2018/2/14

ヒブツ  
今朝の大沢氏のコメントは適宜適切なる内容であり、無知蒙昧の顕正会員を一刀両断に処するものだった。同時に、わたくしも斬られてしまった格好であるが、特に不満はない。ただ一点、広宣流布の後にも公開しない云々については、はたして一般人の理解を得られるのかが疑問であって、逆から言うと、こうしたことが障壁となって広宣流布が進まないようにも思えるところである。

いわゆる秘仏と呼ばれるものにはさまざまあって、何年かに一度、御開帳されるものもあれば、絶対の秘仏もある。

このロジックを当てはめると、戒壇の大御本尊は一閻浮提総与とされており、現時点でも信徒は内拝が許されていることを考えれば、広宣流布の暁には全人類が拝する資格を得られるわけなのだろう、ところが唯授一人の血脈相承は文字通り一人しか受けられないし、その内容が広く公開されることはない、ならば戒壇の大御本尊よりも血脈相承のほうが上位概念となる、実は血脈相承こそが絶対の秘仏なのだ、ということになりそうである。

無理やり、自分の都合のいい方向に話を持って行っているように感じられるかもしれないが、ともかく一般人の平均的な思考に基づけば、わたくしの言っていることにも相当の説得力があるのではないかと思う。信仰者にとって秘仏ないし絶対の秘仏は価値があるにしても、非信仰者はそれを認めないのだ。ましてや非公開ともなれば、なぜ見せてくれないんだよ、そんなもったいぶらずに見せてくれればいいのに、と思うのが普通なのである。

まあ、いずれにしても顕正会の場合はベースに日蓮正宗の教義がある以上、御相承の断絶を言ってしまった浅井先生は取り返しのつかない失敗を犯してしまったことになるだろう。今後も斬られ続けなければいけない運命なのだ。

曽我ひとみさんは私の伯母だった!

婦人部村上支区組長の顔写真を見ると、確かに似ているような感じがする。興味深いのは、たまたま彼女の母親だけ買い物に行かなかった、それが姉のひとみさんと姉妹ゲンカをしたからということで、その時に彼女の祖母に当る曽我ミヨシさんと伯母のひとみさんが拉致されてしまったという話である。彼女の母親は当時はまだ中学生だったという。もし拉致されていたならば、登壇者はこの世に生まれなかったことになる。

ちなみに彼女は平成二十五年に創価学会に入信、顕正会へは二十七年に入会している。創価学会時代の話として、歩行中に車に右足を轢かれたと書かれている。そして顕正会へ入ってからは、横断歩道で車と接触して左足を轢かれたと書かれている。もう少し詳しく書くと、右足の時は骨折して全治三ヶ月だったが、左足の時は十日間のケガで済んだとのことである。

ようは罰と功徳を対照的に示しているわけなのだろう。しかし、わたくし的にはヘンな話に思えた。そもそも足を轢かれること自体がおかしな話で、たまたま運悪くということも考えられなくはないが、基本的には不注意にもほどがあるだろう。

わたくしは車を運転するようになって久しい。その間、交通違反をいくつも犯しているものの、交通事故は皆無に近い。もちろん人身事故はゼロである。

その理由は細心の注意を怠らないからである。

当然ながらドライバーであると同時に、歩行者でもある。そして歩行者の時も細心の注意を払っている。歩道と車道の区別がないような道路においては、轢かれないように道路の端っこを歩く。中には歩行者が優先である、歩行者のほうが偉いんだ、と言わんばかりに車が来ていても端に寄らないで歩き続ける人がいる。もちろんそれでも轢かれることは滅多にないだろうが、可能性はゼロではない。わたくしのようにしていれば、ほぼ轢かれる可能性はゼロである。

横断歩道も同様である。歩行者優先であり車が止まってくれるのが当たり前だと思うのは危険である。しっかりと車の挙動を確認して、最悪のケースを想定しつつ、渡るべきである。これは冗談でも何でもない。わたくしの常の振る舞いである。

それからもう一つ、歩行者信号について言っておこう。

高齢者の中には歩くのが遅くて、歩行者信号が青から赤に変わっても渡り切れない場合がある。実はわたくし自身がそれを体験したことがある。まだ高齢者というほどの年齢ではないが、ある時に原因不明の体調不良に陥り、歩行すら困難になってしまったのだ。とは言え、病院には這ってでも行かねばならない。この時に歩行者信号の短さを痛いほど実感したのだった。普段なら点滅し始めてからでも駆け足で渡ることができる。それが体調不良のためにできなかった。高齢者の気持ちがよくわかる体験だったわけである。

その時のわたくしの振る舞いを書いておこう。

一言で言えば、途中からは渡らない、である。歩行者信号が青であっても渡らないのだ。もし渡っている途中で点滅し始めたら、おそらく赤になっても渡り切れないだろう。すると車に迷惑が掛かる。ならば、次に青に変わった瞬間に渡り始めよう。それならばギリギリで渡り切れるはずだと。

ひじょうにツマラヌことを書いていると思う。しかし、これも立派な見識だと言っておこう。

さて、最後の話題である。男子部第二隊組長は十六年の未活動から復活した。平成九年の一国諫暁の時には支隊副長として活躍していたものの、その後、脱落してしまったようである。その十六年間の出来事が綴られているくだりには次のような記述がある。

 そのようなとき、テキ屋の店主から声を掛けられ、無職だった私は、すがる思いでヤクザの道へ足を踏み入れてしまいました。

わたくしには未知の領域なのでピンと来ないのだが、テキ屋とヤクザは親戚関係にあるのだろうか?

ともかく彼はヤクザの道からも逃げ出すことになり、話は次のように続くのだ。

 行く当てもなく公園にいたところを、福祉施設の人に声を掛けられ、施設に入ることになりました。

どんな施設か気になるところである。ホームレスの人たちを収容するところがあるらしいので、あるいはそれかもしれない。見たところ彼は四十代だろうか、そんなに老いぼれているようには見えない。しかし、一時期は福祉関係の人から声を掛けられるくらい、見た目にも疲弊していたのだろう。

 「これが一地方大なのか?大総会ではないのか?」

久々に戻ってきた彼は近畿大会特集号を見て、ご覧のような感慨を述べている。しかし、実態的には地方大会と言えども全国大会に近いものであり、かつまた大総会という表記がイヤミながらも印象的である。なぜならば大総会が開かれなくなって、これまた久しいからである。

ちなみに昨年は顕正会六十周年の佳節でありながら、その手の記念行事はまったく行なわれなかった。

 横浜会館とは桁違いに素晴らしい神奈川会館の佇まいに、「これが顕正会の会館なのか」と、何から何まで進化している顕正会に・・・

まあ、彼は浦島太郎状態なのだろう。しかし、いずれはまた顕正会の実態にウンザリすることになるはずである。

以前、共に戦っていた笹尾支隊副長が、偶然にも会館から現われ、私に声をかけてくれたのです。

これは感動的だかもしれない。わたくしの立場で言うのもどうかと思うが、十六年間、地道に活動してきた笹尾氏には敬意を表したい。

 現在では、書店で「基礎教学書」が平積みされ・・・

しかし、これはどうかと思うところだ。

今となっては昔話だが、むしろ平成二年から三年にかけて国書刊行会から立て続けに出版された二冊のほうがインパクトがあったのではないかと思う。また、実際に書店で平積みにされていた期間もけっこう長かった。思えば、あれからずいぶん経つものである。

2018/2/14  17:40

投稿者:マイケル
>「能々思うべし。人に依るときは御相承を軽しむるになるなり。是大謗法の重罪なり。」
の言葉を心に留めるべきでしょう。

一般の方を、不安に陥れたいんですか?

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