2016/6/30

好ましからざる新局面  
前回の拙稿のタイトルはずいぶんと大仰だった。だが、しかし、決して的外れではなかったと思う。そして今日もまたひじょうに重要なテーマである。さっそく本題に入ろう。正義にめざめての登壇だ。

学会・宗門を経て正しき顕正会へ
 仰せのままの信心が叶う有難さ

残りの人生、全てをかけてお応えせん


婦人部船橋支区組長の記事である。ご覧の見出しを読む限りでは、特に問題を感じない。本文中に八十一歳とあるので、残りの人生云々は、なるほど、そのとおりなのだろう。問題は次の一節だ。

 そして五月十八日、末寺に、早瀬日如書写の本尊を返納しました。

終わった。これがわたくしの偽らざる心境である。

すでにご存知のごとく、顕正会では日達上人・日顕上人の御本尊を拝まない。法華講からの移籍者は顕正会入会時に両上人の御本尊を返納する。これが現在の顕正会のいわば方針なのだ。これまで顕正新聞に何度もこの手の記事が出ているので、これは紛れもない事実である。

では、日如上人の御本尊はどうなのか、である。

わたくしは数年来、このことを問うてきた。しかし、不明のままだった。ようは浅井先生自身がこれについては何も言わないし、現場の顕正会員からの証言も得られなかったので、わからないままだったのだ。

それがここに来て、とうとう判明した。

もちろん、これは婦人部の一組長が行なったことであり、これが直ちに顕正会の公式の方針とはならないのかもしれない。例えば、これは本部の方針ではない、あくまで本人の自由意志に任せている、などとイヤラシイことを言うかもしれない。しかし、そんなのは見え透いた言い訳に過ぎない。本年四月三日に顕正会に入会したばかりの人が、誰のアドバイスもなしに一ヶ月ないし二ヶ月の間にこのような思い切った決断を下せるわけがないのだ。つまりは婦人部の組織のほうでそのような方向性の指導をしたことは間違いないし、それがたとえ末端の幹部の行なったことだとしても、延いては婦人部大幹部の責任であり、本部首脳の責任である。

第一、こうして顕正新聞に掲載している時点で、もはやこれが顕正会の公式の方針なのだと宣言しているに等しいだろう。マズイと思ったら掲載しないはずだ。

早瀬日如書写の本尊・・・

再掲であるが、これがひじょうに問題である。

本尊? なぜに御本尊と書かないのか?

その前に、早瀬日如? なぜに日如上人ではないのか?

http://white.ap.teacup.com/ganko/1756.html

拙ブログの資料性はそれほど高くない。整理整頓が出来ていないからである。しかし、検索を使うと便利である。今、大急ぎで調べてみたら、上掲が見つかった。そこで浅井先生は早瀬日如上人と書いているのだ。

しかし、わたくし自身が文末で一抹の不安を述べたごとく、いずれは呼び捨てになるのではないかということが、いよいよここに来て現実化し始めた。

現時点では浅井先生自らが早瀬日如と呼び捨てにしたわけではない。しかし、顕正会の方針として、どうやら日如上人の御本尊は用いない、法華講からの移籍者には返納を勧める、ということが明確になってきた。

ああ、もうダメだ。

もうこれ以上の説明は不要だろう。いくらでも書けるが、書いても仕方がないし、書く気もしない。

ただし、背景として思い当たることを一つ書けば、今春の大量脱会が何かしらの影響を与えているのだろう。先生も負け嫌いなので、手をこまねいているわけがない。すると何らかのリアクションを起こすことになるわけだが、その一つのあらわれがこの記事なのだろう。

そもそも大量脱会と書いたけれども、わたくし自身はその詳細を知らない。顕正会にとって、どれほどの痛手だったのか、まったく見当もつかない。ただただセロリ氏のブログなどを参考に、想像をたくましくするだけである。

ここにはリンクを貼らないが、直近の記事によれば、顕正会本部職員兼男子部大幹部の某氏は法華講員の攻勢に対してひたすら逃げ回るだけらしく、それでいて顕正会の内部ではウソを言って虚勢を張っているという。また、樋田氏の活躍によって信州会館は参詣者が相当に減っているという。

こうなると、顕正会でメシを食っている人たちにとっては死活問題となる。今の段階でどれほど事態が切迫しているのか知らないが、こうした流れはいずれ地滑り的に拡大する可能性があるので、実に怖いことである。するともう、なりふりを構ってはいられない。法義上の理非曲直を冷静に議論している場合ではなくなるのだ。早い話が憎悪むき出しである。もともと、長いこと細井管長・阿部管長と呼称していたものを細井日達・阿部日顕に変更したのも憎悪に他ならないし、今回もまた同様だろう。今は婦人部一組長の登壇にその片鱗を見るわけだが、おそらくは今後、ますますエスカレートしていくに違いない。

わたくしにとっては望ましからざる方向性である。

2016/7/3  2:28

マイケル殿

ただまあ、わざわざ教学部と法論部を設置して、各地で法論をするよりも、もっと
手っ取り早い方法は、会長が宗門の代表あたりと法論をする事です。是で勝てたの
であれば、もうそれで十分でしょう。後は純粋に現証の勝負となるかと。

ところが、日顕上人は出てこない。そして浅井会長はどうも、日顕上人や池田会長
レベルの人としか相手にしたくないようなのです。
でも、それじゃあ、何も進まないので、日顕上人が出てこないのならば、大草氏と
法論するなり、樋田氏と法論するなりすれば、数々の論点に就いての正邪も決し
て、全ての問題が解決するように思うのですがね・・・。

無論、そうした事が実現するのだとしても、今後の事を考えれば教学部と法論部は
設置すべきかと思いますけどね。
然るに、顕正会には中長期的視野があまりなく、ずっと「広布まで後少し」という
雰囲気なので、そういう部は作らないのかも知れません・・・。

2016/7/3  2:19

マイケル殿 続きです

然るに、創価ばかりを論っていられません。顕正会でも似たようなものです。宗門や法
華講の人間とは関わるな、といったような雰囲気もあります。巌虎殿も不思議がって居
られましたが、創価にはあれだけ強気?なのに、法華講には何故だか弱気なのです。

という次第ですから、法華講の方でどれだけ幹部が出動し、顕正会や創価の幹部と法論
しようと意気込んでも、顕正会や創価の幹部はあまり出てこないでしょう。双方論陣を
張り・・・といった状況にはなかなかならないものと思われます。

互いにデマ合戦するよりも、対面して堂々とテーマごとに論を張った方が、遥かに健康
的で、有益であるように私は思うのですが・・・。


他流の方に愚痴るのもおかしいですが、顕正会は法論部でも作れば良いのじゃないかと
ずっと思っています。それと教学部。教学力は法論力の必須要件ですから、この二つに
は密接な関係があります。教学力と論破力とは、掛け算の関係にありましょう。教学ば
かりあっても、口下手で、相手の勢いに負け、相手の矛盾を瞬時に指摘するとか論理構
成を考えて説明するといった能力に欠ける人ならば、教学力を法論で活かす事ができま
せん。一方で、論破力が高い人であっても、教学が無いのであれば、当然、攻撃も防衛
もできません。そういう次第ですから、教学部と法論部を作って、教学部の人が文証を
揃え、この二つの部の人が入念に打ち合わせをして、法論当日は主に法論部の人が論陣
を張るようにすれば、かなり有効でしょう。

一般の会員はなかなか忙しいし、誰もが高いレベルの教学を身に付けられる訳でもなけ
れば、口が上手い訳でもありませんし、口がうまくなければ成仏できない、などという
事もありません。誰もが最蓮房と同じくらいの知識がないと駄目、というのは大聖人の
教えではありません。おばあちゃんの会員だっています。
そこで、他宗、他流から法論を挑まれれば、教学部や法論部から専門の人が出て行っ
て、是に応じる、こういう風にすれば良いかと思うのです。ちょうど典礼部の人がそう
であるように・・・。彼らへの給与は広布金から出せば良いでしょう。

2016/7/3  2:03

マイケル殿 どうもです

>樋田さんも然りですが、基本創価学会さんなり顕正会さんさんの、「幹部」と
呼ばれる方が双方論陣を張り、法論を行っているんじゃないですかね?

・・・そう、普通はそうなりそうなところなのですけどね。
法華講や妙観講だと、幹部と言いますと、講頭や副講頭、それに他の役職もあるのかも知れ
ませんね。顕正会ならば・・・組長も「長」なので、幹部といえば幹部ですが、班長からを
幹部と呼ぶ風習もあります。まあ、法論できそうなレベルと言えば支隊長とかからなのでし
ょうか?まあ、そんな感じです。創価ならば、地区部長?でしょうか。色々と地区で別れて
いるみたいです。で、その中の一定以上大きな地域の長が出てくる・・・。或いは、広宣部
や教宣部の人が応援に駆けつける・・・。ところが、実際にはそうはなっていないのですよ
ね。

うちの近所に、自転車であちこちの家庭を回って顕正会や創価をやめさせようと活動してい
る法華講の人が居るとか。創価の友人から聞きました。そして、その人の電話番号を入手し
たとか(何かあれば、ここに電話して下さい、と教えて回っているそうな)。
私は興味を覚えて、その法華講員の電話番号を教えてくれないかと聞いたのですが、もう広
宣部(教宣部だったか?)の方にまわしてしまって、手元にはない、との答えが返ってきま
した。ああ、なるほど、そうやって電話番号を入手して、広宣部は、直々に、その法華講の
人に法論でも申し込みに行くのかな・・・と思っていたのですが、そうではないとの由。

結局、その活動家法華講員の電話番号は、広宣部に渡ったら、渡ったきりで、創価からは特
に何のアクションもしないようです。ただ単に情報収集をして、マークするだけ。どうも、
創価には「堂々と正邪を決しよう!」という気風は既に無く、「放って置いてくれないか」
といった自己防衛的な反応しかしていない、という事が判りました。

2016/7/2  21:51

投稿者:沖浦克治

2016/7/2  21:45

投稿者:沖浦克治
 勝さん

 樋田さんとは既に友人関係なのです。

 ですので、お互いに干渉致しません。

 大草さんは存じ上げませんが、それほど言われるのでしたら、仲介の労をお取りくださいましたら、前向きに考えさせていただきます。

 

2016/7/2  21:43

投稿者:沖浦克治
 勝さん、今晩は。

 宗門は私からは逃げますよ。
 既に慧妙は逃げたままです。

 邪義破折班にも数年前出てくるように伝えましたが未だなしのつぶてです。

 それと、このブログは日に400ほどのロムがございます。
 意見表明には凄く魅力的です。
 それと、私は巌虎さんには特別の感情を持っています。

 ですので、このスタイルは継続いたします。

 フェイスブックでドンドン功徳の体験を書いております。

 こっちの方はこのブログの一桁以上多い方が見ておられます。

 ですがここにはここの良さもあるのです。

2016/7/2  19:31

沖浦殿


>>法華講の樋田氏や妙観講の大草氏、或いは青年僧侶邪義破析班に連絡を取って、開戦
をお始めになっては如何でしょうか?

→既に以前木っ端微塵に砕いておりますよ。
→もう彼らは私が怖くて近づきません。

確かに、沖浦殿は樋田氏とはもう既にドンパチされてますものね。その勝敗に就いての捉
え方はともかく、闘われたのは確かです。
ただ、樋田氏は現在も、沖浦殿を下した、と考えているのではないかと思われます。以前
は結局、御形木御本尊に開眼が必要であるか、という事に鍵っての討論であったので、他
の面白そうなテーマにも話は移ったりもしましたが、論じ尽くせたという感じではありま
せんでした。全てのテーマを論じ尽くすのには時間が足りない感じでした。

そこで、普段、ここで沖浦殿が主張されているような事に就いて、樋田氏と討論されては
如何でしょうか?ここで膨大なエネルギーをさいて延々と説かれるよりも、ずっと効果的
であるように思われます。

亦、大草氏や他の講頭、僧侶とは、まだ討論された事はないと思います。私と違って、沖
浦殿は公開討論(顔出し)も厭わない勇気ある方なので、相手方さえ承諾があれば、前の
ように公開討論(動画をアップする形式)が出来るのではないかと思います。
仏法はマイナーとは言っても、創価と言えば有名なので、創価の闘士と創価の本山であっ
た宗派の論客との討論である、という事になれば、結構、世の耳目も集めるのではないか
と思われます。少なくとも、ここで色々と書き込まれるよりも・・・。

私も、色々と勉強になり、面白くもあるので、拝見したいですし・・・。

2016/7/2  19:18

沖浦殿 ご返事、恐らく成しまして。


> 常に書いておりますが、私はここで大沢さんなどにレスをしておりますが、そ
れは表面上の事です。
> 実際にはここをロムされる多くの世間の方々向けて発信しております。

なるほど・・・御説は判りました・・・。

ただ、沖浦殿は「世間の方々」と仰っていますが、失礼ながらこちらのブログはあ
まりメジャーではなく、読む人も偏っているように思われるので、あまりこちらで
色々書かれても、効果はごく限定的であるように思うのです。
その最大の理由は、顕正会とか仏法というテーマが、世間ではまだまだマイナーだ
からです。もっとメジャーな場で、功徳の発表をされた方が良いのではないでしょ
うか。

亦、もう一つ疑問なのは、仮に功徳を見せるのが沖浦殿の方法論であるならば、こ
この法華講の人と論争する必要はないのではないでしょうか?功徳の体験談だけ、
時々お書きになれば十分であるように思われます。
そして、論争をなさりたいのであれば、宗門でも講頭とか御僧侶といった方となさ
った方が、話も早そうですし、世間の耳目も集められるように思われます。

2016/7/2  18:56

マイケル殿 続きです


>レスを一通り読ませて頂いて、では今血脈相承は一体どうなって
いるんだろ?と感じたのが、正直なところです。

金口・法体の血脈は、日達上人までで一端切れてしまってはいるが、日目上人の御再誕によ
ってたちまちに蘇る、というのが浅井会長の理論ではないかと思われます。
となるとまあ、以下の三点が問題になってきたりはしますよね、確かに。

1.授受が出来なかった、とはどうして言えるのか?
2.どなたが日目上人であるか、どうやって判別するのか?
3.授受ができず血脈が途切れるなどは、大聖人は想定されていたか?


>祖師の意が、正しく伝えられているのかどうか・・・顕正会さんに
在籍されていて疑問というか不安に感じる瞬間って、ありませんか?

前はありましたね。結構前ですが・・・
幾つか挙げますと、「他宗は全て邪法」「国立戒壇」「宗祖本仏論」などに疑問を持ちまし
た。本当に、それらは大聖人のお考え、教えなのだろうか?と。

2016/7/2  18:48

マイケル殿 今日は


>>或いは今後、酷評してしまう事があるかも知れませんが、若し
そういう事があればすみません。

→全く問題ありません。

そうですか、安心しました。
私は一時期、色々と疑問を感じて顕正会を離れていたのですが、そういう時期であっても、余
りに顕正会がボロクソに言われるのは、あまり良い気はしなかったもので・・・。

ところで、もし良かったら教えて欲しいのですが、前に在籍されていた教団の教えよりも、大
聖人の教えの方が正しそうだな、と思われるようになったのは、どういった理由からなのでし
ょうか?教えの体系が整然としている、という事でしょうか?それとも現証・・・?


>ここからは私見なんですが、私自身は御宗門に対する批判であっても
謙虚に耳を傾けなければならない、そう考えています。

>そこら辺は非常にフラットな感じで受け止めて頂ければと
思います。

そうですか、この件も安心しました。
御法主や御宗門を批判されると、拒絶反応を起こされる方も多いので・・・。
(激怒したり)

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