2017/12/17

チョウナンカイ  
マイケル氏の質問は超難解の部類に入ることで、わたくしのような未熟者が答えられるわけがないのは、氏も承知のはずである。いわゆる、試している、のかもしれない。

少し話がズレるかもしれないが、治病大小権実違目の冒頭には身の病と心の病についての御指南がある。身の病は仏でなくても治せる。しかし、心の病は仏しか治せない。これが弘安元年六月二十六日の御書だ。

実は同日付で別の御書がある。中務左衛門尉殿御返事、すなわち四条金吾殿への御書と考えられる。そこには大聖人が下痢を患っておられ、四条殿の薬を服した結果、回復した旨の記述がある。

ところがである。直後の御文がひじょうに悩ましいのだ。

しらず、教主釈尊の入りかわりまいらせて日蓮を扶け給ふか、地涌の菩薩の妙法蓮華経の良薬をさづけ給へるかと疑ひ候なり。

身の病と心の病を別のものとして考えれば、四条殿の医療行為も是認できる。というか整合性があるだろう。何しろ心の病は仏にしか治せないからだ。ところが上掲の御文は身の病と心の病を混同するような記述であり、わけがわからない。もちろん四条殿を励ます意味だとか感謝の意味を込めての譬喩表現と解釈することも可能だろう。

とは言え、治病大小権実違目を委細に読めば、もはや身の病と心の病の話がゴチャマゼになっていて、整理整頓がつかないような気がしてならないのだ。
そこはたぶん大聖人の御思考では十分に整合性があるものの、愚鈍のわたくしにはその複雑なロジックを読み解けないだけなのだろうとは思う。
ちなみに、ここでの心の病はいわゆる精神科だとか心療内科の領域を意味するわけではなく、純粋に仏法上の意味に他ならない。具体的には謗法の念慮とでも表現すべきだろうか?

その意味から類推すると、謗法の念慮(心の病)に起因する身の病は難病であるという理屈になるだろう。そこで新たな問いが発せられるのだ。

何ぞ汝が弟子等又やみ死ぬるや。

ようするに謗法者だけでなく大聖人の門下にも病気に罹る人もいれば死ぬ人もいるわけで、その合理的な理由が求められているわけである。回答部分はあえて掲げないが、あるいはマイケル氏の求めている答えがこれなのかもしれないと思う。

さて、一神教の問題である。

外道仏を難じて云はく、汝は成劫の末、住劫の始めの愚人なり。我等が本師は先代の智者、二天三仙是なり・・・

いわゆる内外相対は五重相対の最初に出てくるわけで、種脱相対の立場から見るといちばん初歩的な比較相対のように思える。しかし、現実的にはかなり難解だ。
善無畏三蔵抄の当該御文にはこの外道の論難に対して直接的な回答は示されていない。御書全編を拝してもなかなか見えてこない。それがわたくしの正直な感想である。
汝は成劫の末、住劫の始めの愚人・・・はひじょうにわかりやすい御文であって、釈尊は人類史上ではわりと初期の人物、実在の人物として一般的にも認識されている。しかし、今書いたように、あくまで人類史上なのである。ゆえに地球創世だとか宇宙の始まりというレベルから見ればヒヨッコである、というのが外道の言い分なのだろう。

ここで法華経における久遠思想が登場する。

わたくしの念頭にあるのは今此三界合文である。ここでは具体的御文を挙げないが、そこには懐中と呼ばれる謎の文証が引用されていて、久遠思想には多重性があることがわかる。

平たく言うと、五百塵点は始成の説に順じた一応の説であって本当は無始無終なのだ、というような意味に読める。これは一種のバージョンアップであって、なぜにその必要性に迫られたのかを考えると、あるいは真言の我一切本初を意識してのことかもしれない。

仏教内においてもこうした競争原理が働いている。いわんや他教をやであろう。

時間的にはどちらが古いか、ようは先輩であるかを競って、空間的にはどちらが広いか大きいかを競っている。早い話、同じ土俵で競えばそういうことになるのだろう。

さて、偉そうなことを書いているが、わたくしとてしょせんは凡夫である。答えがわかっているわけではない。しかし、生意気ながらも独学で勉強してきて、わたくしなりの発見もあった。すると、教団の言っていることが百パーセント正しいとは思えなくなってきて、実際のところ、間違っているのではないかという部分がいくつも存在するわけである。

具体例を挙げよう。御講聞書の一節だ。

一 妙楽大師の釈に末法之初冥利不無の釈の事

いわゆる顕益と冥益の説明であるが、煩瑣になるので結論部分だけ引用しよう。

仍って本化の菩薩は顕の利益、迹化は冥の利益なるべし云云。

いかがだろうか? 宗門でも創価学会でも顕益・冥益の説明をしており、それはネットで検索しても出てくるが、しかし、当該御文を拝するとかなり違った印象を受けるはずである。この点、明快な答えを出せる人がいれば、ぜひともご教示願いたいと思う。たぶん大半の人が解説書を読んでそれを鵜呑みにしているだけなのだろう。わたくしはそうではないということだ。

2017/12/21  10:14

投稿者:ご都合脳さんご苦労様
>実は先日仏間で祈りました。

こういうのをご都合功徳と言います。
こんな後出しジャンケンみたいな事言ってたらダメ。今何を祈っているか宣言して達成しないとね。

2017/12/21  7:16

投稿者:(笑)
オーストラリアで本気で本気で販売する人よりも、先に日本で頑張る人を出さないとね。
頑張るんですよ。ハイ!

2017/12/21  6:58

投稿者:沖浦克治
巌虎さん、おはようございます。

 昨日来客がありました。

 オーストラリアで私共のワックスを使ったら凄く良くて、でも現地では販売している所が見つけられない。
 それでオーストラリアでの販売ルートを知りたい。

 とのお話しです。
 私共はまだまだ海外展開が出来る程のメーカーではありません。
 とお答え致しました。
 すると、

 自分はオーストラリアに住んでいる日本人で、あちらで数万人の学校のスキー選手協会の役員をしているが、ワックスで多くの父兄が困っている、御社のワックスを試した所、多くの父兄が手軽さと性能に驚かれた。 
 販売ルートを作って欲しい。

 来年の1月半ばまでおられるとの事ですので、その方にお任せする事に致しました。
  
 実は先日仏間で祈りました。

 オーストラリアで本気で販売する人よ出て来い‼
 
 本当に出て来られました。

 功徳〰‼

2017/12/20  15:53

投稿者:マイケル
んっ?さん

お忙しい中、本当に有難うございます。
感謝の言葉以外、ございません。

ズバッと、お聞きしますね。
謗法が原因であるか否か、どうやって見分ければ良いのでしょうか。

僕が離檀させて頂いた原因は、表現するのが
難しいんですけど・・・不治の病に罹っている
からなんです。

現代医学では、治らないと医師に告げられています。
治療法も、ありません。

業病なのかどうかも、分からない。
ましてや本人は、過去に謗法を犯したなんて意識もない。

そんな中で、病気で苦しまなくちゃいけない。

一般の人以上に苦労してんのに、何故折伏だの
何だのかんだの、言われなくちゃいけないんだ。

その点が、解決しなかったので最後の最後に、
離檀という選択肢を選びました。

人様の抱える痛みや悩み、苦しみが全て分かるとは
思いません。

でも・・戦争や飢餓、病気をはじめ人が抱えている
ネガティブな感情に寄り添える、そんな人間であり
たいとは思います。

余談ですけど・・

www.sokayouth.jp/study/kyogaku-test/3-taku-test-applied.html

これは基礎、応用共に何度か繰り返してほぼ満点
が取れました。

2017/12/19  16:39

投稿者:(笑)
> 簡単には進路変更はできません。

それって、間違えてるとわかっていながら、放置してるってことかな。酷いね〜〜隠れ創価さん。
もういいからフェイスブックでやれば。

2017/12/19  16:10

投稿者:(笑)
> 今後少しずつここで解き明かして参ります。

フェイスブックでやれば?
隠れ創価さん。

2017/12/19  7:41

投稿者:マイケル
>宗門でも創価学会でも顕益・冥益の説明をしており、それはネットで検索しても出てくるが、しかし、当該御文を拝するとかなり違った印象を受ける

御義口伝→建治
御講聞書→弘安

だから、ですかね?
御本尊様の相貌を拝しても、違いがあるのは
一目瞭然ですから。

2017/12/19  7:16

投稿者:沖浦克治
 巌虎さん、おはようございます。

 基本なのですが、日蓮正宗は釈迦仏法の立場から大聖人仏法を捉えています。

 創価学会も以前は日蓮正宗におりましたので、その立場でした。
 その中で生命哲学と言う表現を用い、真実の大聖人仏法を小出しにして来ました。

 現在破門を勝ち取り、日蓮正宗の頸木から解き放たれ本来の創価仏法をもって世界民衆の救済をできることになったのです。

 創価学会は宗門と異なって巨大教団です。
 簡単には進路変更はできません。
 破門から来年で27年。

 要約本格的な協議変更の機根が整つつあります。 
 最も大事なことは、

 私ども一切衆生は本来、久遠の南無妙法蓮華経如来の当体であることです。

 ここが理解できないなら仏法は理解出来ません。
 宗門のあらゆる邪義はこの迷いが根源です。

 今後少しずつここで解き明かして参ります。

 

2017/12/18  22:35

投稿者:マイケル
厳虎さん、んっ?さん今晩は。

まずはレス頂きまして、本当に有難うございます。
お二人の教学力の高さに、圧倒されました。

う〜ん、上手く自分の考えを伝える事が出来ず、
本当にゴメンなさい。

平たく言うと、今世界中で貧困や戦争、病気で
余りにも多くの方が亡くなってるじゃないですか。

この原因が、本当に「法華経(御本尊様)誹謗、
謗法故なのか?」ってところに、引っ掛かってる
んですよね。

御本尊を受持されている方(富士門流全体)も、
広く社会に貢献されている。

学会員さんは、その典型でしょう。

その一方で、受持されていない方も広く社会に
貢献されている。

生まれながらにして、障害を持って生まれてきた人もいる。
現代医学では、完治しない病気で苦しんでおられる
方も、沢山いらっしゃる。

僕自身も、その中の一人です。
そこがどうしても、信心では分からなかったので
お聞きしたかった。

厳虎さんを試すとか、そんな気は全くないんです。
ただ、それだけなんですよね。

感情的になって、すみません。

2017/12/18  21:01

投稿者:沖浦克治
 『答えて云く得意に云く正像に益を得し人人は顕益なるべし在世結縁の熟せる故に、今末法には初めて下種す冥益なるべし已に小乗・権大乗・爾前・迹門の教行証に似るべくもなし現に証果の者之無し、妙楽の釈の如くんば、冥益なれば人是を知らず見ざるなり。 』
 (教行証御書)

 御書に顕益も冥益もここだけしかありません。

 ここでの立て分けは、私どもが普段使用する意味と異なっていると思います。

 正法像法は、本已に善有、の衆生であるので素直に法華経を信じて成仏するが、末法は本未有善であるから、簡単には信じることが出来ない。

 私にはこのように拝せます。
 これはあくまでも釈迦仏法の立場からの考えで、大聖人仏法では、一切衆生が本来久遠の南無妙法蓮華経如来だと説きます。
 
 未だ善有らずではないのです。
 元々が南無妙法蓮華経如来ですからね。

 直達正観が大聖人仏婦ですから、顕益が出て当然ですし、顕益の出ないものが冥益など不可能です。

 『是を以て思ひ給へ一丈の堀を越えざる者二丈三丈の堀を越えてんややすき雨をだに・ふらし給はず況やかたき往生成仏をや、』
 (頼基陳状)

 顕益が出てこその冥益だとの意味でしょう。

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