2017/4/23

第1404号の四面を読んで  
前回は大ボケをかましてしまった。たぶん漫然と読んでいる人たちには何の話かわからないだろう。ようは晃氏のコメントに対して、わたくしは早とちりしてトンチンカンなことを書いてしまったのである。

甚だ煩瑣ではあるが、訂正の意味で拙文と晃氏のそれを並べておこう。

浅井先生としては不本意かもしれないが、世間的には大川隆法先生のほうが有名であるし、実際、そこそこ売れているようでもあるのだ。残念ながら、そこには教義上の勝劣だとか浅深のようなことが介在することはない。

2017/4/20 0:04
投稿者:晃
出世間が仏教なら、教義で勝劣を付けてしまっても問題ないでしょう
世間に迎合した売上は気にする必要はないのでは…

https://hokkevxage.wordpress.com/


わたくしはこれを沖浦氏への批判と勘違いしてしまった。しかし、よく読めば上掲の拙文と対応していることがわかるわけで、なぜにウッカリしたのかが問題である。その理由いかんによっては、それこそボケが始まったと言われても仕方がないだろう。

いちおう言い訳がましいことを書いておくと、沖浦氏は自身の商売がうまく行っていることだとかその他もろもろの功徳話を年がら年中書いていて、さらに世間出世間のことで言えば、仏弟子は出世間ではなく世間で勝負しなければいけないみたいなことも言っているわけで、ちょうど晃氏のコメントの前後を挟むような格好で沖浦氏のコメントがあったりもしたものだから、それで勘違いしてしまったわけである。

いずれにしても上掲が示すごとく、晃氏のそれは沖浦氏への批判ではなくわたくしへの批判だった。この点は関係者各位にお詫び申し上げるものである。

その上で、減らぬ口のようではあるが、晃氏へ申し上げておこう。

もしも晃氏が顕正会擁護のつもりで書いたのであれば、それはムナシイことである。たぶんそうではなく、晃氏のことだから顕正会を擁護するとか批判するとかではなくて、あくまで自分自身の意見を書いたまでのことなのだろう。とは言え、いちおうムナシイことの理由を説明しておきたい。

http://blog.goo.ne.jp/kensho_kai/e/b71c6b2120eb899edeca7a5b3e60564d

これが答えである。リンク先からあえて必要な部分だけを引用すれば、次のごとくである。

 「ネットは見るな!」 として来た顕正会だが、総幹部会で浅井会長自ら 「購読申込みが広告によって、アマゾンに続々とよせられている」(取意、7月度総幹部会)と述べたという。そして、各部集会での幹部の登壇では、「基礎教学書 注文が殺到」、「アマゾンで宗教部門第1位」、「広告を見て逆縁者が入信」 等と叫んでいる。

http://kensho-nostalgia.blog.jp/archives/5566312.html

こちらのリンク先もほぼ同意見と考えられる。

ようするにアマゾン一位を自慢している時点で終わっている話なのだ。いかにも俗っぽいというか、浅井先生が嫌いそうな言葉を使えば、名聞名利を欲している、ということになるだろう。
もっとも顕正会が本気で広宣流布を考えているのであれば、沖浦氏と同様に、やはり世間で勝負しなければいけないだろう。いわば同じ土俵に立って、そこで一位を獲得しないことには話にならないのだ。
教義上の勝劣にしても内輪で自画自賛していても仕方がない。ようは内弁慶では話にならない。まさに公の場において白黒ハッキリさせなければいけない。その意味でも今の顕正会がどこまでやれるのか、ひじょうにアヤシイところである。

以上、晃氏への返信としたい。

今朝の沖浦氏のコメントには聖教新聞を読むのが日課であると書いてあった。わたくしの場合は顕正新聞を読むのが日課となるだろうか?

しかし、委細に見れば沖浦氏のそれとわたくしのそれは大きく異る。

氏は創価学会員として創価学会を肯定する立場で聖教新聞を読んでいる。ところがわたくしの場合は顕正会を批判する目的で顕正新聞を読んでいるのだ。それが日課だとはずいぶんイヤラシイ人間ではないかと自分ながらに思うところである。

ただし、矛盾するようだが、顕正新聞から学ぶことは多い。先日も書いたように、わたくしにとっての生涯学習用教材が顕正新聞なのだ。その意味でも編集部には頑張ってもらわないといけない。

さて、今日も顕正新聞第1404号の続きである。

浅井先生の大忠誠のお姿が重なっては・・・

男子部総務の発言である。例のごとく、先生と誰かが重なって見えるというフレーズは枚挙に暇がないわけだが、その都度、相手が変わるという点が不思議である。今回の場合はどうやら熱原の法華講衆と先生が重なって見えるということらしい。

・・・今の腐敗堕落した宗門と、極限の大謗法を犯すに至った学会の姿と重なりました。

同じく男子部総務であるが、今度は何を言っているのかと思えば、宗門や創価学会の姿がかつての五老僧の姿と重なると言っているのである。今の創価学会の人たちがどのように思うかは微妙なところかもしれない。しかし、宗門の人たちは大反発するだろう。とりわけ法華講の元気のいい連中ならば、黙ってはいないはずだ。

さて、その隣には第十一婦人部幹事の記事があって、次はかなりアゲアシ取りの感じがしなくはないものの、いちおう気になる部分なので取り上げさせていただくことにした。

先生が待っておられる・・・

会長本仏論的である。これのどこがそうなのかと思う人は顕正会の事情に暗い人なのだろう。ようするに顕正会では、大聖人のお待ちあそばす大法戦場、というフレーズをよく使うのである。つまり、大聖人が待っている=浅井先生が待っている、ということにもなりかねないのだ。ゆえに会長本仏論的なのである。もちろん先ほども書いたように、これはかなり強引な解釈であり、まさか本気でそう思っている人もいないだろうから、その意味ではアゲアシ取りに過ぎないのだろう。

常識的には、先生は我々の成長を待ってくれている、だからモタモタしていてはいけない、という意味なのだろう。

右下の女子部第二百二十一区長の記事は簡単に終わりたい。

 かくして、昨年一月の区結成当初より三倍の結集を以て・・・

これは凄いことである。ぜんぶの組織が同じくらいの結集力を発揮すれば、顕正会は飛躍的に成長するだろう。現実は現状維持が精一杯であり、ややもすれば離脱者続出で組織崩壊が起きかねない、それが顕正会の実態だと思う。

左下の女子部第百二十七区長の記事は、まず見出しをご覧に入れたい。

撰時抄御真蹟の写真に胸いっぱい

ところが本文中では次のごとく書かれている。

御真筆写真

通常、御本尊は御真筆、御書は御真蹟と表記するのが慣習(?)だろう。だったら本文中も見出し同様にすればよかったと思うのだが、どうだろうか?

本文を尊重した上で、やんわりと訂正したということか?

しかし、わたくしにはわからないことがある。以下は煩瑣になるので大幅に省略することになるけれども、顕正新聞をお持ちの人にはぜひともご確認いただきたいと思う。

 ことに、核を用いて・・・

 さらに、アメリカの衰退により・・・

 経済崩壊した中国は・・・


三段に分かれている文章なのだが、わたくしには順番がデタラメのように感じられるのである。おそらくは冒頭の一段を最後に回すべきなのだろう。ことに、さらに、という言い回しからすると、話が順番に並んでいるように読めてしまう。しかし、内容的には核戦争が最後に来なければおかしいはずだ。

つまり、編集部はあまり真面目に読んでいないのである。彼らも毎号の編集にウンザリしていて、機械的に作業しているだけなのだろう。

以上、今日は第1404号の四面の記事を取り上げた。

2017/4/24  6:44

投稿者:沖浦克治
 実は、トレーニングジムオープンより、何時かは私のジムから村会議員を出したいと祈っておりました。

 白馬村の若者のために新しい産業としてレストレーション・トレーニングを広めたい。
 5人の若者がコーチ業で生活できるなら、家族を入れて20人の人が白馬村に定着できる。

 現状は、大学へ行ったらそのまま都会で就職。
 帰村して村で生活する人はほとんどいません。
 このままでは高齢化と共に村は滅びてしまいます。

 今まだ体力のある間に対策をせねばなりません。
 行政を巻き込まないと不可能です。

 レストレーション・トレーニングを定着させ、白馬村をトレーニングのメッカとし、全国からあらゆる種類のアスリートの合宿を誘致する。

 グリーンシーズンに10万人の生徒がやって来るなら、そこには大きな雇用が生まれます。

 更には将来村に大学を誘致する。
 そうするならここでも産業が生まれますし、雇用も出て来ます。
 何よりも、白馬で育った若者が地元の大学へ自宅から通えます。

 夢の様な話しでしょうが、私は創価人。
 師匠が云われました。

 『米を育てるなら1年先を目指せ。
 樹を育てるなら10年先を目指せ。
 人を育てるなら50年先を目指せ。』(主意)

 見果てぬ夢に向かって生きて、この人生を終える。
 私はそれで満足です。
 以前の熱原三烈士公演も同じ思いで始めました。

 その最初の小さな一歩が現実に始まっております。
 人間革命第一巻に 千里の道の章がございます。

 末席ながら池田門下生。
 あきらめると云う言葉は、創価の辞書にございません。

 私もまだまだがんばります。

 功徳〜〜!!

2017/4/24  6:43

投稿者:沖浦克治
巌虎さん、おはようございます。
 
 村会議員選挙の結果を昨夜書きました。

 無論の事、今回当選なさいました田中麻乃氏は、私のジムの生徒ではございますが、丸抱えしてお願いしているわけではございません。

 選挙が始まる数週間前、ジムでトレーニングしていて突然云われました。

 今度の村会議員選挙に立候補します。
 応援して下さい。

 驚きましたが嬉しかったです。
 不思議です。
 創価の祈りと云うものは思わぬ所から叶います。

 私が信心して間のない頃登山会が盛んでした。
 昭和37年の秋でした。
 班担当員さんが訪ねて来られました。
 新入会者の私の初登山推進です。
 母が云いました。

 ごめんなさい、今家には3千円しかないのです。
 〜当時と登山界には3千円が必要でした〜
 これ払ったら生活出来ません。

 私も当然お断りしました。

 次の機会にします。

 すると班担当員(中村さんと云われます)さんが厳しい顔で云われました。

 貴方、次の機会まで命ある自信があるの?
 死んでしまったら戒壇の大御本尊様にお会いできないのよ。

 母の方を向いて更に云われました。

 貴女、3千円あるなら息子さん登山会へ行かせてあげなさい!
 祈ればそう云うお金は直ぐ出て来るのよ。
 御本尊様に祈って試すと良いわ。

 母が顔をあげて私を見て云いました。

 克治、登山会行って来なさい。
 後はお母さんがさんが祈って何とかする!

 私はこの二人の会話に圧倒されました。
 それで、私の初登山が決まったのです。

 驚いたことに、その次の日母の職場で同僚が、

 沖浦さん以前借りていた3千円遅くなってごめんなさい。

 と云って払って下さいました。
 母もすっかり忘れていたそうです。

 創価の祈りは叶う!

 嘘みたいな本当の話でした。
 田中さんが立候補を表明された時、この時の驚きと同じものを感じました。

2017/4/23  22:44

投稿者:沖浦克治
 今日は白馬村の村会議員選挙でした。

 私のジムの生徒が立候補され、見事に上位で当選なさいました。

 嬉しいです。

 功徳です。
 

2017/4/23  18:00

投稿者:マイケル
>「購読申込みが広告によって、アマゾンに続々とよせられている」(取意、7月度総幹部会)

https://www.amazon.co.jp/product-reviews/4990205510/ref=acr_search_hist_5?ie=UTF8&filterByStar=five_star&showViewpoints=0

レビュアーの評価が二極化していますから、顕正会の
会員さんが購入されているんだと思います。

星5つ→顕正会の会員さん
星1つ→アンチ

という構図が、見え隠れしてるって感じでしょうか。

2017/4/23  16:53

投稿者:沖浦克治
 巌虎さん、今日は

 気になさらないで下さいませ。

 聖教新聞は、人間革命と体験談を主に読みます。
 と云うより、それしかほとんど読みません。

 以前、低劣な誌面座談会で日蓮正宗の悪口を書いていたころ、ほとんど読みませんでした。

 今創価学会は寛師教学を捨て去り、教義も一新しつつあります。
 
 当然聖教新聞も良くなっています。
 良い時代ですね。

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