2018/4/8

ソクブン  
コメント欄が賑わっている。一つには会員氏の存在が大きいのだろう。拙ブログでは久々の顕正会員のお目見えだからである。

さて、わたくしのほうは引き続き顕正新聞から話題を拾ってまいりたい。

新潟男子部長

この肩書きが目を惹いた。今の顕正会には男子部長が数十人もいる。第一第二という具合に、数字で呼んでいるのだが、これではわけがわからない。ゆえに上掲のような地域別表記のほうがいいだろう。ただし、都道府県単位で部長を配置することは、現実的には不可能だ。やりたくてもできない。活動会員が偏在しているからである。現状、鳥取男子部長とか和歌山男子部長など、ほとんどあり得ない。これが今の顕正会の実力である。

 「いま、一回一回の勤行が本当に有難い。浅井先生と同じ時代に生き、先生のもとで広宣流布に戦わせて頂けることが、本当に有難い」

新潟男子部長の記事は闘病の隊幹事にスポットを当てたものである。くだんの人物は顕正会歴三十年。一昨年、脳腫瘍であることがわかった。そして昨年九月に余命半年の宣告を受け、本年二月に亡くなったそうである。そうした過程の中で本人が語った言葉が上掲である。

浅井先生と同じ時代に生きたことを誇りに思うのは、広宣流布が実現することを固く信じているからなのだろう。もし本当に広宣流布が達成されれば、これはもう真面目に活動してきた顕正会員全員が懐くであろう感慨に他ならない。しかし、そうならない公算が高い。それでも彼らは誇りに思うのだろうか?

ところで男子部長だとか婦人部総務などの記事と並んで、平会員の登壇が載せられている。

高知を襲った大魔障により信心を見失ってしまった・・・

彼女は中国・四国大会で登壇しており、上掲からも察せられるように入信はそれなりに古い。ただし、大魔障の時に正信会に移籍してしまったため、いわば一からやり直しをしているわけなのだろう。それで平会員なのだ。

それはともかく、次の記述が注目である。

 一方、退転して反逆した寺田浩三は、その後、入院して寝たきりになった妻の看病で病院に泊まり込んでいたところ、ある日の朝、看護師が病室を訪れると、なんと寺田は誰にも気づかれずに死んでいたことを耳にいたしました。

相変わらずエゲツナイことを書くものである。顕正会員の臨終は美化して書く。一方、敵対者には容赦がない。続きもご覧に入れよう。

 この寺田の、臨終思うようにならず頓死した現証を見るとき、大聖人様の厳然たる賞罰に・・・

わたくしの目が確かならば、寺田氏は浅井先生よりも高齢のはずである。ゆえに亡くなった時期が不明ではあるものの、年齢的には相当かもしれないのだ。奥さんの看病のため泊まり込んでいたということは、奥さんもすでに危篤状態だったのかもしれない。すると奥さんを看取るつもりが自分が先立ってしまったということになりそうである。奥さんも遠からず旅立つことになるのだろう。それほど悪い話ではない。

ちなみに病院には当然ながら当直の看護師がいる。入院患者がたくさんいる病院ならば医師も当直しているはずである。そして一定時間ごとに巡回をする。

この意味で当該記事はやや不審である。まさか話をでっち上げているわけではないだろうが、こうした点も編集部は気をつけるべきである。しょせん仄聞とはそんなものなのだろうけれども、逆に言うと、そうした仄聞程度の不確かな情報を元にして賞罰を云々するのはどうかということなのだ。

今日はこれで終わりにしたい。

2018/4/9  21:31

投稿者:会員
今週は週末にどーんと書く予定

2018/4/8  11:19

投稿者:マイケル
>臨終思うようにならず頓死した現証を見るとき、大聖人様の厳然たる賞罰に・・・

その方を、顕正会が「救えなかった」ってだけの話。

顕正会による広宣流布は、まだまだ遠い道のりだって事を自ら証明しただけの話でしょうね。

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