2019/11/9

シンカクカ  
顕正新聞の続きである。男子部第三十六隊支隊副長の記事には、妙観講員の次の発言が紹介されている。

 「日達猊下が御遺命を間違えたことは認める。だからあのような亡くなり方をされたのだ。因果の道理に裁かれたのだ」

これが事実かどうか、気になるところである。

婦人部山城支区部長の記事には、一組長の次のような発言がある。

 さらに、仕事中心であった一組長も、「こんなことをしている場合ではない」と、仕事を休んで・・・

相変わらずのバカさ加減である。

女子部第二百十九区長の記事には、かつて創価学会員だった人物の興味深い話が紹介されている。

今から四〇年ほど前、「学会の御本尊は偽物に変わった」と聞き、学会を脱会した・・・

わたくしもそのような話をどこかで聞いたか読んだかしたような記憶がある。丁度その頃のことだろう、宗門の許可もなく勝手に紙幅本尊を板本尊に作り替えたという事件があったので、あるいはそのことを言っているのかもしれない。

では、顕正会はどうか、である。

言うまでもなく、ここ十年から二十年、相当の人数が宗門へ移籍している。その最大の理由が本尊問題である。彼女はそれを知らないのだろうか?

衛護隊としては分隊長・・・

男子部第百六十八隊支隊副長の記事である。上掲を読んでいて思ったことがある。最近の顕正新聞は芙蓉茶寮の特集記事すらやらなくなった。会長講演を除けば、あとは各種の登壇記事をひたすら貼り付けるだけの単純作業に終始している。たまには変わったことをやるべきだろう。

その一つの提案として、顕正会全体の組織図を作ったらどうか、と思う。それを顕正新聞に掲載するのだ。これは壮観だろう。一面では収まらず、二面を使うことになるかもしれない。

まあ、しかし、やたらとポストが多いわりには兼任ばかりで、実態はスカスカということがわかってしまうかもしれない。イヤミが過ぎただろうか?

「まだか!間に合わなくなる!自分が全責任をとるから、すぐに手術を開始する!」

男性婦人部員が急性心筋梗塞で命を落としそうになった時の話である。まるでテレビドラマのシーンみたいだ。

手術の承諾書がないと執刀できないのは理解できる。ただ素朴な疑問は交通事故などの場合はどうなのかである。一刻を争う事態の時でも同意書がないと手術をしないのだろうか?

女子部第百三十九区総班長は父との確執があって、約七年間も車中生活を余儀なくされたという。

 その後、結婚し、マイホームを建て、娘も授かり、車中生活から一変・・・

早い話が家を追い出され、結婚するまでの間は車中生活をしていたわけである。しかし、素朴な疑問は、なぜにアパートなどを借りて生活しなかったのか、である。トイレだの風呂だの、現実的に不便極まりないはずなのに、である。

婦人部愛南支区の平会員はかつて創価学会員だった。

 学会女子部に移ってよりは、折伏・選挙活動、時には一ヶ月ほど仕事を休んでまで、高知県の学会員宅に滞在して活動したこともありました。

まず、一ヶ月の休職が不審である。そんなことが許されるのだろうか? さらに、愛媛県の創価学会員がわざわざ高知県に行って、一ヶ月もの間、何をするのだろうか?

男子部第七十隊支隊長は昭和五十六年の入信である。こうしたベテラン会員が残っているのは希少だろう。問題は次である。

 と大師子吼されました・・・

今となっては懐かしい第一回・武道館大総会であるが、彼はそこでの浅井発言をダイシシクと表現しているわけである。

ちなみにわたくしは第一回のそれには参加していない。第二回にも参加していない。顕正会との邂逅はその直後のことだからである。ゆえに参加はしていないものの、当時の先輩たちから話は聞いていた。ゆえに懐かしさを感じたりもするわけである。

その上でハッキリ言えることは、さすがに今ほど神格化されていなかった。ゆえに大獅子吼などという表現も当時は存在しなかった、ということである。

2019/11/12  14:26

投稿者:一学会員
ある会合に池田先生が来ました 司会はその地区の女子部幹部 彼女はその日仕事でしたが池田先生が来る事を聞き 仕事を休んで会合の司会をしました 会合の途中その事を知った池田大作はその女子部に対し すぐに仕事に行くように叱りつけました 彼女は泣きながら仕事に行きました 会合後池田先生は壮年部 婦人部の幹部に対し なぜ彼女に司会をさせたのか 誰が彼女を苦しめたのか 全て君たちの責任ではないか と言われたそうです。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ