2015/7/25

猛暑爆発  
ユタ氏は小説家なので、そのエッセンスが存分に発揮されているのだと思う。ここでは冒頭の一行だけ紹介しておこう。

成仏行き列車の乗車券は手にしている。

けれども列車は故障して動かないそうだ。しかも運転再開の目処は立っていないという。

これは彼のイメージを具体化したものなのだと思われるが、わたくしのイメージはまるで違う。同じ列車に譬えるならば、列車はちゃんと運行しているし、それに乗車できているのも間違いないことだと思う。ただし、はたしてこれが成仏行きの列車なのかどうか、そこに沸々と疑念が生じてしまっている状態が今のユタ氏なのだ。

こればかりはどうしようもない。なぜならば、ユタ氏のそうした疑念を払拭できる人物が、おそらく現状ではどこにも存在しないからだ。

また、少し角度を変えれば、過程を楽しむ余裕みたいなものを失っている、もしくは忘却している・・・という状態が、今のユタ氏なのだと思う。

列車で旅をする時、もちろん目的地に向かって突き進むわけだが、その過程がまた楽しいものなのだと思う。いちばん手っ取り早い話が、車窓を楽しむということだろう。あるいは友達と一緒の旅ならば、会話を楽しむ、つまりは談笑するということも楽しみの一つだろう。いや、談笑でなくてもいい。白熱した議論もまた楽しいものだ。得てして旅とはそういうものである。目的地に行くのが目的ではなく、本当の目的はその過程を楽しむこと、という考え方もあるのだ。

まさに顕正会の活動会員の心理がこれである。

最近では、上と下との語り合い、みたいなことがよく言われている。これなどは上述の談笑に通ずるものだろう。また、活動会員の行動範囲は広い。すると、顕正会員になっていなければ、こんなところには来なかっただろう、というような土地に行くこともある。地方大会だとか、新しい会館への参詣などである。これ自体が旅の楽しみに通ずるわけである。

つまり、顕正会員は成仏という最終目的ばかりを見つめて、まるで脇目も振らずに活動しているわけではなく、やはり日々の活動の中で喜びだとか楽しみを味わっているわけである。しかし、ご存知のごとく、やがてはその活動自体が重荷に感じられるようになってくる。そして退転していく。このパターンが多い。

近年、顕正会の中では未活動という表現が多用されているが、これはさしずめ途中下車のようなものだろう。途中下車の旅も悪くない。

実は顕正会の本部首脳もそこに着目したのである。以前は未活動とは言わず、退転者と言っていた。しかし、これはよくなかった。ようは退転者=無間地獄ということで、いわば退転者の烙印を押すことはサジを投げるのと同じ意味になってしまうのだ。これでは活動会員を増やすことは出来ない。やはり新規会員の拡大と同時に、退転者にも復帰していただかないといけない。ならば退転者という表現はよろしくない。ということで未活動という表現に落ち着いたわけである。

話が大幅に脱線してしまったようだが、いずれにしても日々の生活を楽しめるかどうかがポイントである。仏道修行の響きからは楽しむという要素が感じられないけれども、成仏という最終目的を完遂するまでは一切の楽しみを犠牲にしなければいけないということであれば、もはや広宣流布は不可能だろう。

たぶん、ユタ氏も重々承知のことだろうが、沖浦氏がよき見本だと思う。沖浦氏の功徳論には辟易している。おそらくは拙ブログの読者の大半がそうなのだと思う。しかし、沖浦氏は人生を楽しんでいる。目標に向かって突き進むにしても、それで日々の生活を犠牲にしているということはない。日々の生活そのものを楽しんでいる。楽しみつつ前進しているのだ。

さて、今日は顕正新聞第1347号から話題を拾うつもりだったが、面倒臭くなったので一つだけで終わりにしよう。

佐渡会館 工事急ピッチ!
 大聖人御流罪の地に顕正会の大法城


一面のトップ記事である。大法城かどうかは微妙なところだが、たぶん物理的な大きさを言っているのではないのだろう。大曼荼羅と同じようなニュアンスだ。

 また会館裏には展望バルコニーが設けられ「塚原」を一望できる。

いつものごとく、会館の設備についてあれこれと説明がなされているわけだが、それはどこの会館も似たり寄ったりである。そうした中で佐渡会館の特殊性をあらわしているのが上掲である。

しかし、悩ましいところだ。

塚原を眺めることにどれだけの意味があるのか、それがわからない。まさか大聖人がいらした時の三昧堂が今も現存しているわけではあるまいし、それ以外に何か当時を偲ぶものが存在するわけでもあるまい。しかも、あえてイチャモンをつけるとすれば、上から見下ろすのはケシカラン、ということにもなるだろう。もちろん現地に行って確認したわけではないので、これはあくまで暫定的な意見である。

 さらに玄関前には一二〇坪に及ぶ広場が広がり、会館裏には約一四〇坪の駐車スペースも設けられる。

これは画期的だ。

しばしば話題になることの一つに、顕正会の会館付近には違法駐車が多くて近隣が迷惑している、というものがある。当然、顕正会員のシワザだろう。いや、もちろん、そうした不心得者はごく一部の人間であって、大半の会員は有料駐車場を利用している。しかし、一部であろうが違法は違法である。

一方の創価学会には驚かされる。顕正会の会館とは比べ物にならないくらいの巨大な会館を建てて、しかもすぐ隣にそれと同規模の巨大な駐車場を設けるのだ。金があるんだなあ・・・

ようやく顕正会もそれに倣ったごとくである。佐渡は土地が安いから可能だったという理由もあるかもしれないが、しかし、今後の新規会館は是が非でも駐車場を設けるべきだろう。それが時代の趨勢というものだ。

2015/7/26  15:14

投稿者:ユタ
 沖浦さん、んっ?さん、こんにちは。

 何だかお二方とも全く違う内容のアドバイスです
が、総じて信と行の2つが大事のようですね。
 『行』をするにも、まず『信』が無いと持たないでし
ょうから。

 学はさすがに現状ではムリですが、その2つを何とか
維持して行きたいと思います。

 ありがとうございました。

http://blog.goo.ne.jp/localfor

2015/7/26  7:48

投稿者:んっ?
ユタさん,お早う御座います!

>改札口から、やたら遠い乗り場ですな。
>幸いよく見たら、“成仏方面”と書かれた“案内
板”も出ているようですし、
>それに向かって歩いてみますか。

そうです! 
人によって「ホーム」迄の道のりやバリアは様々ですが

「法華経の行者となる事は過去の宿習なり,
 同じ草木なれども仏とつくらるるは宿縁なるべし,
 仏なりとも権仏となるは又宿業なるべし」

同じ紙でも「御本尊様」となり仏界を現じるか
「河童君ちのトレぺ」となって地獄界を現じるかも宿業ですから
先ずは信じきる事です。

釈迦に説法だとは思いますが
「信力・行力」に応じた「仏力・法力」しか現れません。

「此文には日蓮が大事の法門どもかきて候ぞ,
 よくよく見ほどかせ給へ意得させ給うべし,
 一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給へ,
 あひかまへてあひかまへて信心つよく候て
 三仏の守護をかうむらせ給うべし,
 行学の二道をはげみ候べし,
 行学たへなば仏法はあるべからず,
 我もいたし人をも教化候へ,
 行学は信心よりをこるべく候,
 力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし,
 南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経、恐恐謹言」
(諸法実相抄)

2015/7/26  6:18

投稿者:沖浦克治
 ユタさん、おはようございます。

 御本尊をどれほど信じてもダメなんです。
 信は功徳を生みません。
 行がないとダメなんです。

 御本尊信じろ!

 よく聞きますね。
 でもね、そういう事を他人に言うなら、

 信から起こす行で、自分がどれほど功徳を出したか。

 これ書けないなら、三文の値打もございません。
 安っぽい精神論です、それは。

 貴方は大聖人の御本尊をお持ちです。
 凄いんですよ御本尊は。

 『譬えば頭をふればかみゆるぐ心はたらけば身うごく、大風吹けば草木しづかならず大地うごけば大海さはがし、教主釈尊をうごかし奉ればゆるがぬ草木やあるべきさわがぬ水やあるべき。』
 (日眼女造立釈迦仏供養事)

 この教主釈尊ってね、自分の事です。
 私や貴方の命は南無妙法蓮華経なんです。

 御本尊に唱題するとそれが働きます。
 だから祈りが叶います。
 
 私は創価学会員、貴方は法華講員。
 
 そういう立場の異なりなんか、全く問題ではありません。

 大聖人の御本尊に自行化他の唱題をする!!
 
 後は所属宗派なんか、物の数ではございませんよ。
 

2015/7/26  6:11

投稿者:沖浦克治
 おはようございます、皆様方!
 
 いくら辟易されようがされまいが、私は功徳をドンドン書きます。
 絶待妙と申しますよ。

 いよいよ大会当日となりました。

 白馬村パワーリフティング協会最初の選手権大会。

 それも、私のジムで開催です。
 30名を超える選手と、20人ほどの役員で50名が集まります。
 急遽ジムを拡張して本日に備えました。

 昨年まで白馬村で開催する全ての大会を、私が取り仕切って来ました。
 全国大会3回、ブロック大会も1回誘致。
 家族総出で何ヶ月も前から準備したものでした。

 今回は私は長野県協会の会長をお譲りし、白馬村協会の一理事です。
 大会の事は何もしないでも、優秀な理事会の皆様がおやりになられました。

 凄く嬉しいです。
 後10年頑張ります!
 
 功徳〜〜!!

2015/7/26  2:41

投稿者:ユタ
 んっ?さん、こんばんは。
 夜分に遅く、恐れ入ります。

 おー、そうでしたか。
 まだホームでなかったですか。
 どうやらホームに行ったつもりが、別の乗り場だった
ようです。
 改札口から、やたら遠い乗り場ですな。
 幸いよく見たら、“成仏方面”と書かれた“案内
板”も出ているようですし、それに向かって歩いてみま
すか。

 今でも国労は存在し続けていますが、かつての武闘派
ぶりはどこへやら。
 牙を抜かれたオオカミのように、だいぶおとなしくな
ったようです。
 それこそ、借りてきたネコみたいに。

http://blog.goo.ne.jp/localfor

2015/7/25  22:16

投稿者:んっ?
ユタさん,こんばんは!

>……とはいうものの、そろそろ催促する必要はありそうだ。

此れはいけません。

何故ならば,厳しい事を云うようですが,
貴方は未だ「ホーム」に着いていないからです。

「ホーム」に着いていないのに,「電車」が来ないと云っているのですよ。

先ずは「ホーム」へ行く努力をしなければいけません。
御本尊様を信じきる事です。

余談ですが,私の叔父はリアル「国労」でした。
工場で電車の整備をしていましたが,
民営化前に定年になりましたので,首切りには遭わずに済んでますww

2015/7/25  19:54

投稿者:ユタ
創価学会に沖浦さんという人がいるのと同じように、私という法華講員もいましてですな。
自分で飛行機を操縦して大空を舞うことができる人もいれば、電車やバスの移動が主の人間もいるわけですよ。
もちろん、私は後者。
飛行機の操縦免許は個人でも取ることができますが、電車の免許は個人では取れませんからね。
だから、一乗客の私は運転再開を待たなくてはならないのです。

……とはいうものの、そろそろ催促する必要はありそうだ。

http://blog.goo.ne.jp/localfor

2015/7/25  19:33

投稿者:沖浦克治
ユタさん。

 私は貴方に創価学会への入会を勧めませんし、そういうつもりはございません。

 巌虎さんには過去確か2回ほど、創価学会へのご入会をお勧めいたしました。

 巌虎さんのためなら、私はご入会へ関して犬馬の労をとります。
 ですが、他の方にそういう気持ちを持ちません。

 入会されようとされまいと、ご自由にどうぞ。

 そういうスタンスでおります。
 そして貴方が書かれるように、

 創価学会入会、即公明党応援。

 そういうシステムもございませんが、一々の説明も面倒でしたくございません。
 
 この勘違いも私には全く責任はございませんし、貴方の認識の問題です。

 最後になりますが、貴方は宗門の方なんでしょう?

 でしたら、何故本気で御本尊に唱題なさいませんか?

 電車なんか待つ必要が何処にありますか?

 サッサとご自分で御自宅の御本尊をキチンと拝み、功徳をドンドン出され、成仏の街道をまっしぐらに走られたら良いでしょう。

 宛にならない、法主や能化なんか捨てて置けば良いじゃないですか。

 それとも貴方、宗門から唱題を止められていますか?
 
 ドンドン題目唱えなさい。

2015/7/25  18:44

投稿者:ユタ
沖浦さん、こんばんは。
えっ?創価航空の飛行機に乗り換えろって?高い上に予約が取れないんですよ〜。
公明エアラインがLCC出すらしいですが、LCCには載りたくない(公明党投票はしたくない)もんでね。

マイケルさんへ。
顕正鉄道はダイヤがいい加減で、所要時間が延びてばっかりですが、宗門交通はそれがないということです。
ただ時刻表はあるし、発車票にも行き先がちゃんと出ているのに、なかなか電車が来ないということです。
たまに普通乗車券で特急用の車両に乗れることがありましてね、それが仕事運の上昇なのでしょう。
で、乗り継ぎしようとしたら、次の電車が来ないという……。
今、この状態です。

http://blog.goo.ne.jp/localfor

2015/7/25  18:23

投稿者:マイケル
ユタさん、こんばんは。

ブログを隅々まで拝読していないので、漏れがあったらご容赦下さい。
ユタさんが宗門電車の切符を買って、乗車して良かったな〜と思った事はありますか?

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