2018/9/4

インネン  
名もなき会員氏は浅井先生の弁護のつもりでコメントを残されたのだろう。それは顕正会員の立場としては立派なことである。ただし、その弁護が弁護になっているかどうかは甚だアヤシイところで、わたくしにはまったく納得できない内容だった。

また、氏は宗門関係者が行なっている顕正会批判をインネンと書いているが、わたくし自身の正直な感想を言えば、インネンっぽいものもあるがそうでないものもある、ということになるだろう。実は逆のことも言えるわけであって、顕正会の主張にしたってインネンっぽいものもあるわけなのだ。

御遺命の戒壇を前もって建てるのは御遺命違背である。

これは当てずっぽうに書いたものであるが、正本堂問題において顕正会側が主張していたことの一つである。こんなのはイチャモンでしかないだろう。ただし先ほども書いたように、インネンっぽいものもあるがそうでないものもある。正本堂を御遺命の戒壇であると言ってしまったらウソになるし、広宣流布が達成されたなどと言おうものならば大ウソになる。後年、顕正会では正本堂を偽戒壇と称しているが、ややこしいことを言えば、これは顕正会がウソを言っていることになる。

顕正会員は真面目に考えないといけない。

浅井先生の御遺命守護の戦いによって正本堂の意義付けが変わった。ようするに当時の宗門や創価学会が正本堂を御遺命の戒壇に仕立て上げようとしたのを阻止したのが浅井先生であり、いわゆる御遺命守護の戦いだったわけなのだ。これが史実であるならば正本堂は偽戒壇ではないことになる。日達上人はこれを現時における事の戒壇と御表現になられた。日寛上人の御指南と併せ拝するならば、現時における事の戒壇とは義理において事の戒壇に相当する、という意味になるだろう。

つまり、誰が考えたって広宣流布が達成されたとは思わない、であれば正本堂が御遺命の戒壇であるとは誰も思わない、これが道理であろう。ゆえに誰も正本堂を御遺命の戒壇とは言っていないわけであり、ようは誰もウソを言っていない、それをあたかも言っているかのごとくでっち上げているのが顕正会なのである。

誤解のないように繰り返し言っておこう。昭和四十五年以前においては正本堂が御遺命の戒壇であるかのような言説が見られた。しかし、それは浅井先生の諫暁によって阻止されたのである。

インネンなどはいくらでも付けられる。

いわゆる本尊所住のところが義理において事の戒壇に相当するとの御指南にしたって、わたくしはインネンを付けられると思う。何しろ顕正会では勅宣・御教書が必要不可欠と主張しているわけである。ならばその手続きを経るまでは事であろうが義であろうが戒壇と称してはいけないことになるだろう。つまり、極論すれば義戒壇=偽戒壇という図式になるのだ。

現宗門では戒壇の大御本尊のまします奉安堂を根源の事の戒壇などと言っているごとくだが、上述のごとく義の戒壇すらも許されないとすれば事の戒壇などはモッテノホカである。

つまり、わたくしに言わせれば宗門の戒壇論はデタラメ、では顕正会はどうかであるが顕正会も五十歩百歩、ということにならざるを得ないのである。

以上、インネンを付ければこうなる、という話である。

ゆえにこれまで何十回も言ってきたことだが、相手の発言を最大限、善意に解釈することが重要である。むしろわたくし自身はそれを心掛けてきたつもりなのだが、結局のところ顕正会員も法華講員も熱心になればなるほど相手の言い分を善意に解釈しなくなるわけである。

その意味で、名もなき会員氏が宗門の言っていることをインネンと感じるのは上述の理屈そのままであり、逆の立場で考えれば法華講員たちが顕正会の言っていることをインネンと感じるのも無理からぬことなのである。そこで譲歩ではないが、どれだけ相手の立場に立って物を考えられるか、ということが求められてくる。しかし、現実には難しいことなのだろう。俗に言えば感情の問題であり、感情的なワダカマリはなかなか解消できない。これが現実である。

さて、二百万の虚しさ云々についてであるが、氏には何かお考えがあるようなので引き続きお伺いしたいと思う。

せっかくなので、折伏理論書に記されている一千万の誓いについても、お聞きしたい。

あるいは御相承の問題についても聞いてみたいところである。

上記三点について申し添えれば、一番目の問題はまさに現実問題である。顕正会の累計などはどうでもいいことであって、現実には実働会員が物を言うはずなのだ。
二点目はどうだろう、インネンと感じるかもしれないが、それこそ大聖人にお誓い申し上げたことであるから、そうした発言をなかったことにはできないはずである。
そして最後の問題は法華講員の立場になって考えれば、それこそインネンの最たるもののはずなのだが、そしてこの件についての浅井先生の発言にはブレがあるわけだが、さて、どのようにお考えだろうか?

深入りするつもりはないとのことなので、期待はしていない。

2018/9/5  19:28

投稿者:トチロ〜
>いわゆる本尊所住のところが義理において事の戒壇に
相当するとの御指南にしたって、わたくしはインネンを
付けられる

>わたくしに言わせれば宗門の戒壇論はデタラメ


はたしてそうでしょうか?

日寛上人は六巻抄に

「所謂義の戒壇とは即ち本門の本尊所住の処、義戒壇に
当る故なり。」(顕正会版六巻抄61ページ11行目)


「初めに義の戒壇を示すに亦二と為す。初めに本門の題
目修行の処を示し、次に「若しは経巻」の下は本門の本
尊所住の処を明す。故に知りぬ、本門の題目修行の処、
本門の本尊所住の処、並びに義.当に本門の戒壇に当る
なり。」(顕正会版六巻抄103ページ10行目)


御宗門における戒壇論はこの日寛上人の御指南に沿った
ものと思います。勅宣・御教書の手続き云々は次元の違
う問題と思われますが?

http://kenshokai-hashaku.com/

2018/9/4  19:44

投稿者:沖浦克治
 何読んでんだか??

 愚かな・・・・・
 人だ・・・・・・

2018/9/4  15:03

投稿者:通りすがった
何いってんだか・・・

2018/9/4  14:59

投稿者:沖浦克治
 今日は、皆様方。

 今日本におけるスポーツ団体の腐敗が衆目に晒されています。
 呆れるほどの堕落ぶり。

 虐げられていた選手やコーチの側から漸く声が上がり始めています。

 私共JPAも、この数年間凄まじいパワハラに打ちのめされていました。

 今全てを取り除き新生JPAとして希望のスタートを切っております。

 スポーツ団体より闇が深いのが宗教団体。
 日蓮正宗や顕正会に見られる堕落は、宗教界独自の聖職者の人格に端を発しています。
 
 ですが、あのオームでさえ未だに麻原氏を信じる人もいる。

 特に日蓮正宗の堕落ば簡単以は改まらないと思えます。

 私共は既に宗門を捨て去って難を逃れました。
 法華講員の方々の頑張りを見守るしかありません。

2018/9/4  14:24

投稿者:沖浦克治
 巌虎さん、今日は。

 戒壇で常に戸惑っているのが富士派の特徴ですね。
 少し整理しましょう。

 『戒壇とは王法仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて有徳王覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か時を待つ可きのみ事の戒法と申すは是なり、三国並に一閻浮提の人懺悔滅罪の戒法のみならず大梵天王帝釈等も来下して・給うべき戒壇なり、』
 (三大秘法禀承事)

 有名なご文証ですが、ここには場所の指定などはまったくありません。
 更に、当時は封建社会、現在は民主主義。
 為政者が伽藍を建てて戒壇とはなりません。

 大聖人は伽藍についてお書きです。
 
 『此の戒法立ちて後延暦寺の戒壇は迹門の理戒なれば益あるまじき処に、』

 迹門の戒壇が延暦寺にあった。
 それは本門戒壇が造立されると無益になる。
 
 この様に仰せです。
 ですので伽藍としての戒壇はこの御文から必要に思えます。

 創価学会では大誓堂との意識が会員にあります。
 但し、それを公表しているのではありません。
 以前の正本堂に変わる伽藍として、会員に受け入れられています。

 ですが、創価学会には既に宗門時代のような、本門戒壇観は消滅しております。

 集まって儀式の場としてあったら良いな・・・

 この程度です。

 日蓮思想の上から見るなら、戒壇とは私共地涌の菩薩の活動する場所。
 更に広く言うなら、生命活動の場です。
 
 建物ではないのです。
 本門本尊が文字曼荼羅なら、容器としての建物が要ります。
 ですが、日蓮思想では本門本尊は私共の命です。

 宗門を去ってから、御書の解釈が著しく進化致しました。

 今時、創価学会で伽藍としての本門戒壇を望む人はいません。

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