2016/9/9

ムテキクン  
顕正新聞第1385号の続きを見ていこう。女子部第六十八区班長は、長年反発を繰り返してきた夫が基礎教学書の広告を読んで態度を改めたことを報告している。

しかもである。なんと夫が、

「御奉公に使ってくれ」と五万円を差し出してきた・・・

というのだ。

あえて言うならば、「御奉公」がアヤシイところだ。これは現代においてはほぼ死語と化しており、これを頻繁に使っているのは顕正会員くらいである。つまりは顕正会用語なのだ。

顕正会に無理解だった夫が御奉公などという表現を使うだろうか、というのがわたくしの疑問である。

それはさておき、続きの文章が素晴らしい。

 「もしお前が死んだら、顕正会で葬儀をあげられるように、顕正会の住所と電話番号を書いて俺に渡せ」と言ってきたのです。

法華講員に言わせれば、どこが素晴らしいのか、ということになるだろう。顕正会で葬儀を挙げても成仏できないと。

この際、それは別の議論と考えていただきたい。わたくしは次の記事との対比において、素晴らしいと思うのである。

30年大反発の父、臨終の直前に入信
 色白く柔和な相に有難さでいっぱい

「いかなる人も」の大慈大悲に感泣


婦人部大宮支区班長の記事に付された見出しである。長年大反発していた父が最後の最後に入信したことは感動的である。

遂についに入信

わたくしは当初、この小見出しを誤植だと思った。しかし、本文中にそのような記述があるので、それに従ったのだろう。強調表現の一種と考えられる。

しかし、次のくだりはいかがなものかと思った。

私たちが邪宗の葬儀に列席しない旨を伝えると快諾してくれ・・・

彼女には兄がいて、どうやら葬儀はそちらのほうで執り行なうらしいのだ。ゆえに兄に対して、葬儀には出ない旨を伝えたという。

しかし、これはいかがなものかと思う。

最後の最後に入信した。これは感動的である。しかし、厳密に言うと、それは最後の最後ではなかった。最後の最後に邪宗で葬儀を挙げられてしまった。これが正真正銘の最後の最後である。
終わり良ければ総て良し、という。その意味では臨終直前に入信できたことはよかったのだろう。しかし、葬儀は邪宗だった。ならば、ダメである。それでは終わり良ければすべて良しとはならないからである。
しかも娘は邪宗の葬儀だからとその場には立ち会わなかった。はたしてそれで父親が喜んでいるとでも思っているのだろうか?

ひるがえって前述の女子部班長の話は、長年反発の夫がここに来てようやく一定の理解を示し始めたものの、現時点ではまだ入信に至っていない。しかし、その夫がである。妻の死後を案じて、顕正会の住所と電話番号を聞いたわけである。考えてみるがいい。何も妻が先に死ぬと決まったわけではないだろう。その逆の可能性も十分にある。フェアに考えれば五分五分だ。では、逆の場合はどうか、である。もちろん記事にはそこまでの記述はない。ゆえにわたくしの感触で言うわけだが、どうも夫の場合は、お前の好きにしろ、ということではないかと思うのだ。つまり、妻が先に死んだ時には、夫が顕正会に連絡を取って、儀礼室で葬儀をやってもらうという段取りになるわけだが、夫が先に死んだ場合も同じく顕正会で葬儀を行なうことになりそうな雰囲気なのである。

さて、この二つの対極的な記事について、どちらを支持するかは議論の分かれるところかもしれないが、すでに述べたごとく、わたくしは女子部班長のほうを支持したいと思う。

ちなみに、話がややこしくなることを承知で書くと、くだんの記事には次のようなくだりがある。

家にあった阿部日顕の書籍をすぐさまゴミ箱に捨てた・・・

ダメだ、こりゃ。

ようするに活動報告である。彼女の班で三月に創価学会・法華講を経て入会してきた人がいて、その人が日顕上人の著作をゴミ箱に捨てたという話なのだ。この記事からは読み取れないが、当然、この人は御本尊を持っていたはずである。それはおそらく返納したのだろう。それが今の顕正会の常識だからである。御本尊は返納という形を取る。それは不敬を恐れるからだろう。ならば本もそれに準じて考えるべきはずである。

これまた議論の分かれるところかもしれないが、わたくしは誰が書いたかは問題ではなく本をごみ箱に捨てるという行為が物凄く罰当たりに感じられるのだ。

この罰当たりは仏法上の道理を言っているのではなく、いわゆる世間普通の義においてである。
例えば、食べ物を粗末にすると罰が当たるという。これはきわめて初歩的というか、ごく普通に言われていることだろう。ゆえにわたくしは元来の貧乏性も手伝ってか、賞味期限が過ぎたくらいでは食べ物を捨てない。そのままゴミ箱に捨てるのはモッタイナイというケチな考えもあるわけだが、それと同時に、物凄く罪悪感を覚えることでもあるからだ。
紙媒体は線引きが難しいものの、いわゆる書籍、具体的には装丁が施されているものが相当するだろうか、これはもうゴミ箱には捨て難いものである。ちなみに新聞雑誌類についても、今はゴミ箱に捨てることはない。地域にもよるだろうが、いわゆる分別収集が義務付けられているので、その意味からしてゴミ箱にそのまま捨てるようなことはしないのだ。
以上のような理由から、日顕上人の御著作だからケシカランという意味を度外視しても、許されざる行為である。顕正会はそういう非常識なことを会員に教えているのかと、文句を言っておきたい。

最後に「食は薬なり」の記事を取り上げよう。これはもう何号も前に、いよいよシリーズ連載が始まるみたいなことを謳っておきながら、ストップしていた事案である。その理由はともかく、ようやくシリーズが始まった。今回は和食がテーマだ。

関谷・和食料理長 入魂の逸品の数々
 手間ひま惜しまず、惣菜・特製弁当
 芙蓉茶寮は食品添加物を一切不使用


もうこの見出しだけで十分だろう。和食料理長の顔写真もなかなかの風格を感じさせるし、「第2青年会館」落成祝賀弁当の写真も見るからにウマそうだ。

広宣流布の輜重部隊

何やら聞き慣れない言葉が出てきた。実際、記事にも輜重(しちょう)とルビが入れられているくらいだから、知らない人が多いのだろう。これはいわば軍事用語の一つである。思えば顕正会の組織自体が軍隊っぽく、とりわけ男子部あたりはまさに軍隊を思わせるような役職が並んでいるので、わりとそういう意味では整合性があるのかもしれない。

料理長の言葉で含蓄を感じたのは、次のくだりである。

味付けが上手だから美味しいのではなく、食べ慣れたものが美味しく感じられるのです。

う〜ん、実にイミシンである。

2016/9/20  23:53

投稿者:pipo
30年大反発の父、臨終の直前に入信
 色白く柔和な相に有難さでいっぱい
「いかなる人も」の大慈大悲に感泣

臨終用心抄 日寛上人
他宗謗法の行者は縦ひ善相有りとも地獄に堕つ可き事。
中正論八六十に云く、縦ひ正念称名にして死すとも法華謗
法の大罪在る故に阿鼻獄に入る事疑ひ無しと云云。私に云
く禅宗の三階は現に声を失ひて死す、真言の善無畏は皮黒
く、浄土の善導は顛倒狂乱す、他宗の祖師已に其れ此くの
如し末弟の輩其の義知る可し、師は是れ針の如し弟子檀那
は糸の如し、其の人命終して阿鼻獄に入るとは此れ也云
云。

2016/9/20  23:49

投稿者:pipo
30年大反発の父、臨終の直前に入信
 色白く柔和な相に有難さでいっぱい
「いかなる人も」の大慈大悲に感泣

曾谷殿 御返事
建治 二年 五十五歳 御作

釈尊より上行菩薩へ譲り与へたもう
然るに日蓮 又 日本国にして此の法門を弘む
又 是には総別の二義あり
総別の二義少しも相そむけば成仏思もよらず
輪廻生死のもといたらん
例せば大通仏の第十六の釈迦如来に下種 せし
今日の声聞は全く弥陀・薬師に遇て成仏せず
譬えば大海の水を家内へくみ来らんには
家内の者、皆縁をふるべきなり、然れども汲み来るところ
の大海の一滴を 閣きて又 他方の大海の水を求めん事は
大僻案なり大愚癡なり

2016/9/16  9:25

投稿者:チキンジョージ
沖浦克治さんに質問です。
貧乏人と病人を救うのが本当の宗教だ。本当の仏教だ。
とありますが、ではどうして戸田先生の強度の近眼は
治らず、過度の飲酒が原因の肝硬変も治らなかったのでししょうか。

2016/9/16  9:22

投稿者:チキンジョージ
巌虎さん、沖浦さん、大沢さん、マイケルさんに質問です。
日蓮聖人は竜の口では命を守れたのに
熱原の三人は、どうして必死に唱題していたのに
命を落としてしまったのでしょうか?
教えてくださいませんでしょうか。

2016/9/16  6:03

投稿者:沖浦克治
おはようございます。
今日はゆっくりしてから秋田に行きます。
明日お昼検量、二時半試合開始。
戦いです‼
戦う場所がある。
功徳です‼

2016/9/15  12:15

投稿者:チキンジョージ
顕正会、日蓮正宗、創価学会の方へ質問です。
日蓮聖人は竜の口では命を守れたのに
熱原の三人は、どうして必死に唱題していたのに
命を落としてしまったのでしょうか?

2016/9/14  9:25

投稿者:マイケル
>昭和30年の「大白蓮華」2月号に「男子部幹部の論
文」として発表しているということ

リンク先、拝見しました。
有難うございます。

ご指摘の通りですね。

2016/9/14  8:51

投稿者:唯ちゃん
中部大会に向けて班長から誘いがもうありました。一応中部に住んでますが。法華講員です(w)

2016/9/13  23:56

投稿者:セロリ大ッキライ
初コメだよ〜♪


馬鹿のバーズと、キチガイのパラパラ茜。
この2顕正会員はドウヤラ、死んだみたいですよ。
或いは万引き等の犯罪をして、サツに捕まって、ブタ箱に入ってるのか……

2顕とも、ブログが全く更新されてないんです。

顕正会に入会したら、幸せになれるどころか、かえって不幸になる。

バーズとパラパラ茜を見れば分かるよね。

日曜勤行と成人式を病気の為に出られない浅井昭衛。
巌虎さんの予言どおり、もうじき死ぬのだろう。

いくら長生きしても、昭衛みたく顔も体もデブデブにはなりたくない。

あのジジーは、糖尿病で高血圧ですから。

池田大作と昭衛は、似てますね。

2016/9/13  18:00

投稿者:  
>投稿者:  
>××寺御住職の○○部長は、年がら年中、在勤の御僧>
>侶や寺族や法華講関係者に真っ赤な顔して、「増上慢だ
>〜!」と逆ギレ絶叫してます。
>かなりの御高齢ですが、感情の劣化が始まってるので>
>しょうか。みっともないです。一般信徒にも丸聞こえ>
>です。

宗門の御僧侶の中には信者を家来や召使のようにしか思
っていない方もかなりいます。
特に「学会バブル」の恩恵に浴して池田氏や学会幹部の
おべんちゃらを言いながら布教もせずに学会典礼部と化
して贅沢三昧の金満生活を送っていた人たちの世代が現
在の宗門執行部で何とか部長を務めているのですから高
齢による感情の劣化だけでなく僧侶として健全な青年
期・壮年期を過ごさなかった事による人格のゆがみが散
見されるのは残念でもありましょう自業自得でもありま
しょう。
ですがそういう逆ギレ僧侶に対しても指導教師ではなく
反面教師として冷静に温かく見てあげること、僧侶べっ
たりの寺信心でなく自立した信仰者として逆ギレ僧侶に
も慈悲を持ってあげましょう。その何とか部長さんのよ
うな逆ギレ僧侶みたいに争いの心を持ってはなりませぬ
と思うのでありますが

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