2016/1/9

ギマンノカズカズ  
新年早々、新手の論客が登場した。これまでの発言を見るに、なかなかの使い手である。

その前に、成田氏や瑠璃堂みう氏らのコメントが前回の拙稿に即するものなので、補足的な意味で追記したい。

顕正会の誓願とは名ばかりで、実質的にはノルマ化している。ゆえに、この誓願が撤廃された上で自主的な折伏による成果が今回のように三万近くの大折伏となったのだとすれば、これほど幸甚なことはあるまいと思う。ところが公式な発表がなかっただけの話であって、実際にはノルマが存在したであろうことは動かない。となれば、喜んではいられない。

さらに厳しいことを言えば、総合女子部長は一万五千の誓願を立てたのだ。自主誓願である。発表されなかったものの、おそらくは一万前後のノルマが課せられていた。これに五千を上乗せする自主誓願を立てたわけである。結果は一万を突破したものの、一万五千には遠く及ばなかった。総合女子部長はこれに対する反省をまったく述べていない。

自主誓願とは、それほど軽いものなのだろうか?

わたくしはこれがおかしいと言いたいのだ。おそらくは浅井先生が決めたであろう一万の誓願(=ノルマ)は絶対であって、自らが大聖人にお誓いした一万五千の誓願はどうでもいい、いや、どうでもいいは言い過ぎかもしれないが、しかし、現実的にはそういうことになるだろう。極端に言えば、大聖人よりも浅井先生のほうが上なのだ。何しろ大聖人との約束よりも浅井先生との約束が優先されるのだから・・・

ややイジワルな書き方になっていることは承知しているつもりである。しかし、これはまさに顕正会の積年の問題であって、誓願がノルマ化し、活動会員たちがその重圧に苦しめられているという現実がある以上、今後も指摘し続けなければいけないことである。

たぶん、無理だとは思うが、もしノルマが完全撤廃されたならば、その時は大いに称賛したい。

そこで話は変わるわけだが・・・

(勝手に)顕正会代表

すでにして、この名乗りがスゴイ。勝手にとは断っているものの、顕正会を代表することを謳っているわけだから、よほどの自信家なのだろう。実際、これまでの発言を見るに、よく勉強されているし、自分なりの考え方というものを確立していることがわかる。なるほど、自信に満ち満ちていて、おかしくはない。

わたくしに言わせれば、創価学会もダメ、顕正会もダメ、なのである。

二日の拙稿である。これに対して、勝氏(以降はこのように呼ばせていただく)から質問が発せられた。

組織として色々と綻びや杜撰な点が見られるのは確かな事ですし、会長が予言をしては外してしまうというのも大いに問題であるかと思うのですが、「教義としてダメ」な部分がもしおありでしたら、お教えください。

勝氏はひじょうにリベラルな人である。ガチガチの顕正会員的な思考から脱却していることが、上掲の文章から読み取れるのだ。わたくしなりに圧縮すると、組織上の問題点はいろいろあるし浅井先生の大言壮語も問題だ、と言っているわけだ。浅井先生絶対論者には絶対に言えないセリフである。

それはともかく、教義上どこが問題なのか? とわたくしに聞いているわけである。

これについては図らずも沖浦氏と勝氏との議論の過程において、いくつかの問題点が浮かび上がってきたようである。それは前回分のコメント欄にたくさん散りばめられていて、ここで俄かに抽出するのは難しい。あえて典型的なというか、わたくしの興味の上から言えば、次のくだりが象徴的かと思う。

文字曼荼羅にも開眼供養が必要であると樋田氏から弊会への楽しい手紙にあったので・・・

この楽しい手紙という表現が楽しい。いや、頼もしい。

樋田氏の存在はベラボウに大きい。顕正会から宗門へ移籍する人の一定数が樋田氏の影響によるものと考えられるわけで、おそらくは顕正会の大幹部たちも戦々恐々のはずである。もし万一にも対面法論ともなれば、さらにはそれを動画サイトに出されてしまった暁には、もはや大幹部としての地位も名誉も失うことになるだろう。それにもかかわらず、勝氏はご覧のごとく言っているのだ。冒頭に自信家だと書いたことも、これでよくわかるだろう。

たぶん、勝氏は承知していると思うが、わたくしは宗門側に相当の肩入れをしているけれども、必ずしも宗門ベッタリではない。ゆえに、顕正会の教義上の間違いということに関しても、必ずしも宗門側の論理をそのまま鵜呑みにしているわけではない。

そこで回答を申し上げなければいけないが、その前にもう一つの質問について触れたいと思う。

供養の件はオアイコでいいとしても、この件は顕正会の負けである。そこに気がつかないとすれば、顕正会も終わりだろう。

二日の拙稿である。供養の件はどっちもどっち、ゆえにオアイコということにしてもいいが、本尊の件は顕正会の負けだと書いた。具体的には次の記述が問題である。

細井日達書写の御本尊を返納して遥拝勤行に励んでいくと・・・

顕正新聞にこのような記述があったのを見て、わたくしは顕正会の負けであり、顕正会も終わりだろうと書いたのだった。

これに対する勝氏の質問が以下である。

顕正会も終わりとありますが、其れはどうしてでしょうか?遥拝勤行ではダメだ、という事でしょうか?


顕正会の教義上の誤りは、まさにここにあるのだ。

まず、遥拝勤行について言えば、わたくしはダメだとは思っていない。おそらくはこの十年間、いろいろなことを書いてきたが、遥拝勤行を否定するようなことは一度も書いていないはずである。
では、何がダメなのかであるが、それは消去法で明らかだろう。日達上人書写の御本尊を返納することがダメなのである。
わたくしの言う顕正会の間違いとは、このことに他ならない。

勝氏のことだから、ご存知のはずである。折伏理論書の初版と改訂版には大きな相違があるのだ。細かい相違はさておき、わたくしの思う最大の相違は次のくだりである。

 やがて御遺命守護完結のその日には、顕正会員こそこの捨身の御奉公によって、時の御法主上人より、晴れて御本尊の授与を賜わる資格を得るのである。

 やがて宗門が御在世の信心に立ち還るとき、顕正会員こそこの捨身の御奉公によって、晴れて御本尊の授与を賜わる資格を得るのである。


生意気を言うようであるが、わたくしが最初に発見したであろう顕正会の誤りというものがいくつかあると思う。今は具体的に出せないものの、拙ブログの中で指摘したことがいちばん最初だったということが、いくつかあるはずである。

ところがである。

上掲の自語相違というか文章の差し替えについては、ウカツにも気がつかなかった。改訂版が出た時、いちおう最初から読み直したつもりだったのだが、気がつかなかった。あるいは当時の自分は物凄く面倒臭がりだったので、新設された九章と十章だけに目を通して、それでぜんぶ読んだつもりになっていただけなのかもしれない。そのため、ずいぶん時間が経ってから気がついた。その時にはすでに先人がいて、当該文章の差し替えについて批判を加えていた。

いずれにしても、上掲こそが顕正会の教義上の誤りを象徴する典型的な事例であり、そこにはさまざまの欺瞞が集約されているのである。

ここまで書けば十分だろう。

なお、勝氏は御書にずいぶんと詳しそうであるが、確かに御書を基準に論じていくとわからないことがたくさんあって、けっこう苦労することになる。例えば昨年のいつだったか、少しばかり話題になった色花の問題にしても、なぜにそれがダメなのかは御書を拝した限りではよくわからない。同様の意味において、日蓮正宗が伝統的にやっていることの中においても、根拠のよくわからないことがたくさんあるのだと思う。沖浦氏あたりはその辺のことをよく承知していて、いわばそうした弱点を突くのが得意である。そして法華講の諸氏がそれに答え切れていないのも事実であろう。わたくしはわからないことはわからないと正直に答える。もちろんその大半は勉強不足でわからないわけだが、上述のごとく実際に御書だけではわからない問題もたくさんある。そうした問題についてどのように考えていくべきか、本年は勝氏の見解も聞けるのでひじょうに有意義な議論になるかもしれない。

期待半分、面倒臭さ半分、それがわたくしの本音である。

2016/1/13  23:16

(続きです)

>一切大衆は妙法の功徳を受けられずということになり。。つまり浅井氏の論を基
準にするとそうなるんではと思うんですがね

妙法の功徳は何も御法主が不在でも受けられない事はありません。信徒は御法主を
拝むのではなく、大御本尊様を拝むのですから。亦、成仏に必要な法門は全て御書
に書いてあります。

とはいえ、それでも宗を率いる人が不在では、後々色々と困る事もあるでしょう。
第一、日興上人系の御法主が不在では、以下の御伝承に反してしまうでしょう。

>尽未来際に至るまで予が存日の如く、日興が嫡々付法の上人を以て総貫首と仰ぐ
べき者なり

未来が尽きるまで、日興上人の血脈を引き継ぐ上人が続くであろう、と書かれてい
ます。大聖人が御本仏ならば、未来の予知も完全である筈です。

上で生じた全ての問題を解く鍵は、日興跡条条事にあります。本門寺の座主につい
て書かれています。亦、血脈についての浅井会長の発言にも、まだ続きがあるので
すよ。

2016/1/13  23:14

x殿

引用箇所は引用符など、何かしらマークがあると判りやすい。できれば何かを付け
て欲しい。

さて、

>なくなったなどという話になるならば別付属、総付属の大事が根底から覆される
事になります。

別付属はともかく総付属に関しては御書があるので問題ないかと思われます。但
し、御書に書かれていない(七箇相承や二箇相承、両血脈抄にもない)御内証につ
いては、確かに困った事になろうかと思われます。
亦、本尊書写、形木や摸刻許可ができる人がいなくなってしまう、という問題もあ
るでしょう。会館や寺が増えれども、其処に御本尊なし、となってしまうと…

>そうなると未来の公布について示された三大秘法抄も何のために残されたのかと
いう話にもなり(覚徳比丘の存在)そうなると顕正会の主張する国立戒壇論も瓦解
します。

御題目は続きますし、大御本尊が損なわれた訳でもなく、戒壇建立も公の事なの
で、三大秘法抄の殆どの記述は血脈断続しても問題ないでしょう。とはいえ、貴殿
が示されたように「覚徳比丘はどうなるの」という問題が生じます。正本堂が事の
戒壇で、国主が当時の創価学会員及び法華講員と妙信講員、有徳王が池田大作
氏、そして日顕上人、乃至日達上人が覚徳比丘というのも妙な事だと思われますの
で、では覚徳比丘とは誰でしょうか。

覚徳比丘の定義としては、正法を保つが故に、周囲の僧侶から迫害を受けているよ
うな方(御僧侶)、という事が言えるのではないかと思われます。周囲の僧侶から
迫害を受けているが故に、有徳王の登場が必要になる訳です。故に、現在大石寺で
安穏としている日顕上人や日如上人が覚徳比丘の筈もありません。

2016/1/13  15:22

投稿者:mr.x☆(元顕)
血脈について 曾谷殿御返事 建治二年八月二日

。既に上行菩薩、釈迦如来より妙法の智水を受けて、末代
悪世の枯槁(ここう)の衆生に流れかよはし給ふ。是れ智
慧の義なり。釈尊より上行菩薩へ譲り与へ給ふ。然るに日
蓮又日本国にして此の法門を弘む。又是には総別の二義あ
り。総別の二義少しも相そむけば成仏思ひもよらず。輪廻
生死のもとゐたらん。例せば大通仏の第十六の釈迦如来に
下種せし今日の声聞は、全く弥陀・薬師に遇ひて成仏せ
ず。譬へば大海の水を家内へく(汲)み来たらんには、家
内の者皆縁をふるべきなり。然れども汲み来たるところの
大海の一滴を閣(さしお)きて、又他方の大海の水を求め
ん事は大僻案なり、大愚癡なり。法華経の大海の智慧の水
を受けたる根源の師を忘れて、余(よそ)へ心をうつさば
必ず輪廻生死のわざはひなるべし。但し師なりとも誤ある
者をば捨つべし。中略。法華経の敵を見ながら置いてせめ
ずんば、師檀ともに無間地獄は疑ひなかるべし。南岳大師
の云はく「諸の悪人と倶(とも)に地獄に堕ちん」云
云。謗法を責めずして成仏を願はゞ、火の中に水を求
め、水の中に火を尋ぬるが如くなるべ。しはかなしはかな
し。中略。経に云はく「在々諸の仏土に常に師と倶に生ぜ
ん」と。又云はく「若し法師に親近せば速やかに菩薩の道
を得、是の師に随順して学せば恒沙(ごうじゃ)の仏を見
たてまつることを得ん」と。釈に云はく「本(もと)此の
仏に従ひて初めて道心を発し、亦此の仏に従ひて不退の地
に住す」と。又云はく「初め此の仏菩薩に従ひて結縁
し、還(また)此の仏菩薩に於て成就す」云云。返す返す
も本従たがへずして成仏せしめ給ふべし。釈尊は一切衆生
の本従の師にて而も主親の徳を備へ給ふ。此法門を日蓮申
す故に、忠言耳に逆ふ道理なるが故に、流罪せられ命にも
及びしなり。然れどもいまだこりず候。法華経は種の如
く、仏はうへての如く、衆生は田の如くなり。若し此等の
義をたがへさせ給はゞ日蓮も後生は助け申すまじく候。恐
恐謹言。

2016/1/13  14:57

投稿者:mr.x☆(元顕)
マサル氏へ

日達上人が遷化された以上、誰も血脈を付属する事などで
きない。日顕上人に血脈が流れていない以上、日顕上人
が誰にどのように後継を任せようが、決して血脈は蘇らな
いのである。自身に流れていないものを誰かに付属する等
と言う事はできないのだから。

これは自分の私見ですが、釈尊は三大秘法を大聖人様へ別
付属され地涌の菩薩にも総じて付属されていますが、もし
血脈が途絶えた。なくなったなどという話になるならば別
付属、総付属の大事が根底から覆される事になります。そ
うなると未来の公布について示された三大秘法抄も何のた
めに残されたのかという話にもなり(覚徳比丘の存在)そ
うなると顕正会の主張する国立戒壇論も瓦解します。
また大聖人様から日興上人への付属が途絶えるという事は
三大秘法そのものの流れが途絶えるという事。一切大衆は
妙法の功徳を受けられずということになり。。つまり浅井
氏の論を基準にするとそうなるんではと思うんですがね

2016/1/13  14:34

沖浦殿

>日蓮正宗の件ですが、あれは既に用済みです。
 織田信長が天下統一のため足利将軍を担ぎだし、要らなくなったら捨てたでしょ
う。
>同じです。

そういう事例は歴史に沢山ありはしますが、どうも清浄な事には思われません。権
力闘争の汚い部分、という感じがします。道念もなく、誠実さもなく、只々勢力を
増やす為だけに手段を選ばない。
例せば、江戸幕府は部分的にではあるが開国をしてしまったからケシカランとかで
、幕府を賊軍として攻撃した新政府軍ですが、政権を取るや否なほぼ全面的な開国
をする。信念なんてものはなくて、ただ単に天下を取りたかっただけなのかとさえ
思われます。

特に、宗教というものは世俗の事よりも尚一層、道心、原理、真理が求められるも
のです。牧口先生も戸田氏も、教えなどは何でもよく、勢力を拡大する為に、既存
宗教の中の手頃なものを利用しただけ、と仰るのでしょうか。日蓮大聖人というの
も、信者を集め確保する為の只の飾りですか?

>日蓮正宗時代の創価学会は、釈迦の爾前経ですね。

然るに何を権教、何を実教とするかを判じれるのは御仏だけなのではないでしょう
か。池田氏は以前、自身を本仏かのように匂わせていた時期がありましたが、沖浦
殿は池田氏を本仏だと思われますか?
亦、以前の創価学会の教えは権教、迹教であったと言うのは、牧口先生や戸田氏も
賛成するような教えであるとお考えでしょうか?

2016/1/13  14:31

(続きです)
さて、御書を聖典とされているとの事でしたので、大聖人の御心に適う事を第一と
されているかと勘案致しますが、然すれば、二者択一とまではいかなくとも、「是
はどうしても駄目」という宗教も亦存在するのは確かです。例えば念仏宗、真言宗
、キリスト教、イスラム教等が是に該当します。自分が信じないだけでなく、他人
が信じるのを見たら、是も止めてあげなくてはなりません。謗法の人を見て放って
置くのであれば、是は大聖人の弟子とは言えなくなってしまうのです。幾ら桜梅桃
李でも、是だけは絶対に駄目、という規範が大聖人の仏法には存在します。其の規
範を犯せば、喩え今生はよくても成仏等はできなくなってしまうのです。

「日蓮仏法の全く新しい展開」とありますが、若し其の中に「謗法を呵責するとか
、与同しない、という考えは捨てた」というものも含まれるのであれば、其れは最
早、新しい展開等ではなく、大聖人の仏法ではなくなってしまうという事を、私は
強く申し上げて置かなければなりません。

【王仏冥合について】
>王仏冥合は過去の思想です。

成仏の為に御題目と文字曼荼羅を必要とする事だけでなく、謗法の教えを破析した
り、謗法の人を折伏したりする事も大聖人の教えです。そして、其の延長線上に日
本一国、乃至世界全体への広布をする事も御遺命となります。
更に、此の仏法を唯一の教えとして国教化し、王仏冥合をするのも大聖人の御遺命
の重要な一つです。此の理由は立正安国論に詳しく書かれています。
即ち、国に謗法の民、教え多ければ、謗法の人だけが成仏しないのみならず、諸天
善紳が法味を得られなくなり天に帰ってしまい国は一切の守護を得られなくなりま
す。そして国は魔や鬼神の住処となります。亦、怒りを持った神々に因って国家と
しての罰も下されるでしょう。
其の結果、三災七難が競い起こり、やがては亡国の憂き目を見る事になります。故
に、四表の静謐を願うならば、王仏冥合がどうしても必要になるのです。国が荒廃
していて民の真の幸福は在りません。此の王仏冥合を象徴する戒壇こそが、三大秘
法抄に遺命されている所の、公の戒壇(事の戒壇)なのです。

2016/1/13  14:29

沖浦殿 こんにちは、以前やり取りさせて戴いたものの続きになります

【二者択一について】
>私共は宗教は二者択一とか、一つだけが正しくて他は全てダメとかの思想を持っ
ておりません。

是は一般的な事であれば大変素晴しい精神であると思います。趣味、嗜好、生き方
、職業、思想等、十人十色、其々が自分に合ったもの、幸福になれるものを追い求
めるべきであり、亦、他人の其れも尊重すべきものかと存じます。みんな違ってみ
んないい、という詩もありますし、大聖人も亦、桜梅桃李と仰っています。宗教に
関しましても、例えば曹洞宗と臨済宗の関係で言えば、自分に合ったやり方は是だ
けども、あっちのやり方で合っている人もいるだろう、どちらも成仏できるという
事には変わりは無い、というスタンスかと思われます。万教一致という考えさえ存
在して、世にある聖典、諸仏、聖人等は、言い方は違えども、皆、実は同じ事、宇
宙の真理を別の表現、方法論で述べているだけだ、との思想もあります。

とは言え、是はどうしても駄目、というものも亦存在するでしょう。幾ら思想の自
由といっても、殺人、恐喝、暴行、窃盗、強姦等を許してしまっては、世の幸福は
保てなくなります。
其処までではなくても、例えば沖浦殿に若しお子さんがいらっしゃれば、お子さん
に対して教育をする事になるかと思われますが、「あれこれとややくは言わない、
自分の好きなように生きなさい」という自由な教育方針を沖浦殿が喩えお持ちであ
ったとしても、どう考えても幸福になれないような方向にお子さんが行ってしまい

そうならば、きっと阻止なさろうとするのではないでしょうか。
暴力団に入ってしまったり、ドラッグに溺れたり、礼節も常識も学ばなかったり、
創価学会を誹謗したり、テロ集団に入ってしまったり…

2016/1/13  14:02

x殿


【戒壇論について】
>いや全然、違うんですが。言葉たらずですいませんね。

そうか、是は此方の早合点であった。

>法論とかでもないですが。単純に事の戒壇についての定義と
いうことに対しての正解という事で日寛上人 依義判文抄を
引用させて頂いて、こうおおせですよというそれだけの話
ですが。

法論でさえなかったのか。申し訳ない。
これからは、きちんと何らかの主張が明示されていた場合にのみ、其れを認識する事としよ
う。


【血脈論について】
>事のついでに質問しますが以下の浅井会長の発言
の矛盾についてどう思いますか。何も思わないならそれは
それでいいですが。。。

上と下とでは矛盾があると思う。
というか私もどこかで此の件について自語相違と書いた。
当初は伝統的考えから、断絶などあり得ないと考えていたのであろうが、日顕上人の言動だ
とか、正信会等との裁判から、こりゃあ血脈相承を受けた筈もないな、という考えに移行し
たのだろう。私も其れで正解だと思う。信仰上、日顕上人が大聖人(の後継者)であると困
ってしまうのだ。仏法自体を疑わねばならなくなるから。

ところで、

>もし大聖人の御心に叶う正しい貫首上人が御出現になれば、そのとき、たちまちに正系門
家の血脈は蘇る

は不可能であると思われる。大聖人の御心に適おうがどうしようが、日達上人が遷化された
以上、誰も血脈を付属する事などできない。日顕上人に血脈が流れていない以上、日顕上人
が誰にどのように後継を任せようが、決して血脈は蘇らないのである。自身に流れていない
ものを誰かに付属する等と言う事はできないのだから。

2016/1/13  1:45

投稿者:mr.x☆(元顕)
マサル氏へ

大御本尊ましますところは何処も事の戒
壇であるのだから、正本堂を事の戒壇だとしても、何も問
題はない」というような事を
御主張なさりたいのだろう。

いや全然、違うんですが。言葉たらずですいませんね。法
論とかでもないですが。単純に事の戒壇についての定義と
いうことに対しての正解という事で日寛上人 依義判文抄を
引用させて頂いて、こうおおせですよというそれだけの話
ですが。事のついでに質問しますが以下の浅井会長の発言
の矛盾についてどう思いますか。何も思わないならそれは
それでいいですが。。。

戒壇の大御本尊は一日として付嘱の人の空白ということ
がない。またこの付嘱に付随して『金口の血脈』もなくな
ることはない。(中略)何代、代を重ねようとも、
また面授の儀式があろうとなかろうと、断絶もせず、色も
替わらず、伝えるように出来ているんだ。これが御本仏の
御仏智なのです。だから御相承の儀式のあるなしは、本質
的には全く問題ない。断絶などはあり得ないのです。」
(『顕正新聞』平成5年1月5日号)

所が平成11年以降は真逆のことをいいはじめる。
「細井管長は昭和54年7月22日、入院していたフジヤマ病院
で、臨終思うようにならず急死を遂げた。貫首の立場にあ
る人が、誰もそばにいないとき、一人で急死してしまっ
た。よって御相承をすることができなかったのでありま
す。まさしく御遺命に背いたゆえに、細井管長は御相承
を『授ける』ことができず、阿部管長また御遺命違背の科
によって『受ける』ことができなかった。『授』な
く『受』なしであります。(中略) もし大聖人の御心に
叶う正しい貫首上人が御出現になれば、そのとき、たちま
ちに正系門家の血脈は蘇る。そういうことになっているの
です。

2016/1/13  0:15

(続き)
貴殿が言いたいのは上の2の意味で正本堂は事の戒壇だと言える、という事だろ
う。其れはその通りである。一切間違いはない。
然るに、正本堂についての誑惑は、正本堂を広布前であるにも関わらず「3の意味
合いで」事の戒壇だとしてしまった事にあるのだ。

宗門や学会の初期の頃(妙信講が諌暁に動き出す前)の見解は、「正本堂建築を以
てようやく事の戒壇も実現する」とか「正本堂こそ三大秘法の意義を持つ事の戒
壇」であるとか「七百年の宿願がようやく叶う」といった感じであった筈だ。
然るに若し、上の三つの中の2の意味合いでそういっていたのであれば、是はおか
しな事ではなかろうか?大御本尊は1970年に急に御頭顕され誕生した訳ではな
い。弘安二年からずっと存在している筈だ。となると、大御本尊所在の場であると
いう2の意味合いでの「事の戒壇」は、弘安二年からずっと存在してきた筈であ
り、「ようやく事の戒壇も実現する」とか「七百年の宿願」等と言うのはおかしな
話だ。亦、三大秘法抄の意義を持つ戒壇とは、「時を待つべきのみ」の戒壇であっ
て、弘安二年から此の方、ずっと存在し続けてきた2の意味合いでの「事の戒
壇」ではない。

妙信講が動き出した後結局、宗門の戒壇の定義は以下に落ち着いた。学会・池田に
押し切られた形である。即ち、
「正本堂は現時点では事の戒壇ではないが、広布の暁には事の戒壇となる建物だ」
である。つまり、正本堂建立を以て御遺命は「半分」達成された、という見解であ
る。
さて、此の宗門の「事の戒壇」の解釈にも上の2の定義をあてはめてしまうと、是
またおかしな事になる。2の意味での「事の戒壇」は、弘安二年から現時点までず
っと存在している筈である。正本堂に大御本尊を御遷座すれば正本堂は其の時点で
2の意味での「事の戒壇」である。にも関わらず「広布の暁には」とはどういう事
であろう。

宗門や学会の初期、そして最終的な「事の戒壇」の定義で問題なのは、2の意味の
事の戒壇についてではなく、3の意味での事の戒壇についてである。3の意味での
事の戒壇を正本堂だとしてしまうと、広布前なのに建ててしまった、という事にな
り御遺命違背なのだ。

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