2018/2/7

タブラカシ  
マイケル氏にはお気遣い無用と申し上げておこう。以前から繰り返し言っているように、拙ブログにおけるコメント欄はそれぞれの投稿者が自己責任において発言する場であって、そこにわたくしは何らの制限を設けることもしていない。ゆえに沖浦氏においてもおよそ十年にわたって、好き勝手なことを書き続けて来れたわけである。そして宣言通りに氏は拙ブログから去った。その後わたくしは氏のことをほとんど話題にしていない。沖浦氏には沖浦氏の人生があって、その人生の途上において拙ブログに立ち寄っていた、ただそれだけのことである。ゆえにマイケル氏も同じである。マイケル氏が拙ブログにコメントを寄せることをわたくしは拒みもしないし、もし去るのであれば引き留めることもしない。

そしてこれはまた自分自身にも当てはまることなのだ。

ブログ主とコメント投稿者の違いはあるものの、インターネットという媒体を使って発信をしている意味では同じことである。ゆえにわたくしもいずれはミセジマイをすることになるかもしれないわけで、気分的にそういう思いが強まる時がある。それを前回の拙稿ではオワコン云々と表現したわけである。ただし、マイケル氏もおっしゃって下さるように、わたくし自身も拙ブログにはそれなりの存在価値があるだろうと思っている。その意味では今後もまだ続けるつもりでいるわけだが、しかし、発作的にブログを閉じてしまうこともあり得るかもしれないし、あるいはフェードアウト的に終わることも可能性としてはあるだろう。

どうでもいい話である。

さて、今日は顕正新聞新春号掲載の十二月度総幹部会会長講演を取り上げる。当該講演では久々に本門寺改称問題に言及しているが、これは何か必然的理由があって話題にしたわけではなく、浅井先生自身が正直に「思い起こした」と言っている。

十二月三日に中国・四国大会が行なわれた。中国・四国地方ではとりわけ高知県が早くから伸びていた。今では全国にたくさんの会館があるのであまり実感できない話だが、実は高知会館が地方会館の先駆け的存在だったのだ。そしてその立役者が寺田氏だった。ところがである。その寺田氏が造反したのである。わたくし自身は当時、末端の一会員に過ぎなかったし、住んでいるところも違ったのであまり実感がなかった。しかし、これは大事件だったようである。

そしてこれは本門寺改称問題に前後して巻き起こった出来事であり、浅井先生は今回の講演で次のように言っている。

 当時、顕正会の諫暁に追い詰められた学会は、さまざまな謀略をめぐらして顕正会員をたぶらかし、組織の分裂さえ謀ってきた。大事な時には、大きな魔障が起きるということです。

わたくしはすっかり失念してしまっていたのか、あるいは今回の講演で初めて聞いたのか、そこは定かではないのだが、寺田氏はこの時に顕正会を除名になっている、もちろんそれはよく憶えているわけだが、そこで彼は正信会に移籍したのだそうである。

少しヘンな話ではある。創価学会の謀略が奏功して寺田氏が造反した。その寺田氏が向かったのは創価学会ではなく正信会だった。

本門寺改称問題については、もう一つ疑問がある。

 しかし池田大作はこの管長発言を利用して、いよいよ「本門寺改称」の陰謀を大石寺開創七百年に当る平成二年に実現しようと心に決めた。

管長発言とは昭和四十九年十一月七日の日達上人の御発言のことである。そして平成二年とは昭和六十五年のことである。つまり、目標達成を丸々十五年先に設定したことになる。

これが本当だとすると、凄いことである。

国家百年の計という言葉があるけれども、場当たり的な施策に終始しているのが現実である。それはいつも言っているように、凡夫には未来のことはわからない、だから仕方がないことなのである。十年先だって見通せない。しかるに池田大作氏は十五年先を見込んで目標を定めた。なるほど、創価学会という大組織を統率する大人物だけのことはある。行き当たりばったりの顕正会とは大違いだ。

以上、本門寺改称問題については、今も釈然としないところが残っている。しばしば法華講員が、陰謀云々は浅井の邪推だ、というような意味のことを言っているけれども、わたくし自身はそれにも与しないし、今回述べたように浅井先生の言っていることにも疑問がある。ようは釈然としないままなのだ。

細井日達の急死

血脈は断絶せず


当該講演の最大の目玉である。なぜならば初出と思われる内容が書かれているからだ。

まず、その前に文法的な疑問から指摘しておこう。

 歴代貫首上人にとって最大の大事は、次の貫首上人を選んで御相承を申し上げることです。

御相承を申し上げる・・・

申し上げるがどうかと思うところだが、前々から言っているようにわたくしは文法に精通しているわけではない。どちらかと言うと感覚的に違和感を覚えるわけであり、それを説明するのはひじょうに困難である。

さて、次が重要である。

 ただし、このような異常事態が起きても、下種仏法の血脈は絶対に断絶しない。
 そのゆえは
 法体の「本門戒壇の大御本尊」は厳然としてましまし、「金口の相承」また御大事箱に厳然とましますゆえであります。
 もし御遺命を堅持される貫首上人が御出現になれば、忽ちに血脈は蘇る。況んや広宣流布のときには日目上人が御出現あそばす。だから、少しも心配はいらないのであります。


ようするに日達上人は御相承をなされずに御遷化あそばしてしまった、ゆえに血脈が断絶したかのように思うかもしれないが、下種仏法の血脈は絶対に断絶しないのだ、その理由はこれこれこうである、という文脈である。

この点、浅井先生の主張は一貫不変である。しかし、委細に見れば、過去の発言にはなかった新しい内容が見られる。

御大事箱・・・

これがそうだ。

やはり初出なのだろうと思う。その理由は後日取り上げる予定の大幹部たちの発言に明瞭である。ようは幹部たちがこの発言を受けて、今まで明かされなかった大事が明かされた、みたいな言い方をしているからである。

しかし、むしろわたくしはこの発言を失敗だと思う。

拙ブログでは少し前にも御相承のことについて書いた。その時わたくしは、今も猊下一人に伝わる口伝のようなものがあるとは信じ難い、という意味のことを書いた。この点、浅井先生も同意見なのかもしれない。御大事箱云々がそれである。ようするに口伝ではなく、文書の形として御大事箱の中にしっかりと保管されているという意味に読めるのである。

だが、しかし、もしそのような意味なのだとしたら完全なる失敗だろう。理由はかつての書籍の中にある。

濫りの言挙げは畏れ多いのでこれ以上の言葉は慎むが――

これは平成三年の書籍に記された、金口の相承について説明するくだりである。

つまり、浅井先生は自らの禁を破って、とうとう濫りの言挙げをしてしまったのである。しかもその内容たるや、ガッカリするものである。アゲアシ取りのような言い方をさせてもらうが、ようは戒壇の大御本尊と御大事箱があれば猊下なんてものはどうでもいいと言っているようなものなのである。これはもう独立教団路線を歩む顕正会にとって都合がいいだけの話であり、血脈相承の尊厳を貶めることこの上ない大失言である。

わたくしと浅井先生は同意見だと書いた。

すると同罪のように思われるかもしれないが、そうではないのだ。その違いを説明しておくと、わたくしはわからないことはわからないと正直に告白した上で、疑問点を述べているに過ぎない。しかし、浅井先生は一から十までぜんぶわかったような書きっぷりなのである。そして活動会員たちは、先生はすべてご存知なのだ、というふうに盲信して、先生の言うことは何でもかんでも鵜呑みにしてしまうのである。

ともかく浅井先生は血脈相承を受ける立場ではない。ゆえにその内容を知っているわけがない。その人が何でもかんでも知ったかぶって発言している。このこと自体がすでにして血脈相承の尊厳を貶めていることに気がつかないといけないのだ。

 大聖人様の御守護により、やがて顕正会は必ず三百万・五百万・一千万・六千万となる。そしてその諫暁の師子吼が国に満つるとき、ついに一国が動き、国立戒壇が事実となるのであります。

さて、当該講演のもう一つのポイントはこの発言だろう。穿った見方をすれば、これは下方修正なのである。

当該講演でも本年七月に二百万が達成されることを云々している。つまり、上掲は二百万を前提にしての次なる展望を云々しているわけなのだ。おわかりだろう、次は三百万なのである。そして最終的には六千万となる。その時になってようやく国が動くと言っているわけである。

早い話が、二百万では国は動かない、ということを浅井先生自身が自覚していて、いわば婉曲に予防線を張っているような文章なのである。

ズルイじゃないかと思う。

熱心な活動会員たちは二百万で国が動くと思い込んでいる。実際、浅井先生の発言にはそのような意味に受け取れるものがたくさんある。いちばんわかりやすいのが、広宣流布はもう近い、だろう。しかし、現実はそこまで近くはない。

今からガッカリさせるようなことを書くのもどうかと思うが、ともかく本年七月に二百万が達成されるのはほぼ確実なのだろう。しかし、だからそれがどうした、ということなのだ。二百万達成後、またしても顕正会員たちは苦しむことになる。もちろん、浅井先生も苦しいことだろう。これが現実なのだ。

2018/2/9  8:29

投稿者:大沢克日子
元師云く日蓮が胸中の肉団に秘隠し持玉ふ所の唯以一
大事の秘法を唯今御本尊並元祖大聖人開山上人御前に
して三十五世日穏上人に一字一間も不残悉く令付嘱謹
で諦聴あるべしとて則一大事の秘法御付嘱あり
並開山日興上人、日目上人、日有上人等御箇條の條々
不残御渡あって、さて元師の言様、此の秘法を胸中に
納め玉ふ上は、日蓮、日興日目、乃至日因上人、日元
其許(そこもと)全体一体にて候。就中、日穏には、
当今末法の現住、主師親三徳兼備にして、大石寺一門
流の題目は皆貴公の内証秘法の南無妙法蓮華経と御意
得候へとの御言也
(日穏上人)

>拙ブログでは少し前にも御相承のことについて書い
た。その時わたくしは、今も猊下一人に伝わる口伝の
ようなものがあるとは信じ難い、という意味のことを
書いた。この点、浅井先生も同意見なのかもしれない。
御大事箱云々がそれである。ようするに口伝ではなく
、文書の形として御大事箱の中にしっかりと保管され
ているという意味に読めるのである。


年末より多忙でほとんどコメントできずにいました。

「其の器に非ざれば伝えず、此くの如き当家大事の法
門既に日道に付嘱す」(聖典695)
「口伝にあらざれば知り難し、師資相承故あるかな」
(日寛上人)

日寛上人は「観心本尊抄文段」の冒頭において
「当抄において重々の相伝あり」
「甚深奥旨・宗門の淵底は唯我が家の所伝にして諸門
流の知らざる所なり。」
と仰せになっていますが、日顕上人は観心本尊抄文段
に示される相伝はなお外用であることを御教示遊ばさ
れています。
「唯房州の日我のみ独り其の大要を得たり。然りと雖
も其の文義に至っては未だ美を尽くさざるの処あり。」
(文段189)

浅井会長や巌虎氏は
「お大事箱があるから国立戒壇の正義の復活・広宣
流布達成とともに血脈は蘇る」(取意)
と考えているのかもしれませんが、上記文段に示され
る通り、同じ御書を拝しても
「日忠・日辰の博覧も尚当抄の元意を暁むる能わず。
何に況んや(略)僻見の輩をや。」
ということになるのですから、(万が一にも起こりえ
ないことですが)其の器にあらざる輩(例えば浅井会
長)が目にしたところで、曲解し・多くの人を惑わし・
仏法破壊の元凶になるのではないでしょうか?

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