2016/1/27

シブシブカイテル  
今日これから書くことはすでにセロリ氏が先行してお書きになっていることなので、まずはリンクを紹介しておこう。先方のブログを読めば、もはや拙ブログを読む必要はないと言ってもいいくらいである。

http://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/14204019.html
http://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/14231831.html

十二月度総幹部会の会長講演は、創価学会破折に相当の紙数を費やしている。全体の半分以上がそれなのだ。

 何という無道心、恥知らずなバカどもかと、私は思う。

これは創価学会の首脳部に対して言っているわけだ。具体的には原田稔現会長と秋谷栄之助前会長、それと誰だか知らないが創価学会の教学部の面々、これらに向かって上掲のごとく言っているわけである。

 まさしく「池田大作の本地は第六天の魔王、その使命は三大秘法の破壊にある」
 こう私は思っておりますが、みなさん、どうです。(大拍手)


当該講演でもそうだが、ここ一年ばかりは池田大作一党という表現が目立つ。しかし、わたくしにはやや違和感がある。このところの創価学会の教義改変にしても、池田氏は関与していないかもしれないのだ。氏はすでに表舞台から降りてしまったわけで、それは当然ながら健康問題を抱えているからだろう。極端な話、もはや自分の意思表示すらままならないかもしれないのだ。すると近年の創価学会の教義改変にはまったく関知していない可能性も考えられる。

それにも関わらず、池田大作一党と呼ぶ。

もちろん今もなお創価学会における精神的支柱は池田氏なのだろう。しかし、それとこれとは別の話である。わたくしは、もしかしたら創価学会の急激な教義改変に対して、マレには内部の創価学会員の中にこそ疑問に思っている人がいるかもしれないと思う。そういう人たちならば、池田先生がそんなことをおっしゃるわけがない、これは現執行部が暴走しているだけなのだ、と考えるのではないかと思う。

もしそれが事実ならば、精神的支柱はそのとおりだとしても、むしろ執行部がそれを逆用ないし悪用して事を進めていることになるだろう。

まあ、いずれにしてもである。池田大作一党云々は構造的な意味で、何かに似ていることに気がつかないといけない。すなわち阿部日顕云々である。先日も指摘したごとく、浅井先生は前法主を悪し様に言うわりには現法主のことはほとんど言わない。これは浅井先生の頭脳が化石化していることを意味するのだ。あるいは過去の武勇伝にいつまでもしがみ付いている。別の言い方をすれば、過去の栄光にしがみ付いている、ということなのだ。

さて、創価学会破折のくだりはこれくらいにして、講演の後半に移りたい。

顕正会は御在世の信心に立ち還る

このような見出しから話が始まるわけだが、確かに流れはスムーズである。ようするにこの直前までは創価学会のことをボロクソに書いているのだ。今生には功徳を失い、臨終には悪相を現じ、後生には永遠に悪道に堕する、云々と。ようは創価学会の信心がどれほど狂っているか、もはや創価学会では成仏などできっこない、ということを説明した上で、一方の顕正会がどれほど清らかで正しい信心を貫いているかを述べるわけである。

お経机のこと

過去帳のこと

自宅拠点について


そして具体的な方針としてご覧の三項目のことが述べられている。

 経机は急いで調える必要はありません。状況に応じて、徐々に形を整えていったらいいと思います。

これは当たり前の話である。昨日も書いたが顕正会の入信勤行はハードルが低い。これがウリと言ってもいいだろう。ゆえに入信早々に経机を用意しないといけないとなれば、誰もが入信を躊躇するだろう。過去帳についても同様であり、ゆえに先生も「これも急ぐ必要はありません」と言っている。問題は自宅拠点である。

 次に自宅拠点について申します。
 自宅拠点はこれまで、どの組織の人でも利用できるようにと、公開を申し出てくれる人が多くありました。これはたいへん有難いことでした。
 しかし有難いと同時に、なかなか大へんなことでもある。
 そこで、今後の自宅拠点においては、すべてを非公開といたします。そして願主がもし班長ならば、その班の弘通活動においてのみ、その拠点を活用することを原則といたします。
 したがって、御本尊の下附は事実上、願主個人への下附ということになります。


冒頭にも記したごとく、この話題はすでにセロリ氏が取り上げており、しかもその鋭い観察眼はほぼすべてが正鵠を射ているので、わたくしの書くことは重複に過ぎない。

すべて非公開・・・

願主が班長ならば・・・

願主個人への下附・・・


非公開については顕正会側の言い分もそれなりに説得力があると思う。もはや顕正会は二百万になんなんとする仏弟子の大集団なのである。毎年、数万単位の入信者がいる。自宅拠点は基本的には個人宅なのだから、そこに入信勤行のために大勢の人が殺到したら堪ったものではない。ゆえに非公開として限定的に活用したほうが拠点提供者の負担が少なくて済む。

しかし、その場合は必然的に拠点の数を増やさないといけない。ゆえに今回、拠点の有資格者を班長まで下げたのだろう。昨日も触れたように、今までは副長以上だったのだ。

ところがである。

セロリ氏の情報によれば、組長にもかかわらず自宅拠点の申請を勧められた人がいるらしいのだ。これはこれは・・・

そして願主がもし班長ならば・・・

シツコイようだが、再掲した。なるほど、よく読めば会長講演では必ずしも班長以上にその資格があるとかないとか、そういう意味のことはまるで言っていないのである。そして願主個人への下附ということをわざわざ謳っている。

すなわち役職は関係ないということだ。その本人に御本尊を頂戴したいという明確な意思があれば、それでいいのだろう。

事実上、全幹部への御本尊下附かも!

やがては全顕正会員に御本尊下附か?


セロリ氏のブログから拾ってきたわけだが、実に鋭い観察眼である。というか、もしかしたら誰が読んでもそのように読める。ようは顕正会側の意図はバレバレということかもしれない。

御本尊下附の大精神

この段では日興上人の御指南を引いて御本尊下附の厳格さを説いている。しかし、どうだろう。それはいちおうのポーズであって、いわば建て前であって、本音は違うのではないかと思う。いや、本音がどうであれ、もはやキレイごとを言っていたら弘通は進まないので、否が応でも御本尊下附の資格を緩めざるを得ない状況なのかもしれない。

それにしてもである。いわゆるニセ本尊の害毒という点は法華講の諸氏にお任せするにしても、わたくしに言わせれば遥拝勤行の大精神と御本尊下附の大精神が相矛盾するように思えて仕方がないのである。シツコイようだが、再掲しよう。

顕正会は御在世の信心に立ち還る

この大段には次の小見出しが並んでいる。

恋慕渇仰
 いよいよ強まる

遥拝勤行の大精神

お経机のこと

過去帳のこと

自宅拠点について

御本尊下附の大精神


途中に自宅拠点が挟まれているので、誤魔化されてしまうのだ。すでに説明したごとく、実質的には個人授与なのである。しかも全幹部ないし全会員への下附という方向性が見え隠れしている。となれば、もはや遥拝勤行の大精神など、不必要になってしまう。

ところでセロリ氏のブログを拝見すると、過去にも経机の推進が行なわれていたことがわかる。平成八年だ。確かこの時には過去帳のことも話に出ていたが、これは多くの人が必要になった時に詳しく説明しよう、というような意味のことを言って説明を省いたのだと思う。また、いわゆる自宅拠点の拡大ということも、この頃だろうか、あるいは平成十一年の本部指導会の時だろうか、言及していたはずである。

平成八年は宗教法人を取得した年である。独立教団路線を歩み始めた年なのだ。

しかし、わたくしの記憶では経机はあまり定着しなかった。本部側で推進に力を入れていたという印象もない。これはもしかしたら当時の活動会員たちの意識として、急激な変化に対する違和感のようなものが発せられたのかもしれない、それを本部首脳が察知して取り下げたのかもしれない。

気がつけば、あれから二十年である。

結局、いつどのタイミングでやろうが、批判が出るのは同じことである。法華講の諸氏も目を光らせているし、わたくしも同様である。そして内部においても口には出さないまでも、違うんではないか、というような思いを懐く人が出てくることは避けられない。

とりあえず、遥拝勤行の大精神を言いたいのであれば、全幹部ないし全会員への本尊下附という方向性は取り下げるべきだろう。

2016/3/8  18:06

(続き)

>これには、私も拍子抜けしてしまいました。
>因みに、日蓮正宗において、破折・配布用の大百法号外が発刊されたのが11月21日
号。
>「負けてはならじ!遅れてはならじ!」といつも修羅っ気ムンムンの浅井会長が、今回
の「学会員を救う絶好のチャンス」に当って、すぐに会員に対し掛け声を発しないという
のは、非常に異様であり存外なことです。
>このレスポンスの悪さです。
>あぁ、いよいよ浅井会長もタガが緩んできたな。
>と思う次第です。
(引用ここまで)

然るに私はその時、浅井会長がこの事を見過ごす筈も無い、と思った。余程、宗旨替えで
もしたり、認知症にでもなったのでない限り、まさかこの侭、大きく触れず仕舞い等とい
う事は断じてないだろうと。浅井会長はまだまだ元気であり、顕正会も壊滅した訳でもな
い。となると、「このこと、詳しくは後日説明いたします」はどうなるのかと言えば、私
はむしろ是は、嵐の前の静けさのように思えたのである。

そして、果たせるかな、顕正会は創価首脳部への攻撃と、学会員を救済せんとする運動
を、会をあげて行い始めたのである。このところ、話題はと言えば殆ど是である。「詳し
くは後日…」とは、とても簡単に説明しおおせる事ではなかった、という事なのだろう。

2016/3/8  18:04

>何という無道心、恥知らずなバカどもかと、私は思う。

>これは創価学会の首脳部に対して言っているわけだ。具体的には原田稔現会長と秋谷栄
之助前会長、それと誰だか知らないが創価学会の教学部の面々、これらに向かって上掲の
ごとく言っているわけである。

昨年の暮れ、以下のような記事を見た。
文面からするに、元顕正会員の恐らく法華講の人の掲示板だと思われる。
創価が会則変更で「弘安二年の御本尊は受持の対象とはいたしません」とした事に就いて
のものである。

http://yorori1130.blog.fc2.com/blog-entry-166.html

>浅井会長も常日頃から「八百万学会員を救いたい」と公言している以上、みすみすこの
機会を逃すはずがありません。

(中略)

>ですから、11月度総幹部会の席でどのような発表があるのかと、期待していた会員さん
も少なくなかったはずなのです。
>しかし…
1>9日間の猶予を経、満を持していよいよと期待が集まった11月度総幹部会において、浅
井会長はそのことについてほとんど触れなかったのです。
>顕正新聞12月5日号でいえば、短い段落でたったの4行だけ。

>「学会は今回、改めて戒壇の大御本尊様を否定するに至った。完全に第六天の魔王にた
ぶらかされてしまったのです。このこと、詳しくは後日説明いたします。」

2016/1/31  19:30

沖浦殿 

シツコイようで恐縮ですが、どうしても気になるので質問させてください。

>私共は以前は戒壇本尊本懐を堅く信じ、日蓮正宗の法主に大聖人の血脈が流れ、
僧を敬っておりました。
そのころ多くの創価学会員は御本尊に祈り戦い素晴らしい功徳を出していました。
 だからこそ拡大したのです。

>今は私どもは,戒壇本尊本懐は嘘と見破り、日蓮正宗は邪宗門であると看破し同
じく御本尊に祈り戦い、素晴らしい功徳を出し続けております。
上の部分に、何かおかしなものは感じませんでしょうか?私には奇妙に思えて仕方
有りません。

つまりは、沖浦殿は沖浦殿からみて偽板本尊を中核とする「邪宗門」であった正宗
を「堅く信じ」た結果、「素晴らしい功徳を出して」いた、と仰られているのと同
義です。邪宗を深く信じると素晴しい功徳が出る…?是では相当、頭破七分の説で
あると申し上げねばならないでしょう。
例えば、「私は名医から戴いた良薬によって難病を克服しました。後に其の医者は
無免許且つ藪医者である事が判り、良薬どころか毒薬である事とが判り通院しなく
なりましたが、難病を克服できた事はありがたい事です」というのが相当不可思議
な話であるように。通常、毒薬を飲んでいたのならば良くなるどころか死んでしま
いますし、逆に難病が完治したのであれば、其れは良薬であるのです。

2016/1/31  19:17

会員殿 こんばんは

>自分の体験から言うと、入信勤行の時に何か凄い本尊と経文なのだろうと、信じ
て勤行したら初心の功徳を沢山いただいたので、本尊や経文の意味が分からなくて
も信じて唱えれば大丈夫だと思います。

まあ、そういうものなのかも知れませんね。昔の知識階級(武家等)は漢文を読め
たので意味は分かっていたでしょうが、意味が分からなくては成仏できないとまで
は大聖人は書かれていないですからね。

>在世の本尊授与まで至らなかった信徒さんは、この法華経(三大秘法)の話を聞い
て歓喜する事で五十転々の大功徳ならば、御本尊様にお会いしなくても、折伏を縁
として歓喜し唱えて成仏されたとゆう事でしょうか。

多分、そんなところではないかと思われます。法華経には少なくともそう書いてあ
ります。

>僕には想像話しか出来ません…

私にも、どこまでも想像話しかできません…

2016/1/31  19:05

沖浦殿 続きです

>戒壇本尊でなければ!

まあ、秘蔵されていたくらいですから、信受の対象は大御本尊でなくてもよかった
筈です。内部構造は大御本尊が根本であっても、知らなくても大丈夫であった…

>国立戒壇が!!

是も、知らなくても別に問題はなかったでしょう。「勅宣並びに御教書を申し下し
」「王法仏法に冥じ、仏法王法に合し」等と戒壇の詳細が書かれた三大秘法抄は其
の名の通り「秘して他見有る可からず口外も詮無し」と秘密にされていた訳ですか
ら。
とはいえ、トップが御遺命(戒壇義)を曲げてしまうような組織についていると、
次第に悪に与同し染まって行き、最終的には謗法の徒となってしまうのではないで
しょうか。
まあ、顕本法華宗の僧侶に国立戒壇の話をしたら、「そもそも三大秘法抄は御真筆
が残っていないし」と返されてしまいましたが…

>僧侶に葬儀して頂かないと。
>塔婆立てないと。

これらは少なくとも御書にはないですね。信徒の臨終は大聖人は常に手紙で知って
いますし、だからといってご私が争議の為に赴こうとか、誰かを派遣しよう、とい
う話にはなっていません。「臨終の最後まで、御題目を唱えていた?では、成仏間
違いなしでしょう」といったご返事をなされるだけです。
塔婆についても、御題目を書く事の功徳をお示しになる記述はあっても、塔婆を立
てねば地獄といった記述は皆無です。第一、法華経の中にも塔婆(仏塔)立ては必
要条件だとは書かれていません。

>血脈の無い偽本尊だから・・・

この件は難しいですね。ただ、宗門には「開眼がないから偽本尊」なのか、「血脈
がない(法主の許可を得ていない)から偽本尊」なのか、どちらか論拠をはっきり
して欲しいものです。仮に後者が成立するのであれば、開眼云々の話は全く不要と
いう事になります。

>こういう風にややこしくしているアホがいるだけですよ。

若し、上の事々に非がないのであれば、これ等を以て御題目の受持者を口を極めて
非難するのであれば、其の行為は「純朴なる法華の行者を謗った」という事になっ
て、破邪顕正どころか大罪を犯している、という事になりますね。

2016/1/31  18:54

沖浦殿 こんばんは 横から失礼します

>御本尊は充分条件で、絶対条件ではないのです。

まあ、そのように考えれば、大聖人御在世の時代、及び大石寺上代に於いて、御本
尊下付がそんなに大々的に行われなかった上に、大御本尊の存在は宗内でも秘され
ていた事の説明はつきますね。
若し必要条件だとしてしまえば、御本尊下付もされず、大御本尊を知らされず(故
に遥拝勤行もせず)、ただ一心に御題目を唱えていた信徒等は、功徳も一切なく、
成仏もしなかった、という事になってしまいましょう。

>大聖人御自身が悟られた時御本尊はございません。

大聖人は一切衆生とはまた別なんじゃないでしょうかね。一切衆生にはできない事
をなさるのが御仏なのでしょうから。外用としても釈尊から付嘱を受けた上行菩薩
の垂迹なのですから、やはり特別の存在なのでしょう。

2016/1/31  17:45

投稿者:会員
沖浦さん こんばんは

とりあえず戒壇本尊本懐論は置いといて、もしかしたら、日寛上人は戒壇本尊を中心にして、教学をまとめて統一した部分もあるのかも知れませんね。

教学が乱雑になるよりは、一つにまとめた方が信徒には分かりやすくて信心が定まり、力が出やすいです。

人間は迷いがあって心が2つあると力が出ない?様な御金言があった様に思いますが、忘れてしまいました…

2016/1/31  14:57

投稿者:沖浦克治
 会員さん、今日は。

 三大秘法何て知らなくて全く問題ございません。
 南無妙法蓮華経と唱えるだけで良いのです。
 御書にかいてあります。

 『問う其の義を知らざる人唯南無妙法蓮華経と唱うるに解義の功徳を具するや否や、答う小児乳を含むに其の味を知らざれども自然に身を益す耆婆が妙薬誰か弁えて之を服せん水心無けれども火を消し火物を焼く豈覚有らんや』
 (四信五品抄)

 題目を広められたご本人が仰せなんです。
 それを、

 戒壇本尊でなければ!
 国立戒壇が!!
 僧侶に葬儀して頂かないと。
 塔婆立てないと。
 血脈の無い偽本尊だから・・・

 こういう風にややこしくしているアホがいるだけですよ。

2016/1/31  10:33

投稿者:会員
勝さん 沖浦さん
おはようございます。

自分の体験から言うと、入信勤行の時に何か凄い本尊と経文なのだろうと、信じて勤行したら初心の功徳を沢山いただいたので、本尊や経文の意味が分からなくても信じて唱えれば大丈夫だと思います。

この点は、顕正会の一念信解の指導方針には納得いたします。

在世の本尊授与まで至らなかった信徒さんは、この法華経(三大秘法)の話を聞いて歓喜する事で五十転々の大功徳ならば、御本尊様にお会いしなくても、折伏を縁として歓喜し唱えて成仏されたとゆう事でしょうか。

僕には想像話しか出来ません…

2016/1/31  5:38

投稿者:沖浦克治
会員さん、おはようございます。

 御本尊は充分条件で、絶対条件ではないのです。
 大聖人御自身が悟られた時御本尊はございません。

 図顕なされたご本人からしてそうなのです。
 御本尊原理主義は大聖人の思想にはございません。

 あれは寛師が唱えた邪義に過ぎませんね。

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