2019/9/7

タドタドシスギヤ  
沖浦氏の今朝のコメントは創価学会の執行部へのよき牽制球になっていると思う。

 私共は公明党の支持母体ですが、公明党が気に入らない政策を取ったりすれば、誰も投票しなくなります。

今夏の参院選では百万票も減らしてしまったそうである。会員たちの公明党離れが進んでいるのだろうか?

わたくしの見方としては、もちろん公明党の政策に不満を懐く会員たちが増えているのは事実であるが、それと同時進行的に創価学会員の絶対数が減っているからでもあるのだろうと思う。ただこれは、顕正会的な見方としてはいわゆる正義にめざめて顕正会に移籍する人たちが増加しているからとなりそうだが、わたくしはそうではないと思っている。創価学会は昭和三十年代から四十年代に激増した。その頃の入信者がいよいよ高齢化して鬼籍に入る時期に突入しているのだ。何しろ池田大作氏がその先頭に立っているわけである。あとは推して知るべしだろう。

ところで宗門の公式サイトに掲載されている文言であるが、これはもともと平成六年に出来した書籍の中に出てくるものだそうである。リンクを貼っておこう。

https://kenshokai-hashaku.com/blog/2019/03/22/post-2235/

つまり、わたくしの見立ては間違っていたことになるかもしれない。ようするに顕正会が宗門批判に転じた理由は公式サイトの文言を知ったから・・・というのがわたくしの推測だったわけだが、それが平成六年の書籍に載っているとすれば話が違ってくる。
ただし、細かいことを言えば、やはり宗門の公式サイトに掲載された時期が問われることも事実だろう。一般の顕正会員は宗門の書籍を読まないからである。
いずれにしても顕正会のやっていることは場当たり的であり、計画性に乏しい。それは凡夫ゆえに未来を見通せないからであり、今はまさに迷走中ということになるだろう。

顕正会から国民を守る講

これが面白かった。法華講員も多士済々である。

あえて疑問を差し挟んでおくと、これは本人が原稿を書いた上で読み上げているのだろうか? それと後半の法華経現代語訳は自分で打ち込んだものなのだろうか?

まず最初の疑問については、自分で書いた原稿にしては読み方がたどたどし過ぎやしないか、という意味である。現代語訳のほうはタイプミスと思われるところがあったからである。ともかくアイデアは素晴らしい。動画サイトで注目を集めるためにはそれなりの工夫が必要であるからして、その意味からしてなかなかのアイデアマンだと思った。

さて、溜まりに溜まっている顕正新聞を片付けて行こう。

日興上人「原殿御返事」拝読

第1481号の一面はめずらしく御書講義っぽい記事である。かつての日曜勤行指導に近い雰囲気のものだ。

日興一人、本師の正義を存じて本懐を遂げ奉り候べき仁に相当って覚え候へば、本意忘るること無く候。

実際の掲載部分はもう少し長いのだが、わたくし的には上掲の現代語訳が気になったので、その部分に限って引用させていただいた。以下が現代語訳である。

 ここに日興一人、大聖人の正義を知り本懐を遂げ奉るべき人に相当っていれば、その本意たる国立戒壇建立の御遺命を忘れることは無い。

なんでこうなるの?

紙面では本文に続いて(通釈)とあって、そこにご覧のような文章が書かれている。通釈の意味をどのように取るかが問題で、言葉の意味は幅があるのでこれを頭ごなしに否定はできないものの、わたくし的にはどうかと思うところである。国立戒壇などの文言はどこにも存在しないのに、それを入れてしまうところが気に入らない。いかに国立戒壇に固執しているか、それをよくあらわしていると思う。

ちなみに参考意見として書いておきたい。

 身延沢を罷り出で候事、面目なさ、本意なさ、申し尽し難く候へども・・・

これが今回の新聞掲載の出だしの一節である。ここに、本意なさ、とある。わたくしの読解力からすると、ここでの本意が文末の本意に係るようにも読めるのである。いわゆる本末究竟等である。もしそうだとすると、これは最初の面目なさ本意なさという一種の屈辱を文末においても繰り返し述べられていると拝するべきであり、本意=御遺命というような読み方は日興上人の御心情をまったく理解していないことになるだろう。

清長誓状

何しろ浅井先生にしてもご覧のような一段を設けて、原殿が日興上人にお誓い申し上げた文言を紹介しているのである。その原殿への返事が今回の御文という背景を考えるべきだろう。なんで日興上人が原殿へ誓いの言葉を述べなきゃいかんのだ?

私は国立戒壇建立の御遺命を忘れることはありません。

誰が誰に言っているのだろうか?

俗な言い方で恐縮だが、早い話が原殿は日興上人に同情されているわけである。父親の傍若無人を目の当たりにして、御法門の上からすれば日興上人が正しいのは明らかなのに、なぜにこんなにも理不尽なことが行なわれるのかと。

ゆえに日興上人はそれを受けて、面目なさ本意なさ申し尽くし難く云々とお返事あそばしているわけである。ゆえに文末においても、この屈辱は絶対に忘れません、なぜならば自分こそが大聖人の正義を受け継ぎ本懐を遂げるべき立場だからです、と仰せられるのだ。

以上、当初は単に本文に存在しない国立戒壇の文言を通釈に使うなよと書いて終わる予定だったが、予想外に長い文章になってしまった。

日顕直属謀略部隊の頭目・大草一男

浅井先生自らがこんなことを言っている。

 いまこそ宗門は、日興上人の身延離山の大精神を心腑に染め、御在世の信心に立ち還らねばならない。さもなければ国が亡びる。
 残された時間は少ない。


現状、日蓮正宗が他宗他門とどのような関係性を結んでいるか知らないが、少なくとも顕正会だとか創価学会がイチャモンをつけてくるのは百も承知のはずなので、この点に関してはわりと神経を使っているのではないかと思う。

残された時間云々は浅井先生の常套句であり、あまりにも多用するので今では説得力が感じられなくなっている。活動会員たちもそう思っているかもしれない。

2019/9/8  6:56

投稿者:沖浦克治
 巌虎さん、おはようございます。

 公明党が100万票減らした。
 色々な原因がありますが、創価学会が支援活動を見直しつつある事も原因の一つだと思います。

 投票率の低下も原因ですが、最も大きな原因はこれだと感じています。
 選挙の前、公明党は独自で東京ドームで10万人の支援者集会を行いました。

 これまでなかった事ですね。
 私はニュースで知って、

 いよいよ公明党が独自の氏体制がに移行する。

 と感じました。
 近い将来、創価学会は公明党の支持母体である事は変わりませんが、支援方法には大きな変化が起きるでしょう。

 組織としてFの目標などはなくなります。
 更に、座談会や決起集会での支援の訴えも極少なくなります。
 そう言う時代なんですね。

 創価学会の会員数は着実に増加しております。
 座談会へ参加する度びに、新しい会員さんの紹介があ事が普通です。
 
 公明党の今回の得票数は、創価学会員が必死に動かなくてもこの程度は取れる目安ですね。

 大した勢力です。
 確か、650万票。
 これを基礎にして、真面目に政治を行い支援を広げるだけで直ぐに倍になるでしょう。

 1300万票とれるなら、自民党と対等の関係になります。
 公明党の真価はそこからです。
 そのために池田先生が作られたのです。

 10年先をご覧くださいませ。

 私もそうなったら本気で支援いたしますし、そう言う人は沢山おりますよ。

2019/9/7  22:49

投稿者:名無し
>顕正会から国民を守る講
>これが面白かった。法華講員も多士済々である。

信心が無く広宣流布なんて心にもないから面白がっていられるのだろうww
アホな動画作った馬鹿キチガイもこれを面白がっている信心の無い輩も、この動画を世間様や他宗が観てどう思うかなんて全く考えられないのだろうww
広宣流布なんて心にもないから自己顕示欲を満たす為に日蓮正宗系内の見苦しい抗争に夢中になっているのだろうww

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