2016/6/24

広宣流布特集号拾い読み  
引き続き広宣流布特集号を見ていこう。

 日興上人、日目上人の延長線上にただお一人先生が立たれ・・・

第二十五婦人部長の発言である。これも繰り返し指摘してきたことだ。ようするに唯授一人の血脈相承を否定するに等しい、実に大それた発言なのである。

男子部第七十九隊長もまた同様のことを言っている。

日目上人の崇高な御振舞をただお一人、今に移して戦われる先生・・・

こちらは目師再誕説にも通ずる発言である。事実、この続きの文章の中には、日目上人の御尊容と先生のお姿が重なって見える旨の記述がある。

現在の科学のレベルでは到底わからぬ、凡夫の思慮を絶する不可思議な大現証・・・

そしてこれは言わずと知れた御生骨の話である。現代科学のレベルを超越していることが事実であれば、それはそれで厳正なる検証の舞台に持ち込むべき理由となるだろう。そこで科学者たちがどのような結論を出すか、わたくしは静かに見守りたいと思う。

さて、次は創価学会からの入会者二名の記事であるが、両者ともに婦人部ないし女子部の紹介で入会した男性である。

学会員が勤行をしている姿は見たことがなく・・・

男性婦人部員の創価学会時代の回想であるが、これはかなり疑問である。もし勤行をしないのであれば、御本尊も必要ないだろう。宗門と決別して、わりと早い段階で独自の本尊下付を決断したのは、まさに創価学会員たちには日課としての勤行が定着しているからではあるまいかと思う。そうでなければ本尊下付などしなければよかった。何しろ宗門の武闘派と呼ばれる人たちから猛烈なツッコミが入れられているからである。

「公明党に票を入れれば御利益がある」

同じ記事の中にはご覧のようなセリフもあるわけで、もし創価学会が公明党のための単なる集票組織に堕しているとすれば、それこそ本尊下付など必要ないだろう。

ちなみに、隣の男性女子部員の記事にも同じような記述がある。

「選挙が功徳になる」

また、男子部第十三隊班長の記事は、祖父の臨終について書いているわけだが、そこに次のような記述がある。

 また葬儀場の職員は、「よく学会員の葬儀を担当するが、みな遺体の相が悪い上に体がとても固く、手に数珠を掛けるのが難しかった」と話しており・・・

葬儀場の職員がそんなことを言うだろうか? まったく失礼な話である。

もちろん、わたくしが創価学会を擁護する必要はないのだけれども、それにしても顕正会側の一方的な悪宣伝には疑問を呈さざるを得ないところである。わたくしには事実関係を確かめる術がないものの、印象としてはかなりの偏向報道のように思えてならない。いわんや第三者が読めばなおさらのことだろう。そこに顕正会側は気がつかないといけない。

京都会館の玄関ガラス破壊さる
 誰がこんなことをさせるのか!?


ガラスを割った犯人は咎められて当然である。しかし、この見出しには違和感がある。

させる? これはおかしいだろう。わたくしの思うに、ごく普通に次のように書くべきだった。

誰がこんなことをするのか!?

ようするに顕正会側の意識としては、実行犯とは別に教唆犯が存在すると考えていて、それが「する」ではなく「させる」という表記によくあらわれているわけなのだ。しかし、これは一種の決め付けであり、いわゆる予断である。犯人を特定するためには、まずはそうした先入観を捨てるべきだろう。

こうして見ると顕正新聞は偏向報道が目立つ。これはすなわち編集部ないし顕正会の首脳部たちの思考が偏っている証拠である。大いに反省すべきだろう。

最後に女子部第百五十七区総班副長の記事を紹介しよう。

また周辺一帯は断水する中、不思議と自宅は断水せずに済んだのです。

ご記憶の人もおられることだろう。これは以前にも取り上げた話題である。

そして上掲のカラクリについては、やや専門的ながらもいちおう判明したので、ここで少し説明したいと思う。彼女はマンション住まいである。マンションなどの集合住宅にはおおむね二種類の給水システムがある。直結給水方式と貯水槽水道方式である。これは以下のサイトがわかりやすいだろう。

https://www.waterworks.metro.tokyo.jp/kurashi/chokketsu/houshiki.html

直結給水

・事故や災害時等に、貯留機能がないため断水することがあります。

貯水槽水道

・事故や災害時等に、貯水槽内に残っている水は使用できます。


上掲はサイト内のメリット・デメリットが書かれているところから、必要な部分だけを抜き出したものである。

ここだけ見ると、後者のほうがよさそうに思えるが、行政的には前者を推進しているようだ。事実、古い集合住宅などを観察していると、以前は屋上に大きなタンクが据えられていたのに、いつの間にか撤去されていることがある。おそらくは改修工事の時に給水システムを前者に切り替えたのだろう。そして最新の集合住宅はほぼすべての建物が屋上にタンクを置いていない。

経済的なメリットからすると直結給水方式のほうが断然優れるのだろう。ゆえに行政でもそれを推進しているわけだ。しかし、大地震などを想定するならば、かえってこれがアダとなる可能性もある。いや、もちろん、専門家たちにとっては百も承知の話のはずで、おそらくは災害時のために別の手段を用意しているのだろう。わたくしが心配することではないはずだ。

ともかく登壇者の住まいには屋上にタンクがあって、大地震によって給水が止まってしまった後においても、タンクに貯水されていた分の水は使えたわけなのだ。

う〜ん、これを功徳だとか御守護だとか言ってもねえ・・・

2016/6/27  17:48

最後


始祖や師匠を高いところに置いてしまって、只管拝むが自身は一向に師匠の振る舞いに倣
おうとはしない人々も居る。例えば中国では孔子や孟子が祀られているが、一生懸命、線
香をあげたりして御利益がありますようにとひれ伏しているだけで、そういった人々が師
匠の振る舞いを真似ようとはしないのだ。そこで中国では相変わらず道徳が乱れている。
幾ら尊敬され祀られても、自身の言葉に誰も従わず、自身の振る舞いを真似しようとも思
ってくれないならば、孔子も孟子も喜ぶまい。当方はこのように思っている。

正宗信徒であるならば、大聖人や日興上人、日目上人をただ単に高いところに奉ってしま
って、別格であるから到底、我ら凡夫では同じような振る舞いはできないから、我らは只
管祈るだけにしよう・・・こういう精神ではまずい筈だ。そういうのは念仏宗の考え方で
ある。
自身も日興上人や日目上人のように、敢然と戦い、諂いを自制しようとするべきであり、
いや日興上人、日目上人どころか、大聖人と自身の振る舞いが重なるようにしなければな
らない。

顕正新聞に、浅井会長は日目上人の御精神を正しく継承し、その振る舞いに倣えている、
と書いてあるからといって、必ずしも会長=日目上人論などではないのだ。尚の事、会長
本仏論など影も形も無い。

2016/6/27  16:25

続き


>日目上人の崇高な御振舞をただお一人、今に移して戦われる先生・・・

>こちらは目師再誕説にも通ずる発言である。事実、この続きの文章の中には、日目上
人の
御尊容と先生のお姿が重なって見える旨の記述がある。

日目上人の御再誕は、無論、顕正会でも公式に謂われている。しかし、会長日目上人論
などは存在しないのだ。そういう事を決め付けるのは、異流儀たる宗門ぐらいである。
顕正会は浅井会長を持ち上げすぎる・・・それは事実だろうし、直さねばならないとこ
ろだろうが、弟子が尊敬する師匠のお振る舞いになるべく近付き、できれば一挙手一投
足同じになる事を目指すのは、むしろ当然の事ではないだろうか。ここでの弟子とは浅
井会長の事である。

「日目上人と浅井会長が重なって見える」「日目上人のお振る舞いを現代行っているの
は浅井会長のみ」「日目上人の延長線上に浅井会長がいる」・・・こういうのは、特に
重なって見える、というのは増上慢のきらいがあるが、そうなれるように目指す事自体
は、増上慢どころかむしろ当たり前の事であると思われる。

2016/6/27  16:06

御記事に関して・・・ どうしても巌虎殿に申し上げたい。


>日興上人、日目上人の延長線上にただお一人先生が立たれ・・・

>第二十五婦人部長の発言である。これも繰り返し指摘してきたことだ。ようするに唯授
一人の血脈相承を否定するに等しい、実に大それた発言なのである。

顕正会員としての肌感覚として、血脈相承を無視しているような会員は存在しないように
思われる。上は、日興上人→日目上人→浅井会長・・・というように、日道上人から日淳
上人までの大石寺御歴々を無視しているという事を述べているのではなくて、日興上人や
日目上人の御精神、後世の僧俗への手本としての振る舞いに、現代にて忠実に従っている
のは浅井会長(総じては顕正会員)だけ、という事を述べているに過ぎないと思う。

度々浅井会長は御歴々の事に就いて謙って言及しているし、御観念文でも当然、南無の対
象となっている。六巻抄も顕正会で発刊されている。「唯授一人の血脈相承を否定するに
等しい」は明らかに勘違いであろう。

2016/6/27  12:53

御記事、水道供給方式に就いて

>ここだけ見ると、後者のほうがよさそうに思えるが、行政的には前者を推進してい
るようだ。

ご紹介くださったページに拠れば、行政は特にどちらを贔屓している訳ではなさそう
だ。水道局は、どちらかを好きに選べるとしている。但し、四階以上の部屋には貯水
槽方式を選んでもらう事になっているとか。水道管が持つ水を押し出す力が、流石に
四階以上では弱くなり過ぎて、直結方式では蛇口をひねっても、チョロチョロとしか
水が出ないか、全く出なくなってしまうからだ。

四階以下の場合は、直結も貯水槽もどちらも選択できるようだが、貯水槽を選ぶと水
道管に存する水を押し出す力を利用できないので、新たに水を押し出す力をかける
(エネルギーを使う)必要があるのと、貯水槽を清浄な状態に保つ手間がある一方
で、直結を選ぶと事故や災害時に断水する虞があるとの由。
双方のデメリットを比較して、後は建物所有者に選んで貰おう、との事であるよう
だ。

2016/6/27  12:39

続き

「公明党に票を入れれば御利益がある」

「選挙が功徳になる」

是は事実だろう。創価学会員であるからには、公明党を支持する事が求められる。公
明党を支持しなくても除籍にはならないが、公明党を応援せよという圧力がかかるの
は確かである。
新聞を取る事、座談会に参加する事、勤行をする事、三代会長を否定しない事等に並
び、公明党を支持する事、というのは創価学会員である為の要件である。創価は宗教
団体である。全ての活動の正当性を大聖人の仏法に置く。詰まり、公明党に入れる事
は功徳がある、と言っているのと同じである。確か、公明党応援活動(F取り)を法
戦などと呼んでいる事例もあったと聞く。

だからといって、「創価学会が公明党のための単なる集票組織に堕している」という
事にまではなっていないが、公明党支持も勤行や教学、折伏、三代会長崇拝と並ん
で、重要な仏法活動だと捉えられている事は事実である。
公明党を支持する事は、創価で配布されている資料によれば、「立正安国」につなが
るとの事である。「宗教的な使命感」によって公明党を支持してるとの由。亦、公明
党の他党に対する優位点は、仏法を根底にした確固たる理念や哲学を持っている点で
あるとも書かれている。

2016/6/27  12:22

御記事に関して・・・

>学会員が勤行をしている姿は見たことがなく・・・

>男性婦人部員の創価学会時代の回想であるが、これはかなり疑問である。もし勤行をし
ないのであれば、御本尊も必要ないだろう。宗門と決別して、わりと早い段階で独自の本
尊下付を決断したのは、まさに創価学会員たちには日課としての勤行が定着しているから
ではあるまいかと思う。

当方も、かなり疑問である。というよりも、そんな事はあり得ないように思われる。地域
によって違いがあって、上の方の所属している地域(組織)ではそうだったのかも知れな
いが、そうだとすると、その地域だけ離れ小島のように、他の組織から完全に隔絶されて
しまっているとしか思えない。より大きな地域単位からの催し物へのお誘いも来ないのだ
ろうか?

私の知る限り、学会員は常に勤行をしている。勤行をしてない人も居るだろうが、そうい
う人はもはや退転すれすれであって、籍だけ学会にある状態である。家庭訪問をしても常
に面会できない状態であろう。
学会は入会者には一定期間が経てば御本尊下付をしようと一生懸命になる。御本尊下付を
する事で、信心が更に上昇し、学会員であるという帰属意識も上がるからであろう。巌虎
殿が書かれているように、当然、勤行とセットである。
三時間唱題会などというものがある事も聞いた。会館とかで、ずっと唱題しているのだ。
何時間も唱題していれば、正座はきついので椅子が用意されている。
会員の誰かが不幸な事態になれば、同じ組織の会員が時間を合わせて一斉に勤行をして、
その会員に福運が得られるように祈ったりもするのだ。
座談会でも開始前に勤行をする。

勤行をしている学会員を見た事がない、などというのは言い過ぎか、或いはかなり特殊な
例であろう。上の顕正会記事は、存在するかしないか判らないレベルの一部の事例を以
て、まるで全体がそうであるかのように見せかける、かなり偏向した記事であると言え
る。全体的にそうである、とは書かれていないのだとしても。

顕正新聞がフェイク紙のようなレベルに堕ちない事を祈る計りである。

2016/6/27  10:05

投稿者:マイケル
大堂秀樹選手、素晴らしいですね。

http://www3.nhk.or.jp/lnews/kitakyushu/5023325951.html

リオデジャネイロパラリンピックの、日本代表に内定された
男子88キロ級・大堂秀樹選手(パワーリフティング)。

本当に、立派なお方です。
見習いたいですね。

2016/6/27  9:27

続きです


>大沢さんマイケルさんたちの書き込みを読むに・・・
>日蓮正宗という宗派は根底からねじ曲がっていることが如実です。
>他宗の方の功徳を認める事すら出来ません。
>どうしてこういう人間性に堕ちてしまうのか?

確かに、大沢殿は妙観講なので、唯受一人の御歴々や御戒壇様への悪口をその侭にして
置いたり、悪口を言う人を全面的に認める事はできません。創価と宗門も対立状態で
す。なので、立場から、大沢殿が沖浦殿を全面的に認める事はなさそうなのは事実でし
ょう。
亦、過去に沖浦殿と数々の苛烈な言い争いがあった事も事実でしょう。

しかし、確かにそういう背景があるにせよ、だからといって大沢殿が書く事は全て沖浦
殿への攻撃、批判であると決め付けるのは如何なものかと思います。批判もあれば、応
援もあり、賛同もあれば、ただの質問もある訳です。発言ごとに峻別すべきではないで
しょうか。


ところで別件ですが、沖浦殿は正宗を目の仇にされていて、正宗の人間は、正宗の人間
であるというだけで、(沖浦殿から見ての)邪義の影響で誰も彼も心が歪んでしまう、
というような事をしばしば仰っていますが、沖浦殿と個人的に親しくされている法華講
の人も居るのですよね?三烈士講演に参加して仲良くなった方が居られるとか・・・。
その辺りは、どうお考えなのでしょうか?

2016/6/27  9:17

沖浦殿 横から失礼します。


端から見ていて、はやり違和感がたっぷりであったので、少々書かせてください。
沖浦殿は、

>御書を読むに、自分たち仏法を奉じる人間は先ず世間の礼節を弁える行動を常に心がけ
ねばならない。

と書かれていますが、是は全くその通りであるかと存じます。御文の解釈も正しいと思い
ます。礼節は仏法以前の問題とも言えますし、仏法の基礎工事とも言えますし、広義の仏
法の入門部分だとも言えましょう(中級部分が小乗、権大乗で、最上部分が本門でしょ
う)。

それはそうであるものの、

>大沢さん、おはようございます。
>先ず貴方は仏法者としての基本が出来ていません。

の部分がよく判りません。上は、今回の世界大会に就いての大沢殿のコメントに就いて書
かれたものだと思われますが、大沢殿のコメントの内の、具体的にどの部分が礼節を欠い
たものに該当するのでしょうか?

2016/6/27  9:12

投稿者:マイケル
>早速問題だとしてクジラさんの板で騒ぐ人がいます。

落ち着いて下さい、たった一人書き込んでる程度です。

>以前、
 
 戒壇本尊本懐の邪義たること。
 興師の唯受一人を否定。
 曼荼羅は道具。

 だと書いた時も、同様の反応が激しく起こりました。

落ち着いて下さい。

確か、1600万人は信徒さんがいらっしゃったと思いま
す。

その中の10名程度が書き込んだ位でしょ?
過分に見積もっても、100名位ですか。

防衛費は「人殺す予算」と共産・藤野氏=不適切と撤
回、自民など批判

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016062600059&g=s
oc

この方の場合は確かに世間から激しい批判が沸き起こっ
てると言えますけど。

沖浦さんは一体、何を仰りたいんですか?

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