2019/9/18

カエリタマエ  
更新頻度が著しく落ちている。その理由は複合的なものであるが、単純化すれば多忙だったからである。拙ブログは独りでやっているものなので、この点は致し方のないところである。

 大会当日もアメリカから何と二十一名が駆け付けたことを伺っては、「信心に距離は関係ない」ことを大確信させて頂きました。

男子部第三十六隊長の記事から引用した。信心に距離は関係ない。これは浅井先生の好きなフレーズであるが、その用法的な意味からすると隊長の言っていることは先生の意図とは異なっているように思う。ようするに海外などの遠隔地の信徒がたとえ日本に来ることができなかったとしても信心があれば思いは通ずるというのが浅井先生の言いたいことであって、むしろ隊長の言っていることはそれとは逆の意味なのである。では、どちらが正しいのか、ということになりそうだが、こういうのは言葉のアヤであって白黒をつけるような問題ではないとするのが無難な答えなのだろう。

むしろヘソマガリなわたくしは、信心は距離に関係する、と言いたい。大聖人もそのような意味を仰せになっているので、その点ではヘソマガリではないことになるだろう。

女子部第九十六区長

記事の内容ではなく、人物に注目した。後日取り上げることになるが、女子部では首脳幹部が刷新された。いったい何があったのか、ひじょうに気になるところである。その意味では上掲の区長も気になるところで、彼女は少なくとも総部長クラスの実力者のはずなのである。それがなぜに区長なのか、まるで想像がつかない。

謀略新聞「慧妙」と大草一男の醜態
 捏造記事と対決逃避の「言い訳」に終始


法務部長・副教学部長の肩書きで藤村雄大氏が書いている。争点がたくさんあるが、ここでは一点に絞りたい。妙観講員が浅井宅を直撃した。結局、インターホン越しにやり取りしただけで終わるわけだが、次のくだりに注目である。

 いわく、妙観講員らが先生の御自宅から帰ろうとした際、先生が「彼女たちの背に、インターフォンから『帰りたまえっ!』と声を浴びせた」と。

ここは藤村氏が慧妙の記事を要約して伝えているわけなのだろう。ところで顕正新聞六月十五日号には重要な事実が書かれている。先生は不在だったと。

つまり、慧妙の記事は真っ赤なウソであると、このように言っているわけである。

ところがである。慧妙も負けてはいない。例の「帰りたまえ」発言の音声データを公表してきたのである。

ちなみに藤村氏の書いた当該記事、すなわち七月二十五日号の時点ではそこまで進展しておらず、氏は次のように書いている。

 そうすると、妙観講・大草に残された道は、件の音声データを「捏造」するか、様々な口実をつけてこれを隠し通すかの、二者択一となる。

ヤジウマ的にはひじょうに面白い。どちらかがウソを言っている。その白黒をハッキリとつけるべきだし、ここまで来ればお互いに退くに退けないだろうから、いずれは結論が出ることだろう。

ごく単純に、浅井先生が不在であれば音声データは捏造、となる。また逆に、音声データが本物であれば不在はウソ、となる。

ただし、こんな事案を裁判所が取り扱ってくれるのか、そこが最大の疑問ではある。

妙観講・村松郁夫、違法取引7億で有罪!
 「犯罪集団・妙観講」の実態目の当り


男子部第十六隊長の記事に付けられた見出しである。同記事にはテレビ画面から抜き取った画像が添付されている。そのキャプションも紹介しておこう。

全国報道された村松郁夫(NNNより)

ひじょうに悩ましい事案である。はたして慧妙などの紙媒体で存在するのかどうか知らないが、以前には顕正会員が殺人事件を起こしたという情報がネット上を飛び交っていた。わたくしはその時、犯人が顕正会員だったのが事実だとしてもそれを顕正会批判に使うのはどうか、という意見を述べたと記憶している。今回の一件においてもまったく同じことが言えるだろう。

ただ当該人物について思うことは、そうした事件を起こしておきながら今も妙観講の活動に精力的であることが少し違和感を覚えるところである。しばらくは活動を自粛するのが社会通念上の正しい振る舞いではないかと、そのように申し上げたい。

口筆

ところで同記事に出てくるこの言葉は適切なのだろうか?

前後の文章から意味を類推することはできるものの、そもそも日本語としてどうなのか、そこがよくわからないところである。ともかく最近の顕正新聞はアヤシイ日本語が目立つ。

さて、当該号の後半、体験発表ではその多くが臨終を伝えている。その中から二つ紹介しよう。

 通夜当日、星儀礼室委員から「よくここまでがんばりましたね」と労いの言葉を・・・

男子部第百二十四隊支隊長の記事は、父親の葬儀が危うく金光教での葬儀になりそうなところ、どうにか顕正会儀礼室での葬儀に漕ぎ着けることができたという感動的な話である。

ところで星氏であるが、顕正新聞に辞令が掲載されているのだろうか?

最近の顕正新聞では横田氏の名前がよく出てくる。以前は儀礼室委員の具体的な名前が伏されている記事が多かったが、最近はご覧のように名前が明記されるようになった。しかし、今現在、何人いるのかが不明である。

 桑子総班長の唱導で通夜と葬儀を執り行って頂きました。

ところがである。婦人部伊勢崎支区組長の記事では母親の通夜葬儀を、ご覧のように婦人部の総班長が行なったと伝えているのである。これも最近は目立つようになった。

もはやこうなると、儀礼室の機能は有名無実化していることになるだろう。いわゆる創価学会の同志葬に近い。顕正会員にしてみれば、創価学会と一緒にするな、というふうに思うのだろうけれども、形態そのものはほとんど同じと言っても差し支えないだろう。すでに僧侶を不要とした時点で、同じ轍を踏むことが確定していたのかもしれない。

2019/9/20  7:51

投稿者:沖浦克治
 布教は人の振る舞いです。

 何を勧めるかではありません。

 誰が勧めるかです。

 最初彼に祈りを教えました。

 お題目には凄い力がある。

 その後、地域の男子部の本部長に双方の了解をとってから繋いでお任せしました。

 私は創価学会への入会の有無はあまり気に致しません。

 御書にあるように、題目流布を致しますが、現在の新聞推進や選挙活動のある組織への入会には積極的になれないのです。

 今創価学会はこの二つで凄く損をしていると思いま
す。

2019/9/20  7:11

投稿者:沖浦克治
 巌虎さん、おはようございます。

 昨日の夜ジムでコーチ見習の若者(半世紀差で同じ誕生日です)が言いました。

 会長(私です)に以前創価学会を勧められていましたが、入る事にしました。

 嬉しかったです。
 色々迷っている時、友人に折伏され即決めしたとの事。
 
 嬉しい〜〜!!!

2019/9/19  7:16

投稿者:沖浦克治
 皆様方、おはようございます。

 14日に岐阜でクラシックマスターズが開催され、私ア日本記録で9連勝目を致しました。

 これも創価の信心のおかげでございます。

 昨日座談会でご報告させて頂いて、ご祝福を頂きました。

 座談会は私の故郷です。
 勝利報告は、

 故郷へ錦を飾る!!!

 創価人で本当に良かったです。

 

2019/9/19  7:13

投稿者:沖浦克治
 巌虎さん、おはようございます。

 久々の更新に喜んでおります。
 創価学会も葬式には僧侶を呼びません。
 儀典部と言うものがあってそこで読経唱題の導師が派遣されてきて、一切無料です。
 素晴らしい制度だと思いますが、改良点もあると思います。

 儀式を行う専門の僧侶の必要性を感じております。
 昨年から元日蓮正宗の僧侶で現在は創価学会の寺院会館の管理をされている方とお近づきになりました。

 何度かお話して同じ意見です。

 近い将来、創価学会として僧侶の部を作って葬式を任せる。
 月給制で良いんじゃないか。

 この方は私に御書を教えて欲しいと言われます。
 私程度の者は創価学会には五万といます。
 創価の教学は凄いのです。

 創価学会の功績の中には、一般民衆に直接仏法を学ばす運動を広げた事も大きいです。

 お陰様で私は、どの宗派の僧侶とも対等に仏法に付いて話し合えます。

 今回の顕正新聞にあるような、妙観講の方々の行いは布教には全く役に立ちません。
 池田先生が夜間大学の学生に送った言葉にあります。

 『諸君の人生の勝利は、そのまま広宣流布の実証である』

 布教とはこれに付きます。

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