2018/9/9

ガンコキョウ  
トチロ〜氏より返信をたまわった。

2018/9/7 12:28
投稿者:トチロ〜
ほぉー、巌虎さんは日寛上人をも否定されるのですか…。

随分と偉くなられたものですね…。


何となくイヤミな書き方である。さらに続きがあるのだ。

2018/9/7 12:36
投稿者:トチロ〜
この勢いのまま、巌虎教でも立ち上げられるおつもりでしょうか?


これもイヤミだ。

そもそもなぜに分けて書く必要があるのかである。わずか十分足らずの間に二度も投稿している。制限時間があるわけではないのだから、ゆっくりと考えをまとめてから書けばいいのにと思う。

2018/9/7 19:42
投稿者:トチロ〜
六巻抄ではなく御書で証明せよと?

一応該当箇所を載せておきます。

「かゝるいと心細き幽窟なれども、教主釈尊の一大事の
秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して
隠し持てり。されば日蓮が胸の間は諸仏入定の処なり、
舌の上は転法輪の所、喉は誕生の処、口中は正覚の砌な
るべし。かゝる不思議なる法華経の行者の住処なれば、
いかでか霊山浄土に劣るべき。法妙なるが故に人貴し、
人貴きが故に所尊しと申すは是なり。神力品に云はく
「若しは林中に於ても、若しは樹下に於ても、若しは僧
坊に於ても、乃至般涅槃したまふ」云云。此の砌に望ま
ん輩は無始の罪障忽ちに消滅し、三業の悪転じて三徳を
成ぜん。彼の中天竺の無熱池に臨みし悩者が、心中の熱
気を除愈して充満其願如清涼池とうそぶきしも、彼此異
なりといへども、其の意は争でか替はるべき。彼の月氏
の霊鷲山は本朝此の身延の嶺なり。参詣遥かに中絶せ
り。急ぎ急ぎに来臨を企つべし。」

(南条殿御返事 新編 1569)


これで理解できないのなら私はどうやら巖虎さんを買い
かぶり過ぎていたのでしょうね。

何度も御書を通読されているとのことですが、この程度
の話が繋がらないようでは死ぬまで御書を拝読しても何
の意味もないのではないでしょうか?

http://kenshokai-hashaku.com/


煩瑣になるのを承知で全文引用した。これも特に議論をしようという姿勢は見られず、いわば捨てゼリフを吐いているような印象が強い。

極端な話をすると、一週間くらい考えてからコメントすればいいのだ。いや、一ヶ月でもいいし、一年でもいい。たぶん拙ブログはその時にもお店を開いているはずである。
そしてご存知の人も多いかと思うが、拙ブログでは来る人は拒まず去る人は追わずの姿勢を貫いている。また、議論をしていて勝った勝ったと騒ぐこともしないし、来なくなった人に対して遁走したなどと貶すこともない。
そういうわけで、もっと腰を据えてじっくりと考えてからコメントすべきだし、答えられない問題は正直にそう言えばいいのである。かく言うわたくし自身がそうした宿題をたくさん抱えているからである。

それにしても今回は看過できないことがある。

Unknown (トチロ〜)
2018-09-07 14:53:32
そうか…。その手があったか…。

しかしなんですね…、日寛上人を否定しはじめて「巌虎流」などと言い始めているわけですから…。

慢心もいい加減にした方がよろしいでしょうね。

大体が日寛上人を否定して「事相における戒壇の事義」を論じているんですから、「バッカじゃねぇの?」ってなもんです。

慢心するとそんなことも分からなくなるんでしょうね。


これはユタ氏のブログのコメント欄である。念のためにリンクを貼っておこう。

https://blog.goo.ne.jp/localfor/e/bbeca70a1b06a47294149d33a33f2647

意味不明のくだりはリンク先に行けばわかるだろう。ユタ氏の発言を受けてご覧のように書いているわけだ。

んっ?さん、並びにモモさんへ (トチロ〜)
2018-09-08 23:08:16
んっ?さんへ

また巌虎教祖の巌虎流解釈を返されたら、受持即持戒をどう会通するのか?と聞いてみようと私も思っていました。

本門の本尊に本門の題目を唱える処が本門の戒壇となるという前提があるからこその受持即持戒ですから、そこに次元の違う本門寺の戒壇の定義を持ち込むこと自体がAHOなんですよね。

そこの区別が全くついていないと判断したがゆえ、「失礼ながら理解が曖昧だ」と断じた訳です。

モモさんへ

ライディーンってゲームの技かなにかですか?


これも他のコメントとのやり取りの中での受け答えなので、先方のコメント欄を隈なく読めば話が通じるだろう。

ちなみにユタ氏は旧名であって、今現在は雲羽百三を名乗っている人物のことで、ようは先方のブログ主である。モモさんの呼び方からして両者の関係が想像されるところである。

そしてもう一人、んっ?氏はかつて拙ブログにもよくコメントを寄せていた人物である。

そうそう、この際だからユタ氏にプレッシャーを掛けておこう。わたくしはわざわざ証拠を保全するような面倒臭いことをしていないが、んっ?氏が事実と相違することをそちらのコメント欄にたびたび書いていたことを知っている。あるいは山門入り口氏が憶測だけで無責任なことを書いていたのも知っている。基本、コメント欄は公開されているわけだから、誰もが読めるのである。わたくしが読んでいないと思ったら大間違いである。

ちなみに山門入り口氏はもともと創価学会員だったようでそこから顕正会に移籍した。しかし、ほどなく宗門に帰伏したようである。そして当初は法華講員の立場として顕正会破折に力を入れていた。ところがである。いつの間にか日蓮正宗そのものに批判的になり、周囲の法華講員たちも危険と思ったのか離れていった。そして本年に入ってからはブログの更新も完全に止まってしまったようで、今現在の消息は不明である。

さて、わたくし自身のことを書こう。

日寛上人を否定していよいよ巌虎教を立ち上げるかのごとく言っている人もいるが、それはまったくの誤解である。ここで比較するのは失礼とは思うものの、山門入り口氏との違いを明確にしておこうと思う。
彼はネットの情報を切り貼りしてブログを書いていた。見たところ、自分の考えを持っていなかったというか、そうした芯になるものがなかったような感じがするのだ。ゆえに顕正会破折の資料なども誰かが作ったものをそのまま載せていたような感じだった。これが顕正会流の言い方をすれば魔に付け入る隙を与えたのだろう。いつの間にか彼は正宗批判の発言をするようになったが、それらはすべて背後にうごめく魔の仕業である。わかりやすく言えば誰かの入れ知恵なのだ。
ではわたくしはどうかであるが、幸か不幸か誰からもコンタクトがない。なぜならばコンタクトが取れないようになっているからだ。ようは誰もメールアドレスを知らないのである。

そしてこれはトチロ〜氏がいちばんわかっていることだが、わたくし自身はそう簡単に他人から影響を受けるタイプではない。

以上、わたくし自身のスタンスはその時々において多少の揺らぎはあるにせよ、大きくは変わっていないつもりである。

昭和40年代当時から時間が経過するにつれ、史実が塗り替えられていくことに懸念を憶えます。

さて、この人がどのような意図でご覧のように言っているのか判断しかねるが、少なくともこうした媒体を通して真実を伝え続けることは可能である。わたくしもそのつもりでブログを続けているわけである。

 創価思想から読むなら、法は本門の題目、人は本門の本尊、所が本門の戒壇となります。

最後はお馴染みの沖浦氏である。部分的な引用で恐縮だが、ようはなぜそう言えるのかである。全体の文脈から推し量ると、何となくそのように連想されるという程度の話だろう。もっと明確な文証の提示が求められるところである。

また、余計なことを言えば、創価思想云々と。ならば創価学会の書籍にはどのように書かれているのか、具体的に引用するべきである。

2018/9/12  9:59

投稿者:沖浦克治
 何言ってんだか・・・・・・

2018/9/12  9:46

投稿者:名無し
トチ狂った老害
略してトチロ〜w

2018/9/12  8:10

投稿者:沖浦克治
 巌虎さん、おはようございます。

 信心即生活と言いますね。
 でもね、それ間違いです。
 生活が信心の全体なのです。

 『まことのみちは世間の事法にて候、金光明経には「若し深く世法を識らば即ち是れ仏法なり」ととかれ涅槃経には「一切世間の外道の経書は皆是れ仏説にして外道の説に非ず」と仰せられて候を妙楽大師は法華経の第六の巻の「一切世間の治生産業は皆実相と相い違背せず」との経文に引き合せて心をあらわされて候には彼れ彼れの二経は深心の経経なれども彼の経経はいまだ心あさくして法華経に及ばざれば世間の法を仏法に依せてしらせて候、法華経はしからずやがて世間の法が仏法の全体と釈せられて候。』
 (白米一俵御書)
 
 生活があって、信心することで向上する。
 生活が目的、信心は手段。
 衆生の幸せが目的、仏法は手段。
 同じですね。

 今後の創価学会の進む道は、生活の中に普通の活動があるスタイルにならねばなりません。

 闘いは夫々の人生が舞台。
 組織を舞台にしていてはダメなんです。
 座談会でFの発破かけたり、聖教新聞の成果発表している間は、信心と生活は別物です。

 『されば過去未来を知らざらん凡夫は此の経は信じがたし又修行しても何の詮かあるべき是を以て之を思うに現在に眼前の証拠あらんずる人此の経を説かん時は信ずる人もありやせん。』
 (法蓮抄)

 あの人素晴らしい!!
 創価学会の人なんだよ。
 お父さん、一度座談会って言うのに行ってみようかね。

 これが今後の姿にならねばなりません。
 御書にあるのです。
 
 『一代の肝心は法華経法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしはいかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ。』
 (崇峻天皇御書)

 これからの創価学会は必ずそうなります。
 

2018/9/11  20:40

投稿者:沖浦克治
 大沢さん

 ですから貴方のすべきことは、私にストーカーしていないで、日蓮正宗が他宗の功徳を認めることが出来ないという、致命的な矮小さについて法主能化共を窘める事です。

 この致命的欠点が日蓮正宗を稀に見る怨嫉謗法の邪教へ貶め、多くの信徒の方々を不幸のどん底に落してしまっています。

 そっちへ情熱注ぎなさい!!!

2018/9/11  19:08

投稿者:沖浦克治
 大沢さん、今晩は

 私の実績は素晴らしいが評価が分かれるのは何故か?

 貴方のご主張の全てですね。
 バカじゃないですか〜〜??
 私は創価のご本尊に創価の祈りをし、創価の闘いをして功徳を出し続けています。

 この、創価が気に入らない人が多いのです。
 貴方もその一人。
 貴方が言った言葉ですよ。
 2016/07/10(日) 09:16:17 ID:SZcSAtOs0
 この場所で、大沢さんから以下のご発言がありました。

>いやいや、日蓮正宗は他宗の功徳など認めません。

 ですから邪教の典型である日蓮正宗は宗門の方針として創価学会である私の功徳は認めません。

 自分で評価を割っていて貴方馬鹿じゃないですか??

2018/9/11  13:31

投稿者:大沢克日子
>投稿者:通りすがった
無駄な事を・・・

そうかもしれません。

しかし、沖浦さんは今まで沖浦さんのためを思って忠
告してくれた人々の好意を時に踏みにじってきました。
その人たちはやがて沈黙して何も言わず離れていく。

誰も得しません。

沖浦さんも同時に、自分自身の心を傷つけ、自己を損
じているのではないでしょうか?

沖浦さんは普通ならもっと評価されるべき凄い事もや
っているのに、何とも残念でなりません。

本題の戒壇論が進みませんので、これで止めておきま
す。

2018/9/11  12:57

投稿者:大沢克日子
過去に創価学会員からも同様の指摘を受けていました
ね?

「1 :(沖浦さん):
2008/07/24(木) 12:17:28
最近法華講の方々とよく対話をしています。
今よく彼我の教義の中の異なる部分に、三大秘法があ
ります。
私共は、一大秘法が本門の題目としております。
あちらは、本門の本尊です。

4 :小◎◎◎
:2008/07/24(木) 15:35:45
「私共」が誰を指し、「あちら」が誰なのかをちゃん
と書いて下さい。
また、個人的見解の場合は、前もってそのように断っ
て下さい。
「危うい文章」が時に学会員を惑わし、敵に乗じるス
キを与えてしまうからです。

9 (沖浦さん):2008/07/24(木) 16:09:29
創価学会ですね。
あちらとは、日蓮正宗です。
一大秘法は本門の題目。ですね。
ところが法華講員の方々は、本門の本尊だと言います。
全員そうでした。
日蓮正宗は一大秘法は本門の本尊なのです。
私は以前創価学会で一大秘法は本門の題目と教わりま
した。
これは間違っているのでしょか?

10 :大◎◎◎:2008/07/24(木) 16:57:22
「創価学会で一大秘法は本門の題目と教わりました。」
と言うのは何かの勘違いではないでしょうか?

11 (沖浦さん):2008/07/24(木) 17:11:48
一大秘法は本門の題目。
以前私が任用試験で教わった内容でした。
当たり前す過ぎるほど当たり前の感覚でいましたので
小◎さんの書き込みでアレレ、ひょっとすると変った
んだろうか?と、思った次第です。」
※沖浦さんの名前以外は伏字にした。

基礎中の基礎の知識を半世紀も勘違いしていたことに
も呆れますが、十年前に創価学会員から

>「危うい文章」が時に学会員を惑わし、敵に乗じるス
キを与えてしまう

と忠告されているにもかかわらず、未だに同じ事を繰
り返す沖浦さんの感覚に疑問を感じています。

宗教・宗派ではなく、沖浦さん個人の問題であること
が明らかになりました。

改めるべきは沖浦さんです。

その沖浦さんが正義を振りかざして他人を責めれば、
沖浦さん個人にも目がいってしまうのは仕方ないと思
います。
それが嫌ならば、沖浦さん自身も改めるべき点は改め
るべきでしょう。

2018/9/11  12:49

投稿者:通りすがった
無駄な事を・・・

2018/9/11  10:54

投稿者:大沢克日子
「上記は創価学会の公式見解ですか?それとも、沖浦
さんの考えですか?
わざわざ「儀」の字を何度も使っているのは何か意味
があるのでしょうか?

大沢は私的な意見を「日蓮正宗の・・・」と言いませんが、
沖浦さんの場合、私的な意見でありながら「創価学会
は・・・」の述べることがあります。
混乱の元になりますので、きっちり分けてください。」
(2018/9/10  11:45)

沖浦さんは宗教以外でも同様の指摘を受けています。

(あるパワー関係者から沖浦さんへの指摘)
「只、建設的な議論をしたり、参考にすべき意見を求
める際には、客観的な事実と御自身のお考えはしっか
り分けるべきです。

そうでないと誰が何言っても話は噛み合いませんし、
選手側からの発信もどんどん無くなっていきます。
それでは旧体制と何も変わりません。」

宗教に関係なく、沖浦さんの発言には他人を混乱させ
る重大な欠陥があるということです。

自身の発言の欠陥を、宗派の問題にすり替え、宗教
を利用し正当化しようとする沖浦さんの姿を見て、私
は沖浦さんを人間としても信仰者としても評価できな
いと言っているのです。

頑張っているのに沖浦さんの評価が割れる一因にもな
っているのではないでしょうか?

2018/9/11  10:47

投稿者:大沢克日子
沖浦さん

誤魔化さないでください。
宗教以前に一人の人間として恥ずかしいと思います。

「日蓮正宗関係者の方が、私の主張に勝てない時の言
い訳に以下のものがあります。
沖浦の考えは創価学会の公式見解と異なっている。
だからダメだ。
こういう事を書く人は極めて愚かですね。」

当初私は、どのように指摘したのでしょうか?

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