2016/2/24

ウンザリシナガラ  
顕正新聞第1367号から話題を拾いたい。ともかくネタは無尽蔵にある。とは言え、基本的には再三再四にわたって指摘し続けていることの繰り返しである。

「南東北大会」ビデオ放映 全国で開催

第一面のトップ記事は日興上人会の報道である。優先順位からしても当然だ。そして左隣に上掲の記事が載せられている。

しかし、昨年の十一月に行なわれた集会のビデオを今頃になって視聴するのもどうかと思うのだが、顕正会の本部首脳はそれでいいと思っているのだろうか? あるいは仕方がないと思っているのだろうか?
広宣流布の最終段階だと言い、残された時間は少ないと言い、だから戦いのテンポを上げなければいけないなどと言いながら、このノンビリとした行事日程はいったい何なのだろうか?
あるいはこれが昭和の時代ならば、それでよかったのかもしれない。今は平成であり、かつまた二十一世紀という新時代でもあるのだ。

何しろインターネットを使った、いわゆる生配信が可能な時代である。

現に顕正会でも、日曜勤行や班長会などで、そうした技術を利用して同時中継のようなことをやっているわけだろう。これを思えば、数か月遅れでビデオ放映を行なうことがいかに時代遅れかがわかるはずだ。

それもこれも浅井先生の責任である。先生が御書講義をやらなくなったことが影響しているのだ。

それはさておき、話を進めよう。当該号は班長会特集号であり、ぜんぶで二十四本だろうか、登壇記事のオンパレードである。いつものことがらウンザリだ。

正系門家にただお一人、大聖人の御心のままに立たれる浅井先生がおられたことは、まことに不思議であり、大聖人様が先生を召し出だされ、広布最終段階の御化導をあそばされている・・・

副総男子部長である。浅井先生が仏法上どれほど凄い人物であるかを言っているわけなのだろう。

いま我らは先生の弟子なればこそ、大聖人の末弟との立場を許されることに・・・

文面には記されていないけれども、法華講員だとか創価学会員は大聖人の末弟ではないと言っているようにも聞こえるところである。さしずめ創価学会員は第六天の眷属となりそうだが、しかし、法華講員はどうなるのか?

副総男子部長の発言には唯授一人の血脈相承を否定する意図があるのかもしれない。

「二月達成」の心意気で・・・

総合女子部長の発言である。今回の折伏法戦は四月末が締め切りである。正確には四月の何日なのか知らないが、四月下旬に締め切りが設定されているのは間違いないはずである。それを彼女は二月中に達成してしまおうと言っているのだ。無謀である。いや、もちろん、その心意気で頑張りましょうという意味なのだろうけれども、それにしてもどうかと思う。

ようするに大幹部と最前線で戦う活動会員たちの温度差みたいなものだ。

総合部長はハッパを掛けるだけだからいいわよね、アタシ達は現場で成果を上げないといけないんだもの、不公平ったらありゃしない。

まあ、しかし、ここでもう一つだけ余計なことを言っておこう。浅井家にゆかりのある人たちは別であるが、その他の大幹部たちは実力で伸し上がってきたのである。ゆえに現場の苦労をよく知っている。かつまた今現在、自分自身が置かれている立場にしても、絶対的に安泰というわけではない。失脚する可能性が十二分にあるのだ。その意味では同情を禁じ得ないのである。

次に紹介する女子部総務もかなりの実力者である。

この人は池田姓ゆえに長いこと日の目を見なかった。あるいは阿部姓の人も肩身が狭い。何しろ年がら年中、池田大作がどうの阿部日顕がこうのと言っている組織なのである。それが顕正会なのだ。ゆえに同じ姓の人は肩身が狭い。まあ、実際のところは、本人ないし周囲がどのように思っているか不明であるが、何となく妙な具合であることは読者にもご了解いただける話だと思う。

しかし、彼女はその悪習を打破し、今では女子部の重鎮として揺るぎない存在感を示しているのである。素晴らしいの一語だ。

近畿大会に備えて、佐野総合女子部長が二箇部長を兼任するとの異例の体制・・・

これは先日も紹介した人事の話である。ああ、やはりわたくしの言っているとおりだった。総合女子部長が地方部長を兼任するのは異例の体制なのである。女子部の重鎮が言っているのだから間違いない。

 されば一八〇万法城を事実と成す本年の初陣に・・・

同じく重鎮の発言であるが、これも先日来の話題である。つまり、先生は百八十万をやれとは言っていない、限りなく近づきたいと言っているのである。にもかかわらず、大幹部たちはやる気でいるのだ。先生の言うことを聞かない連中だ。

例えば婦人部総務も次のように言っている。

国難三年の初陣に一八〇万を成し遂げ・・・

もちろん、先生の言うことを聞かない連中というのは言葉のアヤであって、むしろ前向きな意味で言えば、先生の言うことをよく聞いていることになるのだろう。

未だお目にかかったことのない本門戒壇の大御本尊を恋慕渇仰申し上げ・・・

婦人部総務という大幹部であっても大御本尊を拝したことがない、いわんやそれ以下をや、というのが今の顕正会の実態である。ならば早く宗門復帰を実現すべきである。

ところが彼女の発想は違うのである。

本門戒壇の大御本尊が広宣流布の暁の国立戒壇にお出ましになり、日本一同に大御本尊様を信じて南無妙法蓮華経と唱える日もあとわずかと思うと・・・

本当にそう思っているのだろうか? あとわずか? 具体的にはどれくらい?

広宣流布近しの理由として、一つには客観情勢が云々という話がある。例えば世界の火薬庫の話だ。第二十五婦人部長が次のように言っている。

 されば国難三年、世界中が火薬庫となる前代未聞の大闘諍の前夜・・・

過日の総幹部会で先生は世界の火薬庫というフレーズを三連発した。だったら世界中が火薬庫みたいじゃないかとわたくしは指摘した。これに誰かがコメントを寄せていたけれども、すでに顕正会の内部でも同様のことを言っていたのである。

いずれにしても、この先に広宣流布が待っている。ようするに前代未聞の大闘諍を経て、そこで広宣流布が実現するというのが、顕正会の描くシナリオなのである。

まあ、しかし、ずいぶん前にも指摘したが、客観情勢に左右されるようではいかにも他力本願的である。これでは無理だろう。

 そして毎年、石畳上で戒壇の大御本尊様を遥拝申し上げる先生の尊いお姿が重なり・・・

同じく第二十五婦人部長の発言であるが、あれまあ、という感じである。まだ、そんなことを言っているのか、と思う。

しかも、先生の尊いお姿が重なり、というのがやや意味不明である。いったい何と重なるのか、前後の文脈からは読み取れない。強いて言えば、こういうことだろう。今眼前に居られる浅井先生すなわち総幹部会の壇上に居られる浅井先生の姿を見ている瞬間に、ふと石畳上に座して戒壇の大御本尊を遥拝している浅井先生の姿が思い浮かんできたと。おそらくはこんな感じだと思う。

いずれにしても、つまりはいつものパターンであるところの、大聖人ないし日目上人の御姿と先生のお姿が重なるという話と、今回の話とではやや趣きが異なるものの、結局は同じようなものである。何しろ、尊いお姿なのだから・・・

さて、少し方向性を変えよう。

小沼男子部総務の下、必ずや全員で部を結成して頂いた有難さを色に顕わしてまいります。

 さればこの初陣、第五男子部一同は三月中の誓願達成を以て・・・

上が第二十五男子部長で、下が第五男子部長である。わたくしは個人名を極力書かないようにしているが、今回はあえて書くことにした。そのほうが事実関係をわかりやすく伝えることが出来るはずである。

ようするにこの小沼総務というのが前第五男子部長である。一月度の人事で第五男子部長が交代となった。ネット上では前任者の小沼氏の消息が取り沙汰された。拙ブログのコメント欄にも小沼氏が本部から消えたという意味の情報が寄せられた。

しかし、事実は上掲のごとくである。

つまり、小沼総務は第五・第二十五男子部を統括する、いわば男子部の大幹部なのである。ゆえに第二十五部長は小沼総務の下とハッキリと書き、現第五部長は小沼氏のことは云々しないものの、三月中の誓願達成をぶち上げるほどの意気軒高さを見せているのである。これらを統括するのが小沼氏なのだ。

以上、ガセ情報を書き込んだ人には、ぜひとも反省していただきたいものである。

と言いつつ、余計なことを書くと、上掲はあくまで一月末の段階の話である。ゆえにその後の消息はわからない。例えば女子部では総合女子部長が二箇部を兼任する異例の事態を迎えている。これに比して男子部はずいぶん余裕があるではないか、しかし、それは本当だろうか、というような疑問が残るのは事実だろう。この意味で行くと、いわゆるフェイドアウト戦術なのかもしれない。大幹部がいきなり居なくなると組織に影響が出る。ゆえに話し合いの結果としてそのような措置を取った可能性もある。

まあ、しかし、こういう憶測で物を書くのはよくないことだ。そこでまた少し話題を変えよう。第十八男子部長の記事には次のようなくだりがある。

 かつて妙信講解散処分の時「浅井は猊下に背く大謗法者」と目を瞋らし歯を剥いて罵った学会員・・・

この人はけっこう古い。ゆえに上掲のような経験を実際に味わっているのだろう。かく言うわたくしも経験者だ。

ところで、今の創価学会員たちが上掲にどのような感想を懐くのか、ひじょうに興味深いところである。浅井は猊下に背く大謗法者? だったら池田先生も大謗法者になっちゃうなあ、あれ、変だなあ?

もうかなりの時間が経過しているので、当時から創価学会員だったという人にしても、おそらくは記憶が薄まってしまって、さらにはいろいろな意味で上書きが行なわれてしまって、何だかわけがわからなくなっているに違いない。

しかし、話は簡単だ。

当時、すなわち昭和五十年前後にはまだ古参の創価学会員がたくさんいた。昭和二十年代ないし三十年代に入信した人たちがたくさんいたのである。また、その頃の文献も残っていた。会員たちが所持していたのである。そこには国立戒壇建立を高らかに謳う文章があった。

ゆえに妙信講員から国立戒壇のことを言われると反論できなくなるのである。

そこで唯一の反論が上掲だった。

猊下様が正本堂をお認めになられたのである。その猊下様の仰せに背くとは何事か。だから妙信講は破門になったのだ。破門された団体が何を言うか。うるさい。もう帰れ。二度と来るな。浅井は猊下様に背く大謗法者だ。オマエはその眷属なのだ。つまりはオマエも大謗法者なのだ。

今は当てずっぽうに書いたので正確ではないが、まあ、おおむねこんなようなことを言っていたのである。あるいは、血脈の切れた団体に功徳はない、などとも言っていた。そう、創価学会員が言っていたのである。今では信じられないような話だ。

目を瞋らし歯を剥いて・・・

再掲である。これはさすがに誇張表現かと思ったが、あるいはけっこう核心に迫っているのかもしれない。人が反論不能に陥った時の一つのリアクションとして、なるほど、彷彿としてくる話である。

いずれにしても昔話だ。当時の話をするにしても、今ならばもっと冷静にさまざまの角度から検証することが可能だろう。拙ブログがその一助となるならば、幸甚である。

2016/3/3  23:51

へな殿 今晩は

>顕正会にも一大秘法の言葉はありますよ。
【折伏理論解説書 日蓮大聖人の仏法 改訂版 124頁 三大秘法開合の相】
>ただ、顕正会ではほとんど聞く事が無いので知名度は低いと思います。

情報提供ありがとうございます。
いやああったんですね。しかも、んっ?殿が引用してくれたので、御書にもある事
が判りました。

私は「秘法」というと三大秘法しか知りませんでした。一大秘法とは三つの内の一
つだけ取り出して、他の二つは飾りみたいなもの、という考えではなくて、一つか
ら三つが出てくるという意味だったのですね。

>ですが過去には登用試験にも出てました。(7〜8年程前と思います)

出てましたっけ?言い訳がましいのですが、十年以上前の事なので、当方、一大秘
法どころか、何がどのように出ていたのかさえ、さっぱり記憶になくて、真っ白状
態です。どう勉強したのかさえ忘却の彼方ですが、会館への車中で先輩(副長)を
質問責めにしたのは覚えています。いや別に、試験の為に質問していたのではなく
、判らない部分、不明な部分があると解明したくなって仕方の無い性分なので…。
「南西に向かってお題目を唱えているだけ」などでは全然、納得できないというか
面白みがなかったので、宇宙についてとか、生命はどこへ行くかとか、迹仏は亦地
球に現れるかとか、色々と聞きました。大変、その節はお世話になりました。そう
した事が結果的に試験にも役立ったという事です…が、肝心の試験内容が思い出せ
ません(汗

特に、一大秘法という言葉は、どうしても聞いた覚えがないような…。そういえば
、当方、六義というのもつい最近知りました。

2016/3/3  22:59

沖浦殿 続きです

とはいえ、人の思想は変わるものです。日々の活動の内に疑問が蓄積され…、或い
は今まで知らなかった顕正会の裏情報(本尊複製など)を知って、会や会長への不
信感が生じてしまったのならば、それは仕方の無い事です。その人に誘われて顕正
会に入った人も居るでしょうが、その人達も最終的には自分の意思で入ったのです
。誰のせいでもありません。むしろその人達は、その辞めて行った幹部、宗門へ所
替えした幹部のお陰で信心できるようになり、現在それで満足なのですから、何も
問題ないのです。
例えば、私にインドの紅茶であるチャイを紹介してくれた人が居たとします。「と
てもおいしいから、是非飲んでみて」と。私は言われるが侭飲んでみて、こりゃお
いしい、と、それ以来チャイが好きになって飲み続けたとしましょう。或る時、私
にチャイを紹介してくれた人が「今はチャイが嫌いになった。コーヒーの方がうま
い」と言ったとしても、私は裏切り者、とその人を憎んだりしません。今では私の
方がチャイ好きになってしまったけども、何はともあれ、チャイを紹介してくれて
ありがとう、と思う事でしょう。私にとってチャイがおいしければ、それで良いの
です。

まあ、いずれにせよ誰を紹介しようが、誘おうが断ろうが、宗教をやめようが、変
えようが、全て、個々人の判断に任されるべきだと思います。沖浦殿も「信教の自
由が大事」と仰っていたではありませんか。

2016/3/3  22:58

沖浦殿 今晩は

>一旦転宗したなら、もう動かないことが道理です。
>コロコロ宗派を変えることは良くないですね。

まあ、確かに節操のない感じはしますよね。
変えるにしても、その理由次第かな、と私は思います。
或るキリスト教徒が長年、キリスト教徒として熱心に活動していたとして、或る時
、聖書の根本的な矛盾に気が付いて、この教えは間違っている、と確信したのであ
れば、それは仕方ないかな、と思います。

>以前、ワダッチさんと言う方が創価学会から法華講へ行かれ、創価学会を激しく
攻撃されていて、私もよくやり合いました。

>ある時、その方が法華講を辞めたいと書かれました。
 
まあそれは、え?ってなりますよね。今まで散々宗門側の論客?として創価を批判
しやり合っていたのであれば…。まあ、でもそれも理由次第かなって思います。

>それは人の道に外れます。
>貴方が法華講に誘った方もおられるでしょう。
>その貴方が辞めることはその方々への裏切り行為です。

まあ裏切りにも見えなくもないですね。最初に創価を裏切り、次に法華講を裏切り
…。顕正会からも沢山出ていますよ。前は恐らく顕正会で熱心に活動し、他は間違
っている、顕正会、浅井先生こそ唯一正しいとしていた幹部が、宗門に移って、今
度は口を極めて顕正会批判をする…。なんだかなあ、と思います。とくにその人に
折伏され入信した顕正会員は尚更でしょう。

2016/3/3  22:39

んっ?殿 続きです

>「大覚世尊仏眼を以つて末法を鑒知し
 此の逆謗の二罪を対治せしめんが為に
 一大秘法を留め置きたもう」(曾谷入道殿許御書)

>此の一大秘法の「体」が「戒壇様」であるというのが
>石山の教義でしょう?
>そこから外れるのしょうか?

いや、そういう事はありません。以前、以下のようにコメントしました通り、三大
秘法は大御本尊に納まり、逆に大御本尊を開けば、他の二大秘法も現れるという教
義です。

http://white.ap.teacup.com/ganko/2206.html?b=40#comment
2016/2/29 22:52

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
因みに、この件についての顕正会の考えもご紹介したいと思います(会員ですから
当然ですね)。顕正会では、三大秘法の中心は大御本尊であると解きます。大御本
尊を中心に、大御本尊のおわす場所が戒壇であり、大御本尊で顕されたものを唱え
るのがお題目、という事になります。
是は無論、六巻抄にてそのように説かれているからです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

2016/3/3  22:37

んっ?殿 今晩は

>本門の題目かどうかという以前に、そもそも顕正会には、
>「一大秘法」という言葉はありません。
→えっ? さすがに此れは間違いでは?

そうみたいですね。どうもお騒がせしました。
私は不勉強にして聞いた事がなかったのですが、一大秘法という言い方はしっかり
存在していたのですね。

>であれば,何故「遥拝勤行」をするのですか?

遥拝勤行は三大秘法論のみで十分に成立しますから、特に関係ないかと思われます

当方の大意は、三大秘法の内のどれかだけあれば良くて、残りはオマケみたなもの
だから、あってもなくても大丈夫だ、という考えは顕正会にはない、という事でし
た。大御本尊さえ遥拝していれば唱え方は何でも大丈夫とか、お題目さえあれば阿
弥陀仏に唱えても良い(或いは唱える対象は何も要らない)とか、お題目と大御本
尊さえのみが重要で、事の戒壇は気にしなくても良いとか…。
顕正会では、三大秘法のどれも非常に重視されます。

2016/3/3  0:16

投稿者:へな
横から失礼します。

勝さん

顕正会にも一大秘法の言葉はありますよ。
【折伏理論解説書 日蓮大聖人の仏法 改訂版 124頁 三大秘法開合の相】

ただ、顕正会ではほとんど聞く事が無いので知名度は低いと思います。

ですが過去には登用試験にも出てました。(7〜8年程前と思います)

その時は私も分からなかったので「どこに一大秘法って出てんだよ」と理論書の中を一生懸命探した事を記憶しています。

2016/3/2  23:49

投稿者:んっ?
>フェイスブックつながりで、私のメルアドは何千人がご存知です。

そっちかよ? 自ら「分母」増やして如何する?ww
結局,「何千分の壱」にしか買って貰ってないって事だね?ww

>それとね、ザオバさんはリサイクルショップではないのですよ。
>従業員を100人近くお持ちの器具製造メーカです。

そっちかよ? ますます無関係な此処をチェックするような暇人ではないという事だよね?ww

>少し正しい認識力を養いなさい。

あのね? 私は会社の規模の話は一切していないww
中古品を買い取り修理を施して販売する会社を「リサイクルショップ」と世間ではいうのですよ?
少し正しい「にほんご」と「読解力」を身に付けなさい。

>頑張るんですよ。

頑張らなくて良いですよ?ww

2016/3/2  17:50

投稿者:沖浦克治
勝さん。

 私は法華講へ行ったお方に創価学会へ戻って頂きたいと思わないのです。

 一旦転宗したなら、もう動かないことが道理です。
 コロコロ宗派を変えることは良くないですね。

 以前、ワダッチさんと言う方が創価学会から法華講へ行かれ、創価学会を激しく攻撃されていて、私もよくやり合いました。

 ある時、その方が法華講を辞めたいと書かれました。
 私は即時書きました。

 それは人の道に外れます。
 貴方が法華講に誘った方もおられるでしょう。
 その貴方が辞めることはその方々への裏切り行為です。
 人の道に外れますよ。

 今の今もその気持ちは変わりませんね。

2016/3/2  17:50

投稿者:沖浦克治
勝さん。

 私は法華講へ行ったお方に創価学会へ戻って頂きたいと思わないのです。

 一旦転宗したなら、もう動かないことが道理です。
 コロコロ宗派を変えることは良くないですね。

 以前、ワダッチさんと言う方が創価学会から法華講へ行かれ、創価学会を激しく攻撃されていて、私もよくやり合いました。

 ある時、その方が法華講を辞めたいと書かれました。
 私は即時書きました。

 それは人の道に外れます。
 貴方が法華講に誘った方もおられるでしょう。
 その貴方が辞めることはその方々への裏切り行為です。
 人の道に外れますよ。

 今の今もその気持ちは変わりませんね。

2016/3/2  15:38

沖浦殿

>>ならば人生掛けて法華講でお世話頂いたお方を説得するのが筋です。

の件について、説明不足であったかも知れないので追記いたします。
私が言いたかったのは、世話になった人を説得する事は重要であっても、説得が成功しな
い場合もあります。そういう場合、「世話人になった人の許可を得なければならない」と
は当方は考えない、という事です。説得してもどうしても応じてくれないならば、それは
どうしようもない事でしょう。誰しもが独立した一個人です。誰の許可を得ずとも創価に
行きたい人は行けばいいし、どんなに説得されようが宗門に残りたい人は残れば良い。

例えば顕正会ならば、どんな人であっても受け入れますよ(無論、細かく言えば規定があ
りますが)。本人が顕正会に移りたいと言うのであれば本人の意志が一番重要です。「世
話になった人」の奴隷になるべきではありません。

がしかし、その件で沖浦殿が「創価に戻りたい」と言った例の人の為に仲介の労をとらな
かった事を批判している訳ではありません。どうしても創価に戻りたいのであれば、沖浦
殿の仲介云々ではなく、自ら創価に赴いて入会を申し出ればよかったでしょう。そうした
事は行わず、宗門に残ったのであれば、もうそれはその人の意志であり、その人の責任で
す。個人は独立した存在ですので、本来、仲介は要らない筈です。

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