2018/12/27

ウノミ  
コメント欄では沖浦氏がクリスマスのことを書いて、それに大沢氏が批判を加えて、結果として議論が紛糾している様子である。

いつものことなので驚くこともないが、あえて基本的なことを書いておこう。

本来のコメント欄の使い方からすれば、沖浦氏のそれは逸脱である。ようするに拙稿に対してコメントするのが基本だからである。ゆえに大沢氏の指摘が正しいことは明白なのであるが、この両者は以前から敵意むき出しで応酬するのが常なので、今回もまた同様の流れとなってしまっている。

もっとも拙ブログにおいては細かい規定を設けておらず、沖浦氏が何を書いても文句を言わずに来たので、今さら仕方がないというのがわたくしの結論である。ゆえに今後も好きなように書けばいいだろう。

ただし、当然ながらそれに対する異論反論も自由である。ゆえに大沢氏のコメントも当然の反応と言えるだろう。

ところでウソ云々について、わたくしの立場から言っておこう。

ようするに大沢氏が沖浦氏のフェイスブックを見ていないと発言したことについて、沖浦氏のほうから透かさずウソであるとの反論がなされた。この点、わたくしは世間一般の評価が気になるところである。ようはウソと見るのか否かである。

しかし、ごく単純な話である。大沢氏が沖浦氏のフェイスブックを見ているのは事実だろう。とは言え、隈なく見ているわけではないし、四六時中見ているわけでもないのだ。ただそれだけの話である。ゆえに今回の件においては承知していなかったので、知らんがな、と言っているわけである。また、もし仮に知っていたとしても、別のサイトで何を発言しようが拙ブログにリンクされていない以上は知ったことではない、という意味にも受け取れる。そのように解釈すれば、なるほど、まったくその通りであって、ウソをついていることにはならないだろう。

先ほど、世間一般の評価が気になると書いたのは、まさにこのことである。公平な第三者がどのように判断するか、ぜひとも知りたいところである。

さて、顕正新聞の続きである。

 まず戸田会長時代の幹部は排斥され次々といなくなり、また池田大作にたて突く宗門僧侶も相次いでいなくなったり、急死したり等・・・

昭和三十年に創価学会に入信した男性婦人部員の記事である。上掲は池田大作氏が会長に就任してからの出来事を綴るくだりなのだが、さすがに急死は穏やかではない。古参幹部が排斥され云々はいわゆる組織内の権力闘争を意味するものであるし、当時の創価学会の実力からすれば宗門に対しても相当の影響力を発揮していたことは想像に難くない。それにしても急死云々はどうかと思うところで、あたかも邪魔な人間を殺してしまっているみたいに聞こえるのだが、それはどうなんだろうかと思う。

幹部宅には水増し入信のため、お巻きしたままの御本尊が何幅もあり、多い人では数十幅もあるというあり様で・・・

なぜにこのことを彼が知っているのかという素朴な疑問があるものの、何となくそのような事実があっただろうことはわかる。顕正会における水増し報告も本質的には同じことだからである。

ただし、顕正会の場合は入信報告書を提出すればそれで済んでしまう。一方、当時の創価学会では正宗寺院に行って御授戒を受け、御本尊を受け取って来ないといけない。この意味からすると、当時の創価学会のほうが高いハードルを設けていたことになるわけで、結果として組織も拡大していったと考えられる。顕正会が伸び悩むのはペラペラの入信報告書一枚という安易な入信システムのゆえであり、名目数が伸びても実数が伸びないのはまさに言わずもがなのことなのである。

浅井先生のご指導にハッとし「たしかに御宝蔵の奥に大御本尊様は秘蔵厳護されていた」と記憶が蘇りました。

さすがに新聞の中ではあまり見られないが、顕正会では正本堂以降今日までの状況を、戒壇の大御本尊は見世物小屋に押し込め奉られている、みたいな言い方をしている。ようするに本来は秘蔵厳護されるべきだと言いたいわけであり、登壇者も御宝蔵の奥に秘蔵厳護されていたことを思い出したと言っているわけである。

疑って恐縮だが、昭和三十年に入信したとすると、その年は奉安殿が建立された年であるからして、その記憶が正しいかどうかはアヤシイところである。もちろんギリギリで御宝蔵での御開扉を体験している可能性はあるわけだが・・・

 自宅に戻り、すぐに第六天の魔王夫妻の写真を破り捨て・・・

九十歳の彼は婦人部の紹介で九月八日に入会した。上掲はその直後の話である。今の顕正会では池田夫妻のことをこのように表現するらしい。

私は池袋の常在寺で当時住職だった細井日達から御授戒を受けたので、急死したことでも嫌な気持ちになっていましたが、阿鼻獄の相に絶句しました。

九十歳のご老人には申し訳ないが、なぜに鵜呑みにするものかと思う。

わたくしが思ったのは、創価学会の謀略情報サイトであるフェイクでは日達上人の御遷化をどのように伝えているのか、である。宗門攻撃に容赦のない彼らのことだから、さぞかしエゲツナイことを書いているのではないかと想像するのだが、どうなのだろうか?

もっとも彼らは日顕上人に対する憎悪が強く、相対的に日達上人には甘い傾向なので、そこを勘案する必要があるのは事実だろう。

しかし、最近はなぜか筆が進まない。新聞が溜まる一方である。

2019/1/2  21:10

投稿者:名無し
大沢様へ

私は、身と心の供養までしないとまでは申しておりません。
大沢様が問題とされた部分の前後の文で、菩提寺の信心の在り方考え方、菩提寺御主管様の御苦労などに理解を求めた文を読めば、身と心の供養まで心配確認までされる事に疑問を感じます。

私は菩提寺、御主管様へ感謝しております。なるべく毎日参詣することを心掛けております。
不良信徒の私を、疑ったり、軽蔑したりするような同じ支部の同志はいません。こちらも同志に対して、敬意と心配りをして接するようにしております。

理境坊様におかれましては、財の供養をしない者は、身と心の供養もできない、自宅においては給仕すらできないのではないかと心配されるのですか??
菩提寺と御主管様への報恩感謝は、財の供養、身の供養の形に表さないとご理解されないのですか??
財の供養をしない者へ参詣しずらくなるような組織の空気はありませんか??
勝手な想像をしてしまいました。

意地悪な書き込みをして大変申し訳ありませんが、悪い部分だけを切り抜いて、人の心情や心配りを無視した書き込みは許せません。





2019/1/2  19:32

投稿者:大沢克日子
名無しさん

野暮なコメント、スミマセン。
沖浦さんについては、確かに粘着質な質問をしている
と思います。私はネットの投稿は、ほぼこちらのブロ
グしか登場しませんが、近年は顕正会よりも沖浦さん
関係のコメントですので。

>私自身も不良信徒でありまして、本山での管長のレガ
シー作りによる無駄使いには問題あると思っているの
で、講費納付と物販購入はするが御供養はしないとは
っきりお断りしております。

部外者さんと名無しさんの間のやり取りに割り込んで、
他の講中の方に、とりわけ私がコメントすると何かと
差し障りがあるかもしれませんが、せっかくのご縁で
すので一言申し上げます。

「御供養はしない」と断っておられるとのこと。
嫌々御供養しても仕方ないと思いますが、御自宅に御
本尊様をお迎えになっているならば、毎朝お水や、炊
きたてのご飯をお供えするのも御供養です。

また、お寺に参詣した際、総本山に登山した際に、財
以外の事を人一倍させていただく、これも立派な御供
養です。

先ずは御自宅の御本尊様への御給仕を精一杯させてい
ただく、そして足繁く寺院を参詣して、なんでも良い
ので御住職様やお寺のお手伝いをしていくのはいかが
でしょうか?

差し出がましい事を申し上げましたが、御供養とは心
であると習いました。
財による御供養に気が進まないのなら、別の御供養の
形もあると考えています。
そして、どんな形の御供養であれ、誠心誠意の御供養
は、御本尊様の御嘉納遊ばされるところでしょう。

古来より、財による御供養は金額の多寡によらない、
とされているのは、そういう事だと思います。

余計な口出し、申し訳ありません。

2019/1/2  17:40

投稿者:名無し
部外者様へ

>長野市近辺に在住の正宗信徒は、樋田氏が牛耳ってる妙相寺を敬遠して、わざわざ他地域の寺院に参詣してる話を複数の方から聞いてます。

どちらに非があるにせよ、そのような話があることに残念に思います。(現場当事者を知りませんので喧嘩両成敗のような書き方しかできません)

>そういう状態を放置してるのは、指導教師や布教区の御僧侶の怠慢と思うのだが? WW

私の菩提寺で感じている事ですが、創価顕正のように排他的組織信仰でありませんのでいろいろな方がいらっしゃいます。一人一人が御本尊様と向き合い各々が自主的に信心修業励むことを大事とされている様に感じております。
私自身も不良信徒でありまして、本山での管長のレガシー作りによる無駄使いには問題あると思っているので、講費納付と物販購入はするが御供養はしないとはっきりお断りしております。
謗法行為、戒壇の御本尊様への誹謗不敬以外には、あまり口出しせず御本尊様にお任せしているように思えます。
また多数の信徒を抱え、多忙な寺院運営で御苦労されていることを思います時、怠慢の一言だけで責めるのは可哀そうな気がします。
早朝の御給仕から閉門までの御住職のお姿をご覧になって頂ければご理解いただける思います。(複数僧侶のいる大寺院のことはよく知りませんけどね)

>妙観講大沢氏や樋口一派の『粘着質』には、『同類項』の匂いもするのだが? WW

大沢氏の新年早々のコメントは、部外者様と同じように
『粘着質』が過ぎるな思い、野暮ったいなどとコメントをさせて頂きました。
しかし、樋田一派のキチガイとは全く違います。
樋田一派のキチガイ共は、ツイッターなどで見るごとく傲慢で無慈悲で人の話聞きません。目先の小さな勝ち負けにこだわり、法を下げ日蓮正宗を貶めております。
昨年末の大沢氏と私とのコメントのやり取りをご覧になって頂ければ、ご理解してもらえると思います。






2019/1/2  16:04

投稿者:部外者
名無し様

返信ありがとうございました。

長野市近辺に在住の正宗信徒は、樋田氏が牛耳ってる妙相
寺を敬遠して、わざわざ他地域の寺院に参詣してる話を複
数の方から聞いてます。

そういう状態を放置してるのは、指導教師や布教区の御僧
侶の怠慢と思うのだが? WW

妙観講大沢氏や樋口一派の『粘着質』には、『同類項』の
匂いもするのだが? WW

2019/1/2  11:25

投稿者:名無し
大沢様
新年早々コメントが野暮ったい

2019/1/2  9:55

投稿者:大沢克日子
沖浦さんはもうゲレンデですか?
楽しいでしょうね?

2019/1/2  9:39

投稿者:大沢克日子
今日は池田名誉会長の誕生日なんですか?

キリストの生誕は祝えるのに、「人生の師匠」の
誕生日には一言もないんですね?

2019/1/2  9:21

投稿者:マイケル
今日って、池田SGI会長のお誕生日ですよね。
白馬村の皆様だけではなく、池田SGI会長にも報告すりゃいいのに。

師弟を、何より重視しているのが創価学会だと思います。

池田SGI会長が・・云々仰る割には、沖浦さん自身の功徳体験や目標のほうが、“先”なんですか?

2019/1/2  8:56

投稿者:大沢克日子
沖浦さん

キング牧師のパクリでしょうか?

白馬村振興の件、事前に白馬村村民一同に宣言された
方が良いと思います。

2019/1/2  7:20

投稿者:マイケル
>沖浦氏がクリスマスのことを書いて

沖浦さんは他人のフェイスブックを、チェックされてるんですね。
「メリークリスマス」なんて、ただの挨拶言葉でしょ(笑)

そんなに気になるんやったら、本人(法華講員)に直接言うたら
ええだけの話やし。

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