2018/11/29

イブリ  
顕正新聞の続きを見ていくが、その前に沖浦氏の活躍を祝したいと思う。日本新記録、二年ぶりの自己ベスト云々と。わたくしの思うに、これが直ちに創価学会の正しさを証明することにはならない。とは言え、立派な記録であり、賞賛に値することは動かぬ事実であろう。

さて、男子部第十六隊長の記事である。

 このたび、八年前に宗門に誑かされて顕正会を離れた者の姿を通し・・・

顕正会の男子部員だった人物が八年前に宗門に移籍した。長野県の実境寺だそうである。そして八年間に見てきたことを顕正会に戻って証言しているわけなのだが、その内容が凄まじい。

ビアガーデンで急死、半身不随になって急死、五・六十代の数名も急死、十九歳がコタツで急死、というような凄まじい話が並べられている。長い間にはいろいろあるだろう。しかし、わずか八年間の出来事となれば、これは異常だかもしれない。

 法華講員の急死はこの寺にとどまらず、全国でいちばん勧誘の数をあげている長野県の妙相寺においては、その住職が出張先のホテルで五七歳の若さで急死し、その臨終の相は日焼けしたように茶色く異様で、またその後任住職の妻も病死、さらに別の長野県の末寺では、講頭の息子が急死したとのことでした。

しかし、このくだりを読むと、むしろ悪意の文章としか思えない。

まず勧誘がそれだ。宗門の折伏は折伏ではなく勧誘なのだと言っているわけなのだろう。
妙相寺の住職が亡くなった話はわたくしも知っている。ただその臨終の相については初耳である。誰の目撃談なのだろうか?
後任住職の妻が病死したことについて言えば、これは急死とは話が違うだろうし、具体的にどのような病気なのかが問題である。それを示さず急死と一緒に並べて論ずるところが、いかにも悪意丸出しなのである。
別の寺院の講頭の息子が急死した云々も問題だろう。すでに二つの寺院を名指しであげつらっているのである。ならば今さら寺院名を伏せる必然性はないはずなのだ。

しかも使用した塔婆をカンナで削り、その上に戒名を書き直すのだそうです。

この話は本当だろうか? 単なるイメージダウンを狙った風評的な話なのではあるまいかと思うのだが、いかがだろうか?

わたくしの感覚では面倒臭い作業である。まさか住職ないし寺の関係者が裏で必死になってカンナを掛けているとは思えない。実に非効率な話である。ゆえに業者が塔婆を回収して、機械を使って再生しているということならば、現実的にあり得る話だと思う。もしそうならば単なる金儲けとは別次元の話になるだろう。ようは森林資源を守るための一つの方法だからである。

だとすれば、当該記事がいかに悪意に満ちたものであるか、ということになるだろう。彼らはそれに気がつかないのだろうか?

 一方、勧誘活動もデタラメ極まりなく、葬儀に参列した未入信者や、寺の豆まき大会に参加した近所の子どもたちを、知らぬ間に「入信扱い」にしているとのことでした。

この点は詳しい事情を知らないものの、何となくそういう傾向があるのかもしれないと感じている。ようは宗門でも目標を設定して折伏を実践しているわけであり、それを悪く言えばノルマ化というふうにも言えてしまうわけなのだ。ようは顕正会と同じなのである。

今、国会では外国人労働者の受け入れ拡大を図る法案が審議されている。わたくしの実感ではすでにたくさんの外国人がコンビニや飲食店で働いている。それをさらに拡大しようという法案らしいのだ。いったい何を考えているものかと思う。

そしてご存知のごとく、顕正会では外国人の入信者が増加しつつある。わたくしはそれをダメだと言いたいわけでない。ただ、宗門の折伏をデタラメだと言っている顕正会だって、けっこうデタラメな折伏をやっているわけなのである。その最近の傾向として言えるのが外国人への折伏である。結局、数合わせのために、ようはノルマ達成のために、外国人をも対象者にしないと間に合わない。そんな事情から外国人の折伏をやっているのがバレバレなのだ。

まあ、しかし、それにしても最近の宗門誹謗キャンペーンは凄まじい限りである。

元旦勤行における浅井先生の
 「北海道の沖で、マグニチュード9クラスの超巨大地震の発生が切迫している」
 との指導が過ぎり・・・


これは女子部総務の記事である。彼女は北海道胆振東部地震のことに言及しているわけだが、上掲のくだりを読むとまるで浅井先生の予言が当たったかのごとくである。ただし、わたくしの記憶にはまったくないし、幹部たちもその大半がこれに言及していないので、仮に先生が発言していたとしてもそれほど力説していたわけではないのだろう。

ちなみに記事中、胆振にはルビがあって、「たんしん」と読ませている。あれ? そうだっけ?

基本、地名は難しい。馴染みのない土地の場合、とんでもない読み方をすることが少なくないので要注意である。今、大急ぎで調べたら、「いぶり」が正解のようである。わたくしのパソコンでも「いぶり」で「胆振」が出てくる。顕正会の編集部もダメだなあ・・・

婦人部日吉支区総班長の記事も見ておこう。

・・・先生にしかなし得ない師子王心の諫暁に、ただひれ伏しました。

凄いことを言うものである。

 このとき、末法万年の総貫首たる日興上人が、力ある在家の先生にこの一条を託す儀式が行われたのではないか。

説明するのが面倒臭いので省略させていただく。「このとき」とはどの時なのか、「この一条」とはどの一条なのか、儀式とは何を意味するのか、拙ブログの読者にはさっぱりわけがわからないだろう。実はわたくしもよくわからないのである。ともかく浅井先生は凄い人なのだと、そう言いたいわけなのだろう。

2018/12/7  22:30

投稿者:名無し
妙姦の方って卑怯な人ばっかだね
都合の悪い事は答えない、逃げる
この前の、創価がっかりさん叩きでは
人の言に乗っかり、余計な文言足して
マウントを取りにかかる卑怯卑劣さは笑える

2018/12/2  6:12

投稿者:沖浦克治
 退会〜大会です。

2018/12/2  6:09

投稿者:沖浦克治
 巌虎さん、おはようございます。

 今日は記念すべき長野県退会です。
 祈りだけでここまで来ました。
 創価の祈りは素晴らしいです。

 https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1295874867220675&set=pcb.1443697172428464&type=3&theater&ifg=1

2018/12/1  12:07

投稿者:名無し
妙姦の方に質問です

とあるツイートで見つけましたが下記は事実でしょうか??

>「反天皇制運動連絡会」に十名近い現役の妙観講員が参加している。しかも妙観講の「講旗」を掲げての参加とか。左翼でも新左翼でもいいが、「反天皇制」というなら大石寺に泥石を投げつけるようなもの。「講旗」を貸し出した責任はO講頭にあろう。参加者と講頭は信徒除名、講は解散か活動禁止すべし。

ブログ主様へ
ブログコメント欄を、質問掲示板のように使用しまして申し訳ありません。

2018/11/30  8:35

投稿者:沖浦克治
 少し冷静になって頂きたいですね。

>法華講員の急死はこの寺にとどまらず、全国でいちばん勧誘の数をあげている長野県の妙相寺においては、その住職が出張先のホテルで五七歳の若さで急死し、その臨終の相は日焼けしたように茶色く異様で、

 これは駄目ですね。
 仏法は証拠主義を採用する教えです。
 何故なら証拠主義を採用している我が国の国法律より、仏法律が厳しいとされています。
 当然証拠主義の我が国の裁判より桁違いの証拠の提示が求められます。

 『日蓮仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、又道理証文よりも現証にはすぎず』
 (三三蔵祈雨事)

 こういう場合、身内や担当医師などの実名による証言が必要です。
 それを出せないなら、この記事を掲載した顕正新聞は邪教の機関誌となります。

 『若し証拠なくんば誰人か信ずべきや、かかる僻事をのみ構へ申す間邪教とは申すなり、』
 (祈祷抄)

 この記事を読む限り、顕正会は相当切羽詰まっているように感じます。

>またその後任住職の妻も病死、さらに別の長野県の末寺では、講頭の息子が急死したとのことでした。

 これは更に良くありませんね。
 長期的展望に立つなら、

 人類の死亡率は100%!!!!

 おかしな事書いて恥かいても阿保らしいですね。

2018/11/30  7:26

投稿者:沖浦克治
 巌虎さん、おはようございます。

 少し法門の話を致します。
 釈迦が法を説き、その最上の教えは法華経である。
 この点宗門、顕正会、創価学会員の私共との共通認識です。

 では、釈迦の法華経の結論とは何か?
 更に、釈迦が一生の説法を通じ、一体何を後世に伝えたかったのか?
 御書に明確です。

 『御義口伝に云く此人とは法華経の行者なり、法華経を持ち奉る処を当詣道場と云うなり此を去つて彼に行くには非ざるなり、道場とは十界の衆生の住処を云うなり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住処は山谷曠野皆寂光土なり此れを道場と云うなり、此因無易故云直至の釈之を思う可し、此の品の時最上第一の相伝あり、釈尊八箇年の法華経を八字に留めて末代の衆生に譲り給うなり八字とは当起遠迎当如敬仏の文なり、此の文までにて経は終るなり当の字は未来なり当起遠迎とは必ず仏の如くに法華経の行者を敬う可しと云う経文なり、』
 (御義口伝巻下)

 『当起当迎当敬如仏』

 この八文字が釈迦一代の説法に於ける結論です。
 この金言から見て、他人を信じる宗派で差別することは間違いです。

2018/11/29  21:29

投稿者:沖浦克治
 巌虎さん今晩は。

 ご評価感謝申し上げます。
 実は昨日から一泊二日でビジターがお二人お見えでした。

 女性は2度目で友人を誘って来て下さいました。
 私が朝一唱題するのを聞かれて、お題目の凄さの話になりました。

 私は以前車椅子でした。
 リンパ腺に癌があって沢山転移して車椅子生活で医師はこのまま死ぬと言っておりました。
 たまたま日蓮宗の僧と出会い、お題目の素晴らしさを教わり、必死で唱えた所車椅子から立ち上がって歩けるようになり、現在癌は完治しています。
 
 概ねこのようなお話でしたが、現在30分5万円のギャラで引っ張りだこのお方です。
 私は思うのです。

 何宗であってもお題目の力に差はない。

 信じる宗派で人を差別することは愚かです。

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