2018/2/13

ヘンキン  
大沢氏が相伝についての史料をご紹介下さっている。その結論部分でわたくしと浅井先生を並べて論じているが、これはじゃっかん不本意に思うところである。なぜならばわたくしは御相承の断絶を言わないからである。浅井先生は言ってしまった。しかし、そうすると血脈は断絶してしまった、日蓮正宗はオワコンである、というロジックにもなりかねない。ゆえに先生は、御相承は断絶したが血脈は断絶しない、という苦し紛れのことを言わざるを得なくなって、各方面からツッコミを入れられることになってしまったわけである。あるいは、血脈は蘇る、と。これまた、だったら現時点ではやっぱり断絶していることになるわけで、実にわけのわからない話である。一方のわたくしは最初からそういうことはまったく言っていない。ただ単に、今も公開されていない口伝が存するのだろうか、しかし、口伝は心許ない、ならば途中で誰かが文書化しているのではないのか、というような素朴な疑問を述べているに過ぎない。さらに言うと、そうした未公開の文書にどれだけのインパクトがあるのか、である。

其の器にあらざる輩(例えば浅井会長)が目にしたところで、曲解し・多くの人を惑わし・仏法破壊の元凶になるのではないでしょうか?

この部分はまったくおっしゃる通りで、平たく言えば同じ文章でも読解力によって解釈が大きく変わってくる。しかし、わたくしに言わせれば、現宗門のデタラメ戒壇論こそが糾弾されるべきことであって、何としても是正しなければならない課題の一つである。

さて、顕正新聞新春号に移ろう。

安倍昭恵夫人「特集号」と「広告文」受け取る
 信号待ちで遭遇 バンカー写真も見た


婦人部越谷支区部長の登壇に付された見出しである。彼女の組織ではずいぶん前から官庁街での配布活動に力を入れている。たぶん過去の拙稿でも何度か取り上げているはずだ。

今回も興味深い話が満載であるが、見出しの話題に絞って取り上げよう。

 近づくと窓を開けたので・・・

信号待ちの車に安倍昭恵さんが乗っているのを見つけた。特集号を渡すために近づいて行ったところ、窓を開けたそうだ。

わたくしの着眼点を言うと、これが男子部だったらダメだろうな、ということだ。婦人部ないし女子部だからこそ、できる芸当である。男子部が近づいても窓を開けないだろうし、最悪の場合はそれだけで逮捕されちゃうかもしれない。この辺が成果の上でも反映されているのだろう。男子壮年と女子婦人では後者のほうが圧倒的に強い。

今は全体的に女性のほうが強いのだろうか?

女子部第二百十七区長の記事には東京新聞の望月記者のことが書かれている。同記者は官房長官会見の番記者であり、男性の記者が遠慮して聞けないような鋭い質問を次々に放って、長官を困らせているという話である。いわば反権力の立場なのだろうけれども、それがアダとなって東京新聞のスポンサーまで減りつつあるという。

しかし、どうなんだろう。それが本当だとして、望月記者を左遷させずに使い続けているとすれば、東京新聞はなかなか骨のある新聞社ということになるだろう。

ちなみに同新聞社には長谷川というテレビなどでもお馴染みの人物がいて、弁が立つこともあってか討論番組にもよく出ている。わたくしの印象では彼はかなり権力寄りであり、東京新聞の人間らしからぬところがある。この辺のアンバランスさをどのように理解すべきかが悩ましい。

乳幼児にまで御開扉料を貪る宗門
 まさに「食法餓鬼」!何たる無道心か


男子部第十二隊班長の記事にはご覧のような見出しが付けられている。それから本文中には、登山費を払った後にキャンセルしても返金されなかった、という元法華講員の話が出てくる。

ずいぶん前の話になるが、御開扉の時に扉が故障して開かなかったことがあった、それで御開扉は中止となり、そこに集っていた信徒の人たちには返金がなされた、ということがあったそうである。わたくしはちょうどその頃からネットを利用するようになって、当時は掲示板をよく見ていた。その時、どこかの掲示板に書かれていた意見がひじょうに印象的で、今でも憶えている。

御開扉料は御供養である、ゆえに返金するのはおかしい、と。

もしかしたら、こうしたネット上の意見に影響されて、方針が変わったのかもしれない。いわゆる世間一般の商取引の概念を適用すれば、御開扉の対価として二千円を支払うわけであり、その御開扉が実現しなかったのは宗門側の過失によるわけだから、宗門側に賠償の責任が生ずるのは理の当然である。しかし、これは商取引ではなく純粋なる宗教上の行為であり、いわゆる御供養なのだ。それを返金するのは信徒の善意を拒否することであり、むしろケシカラン話ということになる。もちろん仏法と世法は一体であり、必ずしも矛盾するものではないので、上述のような単純な二分法で片付く話ではないのだろう。

いずれにしても顕正会的には宗門のイメージダウンを図る目的で記事を載せているわけなので、わたくしみたいにあれこれと考えることはないのだろう。もっと考えたほうがいいのだが・・・

最後に女子部第百四十七区の平会員を紹介しよう。

・・・名古屋から京都へ向かうと、道中の車中で驚くべき大功徳を頂いたのです。

引用範囲が狭くて恐縮であるが、京都には妹さんが住んでいるらしい。わたくしはこの続きを読んで驚いたのだ。

 私は幼いころの中耳炎が原因で右耳の聴力を失い、左耳も補聴器が必要ですが、なんと全く聴こえないはずの右耳に、カーナビの音声が聴こえてきたのです。

年齢がどこにも書かれていないのであくまで推定だが、彼女は五十四年間も創価学会に在籍していて昨年の九月に顕正会へ入会したそうなので、二十歳で入信したとすれば七十四歳である。そして掲載されている顔写真を見ると、失礼ながらもあるいは八十を超えているかもしれないとも思えるくらいである。その彼女が自分で車を運転して名古屋から京都へ向かったという。

偏見かもしれないが、これは凄いことだと思う。

高齢者の免許返納が取り沙汰される昨今である。しかし、地域によっては車がないと生活ができないケースも少なくない。その辺が難しいところであり、現実には返納したくてもできない事情の人も多いわけである。とは言え、そういう人たちが用いるのは主には買い物などで出掛ける程度であり、いわゆる遠乗りが目的ではない。ゆえに上掲の話には驚いたのだ。

わたくしは彼女から見ればまだ若いほうだが、それでも他県へ出掛けるのはけっこう億劫である。その自分の尺度で考えると、これは凄いことだと言う以外にないのである。超高齢化社会における一つの良き見本かもしれない。

2018/2/18  7:38

投稿者:  
そうなんです。
狂信的で独善的な集団には使づかない方がいいと思います。

2018/2/17  16:36

投稿者:マイケル
>でも樋田さんグループや妙観講は止めといた方がいいです。

そうなんですか?

2018/2/17  12:04

投稿者:  
横レス失礼します。正信会から法華講へ移った者です。宗門の僧
侶は堕落してますし信者はボッケコウばかりですが、中にはすご
くいい人もいます。他の団体に所属しているより法華講にいた方
がまだましです。でも樋田さんグループや妙観講は止めといた方
がいいです。一部外者さんが正信会関係者ならば末寺に所属する
ことをお勧めします。

2018/2/17  11:54

投稿者:大沢克日子
一部外者さん

あなたの言葉こそ何も具体的な内容もなく、全く反論
にもなっていませんが、そのことについてはどうお考
えですか?

2018/2/17  11:29

投稿者:一部外者
正信会寺院と敵対する創価学会についた寺院の違いもわからず、
日達上人急逝当時の状況も知らず、正信覚醒運動の経緯も把握せ
ず、樋田氏の資料をコピペして、プロパガンダを煽るだけ。だか
ら、樋田氏一派も妙観講も、宗内から、嫌われ者になっているの
だ。

2018/2/17  11:02

投稿者:一部外者
何を言いたいのか、訳がわからない文章の見本。

2018/2/17  7:44

投稿者:大沢克日子
一部外者さん

>学会に近い離脱僧Wが、正信会による血脈否定の主
張の後も、

存じているから上記のようにコメントしているのです
が?

知性を大切にされているんですよね?
知性、知性という割にはキレるんですね。
感情的にならず、他人のコメントは良くよみましょう。

正信会については、元議長・副議長の離脱僧の言葉に
尽きます。
そして、「後出しジャンケン」で御相承を否定するこ
とについては、裁判官の少数意見の通り。

 「『頼むぞ』と言ったのだから相承だと、皆なそう
思っていたのに、自分たちの都合が悪くなったら、皆
な変わった。創価学会も正信会も。」
離脱僧・S元副議長の言葉の通り、創価学会だろうが
正信会だろうが同じこと。

そして正信会や創価学会にも増して、知っていながら
一番最後に変節した浅井会長に恥を知っていただきた
いですね。

2018/2/17  7:17

投稿者:一部外者
大経寺は、正信会の寺ではない。宗門を離脱して、創価学会
側に就いた寺である。詭弁や無知にも、程がある。恥を知
れ。

2018/2/16  9:39

投稿者:マイケル
>そこから一歩踏み込んだ反対意見を付した判
決も出ています。

それは単に、裁判官個々の意見が付加された
だけでしょう。

多数意見が、判決に反映されているんですから。

https://ja.wikipedia.org/wiki/最高裁判所_(日本)#判決文・判例の特徴

2018/2/16  5:07

投稿者:大沢克日子
>正信会との裁判資料等においても、宗門側は、日達
上人から日顕上人へ御相承の儀が行われていたことを
明確に立証出来なかったではないですか。

血脈相承の有無を問う部分に関しては、「法律上の争
訟」(裁判所法三条)に当たらないとして判断しない
のが裁判所の一般的な立場です。
ところがそこから一歩踏み込んだ反対意見を付した判
決も出ています。
(大経寺裁判判決文、※はtoyodatv.資料より引用し
た)

※記録によれば、昭和54年に、阿部が前法主から血
脈相承を受けた者として法主に就任したことが日蓮正
宗の諸機関において承認され、公表されたこと、それ
以来、本件罷免処分がされるまでに14年余を経過し
たこと、その間、阿部は終始同宗の法主兼管長として
行動してきたことが認められる。
これらの事実によれば、本件罷免処分当時には、日蓮
正宗において、阿部が前法主から血脈相承を受けて法
主に選定された者であるとの宗教的判断が定立されて
いた可能性があると推認することができる。
(大経寺裁判判決文、河合最高裁裁判官反対意見)

そもそも「御相承の儀」が何を意味するのか不明瞭で
すが、「立証できない」・「存在が怪しまれる」よう
な印象を裁判官に与えていたならば、(血脈相承につ
き法律上の争訟に当たらず裁判所の判断に適さないと
する多数意見に加えて)上記反対意見は付かないので
は?
(なお、toyodatv.の資料には亀山最高裁判事の反対意
見も出ています)

知性を大切にされる一部外者さんならば、ご理解いた
だけることでしょう。

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