だか、胸の支えがスーッと下りたような気がします。
信心の喜びに至っていない未熟者ですが、丁寧にご回答頂きました事、
心より感謝申し上げます。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ