2016/5/16

定点観測によって見えてくるもの  
沖浦氏にはそれなりの考えがあって投稿しているのだろうけれども、次のような文章の中に本質的問題があらわれているのだと思う。

宗門が創価学会の儀典部となり・・・

本来ならば宗門が上位概念のはずである。それがどうしたことか、いつの間にか立場が逆転している。上掲の言い様では、宗門は創価学会傘下の組織と見なされてしまうだろう。その傲岸さがすべての元凶である。そりゃそうだろう。自分が相手の立場だったらどう思うか、それを考えればよくわかることだ。しかし、傲岸な人間はそこになかなか気がつかない。困ったものである。

公正証書を組んで、確定日付で保全すれば・・・

これはマイケル氏のコメントであるが、ずいぶん専門的なことをおっしゃるものである。わたくしにはさっぱりわからないので、可能ならばもう少し噛み砕いて説明していただきたいものである。

さて、勝氏からは顕正新聞とビデオ放映の差異について貴重な証言をたまわった。

結論としては、そっくりそのままではなかった、ということのようだ。問題はそれが許容範囲なのか、それとも度を越したいわば改竄なのかであるが、氏はそれほど目くじらを立てるような問題ではないと考えているようである。

これについて、わたくしが現時点で言えることはあまりない。

ビデオを自ら視聴したわけではないので、何とも言えないということだ。せめてそのテープ起こしのようなものがあれば話は別だが、そうした材料もないので、今の段階では是とも非とも言うべきではないだろう。引き続き、詳細な情報をたまわれればと思う。

それにしても、随分と細かい部分にお気づきになったものだ。

これはお互いさまであって、わたくしはわたくしで勝氏の視点・着眼点を大いに参考にさせてもらっているのだ。戒壇論その他、勝氏から学ぶことは少なくない。単に教科書をなぞるだけの教学ではなく、自分なりの見解を持っている人はすでにしてそれだけで魅力的である。

そうそう、少し話が飛躍するけれども、瑠璃堂氏が新しいブログを立ち上げた。

顕正会ノスタルジア

どうやらコンセプトは、過去の顕正新聞を検証するというか、懐かしむものらしい。まだ始まったばかりだが、今は昭和六十三年を振り返っている。

成人式 先生の慈愛に歓喜と決意

溌剌、三百余名の新成人集う


実はこういうところにもわたくしは目を光らせていて、ああ、今と違うなあ、今ならちょっと違う見出しになるはずだ、というふうに思ったりもするのである。具体的に指摘しよう。

慈愛→ご慈愛

実に細かい。しかし、さもありなん、であろう。

いつだったか、それこそ二十年以上経つはずだが、顕正新聞紙上で新春座談会という企画が行なわれたことがあった。浅井先生を中心にして、当時の錚々たる大幹部たちが語り合うのだ。しかし、語り合うというのは不正確であって、浅井先生と対等に語り合えるような人は当時においてすら存在しなかった。ゆえにその座談会の見出しというか副題には「浅井先生に聞く」と書かれていた。

話はこれからである。

実はこの新春座談会は翌年にも行なわれたのである。確かに面白かったというか、常の登壇記事とは違った趣きがあって、読者を惹き付ける意味で優れた企画だったと思う。そこでわたくしが注目したのは前年との差異である。具体的には次のごとくだ。

浅井先生に聞く→浅井先生にお聞きする

今は資料なしに記憶だけで書いているわけだが、ほぼ間違いないだろう。

拙ブログが指摘し続けてきたことの一つが会長の神格化である。いわゆる会長本仏論である。これを幹部会員たちの発言の端々から嗅ぎ取って、いくら何でも持ち上げ過ぎなんじゃないのか、ということを指摘してきたわけである。
わたくしがなぜにそこに注目したのか、あるいは注目することが出来たのかは、まさに肌感覚の問題である。ようするに最初の頃はこんな感じじゃなかったということを、肌で感じていたのである。
しかし、そうした感覚的なものは論証することが難しい。ゆえに、考え過ぎであるとか、オマエの感覚がおかしいだけだとか、そう言われてしまえばオシマイである。それをどうやって覆していくかが難しいのだ。

今回は図らずも瑠璃堂氏のお陰で、論証もしくは論証に近いことが出来たと思う。今なら十中八九が「先生のご慈愛」と書くであろうところを、当時は「先生の慈愛」と書いていた。わずかな違いではあるものの、実はこれがとてつもなく大きいことなのだ。

まあ、今日はこんなところで終わりにしておこう。

2016/6/24  23:28

貴記事に就いて


>ようするに最初の頃はこんな感じじゃなかったということを、肌で感じていたのであ
る。

一体、「先生にお答えして参る、決意であります!」という定型結句や伏せ拝は、いつ頃
から行われるようになったのか・・・。確かに、妙信講の頃はそんなではなかった筈であ
る。

2016/5/19  7:03

投稿者:沖浦克治
 マイケルさん、おはようございます。

 多分アメリカでしょうね。
 世界大会と銘うっても、アメリカの一部の地方でのイベントだったと思います。

 本で読んだときは、本当に世界大会だと思っていましたが、自分が世界大会へ出るようになって振り返って見るとそう思えます。
 ちなみに、以前の大嘘大賞は、

 朝甘い声で鳥がさえずって嬉しいのだが、持病の糖尿病は悪化して困る。

 こういう物でした。
 私は幼いころから障害があって、手が震えて字がまともに書けませんでした。
 60歳の時やっと原因がわかりました。

 頸椎後縦靭帯骨化症。

 神経を圧迫していて、その症状が手の震えでした。
 今は4級の障害者です。
 メモはとることが困難な小学生だったのです。
 
 でもそのおかげで、何でも文章を暗記する癖がつきました。

 60年前に雑誌の切れ端で読んだことをまだ鮮明に覚えています。

 創価人となってから、御書を暗記することがスムースに出来たのはこの障害のおかげなんです。

 変毒為薬です。

 

2016/5/18  10:25

投稿者:マイケル
>最後の大会がいつごろ、どの国で行われてたの


世界規模で大会が催されたのでしたら、何らかの形
でデータが残っているかもしれませんね。

2016/5/18  4:49

投稿者:沖浦克治
今日は5時半に出て、11時から東京の大田区の会社で打ち合わせです。

 新しいビジネスが大きく動きはじめました。

 嬉しいです。

 功徳〜〜!!

2016/5/18  3:18

投稿者:アキラ
その後、箝口令が敷かれ、女子部長は御病気になり、主任理事は姿を消しました。M婦人部長も処分されたそうです。なんとかならぬものか。

2016/5/18  1:23

投稿者:アキラ
早朝勤行前に、バラバラになった御本尊が散乱、犯人は平然
と警察を呼んでくれ、と言いました。犯人は一人で会館に来
たことはなく、遊び好きで金を欲しがっており、精神病で罪
も減軽される事から、黒幕がいるとも言われました。御守護
がなかったのです。顕正会問題とは、御不敬事件に全てが収
まると思います。

2016/5/17  23:45

投稿者:アキラ
浅井先生も人間ですから、まずい言動もあります。0メート
ル地帯にある会館を建て替える際、男子部長、女子部長は高
台にある候補地を提出しました。しかし、先生は「大津波が
来るならどこでも同じだ。0メートル地帯にそのまま建てろ
。」とおっしゃりました。組織内では、先生の大慈悲により
津波で水没して終わる、と意味不明の指導が流れました。会
館御不敬事件があり、苛立っておられたと思います。十年以
上前の話を蒸し返しても、意味ないかもしれませんが、会員
はモヤモヤした思いをひきずっています。

2016/5/17  21:29

投稿者:なりた
沖浦さん レスありがとうございます。
小学生の頃のご記憶でしたか。
1950年代のことなのですね。
どのようなルールでウソに優劣をつけていたのかとか、
予選はどうやって戦われるのかとか、主催はどんな団体
なのかとか、どうやって世界中から選手を集めたのかな
ど、興味は尽きませんが容易には調べられそうにないで
すね。
第2次大戦終わったあとに、そのような世界選手権があ
ったというのは、非常に興味深いです。
あとは自分で調べてみます。ありがとうございました。

2016/5/17  21:13

投稿者:沖浦克治
なりたさん、今晩は。

 この話は私が小学生の高学年の頃のことです。

 60年ほど前ですので今は詳しい資料はないでしょうね。

2016/5/17  19:48

投稿者:なりた
沖浦さん、はじめまして。なりたと申します。
世界大嘘選手権なんてものがあったのですね。
最後の大会の前年のウソのレベルの高さはすごいです。
興味を持って調べてみたのですが、全く検索できなかっ
たので、最後の大会がいつごろ、どの国で行われてたの
か、教えていただけませんでしょうかm(_ _)m

厳虎さん
ブログ記事と直接関係ないコメント、お許しくださいm
(_ _)m

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