2016/5/31

各氏のコメントから見えてくるもの  
雲羽百三氏は何か誤解をしているようだが、特にわたくしのほうからは何も言わないことにしたい。一方の大沢氏のコメントはかなり具体的であるし、一種の提案のようなものなので、無視するわけには行かないだろう。

「視聴率要員」としての沖浦さんの価値というものがあるのかもしれませんし、ブログ主の本意を外れて思いもよらぬ形で注目を集めるのもネットの面白さかもしれませんが、一定の規制をかけるかコメント欄そのものを廃止して、本当に独白に徹するのも一つの手かもしれませんね。

コメント欄廃止はごもっともな提案だと思う。それでこそ正真正銘の独白ブログとなる。

ここはまさに自己矛盾の極みであることを承知しつつも、コメント欄がなくなったら寂しいなあ、それならいっそのことブログそのものをやめてしまったほうがいいかも、などと思ったりもするのだ。つまり、コメントは善につけ悪につけ励みになる。今流の表現を使えば、モチベーションということだ。

視聴率要員・・・

これはなるほど、そのように見えるのかもしれないし、そのように思われても仕方がないとは思う。ただし、沖浦氏とわたくしの関係はきわめて片務的であり、なぜそのような関係性が続いているのかは自分でもわからない部分がある。

ここでの片務的の意味であるが、沖浦氏も掲示板を運営したり、フェイスブックというのだろうか、そうした媒体を持っているのである。ところがわたくしは氏の掲示板には一度も投稿したことがないのだ。(実はその昔、投稿したことがあるのだが・・・)

共存共栄ではないが、コメントをもらえば礼儀として相手の媒体へもお返しをするのが普通である。しかし、わたくしはそれをしない。

これが沖浦氏とわたくしの特殊な関係性である。

それゆえにさまざまの憶測がなされているのかもしれないが、ここにも一つの誤解がある。今現在、おそらくはもう五年以上だろうか、わたくしは拙ブログの更新以外にネット投稿を行なっていないのである。どこの掲示板にも、誰のブログにも、まったく投稿していない。

まさしく憶測を呼ぶ原因がここにあるわけだ。

では、裏のつながりはどうなっているかであるが、ある時、ある人物に対して、メールで問うたことがある。アナタとの関係をブログに書いてもいいですかと。その人はダメだと答えた。ゆえにわたくしはそれを固く守っているわけである。

それはそうだろう。メールはいわゆる私信である。それを相手の承諾も得ずに勝手に公開することは出来ない。転じて、メールでの関係そのものも、相手が不承知であれば言うわけには行かないだろう。それが世間の常識である。

しかし、今現在はどこの掲示板にもブログにも投稿していないのと同様に、メールも積極的には利用していない。これはわかりそうなものだが、疑心暗鬼の人には通じないのだろう。ようするにこんな独白ブログを書いている人間が、裏と表との使い分けを巧妙に行なうことなど、出来っこないのである。

ブログ主の本意を外れて思いもよらぬ形で注目を集めるのもネットの面白さ・・・

再掲であるが、まさにそのとおりである。前回のコメント欄には何年ぶりだろうか、S@法華講氏からコメントが寄せられた。こんなことはまさに想定外のことであり、しかも欠かさず読んでくれていたとは驚き以外の何物でもないだろう。先日のアキラ氏もそうだ。

また、年初には突如として勝氏が登場した。顕正会側の有力な論客である。こんな人が存在するのも驚きである。何しろ今の顕正会は教学に疎い人たちばかりだからである。

それから昨年の今ごろだろうか、傍観者v氏との一戦(?)があった。さらに遡れば、タコ氏との議論もあったし、前田氏との議論も懐かしい。

これらはすべてコメント欄を開放していたがゆえに成立した事象である。しかもわたくしは彼らに投稿制限を設けなかった。ゆえに今でも自由に投稿できるのである。

いかがだろう、わたくしとしては首尾一貫しているつもりなのだが・・・

つまり、日蓮宗系の前田氏や日蓮大聖人そのものを全否定するかのごとき傍観者v氏、あるいはキリスト教系のタコ氏、これらの投稿制限を行なわない以上、沖浦氏に対しても同様の措置を取るのは理の当然である。なぜに沖浦氏だけを排除しなければいけないのだろうか?

おおむねこんなところである。

なお、せっかくなので、少し細かいことを書いておこう。

アクセス数のことはあまり気にしていない。いや、実はけっこう気にしていた時期もあったのだが、今はあまり気にしていない。

よくわからないのだが、一年くらい前からアクセス数が多くなった。

基準は百数十名である。これは拙ブログの中で何度も書いているはずであるが、通常のアクセス数は百数十名くらいで、たまに百名を切ることがあった。正直なことを言うと、この時には拙ブログもそろそろ終わりかなと思ったりもしたのである。そしてごくマレに、顕正会員が逮捕されたりしてそれがマスコミに流れると、瞬間的にアクセス数がアップする。しかし、それも普段の倍程度であり、ようは二百から三百である。

ゆえに最近の状況は自分でもよくわかっていないのだ。何しろコンスタントに三百前後を維持しているからである。しかも昨日は四百を超えている。

こうした最近のアクセス状況についてわたくしの解釈を書くと、たぶんシステム上の問題なのだろう、何かシステム上のアップデートが行なわれて、それがカウンターに何らかの影響を与えたのだろう。それ以外に合理的な解釈は出来ないと思う。そしてコメント欄での議論が盛り上がると、それがまたアクセス数に反映される。これももしかしたら重複アクセスの分までカウントされているからかもしれない。普通、同じ人が同じパソコンから閲覧している場合、一アクセスしかカウントしないはずである。しかし、それが何かの不具合でカウントが繰り返されているのかもしれない。

以上はわたくしの拙いパソコン知識の範囲で考えたものであり、さすがにシステム上の問題を精査するだけの知識も能力も持たないので、あるいは間違っているかもしれない。

いずれにしても、この解釈が正しいとすれば、アクセス数はあまり信用できないことになるので、わたくしとしては数字の多寡で一喜一憂しても仕方がないことになる。よって、最近はあまり気にしていないのである。そもそも数百で一喜一憂してどうするかという見方もあるだろう。これが数千ないし数万アクセスにでもなれば、話は別であるが・・・

そろそろ終わりにしよう。

最初のほうの話に戻って、沖浦氏とわたくしの関係が片務的であることについて、沖浦氏のほうで、なるほどそうだ、巌虎のブログにコメントを書くのはバカバカしい、もう書くのはやめよう、ということになるのであれば、それはそれで結構だろう。これまた首尾一貫していることだが、わたくしは拙ブログを積極的に宣伝するようなことはまったくしていない。ゆえにこの先どんどん先細りになって、かつまたわたくし自身の執筆意欲がゼロになれば、その時が拙ブログの終焉である。何も難しいことはない。ただ、それだけの話なのだ。

2016/6/5  8:29

投稿者:露煽り
沖浦さん。
今からでも遅くないと思います。
謝罪されたほうがいいんじゃないですか?

2016/6/5  8:28

投稿者:露煽り
下記の人物は沖浦さんの大親友です。
創価学会は法華講員のネット作業に対し
バンバン訴訟をしているようですね。

日蓮正宗も創価学会に対し
「名誉棄損」で訴えたらいかがですか?
沖浦さんの長年にわたる日蓮正宗への誹謗中傷は
とてもひどいものがあると思います。

住所氏名公表による誹謗中傷。
法的措置もとてもスムーズにいかれると思います。

2016/6/5  8:22

投稿者:露煽り
以下 きょう聖ねこみみ ブログより引用

http://plaza.rakuten.co.jp/kyounosk/diary/200704200000/ (引用元)

『聖教新聞』2007年4月20日付
東京地裁 日顕宗檀徒を断罪
インターネット上での不法行為
悪辣な著作権侵害に40万円の賠償命令

 日顕宗檀徒による悪辣な違法行為が厳しく断罪された。

 インターネットのホームページで著作権を侵害されたとして、学会が日顕宗寺院の元講頭を相手に損害賠償を求めた裁判の判決が今月12日、東京地方裁判所であった。

 設樂隆一裁判長は、檀徒で元講頭の○○和雄(大阪市住吉区長居、57歳)による著作権侵害を認定し、○○に対して損害賠償金40万円の支払いを命じる判決を下した。

 ○○は「れいな」なるハンドルネームを使って、インターネット上に学会を誹謗・中傷するホームページを開設し、学会が著作権を有する写真を掲載した。

 法廷で○○は“写真は他のホームページからコピーしたものだから責任はない”云々と強弁。

 これに対して判決は、著作権が誰に帰属するかを確認することなく、漫然と写真をコピーして自分のホームページに貼り付けたのは○○の「過失」であると認定。さらに写真の著作者である学会の意図に反するかたちで写真を使用したことも厳しく指摘し、40万円の損害賠償を命じた。

 昨今、インターネット上での著作権侵害、名誉棄損、プライバシー侵害などの人権侵害が増えている。警察庁のまとめでは、インターネット上での誹謗・中傷について、全国の警察に寄せられた相談件数は昨年1年間で8000件を超えた。5年間で3.5倍にまで激増している。

 日顕宗の檀徒によるインターネットを活用した人権侵害事件も後を絶たない。檀徒の佐貫某、後呂某らがインターネット等で悪辣なデマを流した名誉棄損事件では2005年2月、檀徒側が断罪され、100万円の賠償命令が確定している(最高裁)。

2016/6/5  7:44

投稿者:大沢克日子
余談ですが、だいぶ前に亀田興毅さんというプロボクサーが「しくじり先生」という告白番組に出ていたのをチラッと見たのですが、試合前後の「ビックマウス」もパフォーマンスで、正直そんな事をいうほど強い人間ではないみたいな事を言っていました。
そういう告白を番組にしてしまうのもどうかとも思いますが、アリさんのように有言実行の強者、生涯信念に従って貫いて、世間に認められる強者というのは、似たようなパフォーマンスをする人間は山ほどいますが、本当に(最終的に)認められるのはごくわずかなのかもしれませんね。

自分にも他人にも厳しいが、本当の強者故に身に備わる他者への優しさ、形式的ではなく、生涯そういう事を貫く故に生まれる優しさが厳しさの中に滲み出してくる。
世間に強者として認められるのはそういう人なのでしょう。

清原さんは超一流選手だけど負けてしまった(これから再起を図るけど)。
舛添さんはあれだけの事を言いながら自分には甘々の元妻、親戚にも呆れられるような人格の持ち主だった。
東大法卒、若くして助教授になるほどの優秀な人物なのに、仕事の上では公私混同、特に女性、金銭にだらしなく生涯積み重ねた信頼を一気に失ってしまった。
でも、本人はそれでも愚民は何とかなると思っているのでしょうか?
私たち愚民の目は年々厳しくなっていることに気付いていないのかも。

生きていくのは誰にとっても楽じゃありませんね。

2016/6/5  7:37

投稿者:大沢克日子
マイケルさん、おはようございます。

そうですね。
モハメドアリさんは世界の誰もが認めざるを得ない程の強者でしたね。
私が小さい頃、世界の偉人だったような人が老いて亡くなっていく。私自身もいつの間にか人生の後半にはいっていっているということですね。

彼は徴兵拒否などを行い、政府とも対立しましたが、最後には大統領自由勲章を授与されその功績が認められたようです。

やはり本当の「信念」・「行動」のある人は違いますね。

2016/6/5  7:27

投稿者:沖浦克治
マホメドアリさんがお亡くなられました。
ボクサーとして超人でそたが、何よりも素晴らしいことは回教徒としての信念わ貫かれ牢獄な入られ、そのどん底から希代の王者となられたことです。
仏法者として模範となられるお方です。
ご冥福を御祈り申しあげます。

2016/6/5  7:18

投稿者:沖浦克治
おはようございます。
東京にいてこれから仕事で移動します。
忙がしくて嬉しい‼
功徳〰!

2016/6/5  7:18

投稿者:沖浦克治
おはようございます。
東京にいてこれから仕事で移動します。
忙がしくて嬉しい‼
功徳〰!

2016/6/5  6:13

投稿者:マイケル
大沢さん、おはようございます。

ボクシングの元世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリさんが
亡くなられましたね。

インターネットで検索すると、彼の名言が多数ヒットします。
偽者の迷言とは違って、やっぱり“本物”のプロフェッショナルの名言って、心に響くな
ぁ・・。

謹んで、哀悼の意を表します。

2016/6/5  1:07

投稿者:露煽り
このブログをご覧の日蓮正宗の方々。
沖浦さんという方があなた方の宗派を誹謗中傷しています。
一度あなた方の組織の上層部に報告したらいかがですか。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ