2015/12/7

シハスノブロガー  
沖浦氏が何やら言っているようだが、まったくの見当違いである。御書を三文ほど引用しているものの、それが何を意味するのかわからない。浅井先生の年来の主張は、戒壇の大御本尊まします処は義の戒壇である、ということだ。そして大御本尊=日蓮大聖人であられるから、大聖人まします処は義の戒壇、という理屈になる。本尊とは法華経の行者の一身の当体であり、ここでの法華経の行者は別して日蓮大聖人の御事を意味する。当然ながら日蓮正宗では戒壇の大御本尊を大聖人の御当体と拝する。宗門はこの大御本尊まします処を事の戒壇だと主張している。それは違うだろう、と言っているのが浅井先生なのだ。ここに沖浦氏の入り込む余地はない。

さて、昨日に引き続き、十月度総幹部会の会長講演を取り上げたい。次もまた、ひじょうに問題の多い記述である。

 この細井日達の急死を見て、池田大作は直ちに相承もなき阿部日顕を擁立して猊座に就かしめた。

証拠はあるのだろうか?

このことに関連する記述が折伏理論書改訂版に約二ページにわたって載せられている。しかし、それは池田氏が阿部師を擁立したという話ではなく、偽りの自己申告で登座したという話なのである。それもいわば状況証拠であって、直接的な証拠は何一つない。疑わしきは罰せずが現代における大原則であることを忘れてはならない。

ということで、御相承の有無をハナッから疑って掛かっている人には、いくら説明しても無駄なことである。逆に言うと、日顕上人に説明責任を求めること自体が無駄なことであり、ナイモノネダリなのである。これは御書の真偽問題にも通ずる話であろう。

さて、話は戻る。

相承の有無は上述のとおりであるが、問題は池田氏が阿部師を擁立したという話である。しかも猊座に就かしめたとまで書いている。池田氏はそんなに偉いのだろうか?

結論は浅井先生の邪推である。

細井管長、急死

昨日も引用した、折伏理論書改訂版の小見出しである。この後、二行飛ばして三行目から引用したわけだが、今日は最初の二行を紹介しよう。

 学会・宗門の抗争は「法主」を旗印とする反学会僧侶らの活動により、初めは宗門が有利であった。池田は形勢不利と見るや法華講総講頭を辞して恭順を装い、反撃の機を窺う。
 この抗争に性心を労した細井管長は・・・


池田氏は法華講総講頭だった。それを辞任したのが昭和五十四年四月二十六日である。なぜか同書では、この日付が省略されている。しかもである。池田氏はこの時、創価学会の会長も辞任しているのである。なぜか同書では、このことも省略している。

日達上人の御遷化は同年の七月二十二日である。

法華講の総講頭だけでなく、創価学会の会長職をも辞任せざるを得ないという、それほどに追い込まれていた池田氏が、いったいどういう権限で次の猊下を擁立することが出来るのだろうか?

浅井先生はこれに答えなければいけない。

軒を貸して母屋を取られる

ことわざである。わたくしはこの言葉を何かの本で知った。かつて日蓮正宗国際センター構想というのがあって、これは創価学会が宗門を傘下に収める策略だったと考えられている。その辺の詳しい事情はまったく知らないけれども、この時に日達上人が上掲のようなことをおっしゃられたのだと思われる。

たぶん、これはほんの一例なのだろう。当時の創価学会の傍若無人ぶりは凄まじく、池田氏が公衆の面前で日達上人を怒鳴りつけたという話も残っている。よって反学会僧侶らの活動が活発化していくのも当然の帰結だったのかもしれない。

その結果、池田氏は辞任に追い込まれた。総講頭だけでなく、会長まで辞任したのである。これは相当のことだ。

そして氏の辞任から三ヶ月後、日達上人は御遷化となった。

この後を継いだのが日顕上人である。池田氏に擁立されて?

どうだろう、わずか三ヶ月と考えるべきなのか、それとも三ヶ月もあれば十分に復権できると考えるべきなのか、難しいところだ。

おそらく浅井先生の見解は、復権が可能か不可能かではなく、もともと隠然とした力を持ち続けていた、ということなのだろう。しかし、もし仮にそうだとしても、擁立は間違いだろう。その理由はまさに、軒を貸して母屋を取られる、である。正信会系の僧侶は宗門の三分の一に達するほどの勢力を誇っていた。これはベラボウな勢力である。なぜならば、中間派ないし事なかれ主義の人たちが大半を占める、それが世間一般の道理だからである。失礼ながら御僧侶たちも例外ではないだろう。つまり、反学会僧侶として活発に動いていたのが全宗門のうちの三分の一ということは、その背後には表立って行動しないものの創価学会に対し快く思わない人たちが相当数いたということなのだ。だからこそ、池田氏も辞任せざるを得なかったのだろう。

よって、正信会系は全宗門の三分の一に過ぎなかったけれども、いや、三分の一はベラボウな数字なのだけれども、まあ、過半数ではないという意味では三分の一に過ぎないと表現して差し支えないと思うわけなのだが、いずれにしても創価学会に乗っ取られるのではないかという危機感のようなものは彼らだけではなく、まさに全宗門的な意識としてあったのではないかと、わたくしにはそう思えるのである。

これは日顕上人の意識の中にもあったのではないか?

それの何よりの証拠が今日の姿である。池田氏に擁立されて猊座に登った人が池田氏を切る。そんなことは出来ないだろう。よほどの悪者でない限りは・・・

日顕上人は日達上人から相承を受けて猊座に登った。池田氏がナンボの者か知らんが、しょせんは在家である。相承に関与できる道理がない。よって池田氏は関係ない。

浅井先生は池田氏の態度を「恭順を装い」と書いている。まさにそのとおりなのだろう。恭順を示している人に対しては、無下に扱うわけには行かない。ゆえに日顕上人も当初は池田氏を丁重に扱ったのだ。しかし、後に池田氏は本性をあらわした。それで池田氏を切った。まあ、こういうことを書くと創価学会員から反論があるかもしれないが、いちおう話の流れはそういうことなのだ。これで話のツジツマは合っているはずである。

最後に勝手な推測を書いておこう。

今の顕正会は独立教団路線を歩んでいるが、ある時期までは宗門復帰を志向していた。あるいは顕正会側から宗門へ、何かしらのアプローチがあったのかもしれない。復帰のための根回しみたいなものがである。けれども、もしかしたら宗門側がこれを拒否したのかもしれない。それで仕方なく独立教団路線に方向転換した。

すでに書いたごとく、猊座への介入は不可能である。この考えはいささかも変わらないのだが、力を持った在家が傍若無人を働くことは創価学会の先例が示すごとくである。よって顕正会を復帰させると面倒なことになると、このように宗門首脳部が考えたとしても不思議はない。

もちろん、すべてわたくしの勝手な推測であるが・・・

2015/12/12  12:01

投稿者:沖浦克治
功徳です!

 フェイスブックを見られたスキーヤ―様が、いきなりワックスを買いにお見えでした。

 白馬でスキー教師をおやりだそうです。

 功徳〜〜!!

2015/12/12  7:29

投稿者:大沢克日子
マイケルさん、おはようございます。

本当ですね。

顕正会の昔の書籍は「読むな」と言われていましたが、こういうことなんですね。

「正本堂のたばかりを砕くために…」
そう書いた、背景があるんだという言い訳だと思いますが、戒壇の事義がそれで変わる訳もありません。

私自身は、法華講員になって日相上人の御記を拝した瞬間、頭の中のモヤモヤは霧消しました。

2015/12/12  7:05

投稿者:マイケル
連投、申し訳ございません。

間逆→真逆の間違いです。
大変失礼致しました。

2015/12/12  6:57

投稿者:マイケル
大沢さん、おはようございます。

mr.x☆(元顕)さんが引用して下さった、昭和46年11月15日号 
富士140号の記事と現時点における顕正会の指導って、間逆に
なっていません?

正本堂に就き池田会長に糾し訴う
『従って、かつての御宝蔵も、また現在の奉安殿もまた事
の戒壇であり将来、正本堂にお還りあそばせば同じく事の
戒壇であるとの御意であられる。中略。たとえ御宝蔵にあ
っても、あるいは、ただいま奉安殿に安置し奉ってあって
も、あるいは今、まさに出来んとする正本堂に安置し奉っ
ても、その御本尊ましますところは何処、何方でも即ち事
の戒壇であります』

2015/12/12  6:01

投稿者:沖浦克治
 御書にキチンと書いてあるのですよ。

 『正直に方便を捨て但法華経を信じ南無妙法蓮華経と唱うる人は煩悩業苦の三道法身般若解脱の三徳と転じて三観三諦即一心に顕われ其の人の所住の処は常寂光土なり、能居所居身土色心倶体倶用無作三身の本門寿量の当体蓮華の仏とは日蓮が弟子檀那等の中の事なり是れ即ち法華の当体自在神力の顕わす所の功能なり敢て之を疑う可からず之を疑う可からず、』
 (当体義抄)

 頭丸めて、袈裟着て衣して・・・・
 葬式や塔婆で金儲けする暇あったら、御書勉強させなさい!!!

 何のための法主能化、住職ですか?

 ケツ叩いて勉強させなさい!!

2015/12/12  5:57

投稿者:沖浦克治
 功徳書こう・・・・

 http://6903.teacup.com/huwahuwakujira/bbs/5733

 功徳の形です。

2015/12/12  5:52

投稿者:沖浦克治
おはようございます。

 本門戒壇に義と事がある〜??

 そんなものありませんよ。 
 寛師はね戒壇本尊を何が何でも本懐にでっち上げたかった。
 だから嘘ついて、仏法を曲げて己義構えたんです。

 事と義〜〜??

 ナイナイ絶対に無い!
 戒壇とは一大秘法の当体である私共の住所です。

 それすら知らないで御書読める道理がない!!

2015/12/11  21:42

投稿者:mr.x☆(元顕)
事の戒壇について

日寛上人 依義判文抄
『一大秘法とは即ち本門の本尊なり。此の本尊所住の処を
名づけて本門の戒壇と為し』

日霑上人
『未だ広布の時至らず事相の戒壇建立なしといえども此の
道場即ち是れ事の戒壇、真の霊山、事の寂光土にして』

浅井会長 昭和46年11月15日号 富士140号
正本堂に就き池田会長に糾し訴う
『従って、かつての御宝蔵も、また現在の奉安殿もまた事
の戒壇であり将来、正本堂にお還りあそばせば同じく事の
戒壇であるとの御意であられる。中略。たとえ御宝蔵にあ
っても、あるいは、ただいま奉安殿に安置し奉ってあって
も、あるいは今、まさに出来んとする正本堂に安置し奉っ
ても、その御本尊ましますところは何処、何方でも即ち事
の戒壇であります』

2015/12/11  19:53

投稿者:大沢克日子
こんばんは。

今朝通勤中に、「崇峻天皇御書」を拝読していました。
今までに何度か拝読しているはずの御書ですが、色々と心に刺さるものがありました。

折伏によって主人の不興を買った四条金吾殿は、主人の病を機に再び主人の信用を取り戻すばかりか、かえって以前より深く信頼を得るようになります。それに対して怨嫉して四条殿をつけ狙う動きが見られます。
折伏して受ける法難ですからこれこそ本当の「怨嫉」ですが、大聖人様は直情的な性格の四条殿に事細かに御注意遊ばされ、崇峻天皇暗殺に至るエピソードを引いて「忍波羅蜜」と言う事を仰せになっています。

また、孔子の「九思一言」という言葉を挙げられています。

そして、振舞いを通して賢いことを心掛けるのが人である、すなわち振舞いを深く考え自重するのが法華経の心であると四条殿に重ね重ね御注意遊ばされています。

龍ノ口における四条殿の振舞いに見られるように、大聖人様に賞される程の強信者ですし、折伏による法難で種々の怨嫉を受けているのですから本来何の失もないはずです。それでも四条殿は大聖人様から厳しく自重を求められています。四条殿に害を及ぼさんとする謗法の徒輩の心理、人間の心を見通された大聖人様の御教示ですが、四条殿でさえもそうしなければならないのですから、大聖人の仏法を行じると標榜する者はすべからくその御聖意を体して振舞わなければならないと思います。信仰においても、仕事や家庭においても。

2015/12/11  11:25

投稿者:マイケル
大沢さん、皆さんこんにちは。

恐らく顕正会の会員さんは、法難に遭ったと主張されているのだと
思います。

どれだけの会員さんが、難に遭われた後で大功徳を頂いた、そう
実感されているのか・・知りたいところです。

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